第一幕 花の都の朝
王都クロッカスに、爽やかな朝が訪れた。
窓から差し込む柔らかな日差しが、宿の一室を明るく照らしている。
「んん……!」
メイビスは大きく伸びをすると、ぱっと目を開けた。
「イリスさん! おはようございます!」
「おはようございます、メイビスさん」
すでに身支度を整えていたイリスが、微笑みながら振り返る。
「よく眠れましたか?」
「はい! ぐっすりです!」
「ふふっ。それはよかったです」
メイビスは寝台から起き上がると、窓の外へ駆け寄った。
眼下には、朝から賑わう王都の街並みが広がっている。
色とりどりの花が飾られた窓辺。
石畳の通りを行き交う人々。
遠くには、朝日に照らされた王宮の塔が見えた。
「わあ……! 朝の王都も綺麗ですね!」
「ええ。本当に素敵な街ですね」
イリスも窓の外へ視線を向けた。
昨日、初めて王都へ足を踏み入れた時の感動が蘇る。
マグノリアやマーガレットとは違う、王都ならではの活気と美しさ。
まだ見ていない場所も、きっとたくさんあるのだろう。
「さて、メイビスさん。今日はどうしましょうか?」
「もちろん、研究者さんを探しましょう!」
メイビスは元気よく答えた。
「セレスティアさんが教えてくださった方ですよね!」
「ええ。古い魔法や伝承に詳しい方が、王都にいらっしゃるそうです」
「どんな方なんでしょうね!」
「ふふっ。楽しみですね」
イリスは少し考えてから、続けた。
「ただ、王都はとても広いですから、闇雲に探しても時間がかかりそうですね」
「そうですね……」
メイビスは顎に手を当てた。
しばらく考え込んだ後、ぱっと顔を上げる。
「それなら、魔導士ギルドを訪ねてみませんか?」
「ギルド、ですか?」
「はい! 王都のギルドなら、魔法に詳しい人のことも知っているかもしれません!」
「……なるほど」
イリスは微笑んだ。
「それはいい考えですね」
「それに、せっかく王都まで来たんですから、ギルドマスターさんにもご挨拶したいです!」
「ふふっ。メイビスさんも、すっかりギルドマスターですね」
「えへへ……!」
メイビスは少し照れくさそうに笑った。
「まだまだ勉強中ですけどね!」
「それでも、立派だと思いますよ」
「ありがとうございます!」
そうして二人は、朝食を済ませてから王都の魔導士ギルドを訪ねることにした。
宿の食堂では、焼きたてのパンと温かなスープが用意されていた。
メイビスは美味しそうにパンを頬張りながら、今日の予定について楽しそうに話している。
「研究者さんの居場所がわかったら、本屋さんにも行きたいです!」
「ふふっ。もちろんですよ」
「それに、魔道具のお店も!」
「一日で全部回れるでしょうか?」
「……頑張ります!」
「ふふっ。無理はしないでくださいね」
二人の笑い声が、朝の食堂に響いた。
やがて朝食を終えると、イリスとメイビスは宿を後にした。
花の都での、新しい一日が始まった。
――――――――――
第二幕 星冠の塔
王都の大通りは、朝から多くの人々で賑わっていた。
商人たちが店先に商品を並べ、馬車が石畳の道をゆっくりと進んでいく。
通りの両側には花壇が設けられ、色鮮やかな花々が朝風に揺れていた。
「イリスさん! あのお店、見てください!」
「魔道具のお店でしょうか?」
「はい! あとで寄ってみたいです!」
「ふふっ。覚えておきましょう」
二人は街並みを楽しみながら、王都の魔導士ギルドについて尋ねて回った。
すると、通り沿いの商店主が一つのギルドを教えてくれた。
「それなら、星冠の塔へ行ってみるといい」
「星冠の塔、ですか?」
メイビスが首を傾げる。
「ああ。王都でも古くから活動している魔導士ギルドだよ。腕の立つ魔導士も多いし、マスターも気さくな人だからな」
「そうなんですね!」
「場所はこの通りを真っ直ぐ行って、噴水のある広場を右に曲がった先だ」
「ありがとうございます!」
イリスも丁寧に頭を下げた。
「教えていただき、ありがとうございました」
二人は商店主に礼を言い、教えられた道を進んでいった。
しばらく歩くと、周囲の建物とは少し雰囲気の異なる、大きな建物が見えてきた。
白い石造りの外壁。
青い屋根。
正面には、星を戴いた塔を象った紋章が掲げられている。
「……わあ!」
メイビスが足を止めた。
「立派な建物ですね!」
「ええ。歴史がありそうです」
イリスは建物を見上げた。
王都の華やかな街並みに溶け込みながらも、どこか堂々とした存在感がある。
入り口の上には、ギルド名が刻まれていた。
――星冠の塔。
「ここですね!」
「ええ。入ってみましょうか」
「はい!」
二人は扉を開いた。
その瞬間。
「おう! 今日の依頼、誰か一緒に行かねえか!」
「昨日の仕事の報酬、もう出てるぞ!」
「ちょっと! 朝から騒がないでよ!」
賑やかな声が飛び込んできた。
広々としたホールには、いくつものテーブルが並んでいる。
壁には依頼書が貼られ、魔導士たちが思い思いに過ごしていた。
酒場を兼ねた一角では、朝食を取っている者もいる。
「わあ……!」
メイビスの目が輝いた。
「妖精の尻尾みたいですね!」
「ふふっ。そうですね」
イリスも楽しそうに微笑む。
建物の大きさも、所属する魔導士の人数も違う。
けれど、仲間たちが集まり、賑やかに言葉を交わす雰囲気には、どこか懐かしさがあった。
「あら?」
受付にいた若い女性が、二人に気づいた。
「いらっしゃいませ。ご依頼でしょうか?」
「こんにちは!」
メイビスが元気よく挨拶する。
「私たち、マグノリアから来ました!」
「マグノリアから?」
「はい! 妖精の尻尾というギルドに所属しています!」
その名前を聞いた瞬間、受付の女性が目を丸くした。
「……妖精の尻尾?」
「はい!」
「もしかして、あのブルースカルを倒した……?」
「そうです!」
メイビスが嬉しそうに頷く。
すると、近くにいた魔導士たちも反応した。
「おい、今、妖精の尻尾って言ったか?」
「マグノリアの新しいギルドだろ?」
「ブルースカルを倒したって噂の?」
周囲から興味深そうな視線が集まる。
メイビスは少し驚きながらも、嬉しそうに笑った。
「私たちのギルドをご存じなんですか?」
「そりゃあ知ってるさ!」
一人の男性魔導士が笑った。
「ブルースカルが潰れたって話は、王都でも結構な噂になってるからな!」
「そうだったんですね!」
イリスは穏やかに微笑んだ。
自分たちのギルドの名前が、遠く離れた王都にまで届いている。
それは少し不思議で、嬉しいことでもあった。
「あの、すみません!」
メイビスが受付の女性へ向き直る。
「こちらのギルドマスターさんに、ご挨拶できないでしょうか?」
「マスターに、ですか?」
「はい! 私、妖精の尻尾のマスターをしています!」
「……えっ!?」
受付の女性が思わず声を上げた。
周囲の魔導士たちも、驚いたようにメイビスを見る。
「嬢ちゃんがマスター!?」
「本当かよ!?」
「はい!」
メイビスは胸を張った。
「メイビス・ヴァーミリオンといいます!」
イリスも一歩前へ出る。
「私はイリス・アストレアと申します。突然お邪魔して申し訳ありません」
「い、いえ! 少々お待ちください!」
受付の女性は慌てて奥へ向かった。
その背中を見送り、メイビスが小さく呟く。
「……驚かれてしまいましたね」
「ふふっ。そうですね」
「やっぱり、私がマスターなのは珍しいんでしょうか?」
「そうかもしれませんね。でも、メイビスさんがマスターであることに変わりはありませんよ」
「……はい!」
メイビスは嬉しそうに笑った。
その時だった。
「おう! 妖精の尻尾から客が来たってのは本当か!」
ホールの奥から、ひときわ大きな声が響いた。
――――――――――
第三幕 鋼鉄の魔導士
現れたのは、大柄な中年男性だった。
がっしりとした体格。
短く整えられた髪には、わずかに白いものが混じっている。
堂々とした足取りで歩いてくるその男は、豪快な笑みを浮かべていた。
「がっはっは! 朝から面白い客が来たもんだ!」
男は二人の前で足を止めた。
「俺が星冠の塔のマスター、ヴァルド・グランベルクだ!」
「初めまして!」
メイビスが元気よく頭を下げる。
「妖精の尻尾のマスター、メイビス・ヴァーミリオンです!」
「イリス・アストレアと申します。よろしくお願いいたします」
イリスも丁寧に挨拶した。
ヴァルドは二人を見比べると、愉快そうに笑った。
「ほう! 本当に嬢ちゃんがマスターなのか!」
「はい!」
「がっはっは! そいつは大したもんだ!」
ヴァルドは豪快に笑う。
「年齢なんざ関係ねえ! 仲間がついてくるってことは、それだけのものを持ってるってことだ!」
「……!」
メイビスの表情が明るくなった。
「ありがとうございます!」
「おう! 立ち話もなんだ。奥でゆっくり話そうじゃねえか!」
ヴァルドは二人をギルドマスター室へ案内した。
部屋には大きな机と応接用のソファが置かれ、壁には王都周辺の地図が掛けられている。
棚には書類や魔法関係の書物が並び、長年ギルドを運営してきたことが窺えた。
「さあ、座ってくれ!」
「ありがとうございます!」
二人がソファに腰を下ろすと、ヴァルドも向かい側へ座った。
「それで、今日はどうしたんだ? 王都観光か?」
「観光もしていますけど、実は探している人がいるんです!」
「ほう?」
「古い魔法や伝承を研究している方なんです!」
「古い魔法、ねえ……」
ヴァルドは顎に手を当てた。
「なるほどな。だが、その前に一つ聞いてもいいか?」
「はい?」
ヴァルドの視線が、イリスへ向けられた。
「……お前さん、相当な使い手だろ?」
「……え?」
イリスが少し目を瞬かせる。
ヴァルドは楽しそうに笑った。
「立ち方も、足運びも、まるで隙がねえ。それでいて、無駄な力が入ってねえんだ」
「……よく見ていらっしゃるんですね」
「がっはっは! 長年魔導士をやってりゃ、多少はわかるもんさ!」
ヴァルドは笑いながらも、鋭い目でイリスを見ていた。
「それに、妙なんだよな」
「妙、ですか?」
「ああ。お前さん、見た目は普通の嬢ちゃんだ。だが、どうにもそれだけじゃねえ気がする」
ヴァルドは腕を組んだ。
「どこまで強えのかはわからねえ。だが、相当な修羅場を潜ってきたってことくらいはわかるぜ」
イリスは小さく微笑んだ。
「……ふふっ。恐れ入ります」
「おう! 当たってたか!」
「ええ。以前は冒険者として活動していましたので」
「なるほどな!」
ヴァルドは満足そうに頷いた。
その時、イリスも目の前の男性を静かに観察していた。
金色の瞳に映る魔力の流れ。
ヴァルドの身体を巡る魔力は力強く、それでいて驚くほど安定していた。
膨大な魔力を、無駄なく制御している。
長年の鍛錬によって培われた技術なのだろう。
「……ヴァルドさんも、相当な実力者のようですね」
「ほう?」
「魔力の流れが、とても綺麗ですから」
ヴァルドの眉がぴくりと動いた。
「……魔力の流れ?」
「はい。私には、魔力が少し変わった形で見えるんです」
「……ほう!」
ヴァルドは目を見開いた。
そして。
「がっはっはっは!」
豪快に笑い出した。
「そいつは面白え! 魔力を目で見られるってのか!」
「ええ。そうなんです」
「なるほどな! 世の中には、まだまだ知らねえ魔法があるもんだ!」
ヴァルドは楽しそうに頷いた。
「ちなみに、俺の魔法は鋼鉄魔法だ」
「鋼鉄魔法、ですか!」
メイビスが興味深そうに身を乗り出す。
「はい! 鋼鉄を自由に操ることができるんですか?」
「おう! 鋼鉄を生み出して、好きな形に変えることができる。武器にも盾にもなる、なかなか便利な魔法だぜ!」
「すごいです!」
メイビスの目が輝いた。
「ぜひ、いつか見てみたいです!」
「がっはっは! 機会があればな!」
ヴァルドは笑いながら頷いた。
そして、ふとイリスの左腰へ視線を向ける。
「……それにしても、妙な剣を持ってるな」
「妙、ですか?」
「ああ。上手く言えねえが……そいつには、迂闊に触れちゃいけねえような気配がある」
イリスは少し驚いたように目を瞬かせた。
聖剣は、鞘に収められたままだ。
魔力を流しているわけでもない。
それでも、ヴァルドは何かを感じ取ったらしい。
「……ふふっ。鋭いですね」
「がっはっは! 長年の勘ってやつだ!」
ヴァルドは愉快そうに笑った。
「いやあ、面白え! お前さん、ますます気に入ったぜ!」
そこで、メイビスが嬉しそうに口を開いた。
「イリスさんは、本当に強いんですよ!」
「ほう?」
「ブルースカルの強い魔導士を、二人まとめて倒してしまったんです!」
「……二人?」
ヴァルドの表情が変わった。
「待て。まさか、セヴェルとガルドのことか?」
「はい!」
メイビスが頷く。
「セヴェル・アクエリスさんと、ガルド・ヴォルグさんです!」
ヴァルドは一瞬、言葉を失った。
そして、イリスへ視線を向ける。
「……本当か?」
「はい。二人と戦ったのは事実です」
イリスは静かに頷いた。
「最終的には、退いていただきました」
「……そうか」
ヴァルドはしばらくイリスを見つめていた。
やがて、その口元に笑みが浮かぶ。
「……がっはっはっは!!」
部屋に豪快な笑い声が響いた。
「こいつは驚いた! あの二人を同時に相手にして勝ったってのか!」
ヴァルドは膝を叩いた。
「セヴェルもガルドも、王都じゃ名前を知ってる奴がいるほどの実力者だ! 特にあの二人は、ブルースカルの中でも別格だったからな!」
「みたいですね」
メイビスが頷く。
「ええ。二人とも、とても強い魔導士でした」
イリスも静かに答えた。
「だろうな!」
ヴァルドは大きく頷いた。
「俺もあいつらの噂は聞いていた。相当な腕利きだってな」
そして、改めてイリスを見る。
「……なるほど。最初に感じたものは、間違いじゃなかったわけだ」
「ふふっ。そうかもしれませんね」
「がっはっは! 謙虚な嬢ちゃんだ!」
ヴァルドは楽しそうに笑った。
その態度には、恐れも警戒もない。
ただ、目の前にいる強い魔導士への純粋な敬意があった。
イリスもまた、そんなヴァルドに好感を抱いていた。
豪快で、気さくで、それでいて確かな実力を持つ人物。
王都の有力ギルドを率いるにふさわしい魔導士なのだろう。
――――――――――
終幕 古き魔法への道標
「さて!」
ヴァルドは一度手を叩いた。
「話が逸れちまったな! それで、古い魔法を研究してる奴を探してるんだったか?」
「はい!」
メイビスが頷いた。
「実は、マーガレットの蛇姫の鱗で、セレスティアさんから教えていただいたんです!」
「ほう! セレスティアか!」
ヴァルドは懐かしそうに笑った。
「あいつも元気にしてたか?」
「はい! とても親切にしてくださいました!」
「そうかそうか!」
ヴァルドは満足そうに頷いた。
「で、どんな研究者を探してるんだ?」
「古代魔法や、失われた魔法に詳しい方です」
イリスが答える。
「特に、異世界や転移魔法について何かご存じの方を探しているんです」
「……異世界?」
ヴァルドが首を傾げた。
「ああ。転移魔法なら聞いたことはあるが、異世界ってのは穏やかじゃねえな」
「実は……」
イリスは少し間を置いてから、話し始めた。
自分が、この世界とは異なる場所から来たこと。
元の世界では魔法学院に通い、冒険者として活動していたこと。
そして、ある日突然、この世界へ来てしまったこと。
今は元の世界へ帰る方法を探していること。
ヴァルドは途中で口を挟まず、真剣に耳を傾けていた。
話を聞き終えると、ゆっくりと腕を組む。
「……なるほどな」
その声は、先ほどまでより少し落ち着いていた。
「異世界から来た、か……」
「はい」
イリスは頷いた。
「何かご存じありませんか?」
「うーむ……」
ヴァルドはしばらく考え込んだ。
「悪いが、俺自身はそんな魔法を知らねえな」
「そうですか……」
「転移魔法ってのは、普通はこの世界の中で場所を移す魔法だ。別の世界へ行くとなると、話がまるで違ってくる」
「……そうですね」
イリスは静かに頷いた。
元の世界でも、空間を移動する魔法は存在していた。
しかし、世界そのものを越える魔法となれば、話は別だ。
少なくとも、イリス自身はその方法を知らなかった。
「ですが、諦めるつもりはありません」
イリスは微笑んだ。
「まだ、調べ始めたばかりですから」
「……はっ!」
ヴァルドが笑った。
「いい心意気じゃねえか!」
そして、何かを思い出したように顔を上げる。
「……そうだな。そういう話なら、あの爺さんに聞くのが一番かもしれねえ」
「……爺さん?」
メイビスが首を傾げた。
「ああ。古い魔法や伝承に関しちゃ、俺なんかよりずっと詳しい奴がいる」
「本当ですか!?」
「おう!」
ヴァルドは大きく頷いた。
「エルヴィン・クロフォードっていう爺さんだ。昔は、この星冠の塔に所属していた魔導士でな」
「こちらのギルドに?」
イリスが尋ねる。
「ああ。今はもう引退して、研究に専念してるがな」
ヴァルドは懐かしそうに笑った。
「実を言うと、俺の昔の師匠なんだよ」
「師匠!」
メイビスが目を輝かせた。
「ヴァルドさんの魔法を教えた方なんですか?」
「まあな。俺が若い頃、魔法の基礎から戦い方まで、随分と世話になったもんだ」
ヴァルドは苦笑した。
「もっとも、あの爺さんは昔から研究の方が好きでな。依頼から帰ってきても、すぐに本を開いてやがった」
「ふふっ。メイビスさんみたいですね」
イリスが微笑む。
「えっ!?」
メイビスが目を丸くした。
「わ、私だって、ちゃんとお仕事もしていますよ!」
「ふふっ。もちろん、知っていますよ」
「イリスさん!」
そんな二人のやり取りに、ヴァルドが豪快に笑った。
「がっはっは! ますます会わせてみたくなったぜ!」
そして、話を続ける。
「エルヴィンの爺さんは、古代魔法や失われた魔法の研究じゃ王都でも指折りだ。古い伝承にも詳しい」
「……!」
イリスとメイビスは顔を見合わせた。
「もしかすると、セレスティアさんがお話ししていた方かもしれませんね」
「はい!」
メイビスが嬉しそうに頷く。
「ヴァルドさん! その方は今、どちらにいらっしゃるんですか?」
「王都の古文献資料館だ。普段はそこの研究室に籠もってることが多い」
「資料館……!」
「ただな、あの爺さん、研究に夢中になると周りが見えなくなるんだよ」
ヴァルドは苦笑した。
「突然訪ねても、話を聞いてもらえるかわからねえ」
「そうなんですか……」
メイビスが少し困った顔をする。
すると、ヴァルドはにやりと笑った。
「だから、俺から一筆書いてやろう!」
「……えっ!?」
「紹介状だよ。俺の名前を出せば、少なくとも門前払いはされねえだろうさ!」
「本当ですか!?」
「おう! 任せとけ!」
ヴァルドは机へ向かい、紙とペンを取り出した。
慣れた手つきで文章を書き始める。
メイビスは、その様子を嬉しそうに見つめていた。
「ありがとうございます、ヴァルドさん!」
「がっはっは! 気にするな!」
ヴァルドは笑った。
「それに、俺も興味があるんだよ」
「興味、ですか?」
「ああ。異世界から来た魔導士なんざ、そうそう会えるもんじゃねえからな!」
そう言って、イリスへ視線を向ける。
「お前さんの話を聞いて、爺さんがどんな顔をするのか見てみたいもんだ!」
「ふふっ。そうですね」
イリスも笑った。
「私も、お会いするのが楽しみです」
やがて、ヴァルドは書き終えた手紙を封筒に入れ、二人へ差し出した。
「ほら、これを持っていきな!」
「ありがとうございます!」
メイビスが大切そうに受け取る。
「本当に助かりました」
イリスも深く頭を下げた。
「おう! 礼なんざいらねえ!」
ヴァルドは豪快に笑った。
「その代わり、帰りにでもまた顔を出してくれ!」
「はい!」
「研究がどうなったか、聞かせてもらえると嬉しいぜ!」
「ふふっ。わかりました」
イリスは微笑んだ。
「また、お邪魔させていただきますね」
「おう! いつでも歓迎するぜ!」
そうして二人は、ヴァルドに見送られて星冠の塔を後にした。
外へ出ると、王都の大通りには明るい日差しが降り注いでいた。
人々の賑やかな声が、あちこちから聞こえてくる。
「……イリスさん!」
メイビスが嬉しそうに振り返った。
「よかったですね!」
「ええ」
イリスは微笑んだ。
「とても親切な方でしたね」
「はい! それに、すごく強そうでした!」
「ふふっ。実際、かなりの実力者だと思いますよ」
「やっぱり!」
メイビスは嬉しそうに笑った。
そして、手に持った紹介状へ視線を落とす。
「これで、研究者さんに会えそうですね!」
「そうですね」
イリスは頷いた。
異世界へ帰る方法。
その手掛かりが、本当に見つかるのかはわからない。
けれど、少なくとも一歩は前に進めた。
それが、今は嬉しかった。
「さて、メイビスさん」
「はい?」
「次は古文献資料館ですね」
「はい!」
メイビスは元気よく答えた。
「エルヴィンさんに、いろんなお話を聞いてみましょう!」
「ふふっ。そうですね」
二人は顔を見合わせて笑った。
花の都クロッカス。
そこで出会った豪快な鋼鉄の魔導士は、二人に新たな道を示してくれた。
そして、その先には。
古い魔法と伝承を知る、一人の研究者が待っている。
妖精と聖剣使いの旅は、また一歩、前へ進んだ。
――第39話 完――
【こそこそ話】
~強者の好奇心~
イリスとメイビスが星冠の塔を去った後。
「マスター、随分と楽しそうですね」
ホールへ戻ってきたヴァルドに、一人の男性魔導士が声をかけた。
「がっはっは! 面白い連中だったからな!」
「妖精の尻尾の方々でしたっけ?」
「おう! 特に、あの黒髪の嬢ちゃんだ!」
「イリス・アストレア、でしたか。そんなに強いんですか?」
「……ああ。間違いなくな」
ヴァルドは腕を組み、愉快そうに笑った。
「だが、どれほど強えのかまではわからねえ」
「マスターでも、ですか?」
「がっはっは! だから面白えんじゃねえか!」
男性魔導士は呆れたように肩をすくめた。
「……まさか、戦ってみたいとか考えてませんよね?」
「おっ! よくわかったな!」
「やっぱり!!」
ヴァルドは豪快に笑った。
「セヴェルとガルドを二人まとめて倒したってんだ。魔導士として興味が湧かねえわけがねえだろ!」
「……マスター、相手はお客様ですよ?」
「わかってるさ! いきなり勝負を仕掛けたりはしねえよ!」
「本当でしょうね……?」
「おう! 次に会った時にでも、模擬戦を申し込んでみるさ!」
「……結局、戦うつもりじゃないですか!」
「がっはっは! 強え奴と手合わせするのは、魔導士の楽しみの一つだろ!」
「それ、マスターだけですよ!」
「そうかぁ?」
ヴァルドは首を傾げた。
そして、イリスたちが去っていった扉へ視線を向ける。
「……さて、あの嬢ちゃんの剣がどんなもんなのか。いつか見せてもらいてえもんだな」
その口元には、少年のような笑みが浮かんでいた。
「……お願いですから、ギルドの建物だけは壊さないでくださいね」
「がっはっは! そいつは保証できねえな!」
「保証してください!!」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。