「……クソ暑い」
うだるような暑さのせいでいつもより早く起きてしまう。
寝ている間に汗をかいたのか、服が湿っているのが気持ち悪い。
「シャワーでも浴びるか」
浴室へ向かう。
服を脱ぎ捨てて軽く体を洗い流すと思いの外スッキリした。
「さてと……」
体を拭きながら携帯を見る。
今日は確か文京区の方で限定スイーツが販売されるんだったっけ。
なになに…ホイップマシマシのショートケーキだと。
広告を見る限りハンバーガーみたいにホイップクリームが挟まっている。
よし特に予定もないし、行ってみるか。
しかし着替えていると着信音が鳴る。
「ん……篠崎か」
『おはよ、昨日はありがとね』
「別に構わないよ。ただ…まさか黒の剣士と知り合いだとは思ってなかったぞ」
『あはは…言ってなかったっけ?』
「言ってないな」
あの時は普通にびっくりした。
でも話してみると結構面白い奴だったな。
また一緒に遊びたい……あっ。
「そう言えばフレンド申請忘れてた」
『だと思った……ALOの方にキリトのID送っておいたから後で申請しなさいよ』
「さんきゅ」
『あっ、そうそう昨日落としたプリクラいつ渡せそう?』
「明日以降だな。今日は予定があるし」
『へぇ…意外ね、何するの?』
「ちょっと限定スイーツを食べに2、3区遠い所に行くつもり」
『あんたそんな甘党だったっけ』
「SAOだと味覚が雑で食えたもんじゃなかっただけだ」
例えるなら甘味をマシンガンで打ちつけてくるぐらい極端な味だった。
ただ甘いだけなら砂糖舐めたほうが何倍もマシ。
「お前こそ限定ケーキ忘れるなよ」
『……ALOのやつじゃだめ?』
「………VRの食事はこりごりだよ」
『いや、SAOと違ってほんと美味しいから!』
篠崎がALOの味覚システムの良さをしばらく語り始めた。
まぁまぁ口うるさい篠崎がここまで言うなら試してみる価値はありか……?
「はぁ…不味かったら怒るからな」
『……ありがとう!今日は何時くらいに入れそう…?』
「早くて夕方だな」
『そう、入ったら連絡ちょうだい。迎えに行くわ』
「あぁ、よろしく頼むよ」
電話を切って外に出かける。
▪️▪️▪️▪️
「んーー、美味しかった」
まさに生クリームの暴力だった。
ケーキ一切れでお腹いっぱいになるくらいの満足感は中々ない。
また機会があれば食べに行こう。
「お茶お茶…」
そこら辺の自販機で緑茶を買う。
甘みがまだ残る口の中を緑茶の渋みでさっぱりさせていると裏路地から声が聞こえてきた。
「とりあえず今持ってるだけで許してあげるからさぁ?」
醜い悪意のこもった声だ。
反吐が出る。
気になって覗くと、茶髪の女子を囲むように柄の悪そうな女子が強請っている。
なにやら茶髪の子に指鉄砲を向けているが…それが恐ろしいのかトラウマなのか茶髪の子が足を震わせて青ざめた顔をしていた。
「君たち何してるの」
裏路地に入って声をかける。
見てしまった以上、捨ておいたら後味が悪い。
「誰だよてめー」
「んー、ただの通りすがり」
「なに?カッコいいとでも思ってんの?」
柄悪いなぁ…
ギャルってこんな性格悪いのか?
「別に、後味が悪くなるから助けるだけだ。それよりいいの?警察呼んだけど」
「……ちっ、逃げるよ!」
警察にかけた電話画面を見せると蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
すっごい小悪党だな…
覚えてろよ!とか言ってきそう。
「覚えてなよ!」
ほんとに言いやがったよ。
まぁ何かされる事はないだろうな。
だってこの辺りに住んでないし。
警察の人に事情を説明してから電話を切る。
さて、このままはいさよなら…は無理そうだな。
「大丈夫?」
「ひっ…嫌、来ないで」
目の焦点が合っていない。
何か恐ろしい物でも見ているのか…
この感じはトラウマだな。
「目を閉じて。はい、ゆっくり深呼吸」
素早く後ろに回って目を覆う。
多分この子は視界に入った物が過去のトラウマと被る感じだ。
だから視界を無くせば落ち着けるはず。
体の力が上手く入らないのか暴れたりはされない。
「いやぁぁ……!」
「落ち着いて、過去のものは何もないから。深呼吸して」
「い……や」
少しずつ無言になっていく。
今この絵面を見られたらやばいから早く落ち着いてほしい……
「すぅ………はぁ……………」
数分して彼女がゆっくりと息を吸って、吐く。
どうやら落ち着いたみたいだ。
ゆっくり手を離す。
「…………すみません……ありがとうございます」
「大丈夫、ちょっと場所移そうか」
「…………はい」
ちょっと疑念の目で見られてるけど…まぁいいだろう。
この子が落ち着くまでは介抱するのが首を突っ込んだ責任だ。
「……あっ」
上手く動かないのか彼女が転んでしまった。
恥ずかしそうに立ち上がるけど足がまだ震えている。
「ほら、背負うから乗って」
彼女の前にしゃがむ。
「え、でも……」
「動けないんでしょ?それに俺この辺りの土地勘ないから、落ち着ける場所に案内してほしいんだ」
うーん…やましい気持ちはないのを伝えたいだけなのにどんどん怪しくなっていくな。
日本語って難しい。
「……分かったわ」
渋々だけど、背中に乗ってくれた。
裏路地を出て彼女の案内で公園にたどり着く。
公園のベンチに座ると、自販機まで飲み物を買いにいく。
「ほら、これ飲んで」
冷たい缶コーヒーを渡す。
本当は暖かい飲み物の方が落ち着きやすいだろうけど、夏にあったかいドリンクを売ってる自販機はなかった。
仕方ない。
自分用に買ったカフェオレを飲む。
人1人背負って動いた疲労が甘さにより癒される。
彼女も、コーヒーをちびちび飲みはじめる。
「……」
「……」
暫くの間、沈黙が生まれる。
流石に何か話さないと気まずい。
「えっと…俺は
「……朝田詩乃、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
「どうして助けてくれたの?」
恐る恐る朝田さんが尋ねる。
その手はまだ少し震えていた。
「ああいうのは見過ごせない性分でね」
「でも女子とはいえ相手は3人いたのよ、怖くなかったの?」
「全く」
それ以上の人数に刃を振られたことに比べればあんなのただの茶番レベルでしかない。
「そう……強いのね。貴方」
項垂れるように朝田さんが呟く。
その目は泣きそうで、今にも恐怖で潰されそうな感じがした。
「強くないよ…ただ慣れただけだ。耐えて耐えて耐えて、ついには感覚そのものが麻痺した」
死の恐怖が、最初は拭えなかった。
ただ怖かった。
だから戦った。
戦って戦って戦って殺して、いつの間にか恐怖を感じないくらい麻痺していた。
なんだろう…初対面なのに、すらすら言葉が出てくる。
「貴方も何か抱えてるの?」
「まぁね。それより…制服姿だけどまだ学校あるの?」
会話を強引に変える。
この話はなるべくしたくない。
話しても辛くなるだけだ。
朝田さんもそれを理解しているのか、素直に質問に答えてくれる。
「夏休みの間にある特別講座よ。参加者は少ないけどね」
「夏休みでも勉強するのか…しんどいな」
「そう?案外楽しいわよ。集中もできるし」
どことなく彼女の顔が明るくなってきている。
もうあと少し話せば大丈夫そうだな。
「凄いなぁ…俺なんてゲームしてるか甘いもの食べに行ったりぐらいしかしてないよ」
「私も似たような物よ、勉強とゲームくらいしかしてないわ」
「友達と遊んだりとかは?」
「さっきのを見てそんな友達がいると思う?」
「……ごもっとも」
「そんなこと言うなんて、貴方も友達は少なそうね」
ぐっ、反論できない。
似た者同士すぎる。
「ちなみに何のゲームしてるの?」
「え?あー…ビデオゲーム系だな」
「へぇ…VRじゃないんだ」
「やってるのはやってるけど、VRより普通のRPGが好きだ。特にターン制のやつ」
敵の理不尽行動をお祈り回避しながらやるタイプのRPGとかが好物だ。
難しい程、クリアに燃える熱は大きくなる。
「そっちは?」
「私は……GGOってVRゲーム」
「なにそれ」
「ガンゲイルオンライン、平たく言えば世紀末世界を銃で遊ぶゲームよ」
「へぇ〜……そんなゲームがあるのか」
「結構マイナー寄りだから仕方ないわ。貴方もやってみる?」
「銃か…面白そう」
「もしやるなら色々教えてあげるわよ」
「ありがとう」
それから暫く雑談をすると、朝田さんの調子が良くなった。
震えもないし、これなら一旦は大丈夫そうだな。
「こんな時間か…話し込んでしまったな」
気づけば日が落ち始めていた。
真っ赤な夕焼けが空を綺麗に彩っている。
「そうね…私もそろそろ帰らないと」
「送るよ」
立ち上がる朝田さんを気にかける。
大丈夫だとは思うけど少し不安だ。
「大丈夫、貴方のおかげで大分マシになったもの」
にっこりと微笑む朝田さん。
流石に過保護すぎるか。
「分かった、気をつけて帰ってね」
「えぇ、今日はありがとう」
「大したことないよ、根本の解決にはなってないし」
あのタイプは普段から日常的にやっているのだろう。
少し朝田さんの目が暗くなる。
「じゃあ今度も助けてくれる?白馬の王子様みたいに」
そう冗談混じりに言いながら朝田さんがSNSのIDメモをくれる。
「もちろん」
それを受け取って連絡先を登録する。
俺の携帯に、篠崎以外の女子の連絡先が加わった。
……ナンパしたみたいで気が引ける。
「ソフトを買ったら連絡するよ」
「分かったわ、じゃあ…またね」
そう言って公園から出ようとする朝田さんがぴたっと止まる。
まるで何か聞きたそうな…
「ねぇ、一つ聞きたいんだけど」
「何?」
「もし……もしよ、仮定の話。偶然でもなんでも、嫌なら答えなくていいから」
こちらを見ないまま朝田さんが嫌に念押ししてくる。
まるで言ってはいけない事を言うように。
「もし誤って、どうしようもない状況で偶然誰かを傷つけた記憶が今でもトラウマに出てくるとしたら、東雲くんはどうする?」
「……向き合うかな。泣いても、吐いても、絶望しても」
今でも彼女の体を貫いた剣の感覚を忘れる事はない。
忘れてはいけない。
背負い続けなければいけない業だ。
「強いわね…私なんて……なんでもないわ」
「朝田さん……本当初対面でいう事じゃないんだけどさ」
「何?」
「君の事、次会った時話してよ。力になれると思うから」
確信に近い予感だ。
だって彼女が抱えるトラウマは…俺と同じ種類の物だろう。
妙に親近感が湧いたのもそのせいかんだろうか。
「………………」
返事はない。
踏み込みすぎたか。
「もう少し仲良くなれたら、いいわよ」
絞り出すように小さい声。
だけどちゃんと聞いている。
「分かった、じゃあ…またね」
「えぇ…またね」
お互い反対方向に歩く。
今度は立ち止まらず。
帰りの電車の中、深く自問自答する。
こんな俺でも、誰かを救いたいと願っていいんだろうか……と。
答えは出ない、けど朝田さんの目は暗く重かった。
「GGO…買うか」
まずはそこからだ。
我ながら馬鹿だとは思う。
けど、朝田さんと自分は似ている気がする。
どうしても、他人事として捉えられなかった。
???「アサダサァンニチカヨルナァ…」