X690年
第一幕 一年後の妖精たち
マグノリアの街に、穏やかな朝が訪れていた。
柔らかな日差しが石畳を照らし、通りには商人たちの威勢のよい声が響いている。
街の一角に建つ魔導士ギルド『妖精の尻尾』。
その扉の向こうでは、今日も賑やかな一日が始まろうとしていた。
「おーい! 誰か俺と一緒に仕事行かねえか!」
依頼掲示板の前で、ユーリが声を張り上げる。
「またお前か。昨日も同じことを言っていただろう」
書類を整理していたプレヒトが、呆れたように顔を上げた。
「昨日は昨日! 今日は今日だろ!」
「少しは落ち着け」
「お前はもう少し元気出せよ!」
「……余計なお世話だ」
いつものやり取りに、周囲から笑い声が上がった。
かつて、わずか五人で始まった小さなギルド。
それが今では、依頼掲示板の前に人だかりができるほどの賑わいを見せている。
新たな仲間が増え、依頼の数も増えた。
街の人々から声をかけられることも珍しくない。
そして――。
「イリス。少しいいかね」
「……はい?」
ギルドの片隅で紅茶を飲んでいたイリス・アストレアは、聞き慣れた声に顔を上げた。
そこに立っていたのは、銀髪の魔導士、セヴェル・アクエリスだった。
かつてブルースカルの両腕として恐れられた、水の滅神魔導士。
そんな彼が妖精の尻尾に加入してから、すでに一年が経過している。
今ではギルドの一員として依頼をこなし、空いた時間には魔法の研究に没頭する日々を送っていた。
「以前から頼んでいる件なのだが」
「お断りします」
「……まだ何も言っていない」
「何を言われるのか、わかっていますから!」
イリスは即答した。
セヴェルはわずかに眉を動かす。
「君の魔力構造は、通常の魔導士とは明らかに異なっている。詳しく調べれば、非常に興味深い結果が得られるはずだ」
「魔力を調べるだけなら、まだわかりますけど……」
「無論、それだけでは不十分だ。血液も少量採取できれば、より正確な分析が――」
「嫌です!」
ぴしゃり。
イリスはきっぱりと言い切った。
「君自身の身体について知ることにもつながるのだが」
「それでも嫌なものは嫌です!」
「……残念だ」
セヴェルは本当に残念そうだった。
その様子を近くで見ていたユーリが、腹を抱えて笑い始める。
「はははっ! また振られてやんの!」
「……ユーリ。別にそういう話ではない」
「わかってるって! でも、お前も懲りねえな!」
「研究に必要な資料を求めることは、何ら不自然ではない」
「相手が嫌がってんだから諦めろよ!」
「……それも理解している」
そう言いながらも、セヴェルの視線は再びイリスへ向けられた。
「ちなみに、髪の毛なら――」
「それも嫌です!」
「……そうか」
「もうっ!」
イリスが頬を膨らませると、ギルド中に笑い声が広がった。
そんな光景を、メイビス・ヴァーミリオンは楽しそうに眺めていた。
「ふふっ。今日も賑やかですね!」
彼女は机に積まれた魔導書の一冊を手に取り、ぱらぱらとページをめくる。
「あっ、そうでした!」
何かを思い出したように、少し離れた本棚へ視線を向けた。
次の瞬間。
メイビスの手元の空間が、ふわりと揺らいだ。
小さな光が瞬き、棚に置かれていた一冊の魔導書が、その手の中へ現れる。
「よしっ! 成功です!」
「おおっ!」
ユーリが目を丸くした。
「また腕を上げたんじゃねえか、メイビス!」
「はい! 最近は、このくらいならほとんど失敗しなくなりました!」
メイビスは嬉しそうに胸を張る。
イリスも感心したように微笑んだ。
「すごいですね、メイビスさん。以前よりずっと安定しています」
「えへへっ! ありがとうございます!」
「しかし、空間そのものに干渉するとは……」
セヴェルが興味深そうに目を細めた。
「実に面白い魔法だ。通常の転移魔法とも少々原理が異なるようだな」
「そうなんです! まだまだ研究中ですけど、応用できることがたくさんありそうで!」
「……一度、詳しく話を聞かせてもらいたいものだ」
「もちろんです!」
メイビスは満面の笑みを浮かべた。
その隣で、イリスが小さく息を吐く。
「……メイビスさんには普通に研究の相談をするんですね」
「君の場合は、身体そのものが研究対象だからな」
「だから嫌なんです!」
再び笑い声が響いた。
そんな二人を眺めながら、ウォーロッドが穏やかに笑う。
「ふふっ。本当に賑やかになったね」
「ああ。昔とは大違いだな」
プレヒトも、どこか満足そうに頷いた。
一年前と比べても、ギルドは確実に成長していた。
所属する魔導士たちの実力も、依頼の規模も、街での評判も。
すべてが少しずつ積み重なっている。
イリスは紅茶を一口飲み、窓の外へ目を向けた。
異世界へ帰る方法。
その手がかりを探すことを、今も諦めたわけではない。
この一年も、各地の文献や古い魔法について調べ続けてきた。
けれど、目立った進展はなかった。
それでも。
こうして仲間たちと過ごす日々が、以前にも増して大切に感じられるようになっていた。
「イリスさん!」
メイビスが元気よく呼びかける。
「今日のお昼、一緒に食べませんか?」
「ふふっ。もちろんです」
「やったー!」
嬉しそうに笑うメイビス。
イリスも自然と笑顔になる。
――こんな日々が、ずっと続けばいい。
その時のイリスは、心からそう思っていた。
――――――――――
第二幕 突然の帰還
昼を少し過ぎた頃。
ギルド内には、相変わらず賑やかな声が響いていた。
「だから、それは俺の依頼だって!」
「早い者勝ちだろうが!」
「お前、昨日も同じ依頼受けてただろ!」
依頼掲示板の前では、若い魔導士たちが仕事を巡って言い争っている。
もっとも、本気で喧嘩をしているわけではない。
そんな光景も、今ではすっかり日常の一部だった。
「まったく、元気ですねぇ」
メイビスが苦笑する。
「ふふっ。いいことではありませんか」
イリスはそう答えながら、手元の書類を整理していた。
その時だった。
――バンッ!!
ギルドの扉が、勢いよく開かれた。
「た、大変だ!!」
飛び込んできたのは、見知らぬ若い男性だった。
額には汗が浮かび、息を切らしている。
「ここが……妖精の尻尾で、間違いないか!?」
「そうですけど……どうしたんですか?」
エマが立ち上がる。
男性は振り返り、扉の外へ叫んだ。
「こっちだ! 早く!」
続いて、二人の男性が担架を運び込んできた。
その上に横たわっていたのは――。
「…………え?」
エマの声が震えた。
見覚えのある服。
見覚えのある顔。
しかし、その身体は血に染まり、至るところに傷が刻まれていた。
「……ダン?」
誰かが呟いた。
次の瞬間。
「ダン!?」
ギルド中に悲鳴のような声が響いた。
「おい、どうしたんだよ!?」
「何があった!?」
「しっかりして!」
魔導士たちが一斉に駆け寄る。
だが、ダンは反応しない。
顔色は青白く、呼吸もひどく浅かった。
右腕は不自然な方向に曲がり、衣服の下には深い傷がいくつも見える。
そして、担架の下には血が滴っていた。
「……っ!」
イリスが息を呑む。
金色の瞳に、ダンの身体を巡る魔力が映った。
その流れはひどく乱れ、今にも途切れてしまいそうだった。
「皆さん、下がってください!」
イリスが声を張り上げる。
「セヴェルさん!!」
「……見えている」
すでにセヴェルは動いていた。
担架の傍らに膝をつき、ダンの身体を素早く確認する。
首筋に指を当て、呼吸を確かめる。
そして、傷口へ目を向けた。
「……ひどいな」
その声は、普段と変わらず静かだった。
しかし、表情からは笑みが消えていた。
「イリス。そこの机を空けてくれ」
「はい!」
「プレヒト。清潔な布と水を用意してほしい」
「わかった!」
「ウォーロッド。周囲に人を近づけないようにしてくれ」
「任せて!」
次々と指示が飛ぶ。
普段は研究に没頭しているセヴェルが、迷いなく治療の準備を整えていく。
「……メイビス」
ユーリが小さく呼びかけた。
しかし、返事はなかった。
メイビスは担架の上のダンを見つめたまま、立ち尽くしていた。
「……ダン、さん?」
かすれた声が漏れる。
いつも元気に挨拶してくれる仲間。
依頼を終えれば、笑顔で帰ってくる仲間。
そのダンが、目の前で血まみれになっている。
「……どうして……」
メイビスの小さな手が震えた。
そんな彼女の肩に、イリスがそっと手を置く。
「メイビスさん」
「……イリスさん」
「今は、セヴェルさんを信じましょう」
イリスは真剣な表情で告げた。
「きっと、助けてくれます」
メイビスは唇を噛みしめた。
そして、小さく頷く。
「……はい」
その間にも、セヴェルは治療を開始していた。
「……少々、厄介だな」
彼の周囲に、黒い水が浮かび上がる。
それは通常の水魔法とは明らかに異なる、深い闇を宿した魔力の水だった。
水の滅神魔法。
かつてイリスを相手に、驚異的な再生治癒能力を見せた魔法。
今、その力が仲間を救うために使われようとしていた。
「……死なせはせん」
セヴェルが静かに告げる。
黒い水が、ダンの身体を優しく包み込んだ。
――――――――――
第三幕 水神の治癒
ギルド内から、笑い声が消えていた。
聞こえるのは、セヴェルの魔法が発する微かな水音だけ。
黒い水がダンの身体を覆い、傷口へと染み込んでいく。
裂けた皮膚が少しずつ塞がり、折れた骨が元の位置へ戻されていく。
しかし、その進みは決して速くなかった。
「……出血が多すぎる」
セヴェルが呟く。
「内臓にも損傷がある。先にそちらを修復する」
額に汗が浮かんでいた。
普段、どれほど激しい戦闘でも冷静さを崩さない男が、今は一切の余裕を見せていない。
「セヴェルさん……」
イリスが声をかける。
「何か、私にできることはありますか?」
「……今はない。私の魔法に集中させてくれ」
「……わかりました」
イリスはそれ以上、何も言わなかった。
ただ、金色の瞳でダンの魔力の流れを見守る。
乱れていた魔力が、少しずつ安定していく。
しかし、まだ危険な状態であることに変わりはない。
時間が流れる。
十分。
二十分。
三十分。
誰も口を開かなかった。
ユーリは拳を握りしめたまま、壁際に立っている。
プレヒトは険しい表情で治療を見守り、ウォーロッドは不安そうな仲間たちを落ち着かせていた。
エマは両手を胸の前で組み、祈るように目を閉じている。
そして、メイビス。
彼女はダンの傍から、一歩も動こうとしなかった。
やがて。
「…………ふぅ」
セヴェルが長く息を吐いた。
黒い水が、ゆっくりと消えていく。
「……ひとまず、峠は越えた」
「……っ!」
メイビスが顔を上げる。
「本当ですか!?」
「ああ。命に別状はない」
その言葉を聞いた瞬間。
「……よかった……!」
エマがその場に座り込んだ。
周囲からも、安堵の声が漏れる。
ユーリは大きく息を吐き、壁に背中を預けた。
「……ったく。心配させやがって……」
プレヒトも目を閉じる。
「……助かったか」
「うん……本当によかった」
ウォーロッドが微笑んだ。
イリスも胸を撫で下ろす。
「ありがとうございます、セヴェルさん」
「……礼には及ばん」
セヴェルは立ち上がりながら答えた。
「私もこのギルドの一員だからな」
その言葉に、イリスは小さく微笑んだ。
「……そうですね」
しかし、セヴェルはすぐに表情を引き締める。
「ただし、完全に回復したわけではない。損傷が激しかったため、しばらくは安静が必要だ」
「はい!」
「それと……」
セヴェルはダンの傷跡へ視線を落とした。
「……随分と、執拗に攻撃されたようだな」
その一言で、ギルド内の空気が変わった。
「……どういう意味だ?」
ユーリが低い声で尋ねる。
「傷の状態から判断する限り、単に戦闘で敗れたというだけでは説明がつかん」
セヴェルは淡々と続ける。
「抵抗できなくなった後にも、何度か攻撃を受けている可能性が高い」
「…………は?」
ユーリの声が震えた。
「……ふざけんなよ」
拳が、ぎりっと音を立てる。
「そんなことまでしやがったのか……!」
プレヒトも険しい表情を浮かべた。
「……相手は誰だ」
その声に、ダンを運んできた男性がびくりと肩を震わせた。
「あ、あの……」
全員の視線が集まる。
「俺たちは、隣町の商人なんです。ダンさんには、荷物の護衛をお願いしていて……」
男性は震える声で話し始めた。
ダンは依頼を受け、商人たちと共に街道を進んでいた。
途中の町で休憩を取った際、別の魔導士たちと揉め事になったという。
「最初は、本当に些細なことだったんです……」
男性は俯いた。
「向こうの魔導士が、うちの荷物を勝手にどかそうとして……ダンさんが注意したんです」
それだけだった。
しかし、相手は激怒した。
自分たちに逆らったことが気に入らなかったらしい。
「ダンさんは、何度も話し合おうとしていました。でも……」
男性の声が詰まる。
「相手が、いきなり魔法を使って……!」
ダンも応戦した。
しかし、相手の実力は桁違いだった。
瞬く間に追い詰められ、倒された。
それでも相手は攻撃をやめなかったという。
「……俺たちが必死に止めたんです。でも、あいつらは笑っていて……!」
男性は拳を握りしめた。
「最後には、こんなことを……」
その声が震える。
「『妖精の尻尾なんて、所詮は田舎の小さなギルドだろう』って……!」
沈黙。
ギルド内に、重苦しい沈黙が落ちた。
「……どこのギルドだ」
プレヒトが尋ねた。
男性は、ゆっくりと顔を上げる。
「……黒獅子の牙、です」
その名前に、何人かの魔導士が息を呑んだ。
「黒獅子の牙……?」
ウォーロッドが眉をひそめる。
「聞いたことがあるよ。フィオーレでも有数の大きなギルドだ」
「ああ……」
プレヒトが頷いた。
「高難度の依頼を数多くこなしている名門だ。だが、所属魔導士の素行が悪いという噂もある」
「……その通りです」
男性が答えた。
「今回、ダンさんを襲ったのは……そのギルドでも、特に強い魔導士だそうです」
「……どれほどだ?」
「詳しくはわかりません。でも、町の人たちは……S級クラスの実力者だと……」
ユーリが舌打ちした。
「……そんな奴が、ダン相手に本気で魔法を使ったってのかよ」
誰も答えなかった。
答える必要など、なかった。
そして。
「…………許せません」
小さな声が響いた。
メイビスだった。
――――――――――
終幕 メイビスの決断
「……メイビス?」
ユーリが振り返る。
メイビスは、眠っているダンの傍らに立っていた。
その小さな手は、固く握りしめられている。
「……ダンさんは、ただ依頼をこなしていただけなんですよね?」
男性が頷いた。
「は、はい……」
「誰かを傷つけようとしたわけでも、喧嘩を売ったわけでもないんですよね?」
「……はい」
メイビスは俯いた。
「……なのに」
声が震える。
「……なのに、どうして……こんな目に遭わなければならないんですか……!」
その言葉に、誰も何も言えなかった。
いつも明るく、無邪気に笑っている少女。
どんな時でも仲間たちを励まし、ギルドの未来を楽しそうに語っていた少女。
そのメイビスが、今は怒っていた。
心の底から。
「……私は、許せません」
メイビスが顔を上げる。
その瞳には、涙が浮かんでいた。
しかし、決して目を逸らそうとはしなかった。
「ダンさんは、私たちの大切な仲間です」
一人ひとりを見渡す。
「ここにいる皆さんも、同じです」
エマ。
ユーリ。
プレヒト。
ウォーロッド。
セヴェル。
そして、イリス。
「……私は、このギルドを作って、本当によかったと思っています」
メイビスは続けた。
「皆さんと出会えて、一緒に笑って、一緒に頑張って……」
声が少しだけ震える。
「……そんな大切な場所を、こんな形で傷つけられるなんて……!」
小さな拳が、ぎゅっと握られた。
イリスは、静かにメイビスを見つめていた。
その胸の内にある怒りは、痛いほど理解できた。
自分も同じだったから。
「……メイビスさん」
イリスが口を開く。
「私も、許せません」
メイビスが振り返る。
「ダンさんは、私たちの仲間です」
イリスは静かに続けた。
「その仲間を、理由もなく傷つけた人たちがいるのなら……きちんと責任を取ってもらうべきだと思います」
「……はい」
メイビスは頷いた。
そして、深く息を吸う。
「……皆さん」
ギルド内の視線が、彼女へ集まった。
「私は、黒獅子の牙へ行こうと思います」
ざわり。
周囲がどよめく。
「おう! 当然だろ!」
真っ先に声を上げたのはユーリだった。
「俺も行くぜ! あいつらにきっちり落とし前つけさせてやる!」
「……待て、ユーリ」
プレヒトが静かに制する。
「相手は大規模なギルドだ。感情だけで動くわけにはいかん」
「わかってるよ! でもよ……!」
「……私も、怒っている」
プレヒトが低い声で告げた。
ユーリが目を見開く。
「だからこそ、何をするべきか考える必要がある」
ウォーロッドも頷いた。
「そうだね。でも、何もしないわけにはいかないよ」
「……はい」
メイビスは、二人の言葉を受け止めた。
「まずは、直接会って話をします」
その声には、強い意志が宿っていた。
「ダンさんへの謝罪と、今回の事件についての説明を求めます」
そして、少しだけ目を細める。
「……それを拒むというのなら、その時は……」
言葉は、最後まで続かなかった。
けれど、その場にいた全員が理解していた。
メイビスが、どれほど本気なのかを。
「……ただし」
メイビスは、ギルド内を見渡した。
「全員で行くわけにはいきません」
そして、眠っているダンへ視線を向ける。
「ダンさんは、まだ安静が必要です。それに……私たちが留守の間、ここを守る人も必要ですから」
エマが顔を上げた。
「……マスター」
「皆さんには、ダンさんと、このギルドを守っていてほしいんです」
メイビスは、まっすぐに告げた。
エマは少しだけ唇を噛みしめた。
そして、力強く頷く。
「……わかりました。こちらは任せてください!」
「ありがとうございます、エマさん!」
メイビスは小さく微笑んだ。
続いて、セヴェルへ向き直る。
「セヴェルさん」
「……何かね」
「ダンさんのことを、お願いできますか?」
セヴェルは、眠っているダンへ視線を向けた。
「……無論だ」
短い返事だった。
「彼はまだ経過観察が必要だからな。私がここに残るのが最も合理的だろう」
「……ありがとうございます」
「礼には及ばん」
セヴェルは静かに答える。
「それに……」
彼はギルド内を見渡した。
「万が一、ここへ敵が来たとしても、私がいれば問題あるまい」
その言葉に、ユーリがにやりと笑った。
「ははっ! 頼もしいじゃねえか!」
「……事実を述べただけだ」
「そういうところだよ、お前!」
ほんの少しだけ、ギルド内に笑いが戻った。
メイビスも小さく笑う。
しかし、すぐに表情を引き締めた。
「……イリスさん」
「はい」
「ユーリさん」
「おう!」
「プレヒトさん」
「……ああ」
「ウォーロッドさん」
「うん」
メイビスは、四人を見渡した。
天狼島で出会い、共に旅をし、ブルースカルと戦い、妖精の尻尾を創設した仲間たち。
あの日から、ずっと一緒だった。
「……私と一緒に、来ていただけますか?」
答えは、決まっていた。
「もちろんです」
イリスが微笑む。
「言われるまでもねえ!」
ユーリが拳を鳴らす。
「……異論はない」
プレヒトが頷く。
「僕も行くよ」
ウォーロッドが穏やかに答えた。
メイビスは、四人の顔を見渡した。
そして。
「……ありがとうございます」
深く、頭を下げた。
誰も、何も言わなかった。
ただ、静かに頷いた。
やがて、メイビスが顔を上げる。
「……行きましょう」
その言葉と共に、五人が歩き出した。
メイビス・ヴァーミリオン。
イリス・アストレア。
ユーリ・ドレアー。
プレヒト・ゲイボルグ。
ウォーロッド・シーケン。
かつて、天狼島で出会った五人。
妖精の尻尾を創設した、最初の仲間たち。
その五人が、再び肩を並べて歩いていく。
ギルドの扉が開かれた。
外には、穏やかな午後の日差しが広がっていた。
いつもと変わらない、マグノリアの街。
しかし、五人の胸にあるものは、いつもとは違っていた。
怒り。
悲しみ。
そして、大切な仲間を守りたいという、強い想い。
イリスは、隣を歩くメイビスへ視線を向けた。
小さな少女。
けれど、その背中は、今まで以上に頼もしく見えた。
「……メイビスさん」
「はい?」
「私たちは、いつでもあなたの味方です」
メイビスは一瞬、目を丸くした。
そして、柔らかく微笑む。
「……はい!」
その笑顔は、いつものメイビスだった。
けれど、瞳に宿る決意は、決して揺らいでいなかった。
五人は歩き続ける。
向かう先は、フィオーレ王国でも有数の名門ギルド。
黒獅子の牙。
その名を知らぬ魔導士は少ない。
強大な戦力を誇り、数多くの高難度依頼を成功させてきた、歴史あるギルド。
しかし、彼らはまだ知らなかった。
自分たちが傷つけた、たった一人の魔導士。
その一人のために、どれほどの者たちが立ち上がったのかを。
そして――。
妖精の尻尾というギルドが、何よりも大切にしているものを。
その日。
五人の妖精たちが、マグノリアを旅立った。
後に大きな抗争へと発展する事件は、こうして静かに動き始めたのだった。
――第47話 完――
【こそこそ妖精話】
~三人の魔法談義~
メイビス「プレヒトさん! セヴェルさん! ちょっと見てください!」
プレヒト「……今度は何だ?」
セヴェル「新しい術式でも完成したのかね?」
メイビス「はい! 空間魔法の術式を少し改良してみたんです!」
プレヒト「ほう……見せてみろ」
メイビス「これです!」
プレヒト「…………」
セヴェル「…………」
メイビス「どうですか?」
プレヒト「……待て。ここの魔力循環はどうなっている?」
メイビス「そこは座標の固定と同時に、余剰魔力を別の術式へ流しているんです!」
セヴェル「なるほど。だが、その方法では転移対象の質量が増えた場合、魔力消費が急激に増加するのではないか?」
メイビス「そうなんです! そこが今の課題なんですよ!」
プレヒト「……ならば、術式を二重にするのはどうだ?」
メイビス「二重に?」
プレヒト「ああ。座標の固定と対象の転移を別々に処理する。少なくとも術式の安定性は増すはずだ」
セヴェル「興味深い。しかし、それでは発動までに時間がかかる」
プレヒト「……確かにな」
セヴェル「私なら、座標の固定を術式の外側で行う」
メイビス「……あっ!」
プレヒト「……なるほど。そういう方法もあるか」
メイビス「それなら、魔力の負担を分散できますね!」
セヴェル「理論上は、な。実際に成立するかは検証が必要だが」
メイビス「ふふっ! やっぱり、お二人に相談して正解でした!」
プレヒト「……しかし、よくこんな術式を一人で考えたものだ」
セヴェル「同感だ。既存の空間魔法とは、発想そのものが異なる」
メイビス「えへへっ! ありがとうございます!」
プレヒト「……ところで、セヴェル」
セヴェル「何かね?」
プレヒト「以前から気になっていたのだが、お前の滅神魔法による再生治癒は、どのような原理なのだ?」
セヴェル「……ふむ。説明すると長くなるが、構わんか?」
メイビス「ぜひ聞きたいです!」
プレヒト「私も興味がある」
セヴェル「まず、通常の治癒魔法は損傷した組織の修復を促進するものが多い。しかし、私の魔法は――」
――それから三時間後。
ユーリ「……おい、イリス」
イリス「はい?」
ユーリ「あの三人、まだ話してんのか?」
イリス「……そうみたいですね」
ユーリ「昼飯も食ってねえぞ?」
イリス「……夢中なんでしょうね」
ユーリ「……なあ」
イリス「はい?」
ユーリ「俺たちが聞いても、絶対わかんねえ話だよな?」
イリス「……ふふっ。たぶん、そうですね」
その頃。
メイビス「……ということは、魔力の性質そのものを変化させれば……!」
プレヒト「いや、待て。それでは術式が崩壊する可能性がある」
セヴェル「ならば、魔力の流路を三つに分ければよい」
メイビス「なるほどー!!」
ユーリ「……おーい! 飯食わねえのかー!」
三人「「「今、いいところだから!」」」
ユーリ「…………」
イリス「……ふふっ」
ユーリ「……天才って、めんどくせえな」
【おしまい】
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。