引きこもりゴミ屋敷令息の恩返し 〜悪役令嬢を一家ごと引き取りました〜 作:黒猫 かりん
翌日の夕方のこと。
ケビン=ケレンスキーの邸宅の居間にて、リーンハルトは珈琲を飲みながら、ケビンの新しい発明品の説明書を作りつつ、特許申請書を作成していた。
その横に座っているのは、チェルシー=デイトナーズ元公爵夫人である。
ケビンの家の居間は、通常の貴族の家とは違い、ローテーブルをソファや簡易ベッドで囲む団らんスペースの横に、執務室にでも置くような協議机を中心とした協議スペースがあるのだ。
理由はもちろん、ゴミだらけのケビンの邸宅の中、屋敷の主の居るべき執務室に、誰もたどりつけないからである。
「この書類は?」
「申請書に添付する使用許諾権に係る代理権者の申請です」
「リーンハルト様の身分に係る証明書ですね」
「ケビン様は窓口に行かないので、私がすべて代行できるように処理しています」
事務仕事をしても首が痛くならない高さの机に書類を並べ、リーンハルトが黙々と作業する姿を、チェルシーは時折質問を交えながら、静かに見守っている。
彼女がその美しい眉を寄せながら、「……リンデン公爵家……? 隣国エレンスキー王国の? 公爵家のご令息が執事……?」と呟いたところで、廊下のほうから叫び声が聞こえた。
もちろん、声の主は、屋敷の主であるケビン=ケレンスキーである。
「ヒェアァアアアアアアアア」
「ケビン様! 観念してくださいませ!」
「や、やめ、やめてください」
「ほら、捕まえました!」
「イヤァアァアアアアァアアア」
リーンハルトが廊下に視線を投げると、必死に走って逃げようとする主人と、後ろから追いかける金髪碧眼の喪男キラー系巨乳美女デイジーが廊下から居間に走り抜けてきた。
そして、走り抜けたと思った瞬間、ケビンが足をもつれさせ、その後ろからデイジーが突撃するようにして覆いかぶさり、ズシャアァという痛ましい音と共に、リーンハルトの足元に倒れこむ。
「ほら、ケビン様。服を脱がしますよ」
「いけませんいけませんいけませんいけません」
「も、もう! 言うことを聞いていただけないなら、このまま私と一緒に……ッ!」
「デイジー様。ヤるなら客間でヤッてください」
「違います!!!!」
ケビンの服を剥いていた元公爵令嬢は、リーンハルトの言葉に、顔を真っ赤にして否定の言葉を叫ぶ。
しくしくと泣きながら顔を覆うケビンと、ケビンの上にまたがる麗しの美女に、リーンハルトが面倒くさそうに眉根を寄せたところで、居間に入ってきた人物がいた。
元公爵ダニエル=デイトナーズと、十二歳の元公爵令息ドビアス=デイトナーズである。
「我々から逃げるからですぞ、ケビン様」
「フォァァアアアアアァアアア」
シャツをはだけさせ、その厚い胸板を見せつける四十一歳のダニエルに、ケビンは再度悲鳴を上げている。
そんなケビンの隣に、同じくシャツのボタンがすべて外れているドビアスがそれとなくしゃがみこむ。
「ほら、ケビン様。諦めてお風呂に入りましょう」
実は、デイトナーズ一家は、ケビンをプロデュースするために、毎日彼をお風呂にいれるところから始めたらしく、ケビンは先ほどからこの三人に、浴室に押し込まれそうになっているのだ。
それだけ聞くと平和な事態なのだが、デイジーに浴室に案内されたケビンの目に映ったのは、白い歯のまぶしいダニエルとドビアスが脱衣しながらケビンを待ち構えている浴室の図だった。
怖すぎる。
昨日の今日で、風呂場で何をされてしまうのかと恐怖に心の底から震えたケビンは、脱兎のごとくその場を逃げ出した。
そして、デイジーにあっさりと捕まったというのが、現状なのである。
なるほどとリーンハルトが横目で様子を見ていると、死刑宣告を受けたような顔をした黒髪枯れ木男は、デイジーに下敷きにされたまま、涙目で必死に声を荒げた。
「ひ、ひ、一人で、入れます! 自分でっ、お風呂に……」
「ケビン様、一人でお風呂に入ったことあるんですか?」
リーンハルトの言葉に、はたと我に返ったケビンは、幼少期まで記憶をさかのぼった。
二歳の頃から、塗り絵や粘土に集中し、八歳年上のリーンハルトに浴室に連行され、護衛や侍従に泡だらけにされるまで、自ら浴室に向かうことのなかった日々……。
一人で入浴したことは、あったような。
なかったような。
もしかして、なかった?
「ためらう要素はありませんな」
思考の海に沈み、静かに固まっているケビンを、ダニエルは娘の下から持ち上げ、宝物のように抱き上げる。
ギョッと目を剥いたケビンの瞳に映ったのは、白い歯をキラリと輝かせたマッスル麗しいイケオジである。
「さあ、我らと共に、フレッシュなケビン様になりましょう」
ケビンの叫び声が小さくなっていくのを聞き届けたリーンハルトは、書類に向き直る。
「三人には一万リロずつ渡しましょうかね」
「あら。じゃあわたくしも参加してこようかしら」
「それもいいかもしれませんよ」
言葉と裏腹に、リーンハルトの作る書面をじっくりと見渡しているチェルシーに、リーンハルトは頬を緩める。
そんなリーンハルトに、チェルシーはふふ、と笑みを漏らした。
◆
結局、ケビンは、ダニエルとドビアスの手で泡だらけにされることになった。
頭から湯を流された彼は、カラスの行水で逃げ出そうとしたけれども、ダニエルとドビアスがそれを許すはずもない。
湯の中につからされ、雪山フォンゲルフンド(犬)を百匹数えさせられた彼は、久しぶりに長湯をすることになり、ほこほこに茹で上がった状態で居間へと戻ってきた。
もちろん、自分の足では歩いていない。
ダニエルに大切そうに横抱きされて運ばれてきたのである。
「ケビン様は大切なものを失ってしまったのですね」
「これ以上おかしなことを言うと、反旗を翻すんだからな」
「ケビン様は私が居ないと生きていけないのではありませんか」
やれるものならやってみろと、珈琲を口に含んだリーンハルトに、茹で上がりケビンは居間のソファに座らされながら、悔しさに震える。
しかしまあ、とにかく試練は終わったのだ。
あとは、二階に避難してしまえば、今日はきっと落ち着いて過ごせるはず……。
「まだ終わりませんよ?」
ガーン!と打ち抜かれたような顔をしたケビンの目の前に現れたのは、櫛とハサミを手にしたドビアスである。
「お待ちなさい。何をするつもりですか」
「ケビン様の髪を切ります」
「なぜドビアス様がハサミを持っているのですか」
「僕が切るからです」
「僕が切るからなのです!?」
目を剥くケビンに、ダニエルとデイジーは一向に動じることなく、布を用意してふわりとケビンにかけ、両脇に座り込んでその腕をがっしりと掴む。
「待った! 待ちましょう。別に髪は切らなくてもいいと思いますし、百歩譲って髪を切るとして、なぜ最年少のドビアス様が」
「僕、髪の毛を切るのが割と好きなんですよね」
「ダニエル様! せめてあなたが」
「おや。元公爵の私がですか? 飾り用の剣かペーパーナイフしか握ったことがありませんが。まあ私はなんでもできますから、芸術点の高い仕上がりにしてみせましょう」
「デイジー様!」
「わかりました。私がお人形の髪を切るとですね、なんだか真っすぐそろっていない気がして、どんどん鋏を入れてしまって、髪の毛がなくなってしまうのですが、今回こそ成功してみせますわ」
「チェルシー様!!」
「いいでしょう。わたくし、布地を勢いよく真っすぐに断ち切るのがとても得意なのです。肉を切らないように気をつけますわね」
「リーンハルト!!!」
「面白そうだから四人のうちの誰かにやってもらいましょう」
「リーンハルト!!!!?」
結局、騒ぎ立てるケビンの髪を切ったのはドビアスであった。
軽やかな動きでハサミをふるった彼は、またたく間に、ここ数年まともに調髪したことはないと思しき様子の、伸びきったケビンの髪を切りそろえていく。
ハサミを入れ終わり、タオルでわしゃわしゃと水分をふき取り、もう一度櫛を通したら、水の滴らない若き一代侯爵のできあがりである。
「よーし、終わりです。会心の出来です!」
ニコニコ笑いながら、ドビアスは鏡を手に、ケビンの正面に回る。
そして十二歳の新生調髪師は、「結べる長さの方がいいかと思って、長さを残しています」「流行に合わせて、前髪を作ってあります。目にかからないように定期メンテナンスをしましょう」「黒髪は切り手の腕前がよくわかるのでやりがいがあるんですよね」と、愉悦に浸りながら早口でまくしたてた。
しかし、肝心のケビンから反応がない。
ようやく何かがおかしいと思い、ドビアスがケビンを覗き込んだところ、彼をゲーイナー鉱山から救い出したヒーローは、なぜか泡を吹いて白目を剝いていた。
彼を娘と共に両脇から挟み込んでいたダニエルも、困った様子でドビアスを見ている。
戸惑うドビアスが後ろを振り向くと、リーンハルトが目を瞬きながら、意識を飛ばした主人を試すがめつ見ていた。
「ドビアス様は、凄腕美容師だったのですね」
「そうかな? うん、そうかも。下町に美容師の友達が何人かいるんだ」
「そうですか。……仕上がりを見ずに気絶するとは、ケビン様は贅沢な人ですね」
リーンハルトは立ち上がると、気絶した主人を色々な角度から嘗め回すように見る。
「いや、本当に上手いですね……」
「そうですか? リーンハルトさんに褒められるなんて、嬉しいなあ」
「あの、冗談ではなく」
何か考え込むようにしているリーンハルトに、ドビアスはニコニコとほほ笑んでいるだけである。
結局、久しぶりの湯浴みで疲れ切っていたケビンは、そのまま眠り込んでしまい、居間の簡易寝台に再度寝かされ、翌朝まで起きることはなかった。
そのため、上気した顔でケビンを見つめていた金髪碧眼の美女の存在に気が付くことはなかったのである。
◆
それからというもの、デイトナーズ一家は熱心にケビンのプロデュース大作戦に身を投じた。
毎日毎日ケビンを風呂に入れ、前髪が伸びたら調髪し、ケビンの邸宅の中のゴミを捨て、内装を張り替え、ケビンの服を買い、靴をそろえ、古びた服を捨てていく。
デイトナーズ一家がケビンの家に来てから数ヶ月が経過した頃には、段々と家の中がすっきりとし、ケビンのいる二階も廊下に足の踏み場ができ、隠し通路を使わなくとも移動ができるようになってきていた。
そのうちに、ケビンはなんだか、鏡の中に居る自分が、その辺にいる普通の貴族の男性のように見える気がしてきた。
いや、これは……。
「兄上達にそっくりだな」
「兄君達はもっとガタイがいいと思いますよ」
デイトナーズ一家に朝からパジャマを脱がされ服を着せられて鏡の前に立たされていたケビンは、リーンハルトの言葉に、それもそうかと思いなおす。
「……ケビン様よりかっこいい人は、きっと居ません」
その不思議な言葉に、ケビンがいぶかるようにして振り向くと、「そうです、ケビン様が一番です!」「ケビン様が至高です!」「ケビン様を最高の最上に仕上げるのは僕達の使命です!」と、声の主以外の勢いにかき消されてしまい、よくわからないまま、ケビンは居間のソファーに座らされた。
ダニエルが慣れた手つきで弁当を各人の前に並べ、ドビアスが冷たい麦の茶をポットからカップに注ぐと、ケビンズハウスの
「そういえば、ケビン様。デジケイト王国銀行の個人口座のお金が一億リロ増えていると思いますので、リーンハルト様に確認してください」
「え?」
朝食の最中に突然発されたチェルシーの言葉に、思考を止めたケビンは、スプーンを取り落とす前にテーブルの上に置く。
「きっと何かを聞き間違えたのだと思います。もう一度よろしいですか?」
「デジケイト王国銀行のケビン様の個人口座のお金が、一億リロ、増えていると思います」
「なぜそのようなことに?」
「わたくしが増やしたからです」
豆鉄砲をくらった鳩のような顔をしているケビンに、チェルシーは平然としながら、朝食の弁当を優雅に口に運んでいる。
ケビンが困惑の目をリーンハルトに向けると、リーンハルトはニコニコしながら頷いた。
「チェルシー様に資産運用を任せました」
「知らないんだけど」
「私の作ったリーンハルト社のお金を投資しましたからね」
「私もリーンハルト社の役員の一人じゃなかったか」
「チェルシー様は、私の事務仕事を手伝う片手間に起業や投資によって、元手を十倍に増やされまして」
「十ば……じゅう!?」
「ケビン様の口座にも役員報酬としておこぼれを入れておきました」
「おこぼれで一億リロ!? えっ、たった数ヶ月で!?」
目玉を飛ばしかねない勢いで目を見開いたケビンに、チェルシーはふっとほほ笑む。
「わかっていますわ、ケビン様」
「絶対にわかっていない微笑みはやめてください」
「ご褒美をくださるのですよね。夜に……」
「金で人の大切なものを買うのはおやめください!」
「冗談ですよ。冗談でなくてもいいですが」
「ウィンクは不要です」
「それはそれとして、お金はどこまで増やせばいいですか?」
「え?」
「夫のダニエルも手を出せば、さらに倍くらいは資産を増やせそうですが」
このデイトナーズ元公爵夫婦は、国の要であったため国内の投資先の商い事情をしっかりと把握しているのだ。
「あの錬金工場への助力と資金投資はうまくいくと思っていたんだ」
「王都の錬金業界は労働条件が悪くて人材育成がうまくいっていなかったですからね」
「ホワイトな大会社に仕立て上げて、労働環境と研修環境を整えれば、優秀な職人を全部攫ってこられるとは思っていたが、本当に上手くいったなあ」
「錬金業界は五大公が一つ、グルグルニウム公爵家の領分でしたからね。わたくし達が五大公のうちは遠慮していましたけれど、リーンハルト社の資産を投じる分には遠慮はいらないので楽しかったですわぁ」
「他にも手を出したい業界や投資先はあるからな。もう少し会社を増やすのもいいかもしれないな」
「株主としてなら経営は人に任せて仕舞えばいいものね」
「優秀な人材なら有り余るほど知っているしな。我がデイトナーズ元公爵家の元使用人とかな」
「彼らはわたくし達の没落と共に暇を出されてボケる手前の様子でしたから、もっと仕事を与えてしまいましょう」
「お金になるとわかったら、没落させられた我々の言うことにも平民は素直に従ってくれるので助かることだ」
「忠誠心があると言っておあげなさいまし」
ハハハと笑っている二人に、リーンハルトはホクホクとした笑顔を絶やさない。
どうりで最近、リーンハルトの機嫌がいいと思ったら、金回りがいいからか!!!
ケビンは呆然としながら、とりあえずダニエルとチェルシーが楽しそうなので、引き続き資産運用を任せることにした。
これ以降、ケビンの資産は、ケビンの発明品特許と、デイトナーズ夫妻の資金運営により、国家予算に匹敵するほどその総量を増やしていくことになる。
~✿~✿~✿~
その日、グスタフ=グルグルニウム公爵は、デジケイト王国の王都に馬車を走らせていた。
走らせるといっても、その速度はゆったりとしたものだ。
なじみの洋服屋に向かうための道中であり、何かに急ぐ必要はないからである。
しかし、そんな余裕のある馬の足取りとは裏腹に、馬車の室内に居るグスタフは、何度も指の腹で窓際のひじ掛けを付きながら、いらだちを隠さない様子でぎりぎりと歯噛みしていた。
(なんなのだ。なぜ、あの町工場にすぎなかったジキルハイド社が、あんなにも大きな会社に成長したのだ……!)
グスタフの手がけていた事業のうち、錬金業界の事業は主力の一つであった。
貴重な鉱石を掘る鉱山を多数有するギルティギア公爵家から鉱石を買い取り、それに魔法の技術を加えつつ魔道具を作る錬金事業。
グスタフは、デジケイト王国中の錬金事業に関与することで、優秀な錬金術師達の報酬水準を下げ、彼らを安価で使うことで利益を最大限に絞り取っていたのだ。
だというのに、二カ月前に謎の急成長を果たしたジキルハイド社に、すべてをひっくり返されたのである。
『優秀な人材には、それなりの金を与えるべきですぞ! ワークライフバランスと豊かな資金力は、人材に余裕を与え、よりよい利潤をもたらしてくれるものです!』
(何を、知ったような顔をして!)
腹立たしい思いに任せて、ガン!と思い切り馬車の壁を蹴り飛ばしたところ、御者から、「どうかしましたか!?」という声が上がる。
なんでもないと伝えて、引き続き目的地に向かうよう告げたグルグルニウム公爵は、腕組みをしながら、脳裏に浮かぶ筋肉隆々の幼馴染の顔に、再度ぎりりと歯噛みした。
(ダニエルのやつめ。ざまあみろだ。いつも正論ばかり投げつけてくる、脳筋男め……!)
あの、忖度という言葉を知らない筋力バカ男の率いるデイトナーズ公爵家は、五大公の中でも特異な存在であった。
いつでもその目はきらきらと輝き、曲がったことはその場で即座に切り捨てる。
国王陛下の『シンデナッフィー(超強力性欲増進剤)を使いたい』という切なる想いを、迷うことなく一刀両断にした世渡り下手な一族は、実のところ、他の公爵家からこれでもかというほど嫌われていた。
彼らが国の経済施策に一役買ってさえいなければ、即座に暗躍して、国をたたき出していたところだ。
そこまで考えたところで、グスタフは、片頬を緩める。
(それも、大丈夫だ。彼女さえ居れば……!)
清く正しく脳筋なデイトナーズ公爵が国を支えるという悪夢の日々。
そんな状況を、ある若い女が、すべてをひっくり返したのだ。
彼女のおかげで、あの脳筋一族を、国から追い出し、追い落とすことができた。
『グスタフ様。あたしのお願い、聞いてくださいますか?』
甘い声を思い出し、グスタフはぐふふと含み笑いをする。
半年前に出会った彼女は、グスタフが人生で出会った中で、最も魅力的な女性だった。
ダニエルと同じ四十一歳であるグスタフには、妻が居る。
しかし、グスタフの妻は、ダニエルの妻のように美女ではないし、グスタフに静かに付き従うだけが取り柄の、つまらない女だった。
そんなグスタフの前に現れた、果汁滴る果実のような、あの女。
彼女の能力があれば、経済を自由にし、国を支えることも難しくないはず。
そして、彼女はグスタフやこの国のことを、愛しているのだ。
だって、彼女はグスタフを愛していると言っていた。
その言葉は、嘘ではない、はず……。
頭にもやがかかるようなその感覚に、グスタフは夜の眠りが浅かったのかと、頭を振る。
グスタフは、あのダニエルとは違うのだ。
もう四十一歳、衰えを感じ始める年齢なのだから、体を大事にしなければならない……。
「とにかく、ダニエルは居なくなったのだ。今頃、ゲーイナー鉱山で掘られていると思うと、愉快痛快だ」
くつくつと気持ちの悪い笑みを浮かべるグスタフ。
彼は愉悦に浸ることに忙しかったので、自分の乗る馬車の横を、なんならその窓の横を、買い出しに出かける途中の筋肉隆々元公爵ダニエル=デイトナーズが、ウキウキの笑顔で通り過ぎたことには、幸か不幸か、気が付かなかったのである。