妖精と聖剣使い   作:使い手なない

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第16話「ゼレフとの出会い」

 

第一幕 森の奥へ

 

 X686年――フィオーレ王国、マグノリア。

 

 朝の森には、柔らかな木漏れ日が降り注いでいた。

 

 枝葉の隙間から差し込む光が、足元の草花を照らしている。

 

「なあ、メイビス」

 

「はい?」

 

「そのゼレフって奴、そんなに魔法に詳しいのか?」

 

 森の小道を歩きながら、ユーリが尋ねた。

 

「はい!」

 

 メイビスは嬉しそうに頷く。

 

「ゼレフさんは、魔法について本当にたくさんのことを知っているんです! 私が質問すると、いつも分かりやすく教えてくれるんですよ!」

 

「へぇ! そいつは楽しみだな!」

 

「……お前は少し落ち着け」

 

 隣を歩くプレヒトが、呆れたように言った。

 

「何だよ。楽しみにしたっていいだろ?」

 

「そういうことではない。相手が提示した条件を忘れるなと言っている」

 

「分かってるって!」

 

 ユーリは肩をすくめた。

 

「近づきすぎないことと、帰れって言われたらすぐ帰ることだろ?」

 

「……覚えているならいい」

 

「お前、俺のこと何だと思ってんだよ!」

 

「……答えてほしいのか?」

 

「やっぱいい!」

 

 そんな二人のやり取りに、ウォーロッドが小さく笑った。

 

「でも、僕も少し緊張しています。魔法を教えていただけるのは嬉しいですけど、初めてお会いする方ですから」

 

「そうですね」

 

 イリスが頷いた。

 

「まずは、ご挨拶からですね」

 

 そう答えながら、イリスは森の奥へ視線を向けた。

 

 ゼレフ。

 

 メイビスが出会ったという、黒衣の魔導士。

 

 彼女の話を聞く限り、物腰が柔らかく、魔法に関する知識も豊富な人物らしい。

 

 しかし、イリスには一つ、気にかかっていることがあった。

 

 以前、この森で見つけた異変。

 

 枯れ果てた木々と、息絶えた小さな生き物たち。

 

 そして、そこに残されていた、異質な魔力の痕跡。

 

 あれが何だったのか、今も分かっていない。

 

(……考えすぎかもしれませんけど)

 

 イリスは小さく息を吐いた。

 

 まだ会ってもいない人物を、疑うべきではない。

 

 何より、メイビスは彼を信頼している。

 

「イリスさん?」

 

 不意に声をかけられ、顔を上げる。

 

「……はい?」

 

「どうかしましたか?」

 

 メイビスが、不思議そうに首を傾げていた。

 

「いえ。少し考え事をしていただけです」

 

「そうなんですか?」

 

「はい」

 

 イリスは微笑んだ。

 

「私も、ゼレフさんにお会いするのが楽しみですよ」

 

「……!」

 

 メイビスの表情が明るくなった。

 

「えへへ! きっと、イリスさんともお話が合うと思います!」

 

「そうだといいですね」

 

 少女の嬉しそうな笑顔に、イリスも自然と頬を緩めた。

 

 やがて、木々の間に開けた場所が見えてくる。

 

「あっ!」

 

 メイビスが声を上げた。

 

「ゼレフさん!」

 

 その先に、一人の青年が立っていた。

 

 黒い髪。

 

 黒い衣服。

 

 どこか儚げな雰囲気をまとった、穏やかな表情の青年。

 

 メイビスの声に気づいた彼は、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……メイビス」

 

 そして、その後ろにいる四人へ視線を向ける。

 

「みんな、来てくれたんだね」

 

「はい!」

 

 メイビスは嬉しそうに頷いた。

 

「約束も、ちゃんと伝えてあります!」

 

「……ありがとう」

 

 青年は、小さく微笑んだ。

 

 その瞬間。

 

(…………!)

 

 イリスは、わずかに息を呑んだ。

 

 金色の瞳に映る、青年の魔力。

 

 それは、今まで見てきたものとは明らかに違っていた。

 

 静かでありながら、底が見えない。

 

 膨大な魔力の奥に、何か異質なものが混ざり合っているように見える。

 

 そして、その感覚には覚えがあった。

 

(……あの森の……)

 

 枯れ果てた木々。

 

 息絶えた小さな生き物たち。

 

 そこに残っていた、奇妙な魔力の痕跡。

 

 目の前の青年から感じるものには、それと似た性質があった。

 

 けれど、同じものだと断言できるほど、単純ではない。

 

(……関係があるのでしょうか)

 

 イリスは表情を変えず、静かに青年を見つめた。

 

 その視線に気づいたのか。

 

「……?」

 

 ゼレフが、わずかに首を傾げた。

 

 二人の視線が交わる。

 

 ほんの一瞬。

 

 互いに、相手を観察するような沈黙が生まれた。

 

 しかし。

 

「それじゃあ、紹介しますね!」

 

 メイビスの明るい声が、その空気を和らげた。

 

「こちらが、ユーリさん!」

 

「おう! ユーリ・ドレアーだ! よろしくな!」

 

「プレヒトさん!」

 

「プレヒト・ゲイボルグだ。今日は世話になる」

 

「ウォーロッドさん!」

 

「ウォーロッド・シーケンです。よろしくお願いします」

 

「そして……」

 

 メイビスは、最後にイリスへ顔を向けた。

 

「イリスさんです!」

 

 イリスは一歩だけ前へ出て、丁寧に頭を下げた。

 

「初めまして。イリス・アストレアと申します」

 

「……ゼレフです」

 

 青年も、静かに頭を下げた。

 

「今日は、来てくれてありがとう」

 

「こちらこそ、お時間をいただきありがとうございます」

 

 イリスは微笑んだ。

 

「メイビスさんから、いろいろとお話を伺っています」

 

「……そうなんだ」

 

 ゼレフは、少し困ったように笑った。

 

「変なことを言っていなければいいんだけど」

 

「そんなことありません!」

 

 メイビスが勢いよく答えた。

 

「ゼレフさんがすごい魔導士だって、ちゃんと伝えました!」

 

「……メイビス」

 

 ゼレフは、ますます困ったような顔になった。

 

 その様子に、イリスは思わず小さく笑った。

 

 少なくとも、目の前の青年は、メイビスが語っていたとおりの穏やかな人物に見えた。

 

 だからこそ。

 

 その魔力に感じる違和感が、余計に気になった。

 

――――――――――

 

第二幕 魔法の適性

 

「それじゃあ、始めようか」

 

 ゼレフの言葉に、四人が顔を上げた。

 

 森の空き地には、木々の隙間から穏やかな日差しが差し込んでいる。

 

 ゼレフは、あらかじめ約束した距離を保ったまま、五人と向かい合っていた。

 

「メイビスから聞いたけど、みんな、自分の魔力を感じられるようになったんだね」

 

「おう!」

 

 ユーリが元気よく答えた。

 

「まだ完璧じゃねぇけどな!」

 

「それで十分だよ」

 

 ゼレフは微笑んだ。

 

「最初から、すべてを上手くできる人なんていないからね」

 

「……そういうものなのか?」

 

 プレヒトが尋ねる。

 

「うん。魔力を感じることと、魔法として形にすることは、少し違うんだ」

 

 ゼレフは、ゆっくりと説明を始めた。

 

「魔法には、いろいろな種類がある。自分の魔力を使って現象を起こすものもあれば、特定の物や性質に働きかけるものもある」

 

「……なるほど」

 

 プレヒトは真剣な表情で聞いていた。

 

「そして、どんな魔法が扱いやすいかは、人によって違う」

 

「……つまり、俺たちにも向き不向きがあるわけか」

 

「そういうことだね」

 

 ゼレフは頷いた。

 

「でも、最初から一つに決めつける必要はないよ。いろいろな可能性を試して、自分に合ったものを見つけていけばいい」

 

「……ふむ」

 

 プレヒトは考え込んだ。

 

 その隣で、ユーリが腕を組む。

 

「じゃあ、俺にはどんな魔法が合ってるんだ?」

 

「それを、これから一緒に探してみよう」

 

「おおっ!」

 

 ユーリの目が輝いた。

 

「面白そうじゃねぇか!」

 

「……お前は何でも楽しそうだな」

 

 プレヒトが呆れたように呟く。

 

「そりゃそうだろ! 魔法が使えるようになるんだぜ!」

 

「……まあ、それは否定しない」

 

 そのやり取りを見て、ゼレフは小さく微笑んだ。

 

「……仲がいいんだね」

 

「まあな!」

 

「……腐れ縁だ」

 

 ユーリとプレヒトが、ほとんど同時に答えた。

 

「……ふふ」

 

 イリスが思わず笑う。

 

「息がぴったりですね」

 

「どこがだよ!」

 

「……不本意だな」

 

 また笑い声が上がった。

 

 ゼレフは、その光景を静かに眺めていた。

 

 自分から距離を置くように頼んだにもかかわらず、彼らは自然に言葉を交わしている。

 

 それが、少しだけ不思議だった。

 

「……それじゃあ」

 

 ゼレフは、改めて四人へ視線を向けた。

 

「まずは、魔力をどんな形にしたいのか、考えてみようか」

 

「形……ですか?」

 

 ウォーロッドが尋ねた。

 

「うん。例えば、何かを動かしたいのか。何かを生み出したいのか。それとも、自然にあるものへ働きかけたいのか」

 

「……なるほど」

 

 ウォーロッドは、周囲の草木へ視線を向けた。

 

 プレヒトは、自分の手のひらを見つめる。

 

 ユーリは、少し考え込んでから拳を握った。

 

「俺は、やっぱ攻撃できる魔法がいいな!」

 

「……即答ですね」

 

 イリスが苦笑する。

 

「当たり前だろ!」

 

 ユーリは胸を張った。

 

「今度こそ、誰かを守れるようになりてぇからな!」

 

「…………」

 

 その言葉に、イリスは静かに目を細めた。

 

 ブルースカルとの戦い。

 

 メイビスを庇い、重傷を負ったユーリ。

 

 あのときの悔しさは、今も彼の中に残っているのだろう。

 

「……そうだね」

 

 ゼレフが、穏やかに頷いた。

 

「それなら、攻撃に使える魔法を試してみようか」

 

「おう!」

 

「ただし、無理はしないこと。まだ怪我も治りきっていないんだろう?」

 

「……うっ」

 

 ユーリが、気まずそうに目を逸らした。

 

「……何で分かったんだ?」

 

「メイビスから聞いているよ」

 

「……メイビス!」

 

「だって、本当のことですから!」

 

 メイビスは、にっこりと笑った。

 

「今日は無理しちゃ駄目ですよ?」

 

「……分かってるって」

 

 その様子に、ゼレフも微笑んだ。

 

 そして、イリスへ視線を向ける。

 

「……イリスさん」

 

「はい?」

 

「君は、みんなに魔力の扱い方を教えていたんだよね?」

 

「はい。ですが、私の説明は少し感覚的だったようで……」

 

「……感覚的?」

 

「ええ」

 

 イリスは、少し恥ずかしそうに微笑んだ。

 

「魔力を、すーっと動かすように……と説明したのですが」

 

「…………」

 

 ゼレフが、目を瞬かせた。

 

「……すーっと?」

 

「……はい」

 

 その隣で、メイビスが嬉しそうに口を開く。

 

「魔力を無理に押し出すんじゃなくて、身体の中にある流れを意識して、少しずつ方向を変えるという意味なんです!」

 

「……ああ」

 

 ゼレフは、納得したように頷いた。

 

「なるほど。そういうことなんだね」

 

「……はい」

 

 イリスは、少しだけ肩を落とした。

 

「……やはり、分かりにくいでしょうか」

 

「そんなことはないよ」

 

 ゼレフは、穏やかに答えた。

 

「魔法を感覚で理解できるのも、一つの才能だからね」

 

「……!」

 

 イリスが顔を上げる。

 

「ただ、その感覚を他の人に伝えるには、別の工夫が必要なのかもしれない」

 

「……そうですね」

 

 イリスは、素直に頷いた。

 

「私も、最近それを実感しています」

 

「えへへ!」

 

 メイビスが嬉しそうに笑う。

 

「だから、私が説明をお手伝いしているんです!」

 

「……そうなんだ」

 

 ゼレフは微笑んだ。

 

「それは、とてもいいことだね」

 

 イリスも、メイビスへ微笑みかけた。

 

「本当に、助かっています」

 

「こちらこそです!」

 

 二人のやり取りを見て、ゼレフは静かに頷いた。

 

 魔法の知識だけではなく、互いに教え合うこと。

 

 それもまた、成長するために大切なことなのだろう。

 

――――――――――

 

第三幕 雷と緑の芽吹き

 

「よーし!」

 

 ユーリが、勢いよく右手を突き出した。

 

「まずは俺からだ!」

 

「……ユーリ」

 

 プレヒトが、呆れたように言う。

 

「まだ説明の途中だろう」

 

「分かってるって! 気合い入れてるだけだ!」

 

「……その気合いが空回りしなければいいが」

 

「何だと!?」

 

「……ふふ」

 

 ゼレフが小さく笑った。

 

「それじゃあ、ユーリから試してみようか」

 

「おう!」

 

 ユーリは、改めて右手を前へ向けた。

 

「攻撃に使える魔法にも、いろいろな種類がある」

 

 ゼレフは説明する。

 

「炎や水、風や雷のように、自然の現象を魔力で生み出すものもあるんだ」

 

「……雷!」

 

 ユーリが顔を上げた。

 

「雷って、あの雷か!?」

 

「うん」

 

「へぇ……!」

 

 ユーリは、自分の手を見つめた。

 

「そいつは、すげぇな……!」

 

「興味がある?」

 

「あるに決まってんだろ!」

 

 即答だった。

 

 ゼレフは微笑んだ。

 

「それなら、少し試してみようか」

 

 彼は、雷の魔法を使うための基本的な考え方を説明した。

 

 魔力を手のひらへ集めること。

 

 集めた魔力を、雷という現象へ変化させること。

 

 ただし、最初から大きな雷を生み出そうとしないこと。

 

「……なるほどな!」

 

 ユーリは頷いた。

 

「つまり、魔力を集めて、バチッとさせればいいんだな!」

 

「……大雑把だな」

 

 プレヒトが呟く。

 

「……ですが」

 

 イリスは、少し感心したように頷いた。

 

「今の説明は、私にも分かりやすいです」

 

「……お前が言うと、妙に説得力があるな」

 

「……プレヒトさん?」

 

 イリスが、にっこりと微笑んだ。

 

「……何でもない」

 

 メイビスが、くすくすと笑った。

 

 ユーリは、目を閉じた。

 

 身体の奥にある魔力を感じる。

 

 以前なら、それだけでも苦労していた。

 

 けれど、今は違う。

 

 胸の奥から、腕へ。

 

 腕から、手のひらへ。

 

 ゆっくりと、魔力を動かしていく。

 

(……よし)

 

 手のひらに、何かが集まる感覚があった。

 

 その魔力を、雷へ変える。

 

(……バチッと……!)

 

 しかし。

 

「…………」

 

 何も起こらなかった。

 

「……あれ?」

 

 ユーリが目を開ける。

 

「……何も出ねぇぞ?」

 

「最初は、そんなものだよ」

 

 ゼレフは穏やかに答えた。

 

「魔力を集めることと、性質を変えることは別だからね」

 

「……なるほど」

 

 ユーリは、もう一度手を見つめた。

 

「……じゃあ、もう一回だ!」

 

 再び集中する。

 

 魔力を集める。

 

 雷を思い浮かべる。

 

 しかし、やはり何も起こらない。

 

「……ぐぬぬ……!」

 

「……ユーリさん」

 

 イリスが声をかけた。

 

「また、力が入りすぎていますよ?」

 

「……分かってる!」

 

「……本当に?」

 

「……多分!」

 

 その返事に、メイビスが笑った。

 

「ユーリさん!」

 

「……ん?」

 

「雷を生み出そうとすることばかり考えずに、まずは魔力を手のひらに集めることに集中してみませんか?」

 

「……集めること?」

 

「はい!」

 

 メイビスは頷いた。

 

「一つずつ、順番にやってみましょう!」

 

「……なるほどな」

 

 ユーリは、深く息を吸った。

 

 ゆっくりと吐く。

 

 身体の力を抜く。

 

 そして、もう一度。

 

 魔力を、手のひらへ。

 

「…………」

 

 その瞬間。

 

 パチッ。

 

「……!」

 

 小さな音が鳴った。

 

 ユーリの指先に、青白い火花が散る。

 

「……お?」

 

 ユーリが、目を丸くした。

 

「……今の……」

 

「……!」

 

 メイビスが、ぱっと顔を上げた。

 

「ユーリさん!」

 

 パチッ。

 

 もう一度、小さな火花が弾ける。

 

「……出た!」

 

 ユーリが叫んだ。

 

「出たぞ! 今、雷が出た!」

 

「おおっ!」

 

 ウォーロッドが嬉しそうに声を上げた。

 

「すごいです、ユーリ!」

 

「……本当に出たな」

 

 プレヒトも、驚いたように目を細める。

 

「やりましたね!」

 

 イリスが微笑んだ。

 

「初めての雷魔法です!」

 

「おう!」

 

 ユーリは、嬉しそうに笑った。

 

 しかし。

 

「よーし! もう一発――」

 

「ユーリさん」

 

「……はい」

 

 イリスの穏やかな声に、ユーリの動きが止まった。

 

「今日は、無理をしない約束でしたよね?」

 

「……おう」

 

「それに、初めての魔法です。焦らず、少しずつ慣れていきましょう」

 

「……分かったよ」

 

 ユーリは、少し残念そうに手を下ろした。

 

 それでも、その顔には隠しきれない笑みが浮かんでいた。

 

 自分の手から、雷が生まれた。

 

 それは、確かな第一歩だった。

 

 ***

 

「次は、僕ですね」

 

 ウォーロッドが、静かに手を上げた。

 

「うん」

 

 ゼレフは頷いた。

 

「ウォーロッドは、どんな魔法に興味がある?」

 

「……そうですね」

 

 ウォーロッドは、少し考えた。

 

 そして、足元に生える小さな草へ視線を向ける。

 

「僕は、植物が好きなんです」

 

「……植物?」

 

「はい」

 

 ウォーロッドは微笑んだ。

 

「木や草花を見ていると、何だか落ち着くんです。だから、もし植物に関係する魔法があるなら……」

 

「……なるほど」

 

 ゼレフは、穏やかに頷いた。

 

「それなら、植物に働きかける魔法を試してみようか」

 

「……!」

 

 ウォーロッドの表情が明るくなった。

 

「そんなこともできるんですか?」

 

「うん。ただし、植物そのものを生み出すことと、すでにある植物の成長を促すことは、少し違うんだ」

 

「……なるほど」

 

「今日は、まず後者を試してみよう」

 

 ゼレフは、足元の草を示した。

 

「植物にも、生命の流れがある。そこへ自分の魔力を穏やかに働きかけるんだ」

 

「……生命の流れ」

 

 ウォーロッドは、小さく呟いた。

 

「無理に変えようとするのではなく、植物が本来持っている力を、少しだけ助けるように」

 

「……はい」

 

 ウォーロッドは、草の前にしゃがみ込んだ。

 

 そして、そっと右手をかざす。

 

 目を閉じる。

 

 身体の奥にある魔力を感じる。

 

 それを、手のひらへ。

 

 ゆっくりと、流していく。

 

(……少しだけ)

 

 草の葉が、風に揺れた。

 

 しかし、それ以上の変化はない。

 

「……難しいですね」

 

 ウォーロッドが苦笑する。

 

「焦らなくていいよ」

 

 ゼレフは微笑んだ。

 

「今の魔力の流れは、とても穏やかだった。あとは、その魔力を植物へ働きかけることを意識してみよう」

 

「……はい」

 

 ウォーロッドは、もう一度目を閉じた。

 

 草を見つめる。

 

 その小さな葉。

 

 細い茎。

 

 地面に伸びる根。

 

 普段なら、何気なく見過ごしてしまうような、小さな命。

 

(……元気に、育ってください)

 

 そう願いながら、魔力を流した。

 

 すると。

 

「……あ」

 

 ウォーロッドが、小さく声を漏らした。

 

 草の葉が、ゆっくりと持ち上がる。

 

 茎が、ほんの少しだけ伸びた。

 

「……!」

 

 メイビスが、目を輝かせた。

 

「伸びました!」

 

「……本当ですね!」

 

 イリスも、嬉しそうに微笑んだ。

 

「ウォーロッドさん、成功ですよ!」

 

「……僕が……?」

 

 ウォーロッドは、目の前の草を見つめた。

 

 確かに、先ほどよりも少しだけ背が高くなっている。

 

「……できたんですね」

 

 その声には、驚きと喜びが混ざっていた。

 

「すげぇじゃねぇか!」

 

 ユーリが笑う。

 

「植物を育てられるなんて、便利そうだな!」

 

「……そうですね」

 

 ウォーロッドは、穏やかに微笑んだ。

 

「いつか、もっと大きな木も育てられるようになれたら、素敵ですね」

 

「……きっと、できますよ」

 

 イリスが言った。

 

「ウォーロッドさんなら、きっと」

 

「……ありがとうございます」

 

 ウォーロッドは、嬉しそうに頷いた。

 

 足元では、小さな草が風に揺れていた。

 

 ほんのわずかな成長。

 

 けれど、それは彼にとって、大きな一歩だった。

 

――――――――――

 

第四幕 魔力を形にする者

 

「……次は、俺か」

 

 プレヒトが、静かに立ち上がった。

 

「おう!」

 

 ユーリが笑う。

 

「お前も頑張れよ!」

 

「……言われるまでもない」

 

 プレヒトは、落ち着いた様子でゼレフへ向き直った。

 

「……一つ、聞きたいことがある」

 

「何かな?」

 

「魔力は、必ず何かの性質に変えなければ、魔法として使えないのか?」

 

「……いい質問だね」

 

 ゼレフは、少し感心したように頷いた。

 

「そんなことはないよ。魔力そのものを体外へ放出して、攻撃や防御に利用する方法もある」

 

「……なるほど」

 

 プレヒトの目が、わずかに鋭くなった。

 

「つまり、魔力の性質を変えるのではなく、形や動きを制御するわけか」

 

「そうだね」

 

「……興味深い」

 

 プレヒトは、自分の手を見つめた。

 

「俺は、まずそれを試してみたい」

 

「うん。いいと思うよ」

 

 ゼレフは頷いた。

 

「それなら、手のひらに魔力を集めて、身体の外へ少しだけ押し出してみよう」

 

「……分かった」

 

 プレヒトは、右手を前へ向けた。

 

 目を閉じる。

 

 身体の奥にある魔力を感じる。

 

 そして、その流れを手のひらへ集めていく。

 

(……ここまでは、できる)

 

 第15話までの練習で、魔力を動かす感覚は掴んでいた。

 

 問題は、その先。

 

 身体の外へ出した魔力を、どう維持するか。

 

(……無理に押し出すのではなく)

 

 プレヒトは、呼吸を整えた。

 

 魔力を、ゆっくりと手のひらへ。

 

 そして。

 

「…………」

 

 淡い光が、指先に浮かび上がった。

 

「……!」

 

 ウォーロッドが顔を上げる。

 

「光っています!」

 

「……まだだ」

 

 プレヒトは、静かに答えた。

 

 光は、形を保てずに揺らいでいる。

 

 次の瞬間。

 

 ふっと、消えた。

 

「……なるほど」

 

 プレヒトは、目を細めた。

 

「外へ出すことはできたが、維持できなかったか」

 

「そうだね」

 

 ゼレフが頷いた。

 

「体外へ放出した魔力を、一定の形に保つには、さらに細かな制御が必要になる」

 

「……細かな制御」

 

「うん。最初は、小さな球を作るつもりでやってみよう」

 

「……球か」

 

 プレヒトは、もう一度右手を持ち上げた。

 

 魔力を集める。

 

 体外へ放出する。

 

 そして、その魔力が散らばらないように意識する。

 

(……形を保て)

 

 淡い光が、再び浮かび上がる。

 

 今度は、先ほどよりも長く留まった。

 

 しかし、まだ不安定だ。

 

「……ふむ」

 

 プレヒトは、わずかに眉をひそめた。

 

「魔力の流れが、均等ではないのか……?」

 

「……プレヒトさん」

 

 イリスが声をかけた。

 

「はい?」

 

「少しだけ、魔力を集める量を減らしてみませんか?」

 

「……量を?」

 

「はい。今は、形を作ることに集中した方がいいと思います」

 

「……なるほど」

 

 プレヒトは頷いた。

 

「確かに、魔力が多ければ制御も難しくなるか」

 

「そうですね」

 

 イリスは微笑んだ。

 

「まずは、小さくても安定した形を目指しましょう」

 

「……分かった」

 

 プレヒトは、三度目の挑戦を始めた。

 

 魔力を集める。

 

 今度は、ほんの少しだけ。

 

 手のひらへ。

 

 そして、外へ。

 

 淡い光が浮かび上がった。

 

 小さく、頼りない光。

 

 しかし。

 

「…………」

 

 光は、消えなかった。

 

 ゆっくりと丸みを帯びていく。

 

 やがて、ビー玉ほどの小さな球となった。

 

「……!」

 

 メイビスが、嬉しそうに声を上げた。

 

「できました!」

 

「……ああ」

 

 プレヒトは、自分の手のひらを見つめた。

 

「……なるほど」

 

 その声には、確かな手応えがあった。

 

「魔力を、形にできるのか……」

 

「すげぇな!」

 

 ユーリが笑った。

 

「それ、飛ばせるのか!?」

 

「……試してみる」

 

 プレヒトは、少し離れた地面へ向けて手を伸ばした。

 

 魔力の球を、前へ。

 

 しかし。

 

 ぽふっ。

 

 球は、手のひらからわずかに離れたところで崩れ、淡い光となって消えた。

 

「…………」

 

 ユーリが、目を瞬かせた。

 

「……お?」

 

「……まだ、射出するには制御が足りないらしい」

 

 プレヒトは、冷静に分析した。

 

「でも、形は作れましたね!」

 

 ウォーロッドが微笑む。

 

「……ああ」

 

 プレヒトは頷いた。

 

「それだけでも、十分な成果だ」

 

「……そうだね」

 

 ゼレフも微笑んだ。

 

「今は、無理に飛ばそうとしなくていい。魔力を安定して形にできるようになれば、そこからいろいろな応用ができるはずだよ」

 

「……応用」

 

 プレヒトは、自分の手を見つめた。

 

 球。

 

 それは、魔力を形にしたもの。

 

 ならば。

 

(……形は、球だけとは限らないはずだ)

 

 細く伸ばすことも。

 

 複雑な形を作ることも。

 

 いつかは、できるようになるのかもしれない。

 

「……面白いな」

 

 プレヒトは、小さく呟いた。

 

 その表情には、普段の冷静さの奥に、確かな好奇心が浮かんでいた。

 

――――――――――

 

第五幕 妖精の幻影

 

「それじゃあ、最後はメイビスだね」

 

 ゼレフが言った。

 

「はい!」

 

 メイビスは、元気よく頷いた。

 

「私も、頑張ります!」

 

「……メイビスさん」

 

 イリスが微笑む。

 

「楽しみですね」

 

「はい!」

 

 メイビスは、嬉しそうに笑った。

 

 ゼレフは、少し考えてから口を開いた。

 

「メイビスには、以前から話していた魔法を試してもらおうと思う」

 

「……幻影魔法、ですね!」

 

「うん」

 

 その言葉に、ユーリが首を傾げた。

 

「幻影?」

 

「はい!」

 

 メイビスは頷いた。

 

「実際には存在しないものを、そこにあるように見せる魔法です!」

 

「……なるほど」

 

 プレヒトが腕を組んだ。

 

「相手の視覚を欺くことができるわけか」

 

「そうですね!」

 

 メイビスは、嬉しそうに答えた。

 

「使い方によっては、いろいろなことができると思うんです!」

 

「……確かに」

 

 イリスが頷いた。

 

「戦いでも、役に立ちそうですね」

 

「はい!」

 

 メイビスは、目を輝かせた。

 

「それに、戦い以外でも使えると思うんです!」

 

「……例えば?」

 

 ウォーロッドが尋ねる。

 

「遠くにある景色を再現したり、見たことのある動物を見せたり……!」

 

「……なるほど」

 

 ウォーロッドは、嬉しそうに微笑んだ。

 

「それは、素敵ですね」

 

 ゼレフも頷いた。

 

「幻影魔法は、想像力が大切になる魔法なんだ」

 

「……想像力」

 

「うん。どんなものを見せたいのか、どんな形をしているのか。それを、できるだけ明確に思い浮かべる必要がある」

 

「……はい!」

 

 メイビスは、真剣な表情で頷いた。

 

「今日は、まず小さな動物を作ってみようか」

 

「……動物!」

 

 メイビスの顔が明るくなった。

 

「それなら、私、やってみたいものがあります!」

 

「……何かな?」

 

「小鳥です!」

 

 メイビスは、嬉しそうに答えた。

 

「天狼島で、よく見かけた小鳥を思い出してみます!」

 

「……いいね」

 

 ゼレフは微笑んだ。

 

「それなら、その小鳥の姿を思い浮かべてみよう」

 

「はい!」

 

 メイビスは、目を閉じた。

 

 天狼島。

 

 緑豊かな森。

 

 木々の間を飛び交う、小さな鳥たち。

 

 その姿を、思い出す。

 

 羽の形。

 

 くちばし。

 

 小さな足。

 

 そして、軽やかに飛ぶ姿。

 

(……あの子みたいに)

 

 メイビスは、そっと両手を持ち上げた。

 

 魔力を集める。

 

 それを、思い描いた形へ。

 

 すると。

 

「……!」

 

 イリスの目が、わずかに見開かれた。

 

 メイビスの手のひらの上に、淡い光が集まっていく。

 

 光は、ゆっくりと形を変えた。

 

 小さな胴体。

 

 細い足。

 

 そして、二枚の翼。

 

「……おおっ!」

 

 ユーリが声を上げた。

 

「鳥だ!」

 

 メイビスの手のひらの上に、小さな小鳥が現れていた。

 

 柔らかな羽毛をまとった、愛らしい姿。

 

 まるで、本当にそこにいるかのようだった。

 

「……できました!」

 

 メイビスが、嬉しそうに声を上げる。

 

「すごいです!」

 

 ウォーロッドが目を輝かせた。

 

「本物みたいですね!」

 

「……見事だな」

 

 プレヒトも感心したように頷いた。

 

「……!」

 

 イリスは、静かに小鳥を見つめていた。

 

 金色の瞳には、その姿を形作る魔力の流れが映っている。

 

 実際の生命とは違う。

 

 けれど、確かに魔法として形を成していた。

 

「……綺麗ですね」

 

 イリスが微笑んだ。

 

「メイビスさん、とても上手ですよ」

 

「……えへへ!」

 

 メイビスは、嬉しそうに笑った。

 

「ありがとうございます!」

 

 そのとき。

 

 小鳥が、ぱたぱたと翼を動かした。

 

「……あっ!」

 

 メイビスが目を丸くする。

 

 小鳥は、ふわりと宙へ浮かび上がった。

 

「……飛んだ!」

 

 ユーリが叫んだ。

 

 小鳥は、メイビスの周囲を小さく一周する。

 

 しかし。

 

「あっ……!」

 

 次の瞬間、姿が揺らいだ。

 

 小鳥は淡い光となって消えてしまった。

 

「……あれ?」

 

 メイビスが、少し残念そうに呟いた。

 

「……消えちゃいました」

 

「初めてなら、十分だよ」

 

 ゼレフが微笑んだ。

 

「姿を作るだけでなく、動かすことまでできたんだから」

 

「……本当ですか?」

 

「うん」

 

 ゼレフは頷いた。

 

「メイビスには、幻影魔法の才能があると思う」

 

「……!」

 

 メイビスの顔が、ぱっと明るくなった。

 

「ありがとうございます!」

 

「すげぇじゃねぇか!」

 

 ユーリが笑う。

 

「今度は、もっとでっけぇ鳥も作れるんじゃねぇか?」

 

「……ふふ」

 

 メイビスは、楽しそうに笑った。

 

「それも、面白そうですね!」

 

「……ただし」

 

 プレヒトが、静かに口を開く。

 

「大きくすれば、その分だけ魔力の制御も難しくなるだろう」

 

「……そうですね!」

 

 メイビスは頷いた。

 

「だから、まずは小さな動物から練習してみます!」

 

「……いいと思います」

 

 イリスが微笑んだ。

 

「少しずつ、できることを増やしていきましょう」

 

「はい!」

 

 メイビスは、力強く頷いた。

 

 その顔には、これまで以上に明るい笑顔が浮かんでいた。

 

――――――――――

 

第六幕 二人の魔導士

 

 四人の練習が一段落した頃。

 

 森の空き地には、穏やかな風が吹いていた。

 

「……いやぁ、すげぇな!」

 

 ユーリが、自分の右手を見つめながら笑った。

 

「まさか、本当に雷が出るとは思わなかったぜ!」

 

「……まだ、火花程度だがな」

 

 プレヒトが言う。

 

「分かってるって!」

 

 ユーリは笑った。

 

「でもよ、最初はそれで十分だろ?」

 

「……まあな」

 

 プレヒトも、小さく頷いた。

 

 その隣では、ウォーロッドが足元の草を見つめていた。

 

「僕も、もっと練習したいですね」

 

「そうですね!」

 

 メイビスが嬉しそうに頷く。

 

「私も、次はもう少し長く小鳥を飛ばせるようになりたいです!」

 

 四人の楽しそうな声を聞きながら、イリスは微笑んでいた。

 

 ほんの数日前まで、魔力を感じることさえ難しかった仲間たち。

 

 その四人が、今は自分の魔法を使い始めている。

 

 まだ小さな力。

 

 けれど、その成長は確かなものだった。

 

「……イリスさん」

 

 不意に声をかけられ、顔を上げる。

 

 少し離れた場所に立つゼレフが、こちらを見ていた。

 

「……はい?」

 

「少し、聞いてもいいかな?」

 

「もちろんです」

 

 イリスは頷いた。

 

「君の魔法についてなんだけど……」

 

「……私の魔法、ですか?」

 

「うん」

 

 ゼレフは、興味深そうに続けた。

 

「メイビスから、君が少し変わった魔法を使うと聞いたんだ」

 

「……なるほど」

 

 イリスは、少し考えた。

 

「確かに、私の魔法は、この世界では珍しいものかもしれません」

 

「……この世界?」

 

 ゼレフが、わずかに目を見開いた。

 

「……あ」

 

 イリスは、小さく瞬いた。

 

 そして、困ったように微笑む。

 

「……そういえば、まだお話ししていませんでしたね」

 

「……?」

 

「私は、この世界の出身ではないんです」

 

「…………」

 

 ゼレフは、しばらく黙っていた。

 

 そして。

 

「……別の世界から?」

 

「はい」

 

 イリスは頷いた。

 

「私がいた世界にも、魔法がありました。ですが、こちらの世界の魔法とは、仕組みが違う部分もあるかもしれません」

 

「……なるほど」

 

 ゼレフは、静かに考え込んだ。

 

「……興味深いね」

 

「そうでしょうか?」

 

「うん」

 

 ゼレフは頷いた。

 

「魔法というものは、まだ分かっていないことが多い。もし別の世界にも魔法が存在するなら、その仕組みを比較することで、新しい発見があるかもしれない」

 

「……確かに」

 

 イリスも、感心したように頷いた。

 

「私も、こちらの世界の魔法について、まだ知らないことばかりですから」

 

「……そうなんだ」

 

「はい」

 

 イリスは微笑んだ。

 

「だから、今日のお話は、私にとっても勉強になりました」

 

「……それなら、良かった」

 

 ゼレフは、小さく微笑んだ。

 

 その表情は、穏やかだった。

 

 けれど。

 

 イリスの金色の瞳には、今も彼の異質な魔力が映っている。

 

 底知れない魔力。

 

 その奥に混ざる、奇妙な気配。

 

(……やはり、気になりますね)

 

 以前、森で見つけた痕跡。

 

 あれと、まったく無関係とは思えない。

 

 しかし、目の前の青年は、仲間たちに丁寧に魔法を教えてくれた。

 

 危険な人物だと、簡単に決めつけることはできない。

 

「……イリスさん?」

 

 ゼレフが、静かに尋ねた。

 

「……はい?」

 

「何か、気になることでもあるのかな?」

 

「…………」

 

 イリスは、一瞬だけ迷った。

 

 けれど。

 

「……少しだけ」

 

 そう答えた。

 

「あなたの魔力は、私がこれまで見てきたものとは、少し違うように感じます」

 

「…………」

 

 ゼレフの表情が、わずかに変わった。

 

「……僕の魔力が?」

 

「はい」

 

 イリスは、静かに頷いた。

 

「ただ、私自身も、まだ理解できていないことが多いので……」

 

 そこで、言葉を区切る。

 

「今は、それ以上のことは分かりません」

 

「……そうなんだ」

 

 ゼレフは、静かに目を伏せた。

 

 自分の魔力について、何かを感じ取ったのだろうか。

 

 彼女の言葉には、単なる好奇心とは違うものがあった。

 

 しかし、イリスはそれ以上追及しなかった。

 

「……今日は、ありがとうございました」

 

 イリスが、丁寧に頭を下げる。

 

「皆さんにとって、とても貴重な経験になったと思います」

 

「……うん」

 

 ゼレフも、静かに微笑んだ。

 

「僕も、みんなと話せて良かったよ」

 

 そして、少しだけ寂しそうに続けた。

 

「……ただ、今日はここまでにしておこうか」

 

「……分かりました」

 

 イリスは頷いた。

 

 それは、最初に交わした約束でもあった。

 

 無理に引き留める理由はない。

 

――――――――――

 

終幕 小さな魔法、大きな一歩

 

「ゼレフさん!」

 

 メイビスが、元気よく声を上げた。

 

「今日は、本当にありがとうございました!」

 

「……うん」

 

 ゼレフは微笑んだ。

 

「みんな、よく頑張ったね」

 

「おう!」

 

 ユーリが笑った。

 

「ありがとな! おかげで雷が使えるようになったぜ!」

 

「……まだ火花程度だがな」

 

 プレヒトが、すかさず付け加える。

 

「うるせぇ!」

 

「……事実だろう」

 

「まあまあ」

 

 ウォーロッドが苦笑する。

 

「でも、僕たち全員、ちゃんと魔法を使えましたから」

 

「……そうだな」

 

 プレヒトも、静かに頷いた。

 

「礼を言う。今日の話は、非常に参考になった」

 

「僕も、ありがとうございました」

 

 ウォーロッドが頭を下げる。

 

「……こちらこそ」

 

 ゼレフは、小さく微笑んだ。

 

「みんなが、自分の魔法を見つける手助けができたなら、嬉しいよ」

 

「……ゼレフさん」

 

 メイビスが、少しだけ名残惜しそうに口を開く。

 

「また、魔法について教えてもらってもいいですか?」

 

「……うん」

 

 ゼレフは頷いた。

 

「メイビスなら、また来てもいいよ」

 

「……!」

 

 メイビスの顔が明るくなった。

 

「ありがとうございます!」

 

「ただし、約束は忘れないでね」

 

「はい!」

 

 メイビスは、力強く頷いた。

 

 ゼレフは、そんな少女へ穏やかな笑みを向けた。

 

 そして、四人へ視線を移す。

 

「……みんなも、気をつけて帰ってね」

 

「おう!」

 

「ありがとう」

 

「ありがとうございました」

 

「失礼します」

 

 それぞれが挨拶を交わす。

 

 そして、五人は森の小道へと歩き始めた。

 

 ゼレフは、その後ろ姿を静かに見送っていた。

 

 木々の間に、五人の姿が消えていく。

 

「…………」

 

 彼は、ゆっくりと目を伏せた。

 

 久しぶりに、誰かと長く話した気がする。

 

 魔法について語り合い、笑い声を聞く。

 

 そんな時間が、自分にも訪れるとは思っていなかった。

 

 けれど。

 

 彼らが無事に帰っていく姿を見て、ようやく胸の奥の緊張が少しだけ和らいだ。

 

 今日、何も起こらなかったのは幸運だった。

 

 次も同じとは限らない。

 

「……メイビス」

 

 ゼレフは、小さく呟いた。

 

 あの少女の笑顔が、脳裏に浮かぶ。

 

 どうか、彼女たちが無事でありますように。

 

 そう願わずにはいられなかった。

 

 ***

 

「いやぁー! 今日はすげぇ一日だったな!」

 

 森を抜ける道で、ユーリが大きく伸びをした。

 

「お前、そればかり言っているな」

 

 プレヒトが呆れたように言う。

 

「だってよ! 魔法だぜ、魔法!」

 

 ユーリは、嬉しそうに自分の右手を見つめた。

 

「今まで、魔力を感じるだけで精一杯だったのによ!」

 

「……確かに」

 

 プレヒトも、自分の手のひらへ視線を落とした。

 

「まだ不安定だが、魔力を形にすることができた」

 

「僕もです」

 

 ウォーロッドが微笑む。

 

「小さな草でしたけど、成長させることができました」

 

「えへへ!」

 

 メイビスが、嬉しそうに笑った。

 

「私も、また小鳥を作ってみたいです!」

 

「……ふふ」

 

 イリスは、四人を見つめて微笑んだ。

 

「皆さん、本当に頑張りましたね」

 

「おう!」

 

 ユーリが胸を張った。

 

「これから、もっと強くなってやるぜ!」

 

「……焦らず、ですよ?」

 

「分かってるって!」

 

「……本当に?」

 

「……多分!」

 

 その返事に、笑い声が上がった。

 

 イリスも、楽しそうに笑う。

 

 ほんの数日前まで、魔力を感じることさえ難しかった四人。

 

 その四人が、今は自分の魔法を使い始めている。

 

 まだ小さな力。

 

 まだ頼りない魔法。

 

 けれど。

 

 それぞれの手には、確かな可能性が宿っていた。

 

 イリスは、ふと森の奥へ視線を向けた。

 

 黒衣の魔導士。

 

 ゼレフ。

 

 穏やかな人柄と、底知れない魔力。

 

 その二つが、どうしても結びつかない。

 

(……いつか、分かるのでしょうか)

 

 あの森の異変と、彼の魔力の関係。

 

 今は、まだ答えがない。

 

 けれど、無理に答えを求めるつもりもなかった。

 

「イリスさん!」

 

 メイビスが、振り返る。

 

「早く行きましょう!」

 

「……はい!」

 

 イリスは微笑んだ。

 

 そして、仲間たちの後を追う。

 

 木々の隙間から、午後の光が差し込んでいた。

 

 新しい魔法。

 

 新しい可能性。

 

 そして、少しずつ深まっていく仲間たちの絆。

 

 彼らの歩む道は、まだ始まったばかりだった。

 

 ――第16話 完――

 




【こそこそ妖精話】

ゼーラ「ねえ、メイビス。今日、魔法が使えるようになったんでしょ?」

メイビス「うん! ゼレフさんに教えてもらって、小鳥の幻影を作れたんだよ!」

ゼーラ「へぇ~! あんた、やるじゃない!」

メイビス「えへへ! ありがとう、ゼーラ!」

ゼーラ「それで? その小鳥、今も作れるの?」

メイビス「うーん……まだ練習が必要だけど、やってみる!」

ゼーラ「ふふん。じゃあ、見せてみなさいよ!」

メイビス「よーし……!」

(メイビスが両手をかざす)

メイビス「……えいっ!」

(ぽんっ!)

ゼーラ「……あら?」

メイビス「あっ! できた!」

(小さな小鳥の幻影が現れる)

ゼーラ「……へぇ。本当に鳥じゃない」

メイビス「えへへ! 今度は、もっと長く飛ばせるようになりたいな!」

ゼーラ「それなら、次は私に似た鳥でも作ってみたら?」

メイビス「ゼーラに似た鳥?」

ゼーラ「そうよ! 可愛くて、賢くて、ちょっと気品のある鳥!」

メイビス「……うーん」

ゼーラ「ちょっと! 何でそこで悩むのよ!」

メイビス「だって、ゼーラに似た鳥って……」

ゼーラ「……って?」

メイビス「おしゃべりな鳥さんかなって!」

ゼーラ「誰がおしゃべりよっ!?」

メイビス「あはははっ!」

(小鳥の幻影が、ぱたぱたと羽ばたく)

小鳥「ピーチク! ピーチク!」

ゼーラ「ちょっとメイビス! その鳥、私の真似してない!?」

メイビス「えへへ! 気のせいだよ!」

ゼーラ「絶対わざとでしょーっ!」



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。
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