第一幕 少女の依頼
マグノリアの街に、穏やかな朝が訪れていた。
石畳の道には人々が行き交い、商店の軒先からは威勢のよい呼び声が響いている。
そんな街の一角に、新しく掲げられた看板があった。
――FAIRY TAIL。
妖精の尻尾。
つい先日誕生したばかりの、小さな魔導士ギルドである。
「おっしゃあ! 今日も仕事するぞ!」
朝から元気いっぱいの声を上げたのは、ユーリ・ドレアーだった。
「昨日の仕事で味を占めたな」
プレヒトが呆れたように言う。
「いいじゃねえか! せっかくギルドを作ったんだ。どんどん依頼を受けねえと!」
「依頼がなければ仕事もできん」
「そこは気合いでどうにか!」
「ならん」
即答され、ユーリが肩を落とす。
その様子を見て、ウォーロッドが穏やかに笑った。
「まあまあ。こうして仕事を待つのも、ギルドらしいじゃないか」
「そうですよ。焦らず、一つずつ頑張りましょう」
イリスも微笑みながら言った。
その隣では、メイビスが机に広げた紙を眺めている。
「とはいえ、依頼が増えてくれると嬉しいですね。街の皆さんに、もっと私たちのことを知ってもらわないと!」
「だな!」
ユーリが大きく頷いた、そのときだった。
――コン、コン。
控えめなノックの音が響いた。
「はい! どうぞ!」
メイビスが声をかける。
扉がゆっくりと開き、一人の少女が顔を覗かせた。
年の頃は十七歳ほど。
柔らかな茶色の髪を短く切り揃え、澄んだ緑色の瞳を持つ少女だった。
清潔な服装と落ち着いた佇まいからは、礼儀正しい性格が窺える。
「あの……こちらが、魔導士ギルドのFAIRY TAILでしょうか?」
「はい! ようこそ、FAIRY TAILへ!」
メイビスが満面の笑みで迎える。
「私はギルドマスターのメイビス・ヴァーミリオンです!」
「ギルドマスター……?」
少女は少し驚いたように目を瞬かせた。
無理もない。
目の前にいるメイビスは、どう見ても幼い少女なのだから。
だが、すぐに気を取り直し、丁寧に頭を下げる。
「失礼しました。私はエマ・リーフェルトと申します」
「エマさんですね。今日はご依頼でしょうか?」
イリスが尋ねると、エマは小さく頷いた。
「はい。探していただきたいものがあるんです」
その声には、どこか緊張が滲んでいた。
メイビスは椅子を勧め、イリスがお茶を用意する。
エマは礼を言って腰を下ろすと、膝の上で両手を重ねた。
「探してほしいのは……父の指輪です」
「指輪、ですか?」
「はい。銀色の指輪で、真ん中に小さな緑色の宝石がついています。周りには、星と方位を表す模様が刻まれていて……」
エマはそこで一度、言葉を切った。
「父が、いつも身につけていたものなんです」
メイビスの表情が少し真剣になる。
「お父さんは、今どちらに?」
「……三年前から、行方がわかりません」
ギルドの中が静かになった。
「父は探索者でした。古い遺跡や洞窟を調べるのが好きで、よく一人で出かけていたんです」
エマは視線を落とす。
「三年前も、いつものように出かけました。でも……それきり帰ってこなくて」
「捜索はされたんですか?」
プレヒトが尋ねた。
「はい。街の人たちにも協力していただきました。でも、父が向かった洞窟は人里から遠くて、魔物もいる危険な場所なんです。途中で大きな崩落があったらしく、奥までは調べられなかったそうです」
エマは胸元で、ぎゅっと手を握った。
「もう、生きていないのかもしれないって……私も、わかっているつもりです」
それでも。
「せめて、父が大切にしていた指輪だけでも、見つけられたらと思って」
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
やがてメイビスが静かに尋ねる。
「エマさん。その洞窟の場所はわかりますか?」
「はい。父が残していた地図があります」
「見せていただけますか?」
エマは鞄から古い地図を取り出した。
何度も広げられたのだろう。
折り目は擦り切れ、端には補修の跡がある。
メイビスは地図を受け取り、しばらく目を走らせた。
「……なるほど」
「どうですか、メイビスさん?」
イリスが隣から覗き込む。
「かなり奥まった場所ですね。それに、洞窟の内部は枝分かれしているようです」
メイビスは地図の一点を指した。
「ここ。お父さんが最後に調べようとしていた場所は、この辺りかもしれません」
「わかるんですか?」
「地図に書き込みがあります。ほかの場所より詳しく調べられていて、その先に続く通路だけが空白なんです」
エマの瞳が揺れた。
「父は……そこへ向かったんでしょうか」
「可能性はあります。ただ、実際に調べてみないとわかりません」
メイビスは顔を上げた。
「イリスさん」
「はい」
「一緒に行っていただけますか?」
イリスは迷わず頷いた。
「もちろんです」
そして、エマに向き直る。
「エマさん。必ず見つかるとはお約束できませんが、できる限り探してみます」
「……本当ですか?」
「はい」
イリスは優しく微笑んだ。
「お父様の大切なものを、探しに行きましょう」
エマはしばらく二人を見つめていた。
やがて、深く頭を下げる。
「……ありがとうございます。どうか、よろしくお願いします」
その声は、少し震えていた。
――――――――――
第二幕 人の訪れない洞窟
マグノリアを離れ、森の奥へ。
イリスとメイビスは、エマから預かった地図を頼りに進んでいた。
「それにしても、随分と遠いですね」
「そうですね。普通の人が気軽に訪れる場所ではなさそうです」
メイビスは周囲の地形を確かめながら答えた。
木々は深く生い茂り、獣道すらほとんど残っていない。
やがて、岩山の麓にぽっかりと開いた洞窟が見えてきた。
「あれですね」
メイビスが足を止める。
洞窟の入口は、草木に半ば覆われていた。
人が出入りした形跡もない。
「……静かですね」
イリスは洞窟の奥へ目を向けた。
冷たい空気が、暗闇の中から流れ出してくる。
「魔物がいる可能性もあります。メイビスさん、私の近くにいてくださいね」
「はい!」
二人は洞窟へ足を踏み入れた。
内部は薄暗く、天井から落ちる水滴の音が響いている。
イリスが小さな光を生み出すと、周囲の岩壁が柔らかく照らされた。
「便利ですね、イリスさんの魔法」
「こういうときには役立ちますね」
「ふふっ。私も何か照らせる魔法を覚えた方がいいでしょうか」
「メイビスさんなら、すぐに覚えてしまいそうです」
「そうでしょうか?」
「はい。私よりずっと、魔法の理屈を理解するのが得意ですから」
イリスがそう言うと、メイビスは嬉しそうに笑った。
しばらく進むと、道が二つに分かれていた。
「どちらでしょう?」
イリスが尋ねる。
メイビスは地図を広げ、壁面の形を見比べた。
「右ですね。左の通路は地図にもありますが、お父さんが最後に書き込みをした場所とは反対方向です」
「わかりました」
二人が右の通路へ進もうとした、そのとき。
――ガリッ。
暗闇の奥から、岩を引っ掻くような音が響いた。
イリスが足を止める。
「……メイビスさん」
「はい。何かいますね」
次の瞬間。
岩陰から、四つ足の魔物が姿を現した。
灰色の硬い皮膚に覆われた身体。
鋭い爪と牙を持ち、暗闇の中で黄色い瞳を光らせている。
さらに、その背後からもう二体。
「三体ですか」
イリスが静かに呟く。
「洞窟に棲みついている魔物のようですね」
メイビスは冷静に周囲を見渡した。
「イリスさん、ここで大きな攻撃をすると危険です。天井に亀裂があります」
「わかりました」
イリスは左腰の聖剣に手を添えた。
魔物の一体が地面を蹴る。
鋭い爪が、一直線に迫った。
だが。
――ヒュンッ!
白銀の光が、一瞬だけ暗闇を走った。
魔物は勢いを失い、その場に崩れ落ちる。
続いて、残る二体が左右から飛びかかった。
イリスは一歩踏み込み、身体を低くする。
片方の攻撃を躱しながら聖剣を振るい、返す刃でもう一体を斬り伏せた。
戦いは、ほんの数秒で終わった。
「……さすがですね」
メイビスが目を瞬かせる。
「ありがとうございます。でも、洞窟の中では少し気を遣いますね」
イリスは聖剣を鞘に収めた。
「思い切り動いたら、天井まで崩してしまいそうです」
「それは困ります!」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
そして、再び探索を始めた。
――――――――――
第三幕 閉ざされた道
洞窟の奥へ進むにつれ、周囲の様子が変わり始めた。
壁には古い人工的な切り込みが見られ、床にも人の手が加えられた跡がある。
「……ここ、ただの洞窟ではありませんね」
メイビスが岩壁に触れる。
「昔、誰かが通路を整備したようです」
「遺跡の一部でしょうか?」
「その可能性は高いと思います」
さらに進むと、通路の先が大量の岩で塞がれていた。
天井から崩れ落ちたらしい大きな岩が、幾重にも積み重なっている。
床には細かな石が散乱し、壁には新旧さまざまな亀裂が走っていた。
「……ここですね」
メイビスが地図を見つめる。
「エマさんのお父さんが最後に記録していた場所と、ほぼ一致します」
イリスは瓦礫の山を見上げた。
「この奥に、何かあるのでしょうか」
「わかりません。でも……」
メイビスは足元にしゃがみ込んだ。
そこには、錆びた金属片が落ちていた。
「これは……?」
「ランタンの留め具でしょうか」
メイビスは慎重に拾い上げる。
そのすぐ近くには、古びた革紐も埋もれていた。
「誰かが、ここにいたんですね」
「……はい」
イリスの声が、少し低くなる。
メイビスは瓦礫をじっと見つめた。
「イリスさん。ここを調べたいです」
「わかりました。ですが、崩れやすそうですね」
「はい。ですから、まず天井と壁を確認しましょう」
二人は周囲を慎重に調べた。
崩落の中心は通路の右側。
大きな岩のいくつかは互いに支え合うように重なっており、無闇に動かせば再び崩れる危険がある。
「この大きな岩は動かさない方がいいですね」
メイビスが指差す。
「こちらの小さな瓦礫から取り除いて、奥の様子を確かめましょう」
「はい」
イリスは防御魔法を展開した。
淡い光が二人の周囲を包み込む。
続いて、風魔法で細かな砂埃を遠ざけながら、少しずつ石を取り除いていった。
大きな岩は、メイビスと相談しながら必要な部分だけを聖剣で切り分ける。
切断した岩が落ちないよう、慎重に支えながら運び出す。
作業は、思った以上に時間がかかった。
「……イリスさん、少し休憩しませんか?」
メイビスが声をかける。
「私は大丈夫ですよ?」
「そうではなくて、私が少し休みたいんです」
「あっ……すみません!」
慌てるイリスに、メイビスはくすりと笑った。
「冗談です。イリスさん、ずっと働きっぱなしですから」
「……メイビスさん」
「急がなくても大丈夫です。ここまで来られたんですから、最後まで安全に進みましょう」
イリスは少しだけ目を細めた。
「そうですね」
二人は岩壁のそばに腰を下ろした。
小さな光が、静かな洞窟を照らしている。
「……エマさん、ずっと待っていたんでしょうね」
イリスがぽつりと呟く。
「三年間も、お父様の帰りを」
「……はい」
メイビスは膝の上で手を重ねた。
「大切な人が、突然いなくなってしまうのは……とても寂しいことです」
その声には、普段とは違う静けさがあった。
イリスはメイビスを見つめる。
けれど、何も尋ねなかった。
ただ、隣に座っていた。
しばらくして、メイビスが顔を上げる。
「だからこそ、見つけてあげたいですね」
「……はい」
イリスは頷いた。
「エマさんが、少しでも前を向けるように」
二人は再び立ち上がった。
そして、慎重に瓦礫を取り除いていく。
やがて。
「……あっ」
メイビスが声を上げた。
崩れた岩の向こうに、小さな空間が見えた。
その奥には、古びた鞄のようなものが横たわっていた。
――――――――――
第四幕 星と方位の指輪
瓦礫の向こうに残されていたのは、狭い通路の一角だった。
岩に囲まれたその場所には、古い探索道具が散乱している。
壊れたランタン。
朽ちかけた鞄。
そして、その傍らに。
人の遺骨があった。
「…………」
イリスは静かに足を止めた。
メイビスも、何も言わなかった。
長い年月が過ぎている。
衣服は傷み、持ち物もほとんどが朽ちかけていた。
けれど、そこに残された道具は、確かに一人の探索者がここまで辿り着いたことを物語っていた。
「……エマさんのお父様、でしょうか」
イリスが小さく尋ねる。
「まだ断定はできません。でも、地図の場所と持ち物を考えると……」
メイビスは言葉を濁した。
イリスは遺骨の前に膝をつく。
そして、そっと手を合わせた。
メイビスも隣で頭を下げる。
しばらくしてから、二人は持ち物を調べ始めた。
鞄の中には、湿気で傷んだ紙束が残されていた。
ほとんどの文字は読めなくなっていたが、探索経路らしい線がいくつも描かれている。
「……最後まで、調べていたんですね」
メイビスが呟く。
「はい」
イリスはそっと頷いた。
そして、遺骨の手元へ目を向ける。
「……メイビスさん」
「どうしました?」
「これを」
イリスが指差した先。
そこには、一つの銀の指輪があった。
長い年月を経て、表面はくすんでいる。
けれど、中央には小さな緑色の宝石。
その周囲には、四方へ伸びる星と方位の刻印が残されていた。
「……見つかりましたね」
メイビスが静かに言った。
「はい」
イリスは慎重に指輪を取り上げた。
冷たい銀の感触が、指先に伝わる。
それは特別な魔法の道具ではない。
強大な力が宿っているわけでもない。
ただ、一人の父親が大切に身につけていた、小さな指輪だった。
「……帰りましょうか」
メイビスが言った。
「エマさんが、待っています」
イリスは指輪を布に包み、大切にしまった。
「そうですね」
二人は遺骨と残された持ち物を丁寧にまとめた。
そして、崩れた通路をもう一度確かめてから、静かにその場を後にした。
洞窟の外へ出ると、空は夕暮れに染まり始めていた。
木々の向こうから、柔らかな風が吹いてくる。
イリスは一度だけ、洞窟を振り返った。
「……お待たせしました」
誰に聞かせるでもなく、そう呟く。
「お嬢さんのところへ、帰りましょう」
――――――――――
終幕 帰る場所
マグノリアへ戻った頃には、すっかり日が傾いていた。
FAIRY TAILの扉を開くと、真っ先にユーリの声が飛んできた。
「おっ! 帰ってきたか!」
「おかえり、二人とも」
ウォーロッドが笑顔で迎える。
プレヒトも机から顔を上げた。
「どうだった?」
「……見つかりました」
メイビスが静かに答える。
その表情を見て、三人も事情を察したようだった。
部屋の奥では、エマが椅子に座って待っていた。
二人の姿を見ると、すぐに立ち上がる。
「イリスさん、メイビスさん……!」
「ただいま戻りました、エマさん」
イリスが微笑む。
だが、エマは二人の表情を見つめたまま、動かなかった。
「……父は」
小さな声が響く。
「父は……見つかりましたか?」
メイビスが、一歩前へ出た。
「はい。洞窟の奥で、お父さんと思われる方の遺骨と、探索道具を見つけました」
エマの唇が、かすかに震えた。
「……そう、ですか」
覚悟していたはずだった。
三年間、何度も考えたことだった。
それでも。
実際に言葉にされると、胸の奥に残っていた小さな希望が、静かに崩れていく。
エマは俯いた。
イリスはそっと近づき、布に包んだ小さなものを差し出した。
「それから……こちらも」
布を開く。
そこには、銀の指輪があった。
緑色の宝石。
星と方位の刻印。
見間違えるはずがなかった。
「……あ」
エマが息を呑む。
「お父さんの……」
震える手が、指輪に触れた。
「……本当に、見つけてくださったんですね」
「はい」
イリスは優しく頷いた。
「エマさんが教えてくださったとおりの指輪でした」
エマは指輪を両手で包み込んだ。
そして、ぽつりと呟く。
「……父は、よく言っていたんです」
涙が、一粒落ちた。
「道に迷っても、帰る場所だけは忘れるなよって」
小さな頃、父親はよく旅の話を聞かせてくれた。
知らない土地。
不思議な遺跡。
見たこともない景色。
そして、帰ってくるたびに、少し得意そうな顔で笑っていた。
『ただいま、エマ』
その声が、今も耳に残っている。
「……私、ずっと待っていました」
エマの声が震えた。
「いつか、また帰ってきてくれるんじゃないかって……」
指輪を握る手に、力がこもる。
「でも……もう、帰ってこないんですね」
ぽろぽろと涙が零れ落ちた。
イリスは何も言わず、そっとエマの背中に手を添えた。
メイビスも、静かに寄り添う。
誰も、無理に励まそうとはしなかった。
ただ、エマが泣き止むまで、そこにいた。
やがて。
「……ありがとうございます」
エマが顔を上げた。
目元は赤くなっていたが、その表情には、先ほどまでとは違う穏やかさがあった。
「父を……見つけてくださって」
「こちらこそ、大切なご依頼を任せてくださってありがとうございました」
イリスが答える。
メイビスも微笑んだ。
「お父さんの遺骨や持ち物も、きちんとお返しします。お墓のことなど、私たちにお手伝いできることがあれば言ってくださいね」
「……はい」
エマは深く頭を下げた。
そのとき。
「なあ、エマ!」
ユーリが声をかけた。
「腹、減ってねえか?」
「……え?」
「朝からずっと待ってたんだろ? だったら、飯くらい食ってけよ!」
「ユーリ」
プレヒトが呆れた声を出す。
「もう少し言い方を考えろ」
「なんだよ! 腹減ってたら元気も出ねえだろ!」
「それはそうだが……」
ウォーロッドがくすくすと笑う。
「まあ、ユーリらしいね」
エマは驚いたように三人を見つめた。
そして。
「……ふふっ」
小さく笑った。
「あっ、笑った!」
ユーリが嬉しそうに声を上げる。
「よし! じゃあ決まりだな!」
「ユーリさん、エマさんのお返事を聞いてからですよ」
イリスが注意する。
「あっ、そうか!」
メイビスまで笑い出した。
その賑やかな様子を見て、エマはもう一度、小さく微笑んだ。
「……ありがとうございます。少しだけ、お邪魔してもいいでしょうか?」
「もちろんです!」
メイビスが嬉しそうに頷く。
「ここは、誰かが帰ってこられる場所でありたいと思っているんです」
「……帰ってこられる、場所」
エマはその言葉を繰り返した。
そして、胸元で銀の指輪をそっと握る。
父親は、もう帰ってこない。
その事実は変わらない。
けれど。
自分まで、ずっと立ち止まっている必要はないのかもしれない。
目の前では、ユーリが夕食の話で盛り上がり、プレヒトがそれをたしなめている。
ウォーロッドが穏やかに笑い、イリスとメイビスも楽しそうに言葉を交わしていた。
まだできたばかりの、小さなギルド。
けれど、そこには不思議な温かさがあった。
「……あの」
エマが、そっと声を上げる。
「皆さんは、いつもこんな感じなんですか?」
イリスは少し考えたあと、微笑んだ。
「……ええ。大体、こんな感じですね」
「おい! なんだよ、その間は!」
ユーリが抗議する。
「ふふっ」
エマは声を出して笑った。
その笑顔を見て、メイビスも嬉しそうに笑う。
夕暮れの光が、ギルドの窓から差し込んでいた。
エマの手の中で、銀の指輪が小さく輝く。
星と方位が刻まれた、父親の形見。
それは、帰らぬ人となった父との思い出であり。
これから先、自分の道を歩いていくための、大切な宝物になった。
そして少女は、まだ知らない。
この小さなギルドとの出会いが、自分の人生を大きく変えていくことを。
妖精たちの物語に、また一つ。
新しい縁が生まれようとしていた。
――第28話 完――
【こそこそ妖精話】
~留守番組の一日~
ユーリ「なあ、プレヒト」
プレヒト「なんだ?」
ユーリ「……暇だな」
プレヒト「そうだな」
ユーリ「なあ、ウォーロッド」
ウォーロッド「なんだい?」
ユーリ「……暇だな!」
ウォーロッド「ふふっ。さっきも聞いたよ」
ユーリ「だってよ! せっかくギルドを作ったのに、今日はイリスとメイビスだけ仕事に行っちまったんだぜ?」
プレヒト「依頼は一件しかなかったんだ。全員で行く必要もないだろう」
ユーリ「それはわかってるけどよ……」
ウォーロッド「昨日は僕たちが仕事に行ったんだから、今日は二人の番でもいいじゃないか」
ユーリ「……まあ、そうなんだけどな」
プレヒト「それに、ギルドを空っぽにするわけにもいかん」
ユーリ「わかってるって!」
ウォーロッド「ふふっ。じゃあ、せっかくだしギルドの掃除でもしようか」
ユーリ「掃除ぃ?」
プレヒト「ちょうどいい。棚の整理も残っている」
ユーリ「……なあ、二人とも」
ウォーロッド「なんだい?」
ユーリ「俺、やっぱり魔物と戦ってる方が向いてる気がする」
プレヒト「安心しろ。掃除にも向き不向きはある」
ユーリ「おっ! そうだろ!?」
プレヒト「お前は向いていなくてもやれ」
ユーリ「結局やるのかよ!?」
ウォーロッド「はははっ! 頑張ろう、ユーリ!」
ユーリ「……くそっ! 次の依頼は絶対俺が行くからな!」
プレヒト「その前に、床を拭け」
ユーリ「はいはい! わかったよ!」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。