妖精と聖剣使い   作:使い手なない

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第14話「それぞれの魔法への道」

 

第一幕 回復への兆し

 

 X686年――フィオーレ王国、マグノリア。

 

 あれから、数日が過ぎた。

 

 診療所の窓から差し込む陽光は穏やかで、開け放たれた窓からは、街を吹き抜ける風が入り込んでくる。

 

「……よし!」

 

 寝台の上で、ユーリが小さく拳を握った。

 

「今度こそ、いける気がする!」

 

「……昨日も同じことを言っていたな」

 

 隣の椅子に腰掛けたプレヒトが、読んでいた本から顔を上げる。

 

「うるせぇ! 昨日とは違うんだよ!」

 

「……何が違う?」

 

「気合いだ!」

 

「……そうか」

 

 プレヒトは、それ以上何も言わずに本へ視線を戻した。

 

「おい! もうちょっと興味持てよ!」

 

 そんな二人のやり取りを、ウォーロッドが苦笑しながら眺めている。

 

「でも、ユーリも随分元気になりましたね」

 

「だろ!?」

 

 ユーリは得意げに胸を張った。

 

「もう普通に動けると思うんだけどな!」

 

「駄目ですよ」

 

「……げっ」

 

 背後から聞こえた声に、ユーリの肩が跳ねた。

 

 振り返ると、そこには水差しと杯を持ったイリスが立っていた。

 

「ユーリさん。先生から、まだ安静にするよう言われていますよね?」

 

「いや、でもよ……」

 

「言われていますよね?」

 

「……はい」

 

 ユーリは素直に頷いた。

 

 イリスは満足そうに微笑む。

 

「よろしいです」

 

「……お前、時々すげぇ迫力あるよな」

 

「何か言いましたか?」

 

「何でもねぇ!」

 

 ウォーロッドが思わず吹き出した。

 

 プレヒトも、口元にわずかな笑みを浮かべる。

 

 数日前までは、ユーリがこうして大声を出すことさえ難しかった。

 

 それを思えば、この騒がしさも悪くない。

 

 イリスはユーリに水を渡すと、空いている椅子へ腰掛けた。

 

「さて。今日も少しだけ、魔力の練習をしましょうか」

 

「待ってました!」

 

 ユーリが勢いよく身を乗り出す。

 

「ただし、無理は禁物です」

 

「分かってるって!」

 

「……本当でしょうか」

 

「信用ねぇな!?」

 

 イリスは小さく笑った。

 

「それでは、まず自分の魔力を感じるところから始めましょう」

 

 三人は、それぞれ目を閉じた。

 

 数日前、イリスから直接流し込まれた魔力。

 

 あの不思議な感覚を思い出す。

 

 外から与えられた力ではなく、自分自身の内側にあるものを探す。

 

 それは、思っていた以上に難しいことだった。

 

「…………」

 

 ユーリは眉間にしわを寄せる。

 

 プレヒトは呼吸を整え、意識を集中させる。

 

 ウォーロッドは、ゆっくりと自分の身体の内側へ意識を向けていた。

 

 しばらくして。

 

「……あ」

 

 小さな声を上げたのは、ウォーロッドだった。

 

「どうしました?」

 

 イリスが尋ねる。

 

「今、ほんの少しだけ……」

 

 ウォーロッドは自分の胸元に手を当てた。

 

「前に感じたものと、似た感覚があった気がします」

 

「……!」

 

 イリスの表情が明るくなる。

 

「本当ですか?」

 

「はい。ただ、すぐに分からなくなってしまいました」

 

「それでも、大きな進歩ですよ!」

 

 イリスは嬉しそうに微笑んだ。

 

「今度は、外から流し込まれた魔力ではなく、ご自身の力を感じ取れたのかもしれません」

 

「……なるほど」

 

 プレヒトが興味深そうに顔を上げる。

 

「感覚を再現することが、最初の課題というわけか」

 

「はい。焦らず、少しずつ慣れていきましょう」

 

「……よし!」

 

 ユーリが再び目を閉じる。

 

「俺だって負けねぇぞ!」

 

「ユーリさん。力みすぎですよ」

 

「分かってる!」

 

 その返事を聞いて、イリスは苦笑した。

 

 魔法を覚えるまでの道のりは、まだ長い。

 

 けれど、三人は確かに前へ進んでいた。

 

――――――――――

 

第二幕 妖精の魔法修行

 

 一方、マグノリア郊外の森。

 

「……できました!」

 

 木々に囲まれた空き地に、メイビスの弾んだ声が響いた。

 

 彼女は片手を前に差し出し、嬉しそうにその手のひらを見つめている。

 

「……うん」

 

 少し離れた場所に立つゼレフが、穏やかに頷いた。

 

「今日は、ずいぶん安定しているね」

 

「はい!」

 

 メイビスは満面の笑みを浮かべた。

 

「昨日よりも、長く魔力を集められるようになりました!」

 

「そうだね。魔力の流れを意識することにも、慣れてきたみたいだ」

 

「えへへ……!」

 

 褒められたメイビスは、嬉しそうに頬を緩める。

 

 数日前まで、魔力というものを感じることさえできなかった。

 

 それが今では、自分の意思で少しずつ動かせるようになっている。

 

 まだ、魔法と呼べるものを発動したわけではない。

 

 けれど、その小さな成長が、メイビスにはたまらなく嬉しかった。

 

「ゼレフさん!」

 

「何だい?」

 

「次は、何をすればいいんでしょうか?」

 

「そうだね……」

 

 ゼレフは少し考えた。

 

「まずは、今の状態を安定して維持できるようになることかな」

 

「維持、ですか?」

 

「うん。魔力を集めることができても、すぐに集中が途切れてしまっては、魔法を使うのは難しいからね」

 

「なるほど……!」

 

 メイビスは真剣に頷いた。

 

「では、もう一度やってみます!」

 

 そう言って、再び目を閉じる。

 

 ゼレフは、その姿を静かに見守った。

 

(……本当に、飲み込みが早い)

 

 教えたことを理解するだけではない。

 

 自分なりに考え、試し、失敗から学んでいく。

 

 その姿勢は、魔法を学ぶ者として理想的だった。

 

 何より。

 

 彼女は、心から楽しんでいる。

 

「……ふふっ」

 

 不意に、メイビスが笑った。

 

「……どうしたんだい?」

 

「いえ!」

 

 メイビスは目を開けた。

 

「魔法って、本当に面白いなと思いまして!」

 

「……そうだね」

 

 ゼレフは小さく微笑んだ。

 

「知らないことを知るのは、楽しいものだから」

 

「はい!」

 

 メイビスは嬉しそうに頷く。

 

 そして、少しだけ表情を改めた。

 

「……あの、ゼレフさん」

 

「何だい?」

 

「一つ、お願いがあるんです」

 

「……お願い?」

 

 ゼレフは首を傾げた。

 

 メイビスは両手を胸の前で合わせる。

 

「以前お話しした、私の友達のことなんですけど……」

 

「……ああ」

 

 ゼレフは頷いた。

 

「魔法を覚えたいと言っていた、三人のことだね」

 

「はい!」

 

 メイビスの表情が明るくなる。

 

「実は、みんなも少しずつ魔力を感じられるようになってきたんです!」

 

「……そうなんだ」

 

「イリスさんが教えてくださっているんですよ!」

 

「……イリス?」

 

「はい! 私の大切な友達です!」

 

 メイビスは嬉しそうに説明した。

 

「イリスさんは魔法がとっても得意なんです。みんなに自分の魔力を少しだけ流して、どんな感覚なのか教えてくださったんですよ!」

 

「……へえ」

 

 ゼレフは興味深そうに目を細めた。

 

「外部から魔力を流して、感覚を覚えさせたのか」

 

「はい!」

 

「……なるほど。確かに、初心者に魔力の存在を理解させるには、分かりやすい方法かもしれないね」

 

「ですよね!」

 

 メイビスは嬉しそうに頷いた。

 

 そして、少し身を乗り出す。

 

「それで、お願いなんですけど……」

 

「……うん?」

 

「ゼレフさんに、みんなの魔法についても相談に乗っていただけませんか?」

 

「…………」

 

 ゼレフの表情が、わずかに変わった。

 

「……君の友達の?」

 

「はい!」

 

 メイビスは頷いた。

 

「みんな、自分にどんな魔法が向いているのか知りたがっているんです!」

 

「……そうか」

 

 ゼレフは静かに目を伏せた。

 

 魔法について相談に乗ること自体は、難しいことではない。

 

 適性を見極める方法も、基礎となる理論も知っている。

 

 けれど。

 

 問題は、そこではなかった。

 

「……メイビス」

 

「はい?」

 

「僕が、どうして君に距離を取るようお願いしているのか……覚えているかい?」

 

「……はい」

 

 メイビスは真剣な表情になった。

 

「ゼレフさんのそばには、危険があるかもしれないから、ですよね」

 

「……そうだよ」

 

 ゼレフは頷いた。

 

「君一人でも、僕は心配なんだ」

 

「…………」

 

「それなのに、さらに何人もの人を近づけるわけにはいかない」

 

 その声は、穏やかだった。

 

 けれど、はっきりとした拒絶があった。

 

 メイビスは、少しだけ目を伏せる。

 

「……そう、ですよね」

 

「……ごめんね」

 

 ゼレフは小さく微笑んだ。

 

「君たちの力になりたくないわけじゃないんだ」

 

「……はい」

 

 メイビスは頷いた。

 

 そして、少し考えてから顔を上げる。

 

「それなら……」

 

「……?」

 

「直接会わずに、教えていただくことはできませんか?」

 

「……え?」

 

 ゼレフが目を瞬かせた。

 

「私がみんなの質問を聞いて、ゼレフさんにお伝えするんです!」

 

「…………」

 

「それなら、みんなが危険な場所に来なくても済みますよね?」

 

 ゼレフは、少し驚いたように少女を見つめた。

 

 自分が危険だと言ったことを、彼女は軽く考えていない。

 

 そのうえで、別の方法を探そうとしている。

 

「……なるほど」

 

 ゼレフは小さく微笑んだ。

 

「それなら、できるかもしれないね」

 

「本当ですか!?」

 

「うん。ただ、実際に本人たちの魔力を見ないと分からないことも多いから、一般的な助言になってしまうけれど」

 

「それでも十分です!」

 

 メイビスは嬉しそうに笑った。

 

「ありがとうございます、ゼレフさん!」

 

「……どういたしまして」

 

 ゼレフも、穏やかに微笑んだ。

 

 けれど。

 

 その胸の奥には、複雑な思いが残っていた。

 

 誰かに魔法を教えること。

 

 誰かの役に立つこと。

 

 それは、思っていた以上に心地よい。

 

 だからこそ。

 

 自分が近づくことで、その誰かを傷つけてしまうかもしれないことが。

 

 恐ろしかった。

 

――――――――――

 

第三幕 聖剣使いの悩み

 

 昼過ぎ。

 

 診療所では、魔力の練習がひと段落していた。

 

「……くそっ」

 

 ユーリが寝台に倒れ込む。

 

「結局、今日もよく分かんなかったぜ……」

 

「……少なくとも、前よりは集中できていたんじゃないか?」

 

 プレヒトが静かに言った。

 

「そうか?」

 

「ああ。最初の頃は、ただ力んでいただけだったからな」

 

「……お前、褒めてんのか?」

 

「事実を言っただけだ」

 

「可愛くねぇ奴!」

 

 ユーリが笑う。

 

 ウォーロッドは、自分の手のひらを見つめていた。

 

「……でも、少しずつ分かってきた気がします」

 

「そうですね」

 

 イリスも頷く。

 

「魔力を感じることができれば、次はその力を動かす練習です」

 

「……その次は?」

 

 ユーリが尋ねる。

 

「魔法を発動するための練習ですね」

 

「おおっ!」

 

 ユーリの目が輝いた。

 

「いよいよ魔法か!」

 

「まだ先のお話ですよ?」

 

「分かってるって!」

 

 その返事に、イリスは少しだけ疑わしそうな視線を向けた。

 

 プレヒトが口を開く。

 

「……ところで、イリス」

 

「はい?」

 

「俺たちは、どんな魔法を覚えるべきだと思う?」

 

「……そうですね」

 

 イリスは少し考えた。

 

「魔法には、さまざまな種類があります。得意なものも、人によって違いますから……」

 

「……お前から見て、何か分からないか?」

 

「うーん……」

 

 イリスは三人を見渡した。

 

 ユーリは行動力があり、物怖じしない。

 

 プレヒトは冷静で、物事を深く考える。

 

 ウォーロッドは穏やかで、周囲をよく見ている。

 

 それぞれ、異なる長所を持っている。

 

 けれど。

 

 性格だけで、魔法の適性が決まるわけではない。

 

「……正直に申し上げると、今の段階では判断が難しいですね」

 

「……そうか」

 

 プレヒトが頷いた。

 

「……それに、私が使っている魔法は、皆さんの世界とは異なる場所で学んだものですから」

 

 イリスは少し考えてから、言葉を続けた。

 

「魔力の扱い方には共通する部分もあるようですが、魔法そのものを同じように習得できるかは、まだ分からないんです」

 

「……なるほどな」

 

 プレヒトが興味深そうに頷いた。

 

「だから、今は基礎を教えることに留めているわけか」

 

「はい。皆さんに合った方法を、きちんと見つけたいですから」

 

「……ふむ」

 

 プレヒトは考え込んだ。

 

「この世界の魔法について、詳しく調べる必要がありそうだな」

 

「そうですね」

 

 イリスは頷いた。

 

 そして、ふと思う。

 

(……ゼレフさん、ですか)

 

 メイビスの話によれば、彼は魔法について非常に詳しいらしい。

 

 魔法の適性についても、さまざまな知識を持っているという。

 

 もし、それが本当なら。

 

 自分には分からない、この世界の魔法について教えてもらえるかもしれない。

 

 しかし。

 

(……やはり、気になりますね)

 

 脳裏に浮かぶのは、あの森の光景だった。

 

 枯れた木々。

 

 生命を失った動物。

 

 異質な魔力の残滓。

 

 そして、自分のそばは危険だと警告したという青年。

 

 偶然なのか。

 

 それとも、何か関係があるのか。

 

 まだ、確証はない。

 

「……イリス?」

 

「……あっ」

 

 ユーリに呼ばれ、イリスは顔を上げた。

 

「どうした? 難しい顔して」

 

「……いえ」

 

 イリスは小さく微笑んだ。

 

「少し、考え事をしていただけです」

 

「……また心配事か?」

 

「…………」

 

 図星だった。

 

 ユーリが笑う。

 

「ははっ! 分かりやすいな、お前!」

 

「……ユーリさん」

 

 イリスは困ったように眉を下げた。

 

「心配するのも、私の仕事みたいなものですから」

 

「そんな仕事あんのかよ!」

 

「……今、できました」

 

「適当だな!?」

 

 ウォーロッドが吹き出した。

 

 プレヒトも、呆れたように息をつく。

 

 イリスは、そんな仲間たちを見つめて微笑んだ。

 

 この時間を守りたい。

 

 その気持ちだけは、間違いなかった。

 

---

 

第四幕 森の先生へのお願い

 

 午後の森。

 

 メイビスは、ゼレフから教わったことを小さな手帳に書き留めていた。

 

「……魔力の性質、操作の安定、魔法の種類……」

 

 ぶつぶつと呟きながら、丁寧に文字を書いていく。

 

 ゼレフは、少し離れた場所からその様子を眺めていた。

 

「……熱心だね」

 

「はい!」

 

 メイビスは顔を上げた。

 

「みんなにも、ちゃんと伝えたいですから!」

 

「……そうか」

 

 ゼレフは小さく微笑んだ。

 

 メイビスは手帳を閉じると、少し考え込む。

 

「……ゼレフさん」

 

「何だい?」

 

「やっぱり、魔法の適性を知るには、本人の魔力を調べる必要があるんですよね?」

 

「……そうだね」

 

 ゼレフは頷いた。

 

「もちろん、魔法には本人の興味や努力も関わってくる。けれど、実際の魔力の性質を知ることは、大きな手がかりになるよ」

 

「……なるほど」

 

 メイビスは真剣な表情で頷いた。

 

 そして。

 

「……いつか、みんなにも会っていただけたら嬉しいです」

 

「…………」

 

 ゼレフは、すぐには答えなかった。

 

 森を吹き抜ける風が、二人の間を通り過ぎる。

 

「……メイビス」

 

「はい」

 

「僕は……君たちに、危険な思いをしてほしくないんだ」

 

「……はい」

 

「だから、簡単に約束することはできない」

 

 その言葉には、確かな重みがあった。

 

 メイビスは、静かに頷いた。

 

「……分かっています」

 

 そして、柔らかく微笑む。

 

「でも、ゼレフさんがみんなのことを考えてくださっているのは、ちゃんと伝わっていますよ」

 

「…………」

 

 ゼレフは、わずかに目を見開いた。

 

「……僕が?」

 

「はい!」

 

 メイビスは迷わず答えた。

 

「だって、本当に危険なことを気にしていなかったら、そんなふうに悩まないと思いますから」

 

「…………」

 

 ゼレフは言葉を失った。

 

 少女の言葉は、あまりにもまっすぐだった。

 

 自分の抱えるものを、彼女は知らない。

 

 その恐ろしさも、まだ理解していない。

 

 けれど。

 

 自分の言葉を、信じようとしてくれている。

 

「……ありがとう」

 

 ゼレフは、小さく呟いた。

 

「……?」

 

「いや、何でもないよ」

 

 青年は穏やかに微笑んだ。

 

「君の友達のことは、もう少し考えさせてほしい」

 

「……!」

 

 メイビスの顔が明るくなった。

 

「はい!」

 

「ただし、今はまだ連れてこないでほしい」

 

「もちろんです!」

 

 メイビスは大きく頷いた。

 

「ちゃんと約束を守ります!」

 

「……うん」

 

 ゼレフも頷いた。

 

 それ以上、何かを約束したわけではない。

 

 けれど。

 

 誰かと会う可能性を、自分から完全に閉ざさなかった。

 

 そのことが、ゼレフ自身にも少し不思議だった。

 

――――――――――

 

終幕 次の一歩へ

 

 夕暮れ。

 

 マグノリアの街並みが、赤く染まり始めていた。

 

「ただいま戻りました!」

 

 診療所の扉が開き、メイビスの元気な声が響いた。

 

「おかえりなさい、メイビスさん」

 

 イリスが微笑む。

 

「今日も、時間どおりですね」

 

「はい!」

 

 メイビスは嬉しそうに頷いた。

 

「今日は、みんなにお話があるんです!」

 

「……おっ?」

 

 ユーリが身を乗り出す。

 

「何だ何だ?」

 

「ゼレフさんに、みんなの魔法のことを相談してきました!」

 

「……!」

 

 三人の表情が変わった。

 

「本当か!?」

 

「はい!」

 

 メイビスは鞄から手帳を取り出した。

 

「魔法の適性について、いろいろ教えていただいたんです!」

 

「……見せてもらってもいいか?」

 

 プレヒトが尋ねる。

 

「もちろんです!」

 

 メイビスは嬉しそうに手帳を差し出した。

 

 プレヒトはページをめくり、書かれた内容を読み始める。

 

「……なるほど」

 

 ウォーロッドも隣から覗き込む。

 

「魔法の種類って、本当にたくさんあるんですね」

 

「はい!」

 

 メイビスは頷いた。

 

「ただ、実際にどんな魔法が向いているかは、本人の魔力を調べないと分からないことも多いそうです」

 

「……ふむ」

 

 プレヒトは考え込んだ。

 

「やはり、一度会って話を聞いてみたいな」

 

「俺も!」

 

 ユーリが頷く。

 

「そのゼレフって奴、すげぇ詳しいんだろ?」

 

「はい!」

 

 メイビスは笑顔で答えた。

 

 けれど、すぐに少しだけ表情を改める。

 

「……ただ」

 

「……ん?」

 

「ゼレフさんは、まだみんなと会うことを心配しているんです」

 

「……心配?」

 

 ウォーロッドが首を傾げた。

 

「はい。自分のそばには危険があるかもしれないからって……」

 

「…………」

 

 イリスは静かに目を伏せた。

 

 やはり。

 

 その青年は、自分の周囲に何らかの危険があることを認識しているらしい。

 

「……でも!」

 

 メイビスが顔を上げる。

 

「もう少し考えてくださるそうです!」

 

「……そうか」

 

 プレヒトが頷いた。

 

「それなら、今は待つしかないな」

 

「だな!」

 

 ユーリも頷く。

 

「俺の怪我も、まだ治りきってねぇし」

 

「……ようやく分かってくださいましたか」

 

 イリスが小さく笑った。

 

「おい! 俺だって分かってるって!」

 

「ふふっ」

 

 メイビスも楽しそうに笑う。

 

 ウォーロッドが穏やかに口を開いた。

 

「それなら、僕たちは今できることを頑張りましょう」

 

「……そうだな」

 

 プレヒトが頷く。

 

「魔力の操作も、まだ満足にできないからな」

 

「おう!」

 

 ユーリは拳を握った。

 

「次に会うときまでには、少しくらい上達してやるぜ!」

 

「……ユーリさん」

 

「ん?」

 

「まずは、怪我を治しましょうね」

 

「……はい」

 

 即答だった。

 

 その様子に、診療所が笑い声に包まれる。

 

 イリスも、自然と笑みを浮かべた。

 

 仲間たちは、少しずつ前へ進んでいる。

 

 焦らず。

 

 無理をせず。

 

 それぞれの歩幅で。

 

 やがて、笑い声が落ち着いた頃。

 

 イリスは、メイビスの手帳へ視線を向けた。

 

「……メイビスさん」

 

「はい?」

 

「その手帳、私にも見せていただけますか?」

 

「もちろんです!」

 

 メイビスは嬉しそうに手帳を差し出した。

 

 イリスはページをめくる。

 

 魔力の性質。

 

 魔法の適性。

 

 術式の基礎。

 

 この世界の魔法について、丁寧にまとめられた内容が並んでいた。

 

(……なるほど)

 

 そこには、イリス自身が知る魔法の理論と共通する部分もあった。

 

 しかし、異なる考え方もある。

 

(……興味深いですね)

 

 イリスは静かに目を細めた。

 

 ゼレフという青年。

 

 彼がどのような人物なのか、まだ分からない。

 

 けれど。

 

 少なくとも、メイビスに教えている内容は、非常に理にかなっている。

 

「……すごいですね」

 

「ですよね!」

 

 メイビスが嬉しそうに笑った。

 

「ゼレフさんは、本当にいろんなことをご存じなんです!」

 

「……そのようですね」

 

 イリスは微笑んだ。

 

 そして、そっと手帳を閉じる。

 

「皆さん」

 

「……ん?」

 

 ユーリが顔を上げる。

 

「ゼレフさんが了承してくださって、皆さんの怪我も十分に回復したら……」

 

 イリスは、仲間たちを見渡した。

 

「そのときは、私も一緒にお会いしてみたいと思います」

 

「……!」

 

 メイビスの表情がぱっと明るくなった。

 

「本当ですか!?」

 

「はい」

 

 イリスは頷いた。

 

「私自身も、少しお話を伺ってみたくなりましたから」

 

「やったぁ!」

 

 メイビスが嬉しそうに両手を上げる。

 

 ユーリも笑った。

 

「よっしゃ! じゃあ、まずは怪我を治さねぇとな!」

 

「……ようやくその気になったか」

 

 プレヒトが呆れたように呟く。

 

「うるせぇ!」

 

 ウォーロッドが笑う。

 

 メイビスも笑う。

 

 イリスも、つられるように微笑んだ。

 

 けれど。

 

 その胸の奥には、まだ小さな不安が残っていた。

 

(……ゼレフさん)

 

 森の異変。

 

 異質な魔力の痕跡。

 

 そして、青年自身が語ったという危険。

 

 それらが、どのようにつながっているのか。

 

 今は、まだ分からない。

 

 だからこそ。

 

 いつか直接会って、確かめたい。

 

 イリスは窓の外へ視線を向けた。

 

 夕暮れの空の向こう。

 

 森のある方角へ。

 

 そこにいる、まだ見ぬ黒衣の魔導士を思い浮かべながら。

 

 静かに思う。

 

(……あなたは、一体どんな方なのでしょうか)

 

 その答えを知る日は、そう遠くないのかもしれない。

 

 ――第14話 完――

 




【こそこそ妖精話】

~心配性が二人になりました~

ゼーラ「ねえ、メイビス。今日もあの黒い服の人に会ってきたんでしょ?」

メイビス「うん! 今日もたくさん魔法について教えてもらったよ!」

ゼーラ「ふーん。それで、他のみんなにも魔法を教えてほしいってお願いしたんだっけ?」

メイビス「そうなの! でも、ゼレフさんはみんなが危険な目に遭うかもしれないって、心配していて……」

ゼーラ「まあ、知らない人を何人も呼ぶのは、簡単に決められないわよね」

メイビス「うん。だから、無理にお願いするつもりはないんだけど……」

ゼーラ「……どうしたの?」

メイビス「ゼレフさんって、イリスさんにちょっと似てるなって思って!」

ゼーラ「……どこが?」

メイビス「二人とも、誰かが危険な目に遭うことをすごく心配するところ!」

ゼーラ「……ああ、確かに」

メイビス「だから、二人が会ったらきっと仲良くなれると思うんだ!」

ゼーラ「……そうかしら?」

メイビス「うん! それに、ゼレフさんは魔法の理論に詳しくて、イリスさんは実際に魔法を使うのがとっても上手だから、二人で教えてくれたらすごいと思わない?」

ゼーラ「……それは確かに、すごそうね」

メイビス「でしょ!?」

ゼーラ「でも、ちょっと気になることがあるわ」

メイビス「なあに?」

ゼーラ「もし二人とも心配性だったら、あなたが何かするたびに二人から注意されるんじゃない?」

メイビス「…………」

ゼーラ「『メイビスさん、危ないですよ』ってイリスが言って……」

メイビス「…………」

ゼーラ「『メイビス、近づいちゃ駄目だよ』ってゼレフが言って……」

メイビス「…………!」

ゼーラ「……どうしたの?」

メイビス「……ゼーラ」

ゼーラ「何よ?」

メイビス「私、今までで一番難しい問題に気づいちゃったかもしれない……!」

ゼーラ「魔法より難しい問題って何よ!?」

メイビス「二人に心配されないようにする方法!」

ゼーラ「……それは、あなたが大人しくしてれば解決するんじゃない?」

メイビス「それができたら苦労しないよ!」

ゼーラ「自覚あったのね!?」



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。
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