引きこもりゴミ屋敷令息の恩返し 〜悪役令嬢を一家ごと引き取りました〜 作:黒猫 かりん
ケビンは四人を迎えた翌朝、自室のソファで目を覚ました。
ふわふわした頭で記憶を呼び覚まし、その後ガバッと身を起こす。
ゴミ袋と散らかした物と髪の毛その他の汚れで床が埋もれる中、ケビンは物を踏み潰しながら、いそいそと執務用の椅子に移動する。
ゴミ屋敷ケビンの部屋は、もちろんゴミだらけである。
物を取り出すのが一苦労なので、基本的に魔法映像機と魔法システムコアの中に記録を入れ、仕事中も可能な限り物を動かす必要がないようにしている。
しかし、今日はそれではいけないのだ。
あの四人家族の目の前に姿を現すため、
ケビンはうーんうーんと頭を悩ませたあと、部屋の奥にあるクローゼットの中にある黒色の服を着ることにし、必死にクローゼットの前にある物をどかしていく。
枯れ木のケビンには重労働だが、今の彼にはそんなことは気にならない。
少し肌寒い時期なので、黒いタートルネックを引っ張り出し、黒のスラックス的な何かを引きずり出す。
タートルネックはホコリにより若干灰色がかり、スラックスはシワだらけのダイヤモンド加工スラックスになってしまっているけれども、着ているうちなんとかなるだろう。
「そうだ。これを使わねば」
ケビンは執務机の近くに戻ると、小さな魔法石つきの数ある万年筆サイズの杖のうち、青色の石のついたそれを手に取る。
「【
突如現れた水で全身びしょ濡れになったケビンは、忘れていたとばかりに、赤い石のついた杖を取り出す。
「【
熱風と共に、一瞬で乾ききったケビンは、「お肌が乾燥するから嫌いだ」と愚痴をこぼす。
それぞれの魔法杖は、二十本ほどの刺し口のある筆立てに収まっている。しかし、一本だけ、主人を持たない差し口が存在していた。
ケビンは、それを持ち歩いていたときに、どこかに落としてしまったのだ。
個人的に気の乗らない魔法を入れ込んだ杖だったので、その研究ごと、ケビンは杖の捜索を放棄している。
こうして、一応身綺麗にしたつもりのケビンは、隠し通路を使って一階の居間へと降りていく。
身綺麗なつもり――服ごとカラスの行水をして乾かしただけの状態を思い浮かべてほしい。
しかしまあ、普段の彼からしたら格段に身綺麗なのだ。
居間に降りると、四人はそこで寝ていた。
いや、これを寝ていると言っていいのか。
長女デイジーと長男ドビアスはソファの上に、元公爵ダニエルと元公爵夫人チェルシーはふかふかの絨毯の上に体を横たえ、白目をむいていた。
「皆様、おはようございます!」
空気を読まずにケビンは挨拶をする。
しかし、誰もケビンには構ってくれない。
全員が、泥のように眠っているのだ。
ケビンは時計を見て、それが朝七時を指し示していたので、(貴族の皆様には早すぎたかな?)と思い直す。
いつものように魔法通話器で朝の宅配弁当を発注し、一時間後、弁当が届き、それを開封したところで、いい匂いにつられたのか、四人がもそもそも体を起こした。
「おはようございます!」
「……おはよう、ございます……」
起きてきたダニエル達は、目の前の食事を見てごくりと唾を飲む。
「なるほど……これを我らに見せつけつつ、メシウマ朝ご飯をたしなまれると……」
「弁当は五つあるんですけれどね?」
目に映らなかったのかな?
ケビンは不思議に思いつつ、居間の机の上の弁当の一つを手に取ると、残りの弁当を四人のほうに押し出す。
「早いもの順ですよ」
それだけ言って、ケビンは配達された三リットル入りのポットを手に取る。
中に入っている冷たい麦の茶――最近のケビンのお気に入りである――を五つのカップに注ぎ、四人に差し出すと、四人はそのお茶を一気に飲み干した後、無言で弁当を食べ始めた。
そして、シクシクと泣き始めた。
「辛いものが入っていましたか!?」
「……これが、最後の晩餐なのですね……」
「さいごのばんさん」
「ケレンスキー侯爵は研究者でいらっしゃるとお聞きしました」
「わたくし達には、もうこの身しかお役に立てられるものはありません」
「僕達をどのような実験に、お使いになるのでしょう」
「妻と子ども達には、痛くないものを選んでいただけますか」
「私の身だけでご満足いただけませんか。せめて、弟だけでも……」
しとどに涙をこぼす四人に、ケビンは困り果ててしまう。
「あの、私は皆さんに感謝を伝えたいだけで……」
ケビンは仕方ないとばかりに、彼が幼い頃、四人に出会ったことがあるのだと説明する。
しかし、四人の記憶はまったく蘇らないらしい。
少し寂しく思いつつも、まあ昔のことなので仕方ないかとケビンは納得する。
「私は親に勘当され、一人で生活しています。気兼ねなくお過ごしください。昼と夜の弁当は、この中から選んでくださいね」
「「「「えっ」」」」
「えっ?」
シーンと静まり返った居間に、ケビンは首をかしげる。
「どうしましたか?」
「三食……弁当ですか?」
「はい」
「毎日?」
「はい」
「キッチンは?」
「……」
ケビンが、キッチンはどっちだったかなと、家の奥のほうに顔を向けながら目を彷徨わせたので、四人は蒼白になっていく。
「……お茶を沸かしたりは」
「魔石バーナーとビーカーをお貸ししましょうか」
「……」
四人が押しだまったので、ケビンは用事は終わったかなとばかりに、弁当がらをぽいっと床に捨てる。
「「「「!?」」」」
「弁当がらはその辺に置いておいておけば、リーンハルトが弁当屋に回収させますよ」
目を剥く四人に、ケビンは苦笑する。
「リーンハルトが、弁当ガラを回収してくれる弁当屋しか選ばせてくれないんですよね」
四人が神妙な顔をしていたので、ケビンはにっこりと微笑んだ。
きっとこれで、ケビンの狭量な執事を許す寛大な主人ぶりが伝わったのだろう。
少しでも心穏やかに暮らしてくれるといいのだが。
「では、私は上の階に戻ります。昼と夜は勝手に食べていてください」
暖炉横の隠し扉に消えたケビンに、ダニエルは呟く。
「次は、キッチンだな」
家族は頷くと、つう、と涙を流した後、その場で倒れこんだ。
彼らは夜なべして、風呂場への道を作り、カビはないものの埃を被った風呂場を開放し、なんとかシャワーを浴びて居間に戻ってきたのが明け方。
まだ二時間ほどしか寝ていなかったのである。
◆
それからというもの、ケビンはあまり一階の居間には滞在しないようにしていた。
ケビンは元々、人付き合いが上手くないのだ。
大好きなデイトナーズ一家四人だからこそ、他人が自宅内に居てもなんとか過ごすことができているが、他の人だったらきっと一日と持たなかったであろう。
三階に引きこもって、餓死してしまっていたと思う。
なお、リーンハルトはケビンにとって空気のような存在なので、人間にカウントしていない。
ケビンは毎日、早朝に朝昼晩の宅配弁当を頼み、届いた弁当を、ありとあらゆる隠し通路を使って、四人の目に触れないようにしながら、こっそりと入手する。
弁当を手にする際、四人の生活感を確認して、ニッコリ微笑むことは忘れない。
そして、入手した弁当を三階の自室で食べたら、床にポイっと弁当ガラを投げるのだ。
「ケビン様!」
「わぁ!」
そうして過ごした三日目の昼、リーンハルトが激おこ状態で背後に立っていた。
「邸内のゴミを増やすなと言ったでしょう!」
「ここは三階だぞ。私の部屋だ。自分の部屋の中は好きにしてもいいじゃないか」
「弁当を一階から持ち出すのは禁止です! でないと配達弁当を禁止しますよ!」
「えぇ……そしたら、三日に一食になっちゃうだろ。お茶もなくなるし。流石に死ぬと思う」
「三日に一度しか外に出ないのが問題です」
「面倒だから外に出たくないんだ。この間だって、実験したかった杖を落としちゃったし、外はいやだ」
「知りません。とにかく、生ゴミ増量だけは許しません!!!」
リーンハルトにゴミ袋を差し出されて、ケビンはしょんぼりしながら、この三日分の弁当ガラを袋に詰めていく。
空の麦茶ポットを三つ抱え、隠し通路越しに居間へと足を運ぶ。
すると、デイトナーズ公爵家の四人が居間で机を囲んでいた。
机の上には、なんだか黒ずんだものが載った皿が幾つも置いてある。
「……こんにちは」
「ハッ。ケレンスキー侯爵!」
「どうしましたか?」
なんらかの儀式なのだろうか。
そう思いつつ、彼らに尋ねると、彼らはツウと涙をこぼし、その場で床にぺしょりとくっついてしまった。
「どうしましたか!?」
「わ、私達は……生きる価値もないクズなのです……」
「またまた。先週まで生きてるだけで崇められる公爵だったではありませんか」
「ガハァッ」
「アナタァーー!」
「いやぁああお父様ぁああー!」
「父上ーーー!!!」
「ああっ、吐血するだなんて、なんてことだ。まだ先日の怪我が治っていないんですね!」
「いや、これの原因はあなたですよ、ケビン様」
「訳のわからないことを言うな、リーンハルト。大丈夫ですか、ダニエルさん」
「ううっ、この川を渡れば、楽になれる……」
「大変だ。とりあえず医者を呼ぶか」
魔法通話器で医者を呼んだケビンは、ゴミ袋を放り出し、いそいそと四人のいるテーブルの近くの床に腰を落ち着ける。
彼の背後では、ゴミ袋の行末を見たリーンハルトが目を吊り上がらせている。
「それで、どうしましたか? この黒いものは一体?」
「ウゥッ……わ、わたくし達、ケレンスキー侯爵にお礼をしたくて……」
「え?」
なにやら、四人はここ三日で、この生活に代償がないことに薄々気がつき始めたらしい。
そして、義侠心あふれるデイトナーズ元公爵一同は、感謝の意を示さねばと奮起したそうだ。
今日の昼ごはん代としてリーンハルトからもらったお金で食材を宅配購入。
ノリノリでキッチンに詰めかけ、豪勢な食事を作ろうと、腕を振るった。
そして気がついた。
この四人、生粋の貴族なので、誰も料理をしたことがないのである。
「料理は、愛情だ!」
元公爵ダニエルは、燃え上がる想いと共に、スクランブルエッグに酒を投入し、すべてを燃え上がらせた。
「料理は、丁寧さよ!」
元公爵夫人チェルシーは、タマネギを細かく刻み、刻み、刻んで刻んで、一家四人とも目つぶしを食らったかのように悶絶する結果となった。
「料理は、味付けよ!」
長女デイジーは、タマネギスプラッシュのせいでよく見えない目をこすりながら、大量のソースや塩胡椒をスープ鍋に投入して、タマネギと共に煮込みはじめた。
「料理は、豪快さだよ!」
長男ドビアスは、取り寄せた鳥一羽に大量のオリーブオイルをかけ、内臓が入ったままオーブンに投入し、火力を最大にした。
出来上がったのは、『炭&炭 〜生焼け外焦げ鳥の炭炭添え〜』である。
「私達は、生きる価値もないのです……」
「お腹すいた……」
「ドビー、こらっ!」
シクシクと泣いている三人と倒れ伏した一人。
それを見たケビンは、心がポカポカと熱を持っていることに気がついた。
「これはじゃあ、私のために、皆さんが作ったんですね?」
「え?」
「私のために?」
「そ、そうです……」
「差し上げる料理を作る前に、まずは自分達で食べるものをと……」
「私のために!」
ケビンの感極まった声に、三人はあれ?と首をかしげる。
そして、止める間もなく、ケビンがその鳥にフォークをつけはじめた。
「!? 侯爵様、いけません!」
「危険です、そんな」
「真っ黒なんです、だめです!」
「皆さんが、私のために!! 最高の調味料です。私は幸せです」
目に涙を浮かべながら、焦げた生焼け鳥を食べるケビンに、三人はジワジワと赤くなっていく。
しかし、ケビンはそんな三人の様子には気がつかない。
大好きな四人がケビンのために作ってくれた料理という、神様からのプレゼントが、目の前にあるのだから。
「宅配弁当を四つ、追加注文しておきました。あと、二人目の医者を呼んでます」
それだけ言うと、リーンハルトはその場を去っていった。
もじもじと恥じらう三人と、涙目のケビン、倒れた一人。
この歪んだ幸せ桃色空間から、脱出したかったらしい。
そのことを、ケビンは三日後にリーンハルト本人から、病床の中で聞いた。
実はその後、ケビンは二日ほど生死を彷徨ったのだ。
新鮮でない鳥の生食は厳禁である。(本当に)