妖精と聖剣使い   作:使い手なない

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第48話「黒獅子の牙」

 

第一幕 獅子の街

 

 マグノリアを出発してから、数日が経過した。

 

 フィオーレ王国の街道を進む五人の魔導士たちは、ようやく目的地を視界に捉えていた。

 

「……見えてきましたね」

 

 小高い丘の上で、メイビスが足を止める。

 

 その先には、堅牢な城壁に囲まれた大きな街が広がっていた。

 

 街道には荷馬車が行き交い、門の前には商人や旅人たちの列ができている。城壁の向こうには幾つもの尖塔が伸び、遠くからでも街の賑わいが伝わってきた。

 

 そして、街の中央。

 

 周囲の建物を圧するように、巨大な石造りの建造物がそびえ立っていた。

 

 黒い屋根に、重厚な外壁。

 

 正面には、牙を剥いた獅子の紋章が掲げられている。

 

「あれが黒獅子の牙か」

 

 ユーリが目を細めた。

 

「……でけえな」

 

「フィオーレでも有数の名門ギルドだからね」

 

 ウォーロッドが答える。

 

「街の発展にも、相当貢献しているんだろう」

 

「所属魔導士の数も多い。依頼の実績も豊富だ」

 

 プレヒトが続けた。

 

「実力者も相当数いるはずだ。油断はできんぞ」

 

「……はい」

 

 イリスは静かに頷いた。

 

 その金色の瞳には、街の中央から漂う幾つもの魔力の流れが映っていた。

 

 遠く離れたこの場所からでもわかる。

 

 あの建物には、相当な実力を持つ魔導士たちが集まっている。

 

「……なるほど」

 

 イリスが小さく呟く。

 

「確かに、名門と呼ばれるだけのことはありそうですね」

 

「おっ?」

 

 ユーリが振り返った。

 

「イリスがそう言うなら、相当なもんなんだろうな!」

 

「ふふっ。少なくとも、簡単な相手ではないと思います」

 

 イリスは穏やかに答えた。

 

 そんな四人のやり取りを聞きながら、メイビスは街を見つめていた。

 

 その表情は、いつになく真剣だった。

 

「……皆さん」

 

 彼女が振り返る。

 

「もう一度だけ、確認させてください」

 

 四人が視線を向けた。

 

「私たちは、戦争をしに来たわけではありません」

 

「……ああ」

 

 プレヒトが頷く。

 

「まずは事実関係の確認と、正式な謝罪。それが目的だな」

 

「はい」

 

 メイビスは静かに答えた。

 

「ダンさんは、まだベッドから起き上がることもできません。セヴェルさんが治療してくださらなかったら、どうなっていたかわからないんです」

 

 その言葉に、ユーリが拳を握りしめる。

 

「……あいつをあんな目に遭わせた野郎だけは、許せねえ」

 

「ユーリさん」

 

「わかってるよ」

 

 ユーリは小さく息を吐いた。

 

「勝手に暴れたりはしねえ。メイビスの指示に従う」

 

「ありがとうございます」

 

 メイビスは微笑んだ。

 

 そして、少しだけ表情を引き締める。

 

「ただし……」

 

 四人が彼女を見る。

 

「相手が力ずくで私たちを追い返そうとするなら、話は別です」

 

 その声には、静かな決意が込められていた。

 

「私たちの仲間を傷つけたことを、何とも思っていないのなら……私は、黙って帰るつもりはありません」

 

 イリスは、そんなメイビスを見つめていた。

 

 普段は明るく、好奇心旺盛で、少し子供っぽいところもある少女。

 

 けれど。

 

 大切なものを守ると決めた時の彼女は、誰よりも強い意志を持っている。

 

「……メイビスさん」

 

「はい?」

 

「私たちは、あなたについていきます」

 

 イリスは微笑んだ。

 

「ですから、遠慮なく指示してくださいね」

 

 メイビスは一瞬、目を丸くした。

 

 そして。

 

「……はい!」

 

 嬉しそうに頷いた。

 

「皆さん、よろしくお願いします!」

 

「おう!」

 

「……ああ」

 

「もちろんだよ」

 

 四人の返事が重なる。

 

 メイビスは再び街へ向き直った。

 

「それでは、行きましょう!」

 

 五人は丘を下り始めた。

 

 目指すは、黒獅子の牙。

 

 フィオーレ王国でも有数の名門魔導士ギルド。

 

 その巨大な門が、彼らを待ち受けていた。

 

――――――――――

 

第二幕 名門の矜持

 

 街へ入った五人は、黒獅子の牙がこの土地に与えている影響の大きさを、すぐに実感することになった。

 

 通りには黒い獅子の紋章を掲げた商店が並び、ギルド所属の魔導士たちが荷物の運搬や警備に従事している。

 

 広場では、魔物討伐から帰還したらしい一団が、住民たちから歓声を浴びていた。

 

「おおっ! すげえな!」

 

 ユーリが感心したように声を上げる。

 

「街の連中から、随分と慕われてるじゃねえか!」

 

「それだけ多くの依頼をこなしてきたんでしょうね」

 

 イリスが答えた。

 

「……悪いギルドというわけでは、なさそうです」

 

 ウォーロッドが呟く。

 

「うん。少なくとも、街の人たちにとっては頼りになる存在なんだろうね」

 

「だからこそ、厄介なんだ」

 

 プレヒトが静かに言った。

 

「長い歴史と実績があれば、それだけ組織への誇りも強くなる。だが、その誇りが行き過ぎれば……」

 

「……傲慢になる、ですか」

 

 メイビスが言葉を引き継いだ。

 

「そういうことだ」

 

 プレヒトは頷いた。

 

「もっとも、実際にどういうギルドなのかは、会ってみなければわからん」

 

「はい!」

 

 メイビスは前を向いた。

 

「先入観だけで判断するのは、よくありませんからね!」

 

 やがて、五人は巨大な建物の前へ到着した。

 

 黒獅子の牙。

 

 重厚な石壁。

 

 高くそびえる尖塔。

 

 そして、正面の巨大な扉には、牙を剥いた黒獅子の紋章が刻まれていた。

 

「……立派ですね」

 

 イリスが感心したように呟く。

 

「うちのギルドとは大違いだな!」

 

 ユーリが笑った。

 

「建物の大きさなら、完敗だね」

 

 ウォーロッドも苦笑する。

 

「……建物で勝負するつもりはないだろう」

 

 プレヒトが呆れたように言った。

 

 そんなやり取りの中、メイビスが扉へ近づく。

 

 入口には、二人の魔導士が立っていた。

 

「……止まれ」

 

 一人が声をかける。

 

「何の用だ?」

 

「こんにちは!」

 

 メイビスが明るく挨拶した。

 

「私たちはマグノリアの魔導士ギルド、妖精の尻尾の者です!」

 

「……妖精の尻尾?」

 

 男が眉をひそめた。

 

「最近、名前を聞くようになったギルドか」

 

「はい!」

 

「それで?」

 

「そちらのギルドマスターに、お話があって参りました」

 

 男たちは顔を見合わせた。

 

「……マスターに?」

 

「はい。所属魔導士の方が起こした傷害事件についてです」

 

 その瞬間。

 

 男たちの表情が、わずかに変わった。

 

「……なるほど」

 

 一人が低く呟く。

 

「少し待っていろ。確認する」

 

 男は建物の中へ入っていった。

 

 残されたもう一人は、五人を警戒するように見つめている。

 

 やがて。

 

「……入れ」

 

 戻ってきた男が扉を開いた。

 

「マスターがお会いになるそうだ」

 

「ありがとうございます!」

 

 メイビスが丁寧に頭を下げる。

 

 五人は建物の中へ足を踏み入れた。

 

 そこには、マグノリアの妖精の尻尾とは比較にならないほど広大な空間が広がっていた。

 

 高い天井。

 

 巨大な依頼掲示板。

 

 幾つもの受付窓口。

 

 そして、数え切れないほどの魔導士たち。

 

 酒場を兼ねた広間では、依頼帰りの魔導士たちが談笑していた。

 

「……すげえ人数だな」

 

 ユーリが小声で呟く。

 

「百人以上はいるんじゃないかな」

 

 ウォーロッドが周囲を見渡す。

 

「奥にも、相当数の魔力反応がありますね」

 

 イリスが静かに言った。

 

 その時。

 

「……妖精の尻尾?」

 

 広間の一角から、低い声が響いた。

 

 五人が振り返る。

 

 そこには、筋骨隆々とした大柄な男が立っていた。

 

 短く刈り込まれた髪。

 

 頬に走る古傷。

 

 そして、右肩に刻まれた黒い獅子の紋章。

 

 男は五人を見渡し、にやりと笑った。

 

「……へえ」

 

 その視線が、メイビスへ向けられる。

 

「わざわざ来たのかよ」

 

 メイビスの表情が変わった。

 

「……あなたは?」

 

「俺か?」

 

 男は笑った。

 

「ダンとかいう雑魚をぶっ倒した男だよ」

 

 沈黙。

 

 その場の空気が、一瞬で凍りついた。

 

「…………てめえ」

 

 ユーリの声が低くなる。

 

 男は楽しそうに笑った。

 

「なんだ? 仇討ちにでも来たのか?」

 

「……っ!」

 

 ユーリが一歩踏み出す。

 

 しかし。

 

「ユーリさん」

 

 メイビスの声が響いた。

 

 静かだった。

 

 けれど、逆らうことを許さない強さがあった。

 

「……まだです」

 

「……わかってるよ」

 

 ユーリは拳を握りしめたまま、足を止めた。

 

 メイビスは男へ向き直る。

 

「……あなたが、ダンさんを傷つけたんですね?」

 

「ああ。そうだ」

 

 男はあっさりと認めた。

 

「弱かったからな。ちょっと遊んでやっただけだ」

 

 その言葉に。

 

 イリスの表情から、笑みが消えた。

 

「……遊び?」

 

 静かな声だった。

 

 男が彼女を見る。

 

「あ?」

 

「ダンさんは、命を落としかけたんですよ」

 

 イリスはまっすぐに男を見つめた。

 

「それを、遊びだと仰るんですか?」

 

「……なんだ、お前?」

 

 男の眉が動く。

 

「説教でもするつもりか?」

 

「……いいえ」

 

 イリスは静かに答えた。

 

「ただ、あなたがどのような方なのか、よくわかりました」

 

「……ほう?」

 

 男の笑みが消えた。

 

 周囲の魔導士たちも、次第に会話をやめ始める。

 

 広間に、緊張が広がっていった。

 

 その時。

 

「……バルガス」

 

 低く、よく通る声が響いた。

 

 大柄な男が振り返る。

 

「……マスター」

 

 広間の奥。

 

 二階へ続く大階段の上に、一人の男が立っていた。

 

 年齢は五十代半ばほど。

 

 灰色がかった黒髪を後ろへ撫でつけ、重厚な黒い外套を身にまとっている。

 

 鋭い眼差し。

 

 威厳のある立ち姿。

 

 そして、周囲の空気を自然と支配するような存在感。

 

 その男が姿を現した瞬間、広間の魔導士たちは一斉に静まり返った。

 

「……客人に対して、随分と騒がしいな」

 

 男はゆっくりと階段を下りてきた。

 

「申し訳ありません」

 

 バルガスが姿勢を正す。

 

「……少し、話をしていただけです」

 

「……そうか」

 

 男は五人へ視線を向けた。

 

「妖精の尻尾の者たちだな?」

 

 メイビスが一歩前へ出る。

 

「はい! 私は妖精の尻尾のマスター、メイビス・ヴァーミリオンです」

 

 男の眉が、わずかに動いた。

 

「……君が?」

 

「はい!」

 

「なるほど」

 

 男はメイビスをしばらく見つめた。

 

 そして、静かに頷く。

 

「私はヴァレイン・グレイヴス」

 

 低い声が広間に響く。

 

「黒獅子の牙のギルドマスターだ」

 

 メイビスは丁寧に頭を下げた。

 

「本日は、所属魔導士の方が起こした事件について、お話を伺いに参りました」

 

「……聞いている」

 

 ヴァレインは頷いた。

 

「場所を変えよう。ここでは落ち着いて話もできまい」

 

 その言葉に、メイビスは少しだけ安心したような表情を浮かべた。

 

「ありがとうございます!」

 

 五人はヴァレインの案内で、広間の奥にある応接室へ向かった。

 

 しかし。

 

 その背中を見つめるバルガスの口元には、薄い笑みが浮かんでいた。

 

――――――――――

 

第三幕 強者の理

 

 応接室は、広間の喧騒が嘘のように静かだった。

 

 重厚な机。

 

 柔らかな椅子。

 

 壁には歴代のギルドマスターらしき肖像画が並び、長い歴史を感じさせる。

 

 ヴァレインは五人へ着席を勧めた。

 

「……さて」

 

 彼はゆっくりと椅子へ腰を下ろす。

 

「話を聞こう」

 

 メイビスは、ダンが襲われた経緯を説明した。

 

 護衛依頼の途中で起きた揉め事。

 

 一方的な魔法攻撃。

 

 戦闘不能になった後も続けられた暴行。

 

 そして、瀕死の状態でギルドへ運ばれたこと。

 

 ヴァレインは、最後まで黙って聞いていた。

 

 やがて。

 

「……なるほど」

 

 短く答える。

 

「それで、君は何を求める?」

 

「まず、事実関係の確認をお願いします」

 

 メイビスは真剣な表情で答えた。

 

「そして、事実であれば、ダンさんへの謝罪と、加害者への適切な処分を求めます」

 

「……ふむ」

 

 ヴァレインは顎に手を当てた。

 

「随分と真面目な要求だ」

 

「当然のことだと思っています」

 

「……そうか」

 

 ヴァレインは、しばらく黙っていた。

 

 そして。

 

「……バルガス」

 

 部屋の隅に控えていた大柄な男が顔を上げる。

 

「はい」

 

「事実か?」

 

「……へい」

 

 バルガスは悪びれた様子もなく答えた。

 

「生意気だったんで、少し教育してやっただけです」

 

「……そうか」

 

 ヴァレインは頷いた。

 

 そして。

 

「ならば、問題あるまい」

 

「…………え?」

 

 メイビスが目を見開いた。

 

「……どういう意味でしょうか?」

 

「そのままの意味だ」

 

 ヴァレインは淡々と答える。

 

「魔導士同士の争いだ。強い者が勝ち、弱い者が負けた。それだけのことだろう」

 

「……ですが!」

 

「命は助かったのだろう?」

 

「……はい。ですが、それは私たちの仲間が治療してくれたからで……!」

 

「ならば、結構なことではないか」

 

 ヴァレインは、まるで世間話でもするように言った。

 

「弱者が己の力量を見誤れば、痛い目を見る。それもまた経験だ」

 

 沈黙。

 

 メイビスは、しばらく何も言えなかった。

 

 やがて。

 

「……それが、あなたの答えですか?」

 

 小さな声で尋ねた。

 

「ああ」

 

 ヴァレインは頷いた。

 

「私は結果を重んじる。実力ある魔導士を、些細な揉め事で処分するつもりはない」

 

「……些細な?」

 

 メイビスの声が震えた。

 

「ダンさんは、死にかけたんですよ……?」

 

「だが、生きている」

 

「…………!」

 

「それ以上、何を求める?」

 

 メイビスは唇を噛みしめた。

 

 イリスが静かに彼女の隣へ立つ。

 

「……ヴァレインさん」

 

「何かね?」

 

「あなたは、仲間が同じ目に遭っても、同じことを仰るんですか?」

 

 ヴァレインはイリスを見た。

 

「……ほう」

 

「もし、あなたの大切な仲間が、抵抗できなくなった後も攻撃され、命を落としかけたとしても……」

 

 イリスはまっすぐに問いかける。

 

「弱かったから仕方がない、と?」

 

 ヴァレインは、わずかに目を細めた。

 

 そして。

 

「……無論だ」

 

 迷いのない返答だった。

 

「弱さは罪ではない。だが、弱さゆえに敗れることは、受け入れねばならん」

 

「…………」

 

「それが魔導士というものだ」

 

 イリスは静かに目を伏せた。

 

「……そうですか」

 

 その声には、失望が滲んでいた。

 

 ユーリが拳を握りしめる。

 

「……ふざけやがって」

 

 プレヒトも険しい表情を浮かべた。

 

「……話にならんな」

 

 ウォーロッドは悲しそうに首を振った。

 

「強さだけが、すべてじゃないのにね……」

 

 そして。

 

「……わかりました」

 

 メイビスが顔を上げた。

 

 その瞳には、もう迷いはなかった。

 

「あなたの考えは、よくわかりました」

 

「……ほう?」

 

「ですが、私は認めません」

 

 メイビスは、はっきりと言い切った。

 

「魔導士の強さは、誰かを傷つけるためだけにあるものではありません」

 

 小さな身体。

 

 しかし、その声は応接室の隅々まで届いていた。

 

「私たちのギルドでは、強い人も、まだ弱い人も、みんな大切な仲間です」

 

 メイビスは続ける。

 

「誰かが困っていたら助け合います。失敗したら励まし合います。そして、傷ついた仲間がいたら……みんなで守ります」

 

 ヴァレインは黙って聞いていた。

 

「……それが、妖精の尻尾です」

 

 メイビスは、まっすぐに告げた。

 

「あなたがそれを弱さだと言うのなら、私は何度でも否定します!」

 

 しばしの沈黙。

 

 そして。

 

「……ふっ」

 

 ヴァレインが小さく笑った。

 

「理想論だな」

 

「……そうかもしれません」

 

 メイビスは答えた。

 

「でも、私はその理想を捨てるつもりはありません」

 

「……面白い」

 

 ヴァレインは目を細めた。

 

「ならば、その理想を守れるだけの力があるのか、見せてもらおうか」

 

 その言葉と共に。

 

 応接室の空気が、変わった。

 

「……戦えということですか?」

 

「そうだ」

 

 ヴァレインは淡々と答えた。

 

「君たちが勝てば、要求を改めて検討しよう」

 

「……負けた場合は?」

 

「何も要求せず、帰ってもらう」

 

 メイビスは眉をひそめた。

 

「……私たちは、喧嘩をしに来たわけではありません」

 

「だが、我々の方針を変えさせたいのだろう?」

 

 ヴァレインは笑った。

 

「ならば、それに値する力を示すことだ」

 

 メイビスは、しばらく黙っていた。

 

 やがて、四人へ振り返る。

 

「……皆さん」

 

「おう!」

 

 ユーリがにやりと笑う。

 

「ようやく出番か!」

 

「……やれやれ」

 

 プレヒトが小さく息を吐く。

 

「こうなる可能性は考えていたがな」

 

「できれば、話し合いで終わらせたかったね」

 

 ウォーロッドが苦笑した。

 

 イリスは静かに頷く。

 

「メイビスさん。どうしますか?」

 

 メイビスは四人を見渡した。

 

 そして、深く息を吸う。

 

「……戦いましょう」

 

 その言葉に、四人が頷いた。

 

「ただし、殺してはいけません」

 

 メイビスは真剣な表情で続ける。

 

「建物や街への被害も、できる限り抑えてください」

 

「……了解です」

 

 イリスが微笑む。

 

「任せとけ!」

 

 ユーリが拳を鳴らした。

 

「……承知した」

 

 プレヒトが頷く。

 

「うん。できるだけ穏便にね」

 

 ウォーロッドも答えた。

 

 メイビスは再びヴァレインへ向き直った。

 

「……わかりました」

 

「ほう?」

 

「あなたの提案を受けます」

 

 ヴァレインの口元に、薄い笑みが浮かんだ。

 

「よかろう」

 

 彼は立ち上がった。

 

「では、訓練場へ案内しよう」

 

――――――――――

 

第四幕 妖精の連携

 

 黒獅子の牙の訓練場は、巨大な円形の空間だった。

 

 高い石壁に囲まれた闘技場。

 

 地面には幾重もの魔法陣が刻まれ、周囲には観覧席が設けられている。

 

 すでに多くの魔導士たちが集まっていた。

 

「……すごい設備ですね」

 

 イリスが周囲を見渡す。

 

「これだけの規模なら、大人数での模擬戦も可能だろうな」

 

 プレヒトが答える。

 

「ただし、結界の強度には限界がある。全力で戦えば破壊する可能性もあるぞ」

 

「……気をつけましょう」

 

 メイビスが頷いた。

 

 やがて、訓練場の反対側から十数人の魔導士たちが姿を現した。

 

 炎。

 

 風。

 

 岩。

 

 氷。

 

 さまざまな魔法を扱う者たち。

 

 彼らは五人を見渡し、余裕の笑みを浮かべていた。

 

「……たった五人かよ」

 

「俺たちだけで十分だろ」

 

「さっさと終わらせようぜ」

 

 そんな声が聞こえてくる。

 

 しかし。

 

「……油断するな」

 

 一人の魔導士が低く言った。

 

「マスターが直々に相手を認めたんだ。並の連中じゃないはずだ」

 

 その言葉に、周囲の者たちも表情を引き締めた。

 

 メイビスは、そんな敵陣を静かに観察していた。

 

 前衛に近接戦闘型。

 

 後方に遠距離攻撃型。

 

 左右には支援魔法を扱う者たち。

 

 数の優位を生かした、基本に忠実な陣形。

 

「……なるほど」

 

 メイビスが小さく呟く。

 

 そして、四人へ振り返った。

 

「皆さん、私の指示に従ってください!」

 

「おう!」

 

「……ああ」

 

「任せて!」

 

「はい!」

 

 四人の返事が重なる。

 

 その瞬間。

 

 訓練場に、開始を告げる鐘が響いた。

 

「――始め!」

 

 敵の魔導士たちが、一斉に動き出す。

 

「行くぞ!」

 

「炎よ、燃え上がれ!」

 

「大地よ、砕けろ!」

 

 炎の塊が飛び、岩の槍が地面から突き出す。

 

 しかし。

 

「――イリスさん!」

 

「はい!」

 

 イリスが聖剣を抜いた。

 

 澄んだ金属音。

 

 次の瞬間。

 

 光の斬撃が、訓練場を駆け抜けた。

 

 炎が切り裂かれ、岩が砕け散る。

 

「なっ!?」

 

「魔法を……斬った!?」

 

 敵の魔導士たちが驚愕する。

 

 その隙を、メイビスは見逃さなかった。

 

「――ユーリさん! 右側へ!」

 

「おう!!」

 

 ユーリが地面を蹴る。

 

 その身体を、赤い雷が包み込んだ。

 

 轟音。

 

 赤い閃光が敵陣へ突き刺さる。

 

「ぐあっ!?」

 

「速い!?」

 

 敵の前衛が吹き飛ばされる。

 

 しかし、後方の魔導士たちが即座に反応した。

 

「援護しろ!」

 

「雷を止めろ!」

 

 幾つもの魔法が、ユーリへ向けられる。

 

 だが。

 

「――ウォーロッドさん!」

 

「うん!」

 

 地面から、無数の蔓が噴き出した。

 

 敵の足首へ絡みつき、動きを封じる。

 

「ぐっ!?」

 

「なんだ、この植物は!?」

 

 魔導士たちが慌てて蔓を引きちぎろうとする。

 

 しかし、蔓は容易には切れなかった。

 

「……硬い!?」

 

「ただの植物じゃねえぞ!」

 

 ウォーロッドは穏やかに微笑んだ。

 

「ふふっ。少し工夫しているんだ」

 

 蔓がさらに伸び、敵の腕を拘束する。

 

 その間にも、メイビスは戦場全体を見渡していた。

 

「プレヒトさん! 左側の魔導士たちを!」

 

「……了解した」

 

 プレヒトが片手を上げる。

 

 魔力が収束し、複雑な術式が空中に浮かび上がった。

 

 しかし、それは攻撃魔法ではなかった。

 

 術式が展開された瞬間、敵の足元に魔法陣が広がる。

 

「……何だ!?」

 

 次の瞬間。

 

 地面から魔力の鎖が伸び、敵の動きを封じた。

 

「ぐあっ!?」

 

「動けねえ!」

 

「……よし」

 

 プレヒトが静かに頷く。

 

 しかし、その時だった。

 

「――そこだ!」

 

 敵の魔導士の一人が、メイビスへ向けて魔法を放った。

 

 炎の槍。

 

 それが、一直線にメイビスへ迫る。

 

「……っ!?」

 

 ユーリが振り返る。

 

「メイビス!」

 

 しかし。

 

「……大丈夫です!」

 

 メイビスは、にっこりと微笑んだ。

 

 次の瞬間。

 

 彼女の姿が、ふっと消えた。

 

「……なっ!?」

 

 炎の槍が、何もない空間を貫く。

 

 そして。

 

「――こちらですよ!」

 

 敵の背後から、メイビスの声が響いた。

 

「……っ!?」

 

 男が振り返る。

 

 そこには、もう一人のメイビスが立っていた。

 

「……な、何だ!?」

 

 男が混乱する。

 

 その隙に。

 

「――今です!」

 

 メイビスの声が響く。

 

 ユーリが、赤い雷をまとって突進した。

 

「――おらあっ!!」

 

 轟音。

 

 敵の魔導士が、地面へ倒れ込む。

 

「……へへっ!」

 

 ユーリが笑った。

 

「ナイスだ、メイビス!」

 

「えへへっ!」

 

 メイビスが嬉しそうに笑う。

 

「ありがとうございます!」

 

 しかし、その瞳はすでに次の戦況を見据えていた。

 

 敵の陣形は、完全に崩れていた。

 

 メイビスの幻影魔法。

 

 ユーリの赤い雷。

 

 ウォーロッドの拘束。

 

 プレヒトの術式。

 

 そして、イリスの聖剣。

 

 五人の力が、見事に噛み合っていた。

 

 やがて。

 

 十数人の魔導士たちは、ほとんど反撃することもできずに制圧された。

 

 静寂。

 

 観覧席から、驚きの声が上がる。

 

「……嘘だろ」

 

「たった五人で……?」

 

「しかも、ほとんど無傷じゃねえか……!」

 

 メイビスは静かに息を吐いた。

 

「……皆さん、お疲れさまです!」

 

「おう!」

 

 ユーリが笑う。

 

「なかなか楽しかったぜ!」

 

「……油断するな」

 

 プレヒトが言った。

 

「まだ終わりではない」

 

「うん」

 

 ウォーロッドも頷く。

 

「……本命は、これからだね」

 

 イリスは、訓練場の奥へ視線を向けていた。

 

 そこには、三つの強い魔力反応があった。

 

 先ほどまでとは、明らかに違う。

 

 濃密で、鋭く、そしてよく練り上げられた魔力。

 

「……来ます」

 

 イリスが静かに告げた。

 

 その直後。

 

 訓練場の奥にある扉が、ゆっくりと開いた。

 

――――――――――

 

第五幕 黒獅子の三牙

 

 最初に現れたのは、大柄な男だった。

 

 筋骨隆々とした身体。

 

 短く刈り込まれた髪。

 

 頬に走る古傷。

 

 バルガス・レオンハルト。

 

 ダンを瀕死に追い込んだ張本人。

 

 その後ろから、さらに二人の魔導士が姿を現した。

 

 一人は、長身の男性だった。

 

 整えられた銀髪。

 

 落ち着いた表情。

 

 無駄のない動作。

 

 その立ち姿には、長年の戦闘経験に裏打ちされた余裕があった。

 

 もう一人は、青みがかった銀髪を持つ女性だった。

 

 気品のある顔立ち。

 

 冷静な眼差し。

 

 そして、周囲の魔導士たちを自然と黙らせるような、凛とした雰囲気。

 

 三人が並んだ瞬間。

 

 訓練場の空気が、一変した。

 

「……へえ」

 

 ユーリが口元を歪める。

 

「ようやく、骨のある連中が出てきたみてえだな」

 

「……ああ」

 

 プレヒトが頷く。

 

「先ほどの者たちとは、魔力の質が違う」

 

「ふふっ。これは大変そうだね」

 

 ウォーロッドが苦笑する。

 

 イリスは、静かに三人を見つめていた。

 

 その金色の瞳には、三人の魔力の流れが鮮明に映っている。

 

 特に、銀髪の女性。

 

 彼女の周囲を漂う魔力は、非常に緻密だった。

 

「……なるほど」

 

 イリスが小さく呟く。

 

「かなりの実力者ですね」

 

 その時。

 

「……紹介しよう」

 

 ヴァレインの声が、訓練場に響いた。

 

「我が黒獅子の牙が誇る、三人のS級魔導士だ」

 

 観覧席が、ざわめいた。

 

「……S級!?」

 

「三人とも出るのか!?」

 

 ヴァレインは、三人を順番に示した。

 

「バルガス・レオンハルト」

 

 大柄な男が、にやりと笑う。

 

「エルザード・クロイツ」

 

 銀髪の男性が、静かに一礼した。

 

「そして、シルヴィア・レインフォード」

 

 女性が、優雅に頭を下げる。

 

「……よろしくお願いするわ」

 

 メイビスは、三人を見渡していた。

 

 そして。

 

「……皆さん」

 

 静かに声をかける。

 

「ここからは、少し作戦を変えます」

 

 四人が彼女を見る。

 

「相手は三人。ですが、それぞれが非常に強い魔導士です」

 

 メイビスは続けた。

 

「まずは、相手の魔法を見極めましょう」

 

「おう!」

 

 ユーリが拳を鳴らす。

 

「……それで、誰が誰を相手にする?」

 

 プレヒトが尋ねた。

 

 メイビスは、三人を順番に見つめた。

 

 そして。

 

「ユーリさんは、バルガスさんをお願いします」

 

「……へっ」

 

 ユーリが笑った。

 

「望むところだ」

 

「プレヒトさんとウォーロッドさんは、エルザードさんを」

 

「……了解した」

 

「うん。任せて」

 

 そして。

 

「イリスさん」

 

「はい」

 

「シルヴィアさんをお願いします」

 

 イリスは静かに頷いた。

 

「わかりました」

 

 メイビスは、四人を見渡した。

 

「私は、全体を見ながら援護します!」

 

「おう!」

 

 四人が頷く。

 

 その時。

 

「……作戦会議は終わったか?」

 

 バルガスが笑った。

 

「こっちはいつでもいいぜ!」

 

 ユーリが一歩前へ出る。

 

「……てめえ」

 

 その身体を、赤い雷が包み込む。

 

「ダンにしたこと、忘れたとは言わせねえぞ」

 

 バルガスは、にやりと笑った。

 

「……ああ?」

 

「俺たちの仲間を、あんな目に遭わせやがって……!」

 

「……へへっ」

 

 バルガスの身体から、獣のような魔力が噴き出した。

 

「だったら、てめえも同じ目に遭わせてやるよ!」

 

 その瞬間。

 

 バルガスの身体が、変化し始めた。

 

 筋肉が膨張し、腕が太くなる。

 

 指先から鋭い爪が伸び、口元には獣の牙が覗いた。

 

「……獣王魔法」

 

 プレヒトが呟く。

 

「肉体を獣の特性へ変化させる魔法か」

 

「……そうだ」

 

 バルガスが低く笑った。

 

「俺の魔法は、獣王魔法!」

 

 その身体から、凄まじい魔力が噴き出す。

 

「てめえらみたいな雑魚とは、格が違うんだよ!」

 

 ユーリは、にやりと笑った。

 

「……面白え」

 

 赤い雷が、さらに激しく迸る。

 

「だったら、試してみようじゃねえか!」

 

 その直後。

 

 二人が、同時に地面を蹴った。

 

 轟音。

 

 赤い雷と、獣の拳が激突する。

 

 衝撃波が、訓練場を駆け抜けた。

 

「……っ!」

 

 観覧席の魔導士たちが、思わず身を引く。

 

 しかし。

 

 戦いは、それだけではなかった。

 

「……さて」

 

 エルザードが静かに片手を上げる。

 

「こちらも始めようか」

 

 その瞬間。

 

 プレヒトとウォーロッドの身体に、凄まじい重圧が襲いかかった。

 

「……っ!?」

 

 プレヒトが顔をしかめる。

 

「……重力魔法か!」

 

「……うん!」

 

 ウォーロッドが地面へ手をつく。

 

 植物の蔓が伸び、二人の身体を支えた。

 

 エルザードは、静かに微笑んだ。

 

「……なるほど」

 

 そして。

 

「どこまで耐えられるかな?」

 

 重力が、さらに増した。

 

 一方。

 

 訓練場の反対側。

 

 シルヴィアは、静かにイリスを見つめていた。

 

「……あなたが、私の相手?」

 

「はい」

 

 イリスが微笑む。

 

「イリス・アストレアと申します。よろしくお願いします」

 

「……随分と礼儀正しいのね」

 

 シルヴィアは、わずかに目を細めた。

 

「けれど、手加減はしないわよ」

 

「……もちろんです」

 

 イリスは聖剣を構えた。

 

「私も、失礼のないように戦わせていただきます」

 

 シルヴィアの周囲に、無数の氷晶が浮かび上がった。

 

「……氷晶魔法」

 

 彼女が静かに呟く。

 

「――氷晶槍」

 

 次の瞬間。

 

 無数の氷の槍が、イリスへ向けて放たれた。

 

 しかし。

 

「……ふっ!」

 

 イリスが聖剣を振るう。

 

 光の斬撃が、氷晶を切り裂いた。

 

 砕け散った氷が、陽光を受けて煌めく。

 

「……!」

 

 シルヴィアの目が、わずかに見開かれた。

 

「……なるほど」

 

 そして、静かに微笑む。

 

「少しは楽しめそうね」

 

 イリスも微笑み返した。

 

「……そうですね」

 

 その金色の瞳が、静かに輝く。

 

「私も、そう思います」

 

 三つの戦場。

 

 三人のS級魔導士。

 

 そして、妖精の尻尾の五人。

 

 名門ギルドの誇りを懸けた戦いが、本格的に始まろうとしていた。

 

――――――――――

 

第六幕 赤雷と獣王

 

 轟音が響いた。

 

「うおおおおっ!!」

 

 ユーリの拳が、赤い雷をまとって振り抜かれる。

 

 しかし。

 

「……遅え!」

 

 バルガスが、獣のような動きで身をかわした。

 

 次の瞬間。

 

 鋭い爪が、ユーリの胸元へ迫る。

 

「……っ!」

 

 ユーリは身体を捻り、間一髪で回避した。

 

 爪が服をかすめ、布が裂ける。

 

「……へっ!」

 

 ユーリが笑った。

 

「なかなか速えじゃねえか!」

 

「てめえこそな!」

 

 バルガスが吠える。

 

 その身体が、さらに獣へ近づいていく。

 

 筋肉が膨張し、脚力が増す。

 

 地面を蹴るたび、石畳が砕けた。

 

「……獣王魔法・猛獅子!」

 

 バルガスが叫ぶ。

 

 その拳が、巨大な獅子の頭部を思わせる魔力をまとった。

 

「――喰らえ!!」

 

 轟音。

 

 獅子の咆哮のような衝撃が、ユーリへ襲いかかる。

 

「……っ!」

 

 ユーリは両腕を交差させ、雷をまとって防御した。

 

 しかし、衝撃は凄まじかった。

 

 身体が後方へ吹き飛ばされる。

 

「……ぐっ!」

 

 地面を滑りながら、ユーリが体勢を立て直す。

 

「……へえ」

 

 バルガスが笑った。

 

「今のを受けて立ってるとはな」

 

「……当たり前だろ」

 

 ユーリが口元を拭う。

 

「これくらいで倒れてたまるかよ!」

 

 赤い雷が、再び迸る。

 

 しかし。

 

「……ユーリさん!」

 

 メイビスの声が響いた。

 

「正面から力比べをしないでください!」

 

「……あ?」

 

「相手は獣の身体能力を強化しています! 近距離での殴り合いは不利です!」

 

 メイビスは続ける。

 

「速度を生かして、相手の動きを誘導してください!」

 

「……なるほどな!」

 

 ユーリがにやりと笑った。

 

「了解だ!」

 

 次の瞬間。

 

 赤い雷が、地面を駆け抜けた。

 

 ユーリの身体が、バルガスの視界から消える。

 

「……なっ!?」

 

 バルガスが振り返る。

 

 しかし、そこには誰もいない。

 

「……どこだ!?」

 

 次の瞬間。

 

「――こっちだ!」

 

 背後から、赤い雷が炸裂した。

 

「ぐあっ!?」

 

 バルガスの身体が、前方へよろめく。

 

 しかし、すぐに体勢を立て直した。

 

「……この野郎!」

 

 獣の咆哮が響く。

 

 バルガスが、再び突進した。

 

 しかし。

 

「……遅えって言っただろ!」

 

 ユーリは、にやりと笑った。

 

 赤い雷が、さらに激しく迸る。

 

 その動きは、先ほどまでとは明らかに違っていた。

 

 メイビスの指示によって、戦い方を変えたのだ。

 

 真正面からぶつかるのではなく、速度で翻弄する。

 

 相手の攻撃を誘い、隙を突く。

 

 そして。

 

「――赤雷撃!!」

 

 ユーリの拳が、バルガスの脇腹へ突き刺さった。

 

「ぐああっ!?」

 

 轟音。

 

 バルガスの身体が、地面を転がる。

 

 しかし。

 

「……へへっ」

 

 男は、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……面白えじゃねえか」

 

 その身体から、さらに濃密な魔力が噴き出す。

 

「だったら……」

 

 バルガスの瞳が、獣のように輝いた。

 

「……本気でやってやるよ!」

 

 その瞬間。

 

 彼の身体が、さらに巨大化し始めた。

 

 筋肉が膨れ上がり、骨格が変化する。

 

 鋭い牙。

 

 巨大な爪。

 

 そして、獅子を思わせる鬣。

 

「……獣王魔法・獅子王形態!」

 

 咆哮。

 

 訓練場全体が、震えた。

 

「……おいおい」

 

 ユーリが目を見開く。

 

「……まだ変身できんのかよ!」

 

 しかし、その口元には笑みが浮かんでいた。

 

「……最高じゃねえか!」

 

 赤い雷が、さらに激しく迸る。

 

 二人の戦いは、さらに激しさを増していった。

 

――――――――――

 

第七幕 重力の支配者

 

 一方。

 

 訓練場の別の一角では、プレヒトとウォーロッドが苦戦を強いられていた。

 

「……ぐっ!」

 

 プレヒトが膝をつく。

 

 その身体には、凄まじい重力がかかっていた。

 

「……どうした?」

 

 エルザードが静かに問いかける。

 

「もう限界か?」

 

「……まだだ」

 

 プレヒトが歯を食いしばる。

 

 しかし、身体が思うように動かない。

 

 重力魔法。

 

 それは、単純な攻撃魔法ではなかった。

 

 対象の身体にかかる重力を増大させ、行動そのものを制限する。

 

 そして、エルザードはその制御に長けていた。

 

「……ウォーロッド!」

 

「うん!」

 

 ウォーロッドが地面へ手をつく。

 

 無数の蔓が伸び、プレヒトの身体を支える。

 

 しかし。

 

「……無駄だ」

 

 エルザードが片手を上げた。

 

 次の瞬間。

 

 蔓そのものに、凄まじい重力がかかる。

 

「……っ!?」

 

 蔓が地面へ押し潰される。

 

「……植物にも作用するのか!」

 

 ウォーロッドが驚いた。

 

「当然だ」

 

 エルザードは淡々と答える。

 

「重力は、すべての物質に作用する」

 

 そして。

 

「……ならば」

 

 彼は、ゆっくりと両手を広げた。

 

「逃げ場など、存在しない」

 

 次の瞬間。

 

 プレヒトとウォーロッドの周囲に、巨大な重力場が形成された。

 

 地面が陥没する。

 

 石畳が砕ける。

 

 空気そのものが、重く沈み込む。

 

「……ぐあっ!」

 

 プレヒトが顔をしかめた。

 

 しかし。

 

「……なるほど」

 

 その瞳には、冷静な光が宿っていた。

 

「……面白い魔法だ」

 

 エルザードが眉をひそめる。

 

「……何?」

 

「確かに、強力だ」

 

 プレヒトは、ゆっくりと顔を上げた。

 

「だが……」

 

 その周囲に、小さな魔法陣が浮かび上がる。

 

「……万能ではあるまい」

 

 エルザードの目が細められた。

 

「……ほう?」

 

 プレヒトは、ウォーロッドへ視線を向けた。

 

「……ウォーロッド」

 

「……うん?」

 

「少し、時間を稼いでくれ」

 

 ウォーロッドは、一瞬だけ目を丸くした。

 

 そして。

 

「……わかったよ」

 

 穏やかに微笑んだ。

 

「任せて」

 

 次の瞬間。

 

 ウォーロッドが両手を地面へつく。

 

「――樹界!」

 

 轟音。

 

 地面から、巨大な樹木が次々と生え始めた。

 

 幹が伸び、枝が広がり、無数の蔓が絡み合う。

 

 それは、まるで小さな森が一瞬で生まれたかのような光景だった。

 

「……何だと!?」

 

 エルザードが目を見開く。

 

 しかし、すぐに片手を上げた。

 

「……無駄だ!」

 

 重力が増大する。

 

 巨大な樹木が、地面へ押し潰され始めた。

 

 だが。

 

「……ふふっ」

 

 ウォーロッドが笑った。

 

「それなら……」

 

 さらに魔力を高める。

 

「……もっと増やせばいいだけだよ!」

 

 地面から、次々と新しい樹木が生え始めた。

 

 押し潰されても、また伸びる。

 

 折れても、また生える。

 

 無数の枝が、エルザードの視界を遮った。

 

「……くっ!」

 

 エルザードが顔をしかめる。

 

「……しつこい!」

 

 その瞬間。

 

「……十分だ」

 

 プレヒトの声が響いた。

 

 ウォーロッドが振り返る。

 

 そこには。

 

 幾重にも重なる、複雑な魔法陣が浮かんでいた。

 

 緻密な術式。

 

 精密に制御された魔力。

 

 そして、圧倒的な魔力密度。

 

「……プレヒト?」

 

 ウォーロッドが目を見開く。

 

 プレヒトは静かに息を吐いた。

 

「……最近、ようやく完成させた術式だ」

 

 その瞳が、エルザードを捉える。

 

「実戦で使うのは、これが初めてだが……」

 

 魔法陣が、眩い光を放った。

 

「……試させてもらおう」

 

 エルザードの表情が変わる。

 

「……何だ、その魔法は!?」

 

 プレヒトは、静かに片手を突き出した。

 

「――天照二十八式」

 

 次の瞬間。

 

 複雑な魔法陣が、エルザードの周囲に展開された。

 

「……っ!?」

 

 エルザードが反応する。

 

 しかし、遅かった。

 

 術式が、一斉に輝く。

 

 轟音。

 

 凄まじい魔力が、爆発した。

 

「ぐああああっ!!」

 

 エルザードの身体が、吹き飛ばされる。

 

 巨大な衝撃波が、訓練場を駆け抜けた。

 

 観覧席の魔導士たちが、思わず身を伏せる。

 

「……な、何だ今のは!?」

 

「……あんな魔法、見たことねえぞ!」

 

 プレヒトは、静かに息を吐いた。

 

「……ふむ」

 

 そして。

 

「……悪くない」

 

 ウォーロッドが、思わず笑った。

 

「……ふふっ」

 

「……何だ?」

 

「いや……」

 

 ウォーロッドは、嬉しそうに微笑んだ。

 

「プレヒトも、随分と強くなったなって思ってね」

 

「……お前もな」

 

 プレヒトは、わずかに口元を緩めた。

 

 しかし。

 

「……まだだ」

 

 その声が、静かに響いた。

 

 二人が振り返る。

 

 そこには、エルザードが立っていた。

 

 衣服は破れ、身体には傷が刻まれている。

 

 しかし、その瞳には、まだ戦意が宿っていた。

 

「……見事な術式だ」

 

 エルザードが静かに言った。

 

「だが……」

 

 その周囲に、さらに濃密な魔力が集まり始める。

 

「……私も、まだ終わってはいない」

 

 プレヒトが目を細めた。

 

「……そうか」

 

 ウォーロッドも、静かに構える。

 

 二人の戦いは、まだ続いていた。

 

――――――――――

 

第八幕 氷晶の舞

 

 訓練場の一角。

 

 そこでは、氷と光が激しく交錯していた。

 

「――氷晶槍!」

 

 シルヴィアが片手を振るう。

 

 無数の氷の槍が、イリスへ向けて放たれた。

 

 しかし。

 

「……ふっ!」

 

 イリスが聖剣を振るう。

 

 光の斬撃が、氷晶を切り裂いた。

 

 砕け散った氷が、陽光を受けて煌めく。

 

「……やはり」

 

 シルヴィアが目を細めた。

 

「あなたの剣、普通ではないわね」

 

「……そうでしょうか?」

 

 イリスは穏やかに答えた。

 

「少し、特殊な剣ではありますけれど」

 

「……少し?」

 

 シルヴィアが苦笑する。

 

「随分と控えめな言い方ね」

 

 その周囲に、さらに多くの氷晶が浮かび上がる。

 

「ならば……」

 

 シルヴィアが両手を広げた。

 

「これなら、どうかしら?」

 

 次の瞬間。

 

 無数の氷晶が、空中で形を変え始めた。

 

 槍。

 

 剣。

 

 盾。

 

 そして、巨大な氷の壁。

 

「……氷晶魔法・千華氷陣!」

 

 轟音。

 

 無数の氷の武器が、四方八方からイリスへ襲いかかる。

 

「……なるほど」

 

 イリスが小さく呟く。

 

 その金色の瞳には、氷晶を構成する魔力の流れが鮮明に映っていた。

 

 攻撃の軌道。

 

 魔力の密度。

 

 そして、術式の中心。

 

「……綺麗な魔法ですね」

 

 イリスが微笑んだ。

 

「……何?」

 

 シルヴィアが眉をひそめる。

 

「……ですが」

 

 イリスは聖剣を構え直した。

 

「少し、隙があるようです」

 

 次の瞬間。

 

 イリスの周囲に、無数の光剣が現れた。

 

 その数は、十。

 

 二十。

 

 三十。

 

 光の剣が、空中へ浮かび上がる。

 

「……っ!?」

 

 シルヴィアが目を見開いた。

 

「……何、その魔法は!?」

 

「……光魔法の応用です」

 

 イリスが静かに答える。

 

「少し、便利なんですよ」

 

 そして。

 

「――行きます!」

 

 無数の光剣が、一斉に飛翔した。

 

 氷晶と光剣が、空中で激突する。

 

 轟音。

 

 砕け散る氷。

 

 消滅する光。

 

 その光景は、まるで無数の星が衝突しているかのようだった。

 

「……くっ!」

 

 シルヴィアが顔をしかめる。

 

 しかし、すぐに新たな氷晶を生み出した。

 

「……まだよ!」

 

 氷の壁が、イリスの前方へ展開される。

 

 しかし。

 

「……ふっ!」

 

 イリスが地面を蹴った。

 

 その足元に、光剣が現れる。

 

 イリスは光剣を足場に、空中へ駆け上がった。

 

「……なっ!?」

 

 シルヴィアが驚愕する。

 

「空を……!?」

 

「……失礼します!」

 

 イリスが空中から聖剣を振り下ろす。

 

 光の斬撃。

 

 氷の壁が、真っ二つに切り裂かれた。

 

「……っ!」

 

 シルヴィアは、間一髪で後方へ飛び退く。

 

 しかし。

 

 その頬に、一筋の傷が刻まれていた。

 

「…………」

 

 シルヴィアが、そっと頬へ触れる。

 

 指先に、赤い血が付着した。

 

 そして。

 

「……ふふっ」

 

 彼女は、小さく笑った。

 

「……なるほど」

 

 その瞳に、鋭い光が宿る。

 

「あなた……相当な実力者なのね」

 

 イリスは、静かに微笑んだ。

 

「……シルヴィアさんも、とてもお強いですよ」

 

「……お世辞は結構よ」

 

「いえ、本心です」

 

 イリスは聖剣を構え直した。

 

「これほど緻密な氷晶魔法を扱える方は、そう多くありませんから」

 

 シルヴィアは、しばらくイリスを見つめていた。

 

 そして。

 

「……そう」

 

 小さく呟く。

 

「ならば……」

 

 その周囲に、さらに濃密な魔力が集まり始めた。

 

「……私も、全力でお相手するわ」

 

 次の瞬間。

 

 シルヴィアの足元に、巨大な氷晶の魔法陣が広がった。

 

 地面が凍りつく。

 

 空気が冷え込む。

 

 そして。

 

 無数の氷の花が、訓練場に咲き始めた。

 

「……氷晶魔法・氷華結界!」

 

 轟音。

 

 巨大な氷の結界が、イリスを包み込んだ。

 

「……!」

 

 イリスが目を見開く。

 

 結界の内部では、無数の氷晶が複雑に組み合わされていた。

 

 まるで、巨大な迷宮のようだった。

 

「……なるほど」

 

 イリスが小さく呟く。

 

「これは……」

 

 その金色の瞳が、静かに輝く。

 

「……少し、面白そうですね」

 

 イリスは、聖剣を構え直した。

 

 氷晶の迷宮。

 

 そして、聖剣使い。

 

 二人の戦いは、さらに激しさを増していった。

 

――――――――――

 

終幕 妖精の軍師

 

 三つの戦場。

 

 赤い雷と獣王。

 

 術式と植物、そして重力。

 

 聖剣と氷晶。

 

 そのすべてを、メイビスは見渡していた。

 

「……なるほど」

 

 彼女は、小さく呟く。

 

 敵の魔法。

 

 味方の位置。

 

 魔力の消耗。

 

 そして、戦場全体の流れ。

 

 すべてを頭の中で組み立てていく。

 

「……ユーリさん!」

 

 メイビスが叫ぶ。

 

「相手の右側へ回り込んでください!」

 

「おう!」

 

 赤い雷が駆け抜ける。

 

「ウォーロッドさん! エルザードさんの足元を!」

 

「うん!」

 

 地面から、無数の蔓が伸びる。

 

「プレヒトさん! 今です!」

 

「……了解した!」

 

 複雑な術式が展開される。

 

 そして。

 

「……イリスさん!」

 

「はい!」

 

「シルヴィアさんの魔法は、氷晶同士の連結によって強度を高めています!」

 

 メイビスは続けた。

 

「中心の魔力を断てば、結界全体が崩れるはずです!」

 

「……なるほど」

 

 イリスが微笑んだ。

 

「ありがとうございます!」

 

 その金色の瞳が、氷晶の迷宮を見渡す。

 

 そして。

 

「……見つけました」

 

 聖剣が、静かに輝く。

 

「――はっ!」

 

 光の斬撃。

 

 氷晶の中心を貫く。

 

 次の瞬間。

 

 巨大な結界が、音を立てて崩壊し始めた。

 

「……なっ!?」

 

 シルヴィアが目を見開く。

 

「私の結界が……!?」

 

 砕け散る氷。

 

 煌めく光。

 

 その中から、イリスが姿を現した。

 

「……見事な魔法でした」

 

 イリスは、静かに微笑んだ。

 

「ですが……」

 

 聖剣の切っ先が、シルヴィアへ向けられる。

 

「……ここまでです」

 

 シルヴィアは、しばらく黙っていた。

 

 そして。

 

「……ふふっ」

 

 小さく笑った。

 

「……完敗ね」

 

 彼女は、ゆっくりと両手を上げた。

 

 その瞬間。

 

 訓練場の別の一角で、轟音が響いた。

 

「――赤雷撃!!」

 

 ユーリの拳が、バルガスの身体へ突き刺さる。

 

「ぐあああっ!!」

 

 巨大な獣の身体が、地面へ倒れ込んだ。

 

 獣王形態が解除され、元の姿へ戻っていく。

 

「……へっ!」

 

 ユーリが息を吐いた。

 

「……ざまあみろ」

 

 しかし、その表情はすぐに険しくなった。

 

「……ダンの痛み、少しはわかったかよ」

 

 バルガスは、何も答えなかった。

 

 すでに意識を失っていた。

 

 そして。

 

 最後の戦場。

 

「……これで終わりだ」

 

 プレヒトが静かに告げた。

 

 その周囲に、再び複雑な魔法陣が浮かび上がる。

 

「……天照二十八式!」

 

 轟音。

 

 凄まじい魔力が炸裂した。

 

「ぐあああっ!!」

 

 エルザードの身体が、地面へ倒れ込む。

 

 今度こそ、立ち上がることはなかった。

 

 静寂。

 

 三人のS級魔導士が、すべて敗北した。

 

 観覧席は、完全に静まり返っていた。

 

「…………嘘だろ」

 

 誰かが呟く。

 

「……S級が、三人とも……?」

 

「……たった五人に……?」

 

 驚愕。

 

 困惑。

 

 そして、恐怖。

 

 名門ギルドの誇りを支えてきた精鋭たちが、敗れた。

 

 その事実が、黒獅子の牙の魔導士たちへ重くのしかかっていた。

 

 しかし。

 

 メイビスは、静かに息を吐いた。

 

「……皆さん、お疲れさまです!」

 

 四人が彼女のもとへ集まる。

 

「おう!」

 

 ユーリが笑った。

 

「なかなか手強かったぜ!」

 

「……ああ」

 

 プレヒトが頷く。

 

「さすがは名門のS級魔導士だ。簡単な相手ではなかった」

 

「ふふっ。僕も、少し疲れたよ」

 

 ウォーロッドが苦笑する。

 

 イリスも、静かに微笑んだ。

 

「皆さん、お見事でした」

 

 メイビスは、四人を見渡した。

 

 そして。

 

「……ありがとうございます」

 

 小さく呟いた。

 

「皆さんがいてくれて、本当によかったです」

 

 ユーリが笑った。

 

「何言ってんだよ!」

 

 そして、メイビスの頭を軽く撫でる。

 

「俺たちは仲間だろ?」

 

「……はい!」

 

 メイビスは、嬉しそうに頷いた。

 

 しかし。

 

 その瞬間。

 

「……見事だ」

 

 低い声が、訓練場に響いた。

 

 五人が振り返る。

 

 そこには。

 

 ヴァレイン・グレイヴスが立っていた。

 

 黒獅子の牙のギルドマスター。

 

 彼は、倒れた三人のS級魔導士たちを見渡していた。

 

 そして。

 

「……なるほど」

 

 静かに呟く。

 

「妖精の尻尾……噂以上の実力らしい」

 

 メイビスが一歩前へ出る。

 

「……これで、私たちの要求を聞いていただけますか?」

 

「……ふむ」

 

 ヴァレインは、小さく笑った。

 

「確かに、君たちは強い」

 

 その声が、訓練場に響く。

 

「だが……」

 

 次の瞬間。

 

 ヴァレインの足元に、黒紫色の魔法陣が広がった。

 

「……っ!?」

 

 イリスが目を見開く。

 

 金色の瞳に、異質な魔力の流れが映った。

 

「……皆さん、下がってください!」

 

 彼女が叫ぶ。

 

 その直後。

 

 地面から、冷たい霧が噴き出した。

 

 黒い霧。

 

 紫色の魔力。

 

 そして。

 

 霧の中から、幾つもの人影が現れ始めた。

 

「……なっ!?」

 

 ユーリが息を呑む。

 

 それは、人間ではなかった。

 

 半透明の身体。

 

 虚ろな瞳。

 

 古びた鎧をまとった戦士たち。

 

 まるで、死者が再び立ち上がったかのような姿。

 

「……死霊……?」

 

 プレヒトが呟く。

 

 ヴァレインは、静かに笑った。

 

「そうだ」

 

 黒紫色の魔力が、彼の周囲で渦を巻く。

 

「私の魔法は、死霊魔法」

 

 その背後に、さらに多くの死霊が現れる。

 

 十体。

 

 二十体。

 

 三十体。

 

 数は、なおも増え続けていた。

 

「……かつて戦場で命を落とした者たちの残響を、魔力によって呼び起こす」

 

 ヴァレインは、ゆっくりと両手を広げた。

 

「生者は疲れ、傷つき、恐怖を抱く」

 

 死霊たちが、一斉に武器を構える。

 

「だが、死者は違う」

 

 その声が、低く響いた。

 

「恐れず、迷わず、ただ命令に従う」

 

 メイビスは、目の前に広がる死霊軍団を見つめていた。

 

 その瞳に、驚きが浮かぶ。

 

 しかし。

 

「……なるほど」

 

 彼女は、小さく呟いた。

 

「そういう魔法なんですね」

 

 そして。

 

「……皆さん」

 

 メイビスが、四人へ振り返った。

 

 その表情は、いつになく真剣だった。

 

「ここからは、私に任せてください」

 

「……え?」

 

 ユーリが目を丸くする。

 

「……メイビス?」

 

 プレヒトも眉をひそめた。

 

「……一人で戦うつもりか?」

 

「はい」

 

 メイビスは、静かに頷いた。

 

「これは、ギルドマスター同士の戦いですから」

 

 その言葉に、四人が黙り込む。

 

「……ですが」

 

 メイビスは、ゆっくりと続けた。

 

「それだけではありません」

 

 彼女の瞳が、ヴァレインへ向けられる。

 

「仲間を守ると決めたのは、私です」

 

 小さな身体。

 

 しかし、その声には、揺るぎない決意が込められていた。

 

「ダンさんが傷つけられた時、私は何もできませんでした」

 

 メイビスは、静かに拳を握りしめる。

 

「だからこそ……」

 

 その瞳が、強く輝いた。

 

「最後は、私自身の手で決着をつけたいんです」

 

 沈黙。

 

 四人は、しばらくメイビスを見つめていた。

 

 やがて。

 

「……わかりました」

 

 イリスが、静かに微笑んだ。

 

 そして、ゆっくりと聖剣を下ろす。

 

「メイビスさんがそう決めたのなら、私は信じます」

 

「……イリスさん」

 

「ですが……」

 

 イリスは、少しだけ表情を引き締めた。

 

「無理だけはしないでくださいね」

 

 メイビスが振り返る。

 

「はい!」

 

 嬉しそうに頷いた。

 

「約束します!」

 

 ユーリが、小さく息を吐いた。

 

「……ったく」

 

 そして、にやりと笑う。

 

「しょうがねえな!」

 

「……ユーリさん?」

 

「俺たちのマスターが、そこまで言うんだ」

 

 ユーリは、拳を鳴らした。

 

「信じて待っててやるよ!」

 

 プレヒトも、静かに頷く。

 

「……無茶はするなよ」

 

「はい!」

 

 ウォーロッドが、穏やかに微笑んだ。

 

「ふふっ。頑張って、メイビス」

 

「ありがとうございます!」

 

 メイビスは、四人を見渡した。

 

 そして。

 

「……皆さん」

 

 小さく呟く。

 

「本当に、ありがとうございます」

 

 その声には、深い感謝が込められていた。

 

 メイビスは、ゆっくりと前へ歩き出した。

 

 ヴァレインが、興味深そうに目を細める。

 

「……ほう?」

 

「……ヴァレインさん」

 

 メイビスが、まっすぐに告げた。

 

「ここからは、私がお相手します」

 

 ヴァレインは、しばらく彼女を見つめていた。

 

 そして。

 

「……ふっ」

 

 小さく笑った。

 

「面白い」

 

 その周囲で、死霊たちが武器を構える。

 

「ならば、見せてもらおう」

 

 黒紫色の魔力が、さらに濃くなる。

 

「君の理想が、どれほどの力を持つのかを」

 

 メイビスは、静かに息を吸った。

 

 そして。

 

「……はい!」

 

 その周囲に、淡い光が集まり始める。

 

 光は、ゆっくりと形を成していった。

 

 剣。

 

 盾。

 

 鎧。

 

 やがて、一人の騎士の姿が浮かび上がる。

 

 しかし、それは単なる幻影ではなかった。

 

 足が地面を踏みしめる。

 

 鎧が音を立てる。

 

 手にした剣が、確かな重みを持っていた。

 

「……ほう?」

 

 ヴァレインが目を細めた。

 

「幻影魔法か?」

 

 メイビスは、にっこりと微笑んだ。

 

「はい!」

 

 そして。

 

「ただし、少しだけ特別なんです!」

 

 騎士が、ゆっくりと剣を構える。

 

 死霊軍団が、前進を始めた。

 

 死者を従える黒獅子の王。

 

 仲間を信じる妖精の軍師。

 

 二人のギルドマスターが、互いを見据える。

 

 そして――。

 

 黒獅子の牙との戦いは、最後の局面へ突入しようとしていた。

 

 ――第48話 完――

 

 




【こそこそ妖精話】

~マスターを信じて~

ユーリ「……なあ、イリス」

イリス「はい? どうしました、ユーリさん?」

ユーリ「本当にいいのか?」

イリス「何がでしょう?」

ユーリ「メイビスを一人で戦わせてよ!」

プレヒト「……本人が望んだことだ」

ユーリ「それはわかってるけどよ!」

ウォーロッド「ふふっ。心配なんだね、ユーリ」

ユーリ「当たり前だろ! 相手は名門ギルドのマスターだぞ!?」

イリス「そうですね。かなりの実力者だと思います」

ユーリ「だろ!? だったら――」

イリス「ですが、メイビスさんも、とてもお強いですよ?」

ユーリ「……そりゃ、そうだけどよ」

プレヒト「それに、あいつの頭脳は我々の中でも群を抜いている」

ウォーロッド「うん。僕たちが思いつかないような作戦を、平然と考えるからね」

ユーリ「……確かにな」

イリス「ふふっ。ですから、信じて待ちましょう」

ユーリ「……わかったよ」

プレヒト「ようやく納得したか」

ユーリ「ただし!」

ウォーロッド「ん?」

ユーリ「メイビスが危なくなったら、俺が真っ先に助けに入るからな!」

プレヒト「……勝手にしろ」

ウォーロッド「ふふっ。頼もしいね」

イリス「……あの、ユーリさん」

ユーリ「ん?」

イリス「その時は、私もご一緒してよろしいでしょうか?」

ユーリ「……おう!」

プレヒト「……待て」

ウォーロッド「……あれ?」

プレヒト「その二人が同時に飛び込んだら、どうなる?」

ユーリ「……どうなるって?」

プレヒト「赤い雷と聖剣が、同時に敵へ襲いかかるわけだが」

ウォーロッド「……訓練場、大丈夫かな?」

イリス「……あ」

ユーリ「……あ」

プレヒト「…………」

ウォーロッド「…………」

イリス「……では、私は魔法だけ斬るようにしますね」

ユーリ「俺も、手加減すりゃいいだろ!」

プレヒト「……お前たち」

ウォーロッド「ふふっ。やっぱり心配だね」

ユーリ「何がだよ!?」

プレヒト「……訓練場の方だ」

イリス「……ふふっ」

ユーリ「そっちかよ!!」

――こそこそ妖精話・おしまい!



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。

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