妖精と聖剣使い   作:使い手なない

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第11話「森で出会った不思議な青年」

 

第一幕 束の間の休息

 

 X686年――フィオーレ王国、マグノリア。

 

 ブルースカルとの戦いから、数日が経過していた。

 

 朝の柔らかな日差しが、診療所の窓から差し込んでいる。

 

「……あー、暇だ!」

 

 寝台の上で、ユーリが大きな声を上げた。

 

「ユーリさん、静かにしてください」

 

 すかさずイリスが注意する。

 

「だってよぉ! もう何日も寝てるんだぜ!?」

 

「まだ怪我が治っていないでしょう?」

 

「もう結構動けるって!」

 

「そう言って、昨日も痛がっていましたよね?」

 

「……うっ」

 

 ユーリは言葉に詰まった。

 

 その様子を見て、ウォーロッドが小さく笑う。

 

「まあまあ、ユーリ。もう少しの辛抱ですよ」

 

「お前はいいよなぁ、ウォーロッド。怪我してねぇんだから」

 

「その代わり、皆さんのお世話で忙しいですけどね」

 

「……悪い」

 

「ふふっ。冗談ですよ」

 

 穏やかな笑い声が、部屋に広がった。

 

 窓際では、プレヒトが椅子に腰掛けていた。

 

 額の傷には、まだ包帯が巻かれている。

 

「……まったく。少しは大人しくしていろ」

 

「お前まで言うのかよ!」

 

「医者に安静にしろと言われただろう」

 

「分かってるって!」

 

「分かっている人間の行動には見えないがな」

 

「ぐぬぬ……!」

 

 そんな二人のやり取りに、イリスは思わず笑みをこぼした。

 

(……少しずつ、元気になってきましたね)

 

 数日前。

 

 血まみれになったユーリを見つけたときは、本当に驚いた。

 

 けれど、こうして軽口を叩けるほどに回復している。

 

 それだけで、イリスは嬉しかった。

 

「……そういえば」

 

 ふと、彼女は部屋を見渡した。

 

「メイビスさんは、どちらに?」

 

「ああ、メイビスなら」

 

 ウォーロッドが答えようとした、そのとき。

 

「おはようございます!」

 

 元気な声とともに、扉が開いた。

 

 入ってきたのは、メイビスだった。

 

 その両腕には、何冊もの本が抱えられている。

 

「……メイビスさん?」

 

 イリスが目を瞬かせる。

 

「随分とたくさんの本ですね」

 

「はい!」

 

 メイビスは嬉しそうに頷いた。

 

「魔法について調べていたんです!」

 

「魔法?」

 

「この街には、魔法に関する本を扱っているお店もあるんですよ!」

 

 そう言って、机の上に本を並べる。

 

 古びた魔法理論の書物。

 

 魔力の性質について記された研究書。

 

 魔導士たちの歴史をまとめた本。

 

 その種類はさまざまだった。

 

「……お前、本当にやる気なんだな」

 

 ユーリが感心したように言う。

 

「もちろんです!」

 

 メイビスは胸を張った。

 

「もう二度と、あんな思いはしたくありませんから!」

 

 その言葉に、部屋の空気が少しだけ静かになった。

 

 ブルースカルとの敗北。

 

 傷ついた仲間たち。

 

 何もできなかった悔しさ。

 

 あの日の出来事は、誰の心にも残っていた。

 

「……そうだな」

 

 プレヒトが静かに頷く。

 

「俺たちにも、魔法の知識は必要だ」

 

「はい!」

 

 メイビスは嬉しそうに笑った。

 

 イリスも、そんな彼女を見つめながら微笑んだ。

 

「メイビスさんなら、きっと素敵な魔導士になれますよ」

 

「ありがとうございます、イリスさん!」

 

 メイビスは本を抱きしめた。

 

 その瞳には、以前にも増して強い好奇心が宿っていた。

 

――――――――――

 

第二幕 好奇心に導かれて

 

 昼過ぎ。

 

 診療所の休憩室には、穏やかな時間が流れていた。

 

 ユーリは医者に言われたとおり、寝台で身体を休めている。

 

 プレヒトは借りた本を読み、ウォーロッドは買い出しに出かけていた。

 

 イリスは窓際で、聖剣の手入れをしている。

 

 そして、メイビスは。

 

「……うーん」

 

 机に向かい、難しい顔で本を睨んでいた。

 

「……どうかしましたか?」

 

 イリスが尋ねる。

 

「魔法って、思っていたより難しいんですね」

 

「そうですね。覚えることも、たくさんありますから」

 

「魔力の性質や、魔法を発動する仕組みについては少し分かってきたんです。でも……」

 

 メイビスは本のページをめくった。

 

「実際に魔法を使うとなると、どうしても分からない部分があって」

 

「……なるほど」

 

 イリスは少し考えた。

 

「私も、何かお手伝いできればいいのですが……」

 

「いえ!」

 

 メイビスは慌てて首を振った。

 

「イリスさんには、もう十分助けてもらっています!」

 

「そうですか?」

 

「はい! それに、イリスさんの魔法は私たちの世界とは違うんですよね?」

 

「……そうですね」

 

 イリスは頷いた。

 

 魔力の扱い方。

 

 魔法の発動方法。

 

 術式の組み立て方。

 

 似ている部分はあっても、すべてが同じとは限らない。

 

 何より、自分は魔法を感覚的に扱ってきた。

 

 それを他人に分かりやすく説明するのは、思っていた以上に難しかった。

 

「……すみません」

 

 イリスが少し申し訳なさそうに笑うと、メイビスは首を横に振った。

 

「謝らないでください! 私、自分で考えるのも好きですから!」

 

「ふふっ。メイビスさんらしいですね」

 

 そんな会話を交わしていたときだった。

 

「あっ!」

 

 メイビスが突然、顔を上げた。

 

「……どうしました?」

 

「イリスさん! この前のお話なんですけど!」

 

「この前?」

 

「森の異変です!」

 

 イリスの手が止まった。

 

「……ああ、あの森ですか」

 

「はい!」

 

 メイビスは身を乗り出した。

 

「木々が枯れていて、動物たちも死んでいたんですよね?」

 

「そうですね」

 

「しかも、奇妙な魔力の痕跡が残っていた……」

 

「はい」

 

 メイビスは考え込んだ。

 

 魔法について学び始めた今だからこそ、気になることがあった。

 

 生命を失った森。

 

 外傷のない動物たち。

 

 そして、異質な魔力。

 

 それらの現象は、何か一つの原因でつながっているのではないだろうか。

 

「……私、やっぱり見てみたいです」

 

 メイビスが呟いた。

 

「森を、ですか?」

 

「はい!」

 

 イリスは少し考えた。

 

 あの森には、確かに不気味な異変があった。

 

 しかし、以前調査した際には、危険な魔物や魔導士の姿は見つからなかった。

 

 周囲も含めて探したが、異変の原因となった存在は発見できていない。

 

(……今のところ、直接的な危険は確認できていませんでしたね)

 

 もちろん、完全に安全だとは言い切れない。

 

 けれど、メイビスが自分の目で確かめたいという気持ちも理解できた。

 

「……分かりました」

 

 イリスは頷いた。

 

「ただし、気をつけてくださいね」

 

「はい!」

 

「何か異変があれば、すぐに戻ってきてください」

 

「もちろんです!」

 

 メイビスは嬉しそうに微笑んだ。

 

「イリスさんは、一緒に来ないんですか?」

 

「私は、ここに残ろうと思います」

 

「……ユーリさんたちのためですか?」

 

「はい」

 

 イリスは寝台の方へ目を向けた。

 

「お二人とも、まだ怪我が治りきっていません。それに、ブルースカルの方々が現れないとも限りませんから」

 

「……なるほど」

 

「もし何かあったとき、すぐに対応できるようにしておきたいんです」

 

 メイビスは、そんなイリスを見つめた。

 

 そして、ふわりと笑った。

 

「……イリスさんは、本当に皆さんのことが大好きなんですね」

 

「……え?」

 

 イリスが目を瞬かせる。

 

「ふふっ。私もです!」

 

「……もう、メイビスさんったら」

 

 イリスは少し照れたように笑った。

 

 そのとき、寝台から声が飛んできた。

 

「おーい、メイビス!」

 

「何ですか、ユーリさん?」

 

「森に行くなら、変なもん拾ってくんなよ!」

 

「拾いませんよ!」

 

「本当かぁ?」

 

「もう! 信用してください!」

 

「……お前の場合、面白そうなものを見つけたら持ち帰りそうだからな」

 

 プレヒトが本から顔を上げずに言った。

 

「プレヒトさんまで!?」

 

 部屋に笑い声が広がる。

 

 メイビスは頬を膨らませながらも、楽しそうに笑っていた。

 

 やがて、必要な荷物をまとめると、扉へ向かう。

 

「それでは、行ってきます!」

 

「はい。お気をつけて」

 

 イリスが微笑む。

 

「日が暮れる前には戻ってきてくださいね」

 

「分かりました!」

 

 メイビスは元気よく答えた。

 

 そして、診療所を後にした。

 

 イリスはその背中を見送った。

 

(……何か分かるといいですね)

 

 そのときの彼女は、まだ知らなかった。

 

 あの森で、メイビスがどのような人物と出会うことになるのかを。

 

――――――――――

 

第三幕 生命の消えた森

 

 マグノリア郊外。

 

 街の喧騒から離れた森の中を、メイビスは歩いていた。

 

「……この辺りでしょうか」

 

 イリスから聞いた場所を思い出しながら、周囲を見渡す。

 

 木々の間から、午後の日差しが差し込んでいる。

 

 鳥のさえずり。

 

 風に揺れる葉の音。

 

 足元を横切る小さな虫。

 

 どこにでもある、穏やかな森の風景だった。

 

「……特に変わったところはありませんね」

 

 メイビスは首を傾げた。

 

 けれど、さらに奥へ進んだとき。

 

「……あれ?」

 

 足が止まった。

 

 周囲の景色が、少しずつ変わり始めていた。

 

 青々としていた草は、茶色く変色している。

 

 木々の枝には、枯れた葉が残っていた。

 

 そして。

 

「…………」

 

 メイビスは、静かに息を呑んだ。

 

 森の一角だけが、まるで生命を失ったかのように変わり果てていた。

 

 足元には、枯れた草花。

 

 倒れた小動物。

 

 木々は葉を落とし、枝を空へ伸ばしている。

 

「……本当に」

 

 メイビスは小さく呟いた。

 

「イリスさんの言っていたとおりです……」

 

 彼女は近くの木へ歩み寄った。

 

 幹に触れる。

 

 樹皮は乾ききり、ところどころひび割れていた。

 

 周囲の地面にも目を向ける。

 

 草花は枯れているのに、燃えた跡はない。

 

 動物たちにも、目立った外傷は見当たらなかった。

 

(……火でも、普通の毒でもなさそうですね)

 

 メイビスは考え込んだ。

 

 何かが、この場所から生命だけを奪った。

 

 そんな印象を受ける。

 

 けれど、どうやって?

 

 何のために?

 

 そして、誰が?

 

「……魔法」

 

 メイビスは呟いた。

 

 イリスが見つけたという、異質な魔力の残滓。

 

 もし、この現象が魔法によるものなら。

 

 自分が知っている魔法とは、まったく異なる力なのかもしれない。

 

「……不思議です」

 

 メイビスは、もう一度周囲を見渡した。

 

 そして、森の奥へ視線を向けた。

 

 そこには、まだ調べていない場所が広がっている。

 

「……もう少しだけ」

 

 彼女は小さく頷いた。

 

「もう少しだけ、調べてみましょう」

 

 足元に注意しながら、歩き始める。

 

 枯れた木々の間を抜ける。

 

 倒木を越える。

 

 そして。

 

 森の奥へ進むにつれ、少しずつ緑が戻ってきた。

 

「……あれ?」

 

 メイビスは足を止めた。

 

 目の前には、小さな空き地が広がっていた。

 

 木漏れ日が降り注ぎ、柔らかな草が地面を覆っている。

 

 枯れた森のすぐ近くにあるとは思えないほど、穏やかな場所だった。

 

「……ここは、無事なんですね」

 

 そう呟いた、そのとき。

 

「…………」

 

 メイビスは、何かに気づいた。

 

 空き地の向こう。

 

 一本の木のそばに、人影があった。

 

 黒い衣服。

 

 黒い髪。

 

 静かに佇む、一人の青年。

 

「……人?」

 

 メイビスは目を瞬かせた。

 

 こんな森の奥に、誰かがいる。

 

 しかも、あの異変が起きた場所のすぐ近くに。

 

 驚きと好奇心が、同時に湧き上がった。

 

 メイビスは、ゆっくりと歩み寄った。

 

「あの……!」

 

 声をかける。

 

 青年が、こちらを振り向いた。

 

 その顔は、どこか寂しげだった。

 

 そして。

 

 メイビスの姿を見た瞬間、青年の表情が変わった。

 

「……来るな!」

 

「……え?」

 

 突然の声に、メイビスは足を止めた。

 

 青年は険しい表情で、彼女を見つめている。

 

「それ以上、近づくな……!」

 

「……どうしてですか?」

 

「いいから……早く、ここから離れろ!」

 

 その声には、怒りよりも。

 

 何かを恐れるような響きがあった。

 

 メイビスは首を傾げた。

 

(……どうして、そんなに悲しそうな顔をしているんでしょう)

 

 彼女には、まだ分からなかった。

 

 目の前の青年が、何を恐れているのか。

 

 なぜ、人を遠ざけようとしているのか。

 

 ただ。

 

 彼が、ひどく孤独な人に見えた。

 

――――――――――

 

終幕 黒衣の青年

 

「……あの」

 

 メイビスは、青年から少し離れた場所で立ち止まったまま、口を開いた。

 

「私は、メイビスといいます」

 

「…………」

 

「メイビス・ヴァーミリオンです!」

 

 青年は答えなかった。

 

 ただ、困惑したように彼女を見つめている。

 

「……聞こえなかったのか?」

 

 ようやく、青年が口を開いた。

 

「ここから離れろと言ったんだ」

 

「はい。聞こえました」

 

「だったら、なぜ……」

 

「でも、理由を聞いていませんから」

 

「…………」

 

 青年は言葉を失った。

 

 メイビスは不思議そうに首を傾げた。

 

「この森で、何か危険なことがあるんですか?」

 

「……ある」

 

「どんなことですか?」

 

「……それは」

 

 青年は口を閉じた。

 

 どう説明すればいいのか。

 

 いや、説明したところで、信じてもらえるのだろうか。

 

 彼は視線を落とした。

 

「……僕のそばにいると、危険なんだ」

 

「……あなたのそばに?」

 

「ああ」

 

 青年は小さく頷いた。

 

「だから、早く帰った方がいい」

 

 メイビスは少し考えた。

 

 そして、周囲を見渡す。

 

 枯れた森。

 

 生命を失った動物たち。

 

 そのすぐ近くにいる、黒衣の青年。

 

 何か関係があるのだろうか。

 

 けれど、今の段階では分からない。

 

「……分かりました」

 

 メイビスは頷いた。

 

 青年が、わずかに安堵した表情を浮かべる。

 

 しかし。

 

「では、少し離れたところからお話ししましょう!」

 

「……え?」

 

 青年が目を瞬かせた。

 

「……話?」

 

「はい!」

 

 メイビスはにっこりと笑った。

 

「私、あなたに聞いてみたいことがあるんです!」

 

「…………」

 

 青年は呆然とした。

 

 こんな反応をする人間に出会ったのは、いつ以来だろう。

 

 いや。

 

 そもそも、自分を恐れずに話しかけてくる人間など、どれほど久しぶりなのか。

 

「……君は、変わっているね」

 

「そうでしょうか?」

 

「ああ……かなり」

 

「ふふっ。よく言われます!」

 

 メイビスは嬉しそうに笑った。

 

 青年は思わず、少しだけ口元を緩めた。

 

 その小さな変化を、メイビスは見逃さなかった。

 

(……あ)

 

 笑った。

 

 ほんの少しだけれど。

 

 さっきまで、あんなに悲しそうだった人が。

 

 それが、何だか嬉しかった。

 

「……それで」

 

 青年が静かに尋ねる。

 

「僕に、何を聞きたいんだい?」

 

「魔法についてです!」

 

「……魔法?」

 

「はい!」

 

 メイビスの瞳が輝いた。

 

「私、今、魔法を勉強しているんです!」

 

「……そうなんだ」

 

「でも、本を読んでも分からないことがたくさんあって……」

 

 彼女は少し恥ずかしそうに笑った。

 

「それで、この森で起きた不思議な現象を調べに来たんです」

 

「…………!」

 

 青年の表情が、わずかに強張った。

 

「……この森の、異変を?」

 

「はい」

 

 メイビスは頷いた。

 

「木々が枯れて、動物たちも死んでいました。なのに、傷はないんです」

 

「…………」

 

「普通の魔法とは、何か違う気がして……」

 

 青年は黙り込んだ。

 

 メイビスは、そんな彼の様子を見つめた。

 

「……もしかして」

 

 彼女は少し首を傾げた。

 

「何か、ご存じなんですか?」

 

「…………」

 

 長い沈黙。

 

 やがて、青年は静かに口を開いた。

 

「……魔法というものは、君が思っているよりも、ずっと複雑なんだ」

 

「……!」

 

 メイビスの瞳が輝いた。

 

「やっぱり、魔法に詳しいんですね!」

 

「……少しはね」

 

「では!」

 

 メイビスは身を乗り出しかけて、慌てて足を止めた。

 

 近づくなと言われたことを、思い出したのだ。

 

 青年はそんな彼女を見て、わずかに目を見開いた。

 

「……私に、魔法を教えていただけませんか?」

 

「…………え?」

 

 今度こそ、青年は言葉を失った。

 

「私、大切な人たちを守れるようになりたいんです」

 

 メイビスは、まっすぐに彼を見つめた。

 

「でも、今の私には、その力がありません」

 

「…………」

 

「だから、魔法を学びたいんです!」

 

 その瞳に、迷いはなかった。

 

 青年は、しばらく彼女を見つめていた。

 

 そして、静かに呟く。

 

「……大切な人を、守りたい……」

 

 その言葉は、どこか遠い記憶を呼び起こすようだった。

 

 かつて、自分にも守りたいものがあった。

 

 失いたくないものがあった。

 

 けれど。

 

 今の自分は、誰かのそばにいることさえ許されない。

 

「……君は」

 

 青年が口を開く。

 

「どうして、そこまで強くなりたいんだい?」

 

 メイビスは少し考えた。

 

 そして、柔らかく微笑んだ。

 

「……皆さんが、大好きだからです」

 

「…………」

 

「私には、大切な友達がいるんです」

 

 天狼島で出会った少女。

 

 一緒に旅をする仲間たち。

 

 笑い合い、時には喧嘩をして。

 

 困ったときには助け合える人たち。

 

「その人たちが傷つくのを、もう見たくありません」

 

 メイビスは、静かに続けた。

 

「だから、私も皆さんを守れるようになりたいんです」

 

 青年は何も言わなかった。

 

 ただ、彼女を見つめていた。

 

 やがて。

 

「……メイビス」

 

 初めて、青年が彼女の名前を呼んだ。

 

「はい!」

 

「……僕の名前は、ゼレフ」

 

「……ゼレフさん!」

 

 メイビスは嬉しそうに笑った。

 

「よろしくお願いします!」

 

「……まだ、何も教えるとは言っていないよ」

 

「あっ、そうでした!」

 

 メイビスは慌てて頭を下げた。

 

「す、すみません!」

 

 その様子に、ゼレフは思わず小さく笑った。

 

「……本当に、不思議な子だね」

 

「そうですか?」

 

「ああ」

 

 ゼレフは空を見上げた。

 

 木々の間から、午後の光が差し込んでいる。

 

 まだ、誰かと長く関わるべきではない。

 

 それは分かっていた。

 

 それでも。

 

 目の前の少女のまっすぐな願いを、無下にすることもできなかった。

 

「……魔法について、少し話すくらいなら」

 

「……!」

 

 メイビスの顔が輝いた。

 

「本当ですか!?」

 

「ただし、僕には近づかないこと。それが条件だ」

 

「はい!」

 

 メイビスは元気よく頷いた。

 

「ありがとうございます、ゼレフさん!」

 

 ゼレフは、そんな彼女を見つめながら、小さく息を吐いた。

 

 この出会いが、何をもたらすのか。

 

 今はまだ、分からない。

 

 けれど。

 

 長い孤独の中にいた青年と、仲間を守る力を求める少女。

 

 二人の運命は、この日、静かに交わった。

 

 そして。

 

 遠く離れたマグノリアの診療所では。

 

「……くしゅんっ!」

 

 イリスが小さなくしゃみをした。

 

「……風邪か?」

 

 寝台のユーリが尋ねる。

 

「いえ、大丈夫ですよ」

 

 イリスは微笑んだ。

 

「誰かが噂でもしているのでしょうか?」

 

「ははっ! メイビスじゃねぇの?」

 

「ふふっ。そうかもしれませんね」

 

 窓の外には、穏やかな午後の空が広がっている。

 

 イリスは、その空を見上げた。

 

(……メイビスさん、何か見つかったでしょうか)

 

 大切な友人が、今まさに運命を変える出会いを果たしていることを。

 

 彼女は、まだ知らなかった。

 

 ――第11話 完――

 




【こそこそ妖精話】

メイビス「ゼーラ! 今日、森ですごい人に出会ったんですよ!」

ゼーラ「すごい人?」

メイビス「はい! 魔法について、とっても詳しい人なんです!」

ゼーラ「へぇ……。それで、どんな人なの?」

メイビス「黒い服を着た、少し寂しそうな男の人です!」

ゼーラ「…………」

メイビス「名前はゼレフさんっていうんですよ!」

ゼーラ「……ちょっと待って」

メイビス「はい?」

ゼーラ「メイビス、あんた……一人で森に行って、知らない男の人に話しかけたの?」

メイビス「はい!」

ゼーラ「しかも、あの動物が死んでたっていう森で?」

メイビス「はい!」

ゼーラ「…………」

メイビス「ゼーラ?」

ゼーラ「危ないでしょーが!!」

メイビス「ひゃあっ!?」

ゼーラ「何考えてんのよ! 相手が悪い人だったらどうするつもりだったの!?」

メイビス「で、でも! ゼレフさんは悪い人じゃないと思います!」

ゼーラ「どうして分かるのよ!」

メイビス「だって、私に近づかないように言ってくれたんですよ!」

ゼーラ「……それ、普通は余計に怪しいと思うんだけど」

メイビス「それに、魔法のお話もしてくれるって!」

ゼーラ「……あんた、魔法を教えてもらえるなら誰にでもついていきそうね」

メイビス「そんなことありません!」

ゼーラ「本当に?」

メイビス「もちろんです! ちゃんと相手を見て判断します!」

ゼーラ「……じゃあ、もしその人が『珍しい魔法を教えてあげるから、もっと森の奥へおいで』って言ったら?」

メイビス「…………」

ゼーラ「…………」

メイビス「……どんな魔法でしょう?」

ゼーラ「そこから興味持つなーっ!!」



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。
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