第一幕 祭りの知らせ
マグノリアの街に、穏やかな朝が訪れていた。
石畳の通りには商人たちの声が響き、店先には色とりどりの商品が並んでいる。
道を駆ける子供たちの笑い声。
軒先で世間話を楽しむ住民たち。
少し前まで、ブルースカルの支配によって暗い影を落としていた街とは思えないほど、マグノリアは活気を取り戻していた。
そして、そんな街の一角に建つ魔導士ギルド『妖精の尻尾(FAIRY TAIL)』も、朝から賑やかだった。
「おい、レオン! お前、また俺の依頼書を取っただろ!」
「人聞きが悪いなあ。先に手に取ったのは僕だよ?」
「俺が昨日から目をつけてたんだよ!」
「それは知らなかったなあ」
「絶対わかってて言ってるだろ!」
依頼掲示板の前で、ユーリとレオンが言い合っていた。
その様子を見て、セリナが呆れたようにため息をつく。
「朝っぱらから何やってんのよ、あんたたち」
「聞いてくれよ、セリナ!」
「聞かなくても大体わかるわよ」
「まだ何も言ってねえだろ!」
「どうせ依頼の取り合いでしょ?」
「……何でわかった?」
「顔に書いてあるわよ」
セリナが肩をすくめる。
そんな三人のやり取りを、受付にいたエマが困ったように見つめていた。
「あ、あの……依頼書はまだほかにもありますから……」
「エマ、気にしなくていいよ」
隣で書類を整理していたプレヒトが、落ち着いた声で言う。
「放っておけば、そのうち決まる」
「そうでしょうか……?」
「少なくとも、毎朝のことだ」
「……確かにそうですね」
エマは苦笑した。
その近くでは、ウォーロッドが温かいお茶を飲んでいる。
「ふふっ。今日も賑やかだね」
「賑やかというより、騒がしいだけだろう」
プレヒトが淡々と返した。
すると、別の席から穏やかな声が聞こえてきた。
「でも、元気があるのはいいことですよ」
リタだった。
加入してから数日が経ち、彼女もすっかりギルドの雰囲気に馴染んでいた。
「そうだろ、リタ!」
ユーリが嬉しそうに振り返る。
「お前はわかってるな!」
「ええ。でも、依頼書を取り合うのはよくありませんね」
「……あれ?」
「皆さんで相談して決めればいいと思いますよ?」
「お、おう……」
ユーリが大人しく頷く。
その様子に、レオンが吹き出した。
「ははっ! ユーリさん、リタには弱いんだね!」
「うるせえ!」
「ふふっ。そんなことありませんよ」
リタは穏やかに笑った。
その時だった。
「皆さん、おはようございます!」
ギルドの奥から、明るい声が響いた。
メイビス・ヴァーミリオン。
妖精の尻尾のマスターを務める少女が、元気よく姿を現した。
その隣には、長い黒髪を揺らす少女がいる。
青と金の異なる瞳を持つ聖剣使い。
イリス・アストレアだった。
「おはようございます、皆さん」
「おう! おはよう!」
ユーリが手を上げる。
イリスは依頼掲示板の前に集まる三人を見て、小さく首を傾げた。
「……何かあったんですか?」
「いや、ちょっと依頼のことでな!」
「また取り合いですか?」
「何でお前までわかるんだよ!」
「ふふっ。皆さんの声が奥まで聞こえていましたから」
イリスが微笑む。
ギルドに笑い声が広がった。
そんな時。
コンコン、と扉を叩く音がした。
「失礼するよ」
入ってきたのは、恰幅のよい中年の男性だった。
マグノリアで商店を営む住民の一人で、最近ではギルドへ仕事を頼みに来ることもある顔馴染みだ。
「あっ! いらっしゃいませ!」
エマが立ち上がる。
「今日はご依頼でしょうか?」
「いやいや。今日は少し違う話でね」
男性はにこやかに笑った。
「実は、街の皆で祭りを開くことになったんだ」
「お祭りですか!?」
真っ先に反応したのはメイビスだった。
その瞳が、ぱっと輝く。
「ああ。ブルースカルがいなくなって、ようやく街にも平和が戻っただろう?」
男性は穏やかな表情で続けた。
「だから、皆でその喜びを分かち合おうって話になったんだよ」
「へぇ! いいじゃねえか!」
ユーリが笑う。
「もちろん、君たちにもぜひ参加してほしくてね」
「私たちも、ですか?」
イリスが尋ねる。
「ああ、当然だとも!」
男性は大きく頷いた。
「君たちがブルースカルを倒してくれたから、こうして安心して祭りを開けるんだ」
その言葉に、ギルドの中が少しだけ静かになった。
「……そう言っていただけると、嬉しいですね」
イリスが柔らかく微笑む。
メイビスも嬉しそうに頷いた。
「はい! ぜひ参加させてください!」
「ははは! ありがとう!」
男性は笑った。
「それと、もしよかったら、準備も少し手伝ってもらえると助かるんだが……」
「もちろんです!」
メイビスは即答した。
「皆さん! 今日はお祭りのお手伝いをしましょう!」
「おおっ!」
ユーリが拳を上げる。
「祭りか! 面白そうじゃねえか!」
「まだ準備の話だぞ」
プレヒトが冷静に指摘する。
「細けえことはいいんだよ!」
「……まったく」
プレヒトはため息をついた。
だが、その表情はどこか穏やかだった。
こうして、妖精の尻尾の少し特別な一日が始まった。
――――――――――
第二幕 九人の妖精たち
祭りの準備が始まると、マグノリアの広場はたちまち賑やかになった。
住民たちが屋台を組み立て、色鮮やかな布や飾りを運び込んでいる。
子供たちは興味津々といった様子で、その周囲を走り回っていた。
「よーし! こいつは俺に任せろ!」
ユーリが大きな木箱を肩に担ぎ上げる。
「おお、若いのに力持ちだな!」
近くの職人が感心したように声を上げた。
「へへっ! これくらい余裕だぜ!」
「ユーリさん!」
その背後から、リタの声がした。
「ん?」
「前をよく見てくださいね」
「え?」
ユーリが振り返った瞬間。
足元を、小さな子供が駆け抜けた。
「うおっ!?」
慌てて足を止めるユーリ。
肩の木箱がぐらりと傾いた。
しかし、その下に淡い黄金色の結界が現れる。
木箱は結界に支えられ、落ちることなく元の位置へ戻った。
「……ふぅ!」
ユーリが安堵の息を吐く。
「助かったぜ、リタ!」
「ふふっ。どういたしまして」
リタは微笑んだ。
「でも、戦闘中だけでなく、普段から周りを見た方がいいですね」
「またそれかよ!」
そのやり取りを見ていた子供たちが、楽しそうに笑った。
一方、広場の反対側では。
「よし、これでどうだ!」
セリナが屋台の柱を持ち上げ、指定された位置へ据え付けていた。
「おお! 助かるよ!」
職人が礼を言う。
「これくらい任せなさい!」
セリナは得意げに笑った。
その頭上では、レオンが糸魔法を使って飾りを取り付けている。
細い魔力の糸が空中に伸び、色とりどりの布を器用に運んでいた。
「いやあ、僕の魔法ってこういう時にも便利だよね」
「口を動かしてないで手を動かしなさい!」
「動かしてるじゃないか。ほら」
レオンが指を動かす。
すると、赤い飾りがするすると移動し、屋台の屋根に結びつけられた。
「どう? 完璧だろ?」
「……まあ、悪くないわね」
「おや、珍しい。セリナが褒めてくれた」
「褒めてない!」
「今、悪くないって――」
「次の飾り!」
「はいはい」
そんな二人の掛け合いに、周囲の住民たちも笑っていた。
少し離れた場所では、ウォーロッドが地面に手を添えていた。
「それじゃあ、少しだけ」
彼の魔力に応えるように、広場の花壇から緑の蔓が伸び始める。
蔓は木製の支柱に絡みつき、やがて小さな花を咲かせた。
「わあっ!」
子供たちが歓声を上げる。
「すごい! お花が咲いた!」
「ふふっ。気に入ってくれたかな?」
「うん!」
「じゃあ、こっちにも咲かせようか」
ウォーロッドが微笑む。
広場の一角は、あっという間に美しい花々で彩られていった。
その頃、エマとプレヒトは、祭りの運営を手伝っていた。
「こちらの屋台は、広場の東側ですね」
「ああ。それと、この荷物は夕方までに運んでおく必要がある」
「わかりました!」
エマが手元の紙に書き込む。
プレヒトは周囲を見渡しながら、次の作業を確認した。
「思ったより人手が必要だな」
「でも、皆さん楽しそうですね!」
「そうだな」
プレヒトは短く答えた。
そして、準備に励む仲間たちへ目を向ける。
ユーリは力仕事。
ウォーロッドは会場の装飾。
レオンとセリナは屋台の組み立て。
リタは作業中の安全確保。
誰に指示されたわけでもなく、それぞれが自分にできることを見つけて動いていた。
「……悪くないな」
プレヒトが小さく呟く。
「え?」
エマが顔を上げる。
「いや、何でもない」
プレヒトは書類へ視線を戻した。
そんな広場の中央では、イリスが住民たちと一緒に飾り付けをしていた。
「イリスちゃん、あの高いところにも飾りをつけたいんだけどねえ」
年配の女性が、建物の二階ほどの高さにある横木を指さす。
「なるほど……」
イリスは少し考えた。
「では、私が取り付けますね」
「でも、あんなに高いところじゃ……」
「大丈夫ですよ」
イリスは微笑むと、片手を軽く掲げた。
その足元に、淡い光が集まっていく。
次の瞬間、白銀に輝く光剣が一本、空中に現れた。
イリスはその平らな刀身に足を乗せると、軽く地面を蹴って飛び乗った。
さらに頭上へもう一本の光剣を生み出し、階段を上るように足場を移していく。
「まあ!」
女性が驚きの声を上げた。
「そんなこともできるのかい!?」
「ふふっ。高い場所での作業には便利なんですよ」
イリスは笑いながら、横木の高さまで上がっていった。
そして、飾りを丁寧に結びつける。
白と青の布が、風に揺れた。
「これでいかがでしょうか?」
「まあまあ! とっても綺麗だよ!」
「ふふっ。よかったです」
イリスが地面へ降りると、近くにいた子供たちが駆け寄ってきた。
「お姉ちゃん! もう一回見せて!」
「えっ?」
「光る剣! もう一回!」
「ええと……」
イリスが困ったように笑う。
すると、背後から元気な声が聞こえてきた。
「イリスさん! こちらも準備できましたよ!」
メイビスだった。
彼女は住民たちと相談しながら、会場全体の飾り付けを考えていた。
「広場の入口に大きな飾りをつけることになったんです!」
「そうなんですね」
「はい! それで、イリスさんにも手伝っていただきたくて!」
「もちろんです」
イリスは微笑んだ。
そして、子供たちへ向き直る。
「ごめんなさい。続きはまた今度にしましょうね」
「えー!」
「ふふっ。お祭りを楽しみにしていてください」
少し残念そうな子供たちに手を振り、イリスはメイビスと共に歩き出した。
「皆さん、本当に楽しそうですね」
「はい!」
メイビスが嬉しそうに頷く。
「私、こういうのが大好きです!」
「ふふっ。知っていますよ」
「えへへ」
二人は顔を見合わせて笑った。
かつて、ブルースカルの支配に苦しんでいた街。
その広場に、今は人々の笑い声が満ちている。
イリスはその光景を眺めながら、静かに目を細めた。
あの日、戦った意味が。
今、目の前にあるような気がした。
――――――――――
第三幕 平和を祝う夜
夕暮れ。
マグノリアの広場に、無数の灯りがともり始めた。
屋台からは香ばしい匂いが漂い、楽器を奏でる人々の音色が街に響いている。
昼間まで準備に追われていた住民たちも、今は笑顔で祭りを楽しんでいた。
「うおおっ! すげえ!」
ユーリが目を輝かせる。
「見ろよ! あっちにも食い物があるぜ!」
「さっきから食べ物の話ばかりね」
セリナが呆れる。
「祭りなんだから当たり前だろ!」
「まあ、気持ちはわかるけどね」
レオンが笑った。
「僕も何か食べようかな」
「じゃあ、あっちの串焼きはどうだ?」
「いいね!」
「ちょっと! あんたたち!」
セリナが声を上げる。
「皆で回るんじゃなかったの!?」
「おっと、そうだった!」
ユーリが振り返る。
その様子を見て、リタがくすりと笑った。
「ふふっ。まずは皆さんで見て回りましょう」
「そうだね」
ウォーロッドも頷く。
「せっかくのお祭りだからね」
こうして、九人は賑やかな広場を歩き始めた。
屋台には、焼き菓子や果物、串焼きなどが並んでいる。
子供たちが遊ぶ小さな催しもあり、街のあちこちから歓声が上がっていた。
「あっ!」
エマが一軒の屋台を見つけて足を止めた。
「見てください! あの焼き菓子、美味しそうです!」
「本当ですね」
イリスが隣から覗き込む。
「買ってみましょうか?」
「はい!」
二人が屋台へ向かうと、メイビスも嬉しそうについてきた。
「私も食べたいです!」
「ふふっ。では、三人分ですね」
イリスが微笑む。
店主は三人を見ると、ぱっと表情を明るくした。
「おや! 妖精の尻尾の皆さんじゃないか!」
「こんばんは!」
メイビスが元気よく挨拶する。
「今日は素敵なお祭りですね!」
「ああ! 君たちのおかげだよ!」
店主は嬉しそうに笑った。
「ほら、これも持っていきな!」
そう言って、焼き菓子を一つ余分に包んでくれる。
「えっ? でも……」
イリスが驚く。
「いいんだよ! お礼だと思ってくれ!」
「……ありがとうございます」
イリスは丁寧に頭を下げた。
メイビスも満面の笑みを浮かべる。
「ありがとうございます!」
その後、三人は仲間たちのもとへ戻った。
「おっ! 何買ってきたんだ?」
ユーリが目ざとく気づく。
「焼き菓子ですよ」
イリスが答える。
「一つ余分にいただいたので、皆さんで分けましょうか」
「おおっ! いいな!」
「ユーリさん、もう串焼きを二本も食べていますよね?」
リタが穏やかに尋ねた。
「……え?」
「先ほど、あちらの屋台で買っていましたよね?」
「よ、よく見てんな……」
「ふふっ。美味しそうでしたから」
「だったらリタも食えばよかったじゃねえか!」
「私は後でいただきます」
リタはにっこりと笑った。
「ユーリさんは、食べすぎないようにしてくださいね」
「お前、俺の母ちゃんかよ!」
その言葉に、周囲がどっと笑った。
「ははっ! 確かにそんな感じだね!」
レオンが笑う。
「レオン、あんたも人のこと言えないでしょ」
セリナがすかさず突っ込む。
「えっ? 何で僕まで?」
「さっきから甘いものばっかり食べてるじゃない!」
「甘いものは別腹なんだよ」
「男でもそうなの!?」
賑やかな会話が続く。
そんな仲間たちを見ながら、エマは嬉しそうに微笑んでいた。
「……楽しいですね」
「うん?」
隣にいたウォーロッドが振り返る。
「こうして皆さんとお祭りに来られるなんて、少し前までは想像もしていませんでした」
「ふふっ。そうだね」
ウォーロッドは穏やかに笑う。
「でも、これからはきっと、こういう時間も増えていくよ」
「……はい!」
エマは大きく頷いた。
その胸元では、父の形見の緑色の宝石が、祭りの灯りを受けて小さく輝いていた。
やがて、広場の中央から音楽が聞こえてきた。
住民たちが輪になり、楽しそうに踊り始めている。
「おっ! 何だ何だ!」
ユーリが興味津々といった様子で近づく。
「踊りみたいですね」
リタが答えた。
「へぇ! 面白そうじゃねえか!」
ユーリはしばらく眺めていたが、やがて仲間たちへ振り返った。
「よし! 俺たちも行こうぜ!」
「ええっ!?」
セリナが驚く。
「ちょっと、急に何言ってんのよ!」
「祭りなんだから楽しもうぜ!」
「それはそうだけど!」
「ほら、レオンも!」
「えっ、僕も?」
「当然だろ!」
「いやあ、僕は見てる方が――」
「逃げるなよ!」
ユーリがレオンの腕を掴む。
「ちょ、ちょっと待って!」
そのまま二人は人々の輪へ飛び込んでいった。
「……まったく!」
セリナがため息をつく。
しかし、その口元には笑みが浮かんでいた。
「仕方ないわね!」
そう言って、彼女も後を追う。
「ふふっ。楽しそうですね」
リタが微笑む。
「リタさんも行きますか?」
イリスが尋ねる。
「そうですね。せっかくですから」
リタは頷いた。
「皆さんもご一緒にいかがですか?」
「私はぜひ!」
メイビスが元気よく手を上げる。
「エマさんも!」
「えっ!? わ、私もですか!?」
「もちろんです!」
「で、でも、踊りなんてあまり……」
「大丈夫ですよ!」
メイビスは笑った。
「楽しめばいいんです!」
その言葉に、エマも少しずつ表情を和らげる。
「……はい!」
こうして、仲間たちは次々と人々の輪へ加わっていった。
ウォーロッドも楽しそうに歩いていく。
最後まで残ったのは、プレヒトとイリスだった。
「……お前は行かないのか?」
プレヒトが尋ねる。
「ふふっ。プレヒトさんこそ」
「俺は、こういうのは得意じゃない」
「私も、踊りはあまり得意ではありませんね」
二人は顔を見合わせた。
そして、どちらからともなく笑う。
「……まあ、見ているだけでも十分楽しいな」
「はい」
イリスは微笑んだ。
広場には、音楽と笑い声が満ちていた。
平和を取り戻した街の夜は、まだ始まったばかりだった。
第四幕 異世界の少女と妖精
祭りが始まってから、しばらく時間が経った。
夜空には星々が輝き、広場の灯りがマグノリアの街並みを優しく照らしている。
賑やかな音楽が響く中、イリスは少しだけ人混みを離れていた。
広場を見渡せる小さな石段。
そこに腰を下ろし、街の景色を眺めていた。
「……綺麗ですね」
思わず、そんな言葉がこぼれる。
色とりどりの灯り。
楽しそうに笑う人々。
屋台の間を駆け回る子供たち。
そのすべてが、どこか懐かしかった。
元の世界にも、こんなお祭りがあった。
魔法学院の友人たちと出かけた街の催し。
冒険者として訪れた町で見た、収穫を祝う祭り。
遠い故郷の景色が、ふと脳裏をよぎる。
「……皆さん、元気にしているでしょうか」
イリスは小さく呟いた。
こちらの世界へ来てから、すでに随分と時間が経っている。
元の世界へ帰る方法は、まだ見つかっていない。
けれど――。
「イリスさーん!」
聞き慣れた声が響いた。
振り返ると、メイビスがこちらへ駆けてきていた。
「こんなところにいたんですね!」
「メイビスさん」
イリスが微笑む。
「皆さんと踊っていたのでは?」
「はい! とっても楽しかったです!」
メイビスは嬉しそうに笑った。
「でも、イリスさんがいなくなったので、探しに来ちゃいました!」
「ふふっ。すみません」
「謝らなくていいですよ!」
メイビスは隣に腰を下ろした。
そして、イリスと同じように街を見渡す。
「……綺麗ですね」
「はい」
二人はしばらく、静かに祭りの灯りを眺めていた。
やがて、メイビスが口を開く。
「イリスさん」
「はい?」
「今日のお祭り、楽しいですか?」
「もちろんです」
イリスは自然に微笑んだ。
「皆さんと一緒に過ごせて、とても楽しいですよ」
「えへへ。よかったです!」
メイビスは嬉しそうに笑った。
そして、少しだけ首を傾げる。
「さっき、何か考えていたんですか?」
「……そうですね」
イリスは夜空へ視線を向けた。
「少し、故郷のことを思い出していました」
「故郷……」
「はい。私の世界にも、こういうお祭りがあったんです」
イリスは懐かしそうに続ける。
「友人たちと屋台を回ったり、珍しいものを見たり……」
「わあ!」
メイビスの目が輝く。
「楽しそうですね!」
「ふふっ。はい。とても」
「イリスさんの世界には、どんなお祭りがあるんですか?」
「そうですね……」
イリスは少し考えた。
「収穫を祝うお祭りや、街の歴史を記念するお祭り。それから、魔法学院でも催しがありました」
「魔法学院でも!?」
「はい。生徒たちが魔法を披露したり、お店を出したりするんです」
「すごいです!」
メイビスは身を乗り出した。
「私も見てみたいです!」
「ふふっ。メイビスさんなら、きっと楽しめると思いますよ」
イリスが笑う。
すると、メイビスは少しだけ考え込んだ。
「……いつか、見に行けたらいいですね」
「……え?」
イリスが目を瞬かせる。
メイビスは夜空を見上げながら、にっこりと笑った。
「イリスさんの故郷のお祭りです!」
「……そうですね」
イリスは少し驚いた後、柔らかく微笑んだ。
「いつか、ご案内できたら嬉しいです」
「はい!」
メイビスは元気よく頷いた。
そして、再び広場へ視線を向ける。
「でも、今日のお祭りも負けていませんよね!」
「ふふっ。もちろんです」
「来年も、皆で来ましょう!」
メイビスが笑う。
「その頃には、もっと仲間が増えているかもしれません!」
「そうですね」
イリスは頷いた。
少し前まで、妖精の尻尾には五人しかいなかった。
それが今では九人。
新しい仲間が増え、依頼も増え、街の人々からも少しずつ信頼されるようになっている。
そして、自分にとっても。
この場所は、かけがえのないものになり始めていた。
「……メイビスさん」
「はい?」
「私、いつか元の世界へ帰る方法を探しに、旅へ出ようと思っています」
メイビスは静かに頷いた。
「はい。覚えていますよ」
「でも……」
イリスは左胸へ、そっと手を添えた。
制服の下には、濃紺のギルドマークが刻まれている。
「ここが大切な場所であることは、変わりません」
メイビスはイリスを見つめた。
そして、満面の笑みを浮かべる。
「もちろんです!」
「ふふっ」
「だって、イリスさんは妖精の尻尾の仲間ですから!」
その言葉に、イリスの表情が和らぐ。
「……ありがとうございます」
メイビスは嬉しそうに笑った。
そして、突然立ち上がる。
「さあ! イリスさん!」
「え?」
「皆さんのところへ戻りましょう!」
「ふふっ。そうですね」
イリスも立ち上がった。
メイビスが差し出した手を、そっと握る。
二人は顔を見合わせて笑った。
遠くから、ユーリの声が聞こえてくる。
「おーい! メイビス! イリス!」
「こっちだぜー!」
仲間たちが待っている。
イリスとメイビスは、手を繋いだまま広場へ駆け出した。
――――――――――
第五幕 妖精たちの夜
「遅えぞ、二人とも!」
広場へ戻ると、ユーリが笑いながら声をかけてきた。
「すみません。少しお話をしていました」
イリスが答える。
「へぇ? 何の話だ?」
「ふふっ。内緒です!」
メイビスが楽しそうに笑った。
「何だよ、それ!」
「女の子同士のお話ですよ!」
「余計気になるじゃねえか!」
ユーリが口を尖らせる。
その隣で、リタがくすりと笑った。
「ユーリさん。何でも聞こうとするのはよくありませんよ?」
「お前まで!」
「ふふっ」
その様子に、皆が笑う。
やがて、広場の中央で大きな歓声が上がった。
祭りの締めくくりとして、住民たちが一斉に灯りを掲げ始めたのだ。
小さなランタンの光が、夜の広場を優しく照らしていく。
「わあ……!」
エマが感嘆の声を漏らす。
「綺麗ですね……!」
「うん。本当に」
ウォーロッドが頷いた。
メイビスは、その光景をじっと見つめていた。
ブルースカルが支配していた頃。
人々は自由に笑うことさえ難しかった。
けれど今は違う。
皆が笑い、語り合い、明日を楽しみにしている。
「……よかったです」
メイビスが小さく呟く。
その声を、隣にいたイリスが聞き取った。
「メイビスさん?」
「はい!」
メイビスは振り返る。
「私たち、ギルドを作って本当によかったですね!」
イリスは微笑んだ。
「……そうですね」
そして、仲間たちへ視線を向ける。
ユーリはレオンと何やら言い合っている。
セリナが二人に呆れ、リタが笑っている。
エマはウォーロッドと楽しそうに話し、プレヒトは少し離れた場所から皆を見守っていた。
誰もが、自然に笑っている。
そんな光景を見て、イリスは静かに思った。
自分がこの世界へ来たことには、まだわからないことが多い。
元の世界へ帰る方法も、見つかっていない。
けれど。
ここで出会った人たちとの時間は、確かに自分の大切なものになっている。
「なあ、みんな!」
突然、ユーリが声を上げた。
「来年も絶対、皆で祭りに来ようぜ!」
「もちろんです!」
メイビスが即答する。
「その頃には、もっと仲間が増えているかもしれませんね!」
「おう!」
ユーリは大きく頷いた。
「その頃には、フィオーレ王国中に俺たちの名前が知れ渡ってるぜ!」
「ずいぶん大きく出たな」
プレヒトが呆れたように言う。
「夢はでっかく持たねえとな!」
「ふふっ。頼もしいですね」
リタが微笑んだ。
「でも、そのためには一つ一つのお仕事を頑張らないといけませんね」
「わかってるって! 任せとけ!」
「本当ですか?」
「本当だよ!」
そのやり取りに、また笑い声が広がった。
レオンが肩をすくめる。
「いやあ、来年も賑やかになりそうだね」
「今でも十分賑やかだけどね」
セリナが笑う。
「ふふっ。そうだね」
ウォーロッドも頷いた。
エマはそんな皆を見回して、嬉しそうに微笑んだ。
「私、来年も楽しみです!」
「はい!」
メイビスが元気よく答える。
「皆で、もっと素敵なギルドにしましょう!」
「おおっ!」
ユーリが拳を掲げた。
その勢いにつられるように、仲間たちも笑顔を浮かべる。
イリスも、自然に笑っていた。
夜空には、無数の星が輝いている。
その下で、九人の妖精たちが笑い合っていた。
かつて、ブルースカルの支配に苦しんでいたマグノリア。
今、その街には平和が戻り、人々の笑顔が溢れている。
そして、その平和を守るために生まれた小さなギルドも、少しずつ成長していた。
これから先、どんな冒険が待っているのか。
どんな仲間と出会うのか。
まだ、誰にもわからない。
けれど、今はただ。
この穏やかで、賑やかな時間を大切にしたかった。
妖精たちの笑い声は、祭りの灯りが消えるまで、いつまでも続いていた。
――第32話 完――
【こそこそ妖精話】
~祭りの後の苦労人たち~
マグノリアのお祭りが終わった、その日の夜。
賑やかだった広場には静けさが戻り、住民たちも少しずつ帰路についていた。
そんな中、二人の魔導士が広場に残っていた。
プレヒトとウォーロッドである。
ウォーロッド「ふふっ。今日は楽しかったね」
プレヒト「ああ。街の連中も喜んでいたな」
ウォーロッド「うん。ブルースカルがいた頃を考えると、随分変わったよ」
プレヒト「……そうだな」
プレヒトは広場を見渡した。
昼間、皆で飾り付けた屋台や花々が、祭りの名残を残している。
ウォーロッド「それにしても、僕たちのギルドも賑やかになったね」
プレヒト「最初は五人だったからな」
ウォーロッド「それが今では九人だよ」
プレヒト「……ユーリ一人でも十分騒がしかったがな」
ウォーロッド「ふふっ。それは否定できないね」
プレヒト「レオンまで加わって、余計に騒がしくなった」
ウォーロッド「でも、楽しそうじゃないか」
プレヒト「……まあな」
プレヒトは小さく笑った。
ウォーロッド「これから、もっと仲間が増えるといいね」
プレヒト「ああ。ただし、ユーリみたいなのばかり増えるのは勘弁してほしいが」
ウォーロッド「あははっ! それは大変そうだね」
その時だった。
「おーい!!」
遠くから、聞き慣れた声が響いた。
ユーリ「プレヒトー! ウォーロッドー!」
プレヒト「……噂をすれば」
ウォーロッド「ふふっ。どうしたんだろう?」
広場の向こうから、ユーリが勢いよく駆けてくる。
ユーリ「お前ら、まだここにいたのか!」
プレヒト「ああ。少し片付けを手伝っていた」
ユーリ「そうか! ちょうどよかったぜ!」
ウォーロッド「何かあったのかい?」
ユーリ「いやあ、実はよ!」
ユーリは満面の笑みを浮かべた。
ユーリ「来年の祭り、俺たちも屋台を出そうぜ!」
プレヒト「……は?」
ウォーロッド「屋台?」
ユーリ「おう! FAIRY TAIL特製の料理とか売るんだよ!」
プレヒト「……誰が作るんだ?」
ユーリ「そりゃ、みんなで!」
プレヒト「材料は?」
ユーリ「買えばいいだろ!」
プレヒト「費用は?」
ユーリ「ギルドの金で!」
プレヒト「却下だ」
ユーリ「早えよ!!」
ウォーロッドが思わず吹き出した。
ウォーロッド「ふふっ。まだ一年も先の話じゃないか」
ユーリ「だから今から考えるんだろ!」
プレヒト「だったら、まず自分で材料費を稼いでこい」
ユーリ「おっ! それなら任せろ!」
プレヒト「……本当にわかっているのか?」
ユーリ「当たり前だろ!」
ユーリは得意げに胸を張った。
ユーリ「よーし! 明日から依頼を十件くらい受けてくるぜ!」
プレヒト「……待て」
ユーリ「何だよ?」
プレヒト「一日に十件も受けるな」
ユーリ「何でだよ!?」
プレヒト「ほかの連中の仕事がなくなるだろうが!」
ユーリ「じゃあ二十件にするか!」
プレヒト「増やすな!!」
静かな広場に、プレヒトの怒鳴り声が響き渡った。
その隣で、ウォーロッドはお腹を抱えて笑っていた。
ウォーロッド「あははっ! やっぱり賑やかな方がいいね!」
プレヒト「……お前は気楽でいいな」
――どうやら、妖精の尻尾の苦労人たちに、平穏な夜はまだ訪れそうになかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。