第一幕 心配性の聖剣使い
X686年――フィオーレ王国、マグノリア。
朝の柔らかな日差しが、診療所の窓から差し込んでいた。
「……よしっ!」
そんな元気な声が、静かな室内に響いた。
「……朝っぱらから元気だな、お前」
寝台に腰掛けていたユーリが、呆れたように呟く。
声の主はメイビスだった。
彼女は持ってきた本を鞄にしまいながら、嬉しそうに笑っている。
「だって、今日はまた魔法を教えていただけるんですよ!」
「ああ、昨日言ってた森の先生か」
「はい!」
メイビスは大きく頷いた。
「昨日は自分の魔力を感じることができたので、今日はもっと先に進めるかもしれません!」
「……随分と楽しそうだな」
椅子に座って本を読んでいたプレヒトが顔を上げる。
「もちろんです!」
メイビスは胸を張った。
「知らなかったことを知るのは、とっても楽しいですから!」
「……お前らしいな」
プレヒトは小さく息をついた。
その隣では、ウォーロッドが穏やかに笑っている。
「でも、メイビスが嬉しそうで何よりですね」
「はい!」
そんな仲間たちのやり取りを、イリスは少し離れた場所から見守っていた。
「…………」
その表情には、わずかな迷いがあった。
昨日、メイビスから聞いた話。
森で出会った、ゼレフという青年。
魔法について非常に詳しく、メイビスに親切に教えてくれたという。
しかし、その青年は自分のそばに近づかないよう警告していた。
(……自分のそばが危険、ですか)
イリスは窓の外へ視線を向けた。
脳裏に浮かぶのは、以前調査した森の光景。
枯れた木々。
生命を失った草花。
外傷のない動物の死骸。
そして、あの異質な魔力の残滓。
(……無関係とは、言い切れませんね)
もちろん、ゼレフという青年が原因だと決まったわけではない。
だが、何も分からない以上、危険がないとも言えなかった。
「イリスさん!」
「……はい?」
呼びかけられ、イリスは振り向いた。
そこには、満面の笑みを浮かべたメイビスが立っていた。
「今日もゼレフさんのところへ行ってきますね!」
「…………」
イリスは、思わず言葉を詰まらせた。
「昨日は魔力を感じられたので、今日はもっと上手に扱えるようになりたいんです!」
「……そうですか」
「はい!」
期待に満ちた瞳が、まっすぐ自分を見つめている。
(……そんなに楽しみにされているんですね)
イリスは困ったように微笑んだ。
本当なら、もう少し詳しく調べてからにしてほしい。
そう言いたい気持ちはある。
けれど。
目の前の少女が、どれほど魔法を学ぶことを楽しみにしているのか。
その表情を見れば、嫌でも伝わってきた。
「……メイビスさん」
「はい!」
「昨日のお約束は、きちんと守ってくださいね」
「もちろんです!」
「ゼレフさんには不用意に近づかないこと。それから、少しでも危険を感じたら、すぐに離れること」
「はい!」
「日が暮れる前には、必ず戻ってきてください」
「分かりました!」
メイビスは元気よく頷いた。
イリスは、もう一度だけ念を押す。
「……本当に、気をつけてくださいね?」
「ふふっ」
メイビスが小さく笑った。
「イリスさんは心配性ですね!」
「……誰のせいだと思っているんですか」
イリスは苦笑した。
「えへへ……」
メイビスは少し照れくさそうに笑う。
その様子を見て、イリスもつられるように微笑んだ。
「……それでは、行ってきます!」
「はい。行ってらっしゃい」
メイビスは仲間たちにも挨拶すると、軽やかな足取りで診療所を出ていった。
扉が閉まる。
しばらくして。
「……本当によかったのか?」
プレヒトが静かに尋ねた。
「…………」
イリスは扉を見つめたまま、小さく息をついた。
「……正直、今でも迷っています」
「だったら、止めればよかっただろ」
「……そうですね」
イリスは苦笑した。
「でも、あんなに楽しみにしている顔を見てしまうと……」
「……言えなくなった、か」
「はい」
素直に頷くイリスに、プレヒトは呆れたように息をついた。
「……甘いな」
「自覚はあります」
「……まったく」
そのやり取りを聞いていたユーリが、にやりと笑った。
「まあ、メイビスなら大丈夫だろ!」
「……その根拠は何ですか?」
「勘!」
「ユーリさん……」
イリスは額に手を当てた。
ウォーロッドが苦笑する。
「でも、メイビスも約束は守ると思いますよ」
「……はい」
イリスは頷いた。
「私も、そう信じています」
ただし。
信じることと、心配しないことは違う。
そのことを、イリスはよく理解していた。
――――――――――
第二幕 黒衣の魔導士との再会
マグノリア郊外の森。
木々の間から、朝の光が差し込んでいた。
「……あっ!」
森を歩いていたメイビスが、嬉しそうに声を上げた。
少し先の空き地。
そこには、昨日と同じ黒衣の青年が立っていた。
「ゼレフさん!」
「……メイビス」
ゼレフは振り向いた。
そして、わずかに驚いたような表情を浮かべる。
「……本当に来たんだね」
「はい!」
メイビスは満面の笑みで答えた。
「約束しましたから!」
「……そうだったね」
ゼレフは小さく微笑んだ。
昨日、別れ際に交わした約束。
また明日。
そんな何気ない言葉が、本当に現実になるとは。
どこか信じられない気持ちだった。
「それじゃあ、今日もよろしくお願いします!」
「……うん」
ゼレフは頷いた。
「まずは、昨日の復習から始めようか」
「はい!」
メイビスは昨日と同じ倒木に腰掛けた。
二人の間には、十分な距離が保たれている。
「昨日は、自分の魔力を感じ取るところまで進んだね」
「はい!」
「今日は、その感覚をもう一度確かめてみよう」
「分かりました!」
メイビスは目を閉じた。
呼吸を整える。
身体の奥へ意識を向ける。
昨日、初めて感じた不思議な力。
温かいような。
水が流れるような。
けれど、そのどちらとも違う感覚。
(……あっ)
ほどなくして。
メイビスは、ぱっと目を開けた。
「ゼレフさん!」
「どうしたんだい?」
「昨日より、早く感じられました!」
「……そうか」
ゼレフは目を細めた。
「それはすごいね」
「本当ですか!?」
「ああ。感覚を一度つかんだからといって、すぐに再現できるとは限らないからね」
「えへへ……!」
メイビスは嬉しそうに笑った。
「それじゃあ、次は手のひらに集めてみようか」
「はい!」
メイビスは片手を前に出した。
昨日と同じように、自分の内側にある魔力を意識する。
そして、その流れを少しずつ手のひらへ向ける。
「……むむむ」
眉間にしわが寄る。
しかし。
「……あれ?」
途中で感覚が途切れてしまった。
「……難しいです」
「焦らなくていいよ」
ゼレフは穏やかに答えた。
「魔力を動かそうとすることより、今どこにあるのかを意識してごらん」
「……今、どこにあるのか」
「そう。魔力の流れを無理に変えようとせず、まずはその動きを理解するんだ」
「なるほど……!」
メイビスは頷いた。
そして、再び目を閉じる。
(……動かすんじゃなくて、流れを理解する……)
身体の奥にある力。
それが、どのように巡っているのか。
ゆっくりと意識を向ける。
すると。
「……あっ」
手のひらに、かすかな温かさが生まれた。
昨日よりも、少しだけ長く。
その感覚が続いた。
「……できました!」
「うん」
ゼレフは微笑んだ。
「昨日より、ずっと安定しているね」
「やったぁ!」
メイビスは思わず両手を上げた。
その瞬間、魔力の感覚が途切れる。
「……あっ」
ゼレフが小さく笑った。
「……まだ、集中を保つ練習も必要みたいだね」
「……はい」
メイビスは少し恥ずかしそうに頬を赤らめた。
けれど、すぐに笑顔になる。
「でも、昨日よりできるようになりました!」
「そうだね」
ゼレフは頷いた。
そして、少女の姿を静かに見つめる。
失敗しても、落ち込まない。
新しいことを知るたびに、目を輝かせる。
その姿は、かつての自分を思い出させた。
(……本当に、楽しそうだ)
ゼレフは、わずかに目を伏せた。
魔法を学ぶ喜び。
誰かに知識を伝える楽しさ。
そんな感情を、いつの間にか忘れていた。
「……ゼレフさん?」
「……ああ、ごめん」
青年は顔を上げた。
「少し考え事をしていたよ」
「ふふっ。昨日もそうでしたね!」
「……そうだったかな」
「はい!」
メイビスは楽しそうに笑った。
ゼレフも、つられるように微笑む。
森の中に、穏やかな時間が流れていた。
――――――――――
第三幕 聖剣使いの魔法教室
一方、その頃。
マグノリアの診療所では。
「……それでは、始めましょうか」
イリスが、三人の青年を前にして微笑んでいた。
「おう!」
「よろしくお願いします」
「……頼む」
ユーリ、ウォーロッド、プレヒト。
三人は、それぞれ真剣な表情を浮かべている。
もっとも、ユーリはまだ寝台の上だった。
医者から無理をしないよう言われているため、今日は座ったままでの練習となる。
「まずは、魔力を感じ取ることから始めましょう」
イリスは説明を始めた。
「魔法を使うためには、自分の内側にある魔力を理解する必要があります」
「……ふむ」
プレヒトが頷く。
「その魔力を、どうやって感じ取る?」
「そうですね……」
イリスは少し考えた。
「身体の奥に意識を向けて、こう……流れているものを感じるんです」
「……流れているもの?」
「はい。何というか……すっと、身体の中を巡っているような……」
「……すっと?」
「そうです!」
イリスは頷いた。
「その感覚をつかめば、あとは自然に……」
「ちょっと待て!」
ユーリが声を上げた。
「その『すっと』とか『自然に』ってのが分かんねぇんだよ!」
「……えっ」
イリスは目を瞬かせた。
「……そうですか?」
「そうだよ!」
「……むむ」
イリスは腕を組んだ。
真剣に考え込む。
どうすれば、魔力の感覚を伝えられるだろう。
自分にとっては、呼吸をするのと同じくらい自然なことだ。
けれど、魔法を扱ったことのない人にとっては、そうではないらしい。
「……難しいですね」
「教わってるこっちの台詞だ!」
ユーリが突っ込む。
ウォーロッドは苦笑した。
「でも、イリスさんが言いたいことは、何となく分かる気がします」
「本当ですか?」
「ええ。ただ、実際に感じるとなると……」
「……そうですよね」
イリスは頷いた。
そして、再び考える。
(……そもそも)
魔力がどんなものなのか分からない。
だから、感じ取ることも難しい。
ならば。
(……実際に感じてもらえばいいのでは?)
「……あっ」
イリスが顔を上げた。
「どうした?」
ユーリが尋ねる。
「一つ、方法を思いつきました!」
「おっ! 何だ何だ?」
「ユーリさん、少し手を貸していただけますか?」
「……手?」
「はい」
イリスは寝台のそばへ歩み寄った。
「私の魔力を、ほんの少しだけ流してみようと思います」
「……は?」
ユーリが目を瞬かせた。
「魔力を……流す?」
「はい。実際に魔力がどんなものなのか感じていただければ、分かりやすいと思うんです」
「……そんなことできんのか?」
「できますよ」
イリスは当然のように答えた。
「ただ、私の魔力は皆さんのものとは少し性質が違うかもしれません。ですから、無理のない範囲で試しますね」
「……なるほどな」
プレヒトが興味深そうに目を細める。
「外部から魔力を流して、感覚を覚えさせるわけか」
「はい!」
「……随分と直接的な方法だな」
「……そうでしょうか?」
イリスは首を傾げた。
ユーリが笑う。
「まあ、いいじゃねぇか! やってみようぜ!」
「分かりました」
イリスは、ユーリの手をそっと握った。
「それでは、少しだけ流しますね」
「おう!」
次の瞬間。
「……っ!?」
ユーリの肩が、ぴくりと跳ねた。
手のひらから、何かが伝わってくる。
熱いわけではない。
冷たいわけでもない。
けれど、確かに何かが流れ込んでくる感覚があった。
「……おおっ!?」
「どうですか?」
「な、何だこれ!?」
「私の魔力です」
「いや、それは分かるけどよ!」
ユーリは目を丸くした。
「……すげぇな。何か、身体の中に流れてくる感じがする!」
「はい!」
イリスは嬉しそうに微笑んだ。
「その感覚です!」
すぐに魔力の流れを止める。
「……どうですか? 気分が悪くなったりはしていませんか?」
「いや、全然!」
「それならよかったです」
イリスは安堵したように微笑んだ。
「今の感覚を覚えておいてくださいね」
「おう!」
ユーリは自分の手を見つめた。
「……へえ。これが魔力か」
その様子を見ていたプレヒトが、静かに口を開く。
「……次は俺にも試してくれ」
「もちろんです!」
イリスは頷いた。
プレヒトの手を取り、同じように少量の魔力を流す。
「…………」
プレヒトは目を閉じた。
魔力の流れ。
身体の内側へ伝わる感覚。
それらを、冷静に分析しようとする。
「……なるほど」
「分かりましたか?」
「ああ」
プレヒトは目を開けた。
「外から入ってくる力と、自分の内側にあるものは……別なんだな」
「はい!」
イリスは嬉しそうに頷いた。
「今は、外から魔力が流れてくる感覚を覚えていただくことが目的です」
「……つまり、次は自分の魔力を見つける必要があるわけか」
「そのとおりです!」
「……最初からそう説明してくれればよかったんだが」
「…………」
イリスは、少しだけ肩を落とした。
「……すみません」
その様子を見て、ユーリが吹き出した。
「はははっ! お前、やっぱ教えるの苦手だろ!」
「そ、そんなことありませんよ!?」
イリスは慌てて否定した。
「少し、説明の仕方が独特なだけです!」
「自分で言うか、それ!」
ウォーロッドも思わず笑ってしまう。
「でも、すごく分かりやすい方法だと思いますよ」
「……ありがとうございます、ウォーロッドさん」
イリスは少し嬉しそうに微笑んだ。
「では、ウォーロッドさんも試してみましょうか」
「はい。お願いします」
ウォーロッドは穏やかに手を差し出した。
イリスが少量の魔力を流す。
「……ああ」
ウォーロッドは静かに目を閉じた。
「確かに……不思議な感覚ですね」
「分かりますか?」
「ええ。何というか……身体の中を、温かな風が通り抜けるような……」
「……!」
イリスの顔が明るくなった。
「そうです! そんな感じです!」
「……おい」
ユーリが呆れたように呟いた。
「結局、感覚で説明してんじゃねぇか」
「…………」
イリスは固まった。
そして。
「……で、ですが、伝わりましたよね?」
「まあな!」
ユーリが笑う。
プレヒトは小さく息をついた。
ウォーロッドも苦笑する。
診療所には、久しぶりに明るい笑い声が響いていた。
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第四幕 それぞれの成長
森の空き地。
「……うーん」
メイビスは、手のひらを見つめていた。
先ほどまでは、魔力を集める感覚をつかめていた。
しかし、もう一度試そうとすると、なかなかうまくいかない。
「……さっきはできたんですけど」
「そういうこともあるよ」
ゼレフは穏やかに答えた。
「魔力を扱うには、集中力だけでなく、感覚を安定させることも大切だからね」
「なるほど……」
メイビスは頷いた。
そして、ふと思いついたように顔を上げる。
「ゼレフさん!」
「何だい?」
「魔力を上手に扱えるようになれば、いろんな魔法を使えるようになるんですよね?」
「……そうだね。ただ、魔法によって必要な知識や技術は違うけれど」
「では、魔力の性質によって、得意な魔法も変わるんでしょうか?」
「……うん」
ゼレフは目を細めた。
「いい質問だね」
「本当ですか!?」
「ああ。魔導士によって適性は異なる。もちろん、適性だけですべてが決まるわけではないけれどね」
「なるほど……!」
メイビスは目を輝かせた。
「それなら、私の友達にも、それぞれ得意な魔法があるかもしれませんね!」
「……友達?」
「はい!」
メイビスは嬉しそうに頷いた。
「ユーリさんと、プレヒトさんと、ウォーロッドさんです!」
「……そうなんだ」
「みんな、魔法を使えるようになりたいって言っているんです!」
ゼレフは少し考えた。
「……君の大切な仲間なんだね」
「はい!」
メイビスは迷わず答えた。
「とっても大切な人たちです!」
「…………」
ゼレフは、その笑顔を静かに見つめた。
誰かを大切に思うこと。
その気持ちを、まっすぐ言葉にできること。
それが、少しだけ眩しく感じられた。
「……そうか」
青年は小さく微笑んだ。
「それなら、君が魔法を学びたい理由も、よく分かる気がするよ」
「えへへ……!」
メイビスは照れくさそうに笑った。
そして、再び手のひらを見つめる。
「……よしっ!」
「もう一度やってみるかい?」
「はい!」
メイビスは目を閉じた。
魔力を感じる。
流れを理解する。
そして、少しずつ手のひらへ集めていく。
今度は、焦らない。
無理に動かそうとしない。
ただ、その感覚を確かめる。
「…………」
しばらくして。
「……できました!」
メイビスが嬉しそうに声を上げた。
手のひらに集めた魔力の感覚が、先ほどよりも長く続いている。
「……うん」
ゼレフは微笑んだ。
「よくできたね、メイビス」
「ありがとうございます!」
少女の笑顔を見つめながら、ゼレフは思った。
この子は、きっと強くなる。
それも、自分が想像している以上に。
けれど。
(……その力が)
誰かを守るために使われることを。
心から願わずにはいられなかった。
――――――――――
一方、診療所では。
「……むむむむ」
ユーリが目を閉じ、眉間にしわを寄せていた。
「……おい」
プレヒトが声をかける。
「何だよ!」
「……顔に力を入れても、魔力は見つからないと思うぞ」
「分かってるよ!」
「……本当か?」
「うるせぇ!」
そんな二人のやり取りを見て、ウォーロッドが苦笑する。
「まあまあ。焦らずやりましょう」
「……そうですね」
イリスも頷いた。
「最初からできなくても大丈夫ですよ」
「……お前は最初からできたんだろ?」
ユーリが尋ねる。
「え?」
「魔力を感じるの」
「……そうですね」
イリスは少し考えた。
「気づいたときには、自然に扱えていました」
「……やっぱ天才じゃねぇか!」
「そ、そうでしょうか?」
「そうだろ!」
ユーリが笑う。
プレヒトは腕を組んだ。
「……しかし、今の方法は悪くない」
「本当ですか?」
「ああ。少なくとも、魔力がどんなものかは分かった」
「……!」
イリスの顔が明るくなった。
「それなら、よかったです!」
ウォーロッドも頷く。
「僕も、少しだけ感覚が分かった気がします」
「はい!」
イリスは嬉しそうに微笑んだ。
「その感覚を忘れないように、少しずつ練習していきましょう」
「おう!」
ユーリが元気よく返事をする。
ただし。
「……ユーリさん」
「ん?」
「今日は、ここまでにしましょうね」
「えっ!?」
「まだ怪我が治っていませんから」
「いや、もうちょっとくらい――」
「駄目です」
「……はい」
即答だった。
ユーリは、しょんぼりと肩を落とした。
その様子を見て、プレヒトとウォーロッドが笑う。
イリスも、思わず小さく笑ってしまった。
まだ、誰も魔法を使えるようになったわけではない。
けれど。
昨日まで分からなかったものが、今日は少しだけ分かる。
その小さな変化が、三人にとって確かな一歩になっていた。
――――――――――
終幕 小さな一歩を重ねて
夕暮れ。
マグノリアの街が、柔らかな橙色に染まり始めていた。
「ただいま戻りました!」
元気な声とともに、診療所の扉が開いた。
「おかえりなさい、メイビスさん」
イリスが笑顔で迎える。
その表情には、わずかな安堵が浮かんでいた。
「今日も、約束どおりですね」
「はい!」
メイビスは胸を張った。
「今日は、昨日よりも魔力を上手に扱えるようになったんですよ!」
「本当ですか?」
「はい!」
メイビスは嬉しそうに頷いた。
「まだ魔法は使えませんけど、魔力を手のひらに集める感覚が、少しずつ分かってきたんです!」
「それは、すごいですね!」
イリスは心から嬉しそうに微笑んだ。
「おめでとうございます、メイビスさん」
「ありがとうございます!」
そんな二人の会話に、ユーリが割り込んだ。
「へへっ! こっちだって負けてねぇぜ!」
「……え?」
メイビスが首を傾げる。
「ユーリさんたちも、何かあったんですか?」
「おう!」
ユーリは得意げに笑った。
「俺たちも、魔力ってやつを感じたんだ!」
「……!」
メイビスの目が輝いた。
「本当ですか!?」
「ああ! イリスに教えてもらってな!」
「すごいです!」
メイビスは嬉しそうに両手を合わせた。
「どうやって教えてもらったんですか?」
「……それがよ」
ユーリは少し困ったように笑った。
「こいつ、俺たちの手を握って、自分の魔力を流してきたんだよ」
「……えっ?」
メイビスが目を瞬かせた。
そして。
「……なるほど!」
ぱっと顔を輝かせた。
「外部から魔力を流すことで、魔力そのものの感覚を覚えてもらうんですね!」
「はい!」
イリスも嬉しそうに頷いた。
「そうなんです!」
「すごいです、イリスさん!」
「ありがとうございます!」
二人は笑顔で頷き合った。
「…………」
ユーリは、その様子を呆然と見つめた。
「……おい」
「何だ?」
プレヒトが尋ねる。
「……何でメイビスには一発で伝わるんだ?」
「……さあな」
プレヒトは小さく肩をすくめた。
ウォーロッドが苦笑する。
「やっぱり、二人ともすごいですね」
「……そういう問題か?」
ユーリがぼやいた。
メイビスは、そんなやり取りを聞いて楽しそうに笑った。
「ふふっ! でも、みんなで魔法を使えるようになれたら素敵ですね!」
「……そうですね」
イリスも微笑んだ。
「きっと、もっといろんなことができるようになりますよ」
「おう!」
ユーリが拳を握る。
「次にブルースカルの連中と会ったときは、絶対に負けねぇからな!」
「……まずは怪我を治してくださいね」
「分かってるって!」
イリスの言葉に、ユーリは少し気まずそうに笑った。
プレヒトが静かに口を開く。
「……しかし、魔力を感じるだけでは足りないな」
「そうですね」
ウォーロッドも頷いた。
「僕たちに合った魔法も、これから考えないといけません」
「……あっ!」
メイビスが顔を上げた。
「そういえば、今日ゼレフさんから聞いたんです!」
「……何をだ?」
プレヒトが尋ねる。
「魔導士によって、得意な魔法は違うことがあるそうなんです!」
「……なるほど」
プレヒトは興味深そうに頷いた。
「つまり、俺たちにもそれぞれ適性があるかもしれないわけか」
「はい!」
メイビスは嬉しそうに笑った。
「ゼレフさんは魔法についてとっても詳しいので、きっといろいろ教えてくださると思います!」
「……ふむ」
プレヒトは考え込んだ。
ウォーロッドも興味を示す。
「それは、一度お話を聞いてみたいですね」
「だよな!」
ユーリが頷いた。
「俺も、自分にどんな魔法が向いてるのか知りてぇ!」
そんな仲間たちの様子を、イリスは静かに見つめていた。
「…………」
ゼレフという青年。
魔法に関する膨大な知識。
そして、森に残されていた異質な魔力の痕跡。
気になることは、まだある。
けれど。
仲間たちが魔法を学びたいと願っていることも、よく分かっていた。
「……そうですね」
イリスは、ゆっくりと口を開いた。
「皆さんの怪我が落ち着いたら、一度その方について相談してみましょうか」
「……!」
メイビスの顔が明るくなった。
「本当ですか!?」
「はい。ただし、危険がないかは慎重に考える必要があります」
「もちろんです!」
メイビスは大きく頷いた。
イリスは微笑んだ。
まだ、何も決まったわけではない。
ゼレフという青年が、どのような人物なのか。
森の異変と関係があるのか。
そして、彼がなぜ自分のそばを危険だと言うのか。
分からないことは多い。
それでも。
仲間たちが新しい一歩を踏み出そうとしている。
その気持ちを、大切にしたかった。
窓の外では、夕日が街を照らしていた。
傷ついた仲間たち。
いまだマグノリアを支配するブルースカル。
そして、森で出会った不思議な魔導士。
彼らの前には、まだ多くの困難が待ち受けている。
けれど。
今日、メイビスは昨日よりも上手に魔力を扱えるようになった。
ユーリたちも、初めて魔力というものを感じ取った。
ほんの小さな進歩。
それでも、確かな前進だった。
イリスは、楽しそうに語り合う仲間たちを見つめた。
そして、自然と笑みを浮かべる。
(……皆さん、本当に前向きですね)
その姿を見ていると。
自分も、もう少し頑張ってみようと思えた。
いつか、この仲間たちと。
今よりも、もっと遠くへ。
そんな未来を、少しだけ楽しみにしながら。
イリスは、夕暮れの診療所で微笑んでいた。
――第13話 完――
【こそこそ妖精話】
メイビス「ゼーラ! 今日はイリスさんも魔法の先生になったんですよ!」
ゼーラ「へえ! ユーリたちに教えてあげたの?」
メイビス「はい! しかも、とっても面白い方法だったんです!」
ゼーラ「面白い方法?」
メイビス「魔力を感じ取れないなら、自分の魔力を直接流して感じてもらえばいいって!」
ゼーラ「…………」
メイビス「どうしました?」
ゼーラ「……ずいぶん力技ね」
メイビス「そうでしょうか? 実際に魔力を体験することで、感覚的な理解を促す合理的な指導方法だと思います!」
ゼーラ「……あんたも大概ね」
メイビス「えっ?」
ゼーラ「何でもないわ。それで、うまくいったの?」
メイビス「はい! ユーリさんたちも魔力を感じ取れたそうです!」
ゼーラ「へえ……本当に効果があったのね」
メイビス「もちろんです! イリスさんはすごいんですよ!」
ゼーラ「まあ、あの子がすごいのは知ってるけど……」
メイビス「それに、私も一度試してみたいんです!」
ゼーラ「……あんたはもう魔力を感じられるんでしょ?」
メイビス「はい! でも、異世界の魔力がどんな感覚なのか、とっても気になります!」
ゼーラ「…………」
メイビス「もしかしたら、私たちの世界の魔力との違いが分かるかもしれません!」
ゼーラ「……メイビス」
メイビス「はい?」
ゼーラ「魔法のことになると、あんたもイリスも本当に止まらないわね」
メイビス「えへへ! 褒め言葉として受け取っておきます!」
ゼーラ「褒めてないわよ!」
メイビス「それに、ゼレフさんの教え方もすごく分かりやすいんです!」
ゼーラ「……今度は森の先生の話?」
メイビス「はい! ゼレフさんは理論から丁寧に教えてくださって、イリスさんは実際に体験させてくださるんです!」
ゼーラ「……なるほどね」
メイビス「二人の教え方を組み合わせたら、きっとすごい魔法教室になりますよ!」
ゼーラ「…………」
メイビス「どうでしょう!?」
ゼーラ「……その前に、あんたたち三人をまとめられる人が必要そうね」
メイビス「えっ? どうしてですか?」
ゼーラ「……私が聞きたいわよ!」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。