妖精と聖剣使い   作:使い手なない

23 / 64
第23話「青き骸骨の呪縛」

 

 マグノリアの街に、遠くから轟音が響いた。

 

 石畳を震わせる衝撃。建物の向こうへ立ち上る土煙。

 

 メイビス・ヴァーミリオンは、その方角を一度だけ振り返った。

 

「……イリスさん」

 

 あの少女は今も戦っているのだろう。

 

 ブルースカルの強力な魔導士二人を引き受け、自分たちを先へ進ませてくれた、大切な友人。

 

 心配ではないと言えば嘘になる。

 

 けれど、イリスは自分たちを信じて送り出してくれた。

 

 ならば、その信頼に応えなければならない。

 

「メイビス!」

 

 ユーリ・ドレアーの声が響いた。

 

「見えてきたぞ!」

 

「……はい!」

 

 メイビスは前を向いた。

 

 隣にはユーリ。その後ろにはプレヒトとウォーロッド。

 

 四人が目指すのは、天狼島から奪われた秘宝――天狼玉。

 

 そして、マグノリアを支配するブルースカルとの決着だった。

 

     ◇

 

「……でかいな」

 

 プレヒトが足を止めた。

 

 大通りの先には、巨大な青い骸骨を掲げた建造物がそびえ立っていた。

 

 カルディア大聖堂。

 

 その上部に据えられた巨大な竜の骨は、ブルースカルの象徴として、街を見下ろしている。

 

「……趣味の悪い飾りだな」

 

 ユーリが顔をしかめた。

 

「本当にね……」

 

 ウォーロッドも苦笑する。

 

 しかし、プレヒトの表情は険しかった。

 

「見張りがいる。それも一人や二人じゃない」

 

 入口の左右。近くの建物の屋上。そして、大聖堂へ続く道。

 

 複数のブルースカル構成員が配置されていた。

 

「当然でしょうね」

 

 メイビスは周囲を観察する。

 

「ここは彼らの本拠地です。簡単には通してくれないと思います」

 

「だったら、正面から突破するまでだ!」

 

 ユーリが拳を握った。

 

「待て、ユーリ」

 

 プレヒトが肩を掴む。

 

「相手の数を見ろ。無策で突っ込めば囲まれるぞ」

 

「分かってるよ!」

 

 不満そうに答えるユーリ。

 

 そんな二人を見て、メイビスは小さく微笑んだ。

 

「大丈夫です。作戦があります」

 

     ◇

 

「……おい」

 

 ブルースカルの見張りが眉をひそめた。

 

 大聖堂へ続く道。

 

 そこに、一人の少女が立っていた。

 

 金色の長い髪。幼い容姿。そして、場違いなほど穏やかな表情。

 

「なんだ、ガキか?」

 

「ここから先は立入禁止だぞ!」

 

 構成員の一人が怒鳴る。

 

 しかし、少女は動じなかった。

 

「すみません」

 

 メイビスは、にっこりと微笑んだ。

 

「少し、お尋ねしたいことがあるのですが」

 

「ああ?」

 

「こちらに、天狼玉という宝玉はありませんか?」

 

 その瞬間、見張りたちの表情が変わった。

 

「……てめえ」

 

「どこで、その名前を聞いた?」

 

 メイビスは静かに微笑み続けた。

 

「……やはり、ここにあるんですね」

 

「捕まえろ!」

 

 構成員たちが一斉に動いた。

 

 だが。

 

「――幻影魔法・獣影乱舞!」

 

 メイビスの姿が揺らいだ。

 

 次の瞬間、少女の姿が何羽もの鳥へと変わる。

 

「なっ!?」

 

「幻影か!?」

 

 さらに、周囲に狼や獣の幻影が現れた。

 

 構成員たちが混乱する。

 

 その背後から。

 

「――今だ!」

 

 ユーリが飛び出した。

 

「雷撃魔法・雷拳!」

 

 拳に雷が走る。

 

 青白い光をまとった一撃が、構成員の腹部へ叩き込まれた。

 

「ぐあっ!?」

 

 男の身体が吹き飛ぶ。

 

「な、何者だ!」

 

「天狼玉を取り返しに来た者だ!」

 

 ウォーロッドが両手を地面へ向ける。

 

「植物魔法・蔓縛り!」

 

 石畳の隙間から植物の蔓が伸び、構成員たちの足へ絡みついた。

 

「な、なんだこれ!?」

 

「くそっ、動けねえ!」

 

「プレヒト!」

 

「分かっている!」

 

 プレヒトが片手を突き出した。

 

「鎖魔法・縛鎖!」

 

 魔力によって形成された鎖が、拘束された構成員たちへ伸びる。

 

 腕を絡め取り、武器を奪い、身動きを封じた。

 

「今だ、ユーリ!」

 

「おう!」

 

 ユーリが駆け込む。

 

 雷をまとった拳が、残る構成員たちを打ち倒した。

 

 しかし。

 

「侵入者だ!」

 

 屋上の見張りが声を上げる。

 

「応援を呼べ!」

 

 その瞬間、巨大な鳥の幻影が屋上へ飛び込んだ。

 

「うわあっ!?」

 

「なんだ、この鳥は!」

 

 混乱した見張りたちが足を止める。

 

「今のうちです!」

 

 メイビスの声に、三人が頷いた。

 

 四人は一斉に大聖堂へ駆け込んだ。

 

     ◇

 

「……ふう」

 

 入口を突破したウォーロッドが息をついた。

 

「なんとか入れたね」

 

「まだ入口だぞ」

 

 プレヒトが周囲を警戒する。

 

「油断するな」

 

「分かってるって!」

 

 ユーリは笑った。

 

 だが、その表情には確かな手応えがあった。

 

 数日前まで、魔法を使うことすらできなかった。

 

 それが今では、ブルースカルの構成員たちを相手に戦えている。

 

「……すげえな」

 

 ユーリが呟く。

 

「何がですか?」

 

 メイビスが首を傾げた。

 

「いや、俺たちさ」

 

 ユーリは自分の拳を見つめる。

 

「本当に、魔法が使えるようになったんだなって」

 

「……今さらか」

 

 プレヒトが呆れたように言う。

 

「ははっ! 確かにね!」

 

 ウォーロッドが笑った。

 

 メイビスも嬉しそうに微笑む。

 

「はい。皆さん、本当に強くなりました」

 

 だが、その言葉が終わるよりも早く。

 

「――いたぞ!」

 

 通路の奥から怒号が響いた。

 

 複数の足音。

 

 武器を構えた構成員たちが、次々と姿を現す。

 

「……まだまだいるみたいだね」

 

 ウォーロッドが苦笑した。

 

「当然だ」

 

 プレヒトが構える。

 

「ここは敵の本拠地だからな」

 

 ユーリは、にやりと笑った。

 

「上等だ!」

 

     ◇

 

 大聖堂の内部で、激しい戦闘が始まった。

 

「侵入者を逃がすな!」

 

「囲め!」

 

 構成員たちが左右の通路から押し寄せる。

 

 その数は十人を超えていた。

 

「ウォーロッドさん!」

 

「任せて!」

 

 床の隙間から蔓が伸び、前方の構成員たちの足を絡め取る。

 

「うわっ!?」

 

「足が動かねえ!」

 

 その隙に、ユーリが駆け込んだ。

 

「おらあっ!」

 

 魔力をまとった拳が、敵を吹き飛ばす。

 

 さらに、プレヒトの鎖が別の構成員を拘束した。

 

 しかし、敵も黙ってはいない。

 

「魔法を使え!」

 

 後方の魔導士たちが一斉に魔力を集めた。

 

 炎。風。そして、鋭い魔力の弾。

 

 複数の攻撃が四人へ殺到する。

 

「……っ!」

 

 ユーリが身構えた。

 

 しかし。

 

「こちらです!」

 

 メイビスの声が響く。

 

 四人の姿が、突然いくつにも分かれた。

 

「なっ!?」

 

「どれが本物だ!?」

 

 構成員たちの攻撃が幻影へ向かう。

 

 その隙に、四人は横の通路へ移動した。

 

「……助かったぜ!」

 

 ユーリが笑う。

 

「まだです!」

 

 メイビスはすぐに次の指示を出した。

 

「プレヒトさん! 右側の魔導士を!」

 

「了解した!」

 

「ウォーロッドさんは、奥の通路を塞いでください!」

 

「分かった!」

 

 四人の動きが噛み合っていく。

 

 メイビスが敵の位置を把握し、幻影で混乱させる。

 

 ウォーロッドが植物の魔法で動きを制限する。

 

 プレヒトが鎖で武器や腕を拘束する。

 

 そして、ユーリが正面から突破する。

 

 かつてイリスとの模擬戦で試した連携。

 

 あのときは圧倒的な実力差の前に敗れた。

 

 だが、今は違う。

 

「――おおおっ!」

 

 ユーリの拳が、最後の構成員を打ち倒した。

 

 通路に静寂が戻る。

 

「……はあ、はあ」

 

 ウォーロッドが肩で息をする。

 

「さすがに……ちょっと疲れたね」

 

「無理もない」

 

 プレヒトが額の汗を拭った。

 

「魔力を使い始めて、まだ日が浅いんだ」

 

 ユーリも呼吸を整えながら、拳を開いた。

 

「……けど、やれたな」

 

「はい!」

 

 メイビスが頷く。

 

「皆さんの修行の成果です!」

 

 その言葉に、三人は小さく笑った。

 

 しかし、メイビスの視線はすでに通路の奥へ向けられていた。

 

「……先へ進みましょう」

 

     ◇

 

 しばらく進むと、四人は広い礼拝堂へ出た。

 

 高い天井。

 

 巨大な柱。

 

 そして、壁に掲げられたブルースカルの紋章。

 

 その奥には、上階へ続く階段があった。

 

「……ここが中心部か?」

 

 プレヒトが呟く。

 

「恐らく」

 

 メイビスは周囲を観察した。

 

 構成員たちの配置。

 

 通路の構造。

 

 そして、先ほどから感じている違和感。

 

(……妙ですね)

 

 敵の数は多かった。

 

 しかし、どの構成員も、この先へ進ませまいとしていた。

 

 まるで、何かを守っているかのように。

 

「……上に、何かあります」

 

 メイビスが呟いた。

 

「天狼玉か?」

 

 ユーリが問いかける。

 

「その可能性は高いと思います」

 

 そのときだった。

 

 ――パン、パン、パン。

 

 乾いた拍手が礼拝堂に響いた。

 

「……ほう」

 

 低い声。

 

「随分と派手に暴れてくれたものだ」

 

 四人が振り返る。

 

 階段の上。

 

 そこに、一人の男が立っていた。

 

 高価そうな衣服。

 

 指には複数の宝石の指輪。

 

 そして、人を見下すような傲慢な笑み。

 

「……誰だ、てめえ」

 

 ユーリが問いかける。

 

 男はゆっくりと笑った。

 

「俺の城に乗り込んでおいて、主の顔も知らんとはな」

 

 プレヒトの表情が険しくなる。

 

「……まさか」

 

「そうだ」

 

 男は両腕を広げた。

 

「ブルースカルのマスター、ジョフリーだ」

 

     ◇

 

「……ジョフリー」

 

 メイビスがその名を繰り返した。

 

 ブルースカルの頂点に立つ男。

 

 マグノリアを支配する張本人。

 

 ジョフリーは四人を見下ろしていた。

 

「見張りも、内部の連中も突破したらしいな」

 

「……ああ」

 

 ユーリが答える。

 

「次はてめえだ!」

 

「くく……威勢だけはいい」

 

 ジョフリーは笑った。

 

「だが、俺の部下を倒した程度で調子に乗るなよ」

 

 その言葉と同時に。

 

 ジョフリーの右手に魔法陣が浮かんだ。

 

「――換装」

 

 光が集まる。

 

 次の瞬間、その手には一本の槍が握られていた。

 

 銀色の穂先。

 

 青い装飾。

 

 そして、穂先を走る小さな雷。

 

「……槍?」

 

 ウォーロッドが呟く。

 

「ただの槍ではない」

 

 プレヒトが目を細めた。

 

「魔法武器か」

 

「その通りだ」

 

 ジョフリーは得意げに笑った。

 

「金さえあれば、優れた武器はいくらでも手に入る」

 

 槍を軽く振るう。

 

 穂先に雷が走った。

 

「貴様らのような貧乏人には、縁のない代物だろうがな!」

 

「……金持ち自慢かよ」

 

 ユーリが呆れたように言った。

 

「気に入りませんね」

 

 メイビスも静かに答える。

 

「だったら、その自慢の槍ごと倒してやる!」

 

 ユーリが拳を握り締めた。

 

     ◇

 

 先に動いたのはジョフリーだった。

 

「はっ!」

 

 雷をまとった槍が、ユーリへ突き出される。

 

「……っ!」

 

 ユーリは咄嗟に身を捻った。

 

 穂先が頬の横を掠める。

 

 小さな雷が弾け、肌に痺れが走った。

 

「ぐっ……!」

 

「どうだ!」

 

 ジョフリーが笑う。

 

「この槍の威力は!」

 

「……大したことねえな!」

 

 ユーリは、にやりと笑った。

 

「何っ!?」

 

 槍をかわしながら、一気に踏み込む。

 

 しかし、ジョフリーは槍の柄でその拳を受け止めた。

 

「甘い!」

 

 反撃の突き。

 

 ユーリは後方へ跳んだ。

 

 その瞬間。

 

「――今です!」

 

 メイビスの幻影魔法が発動した。

 

 巨大な狼が、ジョフリーの横から飛びかかる。

 

「なっ!?」

 

 ジョフリーの視線が揺れた。

 

 その隙に、ウォーロッドが植物の蔓を伸ばす。

 

「……っ!」

 

 ジョフリーの足が絡め取られた。

 

「プレヒト!」

 

「分かっている!」

 

 鎖が伸び、槍を握る腕へ絡みつく。

 

「な、何だこれは!?」

 

 ジョフリーが慌てて腕を引く。

 

 だが、簡単には外れない。

 

「ユーリ!」

 

「おう!」

 

 ユーリが踏み込んだ。

 

 雷をまとった拳が、ジョフリーの腹部へ叩き込まれる。

 

「ぐおっ!?」

 

 男の身体が後方へ吹き飛んだ。

 

 石畳の上を転がり、階段の手前で止まる。

 

「……やったか!?」

 

 ウォーロッドが声を上げる。

 

 しかし。

 

「……ぐっ」

 

 ジョフリーは腹を押さえながら立ち上がった。

 

「き、貴様ら……!」

 

 その顔には、先ほどまでの余裕がなかった。

 

「よくも、この俺に……!」

 

 怒りに顔を歪める。

 

「許さんぞ!」

 

     ◇

 

「――換装!」

 

 ジョフリーの手に、再び魔法陣が浮かんだ。

 

 雷の槍が消え、代わりに赤い装飾の槍が現れる。

 

 穂先に、小さな炎が灯った。

 

「今度は炎か!」

 

 ユーリが身構える。

 

「そうだ!」

 

 ジョフリーは得意げに槍を構えた。

 

「この炎の魔槍なら、貴様らなど簡単に焼き払える!」

 

 槍が振るわれる。

 

 炎をまとった穂先が、ユーリへ迫った。

 

「……っ!」

 

 ユーリは後方へ跳ぶ。

 

 炎が石畳を掠め、小さな火花を散らした。

 

「どうだ!」

 

 ジョフリーが笑う。

 

「俺の魔槍は!」

 

 しかし。

 

 メイビスは、静かに相手を観察していた。

 

(……なるほど)

 

 槍そのものは、確かに優れた魔法武器なのだろう。

 

 雷の槍は命中した相手を痺れさせる。

 

 炎の槍は攻撃の威力を高める。

 

 だが。

 

(……武器の性能に頼りすぎています)

 

 ジョフリーの槍術は、決して未熟ではない。

 

 しかし、達人と呼べるほどでもない。

 

 槍を振るうたびに大きな隙が生まれる。

 

 攻撃をかわされると、立て直しが遅い。

 

 そして何より。

 

(……私たちの連携に、対応できていません)

 

 メイビスの瞳が、鋭くなった。

 

「皆さん!」

 

 三人が振り返る。

 

「勝てます!」

 

「……本当か!?」

 

 ユーリが笑った。

 

「はい!」

 

 メイビスは力強く頷く。

 

「私たちなら、勝てます!」

 

     ◇

 

「……何をこそこそ話している!」

 

 ジョフリーが槍を構えた。

 

「貴様らなど、まとめて――」

 

 その瞬間。

 

 ジョフリーの視界に、無数の鳥が飛び込んだ。

 

「なっ!?」

 

 メイビスの幻影魔法。

 

 その隙に、ウォーロッドが植物の蔓を伸ばす。

 

「また、その手か!」

 

 ジョフリーは炎の槍を振るい、蔓を焼き払おうとした。

 

 しかし。

 

「――遅い!」

 

 プレヒトの鎖が、槍の柄へ絡みついた。

 

「なにっ!?」

 

 ジョフリーの動きが止まる。

 

 さらに、別の鎖が腕を拘束した。

 

「くそっ! 離せ!」

 

 ジョフリーは必死に抵抗する。

 

 だが、その隙を逃す四人ではなかった。

 

「ユーリさん!」

 

「任せろ!」

 

 ユーリが駆け出した。

 

 ジョフリーが顔を上げる。

 

「ま、待て!」

 

 慌てて槍を引こうとする。

 

 しかし、鎖が絡みついて動かない。

 

「俺たちの勝ちだ!」

 

 ユーリの拳に、雷が走った。

 

 そして。

 

「――おおおおっ!!」

 

 渾身の一撃が、ジョフリーの顔面へ叩き込まれた。

 

「ぐあああっ!?」

 

 男の身体が吹き飛ぶ。

 

 階段を転がり落ち、礼拝堂の床へ叩きつけられた。

 

 炎の魔槍が、手から離れる。

 

 魔法の光が消え、槍は姿を失った。

 

「……ぐ……」

 

 ジョフリーは呻き声を漏らした。

 

 だが、立ち上がることはなかった。

 

 静寂。

 

 そして。

 

「……勝った?」

 

 ウォーロッドが呟いた。

 

 プレヒトが慎重に近づき、ジョフリーの様子を確認する。

 

「……ああ」

 

 振り返る。

 

「気絶している」

 

 その言葉に。

 

「……よっしゃあああっ!!」

 

 ユーリが拳を突き上げた。

 

 ウォーロッドも笑顔を浮かべる。

 

「やったね!」

 

 プレヒトは小さく息を吐いた。

 

「……まったく。最後まで騒がしい奴だ」

 

 メイビスは、三人を見つめて微笑んだ。

 

「……皆さん、本当にお疲れさまでした」

 

 四人は、ついにブルースカルのマスターを倒したのだった。

 

     ◇

 

「……さて」

 

 ユーリが階段を見上げた。

 

「残るは天狼玉だな」

 

「はい」

 

 メイビスが頷く。

 

「恐らく、上にあるはずです」

 

 四人は階段を上った。

 

 そして、巨大な青い骸骨のもとへ辿り着いた。

 

 近くで見ると、その大きさは圧倒的だった。

 

 巨大な眼窩。

 

 鋭い牙。

 

 そして、その奥に。

 

 淡く輝く宝玉があった。

 

「……天狼玉!」

 

 ユーリが声を上げる。

 

 メイビスも、目を見開いた。

 

「……間違いありません」

 

 天狼島から奪われた秘宝。

 

 ようやく、取り戻せる。

 

「……よし!」

 

 ユーリが、にやりと笑った。

 

「取ってくるぜ!」

 

「待ってください、ユーリさん」

 

 メイビスが呼び止める。

 

「……どうした?」

 

「少し、気になることがあります」

 

 メイビスは青い骸骨を見上げた。

 

 天狼玉は、巨大な竜骨の内部に収められている。

 

 ただの装飾品として置かれているようにも見える。

 

 だが。

 

(……なぜ、こんな場所に?)

 

 ジョフリーは金と権力を好む男だった。

 

 天狼玉の価値を知っていたとしても、不思議ではない。

 

 しかし、これほど巨大な竜骨の内部に飾る必要があるのだろうか。

 

「……メイビス?」

 

 ユーリが首を傾げた。

 

「……いえ」

 

 メイビスは小さく首を振る。

 

「慎重にお願いします」

 

「分かってるって!」

 

 ユーリは笑った。

 

 そして、青い骸骨へ近づいた。

 

 そのときだった。

 

「……う、ぐ……」

 

 背後から、呻き声が聞こえた。

 

 振り返ると、ジョフリーが階段の下から這うように姿を現していた。

 

「……てめえ」

 

 ユーリが顔をしかめる。

 

「まだ立てるのかよ」

 

 ジョフリーは腹を押さえながら、苦々しげに四人を睨んだ。

 

「……貴様ら……よくも……」

 

「もう勝負はついたぞ」

 

 プレヒトが冷静に言う。

 

「これ以上、戦う必要はない」

 

「……ぐっ」

 

 ジョフリーは歯を食いしばった。

 

 その視線が、青い骸骨へ向く。

 

 そして、天狼玉を見つけた。

 

「……何だ」

 

 ジョフリーが、眉をひそめる。

 

「天狼玉? あんなものが欲しいのか?」

 

「当たり前だ!」

 

 ユーリが答えた。

 

「俺たちは、それを取り返しに来たんだ!」

 

「……ふん」

 

 ジョフリーは鼻を鳴らした。

 

「欲しければ勝手に持っていけ。あんな不気味な石、俺には必要ない」

 

「……それなら、返していただけるんですね?」

 

 メイビスが問いかける。

 

 ジョフリーは、忌々しげに顔を歪めた。

 

「……好きにしろ」

 

 そう吐き捨てると、壁に背を預けた。

 

 その様子を見て、ユーリが肩をすくめる。

 

「最初からそう言えばいいんだよ」

 

 そして、天狼玉へ手を伸ばした。

 

     ◇

 

 ――ドクン。

 

 奇妙な音が響いた。

 

「……あ?」

 

 ユーリは、目を見開いた。

 

 天狼玉に触れた瞬間。

 

 何かが、身体の奥へ流れ込んできた。

 

「……なんだ、これ……?」

 

 宝玉が、突然強い光を放つ。

 

 その光は、次第に禍々しい色へと変わっていった。

 

「……ユーリさん?」

 

 メイビスが声をかける。

 

 しかし、返事はない。

 

「……ぐっ」

 

 ユーリが顔を歪めた。

 

「……う、あ……!」

 

 次の瞬間。

 

「――ぐあああああっ!!」

 

 絶叫が響き渡った。

 

「ユーリさん!?」

 

 メイビスが叫ぶ。

 

 天狼玉から溢れ出した魔力が、ユーリの身体を包み込んでいく。

 

 黒く濁った、禍々しい魔力。

 

 まるで、無数の悪意が一つになったかのような気配。

 

「ぐっ……ああああっ!!」

 

 ユーリは、宝玉から手を離そうとした。

 

 だが、離れない。

 

 何かに掴まれているかのように。

 

「……な、何だ!?」

 

 ジョフリーも、驚愕の表情を浮かべていた。

 

「そんな……俺は、何も……!」

 

 その言葉を聞く余裕は、誰にもなかった。

 

 青い骸骨が、震え始めたのだ。

 

 巨大な竜骨。

 

 その眼窩に、禍々しい光が灯る。

 

 骨が軋む。

 

 空気が震える。

 

 そして。

 

 ――轟ッ!!

 

 巨大な衝撃が、周囲へ広がった。

 

「きゃあっ!」

 

 メイビスの身体が吹き飛ばされる。

 

 プレヒトとウォーロッドも、地面へ叩きつけられた。

 

「……っ!」

 

 メイビスは、必死に顔を上げた。

 

 青い骸骨が、動いていた。

 

 巨大な顎が開く。

 

 骨の腕が、建造物を砕きながら持ち上がる。

 

 そして、その中心に。

 

 ユーリの姿があった。

 

「……ユーリ、さん……?」

 

 メイビスは、震える声で呟いた。

 

 返事はない。

 

 ただ、苦しげな呻き声だけが響いていた。

 

 天狼玉に宿る邪悪な念。

 

 それが、ユーリの身体を支配し、巨大な竜骨と融合させていた。

 

「……嘘、でしょう……?」

 

 ウォーロッドが呆然と呟いた。

 

 プレヒトも、言葉を失っていた。

 

 そして。

 

 青い骸骨の眼窩が、メイビスたちを捉えた。

 

 巨大な腕が、ゆっくりと持ち上がる。

 

「……っ!」

 

 メイビスは立ち上がろうとした。

 

 だが、身体が思うように動かない。

 

 目の前にいるのは、敵ではない。

 

 ユーリだ。

 

 大切な仲間。

 

 共に旅をしてきた友人。

 

 その彼が、今。

 

 自分たちへ向けて、巨大な腕を振り下ろそうとしている。

 

「……ユーリさん……!」

 

 メイビスは、必死に声を張り上げた。

 

「お願いです! 戻ってきてください!!」

 

 しかし。

 

 青い骸骨は、止まらなかった。

 

 巨大な腕が、振り下ろされる。

 

 その光景を前に。

 

 メイビスの脳裏に、一人の魔導士の姿が浮かんだ。

 

 森の奥で出会った、黒髪の青年。

 

 そして、彼から教わった魔法。

 

 まだ完成には至っていない、強大な魔法。

 

(……あの魔法なら)

 

 メイビスは、震える手を握り締めた。

 

 けれど、その魔法には危険が伴う。

 

 ゼレフからも、慎重に扱うよう言われていた。

 

 それでも。

 

 目の前には、救わなければならない仲間がいる。

 

「……私は……」

 

 メイビスの瞳に、決意が宿り始めた。

 

 青い骸骨の巨大な腕が、迫る。

 

 もう、迷っている時間はない。

 

 ――第23話 完――

 




【こそこそ妖精話】

ゼーラ「ねえ、メイビス。あんた、本当に嬉しそうね」

メイビス「え? 何がですか?」

ゼーラ「ユーリたちのことよ。魔法が使えるようになってから、ずっと楽しそうじゃない」

メイビス「ふふっ。だって、皆さんすごいんですよ! 最初は魔力を感じることも難しかったのに、今ではちゃんと魔法が使えるんですから!」

ゼーラ「はいはい。まるで自分のことみたいに喜んじゃって」

メイビス「自分のことみたいに嬉しいですよ?」

ゼーラ「……そういうところ、あんたらしいわね」

メイビス「それに、皆さんで一緒に頑張った時間が、私はとても好きなんです」

ゼーラ「……ふうん」

メイビス「だから、今回の戦いが終わったら、皆さんでゆっくり休みたいですね」

ゼーラ「イリスも一緒に?」

メイビス「もちろんです! 五人全員で!」

ゼーラ「……そうね。きっと、そうなるわ」

メイビス「はい! 約束ですよ、ゼーラ!」

ゼーラ「ちょっと、なんで私と約束するのよ!」

メイビス「だって、ゼーラも一緒ですから!」

ゼーラ「……もう。ほんと、あんたには敵わないわね」

メイビス「ふふっ♪」



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。