妖精と聖剣使い   作:使い手なない

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第46話「妖精の聖剣と水神」

 

第一幕 模擬戦の朝

 

 翌朝。

 

 マグノリアの街は、いつもと変わらない穏やかな朝を迎えていた。

 

 しかし、妖精の尻尾だけは違った。

 

「おい! 早く行こうぜ!」

 

「まだ時間は十分あるだろう!」

 

「馬鹿野郎! いい場所が取れなくなったらどうすんだよ!」

 

「お前は何を見に行くつもりなんだ!!」

 

 朝から響き渡るユーリとプレヒトの声。

 

 その周囲では、ギルドの魔導士たちが妙に浮き足立っていた。

 

「今日なんだろ? イリスさんと、昨日来たあの人の模擬戦!」

 

「ああ! 水神って呼ばれてる魔導士らしいぜ!」

 

「しかも、昔のブルースカルの幹部だったんだろ?」

 

「そんな奴とイリスさんが戦うのか……!」

 

 新しく加入した魔導士たちは、期待と緊張の入り混じった表情で話していた。

 

 そんな中。

 

「皆さん、おはようございます」

 

 ギルドの扉が開き、イリスが姿を現した。

 

 いつもどおりの白と濃紺の制服。

 

 左腰には、黄金の装飾が施された聖剣。

 

 その姿を見た瞬間、ユーリが勢いよく振り返った。

 

「おっ! 主役が来たぞ!」

 

「……主役?」

 

 イリスが首を傾げる。

 

「今日の模擬戦だよ!」

 

「ああ、そうでしたね」

 

「そうでしたね、じゃねえよ! みんな楽しみにしてんだぜ!」

 

 ユーリが笑う。

 

 その隣で、プレヒトがため息をついた。

 

「……お前が一番騒いでいるだけだろう」

 

「何だと!?」

 

「昨日からずっとその話ばかりではないか」

 

「だってよ! あのセヴェルだぜ!?」

 

 ユーリは興奮した様子で拳を握った。

 

「しかも相手はイリス! こんな勝負、見逃せるわけねえだろ!」

 

「ふふっ。そうですね」

 

 イリスは小さく笑った。

 

「私も、セヴェルさんがどのような魔法を使うのか楽しみです」

 

「……相変わらず落ち着いてるな、お前」

 

「そうでしょうか?」

 

「そうだよ!」

 

 ユーリが笑った、そのとき。

 

「皆さーん!」

 

 ギルドの奥から、メイビスが駆けてきた。

 

「準備ができましたよ!」

 

「おっ!」

 

「今日の模擬戦は、街の外にある広い草原で行います!」

 

 メイビスは元気よく告げた。

 

「周囲に建物もありませんし、ウォーロッドさんにも安全確認をお願いしました!」

 

「うん。周囲に危険な場所はないし、観戦する場所も確保できそうだよ」

 

 ウォーロッドが穏やかに頷く。

 

「ただし、みんなは僕が指定した場所から出ないようにね」

 

「はーい!」

 

 新人たちが元気よく返事をした。

 

 その様子を見て、イリスは微笑んだ。

 

 どうやら今日は、随分と賑やかな一日になりそうだった。

 

――――――――――

 

第二幕 水神の猛攻

 

 マグノリア郊外。

 

 広大な草原に、二人の魔導士が向かい合っていた。

 

 一人は、黒髪と青金の瞳を持つ少女。

 

 妖精の聖剣、イリス・アストレア。

 

 もう一人は、かつてブルースカルの両腕と呼ばれた男。

 

 水神、セヴェル・アクエリス。

 

 二人の間には、数十メートルほどの距離があった。

 

 少し離れた場所には、妖精の尻尾の魔導士たちが集まっている。

 

「それでは、ルールを説明します!」

 

 メイビスが二人へ声をかけた。

 

「今回は模擬戦ですので、相手を殺傷するような攻撃は禁止です!」

 

「承知しました」

 

 イリスが頷く。

 

「異論はない」

 

 セヴェルも静かに答えた。

 

「勝敗は、戦闘不能、降参、あるいは私が勝負ありと判断した時点で決定します!」

 

 メイビスは続ける。

 

「それから、危険だと判断した場合は、すぐに中止します!」

 

「はい」

 

「わかった」

 

 両者が頷く。

 

 メイビスは満足そうに笑った。

 

「では、準備をお願いします!」

 

 イリスは左腰の聖剣へ手を伸ばした。

 

 静かな金属音。

 

 鞘から抜かれた聖剣が、朝日を受けて輝く。

 

 一方、セヴェルは両手を軽く広げた。

 

 その周囲に、黒い水が浮かび上がる。

 

 まるで意思を持つ生き物のように、ゆっくりと渦を巻いていた。

 

「……イリス・アストレア」

 

「はい?」

 

「一年前から、お前と直接戦ってみたいと思っていた」

 

「ふふっ。そうでしたか」

 

「今日は、遠慮なく試させてもらう」

 

「はい。私も、精一杯お相手します」

 

 セヴェルの口元が、わずかに動いた。

 

「……楽しみだ」

 

 メイビスが片手を上げる。

 

 観戦していた魔導士たちが、一斉に息を呑んだ。

 

「それでは――」

 

 そして。

 

「始めっ!!」

 

 その瞬間。

 

「水神の斬刃!」

 

 セヴェルの周囲に浮かんでいた黒い水が、一斉に形を変えた。

 

 鋭く圧縮された水の刃。

 

 十数本もの黒い斬撃が、イリスへ向かって放たれる。

 

 凄まじい速度。

 

 普通の魔導士であれば、反応することさえ難しい攻撃だった。

 

 しかし。

 

 キィンッ!!

 

 イリスの聖剣が閃いた。

 

 迫る水刃が、次々と切り裂かれる。

 

 一つ。

 

 二つ。

 

 三つ。

 

 まるで最初から軌道を把握していたかのように、イリスは必要最小限の動きで攻撃を処理していく。

 

「……ほう」

 

 セヴェルの目が細くなった。

 

 だが、攻撃は終わらない。

 

「水神の激流!」

 

 地面を這うように、黒い水が一気に広がった。

 

 草原を覆い尽くす巨大な水流。

 

 イリスの足元へ、凄まじい勢いで迫る。

 

「……!」

 

 イリスは軽く地面を蹴った。

 

 その足元に、光の剣が現れる。

 

 空中に浮かぶ光剣を足場として、彼女は水流の上へ跳び上がった。

 

「おおっ!」

 

 観戦していた新人たちが声を上げる。

 

「空中に立った!?」

 

「あれ、光の剣か!?」

 

「そんな使い方ができるのかよ!」

 

 その間にも、セヴェルは次の攻撃へ移っていた。

 

「水神の怒号!」

 

 口元に黒い魔力が集まる。

 

 次の瞬間。

 

 ゴオオオオオッ!!

 

 巨大な黒い水の奔流が、空中のイリスへ向かって放たれた。

 

 その威力は、先ほどまでの攻撃とは比較にならない。

 

 空気を震わせながら迫る、圧倒的な水の暴力。

 

 だが。

 

 イリスは聖剣を両手で握り直した。

 

 そして、静かに振り下ろす。

 

 ザンッ!!

 

 巨大な黒い奔流が、真っ二つに割れた。

 

「なっ……!?」

 

 観戦席から驚きの声が上がる。

 

 左右へ分かれた水流が、イリスの背後を通り過ぎていく。

 

 その中心。

 

 光剣の上に立つ少女は、傷一つ負っていなかった。

 

「……なるほど」

 

 セヴェルは静かに呟いた。

 

「やはり、魔法そのものを斬るか」

 

 イリスは聖剣を構え直す。

 

「素晴らしい魔法ですね、セヴェルさん」

 

「……まだ始まったばかりだ」

 

 セヴェルの周囲で、再び黒い水が渦を巻いた。

 

――――――――――

 

第三幕 水神の神衣

 

 戦いは、さらに激しさを増していた。

 

 セヴェルは次々と黒い水を操り、イリスへ攻撃を仕掛ける。

 

 高圧水刃。

 

 広範囲の水流。

 

 そして、複数方向からの同時攻撃。

 

 そのどれもが、並の魔導士では対処できない威力と精度を持っていた。

 

 だが、イリスは冷静だった。

 

 聖剣で斬り払い、光剣を放ち、ときには風魔法で軌道を変える。

 

 セヴェルの攻撃を防ぎながら、少しずつ距離を詰めていく。

 

「……!」

 

 セヴェルの目が鋭くなった。

 

 イリスが地面を蹴る。

 

 次の瞬間、二人の距離が一気に縮まった。

 

 聖剣が閃く。

 

 セヴェルは黒い水を盾状に展開した。

 

 しかし。

 

 ザシュッ!!

 

 聖剣は、その防御を容易く切り裂いた。

 

「……っ!」

 

 セヴェルは素早く後退する。

 

 切っ先が、彼の衣服をわずかに掠めた。

 

「……なるほど」

 

 セヴェルは小さく息を吐いた。

 

「この距離では、分が悪いか」

 

 イリスが静かに構える。

 

「まだ続けますか?」

 

「当然だ」

 

 セヴェルは答えた。

 

「ここからが、本番だ」

 

 その瞬間。

 

 彼の足元に、黒い水が集まり始めた。

 

 地面を這っていた水流が、逆巻くように立ち上がる。

 

 黒い魔力が全身を包み込んでいく。

 

「……!」

 

 イリスの金色の瞳が、その変化を捉えた。

 

 魔力の流れが変わっている。

 

 外へ放出されていた魔力が、今度は肉体の内側へと循環し始めていた。

 

「……水神の神衣」

 

 セヴェルが静かに告げた。

 

 次の瞬間。

 

 黒い水が、薄い膜のように全身へ密着した。

 

 腕。

 

 脚。

 

 胴体。

 

 そして、全身の筋肉へ魔力が流れ込む。

 

 周囲の空気が、わずかに震えた。

 

「……何だ、あれ?」

 

 ユーリが目を細める。

 

 プレヒトが答えた。

 

「身体強化か……?」

 

「でも、ただ魔力をまとっているだけじゃないねぇ」

 

 ウォーロッドが興味深そうに呟く。

 

「魔力の流れが、随分と複雑だ」

 

 その隣で、メイビスが真剣な表情を浮かべていた。

 

「……なるほど」

 

 彼女の視線は、セヴェルの全身を覆う黒い水へ向けられている。

 

「魔力を外へ放出するのではなく、肉体の強化に利用しているんですね」

 

 そのとき。

 

 セヴェルの姿が消えた。

 

「……っ!?」

 

 観戦していた魔導士たちが息を呑む。

 

 次の瞬間。

 

「水神の鉄拳!」

 

 黒い水をまとった拳が、イリスへ迫った。

 

 ガキィィン!!

 

 イリスの聖剣が、その拳を受け止める。

 

 衝撃が地面を走った。

 

 足元の草が吹き飛び、土煙が舞い上がる。

 

「……!」

 

 イリスの瞳が、わずかに見開かれた。

 

「速いですね……!」

 

「この一年、俺も何もしていなかったわけではない」

 

 セヴェルは静かに答えた。

 

 直後。

 

 彼は拳を引くと同時に、反対の手を突き出した。

 

「水神の斬刃!」

 

 至近距離から放たれる黒い水刃。

 

 イリスは身体をひねり、聖剣でそれを切り払う。

 

 だが、その瞬間にはセヴェルが再び距離を詰めていた。

 

 拳。

 

 水刃。

 

 蹴り。

 

 さらに、足元から噴き上がる黒い水。

 

 近距離と遠距離を組み合わせた、途切れることのない連続攻撃。

 

「おいおいおい……!」

 

 ユーリが目を見開いた。

 

「あいつ、あんな戦い方までできんのかよ!?」

 

「……厄介だな」

 

 プレヒトが呟く。

 

「近づけば身体強化による攻撃。離れれば高威力の水魔法……」

 

「しかも、攻撃の切り替えが速いねぇ」

 

 ウォーロッドも感心したように頷いた。

 

 その間にも、二人の攻防は続いていた。

 

 セヴェルが拳を振るう。

 

 イリスが聖剣で受け流す。

 

 直後、彼女の背後に複数の光剣が現れた。

 

 光剣が一斉に射出される。

 

「……!」

 

 セヴェルは黒い水を展開し、その軌道を逸らした。

 

 しかし、すべては防ぎきれない。

 

 一本の光剣が、彼の肩を掠めた。

 

 赤い線が走る。

 

 だが。

 

 黒い水が傷口へ集まると、その傷は瞬く間に塞がっていった。

 

「……再生までできるのかよ!」

 

 ダンが驚きの声を上げる。

 

「しかも、あの速さで……!」

 

 ミナも目を丸くしていた。

 

 セヴェルは肩を軽く回す。

 

「……やはり、面白い」

 

 その目には、先ほどまでとは異なる熱が宿っていた。

 

「ここまで対応されるとはな」

 

 イリスは穏やかに微笑む。

 

「セヴェルさんも、素晴らしいです」

 

「……まだ終わらんぞ」

 

「はい」

 

 イリスは聖剣を構え直した。

 

「私も、まだまだ戦えますから」

 

 その言葉に、セヴェルはわずかに目を細めた。

 

 そして、再び地面を蹴った。

 

――――――――――

 

第四幕 決着

 

 黒い水が、草原を駆け巡る。

 

 セヴェルの身体は、先ほどまでとは比較にならない速度で動いていた。

 

 水神の神衣。

 

 それは単なる身体強化ではない。

 

 全身を流れる黒い水が動きを補助し、攻撃の威力を高め、受けた衝撃を分散させる。

 

 さらに、滅神魔法による再生能力も健在。

 

 まさしく、攻防一体の強化魔法だった。

 

 しかし。

 

 その猛攻を受けながらも、イリスの動きは乱れなかった。

 

 迫る拳を受け流す。

 

 足元から噴き上がる水刃を斬る。

 

 背後から迫る水流には、光剣を放って対処する。

 

 そして、わずかな隙を見つければ、迷わず反撃へ転じた。

 

 キィンッ!!

 

 聖剣が閃く。

 

 セヴェルの腕を覆っていた黒い水が、切り裂かれた。

 

「……っ!」

 

 セヴェルは後退する。

 

 しかし、イリスは追撃を緩めない。

 

 地面を蹴り、一気に距離を詰める。

 

 セヴェルが水刃を放つ。

 

 イリスはそれを斬り払い、さらに踏み込んだ。

 

 鋭い一閃。

 

 セヴェルは身をひねって回避する。

 

 だが、次の瞬間。

 

 彼の退路に、三本の光剣が突き立った。

 

「……!」

 

 動きが制限される。

 

 そこへ、イリスの聖剣が迫った。

 

 セヴェルは咄嗟に黒い水を噴出し、身体を横へ押し出した。

 

 紙一重。

 

 聖剣が、彼の目前を通り過ぎる。

 

「……危ないところだった」

 

 セヴェルは小さく息を吐いた。

 

 そして、改めて理解する。

 

 目の前の少女は、ただ魔力が強大なだけではない。

 

 剣技。

 

 判断力。

 

 間合いの管理。

 

 そして、複数の魔法を同時に扱う技術。

 

 そのすべてが、恐ろしく高い水準にあった。

 

 だが。

 

 セヴェルは退かなかった。

 

「……ならば」

 

 彼の周囲に、黒い水が集まる。

 

「これならどうだ」

 

 地面を覆っていた水流が、巨大な渦となって立ち上がった。

 

 同時に、無数の高圧水刃が渦の内部に形成される。

 

 そして、セヴェル自身も神衣を維持したまま、イリスへ向かって駆け出した。

 

「水神の激流!」

 

 巨大な黒い水の奔流。

 

 その内部に潜む、無数の水刃。

 

 さらに、身体強化による高速接近。

 

 遠距離と近距離を組み合わせた、セヴェルの全力の攻撃だった。

 

「……!」

 

 イリスは聖剣を構えた。

 

 金色の瞳が、魔力の流れを捉える。

 

 水流の動き。

 

 刃の位置。

 

 そして、セヴェル自身の軌道。

 

 そのすべてを見極める。

 

 次の瞬間。

 

 イリスが踏み込んだ。

 

 聖剣が、黒い水を切り裂く。

 

 巨大な奔流が左右へ割れた。

 

 同時に、彼女の周囲へ光剣が展開される。

 

 迫る水刃を迎撃しながら、イリスは一気に前進した。

 

「……何っ!?」

 

 セヴェルの目が見開かれる。

 

 自分の攻撃を突破してくる。

 

 しかも、速度が落ちていない。

 

 彼は即座に拳を振り抜いた。

 

「水神の鉄拳!」

 

 黒い魔力をまとった拳。

 

 だが。

 

 イリスは身体をわずかに沈め、その一撃を回避した。

 

 そして。

 

 踏み込んだ足を軸に、身体を回転させる。

 

 聖剣が、鮮やかな弧を描いた。

 

 セヴェルの腕を覆う黒い水が切り裂かれる。

 

 その直後。

 

 彼の喉元で、聖剣の切っ先が止まった。

 

「…………」

 

 セヴェルの動きが止まる。

 

 黒い水が、ゆっくりと地面へ落ちていった。

 

 イリスは穏やかに微笑む。

 

「……私の勝ち、ですね」

 

 セヴェルは、しばらく黙っていた。

 

 そして。

 

「……ああ」

 

 ゆっくりと両手を下ろした。

 

「俺の負けだ」

 

 その言葉と同時に、全身を覆っていた黒い水が消えていく。

 

 メイビスが片手を上げた。

 

「そこまで!」

 

 そして、声を張り上げる。

 

「勝者、イリス・アストレア!」

 

 模擬戦は、終わった。

 

――――――――――

 

終幕 新たな妖精

 

 静寂。

 

 戦いが終わったというのに、観戦していた魔導士たちは誰も声を上げなかった。

 

 目の前に広がる光景。

 

 切り裂かれた草原。

 

 水流によって削られた地面。

 

 そして、その中心に立つ二人の魔導士。

 

「…………」

 

 新人の一人が、呆然と呟いた。

 

「……なあ」

 

「……なんだよ」

 

「俺たちと……同じ魔導士、なんだよな?」

 

「……たぶん」

 

「たぶんってなんだよ……」

 

 誰かが、乾いた笑いを漏らした。

 

「……こんなに強い魔導士が、この世にいるのかよ……」

 

 その言葉に、誰も反論できなかった。

 

 ダンが、ぽつりと呟く。

 

「……俺、今まで自分のこと結構強いと思ってたんだけどよ」

 

「……私も」

 

 ミナが頷いた。

 

「……世界って、広いんだな」

 

「……うん」

 

 そのとき。

 

「ははっ!」

 

 ユーリが笑った。

 

「すげえだろ、あいつら!」

 

 新人たちが振り返る。

 

「イリスが強えのは知ってたけどよ! セヴェルもとんでもねえ奴だったな!」

 

「……ああ」

 

 プレヒトが静かに頷く。

 

「水の滅神魔法だけでも厄介だというのに、身体強化まで使いこなすとはな」

 

「ふふっ。あれほどの魔導士が、仲間になるかもしれないんだねぇ」

 

 ウォーロッドが微笑む。

 

 その言葉に、新人たちは再び戦場へ目を向けた。

 

 そこでは、イリスが聖剣を鞘へ収めていた。

 

「ありがとうございました、セヴェルさん」

 

 イリスが丁寧に頭を下げる。

 

「とても勉強になりました」

 

「……こちらこそだ」

 

 セヴェルは静かに答えた。

 

「お前の強さについて、まだまだ知らないことが多いとわかった」

 

「ふふっ。そうでしょうか?」

 

「……まったく」

 

 セヴェルは小さく息を吐いた。

 

 そして。

 

「……ふっ」

 

 その口元が、わずかに緩んだ。

 

 ほんの一瞬。

 

 本当に小さな笑みだった。

 

 けれど。

 

 それは、勝敗の分析でも、研究対象への興味でもなかった。

 

 ただ純粋に。

 

 目の前の少女との戦いが、楽しかった。

 

 そんな笑みだった。

 

 その様子を。

 

 メイビスは、しっかりと見ていた。

 

「……ふふっ」

 

 彼女もまた、小さく笑う。

 

 そして。

 

「決めました!」

 

 元気よく声を上げた。

 

 イリスとセヴェルが振り返る。

 

「メイビスさん?」

 

「セヴェルさん!」

 

 メイビスは二人のもとへ駆け寄った。

 

「あなたの加入を認めます!」

 

「……ほう」

 

 セヴェルが眉を上げる。

 

「もう判断できたのか?」

 

「はい!」

 

 メイビスは力強く頷いた。

 

「あなたがどれほど強い魔導士なのかも、どんな戦い方をするのかも、よくわかりました!」

 

 そして、にっこりと微笑む。

 

「でも、最後に一番大切なものを見せてもらえましたから!」

 

「……一番大切なもの?」

 

「はい!」

 

 メイビスは、まっすぐにセヴェルを見つめた。

 

「あなたが、心から楽しそうに笑ったところです!」

 

「…………」

 

 セヴェルは目を瞬かせた。

 

「……そんなことで決めるのか?」

 

「そんなことじゃありません!」

 

 メイビスは胸を張った。

 

「妖精の尻尾は、強い魔導士を集めるためだけのギルドじゃありません!」

 

 そして、イリスへ視線を向ける。

 

「みんなで笑って、助け合って、一緒に歩いていく場所なんです!」

 

 イリスが穏やかに微笑んだ。

 

「ふふっ。そうですね」

 

 メイビスは再びセヴェルを見た。

 

「だから、セヴェルさん!」

 

 小さな手を差し出す。

 

「これからは、私たちと一緒に笑いませんか?」

 

 セヴェルは、その手を見つめた。

 

 しばらく、何も言わなかった。

 

 やがて。

 

「……ふっ」

 

 再び、小さく笑う。

 

「まったく、変わったギルドだ」

 

 そして、差し出された手を握った。

 

「……よろしく頼む」

 

「はいっ!」

 

 メイビスが満面の笑顔を浮かべた。

 

「ようこそ、妖精の尻尾へ!」

 

 その瞬間。

 

 観戦していた魔導士たちから、大きな歓声が上がった。

 

「おおおおおっ!!」

 

「新しい仲間だ!!」

 

「水神がうちのギルドに!?」

 

「すげえことになったな!!」

 

 ユーリも、腕を組んで笑っていた。

 

「……まあ、仕方ねえか!」

 

「随分とあっさり認めたな」

 

 プレヒトが呆れたように言う。

 

「うるせえ! あんな戦い見せられたら、文句も言えねえだろ!」

 

「……それとこれとは別の話だ」

 

「細けえこと言うなよ!」

 

 その隣で、ウォーロッドが楽しそうに笑う。

 

「ふふっ。また賑やかになりそうだねぇ」

 

 やがて、一行はギルドへ戻った。

 

 そして。

 

 セヴェル・アクエリスは、新たなギルドマークを刻むことになった。

 

「色と場所は、好きなところを選んでください!」

 

 メイビスが嬉しそうに告げる。

 

 セヴェルは少し考えた。

 

「……では、右肩に」

 

「色はどうしますか?」

 

「……黒で頼む」

 

「わかりました!」

 

 メイビスが頷く。

 

 そして、セヴェルの右肩に、妖精の尻尾の紋章が刻まれた。

 

 黒いギルドマーク。

 

 かつてブルースカルの両腕と呼ばれた男が、新たな居場所を得た証だった。

 

 セヴェルは、その紋章を静かに見つめた。

 

「……妖精の尻尾、か」

 

 その声には、どこか不思議な響きがあった。

 

「ふふっ。これからよろしくお願いしますね、セヴェルさん」

 

 イリスが微笑む。

 

「……ああ」

 

 セヴェルは頷いた。

 

「こちらこそ、よろしく頼む」

 

 こうして。

 

 妖精の尻尾に、新たな仲間が加わった。

 

 水の滅神魔導士。

 

 水神、セヴェル・アクエリス。

 

 その加入によって、妖精の尻尾はさらに大きな力を手にすることになる。

 

 そして、この日。

 

 模擬戦を目撃した魔導士たちは、誰もが同じことを感じていた。

 

 ――とんでもないものを見た。

 

 妖精の聖剣と、水神。

 

 二人の戦いは、彼らの記憶に深く刻まれることとなった。

 

 ――第46話 完――

 




【こそこそ妖精話】

~水神の本音~

 夕暮れの妖精の尻尾。

 昼間の騒がしさも落ち着き、ギルドの中には穏やかな時間が流れていた。

 セヴェルは椅子に腰掛け、右肩に刻まれた黒いギルドマークを眺めていた。

「……不思議なものだな」

「何がですか?」

 声をかけたのは、隣の席に座っていたイリスだった。

「昨日まで、俺はこのギルドとは何の関係もない人間だった」

「そうですね」

「それが、たった一日で仲間になっている」

「ふふっ。妖精の尻尾らしいと思いますよ」

「……そうかもしれんな」

 セヴェルは小さく息を吐いた。

 そして、ふとイリスへ視線を向ける。

「……一つ、聞いてもいいか」

「はい。何でしょう?」

「お前は、なぜあれほど強い?」

 イリスは少し考えた。

「……そうですね。たくさん努力して、たくさん戦ってきたからでしょうか」

「……それだけか?」

「もちろん、それだけではないと思います。でも、私一人の力で強くなれたわけではありませんから」

 イリスは穏やかに微笑んだ。

「私に色々なことを教えてくださった方々のおかげでもあります」

「……なるほど」

 セヴェルは静かに頷いた。

 しばらくの沈黙。

 やがて、彼は再び口を開いた。

「……俺は、魔法というものを研究する対象として見てきた」

「はい」

「より高度な術式。より効率的な魔力運用。より強力な魔法……そうしたものを追い求めてきた」

 セヴェルは自分の手を見つめた。

「今日の模擬戦も、最初はお前の魔法を確かめるつもりだった」

「そうだったんですね」

「だが……途中から、そんなことを考える余裕がなくなった」

 イリスが首を傾げる。

「……?」

「ただ、お前に一撃を届かせたい。そればかり考えていた」

 セヴェルは小さく息を吐いた。

「……結局、一撃も当てられなかったがな」

「ふふっ。でも、簡単な勝負ではありませんでしたよ?」

「……ほう?」

「特に、水神の神衣を使われてからは驚きました。あれほど自然に近距離と遠距離の攻撃を組み合わせられるとは思っていませんでしたから」

「……それでも、すべて防がれたがな」

「私も集中していましたから。少し判断が遅れていたら、一撃くらいはいただいていたかもしれません」

「……なるほど」

 セヴェルは静かに頷いた。

「それに、今回は模擬戦でしたからね。お互いに使わなかった手もありますし」

「……確かにな」

 セヴェルは小さく笑った。

「次に手合わせするときは、もう少し驚かせてみせよう」

「ふふっ。楽しみにしていますね」

 イリスが微笑む。

 その表情を見て、セヴェルは再び口を開いた。

「……不思議なものだ」

「何がですか?」

「負けたというのに、妙に気分がいい」

 セヴェルは、昼間の戦いを思い返した。

 次々と繰り出した魔法。

 それらを突破してくる聖剣。

 攻撃が通じないとわかっても、次の手を考えることが楽しかった。

「……いつの間にか、勝敗のことさえ忘れかけていた」

「ふふっ。私も楽しかったですよ」

「……そうか」

「はい。セヴェルさんの魔法は、とても興味深かったです。次はどんな攻撃が来るのだろうって、私も楽しみにしていました」

「…………」

 セヴェルは少し驚いたように目を瞬かせた。

 そして。

「……なるほどな」

 静かに頷く。

「だから、あのとき笑ってしまったのか」

 それは、研究者としての好奇心だけではなかった。

 魔導士として、純粋に戦いを楽しむ気持ち。

 いつの間にか忘れかけていた感覚を、今日の模擬戦が思い出させてくれたのだ。

「これからは、もっと楽しいことが増えると思いますよ」

 イリスが言った。

「……そうなのか?」

「はい。妖精の尻尾ですから」

 そのとき。

「ユーリ!! また何をやっている!!」

「うるせえ!! ちょっと試しただけだろ!!」

 ギルドの奥から、プレヒトとユーリの声が響いてきた。

「…………」

 セヴェルは無言で声のする方を見つめた。

 イリスは、くすりと笑う。

「……ふふっ」

 セヴェルは小さく息を吐いた。

「……なるほど。退屈はしなさそうだ」

 その口元には、また小さな笑みが浮かんでいた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。
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