男女比1:1000の世界に生きる希少男子が、専属メイドに出会って人生を謳歌する話 作:木刀
「お疲れ様でした、
「うん、楽しかったよ」
マンションの地下駐車場で出迎えてくれた
その時点で、僕の通学鞄は既に彼女の手の中だ。
自分で持つと言っても聞いてもらえないので、既に諦めている。
「先輩の送迎はどうでしたでしょうか。何かご不便はありませんでしたか?」
「いや、うん、楽しかったよ? 色々聞けて勉強になったし……」
特に獣人関連の話題は、楓さんとはあまりしてこなかったし……。
ただ、最後は死ぬほど大笑いされてしまったけど。
さっき、僕を車から降ろすときも、彼女はニヤニヤしながらサムズアップしていた。
しかも、そのキッカケが楓さん絡みだったので、本人にはちょっと言い辛い。
「まぁ、それはようございました。……失礼いたします」
そう言いながら、僕より先にエレベーターを降りる楓さん。
防犯のため、降りたところで一瞬立ち止まり、左右を目視確認している。
最近教えてもらったところによると、このマンションにはたくさんの防犯カメラがあって、楓さんがいつも身に付けている眼鏡型デバイスからその映像が常時確認できるらしいのだけど、彼女は絶対に手を抜こうとはしなかった。
一方の僕は、遼子さんとの会話内容があまり追求されなくて、ホッとしていた。
ふと、楓さんは僕がいない間に、何か良いことあったのかなと考える。
「楓さんは? 今日なにかあった?」
楓さんについて歩き出しながら尋ねると、彼女は前を向いたまま真面目な声で答えた。
「……いいえ、ただ圭人様のお帰りを一日千秋の想いでお待ちしておりました」
◇
「中等部も、あと一年で終わりですね」
夕食後、リビングでホットミルクを飲みながら二人で雑談していると、そんな話題になった。
「うん、そうだね。……なんか、あっという間の二年間だったなぁ」
それは、楓さんと出会って二年が経ったことを意味する。
思い返せば、彼女と一緒だったお陰であれこれ悩む暇が無かった気もした。
クラスの女の子たちの中にはあからさまな好意を向けてくれる子もいたけれど、一緒に暮らす楓さんのことで頭がいっぱいで、まったく気にしてあげられなかった。
そのままクラス替えになって彼女たちにはほとんど会わなくなってしまったけど……もしかして少し酷なことをしてしまっただろうか、と考える。
僕にそうした意思がない以上、こんなふうに考えても仕方ないことなんだけど……。
「進学について、何か希望はございますか?」
「ううん。この間、楓さんと話したように、このままエスカレーターで高等部に行くよ」
この点について、悩みは無かった。
授業のレベルは高いけど、楓さんのお陰で学力の不安も無いし、警備とか、男子生徒を受け入れる環境も一番整ってるってことだったしね。
「ええ、それがよろしいかと」
楓さんは、僕の回答に満足したように頷く。
「……今より校舎の場所が近いから、楓さんと一緒にいられる時間も増えるよね」
「そ、それはまぁ、あくまで副次的なものですから……」
僕のその言葉に、慌てる表情を見せる彼女だったが、ふと真顔に戻って何かを考える様子を見せた。なにか、言おうか言うまいか悩んでるようで、僕はつい聞いてしまった。
「どうしたの、楓さん」
「いえ、その……圭人様、ひとつ無礼なお願いがございます。
……ですが圭人様にとって少し……いやかなり、ご負担になるかもしれません」
「うん、良いよ。言ってみて」
彼女がこう言って、本当に失礼だったり迷惑だったりしたことは一度も無い。
そう考えて、気軽に応じてしまった。
楓さんは「それでは……」と言って姿勢を正し、こちらをまっすぐに見つめる。
……あれ、もしかしてなにか真面目な話だろうか。
僕にとって負担になると言ってたし……
例えば1ヶ月くらい、少しまとまったお休みをいただきたいとか……。
タイミングとしては、その可能性が一番高いと思った。
考えてみれば、彼女は僕と同居してからこっち、一日も休んでいない。
夏休みや冬休みといった長期休暇で帰省する時だって毎回同行してくれるし、これを一般的な仕事として考えるなら、700日以上連続で、朝から晩まで働いていることになる。
警護ということだけでいうなら今日からは遼子さんもいるわけで、家のことはヘルパーさんに頼むなどすれば、どうにかなるだろう。この際、僕が少し家事を覚えるのもありかもしれない。
週に一度の精子提供は……ひとりでどうにかできるものなのか想像がつかないけど……かといって楓さん以外に触れられるのは、少し嫌だな……。
ちょっと憂鬱になりながら、楓さんの言葉を聞く。
「これから毎日、夜は添い寝をさせていただきたいのです…っ…!!」
「ぁえ?」
予想の斜め上からの提案に、僕は変な声を出して動きを止めてしまった。
え? お休みが欲しいんじゃないの?
「い、一応聞くけど、どうしてかな……?」
僕の質問をどう受け取ったのか、楓さんはテーブルの向こうからぐぐっと前のめりになった。
大きな胸がテーブルの上に載るのを見て、思わず視線を上へ逸らす。
その視線を追いかけるように、楓さんは立ち上がった。
「精子提供の後に限らず添い寝をすれば、毎日圭人様がお眠りになるまでお話することができますし、送迎役の採用で失われた二人の時間を取り戻すことが可能です。当然、万が一の体調不良にも素早く対応できますし、また手を繋いでの添い寝には男子の精神面での安定に繋がるという研究結果もございます。女性に介助されることへの抵抗感が薄れるという説もあり、専属メイド界隈では特に推奨される行為なのです。そして他にも……!!」
早送りしてるかのようなとんでもない勢いで一気に話され、僕は焦る。
彼女の目はどこまでも
「ちょ、楓さんちょっとストップ、落ち着いてっ」
「あ…っ……も、申し訳ございません、つい力が入ってしまって……っ!!」
椅子に座り直し、しゅんとする楓さん。
「じゃあ……今日からしようか、添い寝」
「よ、よろしいのですか!?」
よろしいも何も、実は僕の方がずっとお願いしたいと思っていたくらいだった。
精子提供の後に、暗くした寝室で二人で手を繋いであれこれ話すのは、僕たちの関係がそのためだけにあるんじゃ無い気がして、毎回、心が温かくなる。
気恥ずかしいし、楓さんの負担にもなりそうで、言えなかったんだけれど……その楓さんがこうして希望してくれると言うのなら、僕に断る理由は無かった。
「うん、もちろん。……その、僕も嬉しいし」
「圭人様……」
なんか楓さんは琥珀色の瞳にうっすらと涙を浮かべている。
この間の精子提供の日から、楓さんはちょっと良い方向に情緒が不安定というか、素直というか……以前より、僕に対して甘える姿を見せてくれるようになった気がする。
最初は綺麗でかっこいいと思っていた人が、こんなに可愛く思えるなんて……。
これもふたりで過ごした二年という月日が為せること、なのだろうか。
「無理なお願いを聞いていただき、ありがとうございます、圭人様」
「ううん。こちらこそ、よろしくね」
そうしてこの日から、僕たちは毎日、ふたり一緒に寝ることになったのだった。
楓さんからのクロスカウンター。
これは「曇らせ」のうちに入るんでしょうか?