第一幕 それぞれの成長
ゼレフと出会い、初めて魔法を使えるようになってから、数日が経った。
マグノリアの街から少し離れた森の一角。
木々の間から差し込む朝の光が、柔らかく地面を照らしている。
「……よし。今度こそ!」
ユーリが、一本の木に向かって右手を突き出した。
その指先に、青白い光が集まる。
ぱちぱちと小さな音を立てながら、雷が生まれた。
「いっけぇ!」
次の瞬間。
雷が、勢いよく放たれる。
しかし。
ばちんっ!
狙っていた木の幹から大きく外れ、少し離れた地面に落ちた。
「……くそっ! また外した!」
「さっきよりは近かったですよ」
イリスが、穏やかに声をかける。
「本当か?」
「はい。魔力の流れも、前より安定しています」
「よっしゃ! じゃあ、もう一回だ!」
「ユーリさん。焦らずにお願いしますね」
「分かってるって!」
そう答えるユーリの表情は、まったく焦っていない人のものではなかった。
その様子を見て、メイビスが小さく笑う。
「ユーリは、もう少し狙いを定めてから撃った方がいいと思います」
「狙ってるぞ?」
「撃つ直前に腕が動いています」
「……そうなのか?」
「はい」
即答され、ユーリは少しだけ肩を落とした。
その隣では、プレヒトが手のひらに魔力を集めていた。
淡い光が集まり、小さな球体を形作っていく。
以前は維持するだけでも苦労していた魔力球。
しかし今では、その形がほとんど揺らいでいない。
「……これなら」
プレヒトは、少し離れた木の幹へ手を向けた。
魔力球が、手のひらから離れる。
ひゅんっ!
光の球が真っ直ぐに飛び、木の幹へとぶつかった。
乾いた音が響く。
「おおっ!」
ユーリが声を上げた。
「やるじゃねぇか、プレヒト!」
「……まだ威力は弱い」
プレヒトは、静かに答えた。
「それに、魔力の消費も大きい。何度も使うには、もっと効率を上げる必要があるな」
「それでも、すごい進歩ですよ」
イリスが微笑む。
「魔力を集めるだけでなく、形を維持したまま飛ばせるようになりましたから」
「……ああ」
プレヒトは、自分の手のひらを見つめた。
その表情には、わずかな満足感が浮かんでいた。
一方、ウォーロッドは地面に膝をつき、一本の若い蔓へ手を伸ばしていた。
「……ゆっくり、ゆっくり……」
その声に応えるように、蔓が少しずつ伸びていく。
やがて、近くの木の根元へと絡みついた。
「……できました!」
ウォーロッドが、嬉しそうに顔を上げる。
「おお! すげぇな!」
「前は草を少し伸ばすだけでしたけど、今日は向きも変えられました!」
「ええ。とても上手です」
イリスは、蔓に残る魔力の流れを見つめた。
ウォーロッドの魔力は、植物の成長に合わせるように、穏やかに広がっている。
「魔力を一度に流し込むよりも、植物の成長に合わせて少しずつ送る方が安定しているみたいですね」
「なるほど……!」
ウォーロッドは、感心したように頷いた。
「植物に合わせる、ですか」
「はい。無理に引っ張るのではなく、自然に伸びていくのを手伝うような感覚でしょうか」
「……イリスさんらしい説明ですね」
メイビスが、くすりと笑った。
「え?」
「いえ。とても分かりやすいと思います」
「……本当ですか?」
「ウォーロッドには、特に」
その言葉に、ウォーロッドは嬉しそうに頷いた。
「はい! なんとなく、分かる気がします!」
「よかったです」
イリスは、ほっとしたように微笑んだ。
そして。
「では、私も!」
メイビスが、両手を胸の前に重ねた。
淡い光が、彼女の周囲に集まっていく。
やがて、空中に二羽の小鳥が現れた。
一羽は青く、もう一羽は白い。
二羽の小鳥は、メイビスの頭上をくるくると飛び回った。
「おおっ!」
ユーリが、目を輝かせる。
「二羽になってるじゃねぇか!」
「はい!」
メイビスは、得意げに胸を張った。
「前よりも、長く維持できるようになったんです!」
その言葉どおり、小鳥たちはすぐには消えなかった。
羽ばたきながら、木々の間を飛んでいく。
さらにメイビスが指を動かすと、青い小鳥の姿が変化した。
小さな兎が、地面に現れる。
「おおー!」
ウォーロッドが、感嘆の声を上げた。
「すごいですね、メイビス!」
「ふふっ。ありがとうございます!」
しかし。
白い小鳥を飛ばしながら、兎を跳ねさせようとした瞬間。
ぽんっ。
二つの幻影が、同時に消えてしまった。
「あっ……」
メイビスは、少し残念そうに肩を落とした。
「……まだ、同時に動かすのは難しいですね」
「それでも十分すごいですよ」
イリスが声をかける。
「幻影を二つ維持できるようになっただけでも、大きな成長です」
「そうでしょうか?」
「はい」
イリスは、金色の瞳でメイビスの魔力を見つめた。
「以前よりも、魔力の流れがずっと滑らかになっています」
「……なるほど」
メイビスは、考え込むように顎へ指を当てた。
「ということは、魔力を分けるだけではなく、それぞれに安定した流れを作る必要があるんですね」
「そうですね。こう……すーっと流して、ふわっと広げるような……」
「……すーっと、ふわっと」
「……はい」
イリスは、少しだけ気まずそうに笑った。
すると、メイビスが楽しそうに頷く。
「分かりました! 魔力を急激に分散させず、一定の流れを維持しながら、それぞれの幻影に配分するんですね!」
「……そう、それです!」
イリスが、ぱっと表情を明るくした。
「メイビスさん、ありがとうございます!」
「いえいえ!」
そのやり取りを見ていたユーリが、呆れたように呟く。
「……結局、どっちが先生なんだ?」
「二人とも、じゃないかな?」
ウォーロッドが笑う。
プレヒトも、わずかに口元を緩めた。
穏やかな朝の森に、五人の笑い声が響いた。
――――――――――
第二幕 形を変える魔力
しばらくして。
ユーリが雷の命中精度を高める練習を続ける中、プレヒトは一人、魔力球を見つめていた。
「……ふむ」
「どうかしましたか?」
イリスが、隣へ歩み寄る。
「少し、考えていた」
プレヒトは、手のひらに浮かぶ魔力球へ視線を落とした。
「魔力を球体にすることは、ある程度できるようになった」
「はい」
「だが、形を変えることはできないのだろうか?」
「形を、ですか?」
「ああ」
プレヒトは、ゆっくりと頷いた。
「例えば、細長く伸ばす。あるいは、別の形に変える」
その言葉に、イリスは少し考え込んだ。
「……できると思いますよ」
「本当か?」
「はい。魔力は、必ずしも球体である必要はありませんから」
「……なるほど」
プレヒトの目が、わずかに鋭くなる。
「ならば、試してみよう」
彼は、手のひらの魔力球へ意識を集中させた。
淡い光が、ゆっくりと揺れる。
球体の一部が、わずかに伸び始めた。
「……っ」
しかし。
次の瞬間、形が崩れた。
魔力が霧のように散り、空気へ溶けていく。
「……失敗か」
「少し、魔力が偏っていましたね」
イリスが言った。
「偏る?」
「はい。伸ばそうとした部分に、魔力が一気に集まっていました」
「……ふむ」
プレヒトは、再び魔力球を作った。
今度は、先ほどよりも慎重に魔力を動かす。
「……こうか?」
「もう少し、ゆっくり……」
「ゆっくり?」
「はい。こう……すーっと……」
「……すーっと?」
プレヒトの眉が、わずかに動いた。
その様子を見ていたメイビスが、すかさず口を挟む。
「魔力を一部分へ集中させるのではなく、全体の密度を保ったまま、少しずつ形を変えるということですね!」
「……なるほど」
プレヒトが頷いた。
「それなら、理解できる」
「……助かります、メイビスさん」
イリスが、小さく呟いた。
「ふふっ」
メイビスは、楽しそうに笑った。
プレヒトは、再び魔力へ意識を向ける。
今度は、球体がゆっくりと伸び始めた。
細く。
長く。
やがて、手のひらほどの長さを持つ、光の棒のような形になった。
「……できた!」
ウォーロッドが、声を上げた。
「おおっ!」
ユーリも、練習を中断して駆け寄ってくる。
「すげぇじゃねぇか、プレヒト!」
「……まだだ」
プレヒトは、慎重に答えた。
「形は変えられたが、維持が難しい」
その言葉どおり、細長い魔力は小さく震えていた。
そして、数秒後。
ぱしゅんっ。
光が弾けるように消えた。
「……ふむ」
プレヒトは、消えた魔力を見つめた。
「やはり、球体よりも制御が難しいな」
「でも、できましたね!」
ウォーロッドが笑う。
「ああ」
プレヒトは、小さく頷いた。
「……もう少し、試してみる価値はありそうだ」
その瞳には、新しい可能性を見つけた者の光が宿っていた。
――――――――――
第三幕 青い髑髏の影
同じ頃。
マグノリアの街を支配する闇ギルド、ブルースカル。
その拠点の一室には、重苦しい空気が漂っていた。
長机の奥には、ブルースカルのマスターが腰を下ろしている。
その前に立つ数人の魔導士たちは、誰もが落ち着かない様子だった。
「……それで?」
マスターが、低い声で問いかけた。
「先日の騒動について、もう一度説明してもらおうか」
「は、はい……!」
前に進み出た男が、慌てて頭を下げる。
男は、以前イリスたちと衝突した魔導士たちを取りまとめていた現場責任者だった。
「街で不審な連中を発見し、部下たちに対応させました。しかし、相手に逃げられてしまいまして……」
「……そうか」
マスターは、短く答えた。
「では、なぜ負傷者が出ている?」
「そ、それは……!」
「それに、魔導士が何人も戦闘不能になったという話も聞いている」
男の顔から、血の気が引いた。
「……報告では、多少の抵抗を受けただけだったはずだが?」
「…………」
沈黙が落ちる。
周囲の魔導士たちは、誰一人として口を開こうとしなかった。
「……答えろ」
マスターの声が、わずかに低くなった。
「……申し訳、ありません!」
男は、深く頭を下げた。
「実際には、こちらの魔導士が敗北しております……!」
「……ほう」
「ですが、相手の人数も少なく、こちらで対処できると判断しまして……!」
「だから、報告を隠したのか?」
「……っ!」
男は、何も答えられなかった。
マスターは、しばらく無言で男を見つめていた。
「……なるほどな」
やがて、静かに口を開く。
「つまり、お前は自分の失態を隠すために、俺への報告を怠ったわけだ」
「ち、違います! 決して、そのような……!」
「ならば、なぜ今まで黙っていた?」
「…………」
「相手が街に残っているのか、どこへ逃げたのか。それすら、まともに調べていないのだろう?」
男は、俯いたまま動かなかった。
実際には、部下を使って何度か捜索を行っていた。
だが、相手の足取りを確実に掴むことはできず、時間だけが過ぎていた。
その間にも、マスターへ報告する機会はいくらでもあった。
しかし、男はそのたびに口を閉ざしていた。
自分たちの失態が知られることを、恐れていたからだ。
「……愚かなことをしたな」
マスターは、深く息を吐いた。
「敗北したこと自体を責めているのではない」
「…………」
「問題は、お前が勝手な判断で情報を隠し、組織の対応を遅らせたことだ」
その言葉に、男の肩が小さく震えた。
「相手がどれほどの実力者かも分からんというのに……」
マスターは、椅子の背にもたれた。
「……まったく」
しばらくして、別の魔導士が恐る恐る口を開いた。
「……マスター」
「何だ?」
「そこまでの実力者が相手となれば……お二方に動いていただくというのは……」
その瞬間。
部屋の空気が、さらに張り詰めた。
「……必要ない」
マスターは、即座に答えた。
「今はまだ、あの二人を動かす段階ではない」
「……しかし、相手が相当な実力者であれば……」
「だからこそ、だ」
マスターは、静かに言った。
「相手の正体も実力も分からんまま、俺の両腕を動かしてどうする?」
「…………」
「まずは情報を集めろ。相手が何者なのか、何人いるのか、どこに潜んでいるのか。それを明らかにするのが先だ」
「……はっ!」
魔導士たちは、一斉に頭を下げた。
マスターの両腕。
ブルースカルの中でも特別な地位にある、二人の魔導士。
その名が語られることはなかったが、居合わせた者たちの態度だけで、彼らが並の魔導士ではないことは十分に伝わっていた。
「……それと」
マスターの視線が、再び現場責任者へ向けられる。
「お前には、今回の件について改めて話を聞く」
「……っ!」
「二度と、同じ真似をするな」
「は、はい……!」
男は、震える声で返事をした。
マスターは、それ以上何も言わなかった。
やがて、魔導士たちは部屋を後にする。
残されたマスターは、窓の外へ視線を向けた。
マグノリアの街には、いつもどおりの景色が広がっている。
だが、そのどこかに、自分たちの魔導士を倒した者たちがいるかもしれない。
「……面倒なことになったな」
小さく呟く。
そして、机の上に置かれた報告書へ目を落とした。
そこには、未だ正体の分からない侵入者たちについて、断片的な情報だけが記されていた。
マスターは、ゆっくりと目を細める。
「……さて。何者だ、お前たちは」
青い髑髏の影が、静かに動き始めていた。
――――――――――
第四幕 黒衣の魔導士と妖精
その日の午後。
メイビスは、一人で森の奥へと向かっていた。
目的は、ゼレフとの約束だった。
以前、五人で訪れたとき。
ゼレフは、メイビスが再び魔法を学びに来ることを認めてくれた。
ただし、危険を感じたらすぐに離れること。
そして、必要以上に近づかないこと。
その約束を、メイビスはきちんと覚えていた。
「……あっ」
木々の向こうに、黒い人影が見えた。
ゼレフだった。
彼は、以前と同じように、静かに木の根元へ腰を下ろしていた。
「こんにちは、ゼレフ!」
メイビスが、明るく声をかける。
ゼレフは顔を上げ、穏やかに微笑んだ。
「……こんにちは、メイビス」
「今日も、よろしくお願いします!」
「うん。こちらこそ」
メイビスは、少し離れた場所に腰を下ろした。
ゼレフとの距離は、以前と同じように保っている。
「……魔法の練習は、どう?」
「順調です!」
メイビスは、嬉しそうに答えた。
「みんな、少しずつ使えるようになってきました!」
「それは、よかった」
「ユーリは雷を飛ばせるようになりましたし、プレヒトは魔力の球を飛ばせるようになりました。ウォーロッドも、植物を伸ばせるようになったんです!」
「……みんな、努力しているんだね」
「はい!」
メイビスは、大きく頷いた。
「それに、イリスさんも手伝ってくれています!」
「……イリス」
ゼレフが、静かにその名を繰り返す。
「彼女は、変わった魔法の使い方をするね」
「そうなんです!」
メイビスは、楽しそうに笑った。
「魔力の流れが、キラキラ見えるそうなんですよ!」
「……見える?」
「はい。金色の瞳で、魔力の流れや残っている魔力が見えるんですって!」
「……なるほど」
ゼレフは、少しだけ考え込んだ。
「それは、珍しい能力だね」
「ですよね!」
メイビスは、嬉しそうに頷いた。
「でも、イリスさんの説明は、少し感覚的なんです」
「……感覚的?」
「はい。『すーっと流して、ふわっと広げる』とか!」
「……ふふっ」
ゼレフが、小さく笑った。
「それは、少し難しいね」
「でも、私が説明すると、みんな分かってくれるんです!」
「……いい組み合わせだと思うよ」
その言葉に、メイビスは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます!」
そして、彼女は両手を胸の前に重ねた。
「今日は、私の魔法も見てください!」
「……うん」
ゼレフが頷く。
メイビスは、ゆっくりと魔力を集めた。
淡い光が、空中に広がっていく。
やがて、二羽の小鳥が現れた。
一羽は青く、もう一羽は白い。
二羽の小鳥は、メイビスの周囲をくるくると飛び回った。
「……すごいね」
ゼレフが、感心したように呟いた。
「以前よりも、ずっと安定している」
「はい!」
メイビスは、得意げに胸を張った。
「まだ同時に複雑な動きをさせるのは難しいですけど、前より長く維持できるようになりました!」
「……うん。魔力の配分が、上手になっている」
ゼレフは、穏やかに微笑んだ。
「この調子なら、もっと複雑な幻影も作れるようになると思うよ」
「本当ですか?」
「うん」
メイビスは、ぱっと表情を明るくした。
「やった!」
その笑顔を見て、ゼレフも小さく笑った。
しかし。
しばらくして、メイビスの表情が少しだけ変わった。
「……ゼレフ」
「……どうしたの?」
「もっと、強い魔法を使えるようになるには、どうしたらいいんでしょうか?」
「……強い魔法?」
「はい」
メイビスは、静かに頷いた。
「この前、ユーリが怪我をしたんです」
「……そうだったね」
「私を守ろうとして……」
メイビスは、膝の上で両手を握った。
「イリスさんが助けてくれなかったら、もっと大変なことになっていたかもしれません」
「…………」
「だから、私も……みんなを守れるようになりたいんです」
その言葉に、ゼレフはしばらく沈黙した。
森の中を、静かな風が通り抜ける。
「……メイビス」
やがて、ゼレフが口を開いた。
「強い魔法を使うことと、誰かを守れることは、必ずしも同じではないんだ」
「……え?」
「魔法は、使い方によって大きな力になる」
ゼレフは、静かに続けた。
「でも、その力が大きければ大きいほど、扱う者には深い理解が必要になる」
「……理解」
「うん」
ゼレフは、少しだけ目を伏せた。
「どんな魔法にも、知っておかなければならないことがある」
「…………」
「そして、中には……使うべきではない魔法もあるんだ」
その声は、どこか寂しげだった。
メイビスは、ゼレフの横顔を見つめる。
「……ゼレフは、そういう魔法を知っているんですか?」
「……うん」
短い返事だった。
それ以上、ゼレフは何も言わなかった。
メイビスも、すぐには言葉を続けなかった。
やがて。
「……でも」
彼女は、静かに口を開いた。
「もし、みんなを守るために必要だったら……私は、使いたいと思うかもしれません」
「…………」
ゼレフは、メイビスを見つめた。
その瞳には、複雑な感情が浮かんでいた。
「……だからこそ」
彼は、ゆっくりと言った。
「その魔法が何をもたらすのか、知っておく必要があるんだよ」
「……はい」
メイビスは、真剣な表情で頷いた。
木々の隙間から差し込む光が、二人の間を静かに照らしていた。
――――――――――
終幕 次なる試練
夕方。
メイビスが仲間たちのもとへ戻ると、四人はまだ森の中で魔法の練習を続けていた。
「ただいま戻りました!」
「おっ、メイビス!」
ユーリが、真っ先に振り返る。
「どうだった? ゼレフのところは」
「はい! 今日も、いろいろ教えてもらいました!」
「そりゃよかったな!」
メイビスは、嬉しそうに頷いた。
そして、イリスの隣へ歩み寄る。
「イリスさん」
「はい?」
「ゼレフが、強い魔法を使うには、その魔法を深く理解する必要があるって言っていました」
「……なるほど」
イリスは、静かに頷いた。
「確かに、そのとおりですね」
「はい。魔法には、使うべきではない場合もあるそうです」
「……そうですね」
イリスは、少しだけ考え込んだ。
「魔法は便利ですし、とても強い力にもなります。でも、使い方を間違えれば、自分や周りの人を傷つけてしまうこともありますから」
「……はい」
メイビスは、真剣な表情で頷いた。
そのとき。
「……ところで」
プレヒトが、静かに口を開いた。
「そろそろ、別の訓練も必要ではないだろうか?」
「別の訓練?」
ユーリが首を傾げる。
「ああ」
プレヒトは、手のひらに小さな魔力球を浮かべた。
「魔法を使えるようにはなってきた。だが、今のところ、動かない的に向かって撃っているだけだ」
「……確かに」
ウォーロッドが頷く。
「実際の戦いでは、相手も動きますからね」
「そうだな!」
ユーリが、勢いよく頷いた。
「だったら、誰かと戦ってみるか?」
「……誰と?」
プレヒトが問い返す。
「……あ」
ユーリは、少し考え込んだ。
その様子を見て、メイビスが小さく笑う。
「……それなら」
イリスが、穏やかに口を開いた。
「私が、お相手しましょうか?」
「……え?」
四人の視線が、一斉にイリスへ向いた。
「模擬戦です」
イリスは、微笑んだ。
「皆さんが覚えた魔法を、実際に動く相手へ使ってみるんです」
「……なるほど」
プレヒトが、興味深そうに頷いた。
「それは、いい訓練になりそうだな」
「でも……」
ウォーロッドが、少し不安そうに口を開く。
「イリスさんが相手だと、僕たちでは何もできないんじゃ……」
「大丈夫ですよ」
イリスは、穏やかに答えた。
「私は、聖剣も魔法も使いませんから」
「……え?」
ユーリが、目を丸くした。
「剣も魔法も使わねぇのか?」
「はい」
イリスは、にこりと笑った。
「体術だけで、お相手します」
「……体術だけ?」
「はい」
四人は、顔を見合わせた。
そして。
「……よし!」
ユーリが、拳を握った。
「それなら、俺たちにも勝ち目があるんじゃねぇか?」
「……どうだろうな」
プレヒトが、冷静に答える。
「イリスは、剣や魔法がなくても相当な実力者だと思うが」
「でも、四人がかりだぜ?」
「……人数だけで勝てるとは限らない」
「何だよ、やる前から弱気だな!」
「慎重なだけだ」
そんな二人のやり取りを見て、ウォーロッドが苦笑する。
「でも、みんなで協力すれば、少しは戦えるかもしれませんね」
「はい!」
メイビスが、元気よく頷いた。
「せっかくですから、作戦も考えましょう!」
「おっ、いいな!」
ユーリが、嬉しそうに笑う。
「メイビスの作戦なら、きっと上手くいくぜ!」
「ふふっ。任せてください!」
その様子を見て、イリスは楽しそうに微笑んだ。
「では、次の訓練で試してみましょうか」
「おう!」
「はい!」
四人の声が、森に響く。
新しい魔法を覚えた喜び。
仲間とともに成長していく楽しさ。
そして、次の訓練への期待。
五人の間には、穏やかな時間が流れていた。
けれど。
その頃、マグノリアでは。
青い髑髏を掲げる闇ギルドが、静かに動き始めていた。
そして、森の奥では。
黒衣の魔導士が、ひとり静かに空を見上げていた。
それぞれの思惑が、少しずつ重なり始めている。
やがて訪れる戦いと、まだ誰も知らない選択へ向かって。
物語は、ゆっくりと進み始めていた。
――第17話 完――
【こそこそ妖精話】
ゼーラ「ねえ、メイビス。明日はイリスと模擬戦をするんだって?」
メイビス「うん! 私たち四人で、イリスさんに挑戦するんだよ!」
ゼーラ「へぇ……。でも、イリスってすごく強いんでしょ?」
メイビス「うん! でもね、今回は聖剣も魔法も使わないんだって!」
ゼーラ「……え? 素手で?」
メイビス「そう! だから、私たちにも勝てる可能性はあると思うんだ!」
ゼーラ「……メイビス」
メイビス「なあに?」
ゼーラ「イリスって、魔法が使えなかったら弱くなるような人なの?」
メイビス「…………」
ゼーラ「…………」
メイビス「……あっ」
ゼーラ「今、気づいたの!?」
メイビス「で、でも! 四人で協力すれば、きっと何とかなるよ!」
ゼーラ「……ちなみに、勝つための作戦は?」
メイビス「もちろん考えてるよ!」
ゼーラ「へぇ! どんな作戦?」
メイビス「まずユーリさんが正面から攻撃して、プレヒトさんが援護して、ウォーロッドさんが動きを止めて、私が幻影で隙を作るの!」
ゼーラ「……それ、イリスに聞かれたら?」
メイビス「…………」
ゼーラ「…………」
メイビス「……作戦変更かな?」
ゼーラ「まだ始まってもいないのに!?」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。