妖精と聖剣使い   作:使い手なない

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第99話「帰ってくる場所」

 

 X784年。

 

 フィオーレ王国、マグノリア。

 

 魔導士ギルド、妖精の尻尾。

 

「ただいま戻りました!」

 

「ただいまですー!」

 

 ギルドの扉が開き、二人の少女が姿を現した。

 

 黒髪のハーフツインテールを揺らす、青と金のオッドアイの美少女。

 

 イリス・アストレア。

 

 そして、その隣で楽しそうに笑う金髪の少女。

 

 妖精の尻尾の初代マスター、メイビス・ヴァーミリオン。

 

 二人はギルティナ大陸での研究旅行を終え、久しぶりにマグノリアへ帰ってきたところだった。

 

「ふふっ。やっぱり、帰ってくると落ち着きますね」

 

「はい! みんな元気にしているでしょうか!」

 

「ナツさんは、また勝負を挑んでくるかもしれませんね」

 

「あはは! ありそうです!」

 

 そんな会話を交わしながら、二人はギルドの中へ足を踏み入れた。

 

 しかし。

 

「…………あれ?」

 

 メイビスが、足を止めた。

 

 いつもなら聞こえてくる、賑やかな笑い声。

 

 ナツとグレイの喧嘩。

 

 それを叱りつけるエルザの声。

 

 カウンターから響く、ミラジェーンの明るい声。

 

 そのどれもが、聞こえなかった。

 

「……静かですね」

 

 イリスも、不思議そうに周囲を見渡した。

 

 ギルドの中には、何人かの魔導士がいた。

 

 しかし、誰も笑っていない。

 

 皆、暗い表情で俯いていた。

 

「……イリスさん?」

 

 カウンターの近くから、聞き覚えのある声がした。

 

 振り向くと、そこには一人の男性が立っていた。

 

「……マカオさん?」

 

 マカオ・コンボルト。

 

 普段は陽気で、仲間たちと酒を飲んでは騒いでいる魔導士。

 

 しかし、今の彼には、いつもの元気がなかった。

 

「……メイビスさんも、帰ってきたのか」

 

「はい! つい先ほど……」

 

 そこまで言って、メイビスは言葉を止めた。

 

「……マカオ?」

 

 彼の表情が、あまりにも暗かったからだ。

 

「何か、あったんですか?」

 

「…………」

 

 マカオは、しばらく黙っていた。

 

 そして、絞り出すように口を開いた。

 

「……マスターたちが……」

 

「……?」

 

「マスターたちが、帰ってこねえんだ……」

 

「…………え?」

 

 メイビスの笑顔が、消えた。

 

◇

 

「……天狼島が?」

 

 ギルドの一角。

 

 イリスとメイビスは、マカオから事情を聞いていた。

 

 天狼島で行われていた、S級魔導士昇格試験。

 

 そこへ突如として現れた、黒い竜。

 

 アクノロギア。

 

 その圧倒的な力によって、天狼島は海上から姿を消したという。

 

「……評議院からの情報だ」

 

 マカオが、沈んだ声で説明する。

 

「島があった場所には、もう何も残ってねえらしい……」

 

「…………」

 

 イリスは、静かに目を伏せた。

 

 メイビスも、何も言わなかった。

 

「マスターも、ナツも、エルザも……」

 

 マカオが、拳を握りしめる。

 

「みんな、あの島にいたんだ……!」

 

「…………」

 

 天狼島。

 

 その名前を聞くだけで、二人の胸には数え切れないほどの思い出が蘇る。

 

 X686年。

 

 まだ妖精の尻尾というギルドが存在していなかった頃。

 

 二人が初めて出会った場所。

 

 すべてが始まった場所。

 

「……マカロフも、ですか?」

 

 メイビスが、ぽつりと尋ねた。

 

「……ああ」

 

 その返事に、メイビスは唇を噛んだ。

 

 マカロフ。

 

 幼い頃から知っている、大切な家族。

 

 小さな手で自分たちの服を掴んでいた男の子が、立派なギルドマスターになった。

 

 その成長を、ずっと見守ってきた。

 

「……そう、ですか」

 

 メイビスは、俯いた。

 

 すると。

 

 そっと、その手が握られた。

 

「……イリス?」

 

「メイビス」

 

 イリスは、静かに微笑んだ。

 

「まだ、決まったわけではありませんよ」

 

「……!」

 

「天狼島が消えたからといって、皆さんが亡くなったとは限りません」

 

 その言葉に、メイビスが顔を上げた。

 

「……そうですね」

 

 そして、ゆっくりと頷く。

 

「はい。まだ、確かめていません!」

 

 メイビスの瞳に、少しだけ光が戻った。

 

「イリス!」

 

「はい」

 

「天狼島へ行きましょう!」

 

「もちろんです」

 

 二人は、互いに頷いた。

 

「……おい、待ってくれ!」

 

 マカオが、慌てて声を上げた。

 

「何か分かるのか!?」

 

「まだ、分かりません」

 

 イリスが、穏やかに答える。

 

「ですが、私たちにも調べられることはあります」

 

「……!」

 

「何か分かったら、必ずお伝えしますね」

 

 その言葉に、マカオはしばらく黙っていた。

 

 そして。

 

「……頼む」

 

 深く頭を下げた。

 

「頼む……! みんなを、見つけてくれ……!」

 

「……はい」

 

 イリスが、静かに頷いた。

 

 次の瞬間。

 

 二人の足元に、黄金色の魔法陣が浮かび上がった。

 

◇

 

 フィオーレ王国沖。

 

 かつて、天狼島が存在していた海域。

 

 青い海が、どこまでも広がっていた。

 

「…………」

 

 イリスは、静かに海を見つめていた。

 

 そこには、何もなかった。

 

 大きな樹木も。

 

 緑豊かな森も。

 

 あの日、メイビスと出会った海岸も。

 

 すべてが、消えていた。

 

「……本当に、なくなってしまったんですね」

 

 メイビスが、小さく呟いた。

 

「……はい」

 

 イリスも、静かに頷く。

 

 百年近く前。

 

 異世界から突然、この世界へやってきた少女。

 

 行く当てもなく、天狼島へ辿り着いた彼女は、そこで一人の金髪の少女と出会った。

 

『私、メイビス・ヴァーミリオンです!』

 

 あの日の笑顔を、今でも覚えている。

 

 何も知らない世界で、初めてできた友達。

 

 そして。

 

 今では、誰よりも大切な存在。

 

「……懐かしいですね」

 

 イリスが、ぽつりと呟いた。

 

「……はい」

 

 メイビスも、小さく微笑む。

 

「ここで、イリスと出会ったんですよね」

 

「ええ」

 

「一緒に島を歩いて……たくさんお話しして……」

 

「ふふっ。メイビスのお気に入りの場所も、案内してもらいましたね」

 

「はい!」

 

 メイビスが、少しだけ笑った。

 

 けれど。

 

 その笑顔は、すぐに寂しそうなものへ変わった。

 

「……なくなっちゃったんですね」

 

「…………」

 

 イリスは、何も言わずにメイビスの手を握った。

 

 そして。

 

「……メイビス」

 

「はい?」

 

「少し、調べてみませんか?」

 

「……!」

 

 メイビスが、はっと顔を上げる。

 

「そうでした!」

 

 次の瞬間。

 

 その表情が、研究者のものへ変わった。

 

「まだ、何も分かっていませんからね!」

 

「はい」

 

 イリスが微笑む。

 

「一緒に探しましょう」

 

◇

 

 それから、しばらく。

 

 二人は、天狼島が存在していた海域を調査していた。

 

 メイビスは複雑な魔法陣を展開し、周囲の魔力を解析する。

 

 イリスは金色の瞳で、海上に残された魔力の流れを追っていた。

 

「……あら?」

 

 最初に違和感を覚えたのは、イリスだった。

 

「メイビス」

 

「はい?」

 

「ここに、何か残っています」

 

「……何か?」

 

「ええ」

 

 イリスが、海の一点を指差した。

 

「とても微かですが……特殊な魔力の残滓が見えます」

 

「……!」

 

 メイビスが、すぐに魔法陣を移動させた。

 

 複雑な術式が組み上がっていく。

 

 一つ。

 

 二つ。

 

 三つ。

 

 幾重にも重なる魔法陣。

 

 そして。

 

「…………あ」

 

 メイビスの手が、止まった。

 

「……メイビス?」

 

「……これ」

 

 彼女の瞳が、大きく見開かれる。

 

「……知っています」

 

「……!」

 

 イリスが、メイビスを見る。

 

 メイビスは、震える声で続けた。

 

「この魔力の構造……」

 

 そして。

 

「……妖精の球です」

 

「……妖精の球?」

 

「はい!」

 

 メイビスが、顔を上げた。

 

「妖精の尻尾に伝わる、絶対防御魔法……!」

 

 妖精の球。

 

 対象を強力な結界で守り、その内部の時間を停止させる高度な魔法。

 

 メイビスは、急いで術式の解析を進めた。

 

「……間違いありません」

 

 その声に、確かな希望が宿る。

 

「妖精の球が、発動しています!」

 

「……!」

 

 イリスの表情が、明るくなった。

 

「では……!」

 

「はい!」

 

 メイビスが、力強く頷く。

 

「みんな、守られている可能性があります!」

 

 その瞬間。

 

 二人は、顔を見合わせた。

 

 天狼島は、ただ破壊されたわけではない。

 

 妖精の球によって、外界から隔離されている。

 

 少なくとも、魔法が正常に機能しているのであれば。

 

 仲間たちは、今もその中にいるはずだった。

 

「……よかった」

 

 メイビスが、小さく呟いた。

 

 その瞳に、涙が浮かぶ。

 

「……本当に、よかった……!」

 

「……メイビス」

 

 イリスは、そっと彼女の肩を抱いた。

 

「まだ、完全に確認できたわけではありませんけど……」

 

「……はい」

 

「希望は、ありますね」

 

「……はい!」

 

 メイビスは、涙を拭いながら笑った。

 

◇

 

「……さて」

 

 しばらくして。

 

 メイビスは、再び魔法陣へ視線を向けた。

 

「問題は、ここからですね」

 

「……解除、ですか?」

 

「はい」

 

 メイビスが頷く。

 

「妖精の球は、非常に高度な防御魔法です」

 

 その指先が、術式の一部分をなぞる。

 

「内部の時間を停止させることで、対象を守っています」

 

「……なるほど」

 

「ですが……」

 

 メイビスの表情が、少しだけ曇った。

 

「外から強制的に解除した場合、どうなるのか……」

 

「……分からないんですね」

 

「はい」

 

 メイビスは、静かに頷いた。

 

「私なら、術式に干渉することはできると思います」

 

「……そうですね」

 

「イリスの聖剣でも、魔法そのものを切断できます」

 

「はい」

 

「でも……」

 

 メイビスは、海を見つめた。

 

「中にいるみんなの時間が、急に動き出したら……」

 

「…………」

 

「どんな影響が出るのか、分かりません」

 

 イリスは、静かに考えた。

 

 自分の聖剣なら、結界を切断することはできるだろう。

 

 メイビスの空間魔法なら、術式の構造に干渉することも可能なはずだ。

 

 しかし。

 

 それが、仲間たちの安全を保証することにはならない。

 

「……やめておきましょう」

 

 イリスが、穏やかに言った。

 

「……イリス?」

 

「皆さんを危険に晒すわけにはいきません」

 

 その声に、迷いはなかった。

 

「私たちが無理に解除して、もし何かあったら……」

 

「…………」

 

「きっと、後悔します」

 

 メイビスは、しばらく黙っていた。

 

 そして。

 

「……そうですね」

 

 ゆっくりと頷いた。

 

「みんなを守るための魔法ですから」

 

「はい」

 

「私たちが、それを壊してしまってはいけませんね」

 

 イリスが、優しく微笑む。

 

「ええ」

 

 メイビスも、静かに笑った。

 

「……待ちましょう」

 

「はい」

 

「妖精の球が、自然に解除されるまで」

 

 その言葉に、イリスは頷いた。

 

 いつになるかは、分からない。

 

 一年後かもしれない。

 

 もっと先かもしれない。

 

 それでも。

 

 仲間たちが帰ってくる可能性があるのなら。

 

 二人は、その日を待つことにした。

 

◇

 

 夕暮れ。

 

 海が、黄金色に染まっていた。

 

 イリスとメイビスは、静かに並んで立っていた。

 

「……イリス」

 

「はい?」

 

「マカロフたち、きっと帰ってきますよね」

 

「……はい」

 

 イリスが、穏やかに微笑む。

 

「私は、そう信じています」

 

「……私もです」

 

 メイビスが、そっと頷いた。

 

 そして。

 

「……でも」

 

 少しだけ、表情を曇らせる。

 

「みんなが帰ってくるまで、妖精の尻尾はどうなるんでしょう」

 

「…………」

 

「マカロフも、エルザも、ナツも……」

 

 メイビスが、海を見つめる。

 

「たくさんの仲間が、いなくなってしまいました」

 

 妖精の尻尾。

 

 百年近く前、自分たちが創設したギルド。

 

 たくさんの仲間が集まり。

 

 笑い合い。

 

 時には喧嘩をして。

 

 それでも、家族のように支え合ってきた場所。

 

「……残されたみんなも、不安だと思います」

 

 メイビスが、小さく呟いた。

 

「これから、どうすればいいのか……」

 

 そのとき。

 

 イリスが、そっとメイビスの手を握った。

 

「……メイビス」

 

「……はい?」

 

「大丈夫ですよ」

 

 イリスは、いつものように微笑んでいた。

 

 穏やかで。

 

 優しくて。

 

 そして、どこまでも頼もしい笑顔。

 

「私たちが、いるじゃないですか」

 

「……!」

 

 メイビスが、目を見開いた。

 

「妖精の尻尾は、私たちにとっても大切な家族です」

 

「…………」

 

「だから、皆さんが帰ってくるまで……」

 

 イリスは、夕日に染まる海を見つめた。

 

 かつて、二人が出会った島。

 

 妖精の尻尾が生まれた場所。

 

 今は、もう見えない。

 

 けれど。

 

 あの日から続いてきた絆は、消えていない。

 

 イリスは、メイビスへ顔を向けた。

 

 そして、にっこりと微笑んだ。

 

「帰ってくる場所は、私たちが守ればいいんです」

 




【こそこそ妖精話】
~二代目マスターの葛藤~

 X784年。

 天狼島。

 悪魔の心臓のマスター、ハデス。

 その正体は、かつて妖精の尻尾を創設した五人の一人。

 プレヒト・ゲイボルグだった。

ナツ「なあ、じいさん!」

ハデス「……何じゃ」

ナツ「イリスとメイビスのこと、知ってんだろ!?」

ハデス「…………」

 その二つの名前を聞いた瞬間。

 ハデスの表情が、わずかに変わった。

ハデス「……無論じゃ」

ルーシィ「初代マスターたちと、一緒にギルドを作ったんですよね?」

ハデス「……ああ」

エルザ「ならば、なぜ妖精の尻尾を離れ、闇のギルドを率いているのですか?」

ハデス「…………」

 老人は、答えなかった。

 ただ、遠い昔を思い出していた。

 天狼島。

 まだ妖精の尻尾が存在しなかった頃。

 メイビス。

 イリス。

 ユーリ。

 ウォーロッド。

 そして、自分。

 五人で笑い合い、未来を語った日々。

ハデス「……あやつらは、今も変わらぬのか?」

グレイ「……ああ。相変わらずだぜ」

ルーシィ「メイビスさんは、いつも楽しそうに魔法の研究をしてるわ」

エルザ「イリスさんも、私たちのことを温かく見守ってくださっている」

ナツ「二人とも、すっげえ強いんだぞ!」

ハデス「……そうか」

 ハデスは、小さく目を伏せた。

 百年近い歳月。

 その間に、あまりにも多くのものが変わった。

 ユーリは、もういない。

 ウォーロッドとも、長く会っていない。

 そして自分は、かつて創設したギルドと敵対している。

 それなのに。

 あの二人だけは、今も変わらず一緒にいる。

ハデス「……メイビスは、幸せそうか?」

 その問いに、ナツたちは少し驚いた。

ルーシィ「……え?」

ハデス「…………」

ルーシィ「……ええ。いつも笑ってるわ」

グレイ「イリスと一緒にいるときなんか、特にな」

ハデス「…………そうか」

 その声は、ひどく静かだった。

 かつて、自分が救おうとした少女。

 そのために、あらゆる魔法を研究した。

 しかし、辿り着いたのは、闇の深淵。

 自分は、何を求めていたのだろう。

 メイビスを救いたかったのか。

 それとも。

 いつしか、魔法の深淵そのものに魅入られてしまったのか。

 答えは、もう分からない。

ナツ「……じいさん?」

ハデス「……ふっ」

 ハデスは、ゆっくりと顔を上げた。

ハデス「……ならば、よい」

エルザ「……?」

ハデス「少なくとも、あやつらが笑っておるのならな」

 その言葉に、かつての二代目マスターの面影が、一瞬だけ覗いた。

 しかし。

ハデス「……さて」

 次の瞬間。

 老人の瞳に、再び鋭い光が宿る。

ハデス「昔話は、ここまでじゃ」

 膨大な魔力が、周囲を震わせた。

ハデス「わしは、わしの道を進む」

ナツ「……ああ!」

 ナツが、拳に炎を灯す。

ナツ「だったら、俺たちは俺たちの道を行くだけだ!!」

 かつての妖精と、今を生きる妖精。

 その想いが、天狼島で交差する。

 ――そして、遠く離れたギルティナ大陸。

メイビス「……くしゅん!」

イリス「おや? 風邪ですか?」

メイビス「いえ……なんだか、懐かしい人に呼ばれた気がします」

イリス「……懐かしい人、ですか?」

メイビス「はい!」

 メイビスは、少しだけ首を傾げた。

メイビス「……でも、誰でしょう?」

イリス「ふふっ。いつか会えるといいですね」

メイビス「……はい!」



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。
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