引きこもりゴミ屋敷令息の恩返し 〜悪役令嬢を一家ごと引き取りました〜 作:黒猫 かりん
その声掛けに、疲れ果てたブリキ人形ケビンは悲しそうにギギギギ、と再起動する。
「もうそんな時間か」
「行ってらっしゃいませ」
リーンハルトが給仕に耳打ちをすると、案内役と思しき男が二人現れる。
よたよたと椅子から立ち上がったケビンは、そのまま立ち去るのかと思いきや、デイジーの近くにやってきて、椅子に座るデイジーに向き直った。
「デイジー様はここに居てくださいね」
「は、はい」
「リーンハルトと踊ってくるのはいいですが、アレとはだめです」
「アレ」
「アレです。あの男の半径二キロ以内に近づいてはいけません」
「この会場から出ろと!?」
ケビンは真顔で沈黙した後、長いまつげを伏せ、デイジーの言葉に思案する。
「半径二メートル以内に近づいてはいけません」
それだけ言い残すと、デイジーのパートナーである枯れ木系インドア研究者は、足をガクガクさせながら案内の男達と共に、夜会会場が面している中庭のほうに向かって行った。
一体どこに行くのだろう。
ケビンは、たった一人で行動して、安全なのだろうか。
デイジーが心配していると、隣に居るリーンハルトがくつくつと笑い出した。
「リーンハルト様」
「珍しいものを見ました。こういう反応になるんですね」
「……どういうことですか? 今日は一体、お二人は何をしようとしているんです?」
「そんなこと、デイジー様もわかっているでしょうに」
笑顔で肩をすくめるリーンハルトに、デイジーは赤い顔で黙り込む。
事がここまでくると、デイジーにも、ケビンの目的はわかっていた。
ケビンは、デイジー達を守ろうとしているのだ。
それは、ダンスを迫って来るクラウスからではない。
世間のすべてから。
彼は、何者かに嵌められ、陥れられたデイトナーズ一家が、今も健在で――今をときめく大富豪ケビン=ケレンスキー侯爵の庇護下にあることを、国内外の王侯貴族に見せつけようとしているのである。
そういうことであれば、会場に入れない弟ドビアスはともかくとして、父ダニエルや母チェルシーは参加したほうがいいようにも思えるけれども、
「あなただけをつれてきたのは、デイジー様へのボーナスです」
「……」
「ご両親が居たら、こうはならなかったでしょう?」
両親が一緒に来ていたら、ケビンはデイジーに対してだけではなく、両親に対しても、会場に見せつけるようにして、甲斐甲斐しく世話を焼いたことだろう。
それはそれで人々に衝撃を与える図になったとは思うが、今夜のように、まるでケビンがデイジーに懸想しているような
そう、世間はこれで、ケビンとデイジーが恋仲であると思い込んでしまった。
じとりとリーンハルトを睨むと、人好きのする顔をした若き一代伯爵は、楽しそうに笑っている。
「こんな誤解が広まってしまって、私が困るとは思わなかったんですか?」
「これでデイジー様に近づいてくる羽虫は減るでしょうね」
「そうですよ」
「でも、問題ないでしょう?」
むしろ嬉しいだろうと揶揄してくる言葉に、デイジーは息を吐く。
デイジーは、好きな人との外堀を埋められたのだ。そして、ケビンはデイジー達デイトナーズ一家に弱い。彼女がこのまま彼と結ばれるよう、押して押して、押しまくって最後に押し倒せば、彼と結ばれることもできそうな気がする。そして、ケビンと結ばれるのであれば、彼女に懸想する男性が居ようと居まいと、問題にはならない。
けれども、ケビンにとってみたら、どうなのだろう。
彼はデイジーにすべてを与えてくれるのに、デイジーは彼に恩を返すことができない。
「私は、想っているだけで充分なのです」
「それはいけません」
「え?」
「アレのせいで、あなたは自分の価値を見誤っているんでしょう」
「な、何を」
「あなたはあのケビン様に
リーンハルトの顔は笑っているけれども、目が笑っていない。
その澄んだダークブルーの瞳に、デイジーは息を呑む。
「女は男を変えます。変な女にはまり込まれては、困るのですよ」
要するに、リーンハルトはケビンとデイジーを結び付けようとしているのだ。
そして、彼の策は絶大な効果を発揮し、デイジーは既にその思惑に取り込まれてしまった。
「私も……多分、変な女ですよ」
「否定はしませんが」
「しないのですか!?」
「もう少し、自信を持ってください」
そう言うと、リーンハルトは茶色い髪をふわりと揺らしながら、顔を正面に向ける。
「私はケビン様と違って、過保護ではありません。あなた自身の手でケリをつける必要があるなら、協力しますよ」
彼の視線の先に居るのは、アレだった。
パートナーを連れることなく、単身こちらに向かってくる、金髪碧眼のこの国の第一王子。
「デイジー。話をしたいんだ」
そう告げてくる彼に、デイジーは立ち上がった。
◆
夜会の会場に面した中庭は、人の手による美しさを最大限に発揮したきらびやかな造りをしていた。
実家の庭園のほうが華やかで贅沢な美しさがあったけれども、石畳の色合いや草木の配置、垣根の造りは、高級感の中にしっとりとした涼やかな上品さを感じさせてくる。
きっと、相当いい腕の庭師を雇っているのだろうと、ケビンは事前に地図で見ていたものの実物に感心する。
今宵は三日月だ。
王宮の中庭はところどころ灯りが設けられているので、手元が見えないことはないけれども、夜陰に引き込まれてしまえば、誰が何をされたとしてもわからない程度には暗闇である。
護衛の兵士がまばらに巡回しているが、その数は十分とは言えない気がする。
しかしまあ、王宮での一年で最も大きな夜会の日、その会場に面した夜の庭園というのは、なかなかにロマンチックな場所となるわけで、
高貴な者達の火遊びを邪魔するとそれはそれで問題になるので、巡回の人数の少なさは、その折衷案といったところなのだろう。
(デイジー様はこういう場所が好きそうだが……散歩するとしても、安全に配慮しないとな)
そんなことを思いながら、ケビンは案内役の使用人二人と共に、事前にしておいた装置の配置を確認して回る。
配置は問題なさそうだ。それに、これだけ暗ければ、ケビンの思惑は成功することだろう。
最後の確認場所までたどりつくと、使用人の一人が装置を指さした。
「ケレンスキー侯爵。こちらで最後です。いかがでしょうか」
「はい、ありがとうございます。これで設置確認は終わりです。問題ありません」
「よかったです。会場までお送りいたします」
「いえ、大丈夫です。少し見て回りますから、先に戻ってください」
「承知いたしました。……あの」
「なんでしょう?」
若い使用人二人は、何かを言おうとして、何度か言葉を飲み込んでいる。
奥歯に物を挟んだような様子の使用人二人に、ケビンが首をかしげると、二人は目を合わせて頷いた後、意を決したようにケビンを見た。
「私達も、楽しみにしています!」
「応援しています、頑張ってください!」
ケビンが目を瞬くと、若い使用人二人は照れたようなあどけない笑顔を見せた後、丁寧に頭を下げてその場を去っていった。
月明かりに照らされながら、その後ろ姿を見送った後、ケビンは手に持った小さなオイルランプを見る。
手のひらサイズのそれは金で作った飾りもので、実際にオイルを入れて使用できるものではない。蓋の周りに魔石をいくつか仕込んでいて、内部の装置と魔石を利用して、今回の仕掛けを起動するものなのだ。
『オイルランプをね、こうやってこすると、魔法の精が出てくるっていうお話があるんです!』
『ああ、あの寓話は面白かったなあ。ロマンだロマン』
『ああいう夢を詰め込めこんだ造りにしたら、よりたくさんの人が楽しんでくれそうですわね』
『ケビン、きらきらー』
かつてそう教えてくれた
本当は、これはケビンの邸宅に設置して、デイトナーズ一家とケビンだけで楽しもうと思っていたのだ。
しかし、リーンハルトがそれを止めてきた。
『どうせなら、王宮で見せびらかしてきてください』
『いやだ』
『デイトナーズ一家を守るいい機会ですよ』
『……』
『デイジー様はすごく喜んでくれるでしょうね』
『…………』
『多分、ケビン様にとっても、いい結果になると思いますよ』
訳知り顔でそんなことを宣ったリーンハルト。
ケビンはいまだに、その彼の言葉を信じていない。
けれども……。
『私達も、楽しみにしています!』
『ケビン、いいもの持ってるじゃん。貸してくれよ』
先ほどの使用人の言葉に重なるようにして脳裏に浮かんだ幼少期の思い出に、ケビンは眉根を寄せて頭を振る。
ケビンは自分の発明品を人に見せびらかすのが好きではない。
いや、
だから十一歳のあの日まで、ケビンはずっと、一人で研究を続けていたのだ。そしてあの日を過ぎた後も、リーンハルトにすべてを丸投げして過ごしてきた。
あのゴミで埋もれていた邸宅が、ケビンをずっと外界から守っていたのだ。
ひたすらなにもかもが面倒くさくてああいう惨状を作り出してしまっただけなのだが、その恩恵をケビンはずっと受けてきた。リーンハルトが使用人を立ち入らせろと言っても、拒絶した。ケビンにとって、あの家は心の壁で、そこに立ち入ることができるのはこの五年間、リーンハルトだけだったのだ。
ずっと内側に引きこもっていくケビンに、リーンハルトは無理強いはしないものの、たまに困ったような顔をしていた。会社の従業員とも一度も接触せず、デジケイト王国内に邸宅を複数設けてケビンの住む家を隠し、ケビンが好きなだけ外界と断絶できるようにおぜん立てをしながらも、彼はケビンが自ら家の外に出るのを待っていた。
(いや、少し違うな)
奴は「ケビン様は幼稚すぎる」「絶対そのうち変な女に引っかかって生き方を変える」「このまま家に閉じこめておくほうがいいのか。いや……」と何度か呟いていた。
研究以外のことに興味を示さないケビンに人生経験を積ませるべきか否か、彼も迷っていたのだろう。
しかし、閉じ込めるってなんだ。
本当に失礼な奴である。
実はこの五年間、ケビンはリーンハルトの知らないうちに家の外に出られないよう、物理的にも精神的にも色々と囲い込まれていたのだが、そんなことを知らない彼は、リーンハルトの失礼な言に平和に腹を立ててている。
「ケレンスキー侯爵」
その甘ったるいはちみつのような声に、ケビンは目を瞬く。
そこに立っているのは、ピンクブロンドの髪が艶やかな、一人の令嬢だった。
水色のドレスは可愛らしさが際立っているけれども、それをまとう女性自身の毒が、美しい中庭の静かな美しさとの調和を生み出している。
「素敵な夜ですね。少しだけ、お話しませんか?」
淡い水色の瞳が、ケビンの紫色の瞳をとらえる。
彼女が後ろ手に持っている杖に、ケビンはまだ気が付いていない。