マグノリアの大通りに、重苦しい沈黙が落ちていた。
先ほどまで街を支配していたブルースカルの魔導士たちは、すでに姿を消している。
代わってイリスたちの前に現れたのは、二人の男だった。
一人は、筋骨隆々とした大柄な男。
獰猛な笑みを浮かべ、こちらを値踏みするように眺めている。
もう一人は、落ち着いた雰囲気の細身の男。
整った身なりとは裏腹に、その瞳にはどこか冷たい光が宿っていた。
「へぇ……こいつらか」
大柄な男が、イリスたちを見渡す。
「たった五人で、うちの連中を叩きのめしたってのは」
「報告によれば、そういうことですね」
細身の男が答えた。
「特に注意すべきは、あの剣を持った少女でしょう」
「ああ、聞いてるぜ。魔法を斬るんだってな?」
男の視線が、イリスの聖剣に向けられる。
「面白ぇ。ちょうど退屈してたところだ」
その言葉とともに、大柄な男の魔力が膨れ上がった。
イリスの金色の瞳には、男の周囲に渦巻く魔力が、濁った光となって映っていた。
隣に立つ細身の男も同様だ。
こちらは静かに魔力を抑えているものの、その内側には底知れない力が潜んでいる。
少なくとも、魔法を覚えたばかりの仲間たちが相手にできる存在ではない。
「……皆さん」
イリスが静かに口を開いた。
「ここは私に任せて、先へ進んでください」
「はぁ!?」
真っ先に声を上げたのはユーリだった。
「おいおい、何言ってんだ! 相手は二人だぞ!」
「分かっています」
「だったら――」
「だからこそ、です」
イリスは穏やかに、しかしはっきりと言った。
「この二人は、私が引き受けます。皆さんには、街の人たちを助けてほしいんです」
「……イリスさん」
メイビスが心配そうに見つめる。
「大丈夫、なんですよね?」
イリスは振り返り、微笑んだ。
「はい。約束します。必ず追いつきますから」
メイビスは少しの間、イリスを見つめていた。
やがて、小さく頷く。
「……分かりました」
「メイビス!?」
「イリスさんを信じましょう。それに、私たちには私たちの役目があります」
メイビスはユーリたちへ向き直った。
「先へ進みましょう。ただし、無理は禁物です。ブルースカルの本拠地に近づくほど、危険も増すはずですから」
「……ちっ。分かったよ」
ユーリは不満そうに頭を掻いた。
「絶対に追いついてこいよ、イリス!」
「もちろんです」
プレヒトとウォーロッドも、それぞれイリスに視線を向ける。
「無茶はするなよ」
「気をつけてね、イリスちゃん」
「ありがとうございます」
四人は大通りの先へと駆けていった。
大柄な男は、それを止めようともしなかった。
「いいのかよ、セヴェル。逃がしちまったぜ?」
「構いませんよ、ガルド。私たちが確認しに来たのは、あの少女です」
「だよなぁ!」
ガルドと呼ばれた男が、拳を鳴らす。
「おい、剣使い。俺たちが用あんのは、お前だけだ。ほかの雑魚に興味はねぇ」
「……そうですか」
イリスは静かに聖剣を抜いた。
白銀の刀身が、陽光を受けて輝く。
「では、始めましょうか」
「ハッ! いいねぇ!」
ガルドが獰猛に笑った。
「俺はガルド・ヴォルグ! ブルースカルの両腕の一人にして、泥の滅竜魔導士だ!」
そして、地面を蹴る。
「てめぇの実力、見せてもらうぜ!」
次の瞬間。
巨体が、イリスの眼前に迫っていた。
◇
「泥竜の鉄拳!」
泥をまとった拳が、唸りを上げて振り抜かれる。
イリスは半歩横へ移動し、その一撃をかわした。
拳が石畳を砕く。
飛び散った破片を避けながら、イリスは聖剣を振るった。
「おっと!」
ガルドは上体を反らして刃をかわす。
そのまま身体をひねり、蹴りを繰り出した。
イリスは剣を引き戻し、刀身でその軌道を逸らす。
鈍い衝撃が腕に伝わった。
(……なるほど)
単なる力任せの相手ではない。
ガルドの動きには、実戦で磨かれた格闘技術があった。
拳をかわされれば蹴りへ。
蹴りを防がれれば、間合いを詰めて肘を振るう。
攻撃のつながりが速い。
「どうしたどうした! 逃げてばっかじゃ勝てねぇぞ!」
ガルドが笑う。
イリスは答えず、踏み込んだ。
聖剣が斜めに走る。
「っ!」
ガルドが咄嗟に身を引く。
刃が胸元の衣服を裂いた。
続けざまに、イリスは手首を返して横薙ぎの一撃を放つ。
「うおっ!?」
ガルドは大きく跳び退いた。
その表情から、わずかに笑みが消える。
「……へぇ」
裂けた衣服を見下ろし、再び口角を吊り上げた。
「やるじゃねぇか」
「あなたも、かなりの使い手ですね」
「ハッ! 褒めても何も出ねぇぞ!」
再びガルドが突進する。
今度は左右の拳が、絶え間なく繰り出された。
イリスは一撃ごとに最小限の動きでかわし、聖剣で受け流す。
剣の間合いに入れば斬撃。
拳の間合いに踏み込まれれば、風魔法で身体を滑らせるように移動する。
何度目かの交錯。
ガルドの拳が空を切り、イリスの剣先が男の頬を浅く裂いた。
「……っ!」
ガルドが後退する。
頬に触れた指先に、赤い血が付着した。
「……なるほどな」
その声から、先ほどまでの軽薄さが薄れていた。
「普通にやり合っても、てめぇの方が上ってわけか」
「……」
「だったら――」
ガルドが地面に両手を叩きつけた。
「俺の土俵に引きずり込んでやるよ!」
膨大な魔力が、地面へと流れ込む。
「泥竜の沼獄!」
石畳が、波打った。
硬いはずの地面が黒褐色の泥へと変わり、通り一帯が瞬く間に底なしの沼地へと姿を変えていく。
建物の壁際まで泥が広がり、足場が失われていった。
「ハハハハッ!」
ガルドが高笑いする。
「どうだ! これが俺の領域だ!」
男の足元だけは、泥が盛り上がって身体を支えていた。
「この中じゃ、まともに動くこともできねぇだろ!」
イリスは、足元へ視線を落とした。
泥が靴先へ迫っている。
「……確かに」
小さく呟く。
「地面に立つのは、難しそうですね」
「だろうが!」
「ですが――」
イリスの周囲に、淡い光が灯った。
「地面に立つ必要はありませんから」
光が形を成す。
一本、二本、十本。
白銀に輝く無数の光剣が、イリスの周囲へ現れた。
そのうちの一本が、足元へ水平に移動する。
イリスは軽く跳び上がり、その刀身へ着地した。
「……あ?」
ガルドが目を見開く。
さらに光剣が階段のように並び、空中へと続いていく。
イリスは風をまといながら、次々と光剣を踏み、軽やかに高度を上げた。
沼地の上空。
そこには、無数の光剣が足場となって浮かんでいた。
「……おいおい、何だそりゃ」
ガルドが呆れたように呟く。
「光魔法の応用です」
イリスは一本の光剣の上に立ち、聖剣を構えた。
「これなら、問題ありませんね」
「……チッ!」
ガルドが舌打ちする。
「だったら、引きずり下ろしてやる!」
◇
「泥竜の泥兵!」
沼地が盛り上がった。
一つ、二つ、十。
人の形をした泥の塊が、次々と生まれていく。
泥人形たちは腕を伸ばし、空中のイリスへ襲いかかった。
イリスは光剣を蹴って移動する。
伸びてきた泥の腕を聖剣で斬り払い、別の足場へ着地。
そのまま振り返り、光剣の一本へ意識を向けた。
光剣が、鋭く飛翔する。
泥人形の胸を貫き、その身体を大きく崩した。
「へぇ! 足場だけじゃねぇのか!」
ガルドが笑う。
「なら、数で押し潰してやる!」
泥人形がさらに増える。
沼地から次々と這い出し、イリスのいる空へと手を伸ばした。
その光景を見下ろしながら、イリスは静かに息をついた。
「……数を増やすのですね」
「ああ! 俺の泥が尽きねぇ限り、いくらでも作れるぜ!」
「そうですか」
イリスが左手を上げる。
「でしたら、こちらも増やしましょう」
その背後に、光が灯った。
一つ、二つ、十、二十。
やがて、空を埋め尽くすほどの光剣が現れる。
無数の刃が、同じ方向へ切っ先を向けた。
「……は?」
ガルドの笑みが止まった。
「おい、待て。何本出してやがる……?」
イリスは答えなかった。
ただ、左手を静かに振り下ろす。
次の瞬間。
光の雨が降った。
「なっ――!?」
無数の光剣が、泥人形たちへ一斉に降り注ぐ。
胸を貫かれ、頭を砕かれ、手足を吹き飛ばされる泥人形たち。
沼地から新たな泥人形が現れても、すぐさま次の光剣が襲いかかる。
地上では泥が跳ね上がり、空中では白銀の光が乱舞した。
「くそっ! ふざけやがって!」
ガルドが腕を振り上げる。
泥の壁が立ち上がり、光剣を受け止めようとする。
しかし、光剣は次々と角度を変え、壁の隙間から泥人形たちを貫いていった。
イリスは光剣の足場を移動しながら、その様子を冷静に見つめている。
背後には、なお数え切れないほどの光剣。
魔力が尽きる気配など、微塵もなかった。
「……なるほど」
少し離れた場所で戦闘を観察していたセヴェルが、興味深そうに呟く。
「光を剣の形に固定し、足場と攻撃の両方に利用している……それだけの数を維持して、なお魔力に余裕があるとは」
細い指が、顎に触れた。
「実に興味深いですね」
「セヴェル! 見てねぇで何とかしろ!」
「一対一で戦いたいと言ったのは、君でしょう?」
「チッ……!」
ガルドは歯を食いしばった。
そして、両腕を大きく広げる。
「だったら、こいつはどうだ!」
沼地全体が、大きく波打った。
泥が渦を巻き、巨大な奔流となって空へ噴き上がる。
「泥竜の咆哮!」
濁流のような泥が、イリスへ襲いかかった。
光剣の足場をまとめて飲み込もうとする、広範囲の攻撃。
イリスは即座に防御魔法を展開した。
透明な障壁が、泥の奔流を受け止める。
凄まじい衝撃が響き、泥が四方へ飛び散った。
だが、障壁は破られない。
「……何だと!?」
ガルドが目を見開く。
泥の奔流が収まったとき、イリスは変わらず空中に立っていた。
衣服に泥一つ付いていない。
「……今の攻撃は、危険でしたね」
イリスが静かに告げる。
「防御魔法がなければ、まともに受け止めるのは難しかったと思います」
「だったら、もう一発――!」
ガルドが魔力を高めようとした、そのとき。
イリスの姿が消えた。
「……あ?」
直後、頭上から声がした。
「こちらです」
「っ!?」
ガルドが顔を上げる。
イリスは光剣を蹴り、風魔法で一気に距離を詰めていた。
白銀の聖剣が、陽光を反射する。
ガルドは咄嗟に泥の腕を伸ばす。
しかし、イリスの斬撃がそれを切り裂いた。
続く一撃。
ガルドは身をひねってかわしたものの、肩口に赤い線が走った。
「ぐっ!」
男が大きく後退する。
イリスは追撃せず、光剣の上へ着地した。
「……これ以上、続けますか?」
「……ハッ」
ガルドが傷口を押さえながら笑った。
「当たり前だろうが」
その瞳に、濁った光が宿る。
「てめぇ、随分と甘ぇな」
「……?」
「俺を殺せる機会なんざ、何度もあっただろ」
イリスは答えなかった。
「なのに、急所は外す。追撃も途中で止める」
ガルドは血の付いた指を舐め、獰猛に笑う。
「そんなに人殺しが嫌か?」
「……必要がなければ、命を奪うつもりはありません」
「ハハッ! そりゃ傑作だ!」
ガルドが肩を揺らして笑う。
「だったら、俺が教えてやるよ。甘い考えがどういう結果を招くのかをな!」
男の足元から、細長い泥の槍が伸びた。
だが、その切っ先はイリスへ向いていない。
大通りの先。
メイビスたちが向かった方向だった。
「……!」
イリスの表情が変わる。
「てめぇを殺したら、次はあいつらだ」
ガルドが笑った。
「いや、先にあのガキどもを始末してやってもいいな。てめぇの目の前でよ!」
泥の槍が、勢いよく射出される。
イリスは即座に光剣を放った。
白銀の刃が泥の槍を貫き、その軌道を大きく逸らす。
泥の槍は無人の路面へ突き刺さり、砕け散った。
その直後。
イリスの周囲に、静かな魔力が満ちた。
「……今、何とおっしゃいましたか?」
声は、穏やかだった。
しかし、その響きは先ほどまでとは違っていた。
ガルドは一瞬、眉をひそめる。
だが、すぐに笑った。
「ああ? 聞こえなかったのか?」
男はわざとらしく両手を広げる。
「てめぇが俺を殺さねぇなら、俺はあいつらを追いかける。捕まえたら、一人ずつ殺してやるよ」
「……そうですか」
イリスが、ゆっくりと聖剣を構え直す。
青と金の瞳が、まっすぐガルドを捉えた。
「……分かりました」
「……あ?」
「あなたがそこまでおっしゃるのでしたら」
イリスは静かに告げる。
「私も、覚悟を決めます」
その瞬間。
ガルドの背筋を、冷たいものが走った。
目の前の少女は、何も変わっていない。
怒鳴ることも、憎悪を露わにすることもない。
ただ、剣を構えているだけだ。
それなのに。
(……何だ?)
先ほどまでとは、明らかに違う。
「……もう、手加減はしません」
イリスが一歩、踏み出した。
◇
ガルドは反射的に拳を振り上げた。
「泥竜の鉄拳!」
泥をまとった拳が、イリスへ迫る。
しかし。
白銀の閃光が走った。
「っ!?」
ガルドは咄嗟に腕を引き戻す。
次の瞬間、拳を覆っていた泥が切り裂かれ、地面へ落ちた。
あとわずかでも遅れていれば、腕そのものが斬り落とされていただろう。
「……おいおい」
ガルドが、引きつった笑みを浮かべる。
「今のは、本気で殺しにきただろ?」
「……はい」
イリスは、静かに答えた。
その短い返事に、ガルドの表情が歪む。
「……ハッ!」
男は無理やり笑った。
「ようやく面白くなってきたじゃねぇか!」
沼地が激しく波打つ。
泥の腕が四方から伸び、イリスを捕らえようとした。
イリスは光剣を足場に跳躍。
空中で身体をひねり、伸びてきた泥の腕を次々と斬り払う。
そして、一直線にガルドへ迫った。
「くそっ!」
ガルドは泥の壁を展開する。
だが、聖剣が閃いた瞬間、壁を構成していた魔法が断ち切られ、崩れ落ちた。
「なっ!?」
ガルドの眼前に、イリスが現れる。
男は咄嗟に拳を振り抜いた。
イリスは半歩だけ身体をずらす。
拳が、空を切った。
すれ違いざま。
白銀の聖剣が、横一文字に閃いた。
――一瞬の静寂。
ガルドの右腕が、宙を舞った。
「…………は?」
男は、自分の肩を見た。
そこにあるはずの腕が、ない。
遅れて、肩口から血が噴き出した。
「ぐ、ああああああああっ!!」
絶叫が、大通りに響き渡る。
ガルドは膝をつき、左手で傷口を押さえた。
泥の領域が、不安定に波打つ。
イリスは数歩先で振り返り、聖剣を構え直した。
「……これ以上、誰も傷つけさせません」
「ぐっ……て、てめぇ……!」
ガルドが歯を食いしばる。
その目には、もはや余裕など残っていなかった。
そして。
「おい! セヴェル!!」
男が叫んだ。
「いつまで見てやがる! さっさと手伝え!!」
少し離れた場所で戦闘を眺めていたセヴェルが、深いため息をつく。
「……まったく」
細身の男が、ゆっくりと歩き出した。
「最初から二人で戦えばよかったものを」
「うるせぇ! いいから治せ!」
イリスは、わずかに眉を寄せた。
「……一対一の勝負ではなかったのですか?」
「ハッ……!」
ガルドが、苦痛に顔を歪めながら笑う。
「勝てりゃ……何でもいいんだよ……!」
セヴェルは呆れたように肩をすくめた。
「彼に約束を守るような誠実さを期待するのは、やめた方がいいですよ」
「……なるほど」
イリスは静かに頷く。
「よく分かりました」
セヴェルが片手を上げた。
その周囲に、黒い水が浮かび上がる。
「さて。私の名はセヴェル・アクエリス」
男は穏やかに微笑んだ。
「水の滅神魔導士です」
次の瞬間。
「水神の裂刃」
黒い水が、鋭い刃となって放たれた。
凄まじい速度。
水とは思えないほどの圧力を秘めた一撃が、イリスへ迫る。
イリスは聖剣を振るった。
白銀の刃が黒い水に触れた瞬間、その魔法構造が断ち切られる。
高圧の水刃は形を失い、黒い飛沫となって消滅した。
「……ほう」
セヴェルの瞳が、興味深そうに細められる。
「報告は本当だったようですね」
イリスが聖剣を構え直す。
だが、セヴェルはすでに次の魔法を発動していた。
「水神の再生」
黒い水が、ガルドの失われた右肩を包み込む。
「ぐっ……!」
ガルドが呻いた。
黒い水の内側で、傷口が塞がっていく。
骨が形成され、筋肉が生まれ、皮膚が再び形を成す。
そして、ほんのわずかな時間の後。
失われた右腕が、完全に再生していた。
「……なるほど」
イリスが静かに目を細める。
「欠損した部位まで、再生できるのですね」
「ええ」
セヴェルは、何でもないことのように答えた。
「私の専門分野の一つですので」
「……助かったぜ、セヴェル」
ガルドがゆっくりと立ち上がる。
再生した右腕を握り、開く。
確かに、腕は元通りになっていた。
だが、先ほどの感覚まで消えたわけではない。
白銀の刃が閃いた瞬間。
何が起きたのかさえ分からず、腕を失った。
もし、あの刃が首を狙っていたら。
「……チッ」
ガルドは舌打ちした。
その視線は、イリスの持つ聖剣から離れない。
「……セヴェル」
「何です?」
「今度は、てめぇもちゃんと戦えよ」
「最初からそのつもりですよ」
セヴェルは淡々と答えた。
「君一人では、彼女に勝てないようですからね」
「……分かってるよ」
ガルドは不機嫌そうに吐き捨てた。
その声に、先ほどまでの余裕はなかった。
セヴェルは穏やかな笑みを浮かべたまま、黒い水を周囲へ展開する。
「それにしても……魔法を斬り、その構造そのものを消滅させる剣とは」
その声には、隠しきれない好奇心が滲んでいた。
「ぜひ、詳しく調べてみたいものですね」
「……お断りします」
イリスは即答した。
「ふふ。そうでしょうね」
セヴェルが小さく笑う。
その隣で、ガルドが再生した右拳に泥をまとわせた。
だが、先ほどのように無謀な突進はしない。
イリスの聖剣を警戒しながら、慎重に間合いを測っている。
二人の魔力が、同時に膨れ上がった。
黒い水と、濁った泥。
異なる二つの滅殺魔法が、イリスへ向けられる。
イリスは静かに息を吐いた。
そして、聖剣を構え直す。
その背後には、無数の光剣が浮かんでいた。
「……二人が相手でも」
青と金の瞳が、まっすぐ敵を捉える。
「私のすることは、変わりません」
守るべき仲間がいる。
救うべき人々がいる。
だからこそ、ここで退くわけにはいかない。
白銀の聖剣が、静かに輝いた。
ブルースカルの両腕。
水の滅神魔導士、セヴェル・アクエリス。
泥の滅竜魔導士、ガルド・ヴォルグ。
その二人を前に、聖剣使いは一歩も退かなかった。
――戦いは、まだ終わらない。
――第20話 完――
【こそこそ妖精話】
メイビス「……イリスさん、大丈夫でしょうか」
ゼーラ「心配?」
メイビス「はい。イリスさんが強いことは分かっています。でも、相手は二人もいましたから……」
ゼーラ「だったら、残ればよかったじゃない」
メイビス「それは……」
ゼーラ「……なんてね。あんたがどうして先に進んだのかくらい、分かってるわよ」
メイビス「……イリスさんが、私たちを信じて任せてくれたからです」
ゼーラ「うん」
メイビス「だから私も、イリスさんを信じたいんです」
ゼーラ「だったら、そんな顔してないで前を向きなさいよ」
メイビス「……はい!」
ゼーラ「それに、あの子なら案外あっさり追いついてくるかもしれないわよ?」
メイビス「ふふっ。そうですね!」
ゼーラ「で、追いついてきたら何て言うの?」
メイビス「もちろん、『おかえりなさい、イリスさん!』です!」
ゼーラ「……それだけ?」
メイビス「え?」
ゼーラ「心配させた分、何か言ってやらないの?」
メイビス「うーん……では、お説教も追加しましょう!」
ゼーラ「いいじゃない」
メイビス「でも、イリスさんが謝ったら、すぐ許しちゃいそうです……」
ゼーラ「……あんた、お説教向いてないわね」
メイビス「そ、そんなことありませんよ!?」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。