第一幕 噂を聞いて
マグノリアの街に、新しい朝が訪れていた。
通りには商人たちの声が響き、石畳の上を荷馬車がゆっくりと進んでいく。
そんな街の一角。
FAIRY TAILと書かれた看板を、二人の若い男女が見上げていた。
「……ここか」
先に口を開いたのは、青年だった。
青みがかった暗い髪に、落ち着いた灰青色の瞳。
旅慣れた外套を羽織り、腰には小さな道具袋を提げている。
その名は、レオン・ヴェルナー。
十八歳。
魔力から特殊な糸を生み出し、自在に操る糸魔法の使い手だった。
「思ってたより小さいわね」
隣に立つ少女が、遠慮なく感想を口にした。
赤茶色の髪を後ろで束ね、琥珀色の瞳を持つ少女。
動きやすい軽装に身を包み、両手には使い込まれた手甲を装備している。
セリナ・グランツ。
レオンと同じ十八歳で、魔力を身体や武具に纏わせて戦う武装魔法の使い手だ。
二人は同じ町で育った幼馴染だった。
幼い頃から何かと一緒に行動し、魔法を覚えてからは二人で依頼をこなしてきた。
決して名の知れた魔導士ではない。
それでも、魔物の討伐や護衛の仕事を通じて、相応の実戦経験を積んでいる。
「新しくできたギルドなんだから、こんなもんだろ」
レオンが肩をすくめた。
「それより、本当に入るつもりか?」
「そのために来たんでしょ?」
「いや、まあ、そうなんだけどさ」
レオンは改めて看板を見上げる。
「ブルースカルを倒した連中が作ったギルド、か……」
マグノリアを支配していた魔導士ギルド、ブルースカル。
その敗北は、近隣の町にも少しずつ広まっていた。
もっとも、噂というものは尾ひれがつく。
五人の魔導士が大軍を蹴散らしただとか。
巨大な魔法で街を丸ごと守っただとか。
中には、たった一人で敵のギルドを壊滅させたという話まであった。
「正直、どこまで本当なんだかな」
「行けばわかるでしょ」
セリナは迷いなく扉へ向かった。
「ちょっと待て。もう少し心の準備ってものを……」
「何よ。怖いの?」
「違う! 初対面の相手には礼儀ってものがあるだろ!」
「じゃあ、あんたが挨拶してね」
「……お前なあ」
そんなやり取りをしながら、二人は扉を開いた。
――カラン。
「おはようございまーす!」
セリナの明るい声が、建物の中に響いた。
「あっ! いらっしゃいませ!」
真っ先に反応したのは、小柄な金髪の少女だった。
メイビス・ヴァーミリオン。
FAIRY TAILの初代ギルドマスターである。
「ようこそ、FAIRY TAILへ!」
満面の笑みで迎えるメイビスに、レオンは少し驚いた。
「……えっと、君が受付の子?」
「いいえ! 私はこのギルドのマスターです!」
「…………え?」
レオンが固まった。
その隣で、セリナが目を輝かせる。
「へえ! あんたがマスターなのね!」
「はい!」
「随分若いのね!」
「ふふっ。よく言われます!」
メイビスは楽しそうに笑った。
レオンは小さく咳払いをする。
「失礼。俺はレオン・ヴェルナー。こっちは……」
「セリナ・グランツよ! よろしく!」
「……最後まで言わせろよ」
「別にいいじゃない」
「よくないだろ!」
早速言い合いを始める二人。
その様子を見て、メイビスは嬉しそうに笑った。
「仲がいいんですね!」
「「よくない!」」
二人の声が重なった。
「……ふふっ」
奥から、小さな笑い声が聞こえた。
振り返ると、長い黒髪の少女が立っていた。
青と金の異なる瞳。
白と濃紺を基調とした制服。
左腰には、美しい装飾の施された剣を佩いている。
「おはようございます。お二人とも」
少女は柔らかく微笑んだ。
「イリス・アストレアと申します。よろしくお願いします」
「ああ。よろしく」
レオンが答える。
セリナはイリスの腰にある剣へ視線を向けた。
「あなた、剣士なの?」
「はい。剣を使って戦います」
「へえ! 私も近接戦闘が得意なのよ!」
「そうなんですね」
イリスは嬉しそうに微笑んだ。
「機会があれば、ぜひお話を聞かせてください」
「もちろん!」
そのとき。
「おっ! 客か!?」
奥から大きな声が響いた。
現れたのは、金髪の青年だった。
ユーリ・ドレアー。
「お前ら、魔導士か?」
「そうだけど?」
セリナが答える。
「おおっ! ちょうどいいじゃねえか!」
「何がちょうどいいんだ?」
続いて現れたプレヒトが、呆れたように尋ねる。
「いや、ほら! 仲間が増えたら面白そうだろ!」
「まだ加入するとは言っていないだろう」
「細けえことはいいんだよ!」
「よくない」
いつもの言い合いが始まる。
レオンはその光景を眺め、ぽつりと呟いた。
「……随分、賑やかなギルドだな」
「ふふっ。そうでしょう?」
受付の机から、茶髪の少女が顔を上げた。
「私はエマ・リーフェルトです。受付を担当しています」
「ああ、よろしく」
「よろしくね!」
エマは二人に椅子を勧めた。
「それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」
レオンとセリナは顔を見合わせた。
そして、レオンが口を開く。
「実は、俺たち……」
「このギルドに入りたいの!」
「……だから最後まで言わせろって!」
ギルドの中に、笑い声が響いた。
――――――――――
第二幕 新しい依頼
「なるほど! 加入希望なんですね!」
メイビスが嬉しそうに頷いた。
「はい!」
セリナが元気よく答える。
「俺たちは今まで、二人で仕事を受けてきたんだ」
レオンが説明する。
「魔物の討伐や護衛が中心だな。けど、そろそろ腰を落ち着けて活動できる場所が欲しくてさ」
「それで、最近噂になってるこのギルドに来たってわけ!」
「なるほど……」
メイビスは二人を見つめた。
「それなら、ぜひ歓迎したいです!」
「おっ、話が早いな!」
レオンが笑う。
「ただ……」
メイビスは少し考えるように首を傾げた。
「せっかくですから、お二人がどんな魔導士なのか、もっと知りたいですね」
「だったら、ちょうどいいじゃねえか!」
ユーリが声を上げた。
「一緒に仕事に行こうぜ!」
「仕事?」
セリナが首を傾げる。
「おう! ちょうど討伐依頼が来てるんだ!」
ユーリが掲示板を指さした。
そこには、近郊の森に魔物が出没しているという依頼書が貼られていた。
「最近、森の近くで魔物が増えてるらしくてよ。街道を通る人たちが困ってるんだと」
「へえ……」
セリナが依頼書を覗き込む。
「いいじゃない! 腕試しにはちょうどよさそう!」
「お前、そういうの好きだよな……」
レオンが苦笑する。
「何よ。あんただって嫌いじゃないでしょ?」
「まあな」
そのとき、イリスが依頼書に目を向けた。
「森の奥まで調査する必要がありそうですね」
「そうなんです」
エマが頷く。
「依頼人の方によると、普段は見かけない大型の魔物らしき足跡も見つかっているそうです」
「大型か……」
レオンの表情が少し引き締まった。
「なら、慎重に行った方がよさそうだな」
「そうですね」
イリスが頷く。
「では、私も同行しましょうか」
「おっ! いいじゃねえか!」
ユーリが嬉しそうに笑った。
「俺とイリス、それにレオンとセリナ! 四人で行こうぜ!」
「四人なら安心ですね!」
メイビスが頷いた。
「ただし、無理はしないでくださいね?」
「任せろ!」
ユーリが胸を張る。
「……ユーリさん」
エマがにっこり微笑んだ。
「大型の魔物もいるかもしれないんですから、慎重にお願いしますね?」
「わ、わかってるって!」
その様子を見て、レオンが小さく笑った。
「……お前、あの子には弱いんだな」
「うるせえ!」
「ふふっ」
イリスも楽しそうに笑った。
こうして、四人は森へ向かうことになった。
――――――――――
第三幕 幼馴染の実力
マグノリア近郊の森。
木々の間から差し込む陽光が、地面にまだら模様を描いていた。
「……静かだな」
レオンが周囲を見渡す。
「そうね」
セリナも頷いた。
先ほどまで聞こえていた鳥の声が、いつの間にか消えている。
「何かいるな」
ユーリが拳を握った。
「はい。少し先に魔力の反応があります」
イリスが静かに告げる。
「魔力の反応?」
レオンが振り返った。
「ええ。魔物が何体かいるようです」
「……へえ」
レオンは感心したように目を細めた。
「索敵もできるのか」
「少し特殊な方法ですけどね」
イリスは微笑んだ。
そのとき。
――ガサッ!
茂みが大きく揺れた。
飛び出してきたのは、鋭い牙を持つ獣型の魔物だった。
その後ろから、さらに数体が姿を現す。
「来たわね!」
セリナが笑った。
「レオン!」
「わかってる!」
レオンが片手を掲げる。
次の瞬間。
指先から、細く輝く糸が何本も伸びた。
糸は木々の間を走り、魔物たちの進路を塞ぐように張り巡らされる。
「――捕まえた!」
先頭の魔物が糸に触れた瞬間、その脚が絡め取られた。
魔物が暴れる。
だが、糸は簡単には切れない。
「セリナ!」
「任せなさい!」
セリナが地面を蹴った。
両腕の手甲に魔力が集まり、淡い赤色の光が宿る。
「はああっ!」
踏み込んだ勢いのまま、拳を叩き込む。
――ドンッ!
強烈な一撃を受けた魔物が、地面へ叩きつけられた。
続けて、横から迫った別の魔物へ身体を捻る。
蹴り。
さらに踏み込み、拳。
二体目の魔物も吹き飛んだ。
「おおっ!」
ユーリが目を輝かせた。
「やるじゃねえか!」
「当然!」
セリナが得意げに笑う。
「まだまだいくわよ!」
「調子に乗りすぎるなよ!」
レオンが叫ぶ。
その言葉と同時に、セリナの背後から魔物が飛びかかった。
しかし。
「遅い!」
レオンが指を引く。
木々の間に張られていた糸が、一斉に動いた。
魔物の身体が空中で拘束される。
「ほらよ!」
「ありがと!」
セリナが振り返り、拳を叩き込んだ。
魔物は悲鳴を上げ、そのまま動かなくなった。
「……なるほど」
イリスが感心したように呟いた。
「見事な連携ですね」
「だろ?」
レオンが得意げに笑う。
「これでも長い付き合いだからな」
「余計なことまでわかるのが困りものだけどね!」
セリナが笑った。
「おい!」
そのとき。
森の奥から、新たな魔物が現れた。
今度は三体。
「おっ! 俺の出番だな!」
ユーリが前に出る。
「雷魔法ってやつを見せてやるぜ!」
その身体に、青白い雷が走った。
「おお……?」
レオンが目を細める。
ユーリは拳を突き出した。
「いくぜ!」
放たれた雷が、先頭の魔物を直撃した。
激しい閃光。
魔物が地面に倒れる。
さらにユーリは、次の魔物へ向けて雷を放った。
二体目が吹き飛ぶ。
残る一体が横へ跳んだ。
「逃がすかよ!」
ユーリが地面を蹴る。
雷を纏った拳が、魔物の胴体を捉えた。
――バチィッ!
衝撃とともに、最後の魔物が倒れた。
「よっしゃ!」
ユーリが笑う。
「どうだ!」
「……へえ」
セリナが感心したように口笛を吹いた。
「やるじゃない!」
「だろ!?」
ユーリが胸を張る。
レオンも頷いた。
「威力もなかなかだな。それに、雷を身体に纏って接近戦もできるのか」
「おう! まだまだ練習中だけどな!」
「……練習中?」
レオンが首を傾げた。
「ああ。魔法を覚えたのは、つい最近なんだ」
「…………は?」
レオンが固まった。
「……今、何て?」
「だから、魔法を覚えたのは最近だって!」
「いやいやいや!」
レオンが思わず声を上げる。
「ちょっと待て! それであの威力なのか!?」
「おう!」
「……冗談だろ?」
セリナも目を丸くしていた。
「へえ……あんた、結構すごいのね」
「結構ってなんだよ! 結構って!」
ユーリが抗議する。
その様子を見て、イリスは楽しそうに笑った。
「ユーリさんは、魔法を覚えてから本当に頑張っていましたから」
「おう! イリスにも鍛えてもらったしな!」
「……鍛えた?」
レオンがイリスを見る。
「君が?」
「はい。少しだけですけど」
イリスは穏やかに微笑んだ。
「……ふうん」
レオンはイリスの腰にある聖剣へ視線を向けた。
まだ彼女は、一度も剣を抜いていない。
だが。
先ほどから、妙に落ち着いている。
魔物を前にしても、緊張した様子がない。
それが少しだけ気になった。
――――――――――
第四幕 聖剣使いの一閃
森の奥へ進むにつれ、周囲の様子が変わり始めた。
木々の幹には、大きな爪痕。
地面には、深く抉られた足跡。
「……こいつは」
レオンがしゃがみ込み、足跡を調べた。
「かなり大きいな」
「そうね」
セリナも表情を引き締める。
「さっきの魔物とは、比べものにならないわ」
「大型の魔物ってやつか」
ユーリが周囲を見渡した。
そのとき。
――ズンッ。
地面が、微かに揺れた。
「……来ます」
イリスが静かに告げる。
次の瞬間。
森の奥から、巨大な影が姿を現した。
全身を硬い外殻に覆われた、四足歩行の魔物。
太い脚が地面を踏みしめるたびに、土が震える。
背中には鋭い突起が並び、口元からは長い牙が覗いていた。
「……おいおい」
レオンの顔から笑みが消えた。
「こいつは、ちょっと厄介そうだぞ」
「上等じゃない!」
セリナが拳を握る。
「待て、セリナ」
レオンが制止した。
「あの外殻、相当硬そうだ。正面から殴っても簡単には通らないぞ」
「……わかってるわよ」
セリナも軽率には飛び出さなかった。
二人は視線を交わす。
長年の経験から、互いの考えはすぐに伝わった。
「俺が脚を止める」
「その隙に、関節を狙うわ」
「無理だと思ったらすぐ下がれよ」
「そっちこそ!」
レオンが糸を展開する。
セリナが低く構える。
ユーリも雷を纏った。
「よし! 俺も……!」
しかし。
「皆さん」
穏やかな声が響いた。
イリスだった。
「ここは、私に任せていただけますか?」
「……え?」
レオンが振り返る。
イリスはいつもと変わらない表情で、聖剣の柄に手を添えていた。
「いや、待て!」
レオンが慌てて声を上げる。
「あの大きさだぞ!? しかも、あの外殻……!」
「はい。見えていますよ?」
「そういう問題じゃ……!」
そのとき。
巨大な魔物が咆哮を上げた。
――グオオオオオッ!!
森全体が震えるような声。
魔物は地面を蹴り、四人へ向かって突進してきた。
「来るぞ!」
レオンが叫ぶ。
セリナが身構える。
ユーリも雷を放とうとした。
だが。
イリスは、ただ一歩だけ前へ出た。
右手が聖剣の柄を握る。
静かな呼吸。
そして。
――一閃。
鞘から抜き放たれた聖剣が、陽光を受けて煌めいた。
次の瞬間。
巨大な魔物の身体に、一本の斬線が走る。
硬い外殻も。
分厚い筋肉も。
その内側にある骨さえも。
何一つ、聖剣の刃を止めることはできなかった。
魔物の巨体が、左右に分かれる。
――ズズンッ!!
轟音とともに、真っ二つになった身体が地面へ崩れ落ちた。
土煙が舞い上がる。
木々の葉が揺れる。
そして。
静寂が訪れた。
「…………」
「…………」
レオンとセリナは、言葉を失っていた。
目の前には、巨大な魔物の亡骸。
その向こうで、イリスが聖剣を軽く振り、鞘へ収めていた。
「……ふう」
イリスは小さく息を吐く。
「無事に倒せましたね」
「よし! 片づいたな!」
ユーリが満足そうに頷いた。
「……いや」
レオンが震える指で魔物を指さした。
「……おい、ユーリ」
「あん?」
「お前、今の見て何とも思わねえのか!?」
「ん?」
ユーリが首を傾げる。
「イリスなら、あんなもんだろ?」
「あんなもん!?」
レオンの声が森に響いた。
「いやいやいや! おかしいだろ!?」
「何がだよ?」
「全部だよ!!」
セリナもようやく我に返った。
「ちょっと待ちなさいよ!」
彼女はイリスへ詰め寄る。
「あんな巨大な魔物を、一撃で真っ二つってどういうこと!?」
「えっと……」
イリスは少し困ったように微笑んだ。
「聖剣で斬りました」
「それは見ればわかるわよ!!」
「す、すみません……」
イリスが困惑する。
その横で、ユーリが腹を抱えて笑い始めた。
「ははははっ! お前ら、いい反応するなあ!」
「笑い事じゃねえよ!」
レオンが叫ぶ。
「お前ら、こんな化け物みたいな魔導士がいるギルドで、よく普通にしてられるな!?」
「……化け物?」
イリスが小さく首を傾げた。
その表情を見て、レオンは慌てて両手を振る。
「あっ、いや! 悪い意味じゃないぞ!?」
「……ふふっ」
イリスは小さく笑った。
「大丈夫ですよ。驚かせてしまったようですね」
「驚くなんてもんじゃ……」
レオンは頭を抱えた。
セリナも、改めてイリスを見つめる。
「……ねえ、イリス」
「はい?」
「今度、私と手合わせしてくれない?」
「えっ?」
「だって、気になるじゃない! どれくらい強いのか!」
セリナの瞳が輝いていた。
先ほどまでの驚きは、いつの間にか興味へと変わっている。
「もちろん、無理にとは言わないけど」
「……そうですね」
イリスは少し考えてから微笑んだ。
「機会があれば、ぜひ」
「やった!」
「……おい、セリナ」
レオンが疲れたように声をかける。
「お前、今の見てよくそんなこと言えるな……」
「何よ。強い人と戦ってみたいって思わない?」
「思うけど! 限度ってもんがあるだろ!」
そんな二人のやり取りに、ユーリが再び笑った。
そして、レオンは改めて周囲を見渡した。
雷を操る青年。
巨大な魔物を一撃で斬り伏せる少女。
どちらも、自分たちとそう変わらない年齢に見える。
「……なあ、セリナ」
「……何よ」
「このギルド、本当にできたばかりなんだよな?」
「……私に聞かないでよ」
レオンは深く息を吐いた。
「……とんでもないところに来ちまったかもしれねえな」
けれど、その口元には。
いつの間にか、楽しそうな笑みが浮かんでいた。
――――――――――
第五幕 八人目までの仲間
夕暮れが近づく頃。
四人はFAIRY TAILへ戻ってきた。
「ただいまー!」
ユーリが元気よく扉を開く。
「おかえりなさい!」
エマが笑顔で迎えた。
「皆さん、ご無事で何よりです」
「おう! ばっちりだぜ!」
「お疲れさまでした!」
メイビスも嬉しそうに駆け寄ってくる。
「どうでしたか?」
「いやー! こいつら、なかなかやるぜ!」
ユーリがレオンとセリナの肩を叩いた。
「連携もすげえし、魔法の使い方もうまいんだ!」
「へえ!」
メイビスが目を輝かせる。
「それはすごいですね!」
「いや、まあ……」
レオンは少し照れたように頭を掻いた。
「それなりに経験は積んでるからな」
「もっと褒めていいのよ?」
セリナが胸を張る。
「お前は遠慮ってものを知らないのか……」
レオンが呆れる。
その様子を見て、ウォーロッドが穏やかに笑った。
「ふふっ。楽しそうな二人だね」
「……確かに、賑やかにはなりそうだな」
プレヒトも小さく頷いた。
エマは依頼書を確認しながら尋ねる。
「それで、大型の魔物はどうなりましたか?」
「ああ、それなら……」
レオンが口を開きかけた。
しかし。
「イリスが真っ二つにしたぜ!」
ユーリがあっさり答えた。
「……ユーリ!」
レオンが振り返る。
「なんでそんな普通に言えるんだよ!?」
「だって、事実だろ?」
「そうだけどよ!!」
メイビスは楽しそうに笑った。
「ふふっ。イリスさんらしいですね!」
「……マスターまで!?」
レオンは思わず天井を仰いだ。
「このギルド、どうなってるんだ……」
「慣れれば普通よ!」
セリナが笑う。
「お前、もう慣れたのか!?」
「細かいこと気にしてたら、やってられないでしょ!」
「……それもそうか」
レオンは苦笑した。
その後、依頼の報告を終えると、メイビスが二人へ向き直った。
「それで、お二人とも」
「ん?」
「FAIRY TAILへの加入のお話ですが……」
メイビスは柔らかく微笑んだ。
「今日、一緒にお仕事をしてみて、どうでしたか?」
レオンとセリナは顔を見合わせた。
「……そうだな」
レオンがゆっくりと口を開く。
「正直、最初は噂が気になって来ただけだったんだ」
彼は周囲を見渡した。
小さな建物。
まだ新しい机や棚。
壁に貼られた依頼書。
そして、そこに集まる魔導士たち。
「でも、思ってたよりずっと面白そうな場所だ」
「そうね!」
セリナが笑った。
「みんな強いし、賑やかだし! それに……」
彼女は少しだけ表情を和らげた。
「なんだか、居心地がいいのよね」
「……ああ」
レオンも頷いた。
「俺たちは今まで、ずっと二人でやってきた」
幼い頃から一緒だった。
魔法を覚えてからも、二人で仕事を受けてきた。
互いに背中を預けることには慣れている。
けれど。
「たまには、もっと大勢でやるのも悪くないかもしれないな」
「たまには、じゃないでしょ!」
セリナが笑った。
「これからは、ずっとよ!」
「……はいはい」
レオンは肩をすくめた。
そして、メイビスへ向き直る。
「改めて頼む。俺たち二人を、FAIRY TAILに入れてくれないか?」
「もちろん!」
セリナも笑顔で頷く。
「よろしくね、マスター!」
メイビスの顔が、ぱっと明るくなった。
「はい!!」
その声は、ギルドの中に響いた。
「お二人とも、大歓迎です!」
「よっしゃあ!!」
ユーリが勢いよく立ち上がる。
「これで八人だな!」
「また騒がしくなるな」
プレヒトが呟く。
「いいじゃねえか!」
「悪いとは言っていない」
ウォーロッドが微笑んだ。
「新しい仲間が増えるのは、嬉しいことだね」
「はい!」
エマも笑顔で頷く。
「レオンさん、セリナさん。これからよろしくお願いします!」
「ああ、よろしくな!」
「よろしく!」
イリスも二人の前へ歩み寄った。
「改めまして、よろしくお願いします」
柔らかな笑顔。
「これからは、同じギルドの仲間ですね」
「……ああ」
レオンは少し笑った。
「よろしく頼むよ、イリス」
「よろしくね!」
セリナも笑顔で手を差し出す。
イリスはその手を握り返した。
「はい!」
こうして、FAIRY TAILに新たな二人の魔導士が加わった。
六人だった仲間は、八人へ。
小さなギルドは、また一歩だけ大きくなった。
――――――――――
終幕 妖精の証
「……あっ!」
突然、メイビスが声を上げた。
「どうしたんだ?」
ユーリが尋ねる。
「皆さん! 私、ひとつ考えていたことがあるんです!」
「考えていたこと?」
イリスが首を傾げた。
「はい!」
メイビスは机へ駆け寄り、一枚の紙を取り出した。
「私たちも、ギルドの仲間だってわかる証を作りませんか?」
「証?」
レオンが尋ねる。
「はい! ギルドの紋章です!」
メイビスは紙を広げた。
そこには、不思議な形の紋章が描かれていた。
翼のようにも、炎のようにも見える。
けれど、その形には確かな意味があった。
「妖精の尻尾、です!」
メイビスが嬉しそうに告げる。
「妖精に尻尾があるのか。それとも、ないのか……誰にもわかりません」
彼女は紋章を見つめた。
「だからこそ、そこには無限の可能性があると思うんです!」
「……なるほど」
プレヒトが静かに頷く。
「ギルドの名前にも合っているな」
「だろ! かっこいいじゃねえか!」
ユーリも笑った。
「ふふっ。素敵だね」
ウォーロッドが微笑む。
エマも嬉しそうに紋章を見つめていた。
「それで!」
メイビスは顔を上げる。
「皆さんの好きな場所に、好きな色で刻みたいんです!」
「へえ!」
セリナが目を輝かせた。
「いいじゃない!」
「それなら、俺は青にするかな」
レオンが言う。
「私は赤がいいわ!」
セリナが即答した。
「……お前、迷いがないな」
「当然!」
その後、八人はそれぞれの色と場所を選んでいった。
メイビスは左肩に、赤色。
ユーリは右胸に、橙色。
プレヒトは左胸に、紫色。
ウォーロッドは右肩に、深緑色。
レオンは右肩甲骨に、青色。
セリナは左上腕に、深紅色。
そして。
「エマさんは、どうしますか?」
メイビスが尋ねる。
「……そうですね」
エマは胸元の指輪に触れた。
銀色の指輪。
中央に輝く、緑色の宝石。
父親が残してくれた、大切な宝物。
「私は……緑色にします」
エマは静かに微笑んだ。
「この指輪と、同じ色にしたいので」
「……はい!」
メイビスも嬉しそうに頷いた。
エマは左鎖骨の下を選んだ。
普段は服に隠れる場所。
けれど、確かにそこにある、大切な証。
最後に、メイビスはイリスへ向き直った。
「イリスさんは、どうしますか?」
「……私ですか?」
イリスは少し考えた。
そして、そっと左胸に手を添える。
「では……ここにお願いします」
「左胸ですね!」
「はい」
イリスは微笑んだ。
「色は、紺青で」
「わかりました!」
メイビスが頷く。
イリスは、自分の胸元へ視線を落とした。
心臓に近い場所。
そこに、妖精の証を刻む。
異世界から、この世界へやって来た。
帰る方法は、まだ見つかっていない。
いつか、その方法を探すために旅へ出ることになるだろう。
けれど。
この場所で出会った人たち。
共に笑い、戦い、助け合ってきた仲間たち。
その存在は、もう自分にとってかけがえのないものになっていた。
「……ふふっ」
イリスは小さく笑った。
「どうしました?」
メイビスが尋ねる。
「いえ」
イリスは顔を上げる。
「とても素敵な証だと思いまして」
「……はい!」
メイビスも嬉しそうに微笑んだ。
やがて、八人全員に妖精の紋章が刻まれた。
色も。
場所も。
それぞれ違う。
けれど、形は同じ。
妖精の尻尾。
FAIRY TAIL。
仲間であることを示す、小さな証。
「よーし!」
ユーリが勢いよく声を上げた。
「これで俺たち、ますますギルドらしくなったな!」
「紋章ができただけで浮かれるな」
プレヒトが言う。
「いいじゃねえか! 嬉しいんだからよ!」
「ふふっ。僕も嬉しいよ」
ウォーロッドが笑う。
「私もです!」
エマも笑顔で頷いた。
「なんだか、本当に仲間になったって感じがするわね!」
セリナが嬉しそうに言う。
「……ああ」
レオンも、自分の肩のあたりへ視線を向けた。
「悪くないな」
「素直に嬉しいって言えばいいのに!」
「言ってるだろ!」
「全然!」
またしても言い合いを始める二人。
ユーリが笑い、プレヒトが呆れ、ウォーロッドが穏やかに見守る。
エマはそんな仲間たちを微笑ましく眺めていた。
そして、メイビスが両手を広げる。
「皆さん!」
八人の視線が集まった。
「これからも、よろしくお願いします!」
満面の笑み。
その言葉に、仲間たちが笑顔で応える。
「おう!」
「よろしく頼む」
「ふふっ。もちろんだよ」
「はい!」
「任せなさい!」
「ああ、よろしくな!」
そして、イリスも。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
柔らかく微笑んだ。
夕暮れの光が、窓から差し込んでいた。
まだ小さなギルド。
決して立派な建物ではない。
けれど、そこには確かな温かさがあった。
新しい仲間。
新しい絆。
そして、妖精の証。
この日、FAIRY TAILは八人の魔導士が集うギルドとなった。
それぞれ違う場所からやって来た者たちが、同じ紋章を胸に刻み、同じ未来へ向かって歩き始める。
妖精に尻尾があるのか。
それとも、ないのか。
その答えは、まだ誰も知らない。
けれど。
無限の可能性を追い求める彼らの物語は、これからも続いていく。
――第30話 完――
【こそこそ妖精話】
~左胸に刻んだ理由~
ギルドマークを刻んだ日の夕暮れ。
仲間たちが帰り支度を始める中、メイビスはイリスの隣へやって来た。
メイビス「イリスさん!」
イリス「はい? どうしました、メイビスさん?」
メイビス「ひとつ、聞いてもいいですか?」
イリス「もちろんですよ」
メイビス「イリスさんは、どうして左胸にギルドマークを刻んだんですか?」
イリス「……左胸、ですか?」
メイビス「はい! 皆さん、それぞれ好きな場所を選んでいましたけど、イリスさんは少し考えてから決めていましたよね?」
イリス「ふふっ。よく見ていますね」
メイビス「もちろんです!」
イリス「そうですね……」
イリスは少し考えるように、左胸へ手を添えた。
イリス「……秘密です」
メイビス「ええっ!?」
イリス「ふふっ」
メイビス「そんな! 余計に気になるじゃないですか!」
イリス「それなら、少し考えてみてください」
メイビス「むむむ……!」
メイビスは真剣な表情で腕を組んだ。
メイビス「……わかりました!」
イリス「もうですか?」
メイビス「はい! 心臓に近い場所だから、ですね!」
イリス「……正解です」
メイビス「やった!」
イリス「でも、どうして心臓に近い場所にしたかったのか、わかりますか?」
メイビス「えっ?」
メイビスは再び考え込んだ。
メイビス「……大切なものだから、でしょうか?」
イリスは、少しだけ目を見開いた。
そして、柔らかく微笑んだ。
イリス「……はい」
イリス「私にとって、このギルドはとても大切な場所ですから」
メイビス「……イリスさん」
イリス「いつか、元の世界へ帰る方法を探しに行くことになると思います」
イリス「でも、どこへ行っても、皆さんと出会えたことを忘れたくないんです」
イリスは左胸に手を添えたまま、微笑んだ。
イリス「だから、一番大切にしたい場所に刻みました」
メイビスは、しばらく黙っていた。
やがて、嬉しそうに笑った。
メイビス「……私もです!」
イリス「ふふっ。ありがとうございます」
メイビス「でも、イリスさん!」
イリス「はい?」
メイビス「元の世界へ帰る方法を探す旅に出ても、ちゃんと帰ってきてくださいね!」
イリス「……はい。もちろんです」
メイビス「約束ですよ!」
イリス「ふふっ。約束です」
メイビスは満足そうに頷いた。
そして、ふと思い出したように首を傾げる。
メイビス「……ところで、イリスさん」
イリス「はい?」
メイビス「最初から教えてくれてもよかったんじゃないですか?」
イリス「ふふっ。メイビスさんが一生懸命考えている姿が、少し可愛らしかったので」
メイビス「ええっ!? からかったんですか!?」
イリス「少しだけですよ?」
メイビス「もうっ! イリスさん!」
夕暮れのギルドに、二人の楽しそうな笑い声が響いた。
~おしまい~
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。