妖精と聖剣使い   作:使い手なない

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第41話「聖剣と鋼鉄」

 

第一幕 書物に囲まれた日々

 

 王都クロッカスを訪れてから、数日が経過していた。

 

 花々に彩られた王都の一角。

 

 その古文献資料館では、今日も二人の少女が膨大な書物と格闘していた。

 

「イリスさん! こちらの本も面白いですよ!」

 

「ふふっ。メイビスさん、先ほどからずっと同じことを言っていますよ?」

 

「だって、本当に面白いんです!」

 

 メイビスは目を輝かせながら、分厚い本の頁をめくった。

 

 机の上には、すでに読み終えた書物が積み上がっている。

 

 古代魔法の研究書。

 

 失われた魔法に関する記録。

 

 数百年前の魔導士たちが残した論文。

 

 そして、真偽の定かではない古い伝承の数々。

 

 どれも、マグノリアでは簡単に手に入らないものばかりだった。

 

「それにしても……」

 

 イリスは手元の本を閉じた。

 

「これだけ調べても、世界を越える魔法については、ほとんど記録がありませんね」

 

「そうですね……」

 

 メイビスも少し残念そうに頷く。

 

「空間魔法そのものの研究はたくさんあるんですけど……」

 

「ええ。どれも、この世界の中での移動を前提にしています」

 

 イリスは机に広げた資料へ視線を落とした。

 

 世界と世界の境界を越える方法。

 

 そして、目的の世界を特定する方法。

 

 エルヴィンから教わった二つの課題は、依然として解決していなかった。

 

 もっとも、簡単に答えが見つかるとは思っていない。

 

 今は少しずつでも、手掛かりを集めることが大切なのだ。

 

「ふむ……」

 

 向かい側では、エルヴィン・クロフォードが古い文献を睨んでいた。

 

「この記述も、やはり曖昧じゃな……」

 

「何か見つかりましたか?」

 

 メイビスが尋ねる。

 

「いや、世界の境界について触れておるようにも読めるが、単なる比喩とも考えられる」

 

 エルヴィンは首を振った。

 

「古い文献というものは厄介でな。書いた本人に尋ねられれば早いのじゃが」

 

「ふふっ。それは難しそうですね」

 

 イリスが笑う。

 

「まったくじゃ」

 

 エルヴィンも苦笑した。

 

 それから、机の上に積まれた書物を見渡す。

 

「しかし、お主らもよく読むのう。ここまで熱心に調べる若者は、そうそうおらんぞ」

 

「だって、知らない魔法がたくさんあるんです!」

 

 メイビスが嬉しそうに答えた。

 

「読めば読むほど、新しいことが見つかるんですよ!」

 

「ほっほっほ! その気持ちはよくわかる!」

 

 エルヴィンは満足そうに頷いた。

 

「お主とは、実に気が合いそうじゃ!」

 

「私もです!」

 

 二人は顔を見合わせて笑った。

 

 イリスはそんな様子を微笑ましく見守る。

 

 初めて会った時から思っていたが、この二人は本当によく似ている。

 

 興味深い本を見つけると、周囲が見えなくなるところまでそっくりだった。

 

「ところで、メイビスさん」

 

「はい?」

 

「そろそろお昼にしませんか?」

 

「えっ?」

 

 メイビスが窓の外を見た。

 

 すでに太陽は高く昇っている。

 

「……もう、そんな時間ですか!?」

 

「ええ。随分と集中していましたからね」

 

「うう……まだ読みたい本があるんですけど……」

 

「本は逃げませんよ?」

 

「でも、次に来た時には誰かが借りているかもしれません!」

 

「ふふっ。では、午後に続きを読みましょう」

 

「……はい!」

 

 メイビスは名残惜しそうに本を閉じた。

 

 すると、エルヴィンが顔を上げる。

 

「おお、もう昼か。ならば、わしも……」

 

 そう言いながら、別の本を開いた。

 

「……エルヴィンさん?」

 

「うむ。この一節だけ確認してからじゃ」

 

 イリスとメイビスは顔を見合わせた。

 

 そして、思わず笑ってしまった。

 

 そんな日々が、数日間続いた。

 

 調査は決して無駄ではなかった。

 

 古代の空間魔法について理解が深まり、今後調べるべき文献も整理できた。

 

 しかし、肝心の異世界へ帰る方法は、まだ見つかっていない。

 

 やがて、二人は一度調査に区切りをつけることにした。

 

「本当に、ありがとうございました」

 

 資料館の入口で、イリスは深く頭を下げた。

 

「おかげで、これから何を調べればよいのか、少しずつ見えてきました」

 

「なに、礼には及ばん」

 

 エルヴィンは穏やかに笑った。

 

「わしにとっても、実に興味深い研究じゃった。これからも調べてみよう」

 

「ありがとうございます!」

 

 メイビスも元気よく頭を下げる。

 

「また遊びに来てもいいですか?」

 

「もちろんじゃ! いつでも歓迎するぞ!」

 

「やったー!」

 

 メイビスが嬉しそうに笑った。

 

 イリスも微笑む。

 

「では、またお会いしましょう」

 

「うむ。気をつけてな」

 

 二人はエルヴィンに見送られ、資料館を後にした。

 

 外には、午後の柔らかな日差しが広がっていた。

 

 花の都を吹き抜ける風が、二人の髪を優しく揺らす。

 

「……楽しかったですね!」

 

 メイビスが満足そうに笑った。

 

「ええ。本当に勉強になりました」

 

「また来たいです!」

 

「ふふっ。そうですね」

 

 二人は並んで歩き始めた。

 

 その時だった。

 

「…………あっ!」

 

 メイビスが突然、足を止めた。

 

――――――――――

 

第二幕 忘れていた約束

 

「イリスさん!」

 

「はい?」

 

「私たち、大事なことを忘れていませんか!?」

 

「……大事なこと、ですか?」

 

 イリスは首を傾げた。

 

 宿の支払いは済ませている。

 

 荷物も忘れていない。

 

 資料館で借りた本も、すべて返却したはずだ。

 

「……何かありましたっけ?」

 

「ヴァルドさんです!」

 

「…………あっ」

 

 二人の間に、沈黙が落ちた。

 

 数日前。

 

 星冠の塔を訪れた際、ヴァルドは確かに言っていた。

 

 研究がどうなったか、帰りにでも聞かせてほしい、と。

 

 それなのに。

 

「……完全に忘れていました」

 

「私もです……!」

 

 二人は顔を見合わせた。

 

 そして、同時に慌て始める。

 

「ど、どうしましょう!?」

 

「と、とにかく、星冠の塔へ向かいましょう!」

 

「はい!」

 

 そうして二人は、足早に大通りを進んでいった。

 

 しばらくして。

 

 白い石造りの建物が見えてきた。

 

 星を戴いた塔の紋章。

 

 王都の魔導士ギルド、星冠の塔である。

 

「……着きました!」

 

「ええ。では、行きましょうか」

 

 二人は扉を開いた。

 

 ホールには、今日も多くの魔導士たちが集まっていた。

 

「おっ?」

 

 近くにいた男性魔導士が、二人に気づく。

 

「おい、妖精の尻尾の嬢ちゃんたちじゃねえか!」

 

「本当だ!」

 

「久しぶりだな!」

 

「こんにちは!」

 

 メイビスが元気よく挨拶する。

 

 イリスも微笑んで頭を下げた。

 

「先日はお世話になりました」

 

「おう! マスターなら奥にいるぜ!」

 

「ありがとうございます!」

 

 二人が受付へ向かおうとした、その時。

 

「おおお! 来たか!」

 

 ホールの奥から、聞き覚えのある大声が響いた。

 

 大柄な男性が、豪快な笑みを浮かべて歩いてくる。

 

 星冠の塔のギルドマスター。

 

 ヴァルド・グランベルクだった。

 

「がっはっは! ようやく来たか! 随分と待ったぞ!」

 

「す、すみません!」

 

 メイビスが慌てて頭を下げた。

 

「研究に夢中になってしまって……!」

 

「申し訳ありません。すっかり失念していました」

 

 イリスも丁寧に謝罪する。

 

 すると、ヴァルドは一瞬きょとんとした。

 

 そして。

 

「がっはっはっは!!」

 

 豪快に笑い出した。

 

「なんだ、そんなことか!」

 

「えっ?」

 

「どうせエルヴィンの爺さんも、お前たちを離さなかったんだろう!」

 

「……あはは」

 

 メイビスが苦笑する。

 

「実は、私たちも夢中になってしまって……」

 

「がっはっは! そりゃあ、あの爺さんと気が合うわけだ!」

 

 ヴァルドは愉快そうに笑った。

 

「気にするな! 約束を忘れるほど熱心に調べてたんなら、文句なんざねえよ!」

 

「ありがとうございます……!」

 

 メイビスがほっと息をつく。

 

 イリスも安心したように微笑んだ。

 

「それで、どうだった?」

 

 ヴァルドが尋ねる。

 

「何かわかったのか?」

 

「はい。少しだけですが」

 

 イリスは頷いた。

 

 そして、エルヴィンから教わったことを簡潔に説明した。

 

 古代には、世界の境界を越える可能性を考えた研究者がいたこと。

 

 しかし、実際に成功したという確かな記録は存在しないこと。

 

 さらに、仮に世界を越える方法が見つかったとしても、目的の世界を特定する必要があること。

 

 ヴァルドは腕を組み、真剣に耳を傾けていた。

 

「……なるほどな」

 

 話を聞き終えると、大きく頷く。

 

「簡単な話じゃねえってことか」

 

「はい」

 

 イリスは静かに答えた。

 

「ですが、調べるべきことは少しずつ見えてきました」

 

「そうか!」

 

 ヴァルドは豪快に笑った。

 

「なら、上出来じゃねえか!」

 

「……え?」

 

「最初から答えが見つかるなんざ、誰も思っちゃいねえだろ?」

 

 ヴァルドはにやりと笑った。

 

「一歩でも前に進めたんなら、それで十分だ!」

 

「……ふふっ」

 

 イリスは微笑んだ。

 

「ありがとうございます」

 

「おう!」

 

 ヴァルドは満足そうに頷いた。

 

 そして、ふと表情を変える。

 

「……さて」

 

「はい?」

 

「報告も聞けたことだし……」

 

 ヴァルドの口元に、楽しそうな笑みが浮かんだ。

 

「今度は、俺の頼みを聞いてもらおうか!」

 

――――――――――

 

第三幕 鋼鉄の魔導士

 

「頼み、ですか?」

 

 イリスが首を傾げる。

 

「おう!」

 

 ヴァルドは大きく頷いた。

 

「実はな、前に会った時からずっと考えてたことがあるんだ」

 

「……?」

 

「イリス。お前さん、俺と一戦やってみねえか?」

 

「……一戦?」

 

 イリスが目を瞬かせた。

 

「がっはっは! もちろん、模擬戦だ!」

 

 ヴァルドは豪快に笑った。

 

「ブルースカルの両腕を相手に勝った魔導士だ。どれほどの腕前なのか、この目で確かめてみたくてな!」

 

「……なるほど」

 

 イリスは少し考えた。

 

 目の前の男性は、相当な実力者だ。

 

 魔力の流れを見ただけでも、それはわかる。

 

 それに、他の世界の魔導士と戦う経験は、自分にとっても貴重なものになるだろう。

 

「ふふっ。構いませんよ」

 

「おお!」

 

 ヴァルドの顔がぱっと明るくなった。

 

「本当か!」

 

「はい。ただし、模擬戦ですから、お互い怪我には気をつけましょう」

 

「がっはっは! もちろんだ!」

 

 ヴァルドは嬉しそうに笑った。

 

「いやあ、楽しみだぜ!」

 

「わあ!」

 

 メイビスも目を輝かせた。

 

「イリスさんとヴァルドさんの模擬戦ですか!」

 

「おう! 嬢ちゃんも見に来るか?」

 

「もちろんです!」

 

 メイビスは元気よく頷いた。

 

 すると、近くにいた魔導士たちも騒ぎ始めた。

 

「おい、マスターが模擬戦するってよ!」

 

「相手は妖精の尻尾の嬢ちゃんか!?」

 

「本当にブルースカルの両腕を倒したっていう、あの子か!」

 

「こいつは見逃せねえ!」

 

 あっという間に、ホールが賑やかになった。

 

 ヴァルドはそんな仲間たちを見渡し、豪快に笑った。

 

「がっはっは! お前ら、仕事はどうした!」

 

「今日は休みだ!」

 

「俺も!」

 

「嘘つけ! お前、さっき依頼書持ってただろ!」

 

 笑い声が広がる。

 

 イリスは思わず苦笑した。

 

「……随分と大勢になりそうですね」

 

「がっはっは! うちの連中は、こういうのが大好きでな!」

 

 ヴァルドは楽しそうに答えた。

 

「だが、ここじゃ狭すぎる。郊外の訓練場へ行こう!」

 

「わかりました」

 

 そうして一行は、王都郊外へ向かった。

 

 星冠の塔が所有する訓練場は、街の外れにある広大な敷地だった。

 

 周囲には頑丈な石壁が築かれ、地面には幾度もの訓練で刻まれた傷跡が残っている。

 

 訓練場の中央に立つヴァルドは、ゆっくりと肩を回した。

 

「さて……」

 

 その身体から、力強い魔力が立ち上る。

 

「久しぶりに、面白い戦いができそうだ!」

 

 対するイリスは、静かに聖剣の柄へ右手を添えた。

 

 長い黒髪が、風に揺れる。

 

「よろしくお願いいたします、ヴァルドさん」

 

「おう! こちらこそな!」

 

 観戦席では、メイビスが二人を見つめていた。

 

「イリスさん、頑張ってください!」

 

「ふふっ。ありがとうございます」

 

 イリスが微笑む。

 

 ヴァルドは大きく息を吸った。

 

「それじゃあ……始めるか!」

 

 次の瞬間。

 

 地面が震えた。

 

 ヴァルドの足元から、巨大な鋼鉄の壁がせり上がったのだ。

 

 分厚く、重厚な鋼鉄。

 

 それは瞬く間に、イリスの前へ立ちはだかった。

 

「まずは、こいつをどうする!」

 

 ヴァルドが豪快に笑う。

 

 イリスは静かに聖剣を抜いた。

 

 白銀の刀身が、陽光を受けて輝く。

 

「……では」

 

 軽く、一振り。

 

 次の瞬間。

 

 巨大な鋼鉄の壁に、一本の線が走った。

 

 そして。

 

 ――ずずんっ!

 

 分厚い鋼鉄の壁が、真っ二つに割れた。

 

「…………は?」

 

 観戦していた魔導士たちが、ぽかんと口を開いた。

 

 ヴァルドも、一瞬だけ目を見開く。

 

「……ほう?」

 

 そして。

 

「がっはっはっは!!」

 

 豪快な笑い声が響いた。

 

「面白え! 俺の鋼鉄を、こうもあっさり斬るか!」

 

 ヴァルドは真っ二つになった鋼鉄の壁を見つめた。

 

「……なあ、イリス。一つ聞いてもいいか?」

 

「はい。何でしょう?」

 

「その剣、ただの剣じゃねえだろ?」

 

 イリスは手元の白銀の刀身へ視線を落とした。

 

「……ええ。これは聖剣です」

 

「聖剣?」

 

「はい。私が元の世界から持ってきた、大切な剣なんです」

 

「……なるほどな」

 

 ヴァルドは興味深そうに頷いた。

 

 そして、にやりと笑う。

 

「がっはっは! 聖剣使いってわけか! そいつはますます面白え!」

 

 ヴァルドは両腕を広げた。

 

「なら、こいつはどうだ!」

 

 空中に、無数の鋼鉄の槍が出現した。

 

 鋭い穂先が、一斉にイリスへ向けられる。

 

「行くぞ!」

 

 鋼鉄の槍が、雨のように降り注いだ。

 

 イリスは一歩踏み出す。

 

 右から迫る槍を斬り払い、左から飛来する槍を身を翻して躱す。

 

 さらに、正面から迫った三本の槍を、まとめて斬り裂いた。

 

 ――キィン!

 

 ――ガギィン!

 

 金属音が連続して響く。

 

 斬られた槍が地面へ落ちるより早く、次の槍が迫る。

 

 だが、イリスの剣は止まらない。

 

 一閃。

 

 二閃。

 

 三閃。

 

 無数の鋼鉄が、次々と断ち切られていく。

 

「す、すげえ……!」

 

「マスターの鋼鉄が、全部斬られてるぞ!」

 

「なんだよ、あの剣……!」

 

 観戦していた魔導士たちが息を呑む。

 

 メイビスは嬉しそうに笑った。

 

「ふふっ。やっぱりイリスさんはすごいですね!」

 

 しかし。

 

「がっはっは! まだまだだ!」

 

 ヴァルドが右腕を振り上げた。

 

 今度は、巨大な鉄塊が空中に出現する。

 

 人間の何倍もの大きさを持つ、重厚な鋼鉄の塊。

 

 それが、凄まじい勢いで落下してきた。

 

 イリスは上空を見上げた。

 

「……大きいですね」

 

 そして、聖剣を構える。

 

 次の瞬間。

 

 白銀の軌跡が、空を斬った。

 

 巨大な鉄塊が、真っ二つに裂ける。

 

 左右に分かれた鋼鉄は、イリスを避けるように地面へ落下した。

 

 轟音。

 

 土煙が舞い上がる。

 

 その中央で、イリスは何事もなかったように立っていた。

 

「…………」

 

 観戦席が静まり返る。

 

 やがて、誰かが呟いた。

 

「……あれ、本当に人間か?」

 

「……さあな」

 

 ヴァルドは、そんな反応を見て笑った。

 

「がっはっは! とんでもねえ嬢ちゃんだ!」

 

 だが、その目は笑っているだけではなかった。

 

 鋭く、真剣にイリスを見据えている。

 

「……なるほどな」

 

 ヴァルドは小さく呟いた。

 

「どうやら、普通の鋼鉄じゃ止められねえらしい」

 

 そして、にやりと笑った。

 

「なら……俺自身が相手になるまでだ!」

 

――――――――――

 

終幕 聖剣と鋼鉄

 

 ヴァルドの身体を、膨大な魔力が包み込んだ。

 

 その魔力に応えるように、鋼鉄が次々と生成されていく。

 

 両腕。

 

 肩。

 

 胸。

 

 脚。

 

 やがて、ヴァルドの全身が重厚な鋼鉄の鎧に覆われた。

 

「おおお……!」

 

 観戦席から歓声が上がる。

 

「マスターの鋼鉄鎧だ!」

 

「本気でやるつもりか!」

 

 ヴァルドは鋼鉄に覆われた拳を握りしめた。

 

 ――ギィン!

 

 金属同士が擦れ合う、重厚な音が響く。

 

「がっはっは! どうだ、イリス!」

 

「……すごいですね」

 

 イリスは素直に感心した。

 

「これほどの量の鋼鉄を、身体の動きに合わせて制御できるなんて」

 

「おう! 伊達に長年、魔導士をやってねえからな!」

 

 ヴァルドは豪快に笑った。

 

 そして、右手を前へ突き出す。

 

 その手の中に、巨大な鋼鉄の大剣が形成された。

 

 人の背丈を優に超える、重厚な剣。

 

 分厚い刀身には、ヴァルドの魔力が力強く巡っていた。

 

「さあ、ここからが本番だ!」

 

「……はい」

 

 イリスは聖剣を構え直した。

 

 次の瞬間。

 

 ヴァルドが踏み込んだ。

 

 重厚な鎧をまとっているとは思えないほど、素早い動き。

 

 巨大な大剣が、横薙ぎに振るわれる。

 

 イリスは身を沈めて躱した。

 

 頭上を、鋼鉄の刃が通り過ぎる。

 

 風圧が黒髪を大きく揺らした。

 

「ほう! 躱したか!」

 

 ヴァルドは笑いながら、すぐさま剣を返す。

 

 今度は斜め上からの振り下ろし。

 

 イリスは軽やかに後方へ跳んだ。

 

 大剣が地面を叩き、土砂が舞い上がる。

 

 だが、ヴァルドの攻撃は止まらない。

 

 大剣を振り上げると同時に、地面から鋼鉄の槍を生成する。

 

 イリスの退路を塞ぐように、複数の槍が突き出した。

 

「……!」

 

 イリスは足元へ視線を落とした。

 

 金色の瞳には、地面を走る魔力の流れが見えている。

 

 しかし、察知したからといって、すべてを簡単に避けられるわけではない。

 

 鋼鉄の槍は、すでに周囲を囲むように迫っていた。

 

 ならば。

 

 イリスは聖剣を振るった。

 

 ――ザンッ!

 

 迫る槍をまとめて斬り払い、そのまま跳躍する。

 

 さらに、足元へ一振りの光剣を生成した。

 

 白く輝く剣が、空中で足場となる。

 

 イリスはその上へ着地した。

 

「……なに!?」

 

 ヴァルドが目を見開く。

 

「空中に足場を作っただと!?」

 

「ふふっ。少し便利でしょう?」

 

「がっはっは! そいつは便利どころじゃねえ!」

 

 ヴァルドは大笑いした。

 

「だが、空に逃げたくらいで安心するなよ!」

 

 その言葉と同時に、鋼鉄の槍が空へ向かって伸びた。

 

 一本。

 

 二本。

 

 十本。

 

 無数の鋼鉄が、イリスを追いかける。

 

 しかし、イリスは止まらない。

 

 次々と光剣を生成し、空中を駆け抜けていく。

 

 鋼鉄の槍を斬り払いながら、さらに高く。

 

 そして、ヴァルドの頭上へ回り込んだ。

 

「……速え!」

 

 ヴァルドが大剣を構える。

 

 イリスは空中の光剣を蹴った。

 

 一気に加速する。

 

 白銀の聖剣が、陽光を受けて煌めいた。

 

「……!」

 

 ヴァルドは大剣を振り上げた。

 

 鋼鉄と聖剣が交差する。

 

 次の瞬間。

 

 ――キィィンッ!

 

 鋭い金属音が響いた。

 

 そして。

 

 ヴァルドの大剣に、一本の亀裂が走る。

 

「……なっ!?」

 

 亀裂は瞬く間に刀身を横断した。

 

 巨大な鋼鉄の大剣が、真っ二つに断ち切られる。

 

 切断された刃が、地面へ落ちた。

 

 ――ガァンッ!

 

 ヴァルドの目が、大きく見開かれる。

 

 その目前へ、イリスが着地した。

 

 そして。

 

 白銀の聖剣が、ヴァルドの喉元で静かに止まった。

 

「……ここまで、ですね」

 

 イリスは穏やかに微笑んだ。

 

 訓練場が、静まり返る。

 

 誰も声を上げない。

 

 誰も動かない。

 

 やがて。

 

「…………はっ」

 

 ヴァルドが、小さく笑った。

 

 そして。

 

「がっはっはっはっは!!」

 

 大きな笑い声が、訓練場に響き渡った。

 

「参った! こいつは完敗だ!」

 

 ヴァルドは両手を上げた。

 

「俺の負けだ、イリス!」

 

 その言葉を聞いて、イリスは聖剣を下ろした。

 

「ありがとうございました」

 

 丁寧に頭を下げる。

 

「とても勉強になりました」

 

「がっはっは! そいつはこっちの台詞だ!」

 

 ヴァルドは鋼鉄の鎧を解除した。

 

 重厚な鎧が魔力の粒となって消えていく。

 

「いやあ、驚いたぜ! 俺の鋼鉄を、あそこまで簡単に斬られるとはな!」

 

「ふふっ。ヴァルドさんの鋼鉄魔法も、素晴らしかったですよ」

 

「おう! ありがとな!」

 

 ヴァルドは満足そうに笑った。

 

 すると。

 

「イリスさーん!」

 

 観戦席から、メイビスが駆け寄ってきた。

 

「すごかったです!」

 

「ふふっ。ありがとうございます、メイビスさん」

 

「鋼鉄が、全部真っ二つになっていました!」

 

「がっはっは! まったくだ!」

 

 ヴァルドも笑った。

 

「俺の自慢の鋼鉄が、まるで紙みてえだったぜ!」

 

 周囲の魔導士たちも、ようやく声を上げ始める。

 

「すげえ……!」

 

「あのマスターが負けるなんて……!」

 

「しかも、あんなにあっさり……!」

 

 ヴァルドはそんな仲間たちを見渡し、愉快そうに笑った。

 

「がっはっは! 世の中、上には上がいるってことだ!」

 

 そして、イリスへ向き直る。

 

「……しかし、お前さん、本当に大した聖剣使いだな」

 

「ありがとうございます」

 

 イリスは微笑んだ。

 

 ヴァルドは腕を組み、少し考えるように顎へ手を当てた。

 

「……そうだな」

 

「はい?」

 

「お前さんには、何か二つ名があってもいいんじゃねえか?」

 

「……二つ名、ですか?」

 

「おう!」

 

 ヴァルドは大きく頷いた。

 

「これほどの実力を持つ魔導士だ。名前だけじゃもったいねえ!」

 

「い、いえ……私は、別に……」

 

 イリスが少し困ったように笑う。

 

 しかし、ヴァルドは楽しそうに続けた。

 

「妖精の尻尾に所属する、聖剣使い……」

 

 そして、にやりと笑った。

 

「……よし、決めた!」

 

 ヴァルドは大きく胸を張る。

 

「お前さんの二つ名は――」

 

 その場にいた魔導士たちが、思わず耳を傾けた。

 

 メイビスも目を輝かせる。

 

 そして。

 

「――『妖精の聖剣』だ!」

 

 ヴァルドの声が、訓練場に響き渡った。

 

「……妖精の、聖剣……?」

 

 イリスは目を瞬かせた。

 

「おう!」

 

 ヴァルドは豪快に笑った。

 

「妖精の尻尾が誇る聖剣使い! お前さんにぴったりだろう!」

 

「わあ……!」

 

 メイビスが両手を合わせた。

 

「素敵です!」

 

 そして、イリスへ嬉しそうに振り返る。

 

「イリスさん! とっても素敵な二つ名ですよ!」

 

「……ふふっ」

 

 イリスは少し頬を赤らめた。

 

「そうでしょうか……?」

 

「はい!」

 

 メイビスは大きく頷いた。

 

「妖精の尻尾の聖剣使いだから、『妖精の聖剣』!」

 

「がっはっは! そういうことだ!」

 

 ヴァルドも満足そうに笑った。

 

 イリスは二人を見比べる。

 

 そして、少し照れくさそうに微笑んだ。

 

「……ありがとうございます」

 

 その声は、どこか嬉しそうだった。

 

「大切にさせていただきますね」

 

「おう! そうしてくれ!」

 

 ヴァルドは豪快に笑った。

 

 周囲の魔導士たちも、次々と声を上げる。

 

「妖精の聖剣か!」

 

「いいじゃねえか!」

 

「覚えやすいし、格好いいな!」

 

 メイビスは嬉しそうに笑っていた。

 

 イリスもまた、少し照れながら、その言葉を胸に刻む。

 

 ――妖精の聖剣。

 

 それは、この日。

 

 王都クロッカスで生まれた、一人の聖剣使いの新たな呼び名だった。

 

 そして、やがてその名は。

 

 妖精の尻尾と共に、フィオーレ王国へ広まっていくことになる。

 

 ――第41話 完――

 

 




【こそこそ妖精話】

~二つ名の名付け親~

ヴァルド「がっはっは! いやあ、我ながらいい二つ名を考えたもんだ!」

メイビス「はい! 『妖精の聖剣』! とっても格好いいです!」

イリス「ふふっ。ありがとうございます。でも、少し照れくさいですね……」

ヴァルド「何を言ってる! あれだけの腕前なんだ、胸を張れ!」

メイビス「そうですよ! マグノリアに帰ったら、みんなにも教えましょう!」

イリス「えっ?」

メイビス「ユーリも、プレヒトも、ウォーロッドも、きっと喜びます!」

イリス「そ、そうでしょうか……?」

ヴァルド「がっはっは! だったら、俺からも手紙を書いてやろうか!」

イリス「い、いえ! そこまでしていただかなくても!」

メイビス「あっ! それなら、ギルドのみんなにお手紙を書きましょう!」

イリス「メイビスさん!?」

ヴァルド「よし! 件名は『妖精の聖剣、王都に現る!』だ!」

メイビス「わあ! 素敵です!」

イリス「……なんだか、どんどん大げさになっていませんか?」

ヴァルド「がっはっは! 細けえことは気にするな!」

メイビス「イリスさん、有名人ですね!」

イリス「……できれば、もう少し静かに有名になりたいです」

ヴァルド「無理だな!」

メイビス「無理ですね!」

イリス「……即答なんですね」

ヴァルド&メイビス「がっはっは!」「えへへ!」

イリス「……ふふっ。もう、二人とも」

――こうして、『妖精の聖剣』の名は、本人の知らないところで広まり始めるのであった。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。
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