妖精と聖剣使い   作:使い手なない

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第10話「傷ついた仲間と新たな決意」

 

第一幕 傷ついた仲間たち

 

 X686年――フィオーレ王国、マグノリア。

 

 夕暮れの街に、長い影が伸びていた。

 

 石畳の通りを、一人の少女が歩いている。

 

 黒髪のハーフツインテール。

 

 青と金のオッドアイ。

 

 魔法学院の制服に身を包み、左腰には星の意匠を持つ聖剣を佩いている。

 

 イリス・アストレアだった。

 

「……すっかり遅くなってしまいましたね」

 

 イリスは西の空を見上げ、小さく息を吐いた。

 

 森で発見した異質な魔力の残滓。

 

 枯れ果てた木々。

 

 外傷もないまま生命を失った動物たち。

 

 あの光景は、今も頭から離れなかった。

 

(……あれほどの異変を引き起こす魔法が、この世界には存在するのでしょうか)

 

 考えても、答えは出ない。

 

 結局、原因となった存在を見つけることはできなかった。

 

「……まずは、皆さんと合流しましょう」

 

 イリスは気持ちを切り替え、歩調を速めた。

 

 メイビスたちは、今も街で情報を集めているはずだ。

 

 自分が森へ向かった後、何か手掛かりを見つけているかもしれない。

 

 そう考えながら、イリスは四人と別れた通りへ向かった。

 

 しかし。

 

「……あれ?」

 

 そこに、四人の姿はなかった。

 

 イリスは周囲を見渡した。

 

 行き交う人々。

 

 店先で客を呼び込む商人。

 

 荷馬車を引く男たち。

 

 けれど、見慣れた仲間の姿は見当たらない。

 

「……場所を移したのでしょうか」

 

 情報収集を続けているのなら、不思議なことではない。

 

 イリスは近くの商店へ足を向けた。

 

「すみません。少しお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

 

「ん? 何だい、お嬢ちゃん」

 

「この辺りで、金髪の小柄な女の子と、三人の男性を見かけませんでしたか?」

 

「金髪の女の子……?」

 

 店主は首を傾げた。

 

「いやぁ、今日は人が多かったからねぇ。ちょっと分からないな」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

 イリスは丁寧に頭を下げ、店を後にした。

 

 次の通りへ向かう。

 

 別の商店でも尋ねてみる。

 

 しかし、返ってくる答えは似たようなものだった。

 

「見てないねぇ」

 

「三人の男? さあ……」

 

「悪いけど、分からないよ」

 

 イリスは小さく息を吐いた。

 

(……思ったより、難しいですね)

 

 マグノリアは広い。

 

 しかも、メイビスたちがどの方向へ移動したのか分からない。

 

 金色の瞳には、街に残されたさまざまな魔力の痕跡が映っていた。

 

 けれど、人々が行き交う街中では、それらが複雑に入り交じっている。

 

 誰が、いつ、どこを通ったのか。

 

 魔力の残滓だけで、仲間の居場所を突き止めることはできなかった。

 

 ◇

 

 それから、しばらく時間が経った。

 

 空は茜色から、少しずつ紫色へ変わり始めていた。

 

「……おかしいですね」

 

 イリスは足を止めた。

 

 情報収集に夢中になっているだけなら、構わない。

 

 けれど、ここまで探しても見つからないとなると、さすがに気になってくる。

 

(……何も起きていなければいいのですが)

 

 そのときだった。

 

「……まったく、今日は酷い騒ぎだったな」

 

 近くの店先から、そんな声が聞こえた。

 

 イリスは顔を上げた。

 

 二人の男性が、小声で話している。

 

「ブルースカルの連中だろ?」

 

「ああ。若い奴らが逆らったらしい」

 

「馬鹿なことを……。あいつらに逆らって、ただで済むわけがないだろうに」

 

 イリスの足が止まった。

 

「……すみません」

 

 二人が振り返る。

 

「何だい?」

 

「今、ブルースカルの方々と争いがあったとおっしゃいましたか?」

 

「あ、ああ……」

 

 男は周囲を気にしながら頷いた。

 

「昼過ぎだったかな。向こうの通りで、魔法を使った騒ぎがあったんだよ」

 

「……魔法を?」

 

「そうだ。何人か若い連中が、ブルースカルの魔導士と揉めたらしい」

 

 イリスは静かに尋ねた。

 

「その方々が、どのような人たちだったか分かりますか?」

 

「いや、俺も直接見たわけじゃないからな……」

 

「そうですか……」

 

「ただ、怪我人が出たって話だ」

 

「…………!」

 

 イリスの表情が変わった。

 

 怪我人。

 

 若い人たち。

 

 ブルースカルとの争い。

 

 偶然かもしれない。

 

 けれど。

 

(……まさか)

 

「ありがとうございます!」

 

 イリスは頭を下げると、教えられた通りへ向かった。

 

 足取りが、自然と速くなる。

 

 ◇

 

 騒ぎがあったという通りには、まだ戦闘の痕跡が残っていた。

 

 砕けた石畳。

 

 傷ついた壁。

 

 倒れた木箱。

 

 金色の瞳には、複数の魔力残滓が映っている。

 

「……これは」

 

 イリスは膝を折り、砕けた石畳へ目を向けた。

 

 魔法による破壊。

 

 それも、一度や二度ではない。

 

 複数の魔導士が、ここで攻撃魔法を使用している。

 

(……随分と激しく戦ったようですね)

 

 イリスは周囲を見渡した。

 

 すでに戦闘は終わっている。

 

 魔力残滓から、誰が傷ついたのかまでは分からない。

 

 それでも、胸の奥に嫌な予感が広がっていく。

 

「……メイビスさん」

 

 思わず、その名前が口からこぼれた。

 

 イリスは再び歩き始めた。

 

 通りの先。

 

 細い路地。

 

 人通りの少ない裏道。

 

 四人が無事でいることを願いながら、何度も周囲を確かめる。

 

 そして。

 

 街灯が一つ、また一つと灯り始めた頃。

 

「……イリスさん?」

 

 聞き覚えのある声がした。

 

 イリスは振り返った。

 

 建物の陰。

 

 そこに立っていたのは、ウォーロッドだった。

 

「ウォーロッドさん!」

 

 イリスの顔に、安堵の笑みが浮かぶ。

 

「良かったです! ずっと探していたんですよ!」

 

 そう言って近づいた、その瞬間。

 

 彼の表情に気づいた。

 

 疲れきった顔。

 

 汚れた服。

 

 そして、いつもの穏やかな笑顔がない。

 

「……ウォーロッドさん?」

 

「あの……イリスさん」

 

 ウォーロッドは困ったように笑った。

 

「実は、少し大変なことになりまして……」

 

 その背後から、小さな声が聞こえた。

 

「……イリスさん」

 

「メイビスさん!」

 

 イリスは顔を向けた。

 

 そこには、メイビスがいた。

 

 けれど、その表情も暗い。

 

 そして。

 

 壁にもたれかかるプレヒト。

 

 額には、血の滲んだ布。

 

 さらに、その隣には――。

 

「…………え?」

 

 イリスの笑顔が消えた。

 

 地面に座り込み、苦しそうに息をしているユーリ。

 

 衣服は汚れ、身体にはいくつもの傷があった。

 

「……ユーリさん?」

 

 返事はない。

 

 いや。

 

「……おう、イリス」

 

 かすれた声が聞こえた。

 

「……遅かったじゃねぇか」

 

 いつものように笑おうとしている。

 

 けれど、その顔は苦痛に歪んでいた。

 

「……っ!」

 

 イリスは駆け寄った。

 

「ユーリさん! 一体、何があったんですか!?」

 

「いやぁ……ちょっと、しくじっちまってな……」

 

「動かないでください!」

 

 イリスは彼のそばに膝をついた。

 

 呼吸。

 

 意識。

 

 出血。

 

 身体の動き。

 

 戦闘で負傷した冒険者を何度も見てきた経験から、慎重に状態を確かめる。

 

 ユーリの意識は保たれている。

 

 呼吸もできている。

 

 しかし、身体を動かすたびに強い痛みが走るようだった。

 

「……かなり酷い怪我ですね」

 

「……悪い」

 

「謝らないでください」

 

 イリスの声は、いつもより少しだけ強かった。

 

「今は、怪我を治すことを考えましょう」

 

 彼女は持ち物から清潔な布を取り出し、傷の状態を確認しながら応急処置を施した。

 

 続いて、プレヒトへ視線を向ける。

 

「プレヒトさんも、怪我を?」

 

「……ああ。だが、俺は歩ける」

 

「それでも、きちんと診てもらう必要があります」

 

「……そうだな」

 

 プレヒトは静かに頷いた。

 

 イリスは四人を見渡した。

 

 誰もが疲れきっている。

 

 それでも、全員がここにいる。

 

 生きている。

 

 その事実に、胸の奥が少しだけ温かくなった。

 

「……皆さん」

 

 イリスは小さく息を吐いた。

 

「無事でいてくださって、本当に良かったです」

 

 その言葉に、メイビスが俯いた。

 

「……ごめんなさい、イリスさん」

 

「メイビスさん?」

 

「私たち……」

 

 言葉を続けようとしたメイビスに、イリスは優しく首を振った。

 

「お話は後で聞きます」

 

 そして、静かに微笑んだ。

 

「まずは、皆さんの怪我を治しましょう」

 

――――――――――

 

第二幕 敗北の理由

 

「……イリス、本当に大丈夫なのか?」

 

 ユーリが遠慮がちに尋ねた。

 

「何がですか?」

 

「いや、その……俺を背負うって話だよ」

 

「もちろんです」

 

 イリスは当然のように答えた。

 

「ユーリさんは、今は無理に歩かない方がいいですから」

 

「けどよ……」

 

「遠慮しないでください」

 

 彼女はユーリの前にしゃがみ込んだ。

 

「さあ、どうぞ」

 

「……マジかよ」

 

 ユーリは困ったように頭を掻こうとして、痛みに顔をしかめた。

 

「……っ!」

 

「ほら、無理をしないでください」

 

「分かったよ……」

 

 ユーリは観念したように頷いた。

 

 イリスは傷に負担がかからないよう、慎重に彼を背負う。

 

「……重くないか?」

 

「大丈夫ですよ」

 

「いや、でも……」

 

「ユーリさん」

 

「……何だ?」

 

「今は、私に任せてください」

 

「…………」

 

 ユーリは少し黙った後、小さく笑った。

 

「……ありがとな」

 

「どういたしまして」

 

 イリスは微笑んだ。

 

 ユーリの顔や汚れた服が目立たないよう、持っていたローブを羽織らせる。

 

 そして、三人へ向き直った。

 

「それでは、診療所を探しましょう」

 

「……待て」

 

 プレヒトが静かに口を開いた。

 

「ブルースカルの連中が、まだ俺たちを捜している可能性がある」

 

「……ブルースカル?」

 

 イリスの表情がわずかに変わる。

 

「やはり、あの騒ぎは……」

 

「知っているのか?」

 

「詳しくは知りません。ただ、街で戦闘があったという話を聞きました」

 

「……そうか」

 

 プレヒトは小さく息を吐いた。

 

「詳しい事情は、後で説明する」

 

「はい」

 

 イリスは頷いた。

 

「今は、皆さんの安全を優先しましょう」

 

 ◇

 

 五人は人通りの少ない道を選び、街を進んだ。

 

 先頭を歩くのはウォーロッド。

 

 その後ろにメイビス。

 

 プレヒトは周囲を警戒しながら歩き、イリスはユーリを背負って続く。

 

 途中、青い髑髏の意匠を身につけた男たちが通りの向こうに見えた。

 

「……っ」

 

 メイビスが足を止める。

 

 プレヒトが小さく手を上げた。

 

「……こっちだ」

 

 五人は静かに脇道へ入った。

 

 男たちは、こちらに気づいた様子もなく通り過ぎていく。

 

 イリスはその背中を一度だけ見つめた。

 

(……ブルースカル)

 

 その名前を、心の中で繰り返す。

 

 何があったのか。

 

 まだ分からない。

 

 けれど、今は。

 

「……行きましょう」

 

 イリスは静かに告げた。

 

 ◇

 

 しばらく歩いた後、五人は小さな診療所を見つけた。

 

 扉を開けると、白髪交じりの男性が顔を上げた。

 

「……どうした?」

 

「すみません。怪我人がいるんです」

 

 イリスが答えた。

 

 医者はユーリの様子を見るなり、表情を引き締めた。

 

「……中へ運んでくれ」

 

「はい!」

 

 イリスは指示に従い、ユーリを診察台へ寝かせた。

 

 医者は手際よく傷の状態を確認していく。

 

「……随分と酷くやられたな」

 

「……まあ、ちょっとな」

 

 ユーリが苦笑する。

 

「喋らんでいい。痛むところは?」

 

「……あちこち」

 

「だろうな」

 

 医者は小さく息を吐いた。

 

 診察の結果、ユーリは強い打撲と複数の傷を負っていた。

 

 幸い、診察で確認できる範囲では、直ちに命に関わる異常は見られなかった。

 

 しかし、無理に動けば悪化するおそれがある。

 

 しばらく安静が必要だという。

 

 プレヒトも傷の手当てを受けた。

 

 額の傷は深くはなかったが、十分な休息が必要だった。

 

「……まったく」

 

 医者は治療を終えると、五人を見渡した。

 

「若いからって、無茶をするもんじゃないぞ」

 

「……はい」

 

 ユーリが素直に頷く。

 

 その様子に、メイビスが少しだけ笑った。

 

 イリスも、ようやく肩の力を抜いた。

 

 ◇

 

 診療所の奥にある小さな休憩室。

 

 医者の厚意で、五人はしばらくそこで休ませてもらうことになった。

 

 ユーリは寝台に横になり、プレヒトは椅子へ腰を下ろしている。

 

 ウォーロッドはようやく落ち着いた様子で水を飲んでいた。

 

 イリスは全員の様子を確かめてから、静かに口を開いた。

 

「……それで」

 

 四人が顔を上げる。

 

「何があったのか、聞かせていただけますか?」

 

 少しの沈黙。

 

 やがて、ユーリが口を開いた。

 

「……俺が、余計なことしちまったんだ」

 

「ユーリさん?」

 

「ブルースカルの連中が、店の親子を脅しててよ」

 

 ユーリは天井を見上げた。

 

「金を払えって騒いで、親父さんを突き飛ばして……しまいには、小さな女の子にまで魔法を向けやがった」

 

「…………」

 

 イリスは黙って聞いていた。

 

「それで、つい……止めに入っちまった」

 

「ユーリさんだけではありません」

 

 メイビスが口を開いた。

 

「私も、あの方たちを助けたいと思いました」

 

「……俺もだ」

 

 プレヒトが続ける。

 

「ただ、相手は最初から話し合うつもりがなかった」

 

「親子の方々は、無事だったんですか?」

 

 イリスが尋ねた。

 

「はい」

 

 ウォーロッドが頷いた。

 

「私が安全な場所まで案内しました」

 

「……そうですか」

 

 イリスは、ほっと息を吐いた。

 

「良かったです」

 

 その言葉に、ユーリが目を瞬かせた。

 

「……怒らねぇのか?」

 

「え?」

 

「いや……俺が勝手に飛び出したせいで、皆を巻き込んじまったんだぜ?」

 

 イリスは少し考えた。

 

 そして、静かに首を振った。

 

「確かに、危険な状況だったと思います」

 

「……ああ」

 

「でも、ユーリさんは、困っている方を助けようとしたんですよね?」

 

「……そうだけどよ」

 

「それなら、私はその気持ちを責めたくありません」

 

 イリスは穏やかに微笑んだ。

 

「皆さんは、本当に優しい方たちですね」

 

「…………」

 

 ユーリは言葉を失った。

 

 プレヒトも、ウォーロッドも、少し驚いたように彼女を見る。

 

「……ただ」

 

 イリスは続けた。

 

「次に同じようなことがあったら、もう少しだけ慎重に行動してくださいね」

 

「……おう」

 

 ユーリは苦笑した。

 

「耳が痛ぇな」

 

「ふふっ」

 

 イリスも小さく笑った。

 

 しかし、その笑顔の奥には、仲間を傷つけられたことへの静かな怒りがあった。

 

 見知らぬ親子を守ろうとした人たちが、なぜこんな目に遭わなければならないのか。

 

 その理不尽さを、彼女は決して良しとは思わなかった。

 

 けれど。

 

(……今は、皆さんが無事でいることの方が大切です)

 

 イリスは寝台のユーリを見つめた。

 

 ブルースカルへの対応は、後で考えればいい。

 

 今は、仲間たちに安心して休んでもらいたかった。

 

――――――――――

 

第三幕 それぞれの決意

 

「……イリスさん」

 

 不意に、メイビスが口を開いた。

 

「少し、お話してもいいですか?」

 

「もちろんですよ」

 

 イリスは彼女へ顔を向けた。

 

 メイビスは膝の上で、ぎゅっと手を握っていた。

 

「……私、悔しかったんです」

 

「……はい」

 

「敵の動きは、少しだけ分かったんです。魔法を使う前の隙も、逃げ道も……」

 

 メイビスは俯いた。

 

「でも、それだけでは、皆さんを守れませんでした」

 

 イリスは何も言わず、彼女の言葉を待った。

 

「ユーリさんが傷ついて、プレヒトさんも怪我をして……ウォーロッドさんにも、無理をさせてしまって」

 

「……メイビスさん」

 

「私、もっと強くなりたいです」

 

 メイビスは顔を上げた。

 

 その瞳には、確かな決意が宿っていた。

 

「誰かを傷つけるためじゃありません。大切な人たちを、守れるようになりたいんです」

 

 イリスは、その瞳を見つめた。

 

 天狼島で出会った頃から、メイビスは好奇心旺盛で、誰よりも物事を深く考える少女だった。

 

 けれど、今の彼女の表情は、あの頃とは少し違っていた。

 

 自分の力で、誰かを守りたい。

 

 その強い願いが、まっすぐに伝わってくる。

 

「……素敵な目標ですね」

 

 イリスは優しく微笑んだ。

 

「私も、応援します」

 

「……ありがとうございます!」

 

 メイビスの顔が、少し明るくなった。

 

 そして。

 

「あの、イリスさん!」

 

「はい?」

 

「私にも、魔法を教えていただけませんか?」

 

「……魔法、ですか?」

 

「はい!」

 

 メイビスは身を乗り出した。

 

「イリスさんは、いろいろな魔法を使えますよね? 私も、あんなふうに魔法を使えるようになりたいんです!」

 

「そうですね……」

 

 イリスは少し困ったように微笑んだ。

 

「教えてあげたい気持ちはあるのですが……」

 

「……難しいのでしょうか?」

 

「私が学んだ魔法は、この世界のものとは少し違うんです」

 

「……違う?」

 

「はい。魔力の扱い方や、魔法を発動するための仕組みが、同じとは限りません」

 

「なるほど……!」

 

 メイビスの瞳が輝いた。

 

「では、イリスさんの世界では、どのように魔法を使うんですか?」

 

「ええと……」

 

 イリスは少し考えた。

 

「まず、身体の中にある魔力を感じ取って……」

 

「はい!」

 

「それを、使いたい魔法に合わせて整えるんです」

 

「……整える?」

 

「はい。こう……魔力の流れを意識して、必要な形にするというか……」

 

「……ふむふむ」

 

「そして、あとは感覚で……」

 

「感覚?」

 

「…………」

 

 イリスは口を閉じた。

 

 メイビスが首を傾げる。

 

「……イリスさん?」

 

「……すみません」

 

 イリスは少し恥ずかしそうに笑った。

 

「私、人に教えるのはあまり得意ではないみたいです」

 

「ええっ!?」

 

 メイビスが驚いた声を上げる。

 

 その様子を見ていたユーリが、寝台の上で笑った。

 

「ははっ! イリスにも苦手なことがあるんだな!」

 

「……ユーリさん」

 

「いててっ……!」

 

 笑った拍子に傷が痛んだらしく、ユーリが顔をしかめる。

 

「もう……安静にしていてください」

 

 イリスが困ったように言う。

 

「……へいへい」

 

 そのやり取りに、ウォーロッドが小さく笑った。

 

 プレヒトも、わずかに口元を緩める。

 

 重苦しかった空気が、少しだけ和らいだ。

 

 ◇

 

「……だが、メイビス」

 

 プレヒトが口を開いた。

 

「魔法を学ぶという考え自体は、悪くないと思う」

 

「プレヒトさん……!」

 

「今回の戦いで、俺たちには魔法に対抗する手段がないと分かったからな」

 

「……そうだな」

 

 ユーリも頷いた。

 

「俺も、いつまでも殴るだけじゃ駄目だって分かったぜ」

 

「私も、何かできるようになりたいですね」

 

 ウォーロッドが穏やかに言った。

 

「皆さんを守れるような力があれば、きっと役に立つと思います」

 

 メイビスは三人を見渡した。

 

「……皆さん」

 

 そして、嬉しそうに微笑んだ。

 

「では、皆で魔法を学びましょう!」

 

「おう!」

 

 ユーリが勢いよく答える。

 

「……まずは怪我を治してからだ」

 

 プレヒトが即座に釘を刺した。

 

「分かってるって!」

 

「本当か?」

 

「何で毎回疑うんだよ!」

 

「普段の行動を振り返ってみろ」

 

「またそれかよ!」

 

 ウォーロッドが苦笑する。

 

 メイビスは楽しそうに笑った。

 

 イリスも、そんな四人を見つめながら微笑んでいた。

 

(……本当に、素敵な方たちですね)

 

 この世界へ来たばかりの頃。

 

 イリスには、帰る方法も分からなかった。

 

 知らない土地。

 

 知らない魔法。

 

 知らない人々。

 

 そんな世界で、最初に出会ったのがメイビスだった。

 

 そして今は、こうして笑い合える仲間たちがいる。

 

 それが、どれほど幸せなことなのか。

 

 イリスは、少しずつ実感し始めていた。

 

「……私にも、できることがあれば協力しますね」

 

 彼女がそう告げると、メイビスが嬉しそうに頷いた。

 

「はい! よろしくお願いします、イリスさん!」

 

――――――――――

 

終幕 森に残された謎

 

 夜。

 

 診療所の窓の外には、静かな月明かりが差し込んでいた。

 

 ユーリは医者に言われたとおり、寝台で身体を休めている。

 

 プレヒトも、先ほどより顔色が良くなっていた。

 

 ウォーロッドは椅子にもたれ、ようやく落ち着いた様子で息をついている。

 

 そんな中。

 

「……そういえば、イリスさん」

 

 メイビスが顔を上げた。

 

「森の調査は、どうだったんですか?」

 

「ああ……そうでしたね」

 

 イリスは小さく頷いた。

 

「実は、少し気になるものを見つけたんです」

 

「気になるもの?」

 

「はい」

 

 イリスは、森で見た光景を思い返した。

 

「木々が枯れ、草花も生命を失っていました。それだけではなく、動物たちまで倒れていたんです」

 

「……動物まで?」

 

 メイビスの表情が変わった。

 

「はい。しかも、目立った外傷はありませんでした」

 

「……それは、妙ですね」

 

 プレヒトが眉をひそめる。

 

「毒か何かではないのか?」

 

「可能性はあります。ただ……」

 

 イリスは少し考えた。

 

「その場所には、奇妙な魔力の残滓が残っていました」

 

「魔力……」

 

 メイビスが呟く。

 

「では、魔法によるものかもしれないんですね?」

 

「そうかもしれません。でも、まだ断定はできません」

 

 イリスは首を横に振った。

 

「残滓を追ってみたのですが、途中から薄くなってしまって……結局、何が原因なのかは分かりませんでした」

 

「……なるほど」

 

 メイビスは考え込んだ。

 

 木々が枯れる。

 

 動物が死ぬ。

 

 外傷はない。

 

 そして、奇妙な魔力。

 

 いくつもの可能性が頭に浮かぶ。

 

 けれど、今ある情報だけでは答えを出せなかった。

 

「……一度、私も見てみたいです」

 

 メイビスが呟いた。

 

「メイビスさん?」

 

「その森です。実際に見れば、何か分かるかもしれません」

 

「……そうですね」

 

 イリスは頷いた。

 

「ただ、今は皆さんの怪我が治るまで待ちましょう」

 

「はい!」

 

 メイビスは素直に頷いた。

 

 その様子を見ていたユーリが、寝台から声を上げる。

 

「……なあ、メイビス」

 

「何ですか?」

 

「お前、もう次の冒険のこと考えてんのか?」

 

「え?」

 

「さっきまで落ち込んでたくせによ」

 

「……そ、それは!」

 

 メイビスは少し頬を膨らませた。

 

「気になるものは、気になるんです!」

 

「ははっ! やっぱりお前らしいな!」

 

「もう! ユーリさん!」

 

「……だから安静にしていろと言っているだろう」

 

 プレヒトが呆れたように言った。

 

「笑うくらいいいだろ!」

 

「傷に響いているだろうが」

 

「……ぐっ」

 

 ユーリは言い返せなかった。

 

 その様子に、ウォーロッドが笑う。

 

 メイビスも、つられて笑った。

 

 イリスは、そんな仲間たちを見つめていた。

 

 今日、四人は傷ついた。

 

 悔しい思いもした。

 

 けれど、誰も諦めてはいない。

 

 それぞれが、自分にできることを考え始めている。

 

(……私も、皆さんの力になりたいですね)

 

 イリスは静かに微笑んだ。

 

 窓の外には、満天の星が輝いている。

 

 青い髑髏が支配する街。

 

 そこで味わった、初めての大きな敗北。

 

 しかし、その経験は、四人の心に新たな決意を生み出していた。

 

 強くなりたい。

 

 大切な人を守れるようになりたい。

 

 その願いが、やがて彼らを新たな出会いへと導いていく。

 

 そして。

 

 マグノリア郊外の森。

 

 月明かりの下、生命を失った木々が静かに立ち並んでいた。

 

 風が吹いても、葉の擦れる音はしない。

 

 鳥の声も、虫の音も聞こえない。

 

 ただ、深い静寂だけが広がっている。

 

 その場所に残された、異質な魔力の痕跡。

 

 イリスが追いかけた、正体不明の存在。

 

 それが、やがてメイビスたちの運命を大きく変えることになるとは――。

 

 今はまだ、誰も知らなかった。

 

 ――第10話 完――

 




【こそこそ妖精話】

ゼーラ「……ねえ、メイビス」

メイビス「何ですか、ゼーラ?」

ゼーラ「あんた、イリスに魔法を教えてもらおうとしたんだって?」

メイビス「はい! でも、少し難しかったです!」

ゼーラ「……難しかった?」

メイビス「まず魔力を感じて、それを整えて、最後は感覚で使うそうです!」

ゼーラ「……それ、説明になってるの?」

メイビス「私もそう思いました!」

ゼーラ「思ったんかい!」

メイビス「でも、イリスさんは本当にすごいんですよ! あんなにたくさんの魔法を使えるんですから!」

ゼーラ「まあ、それはそうね」

メイビス「きっと、魔法を使うことが自然すぎて、説明するのが難しいんだと思います!」

ゼーラ「……なるほどね。天才ってやつかしら」

メイビス「はい! でも、私だって負けません!」

ゼーラ「おっ、やる気じゃない」

メイビス「まずは、イリスさんの説明を理解できるようになろうと思います!」

ゼーラ「……え?」

メイビス「魔力を、こう……ぐぐーっと集めて!」

ゼーラ「……うん?」

メイビス「それを、ふわーっと広げて!」

ゼーラ「……ちょっと?」

メイビス「最後に、ぱあーっと!」

ゼーラ「完全にイリスの説明がうつってるじゃない!」

メイビス「えへへ♪」

ゼーラ「笑ってごまかすなーっ!」



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。
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