妖精と聖剣使い   作:使い手なない

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第37話「古き知恵と新たな道」

 

第一幕 蛇姫の教え

 

 蛇姫の鱗のギルドホール。その奥にある応接室へと案内されたイリスとメイビスは、セレスティアに勧められるまま、柔らかな椅子へ腰を下ろした。

 

 室内には落ち着いた色合いの調度品が並び、壁には古い絵画や装飾品が飾られている。

 

 大きな窓から差し込む午後の日差しが、磨かれた木製のテーブルを照らしていた。

 

「ふふっ。そんなに緊張しなくてもいいのよ」

 

 向かいに座ったセレスティアが、穏やかに微笑む。

 

「せっかく遠くから来てくれたんですもの。今日はゆっくりお話ししましょう」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 メイビスが元気よく答える。

 

 その隣で、イリスも丁寧に頭を下げた。

 

「突然お邪魔したのに、お時間をいただいてありがとうございます」

 

「あら、気にしないで。ほかのギルドの方とお話しする機会は、私にとっても貴重なのよ」

 

 そう言って、セレスティアは運ばれてきた紅茶を一口飲んだ。

 

「それで、メイビスさん。ギルドの運営について学びたいということだったわね?」

 

「はい!」

 

 メイビスは背筋を伸ばした。

 

「私たちのギルドは、まだできたばかりなんです。最近は仲間も増えて、依頼も少しずつ増えてきたんですけど……」

 

「嬉しい反面、大変なことも増えてきた?」

 

「そうなんです!」

 

 メイビスは大きく頷いた。

 

「今はみんなで協力しているので、何とかなっています。でも、これからもっと仲間が増えたら、今のやり方だけでは難しくなるかもしれないと思って」

 

「……なるほど」

 

 セレスティアは感心したように目を細めた。

 

「まだ人数が少ないうちから、その先のことを考えているのね」

 

「はい! せっかく作ったギルドですから、みんなが安心して過ごせる場所にしたいんです!」

 

「ふふっ。素敵な考え方ね」

 

 セレスティアは微笑んだ。

 

「では、一つ質問してもいいかしら?」

 

「もちろんです!」

 

「あなたのギルドでは、依頼を受ける魔導士をどうやって決めているの?」

 

「基本的には、依頼の内容と、それぞれの得意な魔法を考えて決めています!」

 

 メイビスは少し考えながら続ける。

 

「例えば、護衛の依頼なら実戦経験のある人を中心にしたり、複数人で行った方が安全な依頼なら、相性のいい人たちで組んでもらったりしています」

 

「あら、きちんと考えているのね」

 

「はい! それに、まだ経験の少ない人には、慣れている人と一緒に行ってもらうようにしています!」

 

 セレスティアは静かに頷いた。

 

「それはいい方法だわ。経験の浅い魔導士を育てるには、実際の依頼を経験させることも大切ですもの」

 

「そうですよね!」

 

「ただし、気をつけなければいけないこともあるの」

 

「気をつけること、ですか?」

 

「ええ」

 

 セレスティアは紅茶のカップを置いた。

 

「魔導士というのは、自分の力を試したがる人が多いでしょう?」

 

「……あっ」

 

 メイビスが何かを思い出したような顔をした。

 

 イリスも、思わず小さく笑う。

 

「ふふっ。心当たりがありますね」

 

「イリスさん!」

 

「ユーリさんのことを考えていたわけではありませんよ?」

 

「まだ何も言っていません!」

 

 そのやり取りに、セレスティアが楽しそうに笑った。

 

「あらあら。元気な方がいらっしゃるみたいね」

 

「はい! とっても!」

 

 メイビスが即答する。

 

「ふふっ。それは頼もしいわね」

 

 セレスティアは笑みを浮かべたまま、話を続けた。

 

「でも、自分の実力を正しく理解することと、自信を持つことは別なのよ」

 

「……はい」

 

「難しい依頼に挑戦すること自体は悪くないわ。けれど、失敗した時に困るのは本人だけではないでしょう?」

 

「依頼人や、一緒に行った仲間にも迷惑がかかります」

 

 メイビスが答えた。

 

「そのとおり」

 

 セレスティアは満足そうに頷いた。

 

「だからこそ、マスターは依頼を受ける魔導士の実力だけでなく、性格や経験も把握しておく必要があるの」

 

「なるほど……!」

 

 メイビスは真剣な表情で聞いていた。

 

「それから、依頼には危険度に応じた区分があるの。特に難しい依頼は、誰でも自由に受けられるわけではないのよ」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ。例えば、S級の依頼ね」

 

「S級……?」

 

 聞き慣れない言葉に、メイビスが首を傾げる。

 

「高い実力だけでなく、豊富な経験や判断力を持つ魔導士に任せるような、危険度の高い依頼のことよ」

 

「なるほど……!」

 

 メイビスは興味深そうに頷いた。

 

「つまり、魔法が強いだけでは駄目なんですね!」

 

「そのとおりよ」

 

 セレスティアは微笑んだ。

 

「強い魔法が使えても、状況を見誤れば仲間や依頼人を危険にさらしてしまうでしょう?」

 

「はい!」

 

「だから、そうした依頼を任せられる魔導士を、ギルドが慎重に見極める必要があるの」

 

「勉強になります!」

 

 メイビスは真剣な表情で頷いた。

 

「私たちのギルドでは、まだそこまで難しい依頼は扱っていませんけど、覚えておきます!」

 

「ふふっ。今はそれで十分よ」

 

 セレスティアは優しく微笑んだ。

 

「ギルドが成長すれば、必要になる仕組みも少しずつ変わっていくものだから」

 

 そして、もう一つ大切なことがあると、セレスティアは続けた。

 

「ギルドが大きくなったら、何もかも自分一人で決めようとしないこと」

 

 その言葉に、メイビスは目を瞬かせた。

 

「自分一人で……?」

 

「ええ。もちろん、最後に責任を持つのはマスターよ。でも、すべての仕事を一人で抱え込んでいたら、いつか手が回らなくなってしまうわ」

 

 セレスティアは穏やかに微笑んだ。

 

「信頼できる仲間に仕事を任せることも、マスターの大切な役目なの」

 

「……!」

 

 メイビスは、しばらく考え込んだ。

 

 そして、ぱっと顔を上げる。

 

「それなら、私たちのギルドは大丈夫かもしれません!」

 

「あら、どうして?」

 

「プレヒトがいるんです!」

 

「プレヒトさん?」

 

「はい! 書類の整理も依頼の管理も、とっても得意なんですよ!」

 

 メイビスは嬉しそうに説明する。

 

「今も、私たちが留守にしている間、代理マスターをお願いしているんです!」

 

「まあ。もう信頼できる方がいらっしゃるのね」

 

「はい!」

 

 メイビスは胸を張った。

 

「それに、ユーリもウォーロッドも、ほかのみんなもいます!」

 

 その表情には、仲間たちへの信頼が満ちていた。

 

 セレスティアは、そんなメイビスを静かに見つめる。

 

「……ふふっ」

 

「どうしました?」

 

「いいえ。少し安心したのよ」

 

「安心、ですか?」

 

「ええ」

 

 セレスティアは優しく微笑んだ。

 

「あなたは、仲間を信頼することを知っているのね」

 

 メイビスは少しだけ目を丸くした。

 

「……はい!」

 

 そして、嬉しそうに笑った。

 

「みんな、私の大切な仲間ですから!」

 

 セレスティアは満足そうに頷いた。

 

「その気持ちは、これからも大切にするといいわ」

 

 それからも、話は続いた。

 

 依頼書の管理方法。

 

 報酬の分配。

 

 ギルドの設備を維持するための費用。

 

 魔導士同士で問題が起きた時の対処。

 

 メイビスは次々と質問し、セレスティアは一つ一つ丁寧に答えていった。

 

 時には、メイビスの考えを聞いたセレスティアが、逆に質問することもあった。

 

 そうして話しているうちに、セレスティアの表情には、最初とは少し違ったものが浮かび始めていた。

 

 目の前の少女は、確かに若い。

 

 けれど、その考え方は決して幼くない。

 

 仲間を大切にする気持ちと、物事を冷静に考える知性。

 

 そして、まだ経験していない問題についても学ぼうとする姿勢。

 

 なるほど。

 

 この少女が、妖精の尻尾のマスターなのだ。

 

「……メイビスさん」

 

「はい?」

 

「あなた、なかなか立派なマスターさんね」

 

「えっ!?」

 

 突然の言葉に、メイビスが驚く。

 

「そ、そんなことありません! まだまだ勉強中です!」

 

「ふふっ。だからこそ、よ」

 

 セレスティアは楽しそうに笑った。

 

「自分に足りないものを知っていて、それを学ぼうとする。簡単そうで、なかなかできることではないわ」

 

「……ありがとうございます!」

 

 メイビスは照れくさそうに微笑んだ。

 

 その隣で、イリスも嬉しそうに笑っていた。

 

 大切な友達が褒められるのは、自分のことのように嬉しい。

 

 そんなイリスの表情を見て、セレスティアはふと目を細めた。

 

「……ところで」

 

 その声には、少しだけ興味深そうな響きが混じっていた。

 

「一つ、前から気になっていたことを聞いてもいいかしら?」

 

――――――――――

 

第二幕 ブルースカルの両腕

 

「気になっていたこと、ですか?」

 

 メイビスが首を傾げる。

 

「ええ。あなたたちのギルドについてよ」

 

 セレスティアは紅茶のカップを置いた。

 

「妖精の尻尾が、マグノリアのブルースカルを退けたという話は、こちらにも届いているわ」

 

「はい!」

 

「それでね。少し不思議に思っていたの」

 

「不思議?」

 

「ブルースカルには、ジョフリーというマスターがいたでしょう?」

 

「はい。私たちも会いました」

 

 メイビスが頷く。

 

「でも、私が気になっていたのは、彼ではないのよ」

 

 セレスティアの表情が、わずかに真剣なものへ変わった。

 

「セヴェル・アクエリスと、ガルド・ヴォルグ。この二人のことは覚えているかしら?」

 

「……!」

 

 イリスが静かに目を瞬かせた。

 

「はい。もちろん覚えています」

 

 メイビスも頷く。

 

「イリスさんが戦った人たちですね!」

 

「……やっぱり、知っているのね」

 

 セレスティアは二人の反応を見つめた。

 

「実は、あの二人は少し特殊な魔導士だったの」

 

「特殊、ですか?」

 

「ええ」

 

 セレスティアはゆっくりと説明を始めた。

 

「ブルースカルの中でも、二人はあまり表舞台に出てこなかった。だから、一般の人たちにはそれほど知られていなかったのだけれど……」

 

 そこで、一度言葉を区切る。

 

「実力だけなら、フィオーレ王国でも屈指の魔導士だったのよ」

 

「……えっ!?」

 

 メイビスが驚いたように声を上げた。

 

「そんなに強い人たちだったんですか!?」

 

「ええ。少なくとも、私が知る限りではね」

 

 セレスティアは静かに頷いた。

 

「先ほどS級の依頼についてお話ししたでしょう? あの二人は、一般的なS級魔導士と比べても、さらに高い戦闘能力を持っていたと私は見ているわ」

 

「S級魔導士よりも……!」

 

「ええ。もちろん、魔導士の強さは単純な順位で決められるものではないけれど、それほどの実力者だったということよ」

 

 セレスティアは続けた。

 

「セヴェルは、水の滅神魔導士。非常に珍しい魔法の使い手で、攻撃だけでなく、恐ろしいほど高度な再生治癒まで扱えたと聞いているわ」

 

 イリスは、あの戦いを思い出した。

 

 黒い水。

 

 鋭い水刃。

 

 そして、斬り落とされたガルドの腕を再生させた魔法。

 

「……確かに、あの再生能力は見事でした」

 

「あら。実際に見たのね?」

 

「はい」

 

 イリスが頷く。

 

「私がガルドさんの腕を斬り落としたのですが、セヴェルさんが治してしまいました」

 

「…………」

 

 セレスティアの動きが止まった。

 

「……今、何と?」

 

「え?」

 

「腕を……斬り落とした?」

 

「はい」

 

 イリスは不思議そうに頷いた。

 

「その後、元どおりになりましたけれど」

 

「……そう」

 

 セレスティアは、少しだけ考えるような表情になった。

 

 しかし、すぐに微笑みを取り戻す。

 

「……なるほど。では、ガルドの方も相当な相手だったでしょう?」

 

「そうですね」

 

 イリスが答える。

 

「泥を使った広範囲の攻撃や、近接戦闘が得意な方でした」

 

「ええ。彼は第二世代の滅竜魔導士よ」

 

 セレスティアは頷いた。

 

「その力も厄介だけれど、何より本人の戦闘能力が高い。あの二人が一緒に行動していたというだけでも、相手にしたくない魔導士は多かったはずよ」

 

「そうだったんですね……」

 

 メイビスが感心したように呟く。

 

 セレスティアは二人を見つめた。

 

「だからこそ、ずっと気になっていたの」

 

「はい?」

 

「あなたたちは、どうやってあの二人を退けたのかしら?」

 

 その問いに、メイビスは迷うことなく答えた。

 

「イリスさんが倒してくれたんです!」

 

「……あら?」

 

 セレスティアが目を瞬かせる。

 

「イリスさんが?」

 

「はい!」

 

 メイビスは嬉しそうに頷いた。

 

「しかも、二人を同時に相手にしていたんですよ!」

 

「…………」

 

 セレスティアは、今度こそ言葉を失った。

 

 しばらくして、ゆっくりとイリスへ視線を向ける。

 

「……二人を、同時に?」

 

「……はい」

 

 イリスは少し困ったように微笑んだ。

 

「結果的には、そうなりました」

 

「……まあ」

 

 セレスティアは小さく息を吐いた。

 

 そして。

 

「ふふっ……!」

 

 突然、楽しそうに笑い始めた。

 

「これは驚いたわ!」

 

「セレスティアさん?」

 

「ごめんなさいね。あまりにも予想外だったものだから」

 

 セレスティアは口元に手を添えた。

 

「まさか、あの二人を同時に相手にして退けた魔導士が、こんな可愛らしいお嬢さんだったなんて」

 

「……メイビスさん」

 

「はい?」

 

「少し説明が足りない気がします」

 

「えっ? そうですか?」

 

 メイビスは不思議そうに首を傾げた。

 

「だって、本当のことですよ?」

 

「それはそうなのですが……」

 

 イリスは小さく息を吐いた。

 

 そんな二人を見て、セレスティアがまた笑う。

 

「ふふっ。仲がいいのね、あなたたち」

 

「はい! イリスさんは私の大切な友達です!」

 

「ふふっ。私もですよ」

 

 イリスが微笑む。

 

 セレスティアは、そんな二人を興味深そうに見つめた。

 

「……それにしても、イリスさん」

 

「はい?」

 

「あなた、相当な実力者なのね」

 

「……どうでしょう」

 

 イリスは少し考えた。

 

「私も冒険者として、それなりに経験を積んできましたから」

 

「あら。それなり、ね」

 

 セレスティアが楽しそうに目を細める。

 

「ふふっ。ずいぶん控えめな言い方をするのね」

 

「そんなつもりはないのですが……」

 

「いいのよ。無理に聞き出すつもりはないわ」

 

 セレスティアは穏やかに微笑んだ。

 

「ただ、覚えておくことにするわ。妖精の尻尾には、とても頼もしい魔導士がいるということを」

 

「ありがとうございます」

 

 イリスが丁寧に頭を下げる。

 

 その隣で、メイビスはどこか誇らしそうだった。

 

「イリスさんは、本当にすごいんですよ!」

 

「……メイビスさん」

 

「はい?」

 

「そろそろ、次のお話をしませんか?」

 

「……あっ!」

 

 メイビスがはっとする。

 

「そうでした! イリスさんの調べたいこともありましたね!」

 

 セレスティアは、そんな二人のやり取りに楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「ふふっ。もちろん、そちらのお話も聞かせてちょうだい」

 

第三幕 王都への手掛かり

 

「それでは、少しお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

 

 イリスが姿勢を正す。

 

「ええ。何でも聞いてちょうだい」

 

「ありがとうございます」

 

 イリスは少しだけ言葉を選んだ。

 

「私は今、異世界へ渡る魔法や、世界と世界をつなぐような現象について調べているんです」

 

「……世界と世界を?」

 

「はい」

 

 セレスティアの表情が、興味深そうなものに変わる。

 

「なかなか珍しいことを調べているのね」

 

「そうですね。あまり一般的な分野ではないと思います」

 

「ふふっ。確かにそうね」

 

 セレスティアは少し考え込んだ。

 

「空間を移動する魔法なら、いくつか知られているわ。けれど、異なる世界そのものを行き来するとなると……」

 

「やはり、難しいでしょうか?」

 

「少なくとも、私が知っている魔法の中にはないわね」

 

「……そうですか」

 

 イリスは静かに頷いた。

 

 期待していなかったわけではない。

 

 けれど、簡単に見つかるとも思っていなかった。

 

 そもそも、自分がどうやってこの世界へ来たのかさえ、まだわかっていないのだ。

 

「……イリスさん」

 

 隣から、メイビスが小さく声をかけた。

 

「はい?」

 

「まだ、ほかにも調べられる場所はありますから!」

 

 その表情は、いつもどおり明るかった。

 

「一緒に探しましょう!」

 

「……ふふっ」

 

 イリスは自然と微笑んだ。

 

「そうですね。ありがとうございます」

 

 そんな二人を見て、セレスティアが口を開く。

 

「……そういえば」

 

「はい?」

 

「一人、心当たりがあるわ」

 

「……!」

 

 イリスとメイビスが、同時に顔を上げた。

 

「本当ですか!?」

 

「ええ。ただし、期待しすぎないでね」

 

 セレスティアは穏やかに続ける。

 

「王都クロッカスに、古い魔法や伝承を研究している方がいるの」

 

「王都に……?」

 

「ええ。古い文献を集めたり、失われた魔法について調べたりしている研究者よ」

 

 イリスは興味深そうに身を乗り出した。

 

「その方なら、異世界に関する情報もご存じでしょうか?」

 

「それはわからないわ」

 

 セレスティアは正直に答えた。

 

「でも、私たちが普段目にすることのない古い資料にも詳しい方だから、何か手掛かりが見つかる可能性はあると思うの」

 

「……なるほど」

 

 イリスは静かに考えた。

 

 王都クロッカス。

 

 もともと、マーガレットの次に訪れる予定だった場所だ。

 

 そこに古い魔法を研究している人物がいるのなら、訪ねてみる価値は十分にある。

 

「ありがとうございます、セレスティアさん」

 

 イリスは丁寧に頭を下げた。

 

「とても参考になりました」

 

「ふふっ。お役に立てたなら嬉しいわ」

 

「その研究者さんには、どうすればお会いできるんでしょう?」

 

 メイビスが尋ねる。

 

「そうね……」

 

 セレスティアは少し考えた。

 

「王都には魔法に関する書物を扱う場所もあるから、まずはそういったところで尋ねてみるといいわ。研究者の方も、古い文献を調べるために出入りしていると聞いているの」

 

「なるほど!」

 

 メイビスは嬉しそうに頷いた。

 

「それなら、王都に着いたら探してみましょう!」

 

「はい」

 

 イリスも微笑む。

 

「新しい目的ができましたね」

 

「えへへ! 楽しみです!」

 

 セレスティアは二人を眺めながら、穏やかに笑った。

 

「……あなたたち、本当に旅を楽しんでいるのね」

 

「はい!」

 

 メイビスが元気よく答える。

 

「知らない場所へ行って、新しい人と出会って、いろいろなことを知るのが楽しいんです!」

 

「ふふっ。私も同じです」

 

 イリスも頷いた。

 

「もともと、いろいろな場所の景色を見るのが好きなので」

 

「あら、素敵ね」

 

 セレスティアは微笑んだ。

 

「それなら、マーガレットでもゆっくりしていくといいわ。綺麗な場所がたくさんあるのよ」

 

「本当ですか!?」

 

「ええ。特に、夕方の噴水広場はおすすめね」

 

「噴水広場!」

 

 メイビスの目が輝く。

 

「さっき通りました!」

 

「あら、そうなの?」

 

「はい! とっても綺麗でした!」

 

「ふふっ。夕方になると、また違った景色が見られるわよ」

 

「イリスさん!」

 

「はい。あとで行ってみましょうか」

 

「ぜひ!」

 

 メイビスが満面の笑みを浮かべた。

 

 セレスティアは、そんな二人を見て楽しそうに笑った。

 

「ふふっ。では、その前に……」

 

「はい?」

 

「せっかくだから、うちのギルドも少し見ていかない?」

 

――――――――――

 

終幕 蛇姫の歓迎

 

「本当ですか!?」

 

 メイビスが勢いよく立ち上がった。

 

「ぜひお願いします!」

 

「ふふっ。そんなに喜んでもらえるなら、案内する甲斐があるわね」

 

 セレスティアも席を立つ。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

 

「はい!」

 

 イリスとメイビスは、セレスティアの後に続いて応接室を出た。

 

 廊下を進むと、先ほどの賑やかなギルドホールが見えてくる。

 

 依頼を終えた魔導士たちが帰ってきたのか、先ほどよりも人が増えていた。

 

「まずは、こちらね」

 

 セレスティアが案内したのは、受付の隣にある広い部屋だった。

 

 中にはいくつもの棚が並び、依頼書や報告書が種類ごとに整理されている。

 

「ここでは、依頼の受付や報酬の管理、完了した仕事の記録などを行っているの」

 

「わあ……!」

 

 メイビスが目を輝かせる。

 

「こんなにたくさんの書類があるんですね!」

 

「ええ。依頼が増えると、どうしても書類も増えてしまうのよ」

 

 セレスティアは苦笑した。

 

「だから、受付を担当する人たちの仕事も、とても大切なの」

 

「なるほど……!」

 

 メイビスは真剣な表情で棚を見渡した。

 

「私たちのギルドでも、エマさんが受付を担当してくれているんです!」

 

「あら、そうなの?」

 

「はい! プレヒトも書類の整理が得意なんですけど、エマさんもとっても頑張ってくれているんですよ!」

 

「ふふっ。頼もしい仲間がたくさんいるのね」

 

 セレスティアが微笑む。

 

「はい!」

 

 メイビスは嬉しそうに頷いた。

 

 その後も、三人はギルド内を見て回った。

 

 依頼書が貼られた掲示板。

 

 魔導士たちが情報交換をするためのテーブル。

 

 依頼の報告を受け付ける窓口。

 

 そして、魔導士たちが訓練に使う屋外の広場。

 

「ここでは、魔法の訓練もしているんですか?」

 

 イリスが尋ねる。

 

「ええ。もちろんよ」

 

 セレスティアが頷いた。

 

「新人の魔導士に基礎を教えたり、仲間同士で模擬戦をしたりね」

 

「なるほど」

 

 イリスは興味深そうに広場を見渡した。

 

 ちょうど、数人の魔導士が魔法の練習をしているところだった。

 

 一人が魔法を放ち、別の魔導士がそれを防ぐ。

 

 周囲では、仲間たちが声をかけながら見守っていた。

 

「……ふふっ」

 

 イリスは小さく笑った。

 

「あら、どうしたの?」

 

「いえ。私たちも、以前はみんなで訓練していたので」

 

「ああ、そういえば!」

 

 メイビスが嬉しそうに声を上げる。

 

「イリスさんには、たくさん模擬戦の相手をしてもらいましたね!」

 

「そうですね」

 

「ユーリなんて、何度も挑戦していました!」

 

「ふふっ。元気な方なのね」

 

「はい! とっても!」

 

 メイビスが即答した。

 

 セレスティアは楽しそうに笑う。

 

「……でも、なるほどね」

 

「はい?」

 

「あなたたちのギルドが、短い間にあれほどのことを成し遂げた理由が、少しわかった気がするわ」

 

 その言葉に、メイビスが首を傾げる。

 

「理由、ですか?」

 

「ええ」

 

 セレスティアは穏やかに微笑んだ。

 

「強い魔導士がいるだけでは、いいギルドにはならないもの」

 

 そして、二人を見つめる。

 

「仲間を信頼して、互いに助け合う。あなたたちは、それを自然にできているのでしょうね」

 

「……!」

 

 メイビスは少しだけ目を丸くした。

 

 やがて、嬉しそうに笑う。

 

「はい!」

 

 その声には、迷いがなかった。

 

「私たちは、みんなで妖精の尻尾を作ったんです!」

 

 セレスティアは満足そうに頷いた。

 

「ふふっ。いいギルドになりそうね」

 

「ありがとうございます!」

 

 メイビスが深く頭を下げる。

 

 イリスも微笑んだ。

 

「私も、そう思います」

 

 その後、三人は再びギルドホールへ戻った。

 

 窓の外では、午後の日差しが少しずつ柔らかくなり始めていた。

 

「さて」

 

 セレスティアが二人へ向き直る。

 

「今日のお話は、これくらいかしらね」

 

「はい! 本当にありがとうございました!」

 

 メイビスが元気よく頭を下げる。

 

「とっても勉強になりました!」

 

「ふふっ。それならよかったわ」

 

 セレスティアは優雅に微笑んだ。

 

「でも、メイビスさん」

 

「はい?」

 

「今日お話ししたことが、すべて正しいとは限らないわよ」

 

「……え?」

 

 メイビスが目を瞬かせる。

 

「ギルドによって、所属する魔導士も、町の人たちとの関係も違うでしょう?」

 

「……はい」

 

「だから、私のやり方をそのまま真似する必要はないの」

 

 セレスティアは優しく続けた。

 

「大切なのは、あなたたちのギルドに合った方法を見つけることよ」

 

 メイビスは、その言葉を静かに受け止めた。

 

 そして。

 

「……はい!」

 

 力強く頷いた。

 

「私たちらしいギルドを作っていきます!」

 

「ふふっ。楽しみにしているわ」

 

 セレスティアは満足そうに笑った。

 

「それから、イリスさん」

 

「はい?」

 

「王都で、いい手掛かりが見つかるといいわね」

 

「ありがとうございます」

 

 イリスは丁寧に頭を下げた。

 

「教えていただいたことを参考に、調べてみます」

 

「ええ。頑張ってね」

 

 セレスティアは二人を見渡す。

 

「それにしても……」

 

「はい?」

 

「今日は、本当に面白いお客様が来てくれたわ」

 

 楽しそうな笑みが浮かぶ。

 

「若いのにしっかりしたギルドマスターさんと、フィオーレ屈指の魔導士二人を相手にしてしまう聖剣使いさん」

 

「……セレスティアさん」

 

 イリスが少し困ったように笑う。

 

「ふふっ。ごめんなさい。少しからかいたくなってしまったわ」

 

「もう……」

 

 メイビスも思わず笑った。

 

 セレスティアは、そんな二人を見つめながら穏やかに微笑む。

 

「またいつでも遊びにいらっしゃい。蛇姫の鱗は、あなたたちを歓迎するわ」

 

「はい!」

 

 メイビスが元気よく答える。

 

「ありがとうございます、セレスティアさん!」

 

「本当に、お世話になりました」

 

 イリスも微笑んだ。

 

 そして、二人はギルドの出口へ向かう。

 

 大きな扉を開くと、マーガレットの街には柔らかな午後の日差しが降り注いでいた。

 

「……イリスさん!」

 

「はい?」

 

「今日は、来てよかったですね!」

 

「ふふっ。本当にそうですね」

 

 イリスは微笑んだ。

 

 ギルド運営についての新しい知識。

 

 ブルースカルの両腕に関する意外な事実。

 

 そして、王都にいるという古い魔法の研究者。

 

 今回の訪問で、二人は多くのことを知ることができた。

 

「王都に行くのも、ますます楽しみになりました!」

 

「そうですね。でも、その前に……」

 

「はい?」

 

 イリスは少しだけ楽しそうに笑った。

 

「マーガレットの街も、見て回りませんか?」

 

「……!」

 

 メイビスの目が輝く。

 

「もちろんです!」

 

「ふふっ。では、まずはどこへ行きましょうか」

 

「決まっています!」

 

 メイビスは元気よく答えた。

 

「さっきの焼き菓子のお店です!」

 

「……ふふっ」

 

 イリスは思わず笑ってしまった。

 

「そうでしたね。約束していましたものね」

 

「はい!」

 

 メイビスは嬉しそうに笑った。

 

「それから、夕方になったら噴水広場にも行きましょう!」

 

「ええ。ぜひ」

 

 二人は並んで歩き始めた。

 

 賑やかな街並み。

 

 行き交う人々。

 

 まだ知らない場所と、これから出会う人たち。

 

 異世界への帰還方法は、まだ見つかっていない。

 

 けれど、焦る必要はない。

 

 こうして一つずつ、手掛かりを探していけばいい。

 

 そして、その道のりには。

 

「イリスさん! 早く行きましょう!」

 

「ふふっ。そんなに急がなくても、お店は逃げませんよ?」

 

「でも、売り切れてしまうかもしれません!」

 

「それは大変ですね」

 

「そうですよ!」

 

 二人の楽しそうな声が、街道に響いた。

 

 新しい知識を得て、新しい出会いを重ねて。

 

 妖精と聖剣使いの旅は、今日も続いていく。

 

 ――第37話 完――

 

 




【こそこそ妖精話】

~マスターの威厳~

メイビス「セレスティアさん! 一つ質問してもいいですか?」

セレスティア「あら、何かしら?」

メイビス「どうすれば、セレスティアさんみたいに威厳のあるギルドマスターになれるんでしょうか!」

セレスティア「……威厳?」

イリス「ふふっ。メイビスさんは、十分立派なマスターだと思いますよ?」

メイビス「ありがとうございます! でも、私ももう少し大人っぽく見られたいんです!」

セレスティア「あらあら。ふふっ、それなら少し練習してみましょうか」

メイビス「お願いします!」

セレスティア「まずは姿勢ね。背筋を伸ばして、ゆっくりと話すの。慌てず、落ち着いて振る舞うことが大切よ」

メイビス「なるほど……!」

セレスティア「それから、少しくらいのことでは動じないこと。マスターが慌ててしまうと、仲間も不安になるでしょう?」

メイビス「わかりました!」

メイビス「…………」

イリス「……メイビスさん?」

メイビス「ふふっ。イリスさん、そんなに慌てなくてもいいのですよ?」

イリス「……え?」

セレスティア「ふふっ。なかなか上手ね」

メイビス「本当ですか!?」

セレスティア「あら、今ので少し戻ってしまったわね」

メイビス「あっ!」

イリス「ふふふっ……!」

メイビス「イリスさん! 笑わないでください!」

イリス「すみません。でも、いつものメイビスさんの方が、私は素敵だと思いますよ?」

メイビス「……えっ?」

イリス「明るくて、優しくて、誰よりも仲間のことを考えている。そんなメイビスさんだからこそ、みんながついてきてくれるんだと思います」

メイビス「…………」

セレスティア「あらあら?」

メイビス「……イ、イリスさん!」

イリス「はい?」

メイビス「そ、そういうことを急に言うのは、ずるいです!」

イリス「……?」

セレスティア「ふふっ。威厳の練習は、もう終わりかしら?」

メイビス「……うぅ」

セレスティア「それにしても……」

イリス「はい?」

セレスティア「私も一度くらい、そんなふうに褒めてもらいたいものね」

イリス「セレスティアさんも、とても素敵なマスターだと思いますよ?」

セレスティア「…………」

メイビス「……あっ!」

イリス「……?」

セレスティア「……ふふっ」

セレスティア「なるほど。これは確かに、不意打ちね」

メイビス「ですよね!?」



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。
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