妖精と聖剣使い   作:使い手なない

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第26話「妖精の尻尾」

 

第一幕 旅立ちの朝

 

 マグノリアの街に、朝日が差し込んでいた。

 

 石畳には、まだ戦いの傷跡が残っている。

 

 崩れた建物も、焼け焦げた壁も、すぐに元どおりになるわけではない。

 

 それでも、街には確かな活気が戻り始めていた。

 

「よいしょっと!」

 

 大きな木箱を荷車へ積み込み、ユーリが額の汗を拭った。

 

「これで最後だな!」

 

「……お前は本当に朝から元気だな」

 

 隣で荷物を整理していたプレヒトが呆れたように呟く。

 

「何だよ。元気なのはいいことだろ?」

 

「少しは周囲の迷惑も考えろ」

 

「朝から説教かよ!」

 

 いつものやり取りに、ウォーロッドが穏やかに笑った。

 

「まあまあ。今日は天狼島へ戻る日ですし、元気があるのはいいことですよ」

 

「だろ?」

 

「ただし、船の上では少し静かにしてくださいね」

 

「ウォーロッドまで!?」

 

 その様子を見ていたイリスが、小さく笑った。

 

「ふふっ。皆さん、朝から楽しそうですね」

 

「イリス! お前も何か言ってやってくれよ!」

 

「そうですね……」

 

 イリスは少し考える。

 

「船の上で暴れるのは、危ないと思いますよ?」

 

「イリスまでそっちかよ!」

 

 ユーリの声に、皆が笑った。

 

 その輪の中に、メイビスもいた。

 

「ふふっ。ユーリさんは、いつも賑やかですね!」

 

「おう! 元気が取り柄だからな!」

 

「それは自慢することなのか?」

 

「いいだろ、別に!」

 

 メイビスは楽しそうに笑った。

 

 その笑顔を見て、イリスは少しだけ安堵する。

 

 昨日、メイビスは大切な友達との別れを経験した。

 

 あれほど泣いていた彼女が、今こうして笑っている。

 

 もちろん、悲しみが消えたわけではないだろう。

 

 それでも。

 

 少しずつ、前を向こうとしている。

 

 イリスには、それが嬉しかった。

 

「……メイビスさん」

 

「はい?」

 

「天狼島へ戻るのが楽しみですね」

 

 メイビスは一瞬だけ目を丸くした。

 

 それから、柔らかく微笑む。

 

「……はい!」

 

 その返事には、少しだけ寂しさが混じっていた。

 

 けれど、確かな喜びもあった。

 

 五人が出発の準備を終えた頃。

 

「おーい!」

 

 通りの向こうから、数人の住民が駆け寄ってきた。

 

「もう出発するのかい?」

 

「はい。盗まれた天狼玉を、元の場所へ戻さないといけませんから」

 

 イリスが答えると、住民たちは頷いた。

 

「そうか……本当に世話になったね」

 

「あなたたちがいなかったら、今頃どうなっていたことか……」

 

「そんな、大したことじゃねえよ!」

 

 ユーリが笑う。

 

「俺たちも、やることがあっただけだからな!」

 

「それでも、ありがとう」

 

 年配の男性が、深々と頭を下げた。

 

 その姿に、ユーリは少し照れくさそうに頬をかいた。

 

「……お、おう」

 

 しかし。

 

 住民たちの中にいた一人の女性が、不安そうに口を開いた。

 

「でも……ブルースカルが、また戻ってきたりしないかしら」

 

 その言葉に、周囲が静かになった。

 

「ジョフリーたちは逃げたんでしょう? また仲間を集めて戻ってきたら……」

 

「……そうだな」

 

 別の男性が頷く。

 

「今度は、誰がこの街を守ってくれるんだろうな……」

 

 誰も、すぐには答えられなかった。

 

 ブルースカルは倒した。

 

 街は解放された。

 

 けれど、すべての危険が消えたわけではない。

 

 ユーリは、しばらく黙って住民たちを見つめていた。

 

「……そうか」

 

 ぽつりと呟く。

 

 その横顔を、プレヒトが見た。

 

「ユーリ?」

 

「いや……何でもねえ」

 

 ユーリは首を振った。

 

 そして、いつもの笑顔を浮かべる。

 

「とにかく、俺たちは天狼玉を返してくるぜ!」

 

「はい! 皆さん、お元気で!」

 

 メイビスが大きく手を振った。

 

 住民たちも、笑顔で手を振り返す。

 

 こうして五人は、マグノリアを後にした。

 

 けれど。

 

 ユーリの胸には、先ほど聞いた言葉が残っていた。

 

 ――今度は、誰がこの街を守ってくれるのか。

 

――――――――――

 

第二幕 懐かしい島

 

 船が海を進んでいく。

 

 潮風が頬を撫で、白い波が船体の横を流れていった。

 

「見えてきました!」

 

 船の先頭に立っていたメイビスが、嬉しそうに声を上げた。

 

 水平線の向こう。

 

 緑に覆われた島が、少しずつ姿を現していた。

 

 天狼島。

 

 かつて、メイビスが暮らしていた場所。

 

 そして、イリスがこの世界で初めて目を覚ました場所でもある。

 

「……懐かしいですね」

 

 イリスが呟く。

 

「まだ、それほど長い時間が経ったわけではありませんけれど」

 

「分かります!」

 

 メイビスが振り向いた。

 

「なんだか、すごく久しぶりな気がしますよね!」

 

「はい」

 

 二人は顔を見合わせて微笑んだ。

 

 やがて船が岸へ到着する。

 

 五人は荷物を持ち、森の中へと歩き始めた。

 

「うわー、相変わらず木がでけえな!」

 

 ユーリが頭上を見上げる。

 

「お前は前に来たときも同じことを言っていたぞ」

 

「いいだろ! 何度見てもすげえもんはすげえんだよ!」

 

「ふふっ。私もそう思います」

 

 イリスが笑う。

 

 ウォーロッドは、周囲の木々を興味深そうに眺めていた。

 

「やはり、素晴らしい森ですね。ここには長く生きている木々がたくさんあります」

 

「ウォーロッドさんは、本当に植物がお好きなんですね!」

 

「ええ。見ているだけで落ち着きますから」

 

 そんな会話を交わしながら、五人は森を進んだ。

 

 メイビスは、時折足を止めていた。

 

 見慣れた木。

 

 昔、遊んだ小道。

 

 何度も通った場所。

 

 その一つ一つに、思い出があった。

 

 そして。

 

 その思い出の多くには、ゼーラがいた。

 

「……」

 

 メイビスは、ふと足を止めた。

 

 大きな木の根元。

 

 そこは、かつてゼーラと一緒に腰を下ろしたことのある場所だった。

 

 いつもなら。

 

 隣から、何か言葉が返ってくる気がした。

 

 けれど。

 

 今は、静かな風の音だけが聞こえていた。

 

「……メイビスさん?」

 

 イリスが声をかける。

 

 メイビスは、ゆっくりと振り向いた。

 

「……何でもありません」

 

 少しだけ寂しそうに微笑む。

 

「ここで、昔……友達とお話ししたことを思い出していたんです」

 

「……そうだったんですね」

 

 イリスは、それ以上尋ねなかった。

 

 代わりに、メイビスの隣へ並ぶ。

 

「少し、休んでいきますか?」

 

 メイビスは小さく首を振った。

 

「いいえ」

 

 そして、前を向く。

 

「皆さんを、待たせてしまいますから!」

 

「急がなくてもいいですよ」

 

「ふふっ。ありがとうございます!」

 

 メイビスは笑った。

 

 今度は、先ほどよりも少し自然な笑顔だった。

 

 思い出は、消えない。

 

 寂しさも、すぐには消えない。

 

 それでも。

 

 今は、一緒に歩いてくれる仲間がいる。

 

 メイビスは、そのことを改めて感じていた。

 

――――――――――

 

第三幕 取り戻した秘宝

 

 五人は、天狼島の遺跡へと到着した。

 

 古びた石造りの建物。

 

 長い年月を経た柱。

 

 そして、かつて天狼玉が安置されていた場所。

 

「……ここですね」

 

 メイビスが静かに呟いた。

 

 ユーリは、慎重に包みを取り出す。

 

 中には、取り戻した天狼玉が収められていた。

 

「まったく……こいつのせいで、とんでもない目に遭ったぜ」

 

 ユーリが苦笑する。

 

「お前が言うと、笑えないな」

 

 プレヒトが呟いた。

 

「……悪かったって」

 

 ユーリは少しだけ表情を曇らせる。

 

 あの戦い。

 

 天狼玉の力に取り込まれ、仲間たちを危険に晒してしまったこと。

 

 それを、忘れたわけではなかった。

 

「ユーリさん」

 

 メイビスが声をかける。

 

「もう、大丈夫ですよ」

 

「……メイビス」

 

「こうして、皆さんで戻ってこられたんですから!」

 

 メイビスは笑った。

 

 ユーリは一瞬だけ目を丸くし、それから笑い返した。

 

「……そうだな!」

 

 イリスは、天狼玉を見つめた。

 

 金色の瞳には、内部に宿る魔力の流れが映っている。

 

 膨大な魔力。

 

 けれど、今はあのときのような激しい乱れは見られなかった。

 

「……現在は、落ち着いているようですね」

 

「なら、元の場所へ戻しても問題なさそうか?」

 

 プレヒトが尋ねる。

 

「少なくとも、今すぐ何かが起こるような兆候はありません」

 

 イリスは慎重に答えた。

 

 魔力が見えるからといって、天狼玉のすべてを理解できるわけではない。

 

 それは、今回の旅で改めて学んだことでもあった。

 

 ユーリは頷き、天狼玉を元の台座へと戻した。

 

 静かな遺跡に、柔らかな光が広がる。

 

 やがて、その輝きは落ち着いた。

 

「……これで、ひとまず終わりですね」

 

 ウォーロッドが安堵の息を吐いた。

 

「ああ!」

 

 ユーリは大きく伸びをした。

 

「ようやく、最初の目的を達成したってわけだ!」

 

「ずいぶん遠回りをしたがな」

 

「いいじゃねえか! そのおかげで魔法も覚えたしよ!」

 

「……それは否定しない」

 

 プレヒトも、小さく笑った。

 

 しかし、しばらくして。

 

「……一つ、問題がありますね」

 

 ウォーロッドが口を開いた。

 

「何だ?」

 

「天狼玉を戻したのはいいのですが……また盗まれる可能性はありませんか?」

 

 その言葉に、全員が黙った。

 

「……確かにな」

 

 プレヒトが頷く。

 

「今回のようなことが、二度と起こらないとは限らない」

 

「うーん……」

 

 メイビスは腕を組んで考え込んだ。

 

 そして、ぱっと顔を上げる。

 

「それなら、島そのものを隠してしまうのはどうでしょう!」

 

「……島を?」

 

 ユーリが首を傾げた。

 

「はい!」

 

 メイビスは楽しそうに続ける。

 

「例えば、幻影魔法を使って、外から島が見つかりにくくなるようにするんです!」

 

「なるほど……」

 

 プレヒトが考え込む。

 

「理屈としては面白いが、島全体となると相当な規模だな」

 

「それに、長期間維持する方法も必要ですね」

 

 イリスが付け加える。

 

「……そうですよね」

 

 メイビスは少し残念そうに肩を落とした。

 

 けれど、すぐに顔を上げる。

 

「でも、いつかできるようになったら素敵だと思いませんか?」

 

「ええ」

 

 イリスは微笑んだ。

 

「そのときは、私もお手伝いしますよ」

 

「本当ですか!?」

 

「はい。私にできることでしたら」

 

「やったー!」

 

 メイビスは嬉しそうに両手を上げた。

 

 プレヒトも、静かに頷く。

 

「……いずれ、研究する価値はありそうだな」

 

「それなら、今後の課題ということでしょうか」

 

 ウォーロッドが微笑む。

 

「そうだな!」

 

 ユーリが頷いた。

 

「今すぐ全部解決しようとしたって、無理なもんは無理だ!」

 

 こうして、天狼玉の安全対策は、今後の課題として残されることになった。

 

 五人は遺跡を後にした。

 

 天狼玉を取り戻すために始まった旅は、ようやく一つの区切りを迎えた。

 

――――――――――

 

第四幕 五人のこれから

 

 夕暮れ。

 

 五人は、天狼島の海を見渡せる高台に集まっていた。

 

 茜色の空。

 

 穏やかな波。

 

 遠くには、水平線が広がっている。

 

「……綺麗ですね」

 

 イリスが呟いた。

 

「でしょう?」

 

 メイビスが嬉しそうに笑う。

 

「ここ、私のお気に入りの場所なんです!」

 

「以前も案内していただきましたね」

 

「覚えていてくれたんですか!?」

 

「もちろんです」

 

 イリスは微笑んだ。

 

「とても綺麗でしたから」

 

 メイビスは嬉しそうに頬を緩めた。

 

 その少し後ろでは、ユーリたちが腰を下ろしていた。

 

「……なあ」

 

 不意に、ユーリが口を開いた。

 

「俺たち、これからどうする?」

 

 プレヒトが顔を上げる。

 

「天狼玉は戻した。ひとまず、目的は果たしたな」

 

「ああ」

 

 ユーリは頷いた。

 

「でもよ……何だか、このまま解散するのもつまんねえよな」

 

「……解散?」

 

 メイビスが振り向いた。

 

「皆さん、別々になってしまうんですか?」

 

「いや、そう決まったわけじゃねえけどよ」

 

 ユーリは頭をかいた。

 

「俺たち、もともとは宝探しをしてたわけだしな」

 

「そうだな」

 

 プレヒトが頷く。

 

「今後については、改めて考える必要がある」

 

 ウォーロッドも静かに口を開いた。

 

「ですが、私は……もう少し皆さんと一緒にいたいですね」

 

「私もです!」

 

 メイビスが即座に答えた。

 

 その声に、皆が笑った。

 

「イリスはどうだ?」

 

 ユーリが尋ねる。

 

「私ですか?」

 

「ああ。お前も、何かやりたいことがあるんだろ?」

 

 イリスは、少しだけ考えた。

 

「……そうですね」

 

 潮風が、長い黒髪を揺らす。

 

「私は、元の世界へ帰る方法を探したいと思っています」

 

 その言葉に、皆が静かになった。

 

 イリスは異世界から来た少女だった。

 

 この世界に来た理由も、帰る方法も、まだ分かっていない。

 

「……やっぱり、帰りたいのか?」

 

 ユーリが尋ねる。

 

「はい」

 

 イリスは素直に頷いた。

 

「故郷には、大切な人たちもいますから」

 

 魔法学院で過ごした日々。

 

 冒険者として歩いた道。

 

 見慣れた街並み。

 

 今でも、時折思い出す。

 

「ですが……」

 

 イリスは、仲間たちを見つめた。

 

「皆さんと一緒に過ごした時間も、私にとって大切なものです」

 

 メイビスの瞳が、少しだけ揺れた。

 

「……イリスさん」

 

「帰る方法を探すことと、皆さんと一緒にいること。その両方ができたら、嬉しいですね」

 

 イリスは微笑んだ。

 

 その言葉を聞いて、ユーリはしばらく考え込んでいた。

 

 そして。

 

「……よし!」

 

 突然、立ち上がった。

 

「決めたぜ!」

 

「……何をだ?」

 

 プレヒトが怪訝そうに尋ねる。

 

 ユーリは、四人を見回した。

 

「俺たち、ギルドを作らねえか?」

 

「……ギルド?」

 

 メイビスが目を丸くした。

 

「そう! 魔導士ギルドだ!」

 

 ユーリは、勢いよく続けた。

 

「マグノリアの人たち、心配してただろ? ブルースカルがまた戻ってきたらどうするって」

 

「……ああ」

 

 プレヒトが頷いた。

 

「それは確かに聞いたな」

 

「だったら、俺たちがあの街に残ればいいんだよ!」

 

 ユーリは笑った。

 

「ギルドを作って、依頼を受けて、困ってる奴らを助ける!」

 

 そして、四人を指さした。

 

「そうすりゃ、俺たちも一緒にいられるだろ!」

 

「……なるほど」

 

 ウォーロッドが微笑む。

 

「確かに、それは素敵な考えですね」

 

「それに、イリスだって依頼でいろんな場所へ行けるだろ?」

 

「……!」

 

 イリスが目を見開いた。

 

「旅先で帰る方法の手がかりが見つかるかもしれねえし、情報だって集まる!」

 

「……そうですね」

 

 イリスは、小さく頷いた。

 

 自分の目的。

 

 仲間たちとの時間。

 

 その両方を大切にできる場所。

 

 そんなものが、本当にあるのだろうか。

 

 そう思っていた。

 

 けれど。

 

 目の前の仲間たちは、当たり前のように、その可能性を示してくれた。

 

「……ユーリさん」

 

「何だ?」

 

「素敵な提案だと思います」

 

 イリスは、心から微笑んだ。

 

 ユーリも笑った。

 

「だろ!?」

 

「ですが、ギルドを作るとなると、いろいろ準備が必要ですよ」

 

 プレヒトが冷静に指摘する。

 

「建物、資金、依頼の管理……簡単な話ではない」

 

「分かってるって!」

 

「本当か?」

 

「……たぶん!」

 

「おい」

 

 ウォーロッドが思わず吹き出した。

 

 メイビスも、楽しそうに笑う。

 

 そして。

 

「私も、賛成です!」

 

 メイビスが元気よく手を上げた。

 

「皆さんと一緒に、素敵なギルドを作りたいです!」

 

 その笑顔に、ユーリは大きく頷いた。

 

「よし! 決まりだな!」

 

 こうして。

 

 五人の新しい目標が決まった。

 

――――――――――

 

第五幕 初代マスター

 

「……で、だ」

 

 ユーリが腕を組んだ。

 

「ギルドを作るなら、マスターが必要だよな?」

 

「そうだな」

 

 プレヒトが頷く。

 

「誰かが代表として、ギルドをまとめる必要がある」

 

「だったら、メイビスでいいんじゃねえか?」

 

「……え?」

 

 メイビスが固まった。

 

「えええっ!? 私ですか!?」

 

「おう!」

 

 ユーリは当然のように頷いた。

 

「だって、お前が一番頭いいだろ!」

 

「そ、そんなことありませんよ!」

 

「いや、あるだろ」

 

 プレヒトが即座に答える。

 

「ブルースカルとの戦いでも、お前の判断に何度も助けられた」

 

「プレヒトさんまで……!」

 

「それに、皆さんのことをよく見ていますからね」

 

 ウォーロッドも微笑んだ。

 

「私は、メイビスさんなら素敵なマスターになれると思います」

 

「ウォーロッドさん……」

 

 メイビスは困ったように視線を泳がせた。

 

 そのとき。

 

「ですが……」

 

 ウォーロッドが、ふとイリスへ目を向ける。

 

「イリスさんも、適任ではありませんか?」

 

「……私ですか?」

 

 今度は、イリスが目を丸くした。

 

「確かに、イリスの強さなら文句ねえよな!」

 

 ユーリが頷く。

 

「故郷じゃ、最高位の冒険者だったんだろ?」

 

「はい。そうですけれど……」

 

 イリスは少し考えた。

 

 そして、穏やかに首を振った。

 

「ありがとうございます。でも、私は遠慮させていただきますね」

 

「どうしてですか?」

 

 メイビスが尋ねる。

 

 イリスは、静かに答えた。

 

「私には、まだ元の世界へ帰る方法を探すという目的がありますから」

 

 その言葉に、メイビスは小さく頷いた。

 

「……そうでしたね」

 

「はい。ですから、いつか皆さんのそばを離れる日が来るかもしれません」

 

 イリスは微笑んだ。

 

「そんな私よりも、これからギルドを支えていける方が、マスターにはふさわしいと思うんです」

 

「……なるほどな」

 

 プレヒトが頷く。

 

「確かに、マスターが長期間不在になるのは望ましくない」

 

「それに……」

 

 イリスは、メイビスへ視線を向けた。

 

「私は、メイビスさんがいいと思います」

 

「イリスさんまで!?」

 

「はい」

 

 イリスは笑った。

 

「メイビスさんは、皆さんの意見を聞いて、一緒に進む道を考えられる方ですから」

 

「……」

 

「強い魔法が使えることと、皆さんを導けることは、同じではありません」

 

 メイビスは、じっとイリスを見つめていた。

 

「……私に、できるでしょうか」

 

 小さな声だった。

 

 イリスは、優しく微笑んだ。

 

「きっと、できますよ」

 

「……でも」

 

「それに、一人で全部頑張る必要はありません」

 

 イリスは周囲を見回した。

 

「私たちも、いますから」

 

「……!」

 

 メイビスの瞳が、大きく見開かれた。

 

 ユーリが笑う。

 

「そうそう! 困ったら俺たちに頼ればいいんだよ!」

 

「まあ、お前が余計な問題を起こさなければな」

 

「何だと、プレヒト!」

 

「ふふっ。きっと賑やかなギルドになりますね」

 

 ウォーロッドが笑った。

 

 メイビスも、つられて笑った。

 

 そして。

 

「……分かりました!」

 

 メイビスは、胸の前で両手を握った。

 

「私、頑張ってみます!」

 

「おお!」

 

 ユーリが歓声を上げる。

 

「初代マスター、決定だな!」

 

「はい!」

 

 メイビスは、嬉しそうに笑った。

 

 その笑顔には、もう迷いはなかった。

 

――――――――――

 

第六幕 妖精に尻尾はあるのか

 

「さて!」

 

 ユーリが勢いよく手を叩いた。

 

「マスターも決まったし、次は名前だな!」

 

「名前……」

 

 メイビスは、少し考え込んだ。

 

「ギルドの名前ですよね?」

 

「そうだ!」

 

「何か、いい名前はありますか?」

 

 ウォーロッドが尋ねる。

 

「そうだな……」

 

 ユーリは腕を組んだ。

 

「最強魔導士ギルド! とかどうだ?」

 

「却下だ」

 

 プレヒトが即答した。

 

「早っ!?」

 

「もう少し考えろ」

 

「じゃあ、お前は何かあるのかよ!」

 

「少なくとも、お前の案よりは慎重に考える」

 

「それ、案じゃねえだろ!」

 

 イリスが思わず笑った。

 

「ふふっ。名前を考えるのも、なかなか難しいですね」

 

「そうですね……」

 

 ウォーロッドも考え込む。

 

 その隣で。

 

 メイビスは、静かに空を見上げていた。

 

 夕暮れの空。

 

 柔らかな風。

 

 遠くで、鳥が鳴いている。

 

 妖精。

 

 幼い頃から、ずっと好きだった存在。

 

 本の中で出会った、不思議な生き物。

 

 いるのか、いないのか。

 

 誰も、その答えを知らない。

 

 けれど。

 

 だからこそ、探してみたくなる。

 

「……妖精の尻尾」

 

 ぽつりと、メイビスが呟いた。

 

「……ん?」

 

 ユーリが振り向く。

 

「何だって?」

 

 メイビスは、皆を見つめた。

 

「『妖精の尻尾』という名前は、どうでしょう?」

 

「妖精の……尻尾?」

 

 ユーリが首を傾げる。

 

「妖精って、尻尾があるのか?」

 

「ふふっ。それは、誰にも分かりません!」

 

 メイビスは楽しそうに笑った。

 

「妖精に尻尾はあるのか。それとも、妖精そのものが本当に存在するのか」

 

 そして、ゆっくりと言葉を続ける。

 

「それは、誰も知らない永遠の謎です」

 

 四人は、静かに耳を傾けていた。

 

「だからこそ、探し続けるんです」

 

 メイビスは、海の向こうを見つめた。

 

「答えが見つからなくても、きっと、その旅にはたくさんの出会いがあります」

 

 楽しいことも。

 

 悲しいことも。

 

 嬉しいことも。

 

 寂しいことも。

 

 すべてが、冒険の一部になる。

 

「そんな、終わりのない冒険を続けていける場所にしたいんです」

 

 メイビスは、仲間たちを見つめた。

 

「皆さんと、一緒に!」

 

 しばらく、誰も口を開かなかった。

 

 やがて。

 

「……いいじゃねえか!」

 

 ユーリが笑った。

 

「妖精の尻尾! 面白い名前だ!」

 

「……悪くないな」

 

 プレヒトも頷く。

 

「意味も、覚えやすさもある」

 

「素敵ですね」

 

 ウォーロッドが微笑んだ。

 

「私も、その名前が好きです」

 

 最後に、メイビスはイリスを見た。

 

「……イリスさんは、どう思いますか?」

 

 イリスは、静かに微笑んだ。

 

「とても素敵な名前だと思います」

 

「……本当ですか?」

 

「はい」

 

 イリスは、夕暮れの空を見上げた。

 

「終わりのない冒険……」

 

 その言葉が、胸に響いた。

 

 自分も、まだ旅の途中にいる。

 

 帰るべき世界を探す旅。

 

 そして、この世界で出会った仲間たちとの旅。

 

「私も、そんな冒険を続けてみたいです」

 

 イリスは、メイビスへ微笑んだ。

 

「皆さんと一緒に」

 

 メイビスの顔が、ぱっと明るくなった。

 

「……はい!」

 

 ユーリが両手を広げた。

 

「よーし! 決まりだ!」

 

 五人の笑い声が、夕暮れの天狼島に響いた。

 

 こうして。

 

 新しい魔導士ギルドの名前が決まった。

 

 その名は――

 

 妖精の尻尾。

 

 フェアリーテイル。

 

――――――――――

 

終幕 新しい居場所

 

 それから、しばらくして。

 

 マグノリアの街に、五人の姿が戻ってきた。

 

 彼らの帰還を知った住民たちは、驚きながらも嬉しそうに迎えてくれた。

 

「おや、もう戻ってきたのかい?」

 

「おう!」

 

 ユーリが元気よく答える。

 

「実は、ちょっと話があってな!」

 

「話?」

 

「俺たち、この街に魔導士ギルドを作ることにしたんだ!」

 

「……え?」

 

 住民たちは、顔を見合わせた。

 

「本当なのかい?」

 

「もちろん!」

 

 ユーリは胸を張った。

 

「依頼を受けて、困ってる奴らを助ける! それに、またブルースカルみたいな連中が来たら、黙って見てるつもりもねえ!」

 

 その言葉に、住民たちの表情が変わった。

 

「……そうか」

 

 年配の男性が、ゆっくりと微笑んだ。

 

「それなら、安心できそうだ」

 

「本当に、ありがとう……!」

 

 喜ぶ住民たちに、メイビスが笑顔で頭を下げた。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

 それからの日々は、慌ただしく過ぎていった。

 

 ギルドの建物を探し、必要なものを集め、街の人々にも協力してもらいながら準備を進めた。

 

 ユーリは力仕事を引き受けた。

 

 プレヒトは必要な資金や物資を整理した。

 

 ウォーロッドは住民たちとの話し合いを担当した。

 

 メイビスは、皆の意見を聞きながら、ギルドの形を考えた。

 

 そしてイリスは、魔法を使って建物の整備を手伝った。

 

 もちろん、簡単なことばかりではなかった。

 

「ユーリ! その板はそっちじゃない!」

 

「えっ!? こっちじゃねえのか!?」

 

「さっき説明しただろう!」

 

「細けえこと言うなよ!」

 

「細かくない!」

 

「ふふっ。お二人とも、仲がいいですね」

 

「どこがだ!?」

 

 そんな騒がしい日々の中で。

 

 少しずつ、建物は形になっていった。

 

 そして、ある日の朝。

 

 マグノリアの街に、新しい看板が掲げられた。

 

 そこには、五人で決めた名前が刻まれていた。

 

 ――FAIRY TAIL。

 

「……できましたね」

 

 ウォーロッドが、感慨深そうに呟いた。

 

「ああ!」

 

 ユーリは満足そうに腕を組んだ。

 

「なかなか立派じゃねえか!」

 

「まだ準備は山ほど残っているがな」

 

 プレヒトが言う。

 

「お前は本当に夢がねえな!」

 

「現実を見ているだけだ」

 

 いつものやり取りに、メイビスが笑った。

 

 そして、看板を見上げる。

 

「……妖精の尻尾」

 

 その声は、小さかった。

 

 けれど、確かな喜びに満ちていた。

 

「私たちの、ギルド……!」

 

 イリスも、隣で看板を見上げていた。

 

 妖精の尻尾。

 

 フェアリーテイル。

 

 その名前が、不思議と胸に温かく響いた。

 

 この世界へ来たばかりの頃。

 

 自分には、何もなかった。

 

 帰る方法も分からず、見知らぬ島で一人、途方に暮れていた。

 

 けれど。

 

 メイビスと出会った。

 

 ユーリたちと出会った。

 

 一緒に笑って、冒険して、戦って。

 

 時には、悲しい別れも経験した。

 

 そして今。

 

 こうして、皆と同じ場所に立っている。

 

「……イリスさん!」

 

 メイビスが振り向いた。

 

「はい?」

 

「これからも、よろしくお願いします!」

 

 満面の笑顔だった。

 

 イリスは、少しだけ目を細めた。

 

「……はい」

 

 そして、心から微笑む。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。メイビスさん」

 

 故郷へ帰る方法は、まだ見つかっていない。

 

 いつか、その手がかりを見つける日が来るかもしれない。

 

 そのとき、自分がどんな選択をするのか。

 

 今は、まだ分からない。

 

 けれど。

 

 少なくとも、今は。

 

 ここに、大切な仲間たちがいる。

 

 そして、自分の帰りを待ってくれる場所がある。

 

「おーい! 何してんだよ、二人とも!」

 

 ユーリが入口から手を振った。

 

「早く中に入ろうぜ!」

 

「まったく……お前は少し落ち着け」

 

「いいじゃねえか! 今日くらい!」

 

「ふふっ。では、皆さんで入りましょうか」

 

 ウォーロッドが笑う。

 

「はい!」

 

 メイビスが元気よく答えた。

 

 そして、イリスの手を取る。

 

「行きましょう、イリスさん!」

 

「……はい!」

 

 イリスは、その手を握り返した。

 

 五人は、笑い合いながら建物の中へと入っていく。

 

 その背中を、朝日が優しく照らしていた。

 

 かつて、天狼島で始まった小さな出会い。

 

 それは、いくつもの冒険を経て、確かな絆へと変わった。

 

 そして今。

 

 マグノリアの街に、一つの魔導士ギルドが誕生した。

 

 後に、フィオーレ王国でその名を知らぬ者はいないほどの存在となるギルド。

 

 数え切れないほどの出会いと別れを重ね、幾多の困難を乗り越えながら、仲間たちの絆を紡いでいく場所。

 

 その始まりには、五人の若者たちがいた。

 

 メイビス・ヴァーミリオン。

 

 ユーリ・ドレアー。

 

 プレヒト・ゲイボルグ。

 

 ウォーロッド・シーケン。

 

 そして。

 

 異世界から来た、一人の聖剣使い。

 

 イリス・アストレア。

 

 まだ誰も知らない。

 

 彼女たちが、これからどれほど長い物語を歩んでいくことになるのかを。

 

 けれど、それはまた、別のお話。

 

 今はただ。

 

 新しく生まれた、この小さなギルドの門出を祝おう。

 

 妖精の尻尾。

 

 フェアリーテイル。

 

 それは、仲間たちが帰る場所。

 

 そして――

 

 終わりのない冒険の、始まりだった。

 

 ――第26話 完――

 

 ――第一章 創設編 完――

 




【こそこそ妖精話】

~初代マスターの内緒話~

※ギルド創設の準備中、二人きりになったときのお話。

メイビス「……イリスさん」

イリス「はい? どうされました?」

メイビス「実は……少し心配なことがあるんです」

イリス「心配なこと、ですか?」

メイビス「はい……」

イリス「私でよければ、お聞きしますよ?」

メイビス「……ギルドマスターって、具体的には何をすればいいんでしょう?」

イリス「…………」

メイビス「…………」

イリス「……そうですね。まずは、ギルドの運営や依頼の管理でしょうか」

メイビス「なるほど!」

イリス「それから、所属する魔導士の皆さんをまとめたり、問題が起きたときに対応したり……」

メイビス「ふむふむ!」

イリス「……ただ、私もギルドマスターを務めた経験はありませんので、詳しいことまでは……」

メイビス「ええっ!? イリスさんなら何でも知っていると思っていました!」

イリス「ふふっ。私も知らないことはたくさんありますよ?」

メイビス「そうなんですか……」

イリス「ですが、一緒に勉強することはできます」

メイビス「……!」

イリス「これから少しずつ覚えていけばいいんですよ。私もお手伝いしますから」

メイビス「……はい! ありがとうございます!」

イリス「ふふっ。どういたしまして」

メイビス「それでは、早速一つ相談が!」

イリス「はい、何でしょう?」

メイビス「ユーリさんが問題を起こしたときは、どうすればいいでしょうか?」

イリス「…………」

メイビス「…………」

イリス「……まずは、プレヒトさんに相談してみましょうか」

メイビス「やっぱり、そうなりますよね!」

――初代マスターの悩みは、ギルド創設前から始まっていた。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。
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