魔法科高校に幻想は舞う   作:ゆきざかな

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第14話:大は小を兼ねすぎる

 部員勧誘週間の初日だけあって、校内は普段とはずいぶん様子が違っていた。

廊下の壁際にも中庭にも簡易ブースが並び、部名を浮かべた立体表示や勧誘用の映像が絶えず切り替わっている。

 

 新入生らしい顔を見つければ、近くにいた上級生が一人、二人と寄っていき、そこへ別の部まで加わるものだから、人の多いところでは立ち話の輪がそのまま通路を塞いでいた。

まだ始まったばかりだというのに、先ほどの会議で渡辺先輩が念を押していた理由は、巡回を始めて十分もしないうちに理解できた。

 

 その混雑の中で、見覚えのある赤い髪が人垣の中央に見えた。

 

――エリカだ。

 

「あの、ちょっと! 順番に――っていうか近い近い!」

 

 本人を囲んでいるのは、ほとんどが運動部の上級生らしい。

揃いのジャージやチームマークが何種類も混ざっているところを見ると、一つの部が強引に囲んでいるのではなく、複数の部が同時に声を掛けた結果なのだろう。

エリカは愛想を失わずに相手をしているが、周りの方は余裕がない。

自分の部を先に売り込みたい人間が一歩ずつ前へ出るたび、隣が押され、その押された人間がさらに別の誰かへぶつかっている。

あの密度で足を取られる者が出れば、一人では済まない。

 

「倒れる! 倒れるから! 聞いてる!?」

 

 エリカの声が悲鳴に近くなる。さすがに放置できない。

俺は人垣の端へ近づき、こちらへ背を向けている男子生徒の足元へ、一歩踏み込んだ。

足を踏み込んだ際に生じる振動など、たかが知れている。それを振動系の魔法式でわずかに増幅する。

 

 もっとも、俺の魔法力では大した効果は望めない。相手が魔法を受けたと気づくほどの振動にはならず、踏み出しかけた足が一瞬止まる程度だ。

だが、それで十分だった。

男子生徒の足が止まった瞬間、俺はその肩に手を添え、重心をわずかに横へ誘導する。

 

「あっ」

 

 男子生徒の身体が傾く。倒れかけた勢いを無理に止めるのではなく、身体の向きだけを横へ逃がす。

そのまま隣の男子生徒へ預けると、受け止めた側も反射的に一歩下がった。

 

「おっと」

 

 二人とも倒れない。その代わり、さっきまで詰まっていた人垣の端に一人分の隙間ができたので、そこへ身体を滑り込ませる。

 

「エリカ」

「あ、達也!」

 

 返事の代わりに手首を掴んだ。

 

「こっちだ」

「了解!」

 

 二人の上級生の間を抜け、そのまま人垣の外まで引き出す。

背後から「待って」「まだ説明が」と何人分もの声が追ってきたものの、俺の腕にある風紀委員の腕章を見つけると、さすがにそこから追ってくる者はいなかった。

少し離れたところで手を離すと、エリカは胸元を押さえながら長く息を吐いた。

 

「助かったー。あと五分いたら潰されてたかも」

「人気者だな」

「他人事みたいに言わないでよ。こっちは圧死するかと思ったんだから」

「そこまでの密度じゃなかった」

「比喩よ、比喩。そういうところ真面目に返さなくていいから」

 

 さっきまであれだけ囲まれていた割に、もう声にはいつもの調子が戻っている。

俺の腕章を見たところで何か思いついたらしく、口元に悪戯っぽい笑みが浮かんだ。

 

「助けてもらったお礼に、面白そうなとこ教えてあげる」

「いらない」

「即答しないの」

「巡回中だ」

「だからでしょ。人が集まる場所、見といた方がいいじゃない」

 

 言い分だけなら間違ってはいない。

結局、俺はエリカに連れられる形で演舞場へ向かった。

入口脇の表示を見ると、現在は剣道部の新入生向け勧誘演武で、その次に剣術部、さらにいくつかの武術系部活が続いている。

 

「お前が見たいだけだろ」

 

 階段へ足を掛けながら言うと、エリカは悪びれもせず笑った。

 

「ばれた?」

「最初から隠していない」

「細かいこと気にしない」

 

 最近、その台詞を聞いた気がする。

二階のテラスへ出たところで、今度は別の見慣れた姿を見つけた。

 

「良いところに来たっスね」

 

 ミーシャだった。

風紀委員の腕章を付け、手すりの近くに立っている。

CADは起動したままだが、シャシュティが演舞場の上を大きく旋回していた。

俺は警戒を一段上げた。

 

「何かあったのか?」

「まだ決定的には何もっス。でも、空気ちょっと悪いっスね。今マブダチに会場全体見てもらってるとこっス」

 

 十五メートル、正面九十度しか拾えない視覚補助CADより、自由に飛び回れるシャシュティの方が、こういう広い場所の監視には向いている。

そのシャシュティが一度大きく旋回してから、こちらへ降りてきた。

エリカの前まで来ると、空中で軽く頭を下げる。

 

「非常時ゆえ、略式で失礼する。ミーシャの使い魔、シャシュティだ」

 

 エリカは一瞬だけ黙ったものの、次には肩をすくめていた。

 

「もうミーシャのびっくり玉手箱には驚かないことにしたから」

「理解が早くて助かる」

「いや、順応早すぎっスよ」

 

 ミーシャの方が納得していなかった。自分の特殊性を理解しているのかいないのかいまいち計り切れない。

 

 俺が演舞場へ視線を戻すと、予定されていた勧誘演武の流れは、すでに崩れている。

中央に立っているのは剣道着姿の女子生徒と、別の男子生徒。

二人の周囲にはそれぞれの部員らしい生徒が集まり、観客席も何が始まったのかとざわついていた。

 

「剣術部の時間まで、まだ一時間以上あるわよ、桐原君。どうしてそれまで待てないの?」

 

 女子生徒の声が演舞場によく通る。

 

「心外だな、壬生」

 

 桐原と呼ばれた男子生徒は、悪びれた様子もない。

 

「あんな未熟者相手じゃ実力を見せられないだろうから、せっかく俺が協力してやろうって言ってるんだぜ」

「その前に、挑発へ乗った剣道部員が桐原先輩へ仕掛けて、返り討ちになってるっス」

 

 ミーシャが補足した。どうやら俺たちが来る前から、すでに一度やっているらしい。

 

「面白いことになってきたね」

 

 隣でエリカが手すりから身を乗り出した。

 

「二人を知っているのか?」

「直接は面識ないけどね。女子の方が壬生紗耶香。一昨年の中等部剣道大会、女子の部で全国二位」

 

 そのまま視線を桐原へ移す。

 

「男の方は桐原武明。一昨年の関東剣術大会、中等部優勝」

「全国大会の成績は?」

「剣術は競技人口少ないから、中等部の全国大会は無し」

「なるほど」

 

 どちらも口だけではない、ということか。接近戦を得意とする者同士のトラブルなら、俺が対処するのが確実だろう。

俺はミーシャへ顔を向けた。

 

「何かあったら俺が先に出る」

「了解っス」

 

 俺の両腕には、風紀委員会から貸与されたCADを一つずつ装着してある。ミーシャもすぐそれに気づいたらしい。

 

「達也、それ二つ同時に起動したら互いに干渉して、まともに発動しないっスよね」

「そうだ」

 

 少し間があった。

 

「ああ。なるほど。何かやらかすつもりっスね」

「人聞きが悪い」

「否定はしないんスね」

 

 何をするつもりなのか聞いてこないあたり、必要になればこちらへ合わせるつもりなのだろう。

もっとも、『やらかす』という言葉は俺よりミーシャ自身へ向けるべきだと思うが。

 

 演舞場では、もう二人とも竹刀を構えていた。

最初に動いたのは桐原だった。

 

 踏み込みから打ち込みまでに淀みがなく、壬生先輩もすぐに応じる。

竹刀が二度、三度と短い間隔でぶつかり、互いに位置を変えながら次の機会を狙う。

桐原先輩もかなりの腕だ。だが、なぜか壬生先輩の顔面を狙わない。

そして、何合か見れば差は分かった。

 

「壬生先輩の方が上だな。さらに桐原先輩はどこか迷っている」

「正解、まあ、私ほどじゃないけどね。でも、私の知っている壬生紗耶香と違う……たった二年でここまで腕を上げるなんて」

 

 エリカの声には、今にも舌なめずりしそうな響きが混じっていた。

 

「千葉の名に恥じない、ということか」

「そういうこと」

 

 次の踏み込みで観客席から声が上がった。勝負はすでについていた。

桐原の竹刀は壬生の腕近くまで届いていたが、壬生の竹刀は桐原の胸、心臓に近い位置を正面から捉えていた。

真剣なら、どちらが先に死ぬかを考える必要もない。

壬生が竹刀を引く。

 

「真剣だったら、死んでいたよ」

 

 その一言で、桐原先輩の空気が明らかに変わった。

 

「は、はははは……真剣なら? 俺の身体は切れてないぜ? 壬生、お前は真剣勝負が望みか? だったら望み通り真剣で相手してやるよ!」

 

 桐原先輩の左手が、二の腕のCADへ動いた。起動式が展開され、竹刀へ振動系魔法が組み上がり始める。

高周波ブレードが唸りを上げる。ガラスを引っかくような耳障りな音が、演舞場に響き渡った。

あれを人間へ向ければ、試合の延長では済まない。

 

 俺は手すりを越えた。

二階から落ちながら、両腕のCADを同時に起動する。

一方には高周波ブレードと同系統の術式を、もう一方にはその振動を抑制する術式を組み込んである。

本来なら、二つの起動式は互いに干渉し、どちらの魔法もまともに発動しない。

 

――だが、今回はそれでいい。

 

 二つの起動式から生じた想子の干渉波を増幅し、竹刀を覆う魔法式へ向けて放った。

竹刀を覆っていた魔法式が乱れ、耳障りな高周波音が途切れた。

着地と同時に踏み込み、竹刀を横から弾く。そのまま桐原先輩を床へ押さえ込み、腕が再びCADへ伸びにくい位置を取った。

 

「不法な魔法使用です。拘束します」

「誰だよ、お前!」

 

 周囲から別の声が飛んでくる。

 

「風紀委員だ」

「ウィードじゃねえか!」

「なんでウィードが風紀委員やってんだよ!」

 

 俺が二科生だと気づいたらしい。その程度なら、まだ予想の範囲内だ。

問題は、剣術部側から四人の男子生徒が前へ出てきたことだった。

桐原先輩を拘束されたことで頭に血が上ったのか、少なくとも話し合いだけで済ませるつもりの歩き方ではない。

 

 さらに、その後ろにも部員が十人控えている。

このままでは、そいつらまで加勢してくるだろう。

最大で十四人――そう見積もっておく。

 

 乱闘になるが、仕方がない。報告書の文言を考えるのは後回しだ。

人数と位置を確認する。一人目は足払いで崩せる。続けて二人目を――上から、聞き慣れた声が降ってきた。

 

「骨は塔となり、血潮は奔流となれ。限界を越え、その身を大いなるものへ」

 

 四人が踏み込もうとした瞬間、頭上に大きな影が差した。

人の形をしている――ミーシャだ。

だが、俺の知っている大きさではない。目測で三メートル近い。

 

「《エンラージ》っス」

 

 着地した本人が平然と宣言した。

何をどうすればそうなるのかは後で聞くとして、視覚補助CADは停止していて、シャシュティが巨大化した彼女の肩近くを飛んでいる。

着地の直前、ミーシャの身体に作用する魔法式を捉えた。落下速度を抑制する現代魔法の減速術式だ。

あれほどの巨体が降り立ちながら、床に大きな衝撃を与えなかったのも、その効果によるものだった。

そして、巨大化した彼女の袖口から、細かな鉄粉が舞い落ちている。

 

――あれが触媒か。

 

 三メートル近くまで大きくなったミーシャが両腕を広げると、それだけで俺へ向かっていた四人の進路が塞がれた。

その後ろで加勢する素振りを見せていた部員たちも、さすがに足を止めていた。

誰もが呆気に取られた顔で、突然現れた巨体を見上げている。

今のところ、前へ出ようとする者はいない――いや、それどころではないだろう。

 

 ミーシャはそのまま膝を曲げ、ゆっくり上半身を下げていく。

顔が近づいてくる。

普段は小柄なミーシャを見慣れているせいもあるだろうが、同じ顔が単純に倍近い大きさで目の前へ降りてくると、それだけでかなりの異質さがある。

本人は、そんな異常事態を全く気にすることもなく、いつもの調子で口元を緩めた。

 

「びっくり玉手箱効果で、落ち着くっス」

 

――無理だ。

 

「それで落ち着くのは、さすがに難しいと思うぞ」

 

 俺が言うと、四人のうち一人が反射的に後ずさった。

もう一人は巨大な顔を見上げたまま固まっている。

残る二人は、妙な勢いで顔を逸らした。耳まで赤くなっている。

巨大化していても、顔立ちはいつものミーシャと変わらない。

整った女子生徒の顔が至近距離まで降りてきて笑いかけているのだから、反応に困る気持ちは分からなくもない。

 

「ご理解いただけて良かったっス」

 

 ミーシャが巨大な身体のまま、妙に丁寧に頭を下げる。

 

「い、いや……」

「こちらこそ……」

 

 なぜか剣術部側まで礼を返した。

俺に押さえられたままの桐原先輩も、巨大なミーシャを見上げている。

 

「……あれも風紀委員なのか?」

「そうです」

「お前の同僚?」

「クラスメイトです」

 

 桐原先輩はそれ以上何も言わず、しばらくミーシャと俺を交互に見ていた。

やがて、少し声を落とす。

 

「……大変だな」

 

 俺が答えを返す前に、打ち切られた。

二階からエリカの笑い声が響いたからだ。

 

「でっか! ちょっと、でかすぎでしょ!」

 

 手すりに掴まり、身体を折るようにして笑っている。

 

「ミーシャ、それ反則! 怖いっていうか、もう面白いんだけど!」

 

 巨大なミーシャが顔だけ上へ向ける。

 

「エリカ、それ褒めてるっス?」

「褒めてる! 褒めてる!」

「それ、かなり雑っス!」

 

 喋る猫を初めて見た時もそうだったが、エリカは一度受け入れてしまえば早い。

理屈の分からないものを前にして、いつまでもそこで立ち止まらない。

シャシュティがその横を一周してから、巨大化したミーシャの肩へ降りた。

 

「主」

「なんスか? マブダチ」

「そろそろ戻った方がいいのではないか」

「まだ効果時間残ってるっスよ?」

「そういう問題ではない」

 

 俺も同意する。

演舞場を見渡すと、観客席から大勢の視線が注がれていた。

桐原先輩を拘束している俺へ向いていた視線も、すぐにその隣へ、それもずっと高い位置へ移っていく。

あれだけ目立つ存在が演舞場の中央に立っていれば、無理もない。

あちこちからざわめきが聞こえてくる。騒動は収めたが、注目まで収めることはできなかったらしい。

 

「達也」

 

 巨大なミーシャがこちらへ顔を向ける。

 

「これ、報告書には何て書けばいいっスかね」

 

 拘束している桐原先輩の不法な魔法使用に、剣術部員たちの乱闘未遂。

そして、今なお観客の視線を一身に集めている三メートル近い一年女子。

 

「事実をそのまま書け」

 

 報告に関しては、十四人の乱闘の方がよほど簡単だった。




【第14話:D&D使用呪文説明】
エンラージ/リデュース(Enlarge/Reduce/拡大/縮小)
呪文レベル:2レベル
発動時間:1アクション
射程 :30フィート(約9m)
構成要素:音声(V)、動作(S)、物質(M)(粉末状の鉄ひとつまみ)
持続時間:精神集中、最大1分
呪文系統:変成術
セーヴィング・スロー:耐久力(CON)


君は射程内にいて、目で見ることのできるクリーチャー1体、または物体1つを、呪文の持続時間中、拡大または縮小させる。
対象として、クリーチャー1体、または誰にも着用・運搬されていない物体1つを選ぶ。
対象がこの呪文を受けることを望まない場合、対象は耐久力セーヴィング・スローを行うことができる。成功した場合、この呪文は何の効果も及ぼさない。
対象がクリーチャーである場合、そのクリーチャーが着用または運搬しているすべての装備品も、対象とともに大きさが変化する。
この呪文の影響を受けているクリーチャーが何らかのアイテムを手放した場合、そのアイテムは即座に元の大きさに戻る。

〇拡大(Enlarge)
 対象の縦・横・高さがすべて2倍になり、重量は8倍になる。
 この成長により、対象のサイズ分類は1段階大きくなる(例えば、中型から大型になる)。
 対象が大きさを2倍にするための十分な空間がない場合、クリーチャーまたは物体は、その空間内で可能な最大の大きさまで拡大する。
 呪文が終了するまで、対象は以下の効果を得る。
 - 筋力判定に有利を得る。
 - 筋力セーヴィング・スローに有利を得る。
 - 対象が使用する武器も、新しい体の大きさに合わせて拡大する。
 - 拡大した武器による攻撃は、追加で1d4のダメージを与える。

〇縮小(Reduce)
 対象の縦・横・高さがすべて半分になり、重量は通常の8分の1になる。
 この縮小により、対象のサイズ分類は1段階小さくなる(例えば、中型から小型になる)。
 呪文が終了するまで、対象は以下の効果を受ける。
 - 筋力判定に不利を受ける。
 - 筋力セーヴィング・スローに不利を受ける。
 - 対象が使用する武器も、新しい体の大きさに合わせて縮小する。
 - 縮小した武器による攻撃は、与えるダメージが1d4減少する。ただし、この効果によってダメージが1未満になることはない。
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