妖精と聖剣使い   作:使い手なない

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第49話「妖精の輝き」

 

第一幕 死者の軍勢

 

 黒紫色の霧が、訓練場を覆っていた。

 

 冷たい風が吹き抜ける。

 

 その中心に立つのは、二人のギルドマスター。

 

 黒獅子の牙を率いるヴァレイン・グレイヴス。

 

 そして、妖精の尻尾の初代マスター、メイビス・ヴァーミリオン。

 

 二人の間には、数十体もの死霊が並んでいた。

 

 古びた鎧をまとった戦士。

 

 長槍を構えた兵士。

 

 弓を引き絞る射手。

 

 いずれも半透明の身体を持ち、その瞳には生者のような感情が宿っていない。

 

「……なるほど」

 

 メイビスは、目の前の軍勢を興味深そうに見つめていた。

 

「これほど多くの死霊を、同時に操れるんですね」

 

「感心している場合かね?」

 

 ヴァレインが静かに問いかける。

 

「君の幻影は一体。対する私の軍勢は五十を超える」

 

「はい!」

 

 メイビスは元気よく頷いた。

 

「ですから、少し工夫しないといけませんね!」

 

「……ふっ」

 

 ヴァレインが笑った。

 

「その余裕が、いつまで続くかな」

 

 彼が片手を上げる。

 

 その瞬間。

 

 死霊たちが、一斉に動き出した。

 

「――進め」

 

 鎧の擦れる音が重なる。

 

 無数の足音が、地面を震わせた。

 

 先頭を走るのは、巨大な盾を構えた重装兵。

 

 その後方には槍兵が続き、さらに後ろでは弓兵たちが弓を引き絞っていた。

 

 単なる突撃ではない。

 

 前衛が敵の攻撃を受け止め、後衛が援護する。

 

 整然とした軍勢の動きだった。

 

「……へえ」

 

 観覧席の近くで、ユーリが目を細めた。

 

「死霊ってのは、もっと無茶苦茶に襲いかかってくるもんだと思ってたぜ」

 

「……違うな」

 

 プレヒトが答える。

 

「ヴァレインは軍勢を統率している。個々の死霊を動かすだけでなく、陣形まで制御しているようだ」

 

「かなり高度な魔法だね」

 

 ウォーロッドも感心したように呟いた。

 

 イリスは、静かに戦場を見つめていた。

 

 金色の瞳には、死霊たちを繋ぐ無数の魔力の糸が映っている。

 

「……すごいですね」

 

「何がだ?」

 

 ユーリが尋ねる。

 

「死霊一体一体に、異なる魔力の流れがあります。それを同時に制御しているんです」

 

 イリスは、ヴァレインへ視線を向けた。

 

「……相当な技術ですよ」

 

 その言葉が終わるより早く。

 

「――放て」

 

 ヴァレインが命じた。

 

 無数の矢が、空を埋め尽くした。

 

 狙いは、メイビス。

 

 しかし。

 

「――騎士さん!」

 

 メイビスが声を上げる。

 

 その前に立つ白銀の騎士が、巨大な盾を構えた。

 

 次の瞬間。

 

 無数の矢が盾へ突き刺さる。

 

 金属音。

 

 衝撃。

 

 しかし、騎士は一歩も退かなかった。

 

「……ほう」

 

 ヴァレインが目を細める。

 

「実体を持つ幻影か」

 

「はい!」

 

 メイビスが微笑む。

 

「なかなか頼もしいでしょう?」

 

「確かにな」

 

 ヴァレインは頷いた。

 

「だが、一体で何ができる?」

 

 その言葉と共に、重装兵たちが騎士へ殺到した。

 

 巨大な斧。

 

 長剣。

 

 槍。

 

 無数の武器が、一斉に振り下ろされる。

 

「――お願いします!」

 

 メイビスの声に応え、騎士が動いた。

 

 白銀の剣が、横薙ぎに振るわれる。

 

 轟音。

 

 先頭の死霊たちが、まとめて吹き飛ばされた。

 

「……!」

 

 観覧席がざわめく。

 

「何だ、あの騎士!?」

 

「幻影じゃなかったのか!?」

 

「死霊を吹き飛ばしたぞ!」

 

 しかし。

 

 倒れた死霊たちは、すぐに起き上がった。

 

 砕けた鎧が黒紫色の霧となり、再び形を成していく。

 

「……あれ?」

 

 メイビスが目を丸くする。

 

 ヴァレインが笑った。

 

「言っただろう」

 

 その周囲に、黒紫色の魔力が渦巻く。

 

「死者は疲れず、恐れず、迷わない」

 

 再生した死霊たちが、再び武器を構える。

 

「そして、容易には滅びない」

 

「……なるほど」

 

 メイビスは小さく頷いた。

 

 そして。

 

「それなら……」

 

 ぱっと両手を広げる。

 

「こちらも、人数を増やしましょう!」

 

 次の瞬間。

 

 白銀の騎士の隣に、もう一人の騎士が現れた。

 

 さらに一人。

 

 また一人。

 

 やがて、十人ほどの騎士がメイビスの周囲に並び立った。

 

「……何だと?」

 

 ヴァレインが眉を動かす。

 

 しかし、すぐに気づいた。

 

「……ふむ」

 

 騎士たちを観察する。

 

「すべてが実体を持つわけではないな」

 

「……あら」

 

 メイビスが楽しそうに笑った。

 

「もう気づいちゃいました?」

 

「当然だ」

 

 ヴァレインは静かに答える。

 

「魔力の密度が違う」

 

 メイビスは、にっこりと微笑んだ。

 

「さすがですね!」

 

 そして。

 

「ですが……」

 

 騎士たちが、一斉に剣を構える。

 

「どれが本物か、わかりますか?」

 

 その瞬間。

 

 十人の騎士が、死霊軍団へ突撃した。

 

 幻影と死霊。

 

 二つの軍勢が、激突する。

 

――――――――――

 

第二幕 死霊王の戦術

 

 剣戟が響いた。

 

 白銀の騎士が、死霊の槍を弾く。

 

 別の騎士が、巨大な盾で敵を押し返す。

 

 しかし。

 

「……消えた!?」

 

 黒獅子の牙の魔導士が声を上げた。

 

 死霊の剣が騎士を貫いた瞬間、その姿が霧のように消えたのだ。

 

 幻影。

 

 だが、その隣では別の騎士が死霊を切り伏せている。

 

 こちらは実体を持っていた。

 

「……なるほど」

 

 ヴァレインが目を細める。

 

「実体を持つ幻影と、持たない幻影を混在させているのか」

 

「はい!」

 

 メイビスが答える。

 

「全部を実体にすると、魔力がたくさん必要ですからね!」

 

「合理的だ」

 

 ヴァレインは頷いた。

 

「だが、少々甘い」

 

 彼が指を鳴らす。

 

 その瞬間。

 

 死霊軍団の動きが変わった。

 

 前衛が一斉に後退する。

 

 代わって現れたのは、黒い外套をまとった死霊たちだった。

 

 手には古びた杖。

 

 その先端には、紫色の魔力が集まっている。

 

「……魔導士?」

 

 メイビスが目を細める。

 

「――死霊魔法・亡者の詠唱」

 

 ヴァレインが静かに告げた。

 

 次の瞬間。

 

 死霊たちが一斉に杖を掲げた。

 

 紫色の魔法陣が、空中に展開される。

 

「……っ!」

 

 メイビスの表情が変わった。

 

「騎士さんたち! 防御してください!」

 

 しかし、遅かった。

 

 無数の魔力弾が、騎士たちへ降り注いだ。

 

 轟音。

 

 爆発。

 

 土煙が、訓練場を覆う。

 

「メイビス!」

 

 ユーリが思わず叫んだ。

 

 しかし。

 

「……大丈夫です!」

 

 煙の向こうから、元気な声が響いた。

 

 そこには、盾を構えた騎士の後ろに隠れるメイビスの姿があった。

 

 だが。

 

 周囲にいた騎士たちは、ほとんど消滅していた。

 

「……むむっ」

 

 メイビスが頬を膨らませる。

 

「なかなか厄介ですね……!」

 

「君の幻影は優秀だ」

 

 ヴァレインが静かに言った。

 

「だが、戦場では数が力になる」

 

 彼が片手を上げる。

 

 倒れた死霊たちが、再び立ち上がる。

 

「私の軍勢は、何度でも蘇る」

 

 黒紫色の霧が、さらに濃くなった。

 

「対して、君の幻影は魔力を消費し続ける」

 

 ヴァレインは、ゆっくりと歩き出した。

 

「長期戦になれば、どちらが有利かは明白だろう」

 

「……そうですね」

 

 メイビスは、素直に頷いた。

 

「確かに、このままでは私が先に疲れてしまいます」

 

「ならば、降参するかね?」

 

「いいえ!」

 

 即答だった。

 

 メイビスは、にっこりと笑った。

 

「まだ、始まったばかりですから!」

 

 その瞬間。

 

 メイビスの姿が、三つに分かれた。

 

「……ほう?」

 

 ヴァレインが目を細める。

 

 三人のメイビスが、それぞれ別の方向へ走り出す。

 

「……幻影か」

 

 ヴァレインは冷静に片手を振った。

 

「追え」

 

 死霊たちが、三方向へ分かれる。

 

 しかし。

 

 次の瞬間。

 

 三人のメイビスが、さらに三人ずつに分かれた。

 

「……何?」

 

 ヴァレインの眉が動く。

 

 九人。

 

 そして、十八人。

 

 さらに、三十六人。

 

 訓練場のあちこちに、メイビスの姿が現れ始めた。

 

「……おいおい」

 

 ユーリが呆然と呟く。

 

「メイビスが、いっぱい……」

 

「……すごいな」

 

 プレヒトが感心したように言った。

 

「これだけの幻影を、同時に維持しているのか」

 

 ウォーロッドが苦笑する。

 

「ふふっ。どれが本物なのか、僕にもわからないよ」

 

 イリスは、静かに微笑んだ。

 

「……メイビスさんらしい戦い方ですね」

 

 その金色の瞳には、幻影を構成する魔力の流れが映っていた。

 

 しかし。

 

 その中に、少しだけ異なる動きをする魔力があった。

 

「……あら?」

 

 イリスが小さく呟く。

 

 そして、ふっと笑った。

 

「……なるほど」

 

 どうやら、メイビスは単に敵を混乱させているわけではないらしい。

 

 一方。

 

 ヴァレインは、周囲に現れた無数のメイビスを見渡していた。

 

「……なるほど」

 

 そして、静かに笑う。

 

「面白い」

 

 彼が両手を広げる。

 

「だが、幻影に惑わされるほど、私の死霊は愚かではない」

 

 その瞬間。

 

 死霊たちの眼窩に、紫色の光が灯った。

 

「――死霊魔法・魂魄感知」

 

 次の瞬間。

 

 死霊たちが、一斉に方向を変えた。

 

「……えっ?」

 

 メイビスが目を丸くする。

 

 死霊たちは、幻影を無視して走り始めた。

 

 狙いは、一人。

 

 訓練場の端にいたメイビスだった。

 

「……見つけたぞ」

 

 ヴァレインが笑った。

 

「幻影は魂を持たない。生者の気配を探れば、本体を見つけることなど容易い」

 

「……っ!」

 

 メイビスが後退する。

 

 しかし、死霊たちはすでに包囲を完成させていた。

 

「……まずい!」

 

 ユーリが身を乗り出す。

 

 だが。

 

「……まだです」

 

 イリスが静かに言った。

 

「メイビスさんは、まだ諦めていません」

 

 その言葉通り。

 

 メイビスは、にっこりと笑った。

 

「……見つかっちゃいましたね!」

 

 そして。

 

「ですが……」

 

 小さく指を鳴らす。

 

「本当に、そうでしょうか?」

 

 次の瞬間。

 

 死霊たちに囲まれたメイビスの姿が、ふっと消えた。

 

「……何!?」

 

 ヴァレインが目を見開く。

 

 その直後。

 

 彼の背後から、明るい声が響いた。

 

「――こちらですよ!」

 

 ヴァレインが振り返る。

 

 そこには、もう一人のメイビスが立っていた。

 

「……っ!」

 

 しかし、ヴァレインは即座に反応した。

 

 死霊の槍兵が、メイビスへ突撃する。

 

 槍が、少女の身体を貫いた。

 

 だが。

 

 その姿も、霧のように消えた。

 

「……また幻影か!」

 

 ヴァレインが舌打ちする。

 

 その瞬間。

 

「――えいっ!」

 

 今度は、頭上から声が響いた。

 

 ヴァレインが見上げる。

 

 そこには。

 

 空中に浮かぶメイビスの姿があった。

 

「……なっ!?」

 

 そして。

 

 その足元に、小さな魔法陣が輝いていた。

 

――――――――――

 

第三幕 空間の魔法

 

「……空中に?」

 

 ヴァレインが目を細める。

 

 メイビスは、ふわりと地面へ降り立った。

 

「えへへっ!」

 

 嬉しそうに笑う。

 

「ちょっとした工夫です!」

 

「……今のは、幻影ではないな」

 

「はい!」

 

 メイビスが頷いた。

 

「最近、少しだけ使えるようになった魔法なんです!」

 

 その言葉に。

 

「……まさか」

 

 プレヒトが目を見開いた。

 

「空間魔法か……?」

 

「……えっ?」

 

 ユーリが振り返る。

 

「メイビス、そんなもんまで使えるのか!?」

 

「……王都で研究していた術式だね」

 

 ウォーロッドが呟いた。

 

 イリスは、嬉しそうに微笑んだ。

 

「……ふふっ」

 

 あの旅の帰り道。

 

 馬車の中で、古い術式を眺めながら目を輝かせていたメイビス。

 

『少し面白いことを思いついたんです!』

 

 その言葉を、イリスは覚えていた。

 

「……本当に、形にしてしまったんですね」

 

 イリスが小さく呟く。

 

 一方。

 

 ヴァレインは、メイビスを鋭く見つめていた。

 

「……空間魔法」

 

 低く呟く。

 

「なるほど。幻影だけではないということか」

 

「はい!」

 

 メイビスが元気よく答えた。

 

「ただし、まだ少ししか使えませんけどね!」

 

「……謙遜か?」

 

「いいえ!」

 

 メイビスは首を振った。

 

「本当に、まだまだなんです!」

 

 その言葉に、ヴァレインが小さく笑った。

 

「……面白い娘だ」

 

 しかし、次の瞬間。

 

 彼の表情が引き締まった。

 

「だが、魔法の種類が増えたところで、戦況が覆るわけではない」

 

 ヴァレインが片手を上げる。

 

 死霊軍団が、再び動き出した。

 

「――囲め」

 

 無数の死霊が、メイビスへ迫る。

 

 しかし。

 

「……よいしょっ!」

 

 メイビスが、小さく跳ねた。

 

 その足元に、淡い魔法陣が浮かび上がる。

 

 次の瞬間。

 

 彼女の身体が、わずかに横へずれた。

 

「……っ!?」

 

 死霊の槍が、空を切る。

 

 メイビスは、数歩離れた場所へ着地していた。

 

「……何?」

 

 ヴァレインが眉をひそめる。

 

「今のは……」

 

「空間を、ほんの少しだけ繋げてみました!」

 

 メイビスが説明する。

 

「遠くへ移動するのは難しいんですけど、短い距離なら何とかなるんですよ!」

 

「……なるほど」

 

 ヴァレインは、すぐに理解した。

 

「短距離の空間転移か」

 

「はい!」

 

 メイビスが笑う。

 

「ただ、何度も使うと疲れてしまうので……」

 

 その額には、すでに小さな汗が浮かんでいた。

 

 ヴァレインは、それを見逃さなかった。

 

「……そうか」

 

 そして、静かに笑った。

 

「ならば、使わせ続ければいい」

 

 その瞬間。

 

 死霊軍団が、一斉にメイビスへ殺到した。

 

「……っ!」

 

 メイビスが息を呑む。

 

 右から槍。

 

 左から剣。

 

 正面から斧。

 

 そして、頭上から魔力弾。

 

 逃げ場を塞ぐ、完璧な包囲。

 

「……むむっ!」

 

 メイビスが両手を広げる。

 

 無数の幻影が現れ、死霊たちの視界を遮った。

 

 しかし、魂魄感知によって本体の位置は把握されている。

 

「……無駄だ!」

 

 ヴァレインが叫ぶ。

 

「幻影では、私の死霊は欺けん!」

 

 次の瞬間。

 

 無数の武器が、メイビスへ振り下ろされた。

 

 しかし。

 

「――それなら!」

 

 メイビスが、小さく指を鳴らす。

 

「……これでどうですか!」

 

 その瞬間。

 

 メイビスの姿が、ふっと消えた。

 

 そして。

 

 数歩離れた場所に、再び現れる。

 

「……っ!」

 

 着地したメイビスが、わずかによろめいた。

 

「……はぁっ」

 

 小さく息を吐く。

 

 額には汗。

 

 呼吸も、少しずつ荒くなっていた。

 

「……やっぱり」

 

 メイビスが苦笑する。

 

「まだ、連続では難しいですね……」

 

 ヴァレインが、静かに歩き出す。

 

「……君は、確かに優秀だ」

 

 その声には、先ほどまでとは違う響きがあった。

 

「幻影魔法の技術。空間魔法への適性。そして、戦術眼」

 

 ヴァレインは、メイビスを見つめた。

 

「だが……」

 

 その周囲に、黒紫色の魔力が集まり始める。

 

「まだ、経験が足りん」

 

 メイビスが顔を上げる。

 

「……経験?」

 

「そうだ」

 

 ヴァレインは、静かに頷いた。

 

「戦場とは、常に相手の思い通りに進むものではない」

 

 そして。

 

「――死霊魔法・冥府の檻」

 

 次の瞬間。

 

 メイビスの周囲に、巨大な黒い柱が出現した。

 

「……っ!?」

 

 一本。

 

 二本。

 

 三本。

 

 さらに、四本。

 

 黒紫色の魔力をまとった柱が、メイビスを取り囲む。

 

 そして。

 

 柱と柱の間に、無数の死霊が現れた。

 

「……これは……!」

 

 メイビスが目を見開く。

 

 ヴァレインは、静かに笑った。

 

「君の空間魔法は、短距離しか使えないのだろう?」

 

 その声が、訓練場に響く。

 

「ならば、その移動先をすべて塞げばいい」

 

 黒い柱が、さらに高く伸びる。

 

 死霊たちが、武器を構えた。

 

「……逃げ場はない」

 

 ヴァレインが告げる。

 

「ここからが、本当の戦いだ」

 

――――――――――

 

第四幕 黒獅子の王

 

 黒紫色の柱が、訓練場を囲んでいた。

 

 その内側では、無数の死霊たちが武器を構えている。

 

 そして、その中心に立つメイビス。

 

「……むむっ」

 

 彼女は、周囲を見渡していた。

 

 前方には重装兵。

 

 左右には槍兵。

 

 後方には魔導士型の死霊。

 

 さらに、柱の上には弓兵まで配置されている。

 

「……これは、なかなか厳しいですね」

 

 メイビスが小さく呟く。

 

「ようやく理解したかね?」

 

 ヴァレインの声が響く。

 

「君の魔法は優秀だ。だが、魔力には限界がある」

 

 彼が片手を上げる。

 

「対して、私の死霊は何度でも蘇る」

 

 死霊たちが、一斉に前進した。

 

「……そして、逃げ場もない」

 

 メイビスは、静かに息を吸った。

 

「……そうですね」

 

 その表情には、わずかな緊張が浮かんでいた。

 

「ですが……」

 

 両手を広げる。

 

「まだ、負けていません!」

 

 次の瞬間。

 

 彼女の周囲に、三人の白銀の騎士が現れた。

 

 いずれも、実体を持つ幻影。

 

 騎士たちは、メイビスを守るように剣を構えた。

 

「――お願いします!」

 

 その声に応え、騎士たちが突撃する。

 

 白銀の剣が、死霊を切り裂いた。

 

 しかし。

 

「……無駄だ!」

 

 ヴァレインが叫ぶ。

 

 倒れた死霊たちが、黒紫色の霧となって再生する。

 

 その数は、減らない。

 

 むしろ。

 

「……っ!?」

 

 メイビスが目を見開いた。

 

 新たな死霊が、柱の間から現れ始めたのだ。

 

「……まだ増えるんですか!?」

 

「当然だ」

 

 ヴァレインは、静かに答えた。

 

「私が使役できる死霊は、これだけではない」

 

 その足元に、巨大な魔法陣が広がる。

 

「――死霊魔法・冥王軍勢」

 

 次の瞬間。

 

 黒紫色の霧が、爆発的に広がった。

 

 十体。

 

 二十体。

 

 三十体。

 

 さらに、五十体。

 

 無数の死霊が、訓練場へ姿を現した。

 

「……なっ!?」

 

 ユーリが目を見開く。

 

「まだ、こんなに出せんのかよ!?」

 

「……恐ろしい魔力量だ」

 

 プレヒトが呟いた。

 

「これだけの軍勢を維持しながら、さらに増やすとは……」

 

「……メイビス、大丈夫かな」

 

 ウォーロッドが心配そうに言った。

 

 イリスは、静かに戦場を見つめていた。

 

 その表情は、真剣だった。

 

「……厳しいですね」

 

 小さく呟く。

 

「メイビスさんの魔力も、かなり消耗しています」

 

「……おい」

 

 ユーリが振り返る。

 

「本当に、まだ見てるだけでいいのか?」

 

 イリスは、しばらく黙っていた。

 

 そして。

 

「……もう少しだけ」

 

 静かに答えた。

 

「メイビスさんを信じましょう」

 

 その言葉に、ユーリが唇を噛みしめる。

 

「……くそっ」

 

 しかし、動かなかった。

 

 一方。

 

 訓練場の中心では、メイビスが必死に戦っていた。

 

「――騎士さん!」

 

 白銀の騎士が、巨大な盾を構える。

 

 死霊の斧が、盾へ叩きつけられた。

 

 轟音。

 

 騎士が、後方へ押し込まれる。

 

「……っ!」

 

 メイビスが息を呑む。

 

 別の方向から、槍が迫った。

 

「……危ない!」

 

 メイビスが、咄嗟に空間魔法を発動する。

 

 身体が、数歩横へ移動した。

 

 しかし。

 

「……っ!?」

 

 着地した瞬間、膝が折れた。

 

「……はぁっ、はぁっ……!」

 

 呼吸が荒い。

 

 魔力の消耗が、明らかに激しくなっていた。

 

「……もう、限界かね?」

 

 ヴァレインが静かに問いかける。

 

 メイビスは、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……いいえ」

 

 小さな声だった。

 

「まだ……です」

 

「……ふむ」

 

 ヴァレインは、しばらく彼女を見つめていた。

 

 そして。

 

「……見事な精神力だ」

 

 静かに頷く。

 

「だが、精神力だけでは勝てん」

 

 彼が片手を上げる。

 

 その瞬間。

 

 無数の死霊が、一斉に武器を構えた。

 

「……終わりだ」

 

 ヴァレインが告げる。

 

「――総攻撃」

 

 次の瞬間。

 

 死霊軍団が、メイビスへ殺到した。

 

 無数の剣。

 

 槍。

 

 斧。

 

 魔力弾。

 

 すべてが、少女へ向けられる。

 

「――メイビス!!」

 

 ユーリが叫んだ。

 

 その身体を、赤い雷が包み込む。

 

 しかし。

 

「……待ってください!」

 

 イリスが、静かに声をかけた。

 

「……イリス!?」

 

 ユーリが振り返る。

 

 イリスは、戦場を見つめていた。

 

 その金色の瞳には、メイビスの魔力の流れが映っている。

 

「……まだです」

 

 そして。

 

 小さく微笑んだ。

 

「……メイビスさんは、まだ戦っています」

 

 その瞬間。

 

 訓練場の中心で。

 

「……ふふっ」

 

 小さな笑い声が響いた。

 

 ヴァレインが眉をひそめる。

 

「……何?」

 

 メイビスは、顔を上げていた。

 

 その表情には。

 

 疲労。

 

 苦痛。

 

 そして。

 

 確かな笑みが浮かんでいた。

 

「……ありがとうございます」

 

 メイビスが、小さく呟く。

 

「……何?」

 

 ヴァレインが目を細める。

 

「……ヴァレインさん」

 

 メイビスは、静かに立ち上がった。

 

「あなたのおかげで……」

 

 その瞳が、強く輝く。

 

「……ようやく、準備が整いました!」

 

――――――――――

 

第五幕 妖精の策

 

「……準備?」

 

 ヴァレインが眉をひそめた。

 

 メイビスは、にっこりと微笑んだ。

 

「はい!」

 

 その声には、先ほどまでの疲労を感じさせない明るさがあった。

 

「実は、最初から少しずつ準備していたんです!」

 

「……何を?」

 

「それは……」

 

 メイビスが、ゆっくりと片手を上げる。

 

「見ていただいた方が、早いと思います!」

 

 次の瞬間。

 

 訓練場のあちこちに、淡い光が灯り始めた。

 

 一つ。

 

 二つ。

 

 三つ。

 

 さらに、十。

 

 二十。

 

 三十。

 

 それらは、かつて幻影の騎士たちが立っていた場所だった。

 

「……何だ?」

 

 ヴァレインが目を細める。

 

 メイビスは、静かに説明した。

 

「幻影の騎士さんたちを動かしていた時、少しずつ魔力を残していたんです」

 

「……魔力を?」

 

「はい!」

 

 メイビスが頷く。

 

「ただし、普通の魔力ではありません」

 

 その足元に、小さな魔法陣が浮かび上がる。

 

「空間魔法の術式を、少しだけ混ぜておいたんです!」

 

「……っ!」

 

 ヴァレインの表情が変わった。

 

「……まさか!」

 

 彼は、すぐに周囲を見渡した。

 

 淡い光が、訓練場の各所に浮かび上がっている。

 

 それらは、単なる魔力の残滓ではなかった。

 

 互いに繋がり、巨大な術式を形成し始めていた。

 

「……なるほど」

 

 ヴァレインが低く呟く。

 

「幻影の騎士は、囮だったのか……!」

 

「半分正解です!」

 

 メイビスが笑った。

 

「騎士さんたちは、ちゃんと戦ってくれていましたから!」

 

 そして。

 

「でも……」

 

 その瞳が、ヴァレインを捉える。

 

「もう一つ、お仕事をお願いしていたんです!」

 

 次の瞬間。

 

 淡い光が、訓練場全体へ広がった。

 

「……っ!?」

 

 ヴァレインが反応する。

 

「死霊たち! 術式を破壊しろ!」

 

 無数の死霊が、光の点へ向かって走り出した。

 

 しかし。

 

「……遅いですよ!」

 

 メイビスが、にっこりと笑った。

 

 その瞬間。

 

 光の点と点が、細い線で繋がった。

 

 巨大な魔法陣が、訓練場の地面へ浮かび上がる。

 

「……何だと!?」

 

 ヴァレインが目を見開く。

 

 死霊たちが、次々と魔法陣へ攻撃を加える。

 

 しかし、光は消えない。

 

「……なぜだ!?」

 

「……ふふっ」

 

 メイビスが笑った。

 

「そこには、もうありませんよ?」

 

「……何?」

 

「少しだけ、空間をずらしたんです!」

 

 メイビスは、嬉しそうに説明する。

 

「魔法陣の位置を、ほんの少しだけ!」

 

 ヴァレインが、歯を食いしばる。

 

「……空間魔法で、術式を隠していたのか……!」

 

「はい!」

 

 メイビスが頷いた。

 

「まだ大きな空間を動かすことはできません。でも、小さな術式なら……!」

 

 その言葉に、プレヒトが目を見開いた。

 

「……なるほど」

 

 そして、思わず笑った。

 

「……そういうことか」

 

「……何だよ?」

 

 ユーリが尋ねる。

 

 プレヒトは、訓練場に広がる光を見つめた。

 

「メイビスは、最初から戦場全体を利用していたんだ」

 

「……戦場全体?」

 

「ああ」

 

 プレヒトが頷く。

 

「幻影で敵を誘導し、騎士たちを各所に配置する。その間に、空間魔法の術式を少しずつ仕込んでいた」

 

 ウォーロッドが、はっとした表情を浮かべる。

 

「……じゃあ、あの大量の幻影も……!」

 

「……おそらくな」

 

 プレヒトが頷く。

 

「すべては、このための布石だったんだ」

 

 イリスは、静かに微笑んだ。

 

「……さすがですね」

 

 その金色の瞳には、巨大な術式を構成する魔力の流れが映っていた。

 

「……メイビスさん」

 

 小さく呟く。

 

「本当に、すごいです」

 

 一方。

 

 ヴァレインは、険しい表情でメイビスを見つめていた。

 

「……だが!」

 

 彼が叫ぶ。

 

「術式を完成させたところで、君の魔力は残り少ないはずだ!」

 

 死霊軍団が、再び動き出す。

 

「これだけの軍勢を相手に、何ができる!」

 

 メイビスは、静かに息を吸った。

 

「……確かに」

 

 その声は、穏やかだった。

 

「私の魔力は、もうあまり残っていません」

 

 そして。

 

「ですが……」

 

 ゆっくりと、両手を胸の前で合わせる。

 

「この魔法は、最初からそのつもりで準備していたんです」

 

 その足元に、眩い光が集まり始めた。

 

「……何?」

 

 ヴァレインが目を細める。

 

 メイビスは、にっこりと微笑んだ。

 

「……ヴァレインさん」

 

 その瞳が、まっすぐに相手を捉える。

 

「あなたは、強い人が弱い人を守る必要なんてない、と仰いましたね」

 

「……ああ」

 

 ヴァレインが答える。

 

「それが、現実だ」

 

「……そうですか」

 

 メイビスは、静かに頷いた。

 

 そして。

 

「私は、そうは思いません」

 

 その声には、確かな決意が込められていた。

 

「強い人も、弱い人も、みんな大切な仲間です」

 

 光が、さらに強くなる。

 

「誰かが傷ついたら、助けたい」

 

 メイビスは続けた。

 

「誰かが泣いていたら、笑顔にしたい」

 

 その瞳に、仲間たちの姿が映る。

 

 イリス。

 

 ユーリ。

 

 プレヒト。

 

 ウォーロッド。

 

 そして、マグノリアで待つ仲間たち。

 

「……それが」

 

 メイビスは、静かに微笑んだ。

 

「私たちの、妖精の尻尾なんです!」

 

 その瞬間。

 

 巨大な魔法陣が、眩い光を放った。

 

――――――――――

 

第六幕 妖精の輝き

 

 光が、訓練場を満たしていく。

 

 淡い金色。

 

 柔らかな輝き。

 

 それは、まるで無数の妖精が舞い踊っているかのようだった。

 

「……何だ、これは……」

 

 ヴァレインが呟く。

 

 その周囲で、死霊たちが一斉に動きを止めた。

 

「……っ!?」

 

 ヴァレインが目を見開く。

 

「……死霊たちが……!?」

 

 黒紫色の霧が、ゆっくりと薄れていく。

 

 死霊たちの身体が、金色の光に照らされていた。

 

 しかし、それだけではない。

 

 巨大な魔法陣が、訓練場の空間そのものを包み込んでいた。

 

「……まさか……!」

 

 ヴァレインが、ようやく気づく。

 

「……この魔法は……!」

 

 メイビスは、静かに両手を広げた。

 

 その身体を、金色の光が包み込む。

 

「……これは」

 

 小さな声が響く。

 

「私が、みんなのために考えた魔法です」

 

 そして。

 

「……いつか」

 

 メイビスは、微笑んだ。

 

「大切な仲間を守れるように」

 

 その瞳が、強く輝く。

 

「だから……」

 

 ゆっくりと、片手を掲げる。

 

「あなたに、見せます!」

 

 次の瞬間。

 

 訓練場の空に、巨大な金色の魔法陣が現れた。

 

「……なっ!?」

 

 ヴァレインが息を呑む。

 

 その魔法陣は、これまで彼が見てきたどの術式とも異なっていた。

 

 緻密。

 

 美しい。

 

 そして、圧倒的。

 

 無数の光が、空中へ集まっていく。

 

 それは、まるで星々が一つの場所へ集結しているかのようだった。

 

「……おいおい……」

 

 ユーリが呆然と呟く。

 

「……何だよ、あれ……」

 

 プレヒトも、言葉を失っていた。

 

「……信じられん」

 

 その瞳が、巨大な魔法陣を捉える。

 

「……あれほどの術式を……」

 

 ウォーロッドが、静かに微笑んだ。

 

「……綺麗だね」

 

 イリスは、ただ黙って見つめていた。

 

 その金色の瞳には、無数の魔力の流れが映っている。

 

 それらは、すべて一つの場所へ集まっていた。

 

 メイビス。

 

 妖精の尻尾の初代マスター。

 

「……メイビスさん」

 

 イリスが、小さく呟く。

 

 その声には、深い感動が込められていた。

 

「……本当に、素敵な魔法ですね」

 

 一方。

 

 ヴァレインは、必死に死霊軍団を動かそうとしていた。

 

「……動け!」

 

 しかし、死霊たちは動かない。

 

「……なぜだ!?」

 

 その周囲に、黒紫色の魔力が噴き出す。

 

「――死霊魔法・冥王軍勢!」

 

 さらに多くの死霊が現れる。

 

 しかし。

 

 金色の光に触れた瞬間、その動きが鈍くなった。

 

「……っ!」

 

 ヴァレインが歯を食いしばる。

 

「……こんな……!」

 

 メイビスは、静かに彼を見つめていた。

 

「……ヴァレインさん」

 

 その声が、訓練場に響く。

 

「あなたは、強い人だけが価値を持つと考えているのかもしれません」

 

 そして。

 

「でも……」

 

 メイビスは、微笑んだ。

 

「私は、違います」

 

 金色の光が、さらに強くなる。

 

「誰かを守りたいと思う気持ちも、強さなんです!」

 

 その瞬間。

 

 メイビスが、片手を振り下ろした。

 

「――妖精の輝き!!」

 

 次の瞬間。

 

 世界が、金色に染まった。

 

 轟音。

 

 巨大な光の柱が、訓練場へ降り注ぐ。

 

 それは、まるで天から落ちる星の奔流。

 

 無数の光が、一つの巨大な輝きとなってヴァレインへ襲いかかった。

 

「……ぐおおおおっ!!」

 

 ヴァレインが叫ぶ。

 

 黒紫色の魔力が、必死に抵抗する。

 

 死霊軍団が、巨大な盾となって立ちはだかった。

 

 しかし。

 

 光は、止まらなかった。

 

 死霊たちが、次々と消滅していく。

 

 黒紫色の霧が、金色の輝きに飲み込まれる。

 

「……馬鹿な……!」

 

 ヴァレインが目を見開いた。

 

「……これほどの……魔法を……!」

 

 その声が、光の中へ消えていく。

 

 そして。

 

 最後の死霊が、消滅した。

 

 金色の光が、ヴァレインを包み込む。

 

「――ぐあああああっ!!」

 

 轟音。

 

 巨大な光の柱が、訓練場を貫いた。

 

 観覧席を守る結界が、激しく震える。

 

 しかし、光は外へ漏れなかった。

 

 メイビスが仕込んだ術式が、魔法の範囲を制御していたのだ。

 

 やがて。

 

 光が、ゆっくりと収まっていく。

 

 静寂。

 

 訓練場には、金色の光の粒子が舞っていた。

 

 そして。

 

 その中心に、一人の男が倒れていた。

 

 ヴァレイン・グレイヴス。

 

 黒獅子の牙のギルドマスター。

 

 彼は、もはや立ち上がることができなかった。

 

「…………」

 

 観覧席は、完全に静まり返っていた。

 

 誰も、言葉を発しない。

 

 ただ。

 

 訓練場の中心に立つ、小さな少女を見つめていた。

 

 メイビス・ヴァーミリオン。

 

 妖精の尻尾の初代マスター。

 

 彼女は、静かに息を吐いた。

 

「……ふぅ」

 

 そして。

 

 にっこりと微笑んだ。

 

「……私の、勝ちですね!」

 

――――――――――

 

終幕 妖精の誇り

 

 静寂が続いていた。

 

 誰もが、目の前で起きた出来事を理解しきれていなかった。

 

 フィオーレ王国でも有数の名門ギルド。

 

 黒獅子の牙。

 

 そのギルドマスターが、敗れた。

 

 しかも。

 

 相手は、まだ幼さの残る一人の少女。

 

「……嘘だろ……」

 

 誰かが呟いた。

 

「……マスターが……?」

 

「……負けた……?」

 

 観覧席に、困惑が広がっていく。

 

 しかし。

 

「――メイビス!!」

 

 その静寂を破ったのは、ユーリだった。

 

 赤い雷をまといかけた身体で、勢いよく走り出す。

 

「やったじゃねえか!!」

 

 メイビスが振り返る。

 

「……ユーリさん!」

 

 その瞬間。

 

 ユーリが、彼女を抱き上げた。

 

「すげえぞ!! お前、本当にすげえな!!」

 

「わわっ!?」

 

 メイビスが慌てる。

 

「ユーリさん! ちょっと、下ろしてください!」

 

「はははっ!」

 

 ユーリは、大声で笑った。

 

「最高だぜ、うちのマスター!!」

 

「……まったく」

 

 プレヒトが、呆れたように息を吐く。

 

 しかし、その口元には笑みが浮かんでいた。

 

「……見事だったぞ、メイビス」

 

「プレヒトさん!」

 

「特に、最後の術式だ」

 

 プレヒトは、訓練場に残る魔力の痕跡を見つめた。

 

「……あれほど複雑な魔法を、よく完成させたものだ」

 

「えへへっ!」

 

 メイビスが嬉しそうに笑う。

 

「まだまだ改良の余地はありますけどね!」

 

「……あれで、か?」

 

 プレヒトが苦笑した。

 

 ウォーロッドも、穏やかに微笑む。

 

「ふふっ。本当に綺麗な魔法だったよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 そして。

 

「……メイビスさん」

 

 イリスが、ゆっくりと歩み寄った。

 

 メイビスが振り返る。

 

「……イリスさん!」

 

 イリスは、静かに微笑んだ。

 

「……お見事でした」

 

 その声には、心からの敬意が込められていた。

 

「メイビスさんの魔法も、戦い方も……本当に素晴らしかったです」

 

 メイビスは、一瞬だけ目を丸くした。

 

 そして。

 

「……えへへっ」

 

 少し照れたように笑った。

 

「ありがとうございます!」

 

 イリスは、そっと彼女の頭を撫でた。

 

「……お疲れさまでした」

 

「……はい!」

 

 メイビスは、嬉しそうに頷いた。

 

 しかし。

 

 その時。

 

「……見事だ」

 

 低い声が響いた。

 

 五人が振り返る。

 

 そこには、ヴァレインがいた。

 

 彼は、ゆっくりと上体を起こしていた。

 

 衣服は破れ、身体には無数の傷が刻まれている。

 

 しかし、その瞳には、まだ威厳が残っていた。

 

「……ヴァレインさん」

 

 メイビスが、静かに歩み寄る。

 

 ヴァレインは、彼女を見上げた。

 

「……私の負けだ」

 

 その言葉が、訓練場に響いた。

 

 観覧席が、再びざわめく。

 

「……マスターが……」

 

「……敗北を認めた……?」

 

 ヴァレインは、静かに息を吐いた。

 

「君の力は、本物だった」

 

 そして。

 

「……だが」

 

 その瞳が、メイビスを捉える。

 

「私は、まだ君の理想を完全には理解できん」

 

「……そうですか」

 

 メイビスは、静かに頷いた。

 

「ですが……」

 

 ヴァレインが続ける。

 

「少なくとも、君にはその理想を貫くだけの力がある」

 

 その言葉に、メイビスが微笑んだ。

 

「……ありがとうございます」

 

 ヴァレインは、しばらく彼女を見つめていた。

 

 そして。

 

「……約束は守ろう」

 

 静かに告げた。

 

「バルガスの行為については、正式に調査し、処分する」

 

「……!」

 

 メイビスの表情が明るくなる。

 

「……本当ですか!?」

 

「ああ」

 

 ヴァレインは頷いた。

 

「そして、君たちの仲間にも、正式に謝罪しよう」

 

 メイビスは、深く頭を下げた。

 

「……ありがとうございます!」

 

 ヴァレインは、静かに目を細めた。

 

「……不思議な娘だ」

 

「……はい?」

 

「勝者である君が、なぜ私に礼を言う?」

 

 メイビスは、少しだけ首を傾げた。

 

 そして。

 

「……だって」

 

 にっこりと微笑んだ。

 

「ちゃんと、お話ができたからです!」

 

 ヴァレインは、しばらく黙っていた。

 

 そして。

 

「……ふっ」

 

 小さく笑った。

 

「……そうか」

 

 その笑みには、先ほどまでの傲慢さはなかった。

 

 やがて。

 

 メイビスは、仲間たちのもとへ戻った。

 

「……皆さん!」

 

 元気よく声をかける。

 

「帰りましょう!」

 

「おう!」

 

 ユーリが笑う。

 

「帰ったら、ダンに報告しねえとな!」

 

「……ああ」

 

 プレヒトが頷く。

 

「それに、今回の戦闘についても詳しく聞きたい」

 

「ふふっ。僕もだよ」

 

 ウォーロッドが笑った。

 

 イリスも、静かに微笑む。

 

「……そうですね」

 

 そして。

 

「メイビスさん」

 

「はい?」

 

「帰ったら、ゆっくり休んでくださいね」

 

 メイビスが、ぱっと笑った。

 

「はい!」

 

 しかし。

 

「……その前に!」

 

 元気よく続ける。

 

「皆さんで、美味しいものを食べましょう!」

 

「おっ!」

 

 ユーリが目を輝かせる。

 

「いいねえ!!」

 

「……お前たちは、まったく」

 

 プレヒトが呆れたように笑う。

 

「ふふっ。賛成だよ」

 

 ウォーロッドも頷いた。

 

 イリスは、楽しそうに微笑んだ。

 

「……それでは、私もご一緒しますね」

 

 五人の笑い声が、訓練場に響いた。

 

 その背後では。

 

 黒獅子の牙の魔導士たちが、静かに彼らを見送っていた。

 

 圧倒的な実力。

 

 卓越した戦術。

 

 そして、仲間を思う心。

 

 彼らが目にしたのは、単なる勝者の姿ではなかった。

 

 新たな時代を切り開こうとする、一つのギルドの姿だった。

 

 その名は――。

 

 妖精の尻尾。

 

 妖精の輝きが、初めて世界に示された日。

 

 その名は、名門ギルドの魔導士たちの心へ、深く刻まれた。

 

 そして、彼らはまだ知らない。

 

 この小さな少女が生み出した魔法が、やがて妖精の尻尾を象徴する、伝説の大魔法の一つになることを。

 

 ――妖精の輝き。

 

 それは、仲間を守るために生まれた、妖精の光だった。

 

 

 ――第49話 完――

 

 




【こそこそ妖精話】
~魔法談義は止まらない~

 黒獅子の牙との戦いを終えた帰り道。

 マグノリアへ向かう馬車の中では、ある話題で盛り上がっていた。

プレヒト「メイビス。最後に使った妖精の輝きだが、あの術式について詳しく聞きたい」

メイビス「はい! 実は、魔力の収束効率を高めるために、術式を多重構造にしているんです!」

プレヒト「なるほど。だが、それでは魔力の干渉が起こるのではないか?」

メイビス「そこを空間魔法で少しずらしているんですよ!」

プレヒト「……ほう! 空間座標を利用して干渉を抑えているのか!」

イリス「でしたら、魔力の流入経路を分散させれば、さらに安定するかもしれませんね」

メイビス「あっ! それは面白いです!」

プレヒト「しかし、その場合は補助術式が必要になるな……」

 そこから三人の議論は、どんどん白熱していった。

ユーリ「…………」

ユーリ「なあ、ウォーロッド」

ウォーロッド「何だい?」

ユーリ「お前、今の話わかるか?」

ウォーロッド「うーん……半分くらいかな」

ユーリ「半分!? すげえな、お前!」

 しばらくして、ユーリが勢いよく立ち上がった。

ユーリ「よし! 俺も混ざるぜ!」

プレヒト「……ほう。ならば聞こう。魔力の収束効率を高めるには、どうすればいいと思う?」

ユーリ「そんなの簡単だろ!」

 ユーリは、自信満々に胸を張った。

ユーリ「――気合いだ!!」

 沈黙。

メイビス「…………」

イリス「……ふふっ」

ウォーロッド「……ぷっ」

プレヒト「……ユーリ。お前はもう少し魔法理論を勉強しろ」

ユーリ「何でだよ!? 気合い入れた方が強い魔法が出るだろ!?」

プレヒト「それは精神状態による魔力出力の変化であって……」

ユーリ「ほら! やっぱり気合いじゃねえか!」

プレヒト「違う!!」

メイビス「あはははっ! ユーリさん、最高です!」

イリス「ふふっ……確かに、ユーリさんらしい答えですね」

ユーリ「おい! 褒めてんのか、それ!?」

 馬車の中に笑い声が響いた。

 しかし、数分後。

プレヒト「……ところで、先ほどの術式の話だが」

メイビス「あっ! そうでした! イリスさん、さっきの案なんですけど!」

イリス「はい。私も少し考えていました」

 再び始まる魔法談義。

ユーリ「…………」

ユーリ「……ウォーロッド」

ウォーロッド「何だい?」

ユーリ「……これ、いつ終わるんだ?」

ウォーロッド「ふふっ。マグノリアに着く頃じゃないかな」

ユーリ「……マジかよ」

 なお、三人の魔法談義は、マグノリアに到着しても終わらなかったという。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。

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