第一幕 突然の報告
X692年。
フィオーレ王国、マグノリア。
天狼島での魔法研究を終えてから、数日が経っていた。
妖精の尻尾のギルドには、今日も朝から賑やかな声が響いている。
「おい! そっちの依頼書は俺が先に見つけたんだぞ!」
「早い者勝ちでしょ!」
「誰か、昨日の依頼の報酬を知らないか?」
「それなら受付に置いてありましたよ!」
三十人もの魔導士が所属するようになったギルドは、かつての小さな建物では考えられないほど活気に満ちていた。
そんな喧騒の中。
「……ふむ」
プレヒトは、テーブルに広げた書類を眺めていた。
隣ではセヴェルが、天狼島で得られた研究成果をまとめている。
「この術式ですが、もう少し効率化できそうですね」
「私もそう考えていた。特に魔力の分配機構は改良の余地がある」
「では、次の研究で試してみましょうか」
「ああ」
二人が真剣に話し合う一方で、少し離れた場所ではウォーロッドが植物魔法を使っていた。
小さな鉢植えから伸びた蔓が、窓辺へとゆっくり広がっていく。
「うん。これくらいなら、日当たりもよさそうだね」
「ウォーロッドさん!」
エマが嬉しそうに声をかけた。
「そのお花、綺麗ですね!」
「ありがとう。少し育ててみたんだ」
「ギルドが明るくなりますね!」
「ははっ。そう言ってもらえると嬉しいよ」
そして、ギルドの奥。
イリスとメイビスは、温かい紅茶を飲みながら話していた。
「それにしても、天狼島での研究は大成功でしたね!」
「そうですね。皆さんの協力があったからこそです」
「えへへ! また新しい魔法を考えたくなっちゃいました!」
「ふふっ。少しは休んでくださいね?」
「むぅ……イリスさんまでそんなことを言うんですか!」
二人が笑い合っていた、その時だった。
「おーい!! みんな!!」
突然、ギルド中に大きな声が響いた。
声の主は、ユーリ・ドレアー。
いつものように豪快な笑みを浮かべている。
ただし、今日は少し様子が違った。
その隣には、一人の女性が立っていた。
リタ。
巨大化魔法を得意とする、妖精の尻尾の女性魔導士だ。
彼女はどこか照れくさそうに微笑んでいる。
「何だ、ユーリ」
プレヒトが顔を上げた。
「また何か騒ぎを起こしたのか?」
「違ぇよ!」
「では、何でしょう?」
セヴェルも興味深そうに視線を向ける。
ユーリは大きく息を吸った。
「今日はな! みんなに重大発表があるんだ!」
「重大発表?」
メイビスが目を輝かせる。
「何ですか何ですか!?」
「へへっ!」
ユーリは隣のリタをちらりと見た。
リタが小さく頷く。
それを確認すると、ユーリは胸を張った。
「俺とリタは――」
一拍置いて。
「結婚することになった!!」
ギルドが、一瞬だけ静まり返った。
そして。
「おおおおおおっ!!」
「ついにか!!」
「おめでとう!!」
「やったじゃない!!」
割れんばかりの歓声が響いた。
「お、おおっ!?」
予想以上の反応に、ユーリが目を丸くする。
「何だよお前ら! もっと驚けよ!」
「いや、驚いてるぞ」
プレヒトが淡々と答えた。
「ようやくか、とな」
「ようやく!?」
「僕も、そろそろかなと思っていたよ」
ウォーロッドが穏やかに笑う。
「二人とも、とても仲がよかったからね」
「……私も、いずれそうなるとは思っていました」
セヴェルまで頷いた。
「お前まで!?」
ユーリが叫ぶ。
その隣で、リタがくすくす笑っていた。
「ほら、言ったでしょう?」
「何がだよ!?」
「みんな、気づいてると思うわよって」
「いやいや! そんなにわかりやすかったか!?」
「ええ」
プレヒトが即答する。
「かなりな」
「ぐはっ!」
その様子に、ギルド中から笑い声が上がった。
「あはははっ!」
メイビスも楽しそうに笑っている。
「でも、本当におめでとうございます!」
「ありがとうございます、メイビスさん」
リタが嬉しそうに頭を下げた。
「ふふっ。お二人とも、おめでとうございます」
イリスも微笑む。
「ありがとうございます、イリスさん」
「いやぁ! めでたいですね!」
メイビスは両手を合わせた。
そして、何かを思いついたように顔を輝かせる。
「……そうです!」
「ん?」
ユーリが首を傾げた。
「どうした、メイビス?」
「結婚式です!!」
「……は?」
「結婚式をしましょう!!」
メイビスは勢いよく立ち上がった。
「せっかく妖精の尻尾の仲間が結婚するんです! みんなでお祝いしないと!」
「お、おい! ちょっと待て!」
ユーリが慌てる。
「まだ式のことまでは――」
「会場はどうしましょう!?」
「聞けよ!」
「お花も必要ですね! それから、お料理に、飾り付けに……!」
メイビスの勢いは止まらない。
そんな彼女を見て、リタが小さく笑った。
「……楽しそうね」
「おい、リタ!?」
「いいじゃない。みんながお祝いしてくれるなんて、嬉しいことだもの」
「そ、それはそうだけどよ……」
ユーリは頭を掻いた。
そして、仲間たちを見渡す。
誰もが笑っていた。
祝福の言葉を送り、楽しそうに話し合っている。
「……ったく」
ユーリは、照れくさそうに笑った。
「しょうがねぇな!」
そして、大きく拳を突き上げる。
「だったら、盛大にやろうぜ!!」
「おおおおっ!!」
再び、ギルド中に歓声が響いた。
こうして。
妖精の尻尾で初めての、大きな結婚式の準備が始まった。
――――――――――
第二幕 妖精たちの結婚準備
結婚式の準備は、驚くほどの速さで進んでいった。
何しろ、張り切っているのがメイビスである。
「皆さん! 役割分担を決めましょう!」
ギルドの中央に立ったメイビスは、大きな紙を広げた。
「まず、会場の飾り付けです!」
「それなら僕に任せてほしいな」
ウォーロッドが手を上げた。
「植物魔法で、綺麗な花を咲かせられると思うよ」
「本当ですか!?」
「うん。せっかくのお祝いだからね。できるだけ華やかにしたいな」
「お願いします!」
メイビスは嬉しそうに頷いた。
「それから、お料理は……!」
「私たちで準備します!」
エマが元気よく手を上げる。
その隣では、数人の女性魔導士たちも頷いていた。
「任せてください!」
「美味しいものをたくさん作りますよ!」
「ありがとうございます!」
メイビスは次々と役割を決めていく。
その様子を眺めながら、プレヒトが小さく息をついた。
「……まったく」
「どうかしましたか?」
セヴェルが尋ねる。
「いや。魔法研究の時と変わらんな、と思ってな」
「確かに」
セヴェルは小さく笑った。
「ですが、悪くありませんね」
「……ああ」
プレヒトも、わずかに口元を緩めた。
「では、我々は何を担当しましょうか」
「会場の手配と必要な物資の管理だろうな」
「合理的ですね」
「お前も手伝え」
「もちろんです」
こうして、二人は結婚式の実務を引き受けることになった。
そして、イリスは。
「リタさん」
「はい?」
「もしよろしければ、衣装の準備をお手伝いさせていただけませんか?」
リタは少し驚いたように目を瞬かせた。
「いいんですか?」
「もちろんです」
イリスは柔らかく微笑む。
「大切な日ですから。少しでもお力になれたら嬉しいです」
「……ありがとうございます」
リタは嬉しそうに笑った。
「それじゃあ、お願いしようかしら」
数日後。
マグノリアの仕立て屋。
大きな鏡の前に立つリタは、白い花嫁衣装に身を包んでいた。
繊細な刺繍が施された純白のドレス。
肩から流れる柔らかな布。
そして、髪を飾る小さな花。
「……どうかしら?」
少し照れくさそうに尋ねるリタに、イリスは目を輝かせた。
「とても綺麗です!」
「ふふっ。ありがとう」
「きっと、ユーリさんも驚かれますよ」
「そうだといいんだけど」
リタは鏡の中の自分を見つめた。
しばらくして、小さく笑う。
「……何だか、不思議ね」
「不思議、ですか?」
「ええ」
リタは、ドレスの裾へ視線を落とした。
「私、昔はこんな日が来るなんて考えてもいなかったの」
「……」
「魔導士として生きていく。それだけで十分だと思っていたから」
イリスは静かに耳を傾けた。
「でも、妖精の尻尾に入って……ユーリと出会って」
リタの表情が柔らかくなる。
「気がついたら、あの人と一緒にいるのが当たり前になっていたのよね」
「……素敵ですね」
「ふふっ。そうかしら?」
「はい」
イリスは微笑んだ。
「一緒にいることが当たり前になるほど、大切な人と出会えるなんて」
その言葉に、リタが少しだけ目を細めた。
「……イリスさんにも、いるんじゃない?」
「え?」
「一緒にいるのが当たり前になった、大切な人」
イリスは、少し考えた。
そして、自然と一人の少女の顔が浮かぶ。
「……そうですね」
小さく微笑む。
「私にも、います」
「ふふっ。でしょう?」
リタは嬉しそうに笑った。
その時。
「イリスさーん!」
店の外から、聞き慣れた声が響いた。
「あっ!」
イリスが振り返る。
扉が開き、メイビスが顔を覗かせた。
「準備はどうですかー!?」
「メイビスさん!」
「わぁっ!!」
ドレス姿のリタを見た瞬間、メイビスが歓声を上げた。
「すっごく綺麗です!!」
「ふふっ。ありがとう、メイビスさん」
「ユーリさん、絶対びっくりしますよ!」
「そうだといいわね」
三人の笑い声が、仕立て屋に響いた。
一方、その頃。
ギルドでは、ユーリが落ち着かない様子で歩き回っていた。
「……なあ」
「何だ」
プレヒトが顔を上げる。
「結婚式って、何すりゃいいんだ?」
「……今さらか?」
「いや! わかってるぞ!? わかってるけどよ!」
「では、何を聞きたいんだ」
「……何か、緊張するんだよ」
その言葉に、プレヒトは一瞬だけ目を丸くした。
そして。
「……ふっ」
「おい! 今笑っただろ!」
「いや」
「絶対笑った!」
「気のせいだ」
「くそっ!」
そんな二人のやり取りを、セヴェルが静かに眺めていた。
「……意外ですね」
「何がだよ?」
「あなたにも、緊張することがあるのですね」
「俺を何だと思ってんだ!?」
「少なくとも、普段はもう少し騒がしい方だと」
「それは否定できねぇけどよ!」
ユーリは頭を抱えた。
その様子に、ウォーロッドが穏やかに笑った。
「ははっ。でも、それだけ大切な日ってことなんじゃないかな」
「……ウォーロッド」
「リタさんと、これからずっと一緒に生きていくんだろう?」
「……ああ」
ユーリは、小さく頷いた。
「そうだな」
そして、照れくさそうに笑う。
「……ありがとな」
「どういたしまして」
ウォーロッドも微笑んだ。
こうして。
仲間たちの手によって、結婚式の準備は着々と進んでいった。
――――――――――
第三幕 二人の誓い
そして、結婚式当日。
マグノリアには、雲一つない青空が広がっていた。
妖精の尻尾のギルド前には、色とりどりの花が咲き誇っている。
ウォーロッドが植物魔法で育てた花々だった。
白い花。
淡い桃色の花。
そして、柔らかな黄金色の花。
それらが美しいアーチを形作り、会場を華やかに彩っていた。
「……うん!」
ウォーロッドは満足そうに頷いた。
「綺麗に咲いてくれたね」
「すごいです!」
エマが目を輝かせる。
「本当に素敵な会場になりましたね!」
「みんなが頑張ってくれたおかげだよ」
会場には、三十人の魔導士たちが集まっていた。
誰もが晴れやかな表情を浮かべている。
そして、花のアーチの前。
ユーリが、少し緊張した様子で立っていた。
普段とは違う、きちんと整えられた礼服。
髪もいつもより丁寧に整えられている。
「……なあ、プレヒト」
「何だ」
「俺、変じゃねぇよな?」
「……さっきも聞いただろう」
「いや、でもよ!」
「問題ない」
「本当か!?」
「本当だ」
プレヒトは呆れたように息をついた。
「……落ち着け」
「落ち着いてるって!」
「なら、足を止めろ」
「……おっと」
ユーリは慌てて動きを止めた。
その様子に、周囲から小さな笑い声が上がる。
そして。
「皆さん!」
メイビスの声が響いた。
「お待たせしました!」
会場が静かになる。
花のアーチの向こう。
そこに、一人の女性が姿を現した。
リタだった。
純白のドレス。
柔らかな風に揺れる髪。
その手には、小さな花束が握られている。
「……」
ユーリは、言葉を失った。
リタがゆっくりと歩いてくる。
そして、彼の前で立ち止まった。
「……どうかしら?」
少し照れくさそうに尋ねる。
ユーリは、しばらく何も言えなかった。
やがて。
「……綺麗だ」
ぽつりと呟いた。
「……え?」
「すげぇ、綺麗だ」
リタの頬が、ほんのり赤く染まった。
「……ありがとう」
二人は顔を見合わせて微笑んだ。
その様子を見て、メイビスが嬉しそうに頷く。
「それでは!」
彼女は一歩前へ出た。
「これから、ユーリさんとリタさんの結婚式を始めます!」
仲間たちが静かに見守る。
メイビスは、二人へ向き直った。
「ユーリさん」
「おう」
「リタさん」
「はい」
「お二人は、これから夫婦として、嬉しい時も、悲しい時も、支え合って生きていくことを誓いますか?」
ユーリは、リタを見た。
そして、ゆっくりと頷いた。
「ああ」
いつもの豪快な声ではなかった。
けれど、その言葉には確かな決意が込められていた。
「俺は、リタと一緒に生きていく」
ユーリは、まっすぐに彼女を見つめた。
「楽しいことばっかりじゃねぇかもしれねぇ。喧嘩だってするだろうし、俺が迷惑かけることもあると思う」
その言葉に、リタが小さく笑う。
「それは、間違いなさそうね」
「おい!」
会場に笑いが広がった。
ユーリも、少しだけ笑った。
そして、再び真剣な表情になる。
「でもよ」
リタの手を取る。
「何があっても、俺はお前の味方だ」
「……ユーリ」
「だから、これからも一緒にいてくれ」
リタは、静かに彼を見つめていた。
そして、優しく微笑んだ。
「……もちろんよ」
その声は、穏やかだった。
「私も、あなたと一緒に生きていきたい」
リタは、握られた手をそっと握り返す。
「あなたは、いつも騒がしくて、無茶ばかりして……」
「……おいおい」
「でも」
リタは、柔らかく笑った。
「誰よりも仲間思いで、優しくて」
「……」
「そんなあなたが、大好きよ」
ユーリの目が、大きく見開かれた。
そして。
「……へへっ」
照れくさそうに笑った。
「俺もだ」
二人の手が、強く握り合わされる。
メイビスは、その姿を嬉しそうに見つめていた。
「……はい!」
そして、満面の笑みを浮かべる。
「それでは、お二人を夫婦として祝福します!」
次の瞬間。
「おめでとう!!」
「幸せになれよ!!」
「リタ! 綺麗だったよ!!」
「ユーリ! 泣くなよー!!」
「泣いてねぇよ!!」
盛大な拍手と歓声が響いた。
花びらが舞い上がる。
ウォーロッドが咲かせた花々が、柔らかな風に揺れていた。
その光景を、イリスは静かに見つめていた。
「……素敵ですね」
隣にいたメイビスが頷く。
「はい!」
その瞳には、喜びが溢れていた。
「本当に、素敵です!」
イリスは微笑んだ。
六年前。
わずか五人で始まった妖精の尻尾。
その仲間の一人が、今、新しい家族を作った。
それが、何よりも嬉しかった。
――――――――――
終幕 家族という絆
結婚式が終わった後。
妖精の尻尾では、盛大な宴会が開かれていた。
「かんぱーい!!」
「おめでとう!!」
「飲め飲めー!!」
テーブルには、たくさんの料理が並んでいる。
エマたちが腕によりをかけて作った料理だった。
「うまい!!」
「こっちの料理も食べてみろよ!」
「おい! それ俺の分だぞ!」
いつも以上に賑やかなギルド。
その中心には、ユーリとリタがいた。
「いやぁ! 最高だな!」
ユーリが大きく笑う。
「こんなに祝ってもらえるなんてよ!」
「ふふっ。本当にね」
リタも嬉しそうに笑った。
そんな二人のもとへ、プレヒトが歩いてきた。
「……ユーリ」
「おっ! プレヒト!」
「改めて、おめでとう」
プレヒトは静かに言った。
「リタさんを、大切にな」
「……おう!」
ユーリは力強く頷いた。
「任せとけ!」
「……その言葉、忘れるなよ」
「わかってるって!」
その隣では、ウォーロッドが微笑んでいた。
「二人とも、本当におめでとう」
「ありがとな、ウォーロッド!」
「ありがとう」
「これからも、仲良くね」
「おう!」
続いて、セヴェルが静かに頭を下げた。
「お二人の門出を、心から祝福します」
「おう! ありがとな!」
「ありがとうございます、セヴェルさん」
「……ただし」
セヴェルが少しだけ目を細めた。
「ユーリさん。今後は、もう少し無茶を控えた方がよろしいかと」
「何でだよ!?」
「守るべき方が、増えたのですから」
「……」
ユーリは、一瞬だけ黙った。
そして、リタを見た。
「……そうだな」
小さく笑う。
「気をつけるよ」
「ふふっ。期待してるわね」
リタが笑った。
その様子に、周囲の仲間たちも笑い声を上げた。
やがて、宴会が少し落ち着いた頃。
ギルドの窓辺では、イリスとメイビスが並んでいた。
「……いい結婚式でしたね」
イリスが微笑む。
「はい!」
メイビスは嬉しそうに頷いた。
「私、すっごく嬉しいです!」
「ふふっ。そうですね」
イリスは、宴会の中心にいる二人を見つめた。
「ユーリさんも、リタさんも、本当に幸せそうです」
「はい!」
メイビスは、少しだけ静かな声になった。
「……家族って、いいですね」
「……家族、ですか」
「はい」
メイビスは、ギルドの仲間たちを見渡した。
「血がつながっていなくても、一緒に笑って、一緒に泣いて……」
そして、微笑む。
「こうして、大切な人の幸せをみんなで喜べる」
「……」
「私、妖精の尻尾を作って、本当によかったです!」
イリスは、静かに頷いた。
「……私もです」
六年前。
突然、この世界へとやって来た。
何もわからず、帰る方法も見つからず。
それでも。
今、こうして笑っていられる。
それは、ここに大切な仲間たちがいるからだった。
「……メイビスさん」
「はい?」
「これからも、こんな幸せな時間が増えるといいですね」
メイビスは、ぱっと笑顔になった。
「もちろんです!」
そして、イリスの手を取った。
「もっともっと、たくさんの幸せを作りましょう!」
「ふふっ。そうですね」
二人は顔を見合わせて笑った。
その時。
「おーい!!」
ユーリの声が響いた。
「イリス! メイビス! 何やってんだよ!」
「え?」
「主役の俺たちを放っておいて、二人で何話してんだ!」
メイビスが笑った。
「あははっ! 今行きます!」
「ふふっ。行きましょうか」
二人は、仲間たちの輪へと戻っていく。
そこには、笑顔があった。
祝福があった。
そして、家族がいた。
妖精の尻尾。
かつて、わずか五人で始まった小さなギルド。
今では三十人もの魔導士が集い、互いを支え合う大きな家族となっていた。
その家族の中に、今日、新しい夫婦が生まれた。
ユーリ・ドレアー。
そして、リタ・ドレアー。
二人の門出を祝う声は、夜遅くまで途切れることがなかった。
マグノリアの夜空には、満天の星が輝いている。
その下で。
妖精たちは、今日も笑っていた。
大切な仲間の幸せを、心から祝福しながら。
――新しい家族の始まりを。
――第52話 完――
【こそこそ妖精話】
~新婚夫婦の力関係~
X692年。
ユーリとリタの結婚式から、翌日のこと。
妖精の尻尾では、いつものように賑やかな時間が流れていた。
ユーリ「よっしゃあ! 今日は久しぶりに、でっけぇ依頼でも受けるか!」
プレヒト「……昨日結婚したばかりだろう」
ユーリ「だから何だよ! 結婚したからって、魔導士を辞めるわけじゃねぇぞ!」
ウォーロッド「ははっ。相変わらず元気だね」
セヴェル「しかし、昨日は随分と緊張されていましたね」
ユーリ「おい! その話はもういいだろ!」
メイビス「あははっ! ユーリさん、誓いの言葉を言う時、すっごく真剣でしたよね!」
イリス「ふふっ。とても素敵でしたよ」
ユーリ「お、おう……ありがとな」
プレヒト「……顔が赤いぞ」
ユーリ「うるせぇ!」
そんなやり取りをしていると、ユーリが掲示板から一枚の依頼書を剥がした。
ユーリ「おっ! 山奥に出た大型魔物の討伐か! こいつは面白そうだぜ!」
セヴェル「……討伐対象はかなり大型のようですね」
ユーリ「へへっ! 腕が鳴るぜ!」
リタ「あら、ユーリ?」
背後から、聞き慣れた声が響いた。
ユーリ「おっ、リタ! ちょうどいいところに!」
リタ「今日は一緒に買い物に行く約束だったでしょう?」
ユーリ「……あ」
リタ「……忘れてたの?」
ユーリ「い、いや! もちろん覚えてたぞ!?」
プレヒト「今、忘れていた顔をしたな」
ウォーロッド「うん。していたね」
セヴェル「明らかに動揺していますね」
ユーリ「お前ら黙ってろ!」
リタは小さく息をついた。
リタ「もう。新しい家の家具を見に行くって、昨日話したじゃない」
ユーリ「わ、悪かったって!」
リタ「それとも、依頼の方が大事?」
ユーリ「そんなわけねぇだろ!」
ユーリは即座に依頼書を掲示板へ戻した。
ユーリ「よし! 今日は買い物だ!」
メイビス「あはははっ!」
イリス「ふふっ。仲がよろしいですね」
プレヒト「……見事な切り替えだな」
セヴェル「判断速度だけなら、非常に優秀ですね」
ウォーロッド「ははっ。これからも賑やかになりそうだね」
ユーリ「お前ら、絶対楽しんでるだろ!!」
リタ「ふふっ。それじゃあ、行きましょうか」
ユーリ「おう!」
リタに手を引かれ、ユーリがギルドを出ていく。
その背中を見送りながら。
メイビス「……皆さん」
プレヒト「何だ?」
メイビス「ユーリさんって、結婚してから少し変わりましたよね!」
セヴェル「ええ。非常にわかりやすく」
ウォーロッド「でも、幸せそうで何よりだね」
イリス「ふふっ。そうですね」
プレヒト「……しかし、一つだけ変わらんな」
メイビス「何ですか?」
プレヒト「リタさんには、昔から頭が上がらないところだ」
一同は顔を見合わせた。
そして。
全員「……確かに!」
ギルドに、楽しそうな笑い声が響いた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。