予想外の行動に、数秒間誰もミーシャに声をかけなかった。
ミーシャの白く濁った両眼はもともと焦点を結んでいなかったが、視覚補助を失った今、彼女の前からは室内の景色そのものが完全に消えている。
「切るのか?」
ようやく辰巳先輩が尋ねた。七草会長もミーシャの眼鏡を見ながら口を開いた。
「風間さん、それが動いていないと見えないのでしょう?」
「見えないっス」
「それなら、どうしてわざわざ止めるの?」
「せっかく試験してもらうなら、普段の状態だけ見せてもしょうがないっス。自分、もう一つ戦い方あるんで、そっちも見てもらった方が判断しやすいと思ったっス」
そのまま電源の落ちた眼鏡のフレームを指先で叩く。
「で、話を戻すっスけど、今回はちゃんと魔法師としても戦うっスよ」
視覚補助CADを稼働させた普段の状態では、魔法を行使するために、魔法演算領域の残りの一割を使ってマルチキャストを併用しなければならない。
ならば、この汎用CADの性能を十二分に引き出すには、視覚補助を停止させる必要がある。
見ることを捨てる代わりに、魔法師として使える演算領域を取り戻す。
つまり、そういう切り替えというわけか。
「見えない方は、こっちで何とかするっス」
ミーシャが顔を上げる。
「シャシュティ」
名を呼んだ直後、何もなかった空間に三毛猫が現れた。
昨日も見た、腹回りの丸い三毛猫だ。ただし、普通の猫ならあるはずのない蝙蝠じみた翼が背中から生えており、その翼をゆったり動かしながら空中に浮いている。昨日は頭上を飛び回っていたせいで細部まで見られなかったが、近くで見れば毛並みも尻尾も脚も猫そのもので、異物であるはずの翼まで最初からそこにあったように身体へ繋がっていた。
「マブダチ……じゃなかった。使い魔のシャシュティっス」
「今、言い直したな」
「細かいことは気にしないっス」
ミーシャはそのまま説明を続ける。
「感覚リンクすれば、シャシュティが見てるものを自分も使えるっス」
「使い魔、と言ったか?」
度重なる異常を前にして、渡辺先輩の口から出たのは、ありきたりな問いだった。
「ウィっス」
「スピリチュアル・ビーイングの一種、ということでしょうか」
市原先輩は精霊魔法に近い存在を考えたのだろう。俺も昨日初めて見た時には同じ可能性を考えた。
だが、その問いに答えたのはミーシャではなかった。
「お初にお目にかかる」
太った三毛猫から、落ち着いた男の声がした。
それまで誰かしらが話していた演習室が、そこで急に静かになった。
「シャシュティだ。御覧の通り、トレスィムにしてミーシャの使い魔を務めている。本来、日本語を扱う種ではないのだが、私は特殊な個体でな。不可視視認を持たない代わりに、発音機能を備えている」
空中で姿勢を整え、渡辺先輩に向かって丁寧に頭を下げる。
「それと、先に詫びておこう。我が主は少々自由なところがあってな。本人に悪気はなくとも、周囲を引っ掻き回す方向へ進みやすい」
渡辺先輩は返事をしなかった。
猫から主人の素行について謝罪されるとは、さすがに予想していなかったのだろう。
「確か渡辺殿だったな。昨日も色々と迷惑を掛けたそうで、すまない」
「あ、ああ……」
あの渡辺先輩から、ここまで曖昧な返事が出るのは珍しい。
無理もない。空中に浮いた太った三毛猫が、ミーシャよりよほど常識的な態度で謝っているのだから、どう返すのが正解なのか俺にも分からない。
七草会長まで言葉を挟めずにいる中、シャシュティは次にこちらへ顔を向けた。
「そして達也殿」
「俺か」
「入学式前には、貴殿にも少々苦労を掛けたと聞いている。我が主が世話になった」
また律儀に頭を下げる。
「私には家名もない。呼ぶならシャシュティだけで構わない」
「入学式まで退屈しなかった。気にしなくていい」
そこまで返してから、ふと思ったことをそのまま口にした。
「苦労しているだろう?」
猫の動きが止まり、数秒してから、ゆっくり深く頷く。
会って数日しか経っていない俺でさえ、ミーシャと一緒にいれば多少は分かる。日常的に行動を共にしているなら、その回数は考えない方がいいだろう。
「なんで二人とも急に通じ合ってるっスか」
ミーシャだけは納得していなかったが、他の面々はそれ以前のところで理解が止まっているようだった。
翼のある猫が飛び、喋り、自分を使い魔だと名乗り、主人より礼儀正しく周囲へ頭を下げる。
そんなのを魔法の理屈に一つずつ当てはめていくより、途中で諦めた方が早い。
「では、試合の邪魔になる前に黙るとしよう。ただ、その前に一つだけ伝えておきたい」
シャシュティが周囲を見回すように顔を動かす。
「今後、わが主と付き合っていくのなら、かなり重要なことだ」
それまで穏やかだった声が妙に重くなったため、中条先輩まで姿勢を正した。
「我が主は時折、盛大にズレたことを言い出す」
誰も口を挟まない。
「そういう時に真正面から付き合うだけ無駄だ。疲れるだけだから、適当に聞き流した方がいい」
沈黙の質が変わった。
「マブダチの言う通りっス」
ミーシャが素直に頷いた。
「そこは否定しろ!」
渡辺先輩だけでなく、辰巳先輩の声まで重なる。
俺も同意見だった。
このままではいつまで経っても試合が始まらないと判断したらしく、渡辺先輩が強引に話を切った。
「先に確認しておく。捻挫以上の怪我につながる術は禁止。武器の使用も認めない。
今回は男女混合だからノータッチ方式だ。捕縛系は寸止めとし、成立したかどうかは私が判断する。
勝敗はどちらかが『参った』と言うか、私が『勝負あり』と判定するまで。いいな?」
「了解っス」
「異存ありません」
辰巳先輩とミーシャが演習場の中央へ進み、規定の距離を取る。
ミーシャの視覚補助CADは停止したまま。シャシュティは翼を動かして少し高度を上げると、彼女の斜め後ろへ回った。ミーシャは汎用型CADを着けた腕を自然に下ろし、何も見えていないはずの顔を辰巳先輩の方へ向けている。
「開始!」
渡辺先輩の声と同時に辰巳先輩の手がCADへ走り、ほとんど間を置かず起動式が展開された。
俺の視界に入った情報を追う。
下肢を対象とした魔法式。床を蹴った際の反発力へ干渉し、一歩目から加速するための術式だった。
最初からミーシャに詠唱させる気はないらしい。
昨日見た《カンジャー・マイナー・エレメンタルズ》は、発動までかなり長かった。
《幻想術》の多くが声や身振りを必要とするなら、距離を潰して時間そのものを奪うのは当然の選択になるし、今回は勝敗だけを争う試合でもない。
突然間合いを詰められた時、風紀委員候補であるミーシャがどう対応するのかを見るという意味でも、辰巳先輩の攻め方は理に適っている。
床を蹴った辰巳先輩の身体が一気に加速した――かなり速い。
それでもミーシャはほとんど動かない。
視覚補助CADを切っている以上、まずシャシュティから情報を受け取らなければ相手の位置すら分からない。
感覚リンクへ意識を向けるための時間が必要なら、ここが一番狙いやすい。
辰巳先輩が数歩先まで迫ったところで、ミーシャの腕輪型CADから起動式が広がった。
俺にも起動式が読める、つまり現代魔法だ。
魔法式の成立とほぼ同時に、辰巳先輩の踏み込みが不自然なほど鈍った。
個人そのものへ作用しているのではなく、ミーシャを中心とした一定範囲へ条件を設定し、その内部へ入った運動体の速度を割合で削っている。
――定率減速。
減速率は九割近い。どれほど勢いをつけて踏み込んでも、領域へ入った瞬間に速度が一割程度まで落ちる計算になる。
辰巳先輩もすぐに異常を察し、強引に前へ出るのを止めて後退へ切り替えた。まず効果範囲から抜け、そこから手を変えるつもりなのだろう。
判断は速かった。だが、ミーシャもその時間を与えない。
眼鏡型視覚補助CADの電源を入れながら、腰のポシェットへ手を入れる。取り出したのは小さな透明ケースだった。
中には昆虫の樹脂標本が入っている。それを見た辰巳先輩の顔が、露骨に歪んだ――魔法の影響ではない。
俺も好んで触ろうとは思わない種類のものだ。
ミーシャは透明ケースを掲げ、そのまま祝詞へ入った。
「名を失え、影を失え、此処に在る理を失え。門よ開け。境よ裂け。汝、在るべき処へ還れ」
辰巳先輩が踏ん張るように身体へ力を入れた。何かに抗おうとしたのだろう。
だが、次の瞬間にはいなくなった。
光も出ない。音もない。空間が歪んだ様子もなく、一瞬前まで人間が立っていた場所から、辰巳先輩だけが抜け落ちている。
俺はすぐに情報体を追った。
破壊された痕跡はない。肉体やエイドスへ損傷が加わったわけでもなく、座標を書き換える移動系魔法の形跡も見当たらない。空間そのものへ現代魔法式が干渉した様子すらない。
つまり、単に消えただけだ。
「おい、辰巳はどうした? 無事なのか?」
渡辺先輩の声が低い。無理もない、いきなり人間が消えたのだから。
ミーシャは、何でもないことのように説明した。
「《幻想術:バニッシュメント》っス。疑似次元界に送ったっス。辰巳先輩には怪我一つないっス」
渡辺先輩は辰巳先輩が消えた場所とミーシャを見比べていた。
「……そうは言っても心配だ。戻してくれ。勝負ありだ」
「ウィっス。放っておいても1分で切れるっスけど、今すぐ集中を切るっス」
ミーシャがそう言った直後、先ほどまで何もなかった場所に辰巳先輩が戻った。
転移してきたというより、消える直前の姿だけがそのまま差し戻されたように見えた。本人も足元の感覚が繋がらなかったのか、一度身体を揺らしてから周囲を見回す。
「……戻った? 何もない所にいたと思ったら、もう終わってたのか」
「ウィっス。今、集中を切ったんで戻ってきたっス」
「鋼太郎、本当に何ともないのか?」
「ええ、知らない場所に居ただけです。それ以外は何も起きてません」
「疑似次元界と言ったな。それはなんだ?」
渡辺先輩が聞き返す。
「学校で言うなら、『廊下に立ってなさい!』みたいなもんっス。ちょっとの間、この場所から退場してもらう感じっスね」
現象に対して説明が軽すぎる。
もっとも、他の人はそれどころではなかったらしい。
深雪も七草会長も市原先輩も、戻ってきた辰巳先輩ではなくミーシャの手元へ目を向けている。中条先輩など、いつの間にか七草会長の後ろへ半分隠れていた。
「ミーシャ……それは……」
深雪の声がいつもより硬い。
「触媒っス」
ミーシャは平然としている。
「《バニッシュメント》の物質要素っス。目標が嫌悪する物体を一つ。大抵の人これ嫌いなんで、結構使い勝手いいっスよ」
俺もケースの中をもう一度見る。昆虫綱で名称はGで始まるが、あえて口に出す必要はない。
「早くしまえ!」
渡辺先輩が即座に命じた。
「ウィっス」
そこは素直に従い、ミーシャはケースをポシェットへ戻した。
全員の視線がようやくそこから離れたところで、渡辺先輩がもっともな疑問を投げる。
「だが、それを嫌悪しない人間もいるだろう」
「そういう時は、こっちっス」
次に出てきたのは二十センチほどの木製の棒だった。装飾もほとんどなく、見た目だけなら簡素なステッキにしか見えない。
「《幻想術焦点具》っス。高価な物質要素とか、特別に指定されてる触媒じゃなければ、大抵これで代用できるっス」
渡辺先輩の眉間に皺が寄った。
「……それなら、なぜ最初からそちらを使わない?」
「ロマンっス」
「理由になっていない」
俺もそう思う。
だが、先ほどの会話に気になる単語があった。
「昨日も『集中』と言っていたな」
「心をその魔法に置いておく感じっス」
もう俺は、ミーシャの雑な説明をどう対処すればいいのか、だいぶ慣れてきた。
「もう少し具体的にしてくれ」
ミーシャは木製の焦点具を片手で転がしながら答えた。
杖にも見えるそれを手にした姿は、どこか物語に出てくる魔法使いを思わせる。
「集中が必要な《幻想術》は、同時に一個しか維持できないっス。
それに維持してる途中で殴られたり、強い衝撃受けたり、別のことに意識持ってかれると解ける可能性があるっスね」
現代魔法とは随分違う。
演算領域へ継続的に処理を流して術式を維持するのではなく、術者自身の注意を繋ぎ止めておく必要があるらしい。
少なくとも実際の運用だけを考えるなら、そう理解しておけばいい。
渡辺先輩は腕を組んだままミーシャを見ていたが、やがて短く告げた。
「十分だ。今ので、突発的に仕掛けられた場合でも、ある程度対処できることは分かった」
俺もその判断に異論はなかった。
初動ではシャシュティから視覚を借りるためにわずかな遅れが出ていたが、そこで無理に幻想術を使おうとはせず、展開の速い現代魔法で接近を止め、その猶予を使って本命へ繋げている。
何が自分の弱点なのか分かった上で、それを別の手段で埋める戦い方だ。
少なくとも、実戦で何を優先すべきかは理解している。
ただ、本人はそこで手を挙げた。
「でも、問題もあるっスよ」
「言ってみろ」
「まず視覚っス」
ミーシャは上空のシャシュティを指した。
「視覚補助CAD切ってる時は、マブダチから見せてもらうしかないっス。
でも感覚リンクする時、一回意識を向こうに寄せないと駄目なんスよ。一回繋ぐと六秒くらいは見えるっスけど」
六秒なら、状況を確認して一つ二つ動くことはできる。
だが、戦闘中に視界が六秒単位で途切れると考えれば長くはない。
「その六秒の間に現代魔法の起動式出したり、少し移動するくらいなら平気っス。
でも、《幻想術》みたいに祝詞や身振りが必要なやつは、その間に感覚リンクが切れるっス。だから、視覚補助CADを起動したまま使うのが標準っス。
それに走るのも結構難しいっス。自分の目から見るんじゃなくて、シャシュティの位置から自分自身を見て動くことになるんで」
自分の身体を第三者の視点から見ながら操作する。
試したことはないが、通常の視覚と同じ感覚で扱えるとは思えない。
「マブダチの位置次第では、近接攻撃避けるのも厳しいっス」
「ほかには?」
「一番困るのは、シャシュティ狙われることっスね」
当のシャシュティも空中で頷いた。
「私は戦闘用の使い魔ではないからな」
「攻撃受けて退去させられると、大ピンチっス。呼び直すのに70分ぐらいの儀式いるっス」
材料がそろい、俺も少し要領がつかめてきた。
「儀式と言うことは、儀式じゃなければ短縮できるのか?」
「お? 達也、理解速いっすね。強度一を使えば60分っス」
なるほど、儀式化すると一律で十分延長されるのか……。
使い魔の呼び出しみたいに元から時間のかかるものだと、そこまで短縮にはならないが、頭の片隅には入れておこう。
そして、視覚補助CADを止めた状態でシャシュティまで失えば、完全に視覚情報が途絶える。その弱点は小さくない。
「だから相手とか状況見て、CADの電源入れたり切ったり、マブダチから視界もらったり、現代魔法用のCAD使ったり、《幻想術》へ切り替えたりするっス」
一つの戦い方に固定されるのではなく、何を使える状態にするかそのものを入れ替えている。
「風紀委員として使えそうな幻想術は、他にどの程度ある?」
渡辺先輩が尋ねると、ミーシャは少し考えてから首を傾けた。
「そこ、結構難しいんスよね。《幻想術》って普通に使うと、殺さない、後遺症残さない、校舎壊さない、まで条件付けたら六割くらい使用ライン越えてアウトっス」
渡辺先輩の眉間に、また皺が増える。
「……残りの四割は?」
「眠らせたり、笑いすぎて動けなくしたり、でっかい手で押さえつけたり、蜘蛛の巣で絡め取ったりっス」
「節操がないな」
「自分もそう思うっス」
自覚はあるらしい。
「ただ、回数制限もあるっスよ」
「昨日言っていたものか?」
「ウィっス。さっきの《バニッシュメント》は強度四。一日に三回までっス。強度五のリソースをそっちに回せば、最大五回まで使えるっスけど」
「上位の使用枠を下位の術へ流用できる、ということか?」
「大体そんな感じっス」
仕組みとして言われれば理解はできる。
なぜ一日の使用回数が最初から決まっているのかは、相変わらず分からない。
「あと、《幻想術》って意外と安定もしないっス」
辰巳先輩がミーシャを見る。
「今のが?」
「ウィっス。《バニッシュメント》も今回は通ったっスけど、相手によっては普通に抵抗されるっスよ」
「抵抗できるのか?」
「できるっス。あれの場合なら、『俺はここに居る』『ここから退く理由なんてない』って強く思える人、自我が強いとかカリスマがあるとか、そういう相手だと結構耐えられるっス」
カリスマ……自分がその場に存在することへの確信、単純な精神力とも違うらしい。
また、現代魔法には馴染まない判定基準が出てきた。
「ちなみに《幻想術》そのものは魔法演算領域使わないんで、視覚補助CADを動かしたままでも行使できるっス」
そこは聞き流せなかった。
幻想術そのものは魔法演算領域を使わない。ならば、魔法式が見えないこととも関係があるのかもしれない。
昨日、深雪へ話した推測とも繋がる。少なくとも、現代魔法と同じ場所で同じ処理をしているものではないらしい。
辰巳先輩はしばらく考えていたが、やがて納得に近い笑みを浮かべた。
「いや、それでも十分破格ですよ。制限があると言っても、できることが多すぎる。その制限の中で何を選ぶか、どう組み合わせるかが腕の見せ所ってことなんでしょう?」
「そういうことっス」
「それに、最初に使った定率減速も相当ですよ。展開が速い上に、あの減速率なら幻想術の詠唱時間を稼ぐだけじゃなく、普通に相手を止める手段として使える」
「現代魔法は、移動系や加速系に振動系魔法、そこら辺の防御や接近制御に使える部分だけ得意っス」
「だけ、で済ませる威力じゃないですよ」
辰巳先輩はそのまま渡辺先輩の方を向いた。
「制圧方法はかなり独特ですけど、予想してたよりずっと頼りになります。司波君と一緒に来てくれるなら、現場としては助かりますよ。姐さん、採用で――」
鈍い音が響いた。
辰巳先輩が途中で言葉を止め、頭を押さえてしゃがみ込む。
渡辺先輩の固く丸めたノートが落ちたらしい。
「姐さんと呼ぶなと言っただろう」
「ってぇ!」
「男女戦はノータッチルールっスよね?」
それを渡辺先輩は聞かなかったことにしたらしく、ミーシャへ向き直る。
「私からも推薦に加わる。ただし、一つ条件がある」
「なんスか?」
渡辺先輩の視線はミーシャではなく、上空に浮かぶ三毛猫へ向いた。
「その猫は、風紀委員として公務に必要な場合を除き、校内でむやみに呼び出さないでくれ」
「了解っス」
「さすが風紀委員長殿。正しい判断だ。風紀委員たるもの、まずは秩序を重んじねばならない。我が主にも、そのあたりは是非とも見習ってほしいものだ」
ミーシャが顔を逸らした。
「聞いているのか、主」
「聞いてるっス」
「聞くだけではなく直せ。主は自分が自由すぎることを理解していながら、改善する気配がまるでない。昨日の話を聞いた限りでも――」
そのまま説教が始まった。
生徒会室でも風紀委員会でもなく、第三演習室の中央で、空中に浮いた三毛猫が主人へ生活指導を始めている。
七草会長は漫才を見るような目で止めようとせず、中条先輩はどう反応するべきか迷っている様子で二人を見比べていた。
頭を擦りながら立ち上がった辰巳先輩が、小声で漏らす。
「なんで使い魔に怒られてるんだ……?」
「そりゃ、マブダチの方が自分より常識あるからっス」
答えたのはミーシャだった。
「自覚しているなら直せ!」
シャシュティの声が、演習室いっぱいに響いた。
【第12話:D&D使用呪文説明】
バニッシュメント(Banishment)
放逐
呪文レベル:4レベル
発動時間:1アクション
射程:60フィート(約18m)
構成要素:音声、動作、物質(目標が嫌悪感を抱く品物1つ。)
持続時間:精神集中、最大1分
系統:防御術
セーヴィング・スロー:魅力セーヴ
効果:放逐
呪文の効果
君は射程内にいて、君から見えるクリーチャー1体を、別の次元界へ追放しようとする。
目標は魅力セーヴィング・スローを行わなければならない。失敗した場合、そのクリーチャーは放逐される。
・目標が、君の現在いる次元界を本来の故郷としている場合:
目標は無害な亜次元界へと放逐される。
その亜次元界にいる間、目標は無力状態(Incapacitated)となる。
目標は呪文が終了するまでそこに留まる。呪文が終了すると、目標は元いた場所に再出現する。
その場所が他のクリーチャーなどによって占められている場合は、最も近い何も占められていない場所に出現する。
・目標が、君の現在いる次元界とは異なる次元界を本来の故郷としている場合:
目標は小さな「ポン」という音を立てて放逐され、本来の故郷である次元界へ帰還する。
呪文が発動してから1分が経過する前に呪文が終了した場合、目標は元いた場所に再出現する。
その場所が占められている場合は、最も近い何も占められていない場所に出現する。
そうでなければ、目標は戻ってこない。
高レベルでの発動
この呪文を5レベル以上の呪文スロットを使用して発動する場合、4レベルを1レベル上回るごとに、目標にできるクリーチャーの数が1体増加する。
例えば、5レベルのスロットなら2体、6レベルのスロットなら3体を目標にできる。
【幻想術使用回数・準備数説明】
・初級呪文
ミーシャはキャントリップ(強度零)を5つ取得している。この呪文は回数無限で使用できる。
・幻想術使用数
ミーシャは強度一以上の幻想術を発動するために使用できる各々の使用回数を所持している。
ミーシャは現在以下の幻想術使用数を持つ
強度一:4回
強度二:3回
強度三:3回
強度四:3回
強度五:2回
ある幻想術を、その幻想術の元々の強度よりも高いレベルの使用回数を使って発動することもできる。
大休憩を終えると、消費したすべての幻想術使用数を回復する。
・1レベル以上の準備呪文
ミーシャは発動できる強度一以上の呪文のリストを準備する。その準備したリストがその日のうちに使用できる魔法である。
ミーシャが準備できる呪文は15個である