マグノリアの街に、遠くから轟音が響いた。
石畳を震わせる衝撃。建物の向こうへ立ち上る土煙。
メイビス・ヴァーミリオンは、その方角を一度だけ振り返った。
「……イリスさん」
あの少女は今も戦っているのだろう。
ブルースカルの強力な魔導士二人を引き受け、自分たちを先へ進ませてくれた、大切な友人。
心配ではないと言えば嘘になる。
けれど、イリスは自分たちを信じて送り出してくれた。
ならば、その信頼に応えなければならない。
「メイビス!」
ユーリ・ドレアーの声が響いた。
「見えてきたぞ!」
「……はい!」
メイビスは前を向いた。
隣にはユーリ。その後ろにはプレヒトとウォーロッド。
四人が目指すのは、天狼島から奪われた秘宝――天狼玉。
そして、マグノリアを支配するブルースカルとの決着だった。
◇
「……でかいな」
プレヒトが足を止めた。
大通りの先には、巨大な青い骸骨を掲げた建造物がそびえ立っていた。
カルディア大聖堂。
その上部に据えられた巨大な竜の骨は、ブルースカルの象徴として、街を見下ろしている。
「……趣味の悪い飾りだな」
ユーリが顔をしかめた。
「本当にね……」
ウォーロッドも苦笑する。
しかし、プレヒトの表情は険しかった。
「見張りがいる。それも一人や二人じゃない」
入口の左右。近くの建物の屋上。そして、大聖堂へ続く道。
複数のブルースカル構成員が配置されていた。
「当然でしょうね」
メイビスは周囲を観察する。
「ここは彼らの本拠地です。簡単には通してくれないと思います」
「だったら、正面から突破するまでだ!」
ユーリが拳を握った。
「待て、ユーリ」
プレヒトが肩を掴む。
「相手の数を見ろ。無策で突っ込めば囲まれるぞ」
「分かってるよ!」
不満そうに答えるユーリ。
そんな二人を見て、メイビスは小さく微笑んだ。
「大丈夫です。作戦があります」
◇
「……おい」
ブルースカルの見張りが眉をひそめた。
大聖堂へ続く道。
そこに、一人の少女が立っていた。
金色の長い髪。幼い容姿。そして、場違いなほど穏やかな表情。
「なんだ、ガキか?」
「ここから先は立入禁止だぞ!」
構成員の一人が怒鳴る。
しかし、少女は動じなかった。
「すみません」
メイビスは、にっこりと微笑んだ。
「少し、お尋ねしたいことがあるのですが」
「ああ?」
「こちらに、天狼玉という宝玉はありませんか?」
その瞬間、見張りたちの表情が変わった。
「……てめえ」
「どこで、その名前を聞いた?」
メイビスは静かに微笑み続けた。
「……やはり、ここにあるんですね」
「捕まえろ!」
構成員たちが一斉に動いた。
だが。
「――幻影魔法・獣影乱舞!」
メイビスの姿が揺らいだ。
次の瞬間、少女の姿が何羽もの鳥へと変わる。
「なっ!?」
「幻影か!?」
さらに、周囲に狼や獣の幻影が現れた。
構成員たちが混乱する。
その背後から。
「――今だ!」
ユーリが飛び出した。
「雷撃魔法・雷拳!」
拳に雷が走る。
青白い光をまとった一撃が、構成員の腹部へ叩き込まれた。
「ぐあっ!?」
男の身体が吹き飛ぶ。
「な、何者だ!」
「天狼玉を取り返しに来た者だ!」
ウォーロッドが両手を地面へ向ける。
「植物魔法・蔓縛り!」
石畳の隙間から植物の蔓が伸び、構成員たちの足へ絡みついた。
「な、なんだこれ!?」
「くそっ、動けねえ!」
「プレヒト!」
「分かっている!」
プレヒトが片手を突き出した。
「鎖魔法・縛鎖!」
魔力によって形成された鎖が、拘束された構成員たちへ伸びる。
腕を絡め取り、武器を奪い、身動きを封じた。
「今だ、ユーリ!」
「おう!」
ユーリが駆け込む。
雷をまとった拳が、残る構成員たちを打ち倒した。
しかし。
「侵入者だ!」
屋上の見張りが声を上げる。
「応援を呼べ!」
その瞬間、巨大な鳥の幻影が屋上へ飛び込んだ。
「うわあっ!?」
「なんだ、この鳥は!」
混乱した見張りたちが足を止める。
「今のうちです!」
メイビスの声に、三人が頷いた。
四人は一斉に大聖堂へ駆け込んだ。
◇
「……ふう」
入口を突破したウォーロッドが息をついた。
「なんとか入れたね」
「まだ入口だぞ」
プレヒトが周囲を警戒する。
「油断するな」
「分かってるって!」
ユーリは笑った。
だが、その表情には確かな手応えがあった。
数日前まで、魔法を使うことすらできなかった。
それが今では、ブルースカルの構成員たちを相手に戦えている。
「……すげえな」
ユーリが呟く。
「何がですか?」
メイビスが首を傾げた。
「いや、俺たちさ」
ユーリは自分の拳を見つめる。
「本当に、魔法が使えるようになったんだなって」
「……今さらか」
プレヒトが呆れたように言う。
「ははっ! 確かにね!」
ウォーロッドが笑った。
メイビスも嬉しそうに微笑む。
「はい。皆さん、本当に強くなりました」
だが、その言葉が終わるよりも早く。
「――いたぞ!」
通路の奥から怒号が響いた。
複数の足音。
武器を構えた構成員たちが、次々と姿を現す。
「……まだまだいるみたいだね」
ウォーロッドが苦笑した。
「当然だ」
プレヒトが構える。
「ここは敵の本拠地だからな」
ユーリは、にやりと笑った。
「上等だ!」
◇
大聖堂の内部で、激しい戦闘が始まった。
「侵入者を逃がすな!」
「囲め!」
構成員たちが左右の通路から押し寄せる。
その数は十人を超えていた。
「ウォーロッドさん!」
「任せて!」
床の隙間から蔓が伸び、前方の構成員たちの足を絡め取る。
「うわっ!?」
「足が動かねえ!」
その隙に、ユーリが駆け込んだ。
「おらあっ!」
魔力をまとった拳が、敵を吹き飛ばす。
さらに、プレヒトの鎖が別の構成員を拘束した。
しかし、敵も黙ってはいない。
「魔法を使え!」
後方の魔導士たちが一斉に魔力を集めた。
炎。風。そして、鋭い魔力の弾。
複数の攻撃が四人へ殺到する。
「……っ!」
ユーリが身構えた。
しかし。
「こちらです!」
メイビスの声が響く。
四人の姿が、突然いくつにも分かれた。
「なっ!?」
「どれが本物だ!?」
構成員たちの攻撃が幻影へ向かう。
その隙に、四人は横の通路へ移動した。
「……助かったぜ!」
ユーリが笑う。
「まだです!」
メイビスはすぐに次の指示を出した。
「プレヒトさん! 右側の魔導士を!」
「了解した!」
「ウォーロッドさんは、奥の通路を塞いでください!」
「分かった!」
四人の動きが噛み合っていく。
メイビスが敵の位置を把握し、幻影で混乱させる。
ウォーロッドが植物の魔法で動きを制限する。
プレヒトが鎖で武器や腕を拘束する。
そして、ユーリが正面から突破する。
かつてイリスとの模擬戦で試した連携。
あのときは圧倒的な実力差の前に敗れた。
だが、今は違う。
「――おおおっ!」
ユーリの拳が、最後の構成員を打ち倒した。
通路に静寂が戻る。
「……はあ、はあ」
ウォーロッドが肩で息をする。
「さすがに……ちょっと疲れたね」
「無理もない」
プレヒトが額の汗を拭った。
「魔力を使い始めて、まだ日が浅いんだ」
ユーリも呼吸を整えながら、拳を開いた。
「……けど、やれたな」
「はい!」
メイビスが頷く。
「皆さんの修行の成果です!」
その言葉に、三人は小さく笑った。
しかし、メイビスの視線はすでに通路の奥へ向けられていた。
「……先へ進みましょう」
◇
しばらく進むと、四人は広い礼拝堂へ出た。
高い天井。
巨大な柱。
そして、壁に掲げられたブルースカルの紋章。
その奥には、上階へ続く階段があった。
「……ここが中心部か?」
プレヒトが呟く。
「恐らく」
メイビスは周囲を観察した。
構成員たちの配置。
通路の構造。
そして、先ほどから感じている違和感。
(……妙ですね)
敵の数は多かった。
しかし、どの構成員も、この先へ進ませまいとしていた。
まるで、何かを守っているかのように。
「……上に、何かあります」
メイビスが呟いた。
「天狼玉か?」
ユーリが問いかける。
「その可能性は高いと思います」
そのときだった。
――パン、パン、パン。
乾いた拍手が礼拝堂に響いた。
「……ほう」
低い声。
「随分と派手に暴れてくれたものだ」
四人が振り返る。
階段の上。
そこに、一人の男が立っていた。
高価そうな衣服。
指には複数の宝石の指輪。
そして、人を見下すような傲慢な笑み。
「……誰だ、てめえ」
ユーリが問いかける。
男はゆっくりと笑った。
「俺の城に乗り込んでおいて、主の顔も知らんとはな」
プレヒトの表情が険しくなる。
「……まさか」
「そうだ」
男は両腕を広げた。
「ブルースカルのマスター、ジョフリーだ」
◇
「……ジョフリー」
メイビスがその名を繰り返した。
ブルースカルの頂点に立つ男。
マグノリアを支配する張本人。
ジョフリーは四人を見下ろしていた。
「見張りも、内部の連中も突破したらしいな」
「……ああ」
ユーリが答える。
「次はてめえだ!」
「くく……威勢だけはいい」
ジョフリーは笑った。
「だが、俺の部下を倒した程度で調子に乗るなよ」
その言葉と同時に。
ジョフリーの右手に魔法陣が浮かんだ。
「――換装」
光が集まる。
次の瞬間、その手には一本の槍が握られていた。
銀色の穂先。
青い装飾。
そして、穂先を走る小さな雷。
「……槍?」
ウォーロッドが呟く。
「ただの槍ではない」
プレヒトが目を細めた。
「魔法武器か」
「その通りだ」
ジョフリーは得意げに笑った。
「金さえあれば、優れた武器はいくらでも手に入る」
槍を軽く振るう。
穂先に雷が走った。
「貴様らのような貧乏人には、縁のない代物だろうがな!」
「……金持ち自慢かよ」
ユーリが呆れたように言った。
「気に入りませんね」
メイビスも静かに答える。
「だったら、その自慢の槍ごと倒してやる!」
ユーリが拳を握り締めた。
◇
先に動いたのはジョフリーだった。
「はっ!」
雷をまとった槍が、ユーリへ突き出される。
「……っ!」
ユーリは咄嗟に身を捻った。
穂先が頬の横を掠める。
小さな雷が弾け、肌に痺れが走った。
「ぐっ……!」
「どうだ!」
ジョフリーが笑う。
「この槍の威力は!」
「……大したことねえな!」
ユーリは、にやりと笑った。
「何っ!?」
槍をかわしながら、一気に踏み込む。
しかし、ジョフリーは槍の柄でその拳を受け止めた。
「甘い!」
反撃の突き。
ユーリは後方へ跳んだ。
その瞬間。
「――今です!」
メイビスの幻影魔法が発動した。
巨大な狼が、ジョフリーの横から飛びかかる。
「なっ!?」
ジョフリーの視線が揺れた。
その隙に、ウォーロッドが植物の蔓を伸ばす。
「……っ!」
ジョフリーの足が絡め取られた。
「プレヒト!」
「分かっている!」
鎖が伸び、槍を握る腕へ絡みつく。
「な、何だこれは!?」
ジョフリーが慌てて腕を引く。
だが、簡単には外れない。
「ユーリ!」
「おう!」
ユーリが踏み込んだ。
雷をまとった拳が、ジョフリーの腹部へ叩き込まれる。
「ぐおっ!?」
男の身体が後方へ吹き飛んだ。
石畳の上を転がり、階段の手前で止まる。
「……やったか!?」
ウォーロッドが声を上げる。
しかし。
「……ぐっ」
ジョフリーは腹を押さえながら立ち上がった。
「き、貴様ら……!」
その顔には、先ほどまでの余裕がなかった。
「よくも、この俺に……!」
怒りに顔を歪める。
「許さんぞ!」
◇
「――換装!」
ジョフリーの手に、再び魔法陣が浮かんだ。
雷の槍が消え、代わりに赤い装飾の槍が現れる。
穂先に、小さな炎が灯った。
「今度は炎か!」
ユーリが身構える。
「そうだ!」
ジョフリーは得意げに槍を構えた。
「この炎の魔槍なら、貴様らなど簡単に焼き払える!」
槍が振るわれる。
炎をまとった穂先が、ユーリへ迫った。
「……っ!」
ユーリは後方へ跳ぶ。
炎が石畳を掠め、小さな火花を散らした。
「どうだ!」
ジョフリーが笑う。
「俺の魔槍は!」
しかし。
メイビスは、静かに相手を観察していた。
(……なるほど)
槍そのものは、確かに優れた魔法武器なのだろう。
雷の槍は命中した相手を痺れさせる。
炎の槍は攻撃の威力を高める。
だが。
(……武器の性能に頼りすぎています)
ジョフリーの槍術は、決して未熟ではない。
しかし、達人と呼べるほどでもない。
槍を振るうたびに大きな隙が生まれる。
攻撃をかわされると、立て直しが遅い。
そして何より。
(……私たちの連携に、対応できていません)
メイビスの瞳が、鋭くなった。
「皆さん!」
三人が振り返る。
「勝てます!」
「……本当か!?」
ユーリが笑った。
「はい!」
メイビスは力強く頷く。
「私たちなら、勝てます!」
◇
「……何をこそこそ話している!」
ジョフリーが槍を構えた。
「貴様らなど、まとめて――」
その瞬間。
ジョフリーの視界に、無数の鳥が飛び込んだ。
「なっ!?」
メイビスの幻影魔法。
その隙に、ウォーロッドが植物の蔓を伸ばす。
「また、その手か!」
ジョフリーは炎の槍を振るい、蔓を焼き払おうとした。
しかし。
「――遅い!」
プレヒトの鎖が、槍の柄へ絡みついた。
「なにっ!?」
ジョフリーの動きが止まる。
さらに、別の鎖が腕を拘束した。
「くそっ! 離せ!」
ジョフリーは必死に抵抗する。
だが、その隙を逃す四人ではなかった。
「ユーリさん!」
「任せろ!」
ユーリが駆け出した。
ジョフリーが顔を上げる。
「ま、待て!」
慌てて槍を引こうとする。
しかし、鎖が絡みついて動かない。
「俺たちの勝ちだ!」
ユーリの拳に、雷が走った。
そして。
「――おおおおっ!!」
渾身の一撃が、ジョフリーの顔面へ叩き込まれた。
「ぐあああっ!?」
男の身体が吹き飛ぶ。
階段を転がり落ち、礼拝堂の床へ叩きつけられた。
炎の魔槍が、手から離れる。
魔法の光が消え、槍は姿を失った。
「……ぐ……」
ジョフリーは呻き声を漏らした。
だが、立ち上がることはなかった。
静寂。
そして。
「……勝った?」
ウォーロッドが呟いた。
プレヒトが慎重に近づき、ジョフリーの様子を確認する。
「……ああ」
振り返る。
「気絶している」
その言葉に。
「……よっしゃあああっ!!」
ユーリが拳を突き上げた。
ウォーロッドも笑顔を浮かべる。
「やったね!」
プレヒトは小さく息を吐いた。
「……まったく。最後まで騒がしい奴だ」
メイビスは、三人を見つめて微笑んだ。
「……皆さん、本当にお疲れさまでした」
四人は、ついにブルースカルのマスターを倒したのだった。
◇
「……さて」
ユーリが階段を見上げた。
「残るは天狼玉だな」
「はい」
メイビスが頷く。
「恐らく、上にあるはずです」
四人は階段を上った。
そして、巨大な青い骸骨のもとへ辿り着いた。
近くで見ると、その大きさは圧倒的だった。
巨大な眼窩。
鋭い牙。
そして、その奥に。
淡く輝く宝玉があった。
「……天狼玉!」
ユーリが声を上げる。
メイビスも、目を見開いた。
「……間違いありません」
天狼島から奪われた秘宝。
ようやく、取り戻せる。
「……よし!」
ユーリが、にやりと笑った。
「取ってくるぜ!」
「待ってください、ユーリさん」
メイビスが呼び止める。
「……どうした?」
「少し、気になることがあります」
メイビスは青い骸骨を見上げた。
天狼玉は、巨大な竜骨の内部に収められている。
ただの装飾品として置かれているようにも見える。
だが。
(……なぜ、こんな場所に?)
ジョフリーは金と権力を好む男だった。
天狼玉の価値を知っていたとしても、不思議ではない。
しかし、これほど巨大な竜骨の内部に飾る必要があるのだろうか。
「……メイビス?」
ユーリが首を傾げた。
「……いえ」
メイビスは小さく首を振る。
「慎重にお願いします」
「分かってるって!」
ユーリは笑った。
そして、青い骸骨へ近づいた。
そのときだった。
「……う、ぐ……」
背後から、呻き声が聞こえた。
振り返ると、ジョフリーが階段の下から這うように姿を現していた。
「……てめえ」
ユーリが顔をしかめる。
「まだ立てるのかよ」
ジョフリーは腹を押さえながら、苦々しげに四人を睨んだ。
「……貴様ら……よくも……」
「もう勝負はついたぞ」
プレヒトが冷静に言う。
「これ以上、戦う必要はない」
「……ぐっ」
ジョフリーは歯を食いしばった。
その視線が、青い骸骨へ向く。
そして、天狼玉を見つけた。
「……何だ」
ジョフリーが、眉をひそめる。
「天狼玉? あんなものが欲しいのか?」
「当たり前だ!」
ユーリが答えた。
「俺たちは、それを取り返しに来たんだ!」
「……ふん」
ジョフリーは鼻を鳴らした。
「欲しければ勝手に持っていけ。あんな不気味な石、俺には必要ない」
「……それなら、返していただけるんですね?」
メイビスが問いかける。
ジョフリーは、忌々しげに顔を歪めた。
「……好きにしろ」
そう吐き捨てると、壁に背を預けた。
その様子を見て、ユーリが肩をすくめる。
「最初からそう言えばいいんだよ」
そして、天狼玉へ手を伸ばした。
◇
――ドクン。
奇妙な音が響いた。
「……あ?」
ユーリは、目を見開いた。
天狼玉に触れた瞬間。
何かが、身体の奥へ流れ込んできた。
「……なんだ、これ……?」
宝玉が、突然強い光を放つ。
その光は、次第に禍々しい色へと変わっていった。
「……ユーリさん?」
メイビスが声をかける。
しかし、返事はない。
「……ぐっ」
ユーリが顔を歪めた。
「……う、あ……!」
次の瞬間。
「――ぐあああああっ!!」
絶叫が響き渡った。
「ユーリさん!?」
メイビスが叫ぶ。
天狼玉から溢れ出した魔力が、ユーリの身体を包み込んでいく。
黒く濁った、禍々しい魔力。
まるで、無数の悪意が一つになったかのような気配。
「ぐっ……ああああっ!!」
ユーリは、宝玉から手を離そうとした。
だが、離れない。
何かに掴まれているかのように。
「……な、何だ!?」
ジョフリーも、驚愕の表情を浮かべていた。
「そんな……俺は、何も……!」
その言葉を聞く余裕は、誰にもなかった。
青い骸骨が、震え始めたのだ。
巨大な竜骨。
その眼窩に、禍々しい光が灯る。
骨が軋む。
空気が震える。
そして。
――轟ッ!!
巨大な衝撃が、周囲へ広がった。
「きゃあっ!」
メイビスの身体が吹き飛ばされる。
プレヒトとウォーロッドも、地面へ叩きつけられた。
「……っ!」
メイビスは、必死に顔を上げた。
青い骸骨が、動いていた。
巨大な顎が開く。
骨の腕が、建造物を砕きながら持ち上がる。
そして、その中心に。
ユーリの姿があった。
「……ユーリ、さん……?」
メイビスは、震える声で呟いた。
返事はない。
ただ、苦しげな呻き声だけが響いていた。
天狼玉に宿る邪悪な念。
それが、ユーリの身体を支配し、巨大な竜骨と融合させていた。
「……嘘、でしょう……?」
ウォーロッドが呆然と呟いた。
プレヒトも、言葉を失っていた。
そして。
青い骸骨の眼窩が、メイビスたちを捉えた。
巨大な腕が、ゆっくりと持ち上がる。
「……っ!」
メイビスは立ち上がろうとした。
だが、身体が思うように動かない。
目の前にいるのは、敵ではない。
ユーリだ。
大切な仲間。
共に旅をしてきた友人。
その彼が、今。
自分たちへ向けて、巨大な腕を振り下ろそうとしている。
「……ユーリさん……!」
メイビスは、必死に声を張り上げた。
「お願いです! 戻ってきてください!!」
しかし。
青い骸骨は、止まらなかった。
巨大な腕が、振り下ろされる。
その光景を前に。
メイビスの脳裏に、一人の魔導士の姿が浮かんだ。
森の奥で出会った、黒髪の青年。
そして、彼から教わった魔法。
まだ完成には至っていない、強大な魔法。
(……あの魔法なら)
メイビスは、震える手を握り締めた。
けれど、その魔法には危険が伴う。
ゼレフからも、慎重に扱うよう言われていた。
それでも。
目の前には、救わなければならない仲間がいる。
「……私は……」
メイビスの瞳に、決意が宿り始めた。
青い骸骨の巨大な腕が、迫る。
もう、迷っている時間はない。
――第23話 完――
【こそこそ妖精話】
ゼーラ「ねえ、メイビス。あんた、本当に嬉しそうね」
メイビス「え? 何がですか?」
ゼーラ「ユーリたちのことよ。魔法が使えるようになってから、ずっと楽しそうじゃない」
メイビス「ふふっ。だって、皆さんすごいんですよ! 最初は魔力を感じることも難しかったのに、今ではちゃんと魔法が使えるんですから!」
ゼーラ「はいはい。まるで自分のことみたいに喜んじゃって」
メイビス「自分のことみたいに嬉しいですよ?」
ゼーラ「……そういうところ、あんたらしいわね」
メイビス「それに、皆さんで一緒に頑張った時間が、私はとても好きなんです」
ゼーラ「……ふうん」
メイビス「だから、今回の戦いが終わったら、皆さんでゆっくり休みたいですね」
ゼーラ「イリスも一緒に?」
メイビス「もちろんです! 五人全員で!」
ゼーラ「……そうね。きっと、そうなるわ」
メイビス「はい! 約束ですよ、ゼーラ!」
ゼーラ「ちょっと、なんで私と約束するのよ!」
メイビス「だって、ゼーラも一緒ですから!」
ゼーラ「……もう。ほんと、あんたには敵わないわね」
メイビス「ふふっ♪」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。