妖精と聖剣使い   作:使い手なない

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第51話「妖精の聖域」

 

第一幕 始まりの島

 

 X692年。

 

 フィオーレ王国、天狼島。

 

 青く澄み渡る空の下、穏やかな波が白い砂浜へと打ち寄せていた。

 

 潮風に揺れる木々。

 

 島の奥深くから聞こえる鳥たちのさえずり。

 

 そして、森の向こうにそびえる巨大な大樹。

 

 天狼樹。

 

 古くからこの島に根を張り、長い年月を見守り続けてきた大樹は、今日も変わらぬ姿で空へと枝を伸ばしていた。

 

「おおーっ! 懐かしいな!」

 

 砂浜に降り立つなり、ユーリが大きく両腕を広げた。

 

「全然変わってねぇじゃねぇか!」

 

「……お前も相変わらず騒がしいな」

 

 プレヒトが呆れたように言う。

 

「何だよ! 久しぶりなんだからいいだろ!」

 

「ははっ。確かに、懐かしいね」

 

 ウォーロッドが穏やかに笑った。

 

 その視線は、森の向こうにそびえる天狼樹へと向けられている。

 

「僕たちが初めてこの島に来た時のことを思い出すよ」

 

「そうですね!」

 

 メイビスが嬉しそうに頷いた。

 

「皆さんと初めて出会った時も、こんなにいいお天気でした!」

 

「……あの時は、いろいろあったな」

 

 プレヒトが小さく息をつく。

 

「お前が宝を探すと言い出したせいでな」

 

「おいおい! 今さらそれを言うのかよ!」

 

「事実だろう」

 

「はははっ!」

 

 そんな三人のやり取りを、イリスは微笑みながら眺めていた。

 

 六年前。

 

 異世界から突然この島へと転移してきた自分。

 

 何もわからず、途方に暮れていたあの日。

 

 最初に出会ったのが、メイビスだった。

 

「……懐かしいですね」

 

 小さく呟くと、隣にいたメイビスが振り返った。

 

「イリスさん?」

 

「いえ。初めてメイビスさんと出会った時のことを思い出していたんです」

 

「あっ!」

 

 メイビスの表情がぱっと明るくなる。

 

「私もです!」

 

 そして、楽しそうに笑った。

 

「あの時は、まさかこんなにたくさんのお友達ができるなんて、思ってもいませんでした!」

 

「ふふっ。私もですよ」

 

 二人は顔を見合わせて微笑んだ。

 

 その少し後ろでは、セヴェルが島の景色を興味深そうに観察していた。

 

「……なるほど」

 

「どうかしましたか、セヴェルさん?」

 

 イリスが尋ねる。

 

「いえ。想像していた以上に、魔力の豊かな島だと思いまして」

 

 セヴェルは森へと視線を向けた。

 

「特に、あの大樹。周囲の魔力の流れが、あそこを中心に集まっているようですね」

 

「おっ! さすがセヴェル!」

 

 ユーリが笑う。

 

「まだ着いたばっかりなのに、もう研究かよ!」

 

「今回の目的を考えれば、当然でしょう」

 

「相変わらず真面目だなぁ!」

 

「あなたに言われたくありませんね」

 

「何だと!?」

 

 再び笑い声が上がる。

 

 そんな仲間たちを見渡して、メイビスが両手を叩いた。

 

「それでは皆さん!」

 

 五人の視線が集まる。

 

「今日から、天狼島を守るための魔法を作ります!」

 

 メイビスは満面の笑みを浮かべた。

 

「この島を、私たち妖精の尻尾にとって、ずっと大切な場所にしたいんです!」

 

「おう!」

 

 ユーリが拳を突き上げる。

 

「面白そうじゃねぇか!」

 

「……まずは具体的な話を聞かせてもらおう」

 

 プレヒトが腕を組んだ。

 

「はい!」

 

 メイビスは大きく頷いた。

 

 六年前。

 

 五人の出会いから始まった物語。

 

 そして今。

 

 新たな仲間を加えた六人によって、この島に新しい魔法が生まれようとしていた。

 

――――――――――

 

第二幕 天狼樹の魔法

 

 天狼島の中央。

 

 巨大な天狼樹の根元に、六人は集まっていた。

 

 見上げるほどの幹。

 

 空を覆うように広がる枝葉。

 

 その圧倒的な存在感に、セヴェルが静かに息をついた。

 

「……見事な大樹ですね」

 

「でしょう!」

 

 メイビスが嬉しそうに笑う。

 

「この天狼樹を、今回の魔法の中心にしたいんです!」

 

「媒体として利用する、ということか?」

 

 プレヒトが尋ねる。

 

「はい!」

 

 メイビスは持参した大きな紙を広げた。

 

 そこには、複雑な魔法陣といくつもの術式が描かれていた。

 

「私が考えたのは、島全体を守る魔法です!」

 

 メイビスは紙の中央を指差す。

 

「天狼樹を中心に魔力を循環させて、島全体を一つの大きな結界で包み込みます!」

 

「ほう……」

 

 プレヒトが身を乗り出した。

 

「しかも、この構造なら……」

 

「はい! 島の自然魔力を利用できるんです!」

 

 メイビスは嬉しそうに頷く。

 

「最初に術式を起動させれば、その後は天狼樹を通じて魔力が循環する仕組みにしたいんです!」

 

「つまり、常に誰かが魔力を供給する必要はない、と」

 

 セヴェルが確認する。

 

「そのとおりです!」

 

「……興味深いですね」

 

 セヴェルは術式を覗き込んだ。

 

「ただし、このままでは魔力の流れに偏りが生じる可能性があります。島全体を覆うほどの規模となれば、わずかな乱れも無視できません」

 

「そうなんです!」

 

 メイビスは勢いよく頷いた。

 

「そこで、皆さんの力を借りたいんです!」

 

 まず、プレヒトへ顔を向ける。

 

「プレヒトさんには、魔力を効率よく循環させる術式をお願いしたいです!」

 

「……なるほど」

 

 プレヒトはしばらく図面を見つめた。

 

「面白い。だが、この規模なら術式を複数に分けた方がいいだろう。すべてを一つの回路で制御すれば、どこか一か所の異常が全体へ波及する」

 

「なるほど!」

 

「各所に補助術式を配置し、負荷を分散させるべきだ」

 

「さすがプレヒトさんです!」

 

 次に、セヴェルへ向き直る。

 

「セヴェルさんには、魔力の安定化をお願いします!」

 

「承知しました」

 

 セヴェルは静かに頷いた。

 

「自然魔力の循環を利用するのであれば、流量を自動調整する仕組みが必要でしょう。必要以上に魔力を吸い上げれば、島の環境そのものに悪影響を与えかねません」

 

「はい! そこも考えたいです!」

 

「では、循環量を調整する術式を組み込みましょう」

 

 続いて、ウォーロッド。

 

「ウォーロッドさんには、島全体に魔力の通り道を作っていただきたいんです!」

 

「なるほど。僕の植物魔法が役に立ちそうだね」

 

「はい!」

 

 メイビスは天狼樹の根元へ視線を向けた。

 

「天狼樹の根とつながるように、植物の魔力回路を広げられれば……」

 

「島全体へ魔力を行き渡らせられる、というわけだね」

 

「そうです!」

 

 ウォーロッドは嬉しそうに頷いた。

 

「わかったよ。森の植物たちにも、少し手伝ってもらおうかな」

 

「それで、俺は?」

 

 待ちきれなくなったユーリが口を挟む。

 

「もちろん、ユーリさんにも大切なお仕事があります!」

 

「おっ!」

 

「最初に魔法を起動するための、魔力供給をお願いします!」

 

「任せろ!」

 

 ユーリは自信満々に胸を叩いた。

 

「魔力なら、いくらでも出してやるぜ!」

 

「……いくらでも、というわけにはいかないだろう」

 

 プレヒトが冷静に突っ込む。

 

「細けぇことはいいんだよ!」

 

「よくありません」

 

 セヴェルまで加わり、ユーリが顔をしかめた。

 

「お前ら、似てきたな……」

 

 その言葉に、メイビスがくすくす笑った。

 

 そして最後に、イリスへ顔を向ける。

 

「イリスさん!」

 

「はい」

 

「イリスさんには、魔力の流れを見ていただきたいんです!」

 

 メイビスは金色の瞳へ視線を向けた。

 

「私たちにはわからない、小さな魔力の乱れも、イリスさんなら見つけられると思うんです!」

 

「ふふっ。そういうことでしたら、お任せください」

 

 イリスは微笑んだ。

 

「私に見える範囲で、しっかり確認しますね」

 

「ありがとうございます!」

 

 こうして、六人の役割が決まった。

 

 だが、メイビスの構想はそれだけではなかった。

 

「あっ、それから!」

 

 メイビスは紙の端に描かれた、小さな紋章を指差した。

 

 妖精の尻尾。

 

 彼女自身が考案した、ギルドの証だった。

 

「この魔法には、もう一つ仕組みを加えたいんです!」

 

「何だ?」

 

 ユーリが尋ねる。

 

「妖精の尻尾の仲間たちに、天狼樹の加護を与えるんです!」

 

「……加護?」

 

 プレヒトが眉を上げる。

 

「はい!」

 

 メイビスは嬉しそうに説明した。

 

「ギルドマークを持つ仲間が天狼島にいる間、魔力の回復や循環を助けられたらいいなって!」

 

「なるほど……」

 

 セヴェルが興味深そうに頷く。

 

「ギルドマークに刻まれた魔力の特徴を、識別に利用するわけですね」

 

「そうです!」

 

「それなら、術式として組み込める可能性はあります」

 

「本当ですか!?」

 

「ええ。ただし、加護の対象を正確に判別する必要があります。無関係な者にまで効果が及ぶようでは、識別機構として不完全です」

 

「そこは私が調整します!」

 

 メイビスは自信満々に答えた。

 

 イリスは、そのやり取りを静かに聞いていた。

 

 左胸に刻まれた、妖精の尻尾の紋章。

 

 仲間になった証。

 

 この世界で、自分が帰る場所を見つけた証。

 

 その紋章が、今度は仲間を守るための鍵になる。

 

「……素敵ですね」

 

 思わず、言葉がこぼれた。

 

「イリスさん?」

 

「いえ」

 

 イリスは柔らかく微笑んだ。

 

「メイビスさんらしい魔法だな、と思いまして」

 

「えへへ……!」

 

 メイビスは少し照れくさそうに笑った。

 

「それじゃあ皆さん!」

 

 そして、元気よく声を上げる。

 

「さっそく始めましょう!」

 

――――――――――

 

第三幕 妖精の聖域

 

 それから数日。

 

 天狼島では、六人による大規模な魔法研究が続いていた。

 

 天狼樹の根元には、幾重にも重なる魔法陣。

 

 森の各所には、プレヒトが構築した補助術式。

 

 ウォーロッドが育てた植物の魔力回路は、島の隅々へと広がっていた。

 

「……よし」

 

 プレヒトが最後の術式を書き終えた。

 

「これで、主要な回路は完成だ」

 

「こちらも問題ありません」

 

 セヴェルが答える。

 

「循環量の調整機構も組み込みました。魔力が不足した場合には、結界の出力を自動的に落とすようにしてあります」

 

「僕の方も準備はできているよ。植物たちが島の隅々まで魔力を運んでくれるはずだ」

 

 ウォーロッドが微笑んだ。

 

 その足元では、淡い光を帯びた蔓が地面の奥へと伸びている。

 

「おっしゃ!」

 

 ユーリが拳を握った。

 

「いよいよだな!」

 

「はい!」

 

 メイビスは大きく頷いた。

 

 そして、イリスへ顔を向ける。

 

「イリスさん。魔力の流れはどうですか?」

 

「少し待ってくださいね」

 

 イリスは静かに天狼樹を見上げた。

 

 金色の瞳に、無数の光が映る。

 

 大樹の内部を流れる魔力。

 

 地中に広がる魔力の道。

 

 森を巡り、海岸へと伸びる淡い輝き。

 

 そのすべてが、複雑に絡み合っていた。

 

「……はい」

 

 イリスは微笑んだ。

 

「今のところ、大きな乱れはありません」

 

「それでは……!」

 

 メイビスが一歩前へ出る。

 

「始めます!」

 

 六人が、それぞれの位置についた。

 

 天狼樹の根元に描かれた巨大な魔法陣が、ゆっくりと輝き始める。

 

「ユーリさん!」

 

「おう!」

 

 ユーリが両手を前へ突き出した。

 

 膨大な魔力が放たれ、魔法陣へと流れ込む。

 

 その魔力はプレヒトの術式によって整えられ、セヴェルの調整機構を通過する。

 

 そして、ウォーロッドが広げた植物の回路を伝い、島全体へと広がっていった。

 

 淡い光が、森の奥へと走る。

 

 大地に眠る魔力が呼応するように輝き始めた。

 

「……すごい」

 

 メイビスが小さく呟いた。

 

 だが、その直後。

 

「……待て」

 

 プレヒトの表情が変わった。

 

「循環量が上がりすぎている!」

 

「何ですって?」

 

 セヴェルが術式へ視線を向ける。

 

 魔法陣の一部が、不規則に明滅していた。

 

「……魔力が逆流していますね」

 

「そんな……!」

 

 メイビスが息を呑む。

 

 天狼樹から広がった魔力が、島の一部で滞留し始めていた。

 

 このままでは、循環が安定しない。

 

「プレヒト!」

 

「わかっている!」

 

 プレヒトが素早く術式を書き換える。

 

「セヴェル! 東側の流量を抑えろ!」

 

「すでに調整しています。しかし、原因が別にあるようですね」

 

「くそっ! どこだ!」

 

 ユーリが歯を食いしばる。

 

 魔法陣の輝きが、さらに激しく揺れた。

 

 その時。

 

「……見つけました!」

 

 イリスの声が響いた。

 

 全員が振り返る。

 

 イリスは天狼樹の根元、その少し上を指差していた。

 

「そこです!」

 

「……そこ?」

 

 メイビスが目を凝らす。

 

「何かあるんですか?」

 

「はい。魔力の流れが、ほんの少しだけずれています」

 

 イリスの金色の瞳には、はっきりと見えていた。

 

 幾重にも重なった魔力の光。

 

 その一部が、本来つながるはずの経路からわずかに外れている。

 

「二つの回路が、うまく接続されていません!」

 

「……なるほど!」

 

 メイビスの瞳が輝いた。

 

「空間の接続位置が、ずれているんですね!」

 

「はい!」

 

「それなら……!」

 

 メイビスが両手を掲げた。

 

 空間魔法の術式が展開される。

 

 複雑に絡み合った魔力回路の一部が、わずかに揺らいだ。

 

「……もう少し!」

 

 イリスが声を上げる。

 

「右です! あと、ほんの少し!」

 

「はい!」

 

 メイビスが集中する。

 

 空間の接続位置が、ゆっくりと修正されていく。

 

「……そこです!」

 

 次の瞬間。

 

 途切れていた魔力の流れが、一つにつながった。

 

「今だ!」

 

 プレヒトが叫ぶ。

 

「セヴェル!」

 

「承知しました」

 

 二人の術式が同時に輝く。

 

 滞留していた魔力が、滑らかに流れ始めた。

 

「ウォーロッド!」

 

「うん! 任せて!」

 

 ウォーロッドが両手を大地へ向けた。

 

 大地を這う植物の回路が、一斉に光を帯びる。

 

 そして。

 

「ユーリさん! 最後の魔力を!」

 

「おうっ!!」

 

 ユーリが大きく笑った。

 

「持ってけぇぇぇっ!!」

 

 膨大な魔力が、天狼樹へと注ぎ込まれた。

 

 その瞬間。

 

 ――光が、弾けた。

 

 天狼樹の幹を、淡い黄金の輝きが駆け上がる。

 

 枝葉が光を帯び、無数の小さな粒子が空へと舞い上がった。

 

 そして、その輝きは島全体へと広がっていく。

 

 森を越え。

 

 山を越え。

 

 砂浜を越え。

 

 やがて、天狼島全体を包み込む巨大な魔法陣が、空に浮かび上がった。

 

「……すごいね」

 

 ウォーロッドが感嘆の声を漏らす。

 

「本当に、島全体が魔法に包まれている……」

 

 プレヒトも、静かに空を見上げていた。

 

「……成功したか」

 

「ええ」

 

 セヴェルが小さく頷く。

 

「魔力循環は安定しています。これなら、自動維持も可能でしょう」

 

 イリスの金色の瞳には、島全体を巡る魔力の流れが映っていた。

 

 天狼樹から広がり、島を巡り、再び大樹へと戻ってくる。

 

 途切れることのない、穏やかな光の循環。

 

「……綺麗ですね」

 

 思わず、そう呟いた。

 

 その隣で。

 

「……できました」

 

 メイビスが小さく呟いた。

 

 そして、満面の笑みを浮かべる。

 

「皆さん! できましたよ!!」

 

「おおおおっ!!」

 

 ユーリが歓声を上げた。

 

「やったじゃねぇか!!」

 

「ふふっ!」

 

 メイビスは嬉しそうに笑った。

 

 やがて、空を覆っていた巨大な魔法陣はゆっくりと姿を消した。

 

 しかし、魔法が消えたわけではない。

 

 天狼樹を中心に、目には見えない保護魔法が静かに働き続けていた。

 

 メイビスは、巨大な大樹を見上げる。

 

「……これで、この島を守れますね」

 

 そして、仲間たちへ振り返った。

 

「この魔法の名前は……」

 

 少しだけ考えて。

 

 にっこりと笑った。

 

「妖精の聖域!」

 

 その言葉に、イリスが微笑む。

 

「素敵な名前ですね」

 

「でしょう!」

 

 メイビスは嬉しそうに頷いた。

 

「私たちの、大切な島を守る魔法です!」

 

 こうして。

 

 天狼島に、新たな保護魔法が誕生した。

 

――――――――――

 

第四幕 もう一つの魔法

 

 保護魔法が完成した翌日。

 

 天狼樹の根元では、メイビスが一人、机に向かっていた。

 

 その上には、何枚もの術式が描かれた紙が広がっている。

 

「……ふむふむ」

 

 メイビスは小さく呟きながら、羽ペンを走らせた。

 

「ここを、こうして……」

 

 紙の上に、新たな魔法陣が描き加えられる。

 

 その時。

 

「メイビスさん?」

 

 背後から声が響いた。

 

 振り返ると、イリスが立っていた。

 

「こんなところで、何をしているんですか?」

 

「あっ、イリスさん!」

 

 メイビスが顔を上げる。

 

「実は、ちょっと面白いことを思いついたんです!」

 

「ふふっ。またですか?」

 

「また、とは何ですか!」

 

 メイビスが頬を膨らませる。

 

「いえ。メイビスさんらしいな、と思いまして」

 

「もうっ!」

 

 二人は顔を見合わせて笑った。

 

 イリスは机の上へ視線を向ける。

 

「……新しい魔法ですか?」

 

「はい!」

 

 メイビスは嬉しそうに頷いた。

 

「昨日、天狼島の保護魔法を完成させたでしょう?」

 

「はい」

 

「その時に、考えたんです」

 

 メイビスは紙の中央に描かれた術式を指差した。

 

「島全体を守るために魔力を広げるんじゃなくて……」

 

 一度、言葉を区切る。

 

「もっと小さな範囲に、魔力を集中させたらどうなるんだろうって!」

 

「……なるほど」

 

 イリスが興味深そうに頷く。

 

「より強力な防御魔法になる、ということですか?」

 

「はい!」

 

 メイビスは目を輝かせた。

 

「でも、それだけじゃないんです!」

 

 羽ペンを手に取り、さらに術式を書き加える。

 

「昨日の魔法は、天狼樹の力を借りていました。でも、今考えている魔法は……」

 

 メイビスは少しだけ微笑んだ。

 

「仲間たちの力を、一つにする魔法なんです」

 

「……仲間たちの力を?」

 

「はい」

 

 メイビスは静かに頷いた。

 

「一人では守れないものも、皆で力を合わせれば守れるかもしれません」

 

 その言葉に、イリスは目を細めた。

 

 六年前。

 

 何も持たなかった少女が、仲間たちと出会った。

 

 そして今。

 

 その少女は、誰かを守るための魔法を生み出そうとしている。

 

「……素敵ですね」

 

 イリスが微笑んだ。

 

「メイビスさんらしい考え方だと思います」

 

「えへへ……!」

 

 メイビスは少し照れたように笑った。

 

 その後も、二人はしばらく術式について話し合った。

 

 イリスが防御魔法の知識を伝え、メイビスがそれを独自の理論へと組み込んでいく。

 

 複雑な術式。

 

 幾重にも重なる魔法陣。

 

 そして、最後の一筆。

 

「……できました」

 

 メイビスが、そっと羽ペンを置いた。

 

 机の上には、一つの完成された術式が描かれていた。

 

「完成ですか?」

 

「はい!」

 

 メイビスは嬉しそうに頷く。

 

「理論上は、これで完成です!」

 

「すごいですね……!」

 

「ただ……」

 

 メイビスは、少しだけ真剣な表情になった。

 

「この魔法は、簡単には使えないと思います」

 

「……そうなんですか?」

 

「はい」

 

 メイビスは静かに頷いた。

 

「だから、今はまだ使いません」

 

 そして、完成した術式を丁寧にまとめた。

 

「本当に、大切なものを守らなければならない時まで……」

 

 その言葉には、普段の明るさとは違う、静かな決意が込められていた。

 

「……名前は、決めているんですか?」

 

 イリスが尋ねる。

 

 メイビスは少し考えてから、微笑んだ。

 

「はい」

 

 そして、完成した術式へ視線を落とす。

 

「妖精の球(フェアリースフィア)」

 

「……妖精の球」

 

「はい!」

 

 メイビスは顔を上げた。

 

「これは、誰かを倒すための魔法じゃありません」

 

 その瞳には、確かな想いが宿っていた。

 

「大切な仲間を、絶対に守りたいと願う時のための魔法です」

 

 イリスは、静かに微笑んだ。

 

「……いつか、誰かを守る力になるといいですね」

 

「はい!」

 

 メイビスも笑った。

 

 こうして。

 

 後に妖精の尻尾の歴史に名を残す、大いなる防御魔法。

 

 妖精の球。

 

 その術式が、静かに完成したのだった。

 

――――――――――

 

終幕 妖精たちの故郷

 

 夕暮れ。

 

 天狼島の海岸には、穏やかな波の音が響いていた。

 

 茜色に染まる空。

 

 水平線の向こうへと沈んでいく太陽。

 

 その景色を、二人の少女が並んで眺めていた。

 

「……綺麗ですね」

 

 イリスが呟いた。

 

「はい!」

 

 メイビスが嬉しそうに頷く。

 

「私、この景色が大好きなんです!」

 

「ふふっ。知っていますよ」

 

「あっ、そうでした!」

 

 二人は顔を見合わせて笑った。

 

 六年前。

 

 メイビスがイリスに見せてくれた、天狼島のお気に入りの場所。

 

 それが、この海岸だった。

 

 あの時と同じように、夕日が海を赤く染めている。

 

「……六年、ですか」

 

 イリスが小さく呟いた。

 

「早いですね」

 

「そうですね……」

 

 メイビスも、少しだけ遠い目をした。

 

「私、あの頃は、こんな未来が待っているなんて思っていませんでした」

 

「私もです」

 

 イリスは静かに頷く。

 

「この世界に来たばかりの頃は、どうすればいいのかもわかりませんでしたから」

 

「……イリスさん」

 

「でも」

 

 イリスは、柔らかく微笑んだ。

 

「メイビスさんと出会えて、本当によかったです」

 

 その言葉に、メイビスが目を見開いた。

 

 そして。

 

「……私もです!」

 

 満面の笑みを浮かべた。

 

「私も、イリスさんと出会えてよかったです!」

 

 二人は、しばらく海を眺めていた。

 

 背後には、巨大な天狼樹。

 

 その大樹を中心に、完成したばかりの保護魔法が静かに働いている。

 

 今は目に見えなくても。

 

 確かに、この島を守り続けている。

 

「……これで、天狼島も安心ですね」

 

 イリスが言った。

 

「はい!」

 

 メイビスは嬉しそうに頷いた。

 

「いつでも、帰ってこられます!」

 

「……帰ってこられる、ですか」

 

 イリスは、その言葉を静かに繰り返した。

 

 帰る場所。

 

 かつての自分にとって、それは元の世界だけを意味していた。

 

 けれど、今は違う。

 

 マグノリアには、妖精の尻尾がある。

 

 そして、この天狼島にも。

 

 大切な思い出がある。

 

「……そうですね」

 

 イリスは微笑んだ。

 

「ここも、私たちの大切な場所ですから」

 

「はい!」

 

 メイビスは大きく頷いた。

 

 その時。

 

「おーい!!」

 

 遠くから、聞き慣れた声が響いた。

 

「二人とも! そろそろ戻るぞー!」

 

 ユーリだった。

 

 その隣では、プレヒトが呆れたように腕を組んでいる。

 

「……まったく。どこまで散歩に行っているんだ」

 

「ははっ。いいじゃないか。せっかく久しぶりに来たんだから」

 

 ウォーロッドが笑う。

 

「少しくらい、思い出に浸ってもいいと思うよ」

 

「……それは構いませんが」

 

 セヴェルが静かに口を開いた。

 

「帰りの船が待っていますよ」

 

「あっ!」

 

 メイビスが慌てて立ち上がった。

 

「イリスさん! 急ぎましょう!」

 

「ふふっ。そうですね」

 

 イリスも立ち上がる。

 

 そして、最後にもう一度だけ、天狼島の景色を振り返った。

 

 六年前。

 

 この島で始まった、小さな友情。

 

 それは今、三十人もの仲間が集う、大きなギルドへと成長した。

 

 そして、その絆は。

 

 天狼島を守る魔法という、新たな形を得た。

 

「……また来ましょうね、メイビスさん」

 

「はい!」

 

 メイビスが笑った。

 

「もちろんです!」

 

 二人は並んで歩き出す。

 

 仲間たちの待つ場所へ。

 

 夕暮れの天狼島に、穏やかな風が吹いた。

 

 その風に揺れる天狼樹の葉が、淡い光を受けて輝いている。

 

 まるで、妖精たちの新たな旅立ちを祝福するかのように。

 

 こうして。

 

 妖精の尻尾の始まりの島は、新たな守りを得た。

 

 いつの日か、仲間たちが再びこの場所を訪れる時も。

 

 天狼樹は、変わらずそこに立ち続けるのだろう。

 

 大切な絆を、静かに見守りながら。

 

 ――妖精たちの故郷として。

 

 ――第51話 完――

 

 




【こそこそ妖精話】
~最強の抑止力~

 天狼島の保護魔法が完成した翌日。

 天狼樹の根元では、六人が完成した術式の最終確認を行っていた。

ユーリ「なあ、せっかく結界が完成したんだし、強度を試してみようぜ!」

メイビス「えっ?」

ユーリ「実際に攻撃してみねぇと、どれくらい頑丈かわかんねぇだろ?」

プレヒト「……一理あるな。耐久性能の測定は必要だ」

セヴェル「同感です。実際の負荷に対する反応は確認しておきたいですね」

メイビス「ちょ、ちょっと待ってください! 完成したばかりなんですよ!?」

ウォーロッド「ははっ。試すのはいいけど、あまり無茶はしない方がいいと思うよ」

ユーリ「大丈夫だって! ちょっと雷を撃つだけだ!」

イリス「……ちょっと、ですか?」

ユーリ「おう! ほんのちょっとな!」

 そう言って、ユーリは島の外周へと移動した。

 右腕に赤い雷が迸る。

メイビス「ユーリさん!? それ、全然ちょっとじゃありませんよ!?」

ユーリ「いくぜぇぇっ!!」

 次の瞬間。

 赤い雷が、天狼島を覆う見えない結界へと直撃した。

 轟音とともに、空中に巨大な魔法陣が浮かび上がる。

 結界は雷を受け止め、衝撃が周囲の空気を激しく震わせた。

プレヒト「……ふむ。問題なく防いだな」

セヴェル「魔力循環も安定しています。想定以上の性能ですね」

ユーリ「おおっ! すげぇじゃねぇか!」

 勢い余って足を滑らせたユーリは、尻もちをつきながらも満足そうに笑った。

ユーリ「よーし! 次はもう少し威力を上げて――」

イリス「……ユーリさん?」

ユーリ「ん? 何だ、イリス?」

 イリスは、にっこりと微笑んだ。

イリス「あまり無茶をするようでしたら、リタさんに言いますよ?」

ユーリ「…………」

 赤い雷が、ぴたりと消えた。

ユーリ「お、おい! 待て! それだけはやめろ!!」

プレヒト「……効果は絶大だな」

セヴェル「なるほど。結界よりも強力な抑止力がありましたか」

ウォーロッド「ははっ。リタさんには敵わないみたいだね」

メイビス「これなら天狼島も安心ですね!」

ユーリ「お前ら、何の話をしてんだよ!?」

 こうして、妖精の聖域の耐久試験は無事に終了した。

 なお、この日もっとも高い防御性能を発揮したのは、結界ではなく、マグノリアにいる一人の女性の名前だったという。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。

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