第一幕 古き遺跡への第一歩
X686年 ― 天狼島
森の奥に佇む古い遺跡。
長い年月を経た石造りの建造物を前に、五人の冒険者たちはそれぞれ異なる反応を見せていた。
「すげぇ……!」
ユーリ・ドレアーが目を輝かせる。
「こういう場所には、絶対何かあるんだよ!」
「……お前はさっきも同じことを言っていたぞ」
プレヒト・ゲイボルグが呆れたように指摘する。
「何度だって言うさ! 宝探しってのは、こういう場所から始まるもんだろ!」
「まだ宝があると決まったわけではありませんけどね」
ウォーロッド・シーケンが穏やかに笑った。
そんな三人のやり取りを眺めながら、イリス・アストレアは小さく微笑む。
「ふふっ。皆さん、本当に楽しそうですね」
「もちろんだ!」
ユーリは胸を張った。
「目の前に遺跡があるんだぜ? わくわくしない方がおかしいだろ!」
「それは確かに」
イリスは遺跡を見上げた。
苔むした石壁。
崩れかけた柱。
植物に覆われた古い石段。
かつてここに暮らしていた人々は、どのような景色を見ていたのだろう。
そんなことを考えるだけで、自然と胸が弾んだ。
「イリスさん!」
隣から、明るい声が響く。
「はい?」
振り返ると、メイビス・ヴァーミリオンが嬉しそうに笑っていた。
「それでは、探検を始めましょう!」
「はい!」
イリスも笑顔で頷く。
こうして、五人の小さな冒険が始まった。
――――――――――
第二幕 冒険者の経験
「おおっ!」
遺跡へ足を踏み入れるなり、ユーリが声を上げた。
「見ろよ! 奥にも通路が続いてるぜ!」
崩れた石壁の向こうには、薄暗い回廊が伸びていた。
天井の一部は崩れ、そこから差し込む陽光が床を照らしている。
「……随分と古い建物のようだな」
プレヒトが周囲を観察する。
「石材の傷みも激しい。あまり不用意に歩き回らない方がいいだろう」
「わかってるって!」
そう答えながら、ユーリはさっそく奥へ進もうとした。
「……あ、ユーリさん」
「あん?」
「少し待っていただけますか?」
イリスの声に、ユーリが足を止める。
「なんだよ?」
「その先の床なんですけれど……」
イリスは、ユーリの足元を指さした。
「ほかの場所と、少し様子が違いませんか?」
「……床?」
ユーリが視線を落とす。
一見すると、どこにでもある石畳だった。
しかし、よく見ると、石の継ぎ目に細かな亀裂が走っている。
「……ああ?」
ユーリが眉をひそめた。
「ちょっと割れてるだけじゃねぇか」
「そうですね。でも……」
イリスは近くに落ちていた小石を拾い、亀裂のある場所へ軽く投げた。
こつん。
小さな音が響く。
その直後。
ぱらぱらと、石の欠片が落ちた。
「……お?」
ユーリが目を瞬かせる。
続いて、亀裂がゆっくりと広がり始めた。
がらがらっ!
石畳の一部が崩れ落ち、床の下に空洞が姿を現した。
「うおっ!?」
ユーリが慌てて飛び退く。
「危ねぇ!」
「……だから不用意に進むなと言っただろう」
プレヒトが深いため息をついた。
「いや、今のはわかんねぇって!」
「イリスさんは気づいていましたよ?」
ウォーロッドが笑顔で指摘する。
「ぐっ……!」
ユーリは言葉に詰まった。
イリスは、そんな彼に微笑みかける。
「お怪我がなくてよかったです」
「……お、おう」
ユーリは少し気まずそうに頭をかいた。
「助かったぜ、イリス」
「ふふっ。どういたしまして」
「……それにしても」
プレヒトが、崩れた床を覗き込んだ。
「よく気づいたな」
「以前、似たような場所を歩いたことがあるんです」
イリスは穏やかに答えた。
「古い建物では、見た目が丈夫そうでも、内部が傷んでいることがありますから」
「なるほど……」
プレヒトは小さく頷いた。
「経験があるということか」
「はい。少しだけですけれど」
「少しだけ、ねぇ……」
ユーリが疑わしそうに呟く。
その横で、メイビスが目を輝かせていた。
「すごいです、イリスさん!」
「いえ、そんな……」
「やっぱり、いろいろな場所を旅していたんですね!」
「ふふっ。そうですね」
イリスは少し照れたように笑った。
故郷で経験した数々の冒険。
それが、この世界でも役に立つのなら。
少しだけ、嬉しかった。
――――――――――
第三幕 妖精の知恵
「……さて」
崩れた床を避け、五人は別の通路へ進んだ。
やがて、少し開けた広間へとたどり着く。
そこには、いくつもの石柱が並んでいた。
「……なんだ、ここ?」
ユーリが周囲を見回す。
「行き止まりか?」
正面には、分厚い石壁が立ちはだかっていた。
左右にも通路は見当たらない。
「どうやら、そのようですね」
ウォーロッドが答える。
「ほかの道を探した方がいいでしょうか」
「……いや」
プレヒトが壁に近づいた。
「少し妙だな」
「何がだ?」
「この広間だけ、妙に整っている」
プレヒトは石柱へ視線を向ける。
「ほかの場所は崩れているのに、ここは比較的原形を保っている」
「……確かに」
イリスも周囲を見回した。
石柱の表面には、古い模様が刻まれている。
それらは風化していたものの、一定の規則に従って配置されているように見えた。
「……あら?」
そのとき。
メイビスが、ふと声を上げた。
「どうしました?」
イリスが尋ねる。
「この柱……」
メイビスは、楽しそうに目を細めた。
「ちょっと面白いですね!」
「……面白い?」
ユーリが首を傾げる。
「ただの柱だろ?」
「本当にそうでしょうか?」
「……また始まった」
プレヒトが小さく呟いた。
メイビスは気にする様子もなく、柱の周囲を歩き始める。
一つ。
二つ。
三つ。
そして、四つ目の柱の前で足を止めた。
「……なるほど!」
ぱっと表情を明るくする。
「わかりました!」
「何がだよ!?」
ユーリが身を乗り出した。
「この広間の秘密です!」
「秘密!?」
「はい!」
メイビスは石柱を指さした。
「皆さん、この柱の模様を見てください!」
イリスたちは、それぞれ近くの柱へ視線を向ける。
「……模様?」
ユーリが眉をひそめる。
「なんか、線がいっぱいあるな」
「そうですね」
イリスは柱に刻まれた模様を観察した。
「……あ」
そして、小さく声を漏らす。
「もしかして、これ……」
「気づきましたか?」
メイビスが嬉しそうに振り返る。
「はい。模様が、少しずつ違うんですね」
「その通りです!」
メイビスは満足そうに頷いた。
「四本の柱には、それぞれ違う模様が刻まれています。でも、よく見ると……」
彼女は床を指さした。
「床にも、同じ模様があるんです!」
「……ほう」
プレヒトがしゃがみ込む。
確かに、石畳の一部には、柱とよく似た線が刻まれていた。
「つまり、柱と床の模様が対応しているということか」
「はい!」
「……それで?」
ユーリが尋ねる。
「どうすりゃいいんだ?」
「ふふっ」
メイビスは、いたずらっぽく笑った。
「考えてみてください!」
「またそれかよ!」
ユーリの叫び声が、広間に響いた。
イリスは思わず笑ってしまう。
「ふふっ。メイビスさん、楽しそうですね」
「はい!」
メイビスは満面の笑みを浮かべた。
「だって、みんなで謎を解くなんて、わくわくするじゃありませんか!」
「……確かに」
イリスは柔らかく微笑んだ。
メイビスがこの場所へ案内してくれた理由。
それは、きっと。
宝物を探すためだけではないのだろう。
みんなで歩いて。
みんなで考えて。
同じ発見を喜び合う。
そんな時間そのものを、楽しみたかったのだ。
「……では」
イリスは柱を見つめた。
「私も、少し考えてみますね」
「はい!」
メイビスが嬉しそうに頷く。
こうして、五人の謎解きが始まった。
――――――――――
第四幕 五人の小さな冒険
「……よし!」
ユーリが腕をまくった。
「要するに、柱を動かせばいいんだろ?」
「まだそうとは決まっていませんよ?」
ウォーロッドが苦笑する。
「細けぇことはいいんだよ!」
「……よくない」
プレヒトが即座に返した。
「崩れかけた遺跡で、むやみに柱を動かすな」
「わかってるって!」
「さっきも聞いたぞ、その言葉は」
「うるせぇ!」
そんなやり取りを横目に、イリスは床の模様を調べていた。
石畳には、四種類の模様が刻まれている。
しかし、その配置は不規則だった。
「……メイビスさん」
「はい?」
「この模様、何かの順番を示しているのでしょうか?」
「ふふっ。いいところに気づきましたね!」
メイビスは嬉しそうに答えた。
「でも、順番だけではありません」
「……というと?」
「配置そのものに意味があるんです!」
メイビスは広間の中央へ歩み寄った。
「皆さん、少し離れて見てください!」
五人は、広間の入口付近まで戻った。
そこから改めて石柱を眺める。
「……あ」
ウォーロッドが声を上げた。
「なるほど……!」
「気づきましたか?」
「はい。柱の位置が、床の模様と対応しているんですね」
「その通りです!」
メイビスは笑顔で頷いた。
「つまり、この広間は……」
彼女は、四本の柱を順番に指さした。
「最初から、ある方向を示すために作られていたんです!」
「……方向?」
ユーリが首を傾げる。
「どこだよ?」
「こちらです!」
メイビスは、正面の石壁ではなく、広間の隅へ歩いていった。
そこには、崩れた石材が積み重なっていた。
「……ここ?」
イリスが尋ねる。
「はい!」
メイビスは頷いた。
「この奥に、通路があるはずです!」
「……なるほど」
プレヒトが石材の隙間を覗き込む。
「確かに、奥に空間があるようだな」
「だったら、どかせばいいんだろ!」
ユーリが石材へ手を伸ばした。
「……待ってください」
イリスが声をかける。
「今度はなんだ?」
「上の石が崩れてしまうかもしれません」
「……あ」
ユーリが手を止めた。
イリスは石材の重なりを確認する。
「下から動かすのではなく、上の小さな石から順番に取り除きましょう」
「……なるほどな」
プレヒトが頷いた。
「その方が安全だ」
「よし、任せろ!」
ユーリは勢いよく袖をまくった。
「僕も手伝いますよ」
ウォーロッドが隣に並ぶ。
「私も」
イリスが微笑む。
「……おいおい」
ユーリが笑った。
「なんだよ、全員でやるのか?」
「もちろんです!」
メイビスが元気よく答えた。
「みんなで探検しているんですから!」
「……ははっ!」
ユーリは楽しそうに笑った。
「そうだったな!」
五人は協力して石材を取り除いていった。
大きな石はユーリとウォーロッドが運び、プレヒトが崩れそうな場所を確認する。
イリスも周囲の安全に気を配りながら、小さな石を片づけていく。
そして、メイビスは全体の様子を見ながら、次に取り除くべき石を指示した。
やがて。
「……おっ!」
ユーリが声を上げた。
「見えたぞ!」
石材の向こうに、人ひとりが通れるほどの隙間が現れた。
その先には、細い通路が続いている。
「やりましたね!」
メイビスが嬉しそうに笑った。
「……ええ」
イリスも微笑む。
「皆さんのおかげですね」
「ふふっ」
メイビスは満足そうに頷いた。
そして、ふと。
「……もう、ゼーラったら」
誰かに話しかけるように、呟いた。
「そんなこと言わないでください!」
「……?」
イリスは、わずかに首を傾げた。
メイビスの視線は、すぐ隣へ向けられている。
けれど。
そこには、誰もいなかった。
「……メイビスさん?」
「はい?」
「今、どなたかとお話ししていましたか?」
「あ、はい!」
メイビスは何でもないことのように答えた。
「ゼーラとお話ししていたんです!」
「……ゼーラさん、ですか」
「はい! 私の大切な友達です!」
その顔には、いつもの明るい笑顔が浮かんでいた。
イリスは、もう一度だけメイビスの隣へ視線を向ける。
やはり、誰も見えない。
ただ、金色の瞳には、何もないはずの空間に漂う微かな魔力の輝きが映っていた。
(……不思議ですね)
けれど、イリスはふと、故郷での出来事を思い出した。
魔法学院にも、空想の友達と楽しそうに会話する生徒がいたのだ。
初めて見たときは驚いたものの、本人にとっては大切な友達なのだと知り、それ以来、特に気にしなくなっていた。
(……なるほど)
(メイビスさんも、そういう方なのかもしれませんね)
それに、微かな魔力についても、魔法の才能に恵まれたメイビスなら、無意識に漏れ出しているだけなのかもしれない。
そう考えれば、特別おかしなことでもなかった。
何より、メイビスは本当に嬉しそうだった。
「……仲がよろしいんですね」
「はい!」
メイビスは嬉しそうに頷いた。
「ずっと一緒なんです!」
「……そうなんですね」
イリスは柔らかく微笑んだ。
メイビスにとって、それほど大切なお友達なのだろう。
ならば、わざわざ踏み込む必要もない。
イリスはそう考え、それ以上尋ねなかった。
「おーい!」
そのとき、ユーリの声が響いた。
「お前ら! 通路が見つかったんだから、早く行こうぜ!」
「はい!」
メイビスが元気よく返事をする。
「行きましょう、イリスさん!」
「ええ」
二人は顔を見合わせ、笑った。
そして、仲間たちの待つ通路へと歩き出した。
――――――――――
第五幕 遺跡の奥に眠るもの
細い通路を抜けた先には、小さな部屋があった。
天井の一部が崩れており、そこから差し込む陽光が室内を照らしている。
壁には、古い模様が刻まれていた。
そして、部屋の中央には。
「……おおっ!」
ユーリが目を輝かせた。
「宝箱か!?」
そこには、古びた石造りの台座があった。
しかし、その上には何も置かれていない。
「……なんだよ」
ユーリが肩を落とす。
「空っぽじゃねぇか」
「ふふっ」
メイビスが笑った。
「残念でしたね!」
「お前、絶対楽しんでるだろ!」
「はい!」
「否定しろよ!」
ユーリの叫び声に、イリスは思わず笑ってしまった。
「ふふっ。でも、素敵な場所ですね」
「……そうですか?」
ウォーロッドが尋ねる。
「はい」
イリスは、天井から差し込む光を見上げた。
長い年月を経て、建物は崩れ、かつての姿を失っている。
それでも。
この場所には、誰かがここで過ごした時間の名残が残っていた。
「……こういう場所に来ると、考えてしまうんです」
「何をですか?」
「昔、ここにはどんな人たちがいたんだろうって」
イリスは柔らかく微笑んだ。
「どんなことを話して、何を大切にしていたんでしょうね」
「……なるほど」
ウォーロッドは静かに頷いた。
「そういう見方もあるんですね」
「はい」
「僕は、こういう場所を見ると、どうしても建物の作りが気になってしまいます」
「建物の作り、ですか?」
「ええ。こんなに古いのに、まだ残っている部分もありますから」
ウォーロッドは石壁へ視線を向けた。
「きっと、建てた人たちは長く使えるように工夫していたんでしょうね」
「……確かに」
イリスは頷いた。
「そう考えると、ますます興味深いです」
「……おいおい」
ユーリが二人を見比べた。
「お前ら、空っぽの部屋を見てよくそんなに楽しめるな」
「ふふっ」
イリスは微笑んだ。
「ユーリさんは、宝物がないと楽しくありませんか?」
「そりゃ、宝があった方がいいに決まってるだろ!」
「でも、ここまでの道のりは楽しかったでしょう?」
「……まあな」
ユーリは少し考えた。
「それは、否定しねぇよ」
「でしょう?」
「……ちぇっ」
ユーリは照れくさそうに鼻を鳴らした。
そんな彼を見て、メイビスが嬉しそうに笑う。
「ふふっ。ユーリさんも、ちゃんと楽しんでくれたんですね!」
「うるせぇ!」
その声に、五人の笑い声が重なった。
古い遺跡の奥に、賑やかな声が響く。
そこに宝物はなかった。
けれど。
イリスにとっては、十分に楽しい冒険だった。
――――――――――
第六幕 消えた天狼玉
遺跡を出るころには、太陽が少し西へ傾き始めていた。
「いやー、面白かったな!」
ユーリが大きく伸びをする。
「結局、宝は見つからなかったけどよ!」
「ふふっ」
メイビスが笑った。
「でも、楽しかったでしょう?」
「……まあな!」
ユーリは素直に頷いた。
「それは認めるぜ!」
「よかったです!」
メイビスは満足そうに笑った。
その隣で、イリスも微笑む。
今日の遺跡探索は、メイビスにとっても楽しい時間だったのだろう。
そう思うと、イリスまで嬉しくなった。
「……さて」
プレヒトが口を開く。
「そろそろ、本来の目的について話してもいいだろうか」
「……あ!」
ユーリが顔を上げた。
「そうだった!」
「忘れていたのか……」
「忘れてねぇよ!」
プレヒトは呆れたようにため息をついた。
「……天狼玉のことだ」
「ああ!」
ユーリはメイビスへ向き直った。
「なあ、メイビス!」
「はい?」
「そろそろ教えてくれねぇか?」
「……何をですか?」
「天狼玉の場所だよ!」
メイビスは、しばらくユーリを見つめていた。
そして。
「……そうですね」
小さく頷いた。
「皆さんのことも、少しわかってきましたし」
「……おっ?」
ユーリの表情が明るくなる。
「じゃあ!」
「はい!」
メイビスは微笑んだ。
「天狼玉がある場所へ、ご案内します!」
「よっしゃあ!」
ユーリが拳を握りしめた。
「ようやくだぜ!」
「……騒がしいな」
プレヒトが呟く。
「まあまあ」
ウォーロッドが笑った。
「せっかくですから、案内していただきましょう」
「そうですね」
イリスも頷いた。
ただ。
少しだけ、気になることがあった。
「……メイビスさん」
「はい?」
「本当によろしいんですか?」
「……え?」
「天狼玉は、この島にとって大切なものなのでしょう?」
メイビスは、少し驚いたように目を丸くした。
そして、柔らかく微笑む。
「……はい」
「でしたら、無理に案内していただかなくても……」
「大丈夫ですよ!」
メイビスは明るく答えた。
「皆さんが、どんな方なのか知りたかったんです」
そして、ユーリたち三人へ視線を向ける。
「今日、一緒に歩いてみて、少しだけわかった気がします」
「……へぇ」
ユーリが腕を組んだ。
「どんなふうに?」
「ふふっ」
メイビスは、いたずらっぽく笑った。
「それは秘密です!」
「またそれかよ!」
再び始まった二人のやり取りに、イリスは思わず笑ってしまった。
けれど。
メイビスの笑顔には、どこか真剣なものも混じっていた。
やがて、五人は森の中を歩き始めた。
遺跡とは別の方向へ。
メイビスの案内に従い、木々の間を進んでいく。
しばらくして。
「……着きました」
メイビスが足を止めた。
そこには、古い石造りの建物があった。
先ほどの遺跡ほど大きくはない。
けれど、どこか厳かな雰囲気を漂わせていた。
「……ここに?」
ユーリが尋ねる。
「はい」
メイビスは頷いた。
「天狼玉は、この中に保管されています」
「……!」
ユーリの目が輝いた。
「よし! 行こうぜ!」
「……待て」
プレヒトが腕を掴む。
「少しは落ち着け」
「なんだよ!」
「大切な宝だと言っていただろう。勝手に入るな」
「……ちぇっ」
ユーリは不満そうに口を尖らせた。
その様子を見て、メイビスが小さく笑う。
「ふふっ。大丈夫ですよ」
そして、建物の入口へ歩み寄った。
「こちらです」
五人は、メイビスに続いて中へ入った。
室内は静かだった。
窓から差し込む光が、床を淡く照らしている。
そして。
部屋の奥には、一つの台座があった。
「……あれ?」
メイビスが足を止めた。
その声に、イリスが振り返る。
「メイビスさん?」
「…………」
メイビスは、台座を見つめたまま動かなかった。
イリスも、その視線を追う。
そこには。
何もなかった。
「……おい」
ユーリが、ゆっくりと口を開いた。
「……天狼玉は?」
「…………」
メイビスは答えない。
ただ、空っぽの台座を見つめている。
先ほどまでの楽しげな表情は、消えていた。
「……メイビスさん」
イリスが、そっと声をかける。
「……そんな」
メイビスの唇から、小さな声が漏れた。
「……どうして……?」
イリスは、胸の奥がわずかに冷たくなるのを感じた。
その表情を見れば、わかる。
これは、メイビスが仕掛けたいたずらなどではない。
本当に、何かが起きているのだ。
「……まさか」
プレヒトが低く呟いた。
「……盗まれたのか?」
誰も、すぐには答えられなかった。
静寂が、部屋を満たす。
やがて。
「……はい」
メイビスが、小さく頷いた。
「……天狼玉が……」
その声は、かすかに震えていた。
「……なくなっています」
イリスは、そっとメイビスの隣へ歩み寄った。
「……メイビスさん」
「……イリスさん……」
メイビスが顔を上げる。
その瞳には、戸惑いが浮かんでいた。
イリスは、静かに微笑んだ。
「……まずは、落ち着いて考えましょう」
「……え?」
「まだ、何が起きたのかもわかりませんから」
そして、空っぽの台座へ視線を向ける。
「……皆さんで調べれば、何かわかるかもしれません」
「…………」
メイビスは、しばらくイリスを見つめていた。
やがて。
「……はい」
小さく頷く。
「……そうですね」
その声には、まだ不安が残っていた。
けれど。
先ほどよりも、少しだけ落ち着きを取り戻していた。
ユーリは、空っぽの台座を見つめながら拳を握りしめた。
「……くそっ」
その声には、悔しさが滲んでいた。
「せっかく、ここまで来たってのに……!」
「……まだ終わったわけではない」
プレヒトが静かに言った。
「誰かが持ち去ったのなら、行き先を調べればいい」
「そうですね」
ウォーロッドも頷いた。
「まずは、何か手がかりが残っていないか探してみましょう」
「……ああ!」
ユーリが顔を上げた。
「そうだな!」
メイビスは、そんな三人を見つめていた。
そして、隣に立つイリスへ視線を向ける。
「……イリスさん」
「はい?」
「……ありがとうございます」
イリスは、少し驚いたように目を丸くした。
そして、柔らかく微笑む。
「……どういたしまして」
その言葉に、メイビスも小さく笑った。
けれど。
空っぽの台座が示す事実は、変わらない。
天狼島に伝わる、大切な宝物。
天狼玉。
それは、何者かの手によって持ち去られていた。
――――――――――
終幕 新たな冒険の予感
建物の外へ出ると、森には夕暮れの光が差し込んでいた。
木々の影が長く伸び、昼間とは違う静けさが広がっている。
「……さて」
ユーリが腕を組んだ。
「どうする?」
「まずは情報を集めるべきだろう」
プレヒトが答えた。
「天狼玉を持ち去った者がいるのなら、何か痕跡が残っているかもしれん」
「僕もそう思います」
ウォーロッドが頷く。
「ただ、今日はもう遅くなってきました。無理に動くより、明日改めて調べた方がいいかもしれません」
「……そうだな」
ユーリは、少し不満そうに頷いた。
その横で、メイビスは静かに森を見つめていた。
イリスは、そっと隣に並ぶ。
「……メイビスさん」
「……はい」
「天狼玉は、きっと大切なものなんですよね」
「……はい」
メイビスは小さく頷いた。
「この島にとって、とても大切な宝物なんです」
「……そうなんですね」
イリスは、それ以上は尋ねなかった。
代わりに、柔らかく微笑む。
「……でしたら」
「……?」
「一緒に探しましょうか」
メイビスが、驚いたように顔を上げた。
「……イリスさん?」
「私も、今日の探検はとても楽しかったです」
イリスは、夕暮れの森へ視線を向けた。
「皆さんと一緒に歩いて、知らない景色を見て……」
そして、メイビスへ微笑みかける。
「ですから、今度はメイビスさんの大切なものを探すお手伝いができたら、嬉しいです」
「…………」
メイビスは、しばらく何も言わなかった。
やがて。
「……はい!」
その顔に、明るい笑顔が戻る。
「ありがとうございます、イリスさん!」
「ふふっ。どういたしまして」
二人は顔を見合わせて笑った。
「……おーい!」
少し離れたところから、ユーリの声が響く。
「お前ら! 何してんだよ!」
「今行きます!」
メイビスが元気よく答えた。
そして、イリスの手を取る。
「行きましょう!」
「はい!」
二人は、並んで歩き出した。
その先には、ユーリたち三人が待っている。
今日、五人で歩いた森。
今日、五人で探索した遺跡。
そして、今日知った天狼玉の消失。
楽しかっただけの一日が、少しずつ違う意味を持ち始めていた。
まだ、誰も知らない。
天狼玉を持ち去った者が、どこにいるのか。
その先に、どんな出来事が待ち受けているのか。
けれど。
イリスは、不思議と一人ではないような気がしていた。
メイビスがいて。
ユーリたちがいて。
同じ目的に向かって歩き始めようとしている。
故郷とは違う、この世界で。
新しい出会いが、少しずつ増えていく。
――……不思議ですね。
イリスは、小さく微笑んだ。
帰りたい場所は、今もある。
それでも。
この世界で出会った人たちとの時間も、少しずつ大切になっていた。
夕暮れの森に、五人の足音が響く。
その先に待つものを、まだ誰も知らないまま。
小さな冒険は、次の物語へと続いていく。
――第5話 完――
【こそこそ妖精話】
メイビス「ゼーラ! 今日の探検、とっても楽しかったですね!」
ゼーラ「はいはい。あんた、ずっとはしゃいでたものね」
メイビス「だって、みんなで遺跡を探検したんですよ! しかも、隠された通路まで見つけちゃいました!」
ゼーラ「宝物はなかったけどね」
メイビス「むぅ……。ゼーラは夢がありません!」
ゼーラ「現実的って言ってほしいわね」
メイビス「それに、イリスさんも楽しそうでした!」
ゼーラ「そうね。あの子、古い建物を見ているだけでも嬉しそうだったわ」
メイビス「ふふっ。今度はもっと素敵な場所を案内したいです!」
ゼーラ「……ところで、メイビス」
メイビス「はい?」
ゼーラ「イリスって、あたしのことが見えてないみたいだったけど?」
メイビス「……そうなんですよね。不思議です」
ゼーラ「普通、もう少し気にするんじゃない?」
メイビス「でも、イリスさんは優しいですから。きっと、何か事情があると思ってくれたんです!」
ゼーラ「……あんた、あの子のこと本当に好きね」
メイビス「はい! 大切なお友達ですから!」
ゼーラ「……ふふっ。そう」
メイビス「あっ! もちろん、ゼーラも大切なお友達ですよ!」
ゼーラ「わかってるわよ、そんなこと」
メイビス「えへへ♪」
ゼーラ「……まったく。調子が狂うんだから」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。