第一幕 妖精たちの見送り
マグノリアの街に、朝日が昇っていた。
澄み渡る青空の下、石畳の通りには少しずつ人の姿が増え始めている。
そんな朝の街で、妖精の尻尾のギルドホールの前には、十人の魔導士たちが集まっていた。
「よし! 忘れ物はねえな!」
ユーリが元気よく声を上げる。
「はい! ばっちりです!」
その声に答えたのは、小さな旅行鞄を手にしたメイビスだった。
いつもの服装に、旅に必要な荷物をまとめた鞄。
隣には、同じく旅支度を整えたイリスが立っている。
濃紺と白を基調とした制服に、左腰には見慣れた聖剣。
黒い長髪が、朝の風にさらりと揺れた。
「地図も、路銀も、必要なものは確認しました。忘れ物はないと思いますよ」
「さすがイリスさんです!」
「ふふっ。メイビスさんも、昨日一緒に確認したでしょう?」
「そうでした!」
二人が笑い合う。
そんな様子を眺めながら、プレヒトが腕を組んでいた。
「……もう一度言っておくが」
「はい!」
「旅先では、定期的に連絡を寄こすこと。それと、何か問題が起きた場合は、無理に解決しようとせず、まず状況を確認するんだ」
「わかっています!」
「本当だろうな?」
「もちろんです!」
自信満々に答えるメイビス。
しかし、プレヒトはどこか心配そうだった。
「……イリス」
「はい?」
「メイビスが無茶をしそうになったら、止めてやってくれ」
「ふふっ。もちろんです」
「ちょっと、プレヒト!」
メイビスが頬を膨らませる。
「私だって、ちゃんと考えて行動しますよ!」
「それならいいんだが……」
「信用してください!」
「信用はしている。ただ、心配しているだけだ」
その言葉に、メイビスは一瞬きょとんとした。
そして、嬉しそうに微笑んだ。
「……ありがとうございます、プレヒト」
「……ああ」
プレヒトは小さく頷いた。
「まあ、ギルドのことは心配すんなって!」
ユーリが二人の前へ出る。
「依頼も増えてきたし、俺たちでどんどん片づけておくからよ!」
「ユーリ。だからといって、勝手に難しい依頼を引き受けるなよ」
「わかってるって!」
「昨日も同じことを言っていただろう」
「細けえなあ!」
「細かくない!」
いつもどおりのやり取りに、周囲から笑いが起こった。
「ふふっ。二人とも、相変わらずだね」
ウォーロッドが穏やかに笑う。
「イリス、メイビス。道中、気をつけてね」
「ありがとうございます、ウォーロッドさん」
「はい! 行ってきます!」
「それから……」
ウォーロッドは少しだけ声を潜めた。
「プレヒトへのお土産、楽しみにしているよ」
「……聞こえているぞ、ウォーロッド」
「おや、聞こえちゃったか」
ウォーロッドが楽しそうに笑った。
イリスも思わず口元を緩める。
「ふふっ。何がいいでしょうね」
「……本当に気を遣わなくていいからな」
「そう言われると、余計に選びたくなりますね」
「……まったく」
プレヒトは呆れたように息を吐いた。
その隣で、エマが小さな包みを差し出す。
「あの、イリスさん、メイビスさん」
「はい?」
「よかったら、これを持っていってください」
包みの中には、小さな焼き菓子が入っていた。
「昨日、ミーナさんと一緒に作ったんです。道中、お腹が空いた時にでも」
「わあっ!」
メイビスの目が輝いた。
「ありがとうございます、エマさん!」
「ふふっ。気に入ってもらえると嬉しいです」
ミーナも微笑む。
「日持ちするように作ってありますから、休憩の時に食べてくださいね」
「ありがとうございます。大切にいただきますね」
イリスが丁寧に頭を下げる。
「帰ってきたら、旅のお話を聞かせてください」
「もちろんです!」
メイビスが元気よく頷いた。
「たくさんお話ししますね!」
「俺にも土産話、聞かせてくれよ!」
ダンが笑顔で声を上げる。
「マーガレットって、どんな町なんだろうな!」
「私たちも初めてなので、楽しみです」
「いいなあ! 俺もいつか行ってみてえ!」
「その前に、今日の依頼を片づけなさいよ」
セリナが呆れたように言った。
「わかってるって!」
「まったく……」
そんな二人のやり取りを聞きながら、レオンが肩をすくめる。
「まあ、俺たちのことは気にしないでくれ。ギルドの仕事はちゃんと回しておくからさ」
「レオンさん、セリナさん。よろしくお願いします」
「任せとけ」
「ええ。二人も気をつけてね」
リタも、柔らかな笑みを浮かべた。
「イリス、メイビス。素敵な旅になるといいわね」
「ありがとうございます、リタさん」
「帰ってきたら、またみんなでお話ししましょうね」
「はい!」
メイビスが嬉しそうに答える。
最後に、ボルクが静かに口を開いた。
「……街道では、天候に気をつけろ」
「はい」
「特に山道は、雨が降ると足場が悪くなる。無理に進まず、宿を取った方がいい」
「ありがとうございます、ボルクさん。参考にしますね」
イリスが微笑むと、ボルクは小さく頷いた。
それぞれの言葉を受け取り、二人は改めて仲間たちを見渡した。
少し前まで、ここにいたのは五人だけだった。
けれど今は、こんなにも多くの仲間がいる。
メイビスは、嬉しそうに胸を張った。
「それでは、皆さん!」
十人の視線が集まる。
「しばらく留守にしますけど、妖精の尻尾のことをよろしくお願いします!」
「おう!」
ユーリが勢いよく頷く。
「安心して行ってこい!」
「はいっ!」
メイビスは満面の笑みを浮かべた。
そして、隣のイリスへ視線を向ける。
「行きましょう、イリスさん!」
「はい、メイビスさん」
イリスも笑顔で頷いた。
二人は並んで歩き始める。
その背中へ、ユーリの声が飛んだ。
「おーい! 二人とも!」
「はい?」
「帰ってきたら、面白い話をたくさん聞かせろよ!」
「もちろんです!」
メイビスが振り返り、大きく手を振った。
イリスも仲間たちへ微笑みかける。
「それでは皆さん、行ってきます!」
「行ってきまーす!」
朝の街に、二人の声が響いた。
「おう! 行ってこい!」
「気をつけてね!」
「お土産、楽しみにしてるぞー!」
「……ユーリ、お前はそればかりだな」
最後まで賑やかな仲間たち。
イリスとメイビスは、笑いながら手を振り続けた。
やがて、二人の姿が通りの向こうへ消えていく。
その背中を見送りながら、プレヒトが小さく息を吐いた。
「……さて」
「ん?」
ユーリが振り向く。
「どうした、マスタープレヒト?」
「……仕事を始めるぞ」
「おう!」
「まずは、昨日の依頼書の整理からだ」
「……え?」
「お前も手伝え」
「いや、俺は討伐依頼に……」
「その前に整理だ」
「えええっ!?」
ギルドの前に、ユーリの悲鳴が響いた。
どうやら、代理マスターの初日も賑やかになりそうだった。
第二幕 二人だけの街道
マグノリアの街を出て、しばらく。
街道の両側には、緑豊かな草原が広がっていた。
遠くには緩やかな丘陵が連なり、青空には白い雲がゆっくりと流れている。
「わあ……!」
メイビスが目を輝かせた。
「綺麗ですね、イリスさん!」
「ええ。本当に」
イリスも足を止め、周囲を見渡した。
草原を渡る風が、二人の髪を優しく揺らす。
小鳥のさえずりが聞こえ、遠くでは羊の群れがのんびりと草を食んでいた。
「マグノリアの近くにも、こんな景色があったんですね!」
「街を離れると、また違った景色が見られますね」
「はい!」
メイビスは嬉しそうに笑った。
「なんだか、天狼島を出た時のことを思い出します!」
「ふふっ。そうですね」
イリスも微笑む。
天狼島から始まった冒険。
あの頃は、まだ出会ったばかりの仲間たちと一緒だった。
知らない土地を目指し、何が待っているのかもわからないまま進んでいた。
けれど、今は違う。
旅の目的も、帰る場所もある。
そして何より。
「イリスさん!」
「はい?」
「私、ずっと楽しみにしていたんです!」
メイビスが弾むような足取りで振り返った。
「こうして、イリスさんと二人で旅をすること!」
「……ふふっ」
イリスは自然と笑みを浮かべた。
「私もですよ、メイビスさん」
「本当ですか!?」
「はい。メイビスさんとなら、きっと楽しい旅になりますから」
「えへへ……!」
メイビスは嬉しそうに笑った。
そして、ふと思い出したように尋ねる。
「そういえば、イリスさんは元の世界でも、いろいろな場所を旅していたんですよね?」
「ええ。冒険者として依頼を受けながら、各地を巡っていました」
「どんな場所に行ったんですか?」
「そうですね……」
イリスは少し考える。
「雪に覆われた山や、広い砂漠。それから、海沿いの町にも行きました」
「海!」
メイビスの目が輝いた。
「私、海を見るのも好きなんです!」
「ふふっ。天狼島では、毎日のように見ていましたものね」
「はい! でも、ほかの場所の海も見てみたいです!」
「それなら、いつか海沿いの町にも行ってみましょうか」
「ぜひ!」
メイビスが元気よく頷く。
「イリスさんは、どんな景色が一番好きなんですか?」
「一番、ですか……」
イリスは少し悩んだ。
雪山から見た朝焼け。
砂漠の夜空。
森の奥に広がる湖。
思い浮かぶ景色は、どれも美しい。
「……一つには決められませんね」
「そうなんですか?」
「はい。どの景色にも、それぞれ違った良さがありますから」
イリスは穏やかに微笑んだ。
「それに、同じ場所でも、一緒に見る人によって印象が変わることもありますし」
「……!」
メイビスは少しだけ目を丸くした。
そして、にっこりと笑う。
「それなら、今回の旅でも、たくさん一緒に景色を見ましょうね!」
「ふふっ。もちろんです」
二人は再び歩き始めた。
街道は緩やかに曲がり、遠くの丘へと続いている。
新しい冒険は、まだ始まったばかりだった。
第三幕 旅先の小さな出会い
昼を少し過ぎた頃。
二人は街道沿いの木陰で休憩を取っていた。
「ん~! 美味しいです!」
メイビスが嬉しそうに声を上げる。
手にしているのは、エマとミーナが持たせてくれた焼き菓子だった。
「ふふっ。本当に美味しいですね」
イリスも一つ口に運ぶ。
程よい甘さと香ばしい風味が、口いっぱいに広がった。
「帰ったら、エマさんとミーナさんにお礼を言わないといけませんね」
「はい!」
メイビスは大きく頷いた。
「それにしても……」
「どうしました?」
「こうして外で食べると、いつもより美味しく感じませんか?」
「ふふっ。わかります」
イリスは微笑んだ。
「旅の楽しみの一つですね」
そんな会話をしていた時だった。
「……おや?」
メイビスが街道の向こうへ目を向けた。
少し離れた場所に、一台の荷馬車が止まっている。
その脇では、中年の男性が困ったように頭を抱えていた。
「どうしたんでしょう?」
「何かあったみたいですね」
二人は顔を見合わせる。
「行ってみましょう!」
「はい」
荷物をまとめ、男性のもとへ向かった。
「あの、すみません!」
「ん?」
男性が顔を上げる。
「どうかしましたか?」
メイビスが尋ねると、男性は困ったように笑った。
「ああ、ちょっとな。車輪が壊れちまってよ」
見ると、荷馬車の片側の車輪が傾いていた。
車輪を支える木製の部品が割れ、うまく回らなくなっているらしい。
「町までもう少しなんだが、このままじゃ動かせなくてな」
「それは大変ですね……」
メイビスが心配そうに呟く。
イリスは荷馬車のそばにしゃがみ込み、壊れた部分を確認した。
「……なるほど」
「直せそうですか、イリスさん?」
「そうですね。少し工夫すれば、応急処置はできると思います」
「本当かい!?」
男性が驚いたように声を上げる。
「はい。ただ、完全な修理ではありませんので、町に着いたら職人さんに見てもらってくださいね」
「もちろんだ!」
イリスは頷き、荷馬車へ手をかざした。
「では、少し持ち上げますね」
淡い光が荷馬車の下に広がる。
防御魔法によって作られた足場が、壊れた車輪の側をゆっくりと支えた。
「おおっ!?」
男性が目を丸くする。
イリスは荷馬車の重さを支えたまま、割れた部品を確認した。
「メイビスさん、そちらにある木片を取っていただけますか?」
「はい!」
メイビスがすぐに木片を拾い上げる。
「これですね!」
「ありがとうございます」
イリスは木片を受け取り、形を確かめた。
幸い、割れた部分は大きく欠けていない。
手持ちの道具と荷馬車に積まれていた補修用の金具を使えば、固定できそうだった。
「少し時間をいただきますね」
「ああ! 頼む!」
イリスは慎重に作業を進めた。
メイビスも、必要な道具を手渡したり、外れた部品を押さえたりして手伝う。
やがて。
「……これで、どうでしょう」
イリスがゆっくりと荷馬車を下ろした。
車輪は、先ほどよりもしっかりと固定されている。
男性が試しに荷馬車を少し動かすと、車輪は問題なく回った。
「おおっ! 動いた!」
「よかったです!」
メイビスが嬉しそうに笑う。
男性は何度も頭を下げた。
「いやあ、本当に助かったよ! あんたたち、魔導士なのかい?」
「はい!」
メイビスが元気よく答える。
「私たち、妖精の尻尾というギルドに所属しています!」
「妖精の尻尾?」
男性は少し考えた。
「……ああ! マグノリアに新しくできたっていうギルドか!」
「ご存じなんですか!?」
「もちろん! 最近、行商人の間でも少し話題になってるぜ」
メイビスの顔がぱっと明るくなった。
「本当ですか!」
「ああ。あのブルースカルがいなくなったって聞いた時は、驚いたもんだ」
男性は感心したように頷いた。
「まさか、そこの魔導士さんたちに助けてもらえるとはな!」
「ふふっ。お役に立ててよかったです」
イリスが微笑む。
「ところで、あんたたちはどこへ向かってるんだ?」
「マーガレットです!」
メイビスが答えた。
「蛇姫の鱗というギルドを訪ねようと思っているんです!」
「おお、蛇姫の鱗か!」
男性は納得したように頷いた。
「だったら、いいところを選んだな。あそこは昔から評判のいいギルドだぜ」
「そうなんですか?」
「ああ。町の人間からも頼りにされてるし、腕の立つ魔導士も多い」
男性は少し笑った。
「それに、今のマスターはなかなか面白い人でな」
「面白い人?」
メイビスが首を傾げる。
「優雅で綺麗な人なんだが、時々、こっちがからかわれてるのかと思うようなことを言うんだよ」
「ふふっ。楽しそうな方ですね」
イリスが微笑んだ。
「会ってみるとわかるさ」
男性は笑った。
そして、荷馬車から小さな袋を取り出す。
「助けてもらった礼だ。よかったら持っていってくれ」
「えっ? そんな、お礼なんて……」
「いいからいいから!」
袋の中には、甘い香りのする干し果物が入っていた。
「うちで扱ってる品だ。旅の途中でも食べられるぞ」
「ありがとうございます!」
メイビスが嬉しそうに受け取る。
「ふふっ。ありがたくいただきますね」
イリスも頭を下げた。
「それじゃ、俺はそろそろ行くよ。本当に助かった!」
「お気をつけて!」
「ああ! あんたたちもな!」
男性は荷馬車をゆっくりと動かし、街道を進んでいった。
その背中を見送りながら、メイビスが笑う。
「いい人でしたね!」
「ええ」
イリスも微笑んだ。
「旅先でこういう出会いがあるのも、楽しいものですね」
「はい!」
メイビスは干し果物の袋を大切そうに抱えた。
「それに、妖精の尻尾のことを知ってくれていました!」
「ふふっ。嬉しいですね」
「はい! もっともっと、たくさんの人に知ってもらえるギルドにしたいです!」
メイビスの瞳が、きらきらと輝いていた。
イリスはその横顔を見つめ、穏やかに微笑んだ。
「きっと、なれますよ」
「……!」
「メイビスさんたちが作ったギルドですから」
「……えへへ」
メイビスは照れくさそうに笑った。
「ありがとうございます、イリスさん!」
そして、二人は再び街道を歩き始めた。
第四幕 マーガレットの街
それから、数日が過ぎた。
二人は途中の町で宿を取りながら、マーガレットへと向かっていた。
道中では、小さな村を訪れたり、丘の上から景色を眺めたり。
時には、道端に咲く珍しい花を見つけて足を止めることもあった。
そんな旅を続けたある日の午後。
「……あっ!」
街道の先を見つめていたメイビスが、突然声を上げた。
「イリスさん! 見えてきました!」
イリスも顔を上げる。
緩やかな丘を越えた先。
そこには、石造りの建物が立ち並ぶ大きな町が広がっていた。
赤茶色の屋根が陽光を受けて輝き、町の中央には高い時計塔がそびえている。
周囲には豊かな緑が広がり、遠くの山々が町を囲むように連なっていた。
「……綺麗な町ですね」
イリスが小さく呟く。
「はい!」
メイビスは嬉しそうに頷いた。
「ここが、マーガレットなんですね!」
二人は自然と足を速めた。
町の入口へ近づくにつれて、人々の賑やかな声が聞こえてくる。
荷馬車が行き交い、商人たちが品物を運び、通りには色とりどりの店が並んでいた。
「わあ……!」
メイビスが目を輝かせる。
「マグノリアとは、また違った雰囲気ですね!」
「そうですね。建物の造りも少し違いますし、お店も多いみたいです」
「見てください、イリスさん! あのお店!」
メイビスが指さした先には、焼き菓子を並べた店があった。
甘い香りが通りまで漂っている。
「美味しそうです!」
「ふふっ。気になりますか?」
「はい!」
「それなら、あとで寄ってみましょうか」
「本当ですか!?」
「せっかく来たんですから、町も少し見て回りたいですし」
「やったー!」
メイビスが嬉しそうに笑った。
そんな彼女を見て、イリスも楽しそうに微笑む。
やがて二人は、通りを歩いていた女性に声をかけた。
「あの、すみません」
「はい?」
「蛇姫の鱗という魔導士ギルドを探しているのですが、どちらにあるかご存じでしょうか?」
「ああ、蛇姫の鱗ね!」
女性はすぐに頷いた。
「この通りをまっすぐ進んで、噴水のある広場を右に曲がると、大きな建物が見えるわよ」
「ありがとうございます!」
「ふふっ。あそこに用事があるの?」
「はい! 私たちも魔導士なんです!」
「あら、そうなの?」
女性は二人を見つめ、にっこりと笑った。
「それなら、きっと歓迎してもらえるわ。あそこの人たちは親切だから」
「そうなんですね!」
「ええ。気をつけて行ってらっしゃい」
「ありがとうございました!」
二人は礼を言い、教えられた道を進んだ。
しばらく歩くと、町の中央に大きな噴水広場が現れた。
澄んだ水が陽光を反射し、きらきらと輝いている。
「綺麗……!」
メイビスが足を止める。
イリスも噴水を眺めた。
水しぶきの向こうには、石造りの建物と花壇が並んでいる。
「ふふっ。少し休んでいきますか?」
「……いえ!」
メイビスは元気よく首を振った。
「まずは蛇姫の鱗に行きましょう!」
「そうですね」
イリスが頷く。
「町の散策は、そのあとでもできますから」
「はい!」
二人は広場を右に曲がった。
そして。
「……あっ!」
メイビスが足を止めた。
通りの先に、一際大きな建物が見えていた。
堂々とした石造りの外観。
大きな扉の上には、蛇を思わせる意匠が掲げられている。
その周囲には、何人もの魔導士らしき人々が出入りしていた。
「……あれが」
メイビスが小さく呟く。
「蛇姫の鱗……!」
イリスも建物を見上げた。
「立派なギルドですね」
「はい!」
メイビスは胸の前で両手を握りしめた。
「どんな人たちがいるんでしょう!」
「ふふっ。楽しみですね」
二人は顔を見合わせる。
そして、ギルドの扉へと歩み寄った。
第五幕 蛇姫の鱗
大きな扉を開くと、賑やかな声が二人を迎えた。
「おう! その依頼なら俺が行くぜ!」
「ちょっと待ちなさいよ! 昨日もあなたが行ったでしょう!」
「早い者勝ちだろ!」
「そんな決まりはないわよ!」
広いギルドホールでは、魔導士たちが思い思いに過ごしていた。
掲示板には数多くの依頼書が貼られ、受付では職員が忙しそうに働いている。
奥には大きなテーブルが並び、依頼を終えたらしい魔導士たちが食事を楽しんでいた。
「わあ……!」
メイビスが感嘆の声を漏らす。
「すごいです!」
「ええ。とても賑やかですね」
イリスも周囲を見渡した。
妖精の尻尾とは、また違った雰囲気。
建物も大きく、所属する魔導士の数も多いようだった。
「イリスさん、見てください!」
メイビスが掲示板を指さす。
「依頼書がこんなにたくさんあります!」
「本当ですね」
「それに、受付も広いです!」
「ふふっ。メイビスさん、まずはご挨拶をしましょうか」
「……あっ!」
メイビスははっとした。
「そうでした!」
二人は受付へ向かった。
「あの、すみません!」
「はい、いらっしゃいませ」
受付にいた女性が顔を上げる。
「ご依頼でしょうか?」
「いえ! 私たち、マグノリアから来たんです!」
「マグノリア?」
「はい! 妖精の尻尾というギルドから来ました!」
その言葉に、受付の女性が少し驚いたような顔をした。
「妖精の尻尾……?」
そして、何かを思い出したように頷く。
「ああ! 最近、噂になっているギルドですね!」
「ご存じなんですか!?」
「ええ。マグノリアに新しくできたギルドだと聞いています」
女性は微笑んだ。
「本日は、どのようなご用件でしょうか?」
「実は、こちらのマスターさんにお会いしたいんです!」
「マスターに、ですか?」
「はい!」
メイビスは元気よく頷いた。
「私もギルドマスターを務めているので、ぜひお話を聞かせていただきたくて!」
「……えっ?」
受付の女性が目を丸くした。
「あなたが……ギルドマスター?」
「はい!」
メイビスは満面の笑みを浮かべる。
「妖精の尻尾のマスター、メイビス・ヴァーミリオンです!」
「…………」
受付の女性は、しばらく言葉を失っていた。
そして、隣に立つイリスへ視線を向ける。
「……本当ですか?」
「ふふっ。本当ですよ」
イリスが微笑んだ。
「私はイリス・アストレアと申します。妖精の尻尾の一員です」
「そ、そうでしたか……!」
受付の女性は慌てて姿勢を正した。
「失礼しました! 少々お待ちください。マスターに確認してまいります!」
「はい! お願いします!」
女性は奥の部屋へと向かった。
その背中を見送りながら、メイビスが首を傾げる。
「……そんなに驚くことでしょうか?」
「ふふっ。メイビスさんは、まだお若いですからね」
「イリスさんだって、私とそんなに変わらないじゃないですか!」
「私はマスターではありませんから」
「むぅ……」
メイビスが頬を膨らませる。
イリスは楽しそうに笑った。
その時だった。
「あらあら」
奥の方から、柔らかな女性の声が聞こえてきた。
「珍しいお客様がいらっしゃったみたいね」
二人が振り向く。
そこには、一人の女性が立っていた。
年齢は三十代後半ほどだろうか。
長い髪を優雅にまとめ、上品な衣装を身にまとっている。
落ち着いた雰囲気の中に、どこか人を惹きつける華やかさがあった。
その女性は、二人へ歩み寄ると、穏やかに微笑んだ。
「初めまして。私が蛇姫の鱗のマスター、セレスティア・アルヴェインよ」
「初めまして!」
メイビスが元気よく頭を下げる。
「私、妖精の尻尾のマスターを務めています、メイビス・ヴァーミリオンと申します!」
「イリス・アストレアと申します。よろしくお願いします」
イリスも丁寧に一礼した。
「あら、妖精の尻尾?」
セレスティアは興味深そうに目を細めた。
「もちろん知っているわ。マグノリアに新しくできたギルドでしょう?」
「はい!」
「あのブルースカルを退けたって、こちらでも噂になっているのよ」
「本当ですか!?」
メイビスが嬉しそうに声を上げる。
「ええ。なかなか大したものだと思っていたのだけれど……」
セレスティアは、改めてメイビスを見つめた。
そして。
「……ふふっ」
楽しそうに笑った。
「まさか、こんなに可愛らしいお嬢さんがマスターだったなんて。驚いたわ」
「えへへ……ありがとうございます!」
メイビスが照れくさそうに笑う。
セレスティアは今度はイリスへ視線を向けた。
「てっきり、そちらのお嬢さんがマスターなのかと思ってしまったわ」
「ふふっ。私はただのギルドメンバーですよ」
「あら、そうなの?」
セレスティアは二人を交互に見つめた。
「それにしても、面白いわね」
「面白い、ですか?」
メイビスが首を傾げる。
「ええ。新しくできたギルドのマスターが、わざわざ私たちのところへ来てくれるなんて」
セレスティアは優雅に微笑んだ。
「それで、今日はどういったご用件かしら?」
「はい!」
メイビスは姿勢を正した。
「実は、セレスティアさんにお願いしたいことがあるんです!」
「あら、何かしら?」
「私たちのギルドは、まだできたばかりなんです」
メイビスは真剣な表情で続けた。
「だから、歴史のあるギルドがどんなふうに運営されているのか、ぜひ勉強させていただきたくて!」
「……まあ」
セレスティアは少し驚いたように目を瞬かせた。
「ギルドの運営を?」
「はい!」
「ふふっ。なるほどね」
セレスティアは感心したように微笑んだ。
「若いのに、なかなか勉強熱心なマスターさんなのね」
「えへへ……!」
「それと、もう一つお願いがあるんです」
メイビスは隣のイリスへ視線を向けた。
イリスが一歩前へ出る。
「実は、私も調べたいことがありまして」
「あら?」
「古い魔法の記録や、異世界に関する伝承について、何かご存じではないかと思いまして」
「……異世界?」
セレスティアの表情に、わずかな興味が浮かんだ。
「ええ。少し事情がありまして……」
イリスは穏やかに答えた。
セレスティアは二人を見つめる。
そして、ふっと微笑んだ。
「……なるほど」
何かを考えるように、顎へ指を添える。
「ギルドの運営に、異世界の伝承……」
やがて、楽しそうに笑った。
「ふふっ。これは、なかなか興味深いお客様ね」
セレスティアは二人へ手を差し伸べるように、奥の部屋を示した。
「立ち話も何でしょう。よかったら、ゆっくりお話ししましょうか」
「本当ですか!?」
「ええ。せっかく遠くから来てくれたんですもの」
セレスティアは優雅に微笑んだ。
「歓迎するわ。妖精の尻尾のお二人さん」
「ありがとうございます!」
メイビスが満面の笑みを浮かべる。
イリスも嬉しそうに頭を下げた。
「ありがとうございます、セレスティアさん」
「ふふっ。そんなにかしこまらなくていいのよ」
セレスティアは楽しそうに笑った。
「さあ、こちらへどうぞ」
二人は案内されるまま、ギルドの奥へと歩き始めた。
その途中。
「……イリスさん!」
メイビスが小さな声で呼びかける。
「はい?」
「なんだか、すごく楽しみになってきました!」
その瞳は、期待に満ちていた。
イリスは微笑む。
「ふふっ。私もです」
天狼島で始まった出会い。
マグノリアで築いた、大切な居場所。
そして今、新しい町で、新しい人々と出会った。
この先に何が待っているのかは、まだわからない。
けれど。
隣には、同じ景色を見て、同じ冒険を楽しんでくれる友達がいる。
それだけで、旅はこんなにも楽しい。
イリスは、隣を歩くメイビスへ微笑みかけた。
「これから、いろいろなお話が聞けそうですね」
「はいっ!」
メイビスは嬉しそうに頷いた。
こうして。
妖精と聖剣使いの二人旅は、最初の目的地へとたどり着いた。
新しい出会いと、まだ知らない魔法の世界。
二人の冒険は、ここからさらに広がっていく。
――第36話 完――
【こそこそ妖精話】
~二人旅の意外な弱点~
メイビス「イリスさん!」
イリス「はい? どうしました?」
メイビス「もし、旅の途中で道に迷ったらどうしましょう?」
イリス「ふふっ。地図がありますから、大丈夫ですよ」
メイビス「でも、地図を見間違えていたら?」
イリス「……その時は、近くの人に道を聞きましょうか」
メイビス「誰もいなかったら?」
イリス「……高い場所から周囲を確認します」
メイビス「森の中で、周りが木ばかりだったら?」
イリス「光剣を足場にして、空から確認しますね」
メイビス「なるほど!」
イリス「ふふっ。これで安心ですね」
メイビス「はい! ……でも、イリスさん」
イリス「はい?」
メイビス「空から見ても、どっちに行けばいいかわからなかったら?」
イリス「…………」
メイビス「…………」
イリス「……メイビスさん」
メイビス「はい!」
イリス「その時は、一緒に考えましょう」
メイビス「はいっ! それも冒険ですね!」
イリス「ふふっ。そうですね」
メイビス「……あっ!」
イリス「今度はどうしました?」
メイビス「そもそも、私たちが道に迷うことってあるんでしょうか?」
イリス「…………」
メイビス「…………」
イリス「……それを最初に考えるべきでしたね」
メイビス「えへへ!」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。