黒い水が、雨のように降り注いでいた。
マグノリアの大通り。
石畳は深く抉れ、通りの先にある建物の壁には、巨大な衝撃が通り抜けた痕跡が残されている。
つい先ほどまで空中に浮かんでいた白銀の光剣は、すでに一つも見当たらない。
その中心に立つセヴェル・アクエリスは、静かに右腕を下ろした。
「……ふむ」
黒い水の残滓が、彼の周囲を漂っている。
滅神奥義――黒瀑滅神砲。
膨大な魔力を一点へ圧縮し、超高圧の奔流として解き放つ、水の滅神魔法の奥義。
その威力には、絶対の自信があった。
ましてや今回は、完全な不意打ち。
相手が防御魔法を展開する暇も、聖剣を振るう暇も与えなかった。
「……確かに、直撃しましたね」
セヴェルは、黒い水が消えていった方角を見つめる。
だが、そこに少女の姿はない。
あの凄まじい水圧に押し流され、遠方まで吹き飛ばされたのだろう。
生きているのか。
それとも、すでに息絶えているのか。
どちらにせよ、確認する必要があった。
「……その前に」
セヴェルは視線を下げた。
泥に覆われた石畳の上。
ガルド・ヴォルグが、血を流して倒れていた。
胸元には深い斬撃。
呼吸はあるものの、意識は失われている。
「まったく……随分と派手にやられましたね」
セヴェルは小さく息をついた。
ガルドの奥義は、決して弱い魔法ではない。
泥竜葬獄。
大量の泥を集め、巨大な竜を形成する滅竜奥義。
通常の魔導士であれば、対処することすら困難な代物だ。
しかし、あの少女は違った。
泥竜の内部に潜む術者を見抜き、再形成される巨体を突破してみせた。
しかも、あれほどの魔法を相手にしながら、動きに大きな乱れはなかった。
「……実に興味深い」
セヴェルはガルドの傍らに膝をついた。
右手に黒い水が集まる。
「水神の再生」
淡い魔力が、傷口へ流れ込んでいく。
裂けた肉が、ゆっくりと修復され始めた。
しかし。
「……っ」
セヴェルの額に、わずかな汗が浮かんだ。
先ほどの黒瀑滅神砲で、相当量の魔力を消費している。
高度な再生治癒は、決して安価な魔法ではない。
失われた四肢すら再生できる一方で、その代償として膨大な魔力を必要とする。
ガルドの右腕を再生させたときも、決して少なくない魔力を費やしていた。
(……完全な治癒は、後回しですね)
セヴェルは傷口の出血が収まり始めたところで、魔法を弱めた。
命に関わる出血を抑えれば、ひとまず十分だ。
今は、まだ戦闘が終わったと断定できない。
そのときだった。
――カツン。
遠くから、小さな足音が響いた。
「……?」
セヴェルが顔を上げる。
黒い水が、彼の周囲で静かに揺れた。
――カツン。
もう一度。
崩れた石畳の向こう。
舞い上がる砂埃の中から、一人の少女が姿を現した。
黒髪のハーフツインテール。
青と金の瞳。
そして、右手に握られた白銀の聖剣。
「……おや」
セヴェルの口元から、笑みが消えた。
「これは……驚きましたね」
◇
イリス・アストレアは、ゆっくりと大通りへ戻ってきた。
額から流れた血が、頬を伝っている。
魔法学院の制服はところどころ破れ、腕や脚には細かな傷が刻まれていた。
身体のあちこちが痛む。
特に、黒瀑滅神砲を受けた際の衝撃は凄まじかった。
防御も回避も間に合わず、超高圧の水流に真正面から飲み込まれたのだ。
そのまま大通りの先まで吹き飛ばされ、地面を何度も跳ねるように転がった。
最後は崩れた石畳の上で、ようやく勢いが止まった。
骨が折れるほどではなかった。
しかし、無傷で済むような攻撃でもなかった。
(……あれは、少し危なかったですね)
イリスは内心で息をついた。
もし、もう少し反応が遅れていたら。
もし、あの攻撃を受けたのが自分ではなく、仲間たちだったら。
そう考えると、背筋が冷たくなる。
「……まさか」
セヴェルが、静かに立ち上がった。
「黒瀑滅神砲をまともに受けて、その程度の傷で済むとは」
「……ええ」
イリスは額の血を左手で拭った。
「さすがに、痛かったですよ」
「痛かった、ですか」
セヴェルは、ゆっくりとその言葉を繰り返した。
そして。
「……はは」
小さく笑った。
「これは、私の計算違いですね」
黒い水が、再び彼の周囲へ集まっていく。
「貴女の剣は、十分に警戒していたつもりでした」
「……」
「ですが、どうやら私は、貴女自身を過小評価していたようです」
イリスは聖剣を構え直した。
「……そうかもしれませんね」
その視線が、セヴェルの背後へ向けられる。
倒れたままのガルド。
胸元の傷には、治療の痕跡があった。
「ガルドさんは……生きていますか?」
「ええ。幸いにも」
セヴェルは微笑んだ。
「貴女のおかげで、随分と酷い状態ですが」
「……そうですか」
イリスは小さく頷いた。
ガルドは、仲間を傷つけると脅してきた。
その言葉に対し、イリスは本気で殺す覚悟を決めた。
だが、今は違う。
男はすでに意識を失い、戦うこともできない。
これ以上、命を奪う理由はなかった。
「……では」
イリスの青と金の瞳が、セヴェルを捉える。
「残るは、あなただけですね」
「ええ」
セヴェルが両腕を広げた。
「どうやら、そのようです」
◇
先に動いたのは、セヴェルだった。
「水神の裂刃」
黒い水が、十数本の鋭い刃へと変化する。
しかし、先ほどまでとは配置が違った。
正面だけではない。
左右。
頭上。
さらに、地面すれすれの位置。
あらゆる方向から、イリスの進路を塞ぐように水刃が展開されていく。
(……接近を警戒していますね)
イリスは瞬時に判断した。
セヴェルは、絶対切断の能力を理解している。
聖剣の刀身に触れた魔法は、構造を断たれて消滅する。
ならば、刀身を届かせなければいい。
遠距離から攻撃を重ね、接近する隙を与えない。
合理的な判断だった。
「……ですが」
イリスは左手を掲げた。
背後に、白銀の光が生まれる。
十本。
二十本。
無数の光剣が、空中へ展開された。
「それだけでは、足りませんよ」
光剣が、一斉に飛翔する。
黒い水刃と白銀の光が、空中で激突した。
激しい衝撃。
光剣が砕け、水刃が弾ける。
その隙間を、イリスが駆け抜けた。
「……っ!」
セヴェルは即座に右腕を振るった。
黒い水が、巨大な壁となって立ち塞がる。
しかし。
白銀の聖剣が閃いた。
絶対切断。
刀身が触れた黒い水の魔法構造が断たれ、進路を塞いでいた部分が消滅する。
イリスは、その隙間を通り抜けた。
「……なるほど!」
セヴェルが後退する。
「やはり、その剣は厄介ですね!」
足元から、黒い水が噴き上がった。
イリスは光剣を踏み、空中へ跳ぶ。
その瞬間。
頭上に展開されていた水刃が、一斉に降り注いだ。
「……っ!」
イリスは身体を捻り、聖剣を振るう。
数本の水刃が消滅した。
残る水刃は、透明な防御障壁が受け止める。
黒い水が弾け、周囲へ飛び散った。
しかし、イリスは止まらない。
空中に新たな光剣を生成し、それを足場に加速する。
風が、黒髪を大きく揺らした。
「……速い!」
セヴェルの瞳が細められる。
彼は、イリスの動きを観察していた。
光剣の配置。
風魔法による加速。
聖剣を振るう際の身体の向き。
それらを組み合わせ、次の移動先を予測する。
「……そこです!」
黒い水刃が、イリスの着地点へ放たれた。
だが。
イリスは着地しなかった。
空中の光剣を蹴った瞬間、風魔法で身体を横へ滑らせる。
予測された軌道から、少女の姿が外れた。
「なっ……!」
セヴェルの目が見開かれる。
次の瞬間には、イリスが彼の右側へ回り込んでいた。
聖剣が振るわれる。
セヴェルは咄嗟に黒い水を展開した。
白銀の刃が水を切り裂き、魔法構造を消滅させる。
しかし、セヴェル自身は寸前で後方へ跳んだ。
剣先が、彼の衣服をかすめる。
「……危ない、危ない」
セヴェルは額の汗を拭った。
「貴女は本当に、剣だけの魔導士ではないのですね」
「……最初から、そう言っているつもりですが」
イリスは静かに答えた。
その足元に、光剣が浮かぶ。
セヴェルは、わずかに眉を寄せた。
(……まずいですね)
黒瀑滅神砲によって、相当量の魔力を消費した。
さらに、ガルドへの治癒魔法。
そして、今も続く激しい攻防。
魔力の消耗は、決して小さくない。
一方の少女はどうだ。
あれほどの奥義を受けながら、なお高速で動き続けている。
光剣の展開にも、防御魔法にも、大きな乱れがない。
(……魔力量だけではありません)
セヴェルは歯を食いしばった。
身体能力。
剣術。
そして、戦闘経験。
どれもが、想定を超えている。
だが。
(……だからといって、諦める理由にはなりません)
セヴェルは両腕を広げた。
残された黒い水が、一斉に彼の周囲へ集まっていく。
「……では」
その口元に、薄い笑みが浮かぶ。
「最後に、もう一つ試してみましょうか」
◇
黒い水が、渦を巻いた。
セヴェルを中心に、幾重もの水流が形成されていく。
外側には、高速で回転する水刃。
内側には、侵入者を迎撃する黒い水の槍。
そして、最も内側には、セヴェル自身を守る分厚い水の障壁。
攻撃と防御を兼ね備えた、多重の防御陣形。
「……なるほど」
イリスは足を止めた。
正面から接近すれば、無数の水刃が襲いかかる。
仮に外側を突破しても、内側の水槍が待ち構えている。
そして、最後には分厚い障壁。
聖剣ならば切断できる。
だが、切断するためには、まず刀身を届かせなければならない。
「……貴女の剣は、確かに恐ろしい」
セヴェルが静かに語りかけた。
「ですが、その能力が発揮されるのは、刀身が触れたときだけです」
黒い水刃が、さらに速度を上げる。
「つまり、触れさせなければいい」
「……そうですね」
イリスは頷いた。
「確かに、理にかなっています」
「お褒めいただき、光栄です」
セヴェルが微笑む。
「では、どうしますか?」
イリスは、静かに聖剣を構え直した。
右手に握られた白銀の刃。
その刀身に、魔力が流れ込む。
青と金の瞳が、セヴェルを見据えた。
「……決まっています」
足元に、光剣が現れた。
「突破します」
次の瞬間。
イリスが、消えた。
「――っ!?」
セヴェルは即座に視線を動かした。
否。
消えたのではない。
あまりにも速い。
光剣を蹴り、風魔法で加速した少女が、一直線に迫ってくる。
「……来ましたか!」
セヴェルは両腕を振るった。
外側の水刃が、一斉にイリスへ殺到する。
しかし。
白銀の聖剣が閃いた。
迫る水刃が、次々と消滅する。
イリスは身体を捻り、残る攻撃を回避した。
そして、空中の光剣を蹴る。
進路が、鋭く変わった。
「……っ!」
セヴェルは内側の水槍を放つ。
だが、それよりも速く。
イリスが、彼の目前へ到達した。
(……まだです!)
セヴェルは、最後の障壁へ魔力を集中させる。
少女の右手。
白銀の聖剣。
その刀身が、今まさに振り抜かれようとしていた。
(……右からの斬撃!)
セヴェルは即座に判断した。
聖剣が振るわれる軌道。
その先へ、黒い水を集中させる。
刀身に触れれば消滅する。
だが、わずかでも勢いを削げれば、回避する余地が生まれる。
そう考えた。
しかし。
イリスは、聖剣を振らなかった。
「……え?」
セヴェルの視線が、わずかに揺れる。
少女の右手は、確かに聖剣を握っている。
だが、その刀身は動いていない。
代わりに。
左拳が、引き絞られていた。
そこへ、眩い魔力が収束する。
白銀とも、黄金ともつかない。
まるで極光のような輝き。
(……剣では、ない!?)
セヴェルが気づいたときには、すでに遅かった。
イリスの左拳が、放たれる。
魔力をまとった拳が、黒い水の薄い隙間を突き抜けた。
そして。
――轟ッ!!
「がっ――!?」
強烈な一撃が、セヴェルの顔面を捉えた。
視界が、真っ白に染まる。
次の瞬間。
セヴェルの身体が、地面へ叩きつけられた。
轟音。
石畳が砕け、土煙が舞い上がる。
周囲に展開されていた黒い水が、一斉に制御を失った。
高速で回転していた水刃が崩れ、水槍が形を失い、分厚い障壁が霧散していく。
やがて。
静寂が訪れた。
「…………」
イリスは、ゆっくりと左拳を下ろした。
拳を覆っていた極光が、淡い粒子となって消えていく。
足元には、意識を失ったセヴェルが倒れていた。
呼吸はある。
魔力の流れも、完全には途絶えていない。
ただし、すぐに立ち上がれる状態ではなかった。
イリスは小さく息をついた。
「……聖剣だけが、私の武器ではありませんよ」
その言葉に、返事はなかった。
◇
マグノリアの大通りに、静けさが戻っていた。
ガルド・ヴォルグ。
セヴェル・アクエリス。
ブルースカルのマスターを支える二人の魔導士は、どちらも意識を失っている。
イリスは二人の状態を確認した。
ガルドの胸元には、治療の痕跡が残されている。
セヴェルも、命に関わる状態ではない。
「……これで、ひとまず終わりですね」
イリスは聖剣を鞘へ収めた。
左腰の鞘へ、白銀の刀身が静かに収まる。
額の傷は、まだ少し痛む。
制服も、すっかり汚れてしまった。
「……帰ったら、直さないといけませんね」
小さく呟き、苦笑する。
しかし、すぐに表情を引き締めた。
(……皆さんは)
メイビス。
ユーリ。
プレヒト。
ウォーロッド。
四人は、ブルースカルを倒すために先へ進んでいる。
早く追いつかなければ。
イリスは大通りの奥へ視線を向けた。
そのときだった。
「……た、助けてくれ……!」
かすかな声が、聞こえた。
「……っ!」
イリスは即座に振り返った。
声がしたのは、大通りに面した建物の一つ。
壁の一部が崩れ、入口が瓦礫で塞がれている。
黒瀑滅神砲の余波によって損傷したのだろう。
「誰か、いるんですか!?」
イリスが駆け寄る。
「こ、ここだ……!」
瓦礫の向こうから、男の声が返ってきた。
「足が……挟まって……!」
「分かりました! 今、助けます!」
イリスは聖剣を抜いた。
入口を塞ぐ大きな梁。
その周囲には、崩れかけた壁が残されている。
無闇に瓦礫を動かせば、建物がさらに崩れる危険があった。
イリスはまず、防御魔法を展開した。
透明な障壁が、崩れかけた天井を支える。
続いて、聖剣を振るった。
白銀の刃が、邪魔な梁を静かに切断する。
切り離された瓦礫を慎重に動かし、入口を確保した。
「……大丈夫ですか?」
中へ入ると、倒れた棚の下敷きになった男がいた。
イリスは棚を持ち上げ、男の足を解放する。
「立てますか?」
「あ、ああ……だが、足が……」
「無理をしないでください」
イリスは男の腕を肩に回した。
「安全な場所まで、お連れします」
男を支えながら、建物の外へ出る。
その直後。
背後で、天井の一部が崩れ落ちた。
防御障壁が瓦礫を受け止め、激しい音が響く。
イリスは男を安全な場所へ座らせると、ほっと息をついた。
「……間に合って、よかったです」
「あ、ありがとう……!」
男は震える声で礼を言った。
「本当に、助かった……!」
「いえ。どうか、無理はしないでくださいね」
イリスは穏やかに微笑んだ。
しかし。
「……おい! こっちにも人がいるぞ!」
別の方向から、声が響いた。
イリスが振り返る。
泥に覆われた商店。
崩れた壁。
倒れた荷車。
先ほどまで戦場だった大通りには、まだ多くの被害が残されていた。
そして、その中には。
助けを必要としている人々がいた。
「……っ」
イリスは、唇を引き結んだ。
メイビスたちを追わなければならない。
それは分かっている。
だが。
「……分かりました!」
イリスは声のした方へ駆け出した。
「今、行きます!」
◇
それから、イリスは休むことなく動き続けた。
泥に埋もれた建物から、人々を救い出す。
倒れかけた壁を防御魔法で支え、避難する時間を作る。
大きな瓦礫は聖剣で切断し、運び出せる大きさにする。
粉塵が舞い上がれば、風魔法で吹き払った。
負傷者がいれば、安全な場所へ運ぶ。
イリス自身の額からも、まだ血が滲んでいた。
それでも、足を止めることはなかった。
「お、お嬢ちゃん! あんたも怪我してるじゃないか!」
救助された住民の一人が、心配そうに声をかける。
「……大丈夫です」
イリスは微笑んだ。
「これくらいなら、まだ動けますから」
「だが……!」
「それより、あちらの方をお願いします。足を怪我されているようなので」
イリスが指差した先には、先ほど救出した男が座っていた。
住民は一瞬戸惑ったものの、すぐに頷いた。
「……分かった!」
男が駆け出す。
その姿を見送り、イリスは再び周囲を見渡した。
やがて、一人、また一人と住民たちが動き始める。
「こっちに怪我人がいる!」
「毛布を持ってきてくれ!」
「まだ中に人が残ってるかもしれない!」
それまで恐怖に身を縮めていた人々が、少しずつ声を掛け合い始めた。
誰かが水を運び。
誰かが負傷者を支え。
誰かが、瓦礫の下に取り残された人を探す。
イリスは、その光景を見つめた。
「……ふふ」
自然と、小さな笑みがこぼれる。
魔法を使える者ばかりではない。
強い者ばかりでもない。
それでも、人々は互いを助けようとしている。
(……素敵ですね)
イリスは、もう一度空を見上げた。
青い空。
その下に広がる、傷ついた街並み。
この世界へ来てから、まだそれほど長い時間は経っていない。
それでも。
守りたいと思うものが、少しずつ増えていた。
「……お姉ちゃん!」
幼い声が響いた。
イリスが振り返る。
そこには、小さな女の子が立っていた。
泥で汚れた服。
涙の跡が残る頬。
その小さな手には、布切れが握られている。
「……これ」
女の子が、そっと差し出した。
「血、出てるから……」
イリスは、少しだけ目を見開いた。
そして、膝を折って女の子と目線を合わせる。
「……ありがとうございます」
差し出された布を受け取り、額の血を拭う。
「とても助かります」
女の子は、ほっとしたように笑った。
イリスも、自然に微笑み返す。
そのとき。
遠くから、再び助けを求める声が聞こえた。
イリスは立ち上がった。
「……それでは、もう少し頑張りましょうか」
女の子の頭を優しく撫で、声のした方へ向かう。
メイビスたちのことは、もちろん心配だった。
けれど。
(……皆さんなら、きっと大丈夫です)
イリスは、仲間たちの顔を思い浮かべた。
メイビスの笑顔。
ユーリの真っ直ぐな眼差し。
プレヒトの冷静な表情。
ウォーロッドの穏やかな笑み。
彼らは、もう守られるだけの存在ではない。
魔法を学び、自分たちの意思で戦うことを選んだ仲間たちだ。
だからこそ。
今は、信じよう。
そして、自分にできることをしよう。
「……今、行きます!」
イリスは再び駆け出した。
白銀の聖剣を携えた少女は、傷ついた街の中で、人々を救い続ける。
その頃。
マグノリアの別の場所では、メイビスたちもまた、自分たちの戦いへと進んでいた。
まだ、誰も知らない。
その戦いが、一人の少女の運命を大きく変えることになるなど。
――第22話 完――
【こそこそ聖剣使いの話】
~技名は必要なのでしょうか?~
イリス「……そういえば」
イリス「先ほどの戦いでは、お二人とも魔法の名前を口にしていましたね」
イリス「泥竜葬獄に、黒瀑滅神砲……」
イリス「……どちらも、なかなか格好いい名前でした」
イリス「もしかして、この世界では魔法を使うときに名前を言うのが普通なのでしょうか?」
イリス「……」
イリス「私も、言った方がいいのでしょうか……?」
イリス「…………」
イリス「……絶対切断!」
イリス「…………」
イリス「……いえ、これは少し違う気がします」
イリス「では……光剣召喚!」
イリス「…………」
イリス「……なんだか、恥ずかしいですね」
イリス「そもそも、相手に何をするのか教えてしまうのでは……?」
イリス「……」
イリス「……でも、少し格好よかったですし」
イリス「…………」
イリス「……誰もいないところで、もう少し練習してみましょうか」
――なお、この独り言を誰かに聞かれていたら、イリスはしばらく立ち直れなかっただろう。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。