第一幕 妖精たちの船出
X686年 ― 天狼島。
朝の潮風が、静かな浜辺を吹き抜けていた。
白い波が砂浜を洗い、沖合では海鳥たちが気持ちよさそうに空を舞っている。
そんな穏やかな景色とは対照的に、浜辺には一人、落ち着きのない青年がいた。
「よっしゃあ! いよいよ出発だな!」
ユーリ・ドレアーである。
彼は目の前に停泊している小型の帆船を見上げ、満足そうに腕を組んだ。
「お前は少し落ち着け。まだ荷物の確認も終わっていない」
プレヒト・ゲイボルグが呆れたように言う。
「細けぇことはいいんだよ! こういうのは勢いが大事なんだって!」
「その勢いで必要なものを忘れたら、困るのは僕たちですよ」
ウォーロッド・シーケンが穏やかに笑った。
「お前ら、出発前から俺に厳しくないか!?」
三人のやり取りを少し離れた場所から眺めながら、イリス・アストレアは小さく微笑んでいた。
黒い髪が潮風に揺れ、腰に佩いた聖剣の鞘が朝日を受けて淡く輝く。
「皆さん、本当に仲がよろしいんですね」
「どこをどう見たらそうなるんだよ!?」
「ふふっ。息がぴったりですから」
イリスがそう答えると、ウォーロッドが楽しそうに笑った。
その隣では、メイビス・ヴァーミリオンが海を見つめていた。
金色の長い髪を風になびかせながら、彼女は水平線の向こうへ視線を向けている。
「……メイビスさん」
イリスが声をかける。
「はい?」
「緊張していますか?」
メイビスは少し考えてから、微笑んだ。
「少しだけ。でも、それ以上に楽しみなんです」
「楽しみ、ですか?」
「はい! 島の外には、私の知らないものがたくさんあるでしょうから!」
その瞳は、好奇心に満ちていた。
昨日、天狼玉が失われたことを知ったときの悲しげな表情は、もうそこにはない。
もちろん、悲しみが消えたわけではないだろう。
けれど、メイビスは前を向こうとしている。
イリスには、そう見えた。
「それに……」
メイビスはイリスを見上げた。
「今度は一人じゃありませんから!」
その言葉に、イリスは柔らかく目を細める。
「そうですね。私も一緒です」
「はい!」
元気よく頷いたメイビスの声が、朝の浜辺に響いた。
天狼玉を奪った者を探す旅。
その行き先には、まだ分からないことが多い。
けれど、五人は同じ船に乗り込んだ。
やがて帆が風を受け、船がゆっくりと動き始める。
天狼島の緑が、少しずつ遠ざかっていった。
メイビスは船尾から島を見つめ、小さく手を振った。
「行ってきます!」
その声を聞きながら、イリスもまた島へ視線を向ける。
この世界に来て、初めて出会った場所。
そして、大切な友達ができた場所。
遠ざかっていく島を見つめながら、イリスは胸の奥に生まれた温かな感情を、静かに噛みしめていた。
◇
船旅は、最初のうちこそ順調だった。
海は穏やかで、空には雲一つない。
ユーリは甲板で上機嫌に鼻歌を歌い、ウォーロッドは船の縁から海中を覗き込んでいる。
プレヒトは海図と方位を確かめながら、進路を確認していた。
そしてメイビスはというと――。
「わあっ! イリスさん、見てください!」
「はい?」
「あそこです! お魚が跳ねました!」
船の縁に身を乗り出し、海を指差していた。
イリスが視線を向けると、青い海面から銀色の魚が飛び上がった。
陽光を浴びた鱗が、宝石のように輝く。
「綺麗ですね」
「ですよね!」
メイビスは嬉しそうに笑った。
その姿を見て、イリスも自然と頬を緩める。
イリス自身、旅先で知らない景色に出会うことが好きだった。
異世界に来たことには、まだ戸惑いがある。
けれど、この海の美しさまで否定する理由はない。
「……こういう旅も、悪くありませんね」
思わず零れた言葉に、メイビスが振り返る。
「イリスさんも、楽しいですか?」
「はい。とても」
「ふふっ。よかったです!」
そのときだった。
「……おい」
船首の方から、プレヒトの低い声が聞こえた。
「風が止まったぞ」
イリスが顔を上げる。
先ほどまで帆を膨らませていた風が、いつの間にか消えていた。
帆は力なく垂れ下がり、船の速度が目に見えて落ちていく。
「おいおい、嘘だろ?」
ユーリが空を見上げた。
「こんなところで凪かよ!」
「しばらく続くかもしれませんね」
ウォーロッドが困ったように言う。
イリスは周囲を見渡した。
見渡す限りの海。
陸地はどこにも見えない。
「私の風魔法で船を進めましょうか?」
イリスが提案すると、プレヒトが少し驚いた顔をした。
「風も使えるのか?」
「はい。帆に風を送る程度でしたら、問題ありません」
「そいつは助かる!」
ユーリが勢いよく振り返った。
だが、その直後。
「待ってください!」
メイビスが声を上げた。
彼女は船の縁から身を乗り出し、海の中をじっと見つめている。
「どうしました?」
「今、海の中に何か……」
イリスもそちらへ視線を向けた。
透き通った青い海の下。
深い場所に、何か大きな影が見えた気がした。
それは魚でも、海藻でもない。
幾何学的な形をした、人工物のような影だった。
「……建物?」
メイビスが呟く。
プレヒトも船の縁に近づいた。
「この海域に建造物があるという話は聞いたことがないが……」
「沈んだ遺跡でしょうか?」
ウォーロッドの声に、ユーリの目が輝いた。
「遺跡!?」
その反応を見て、プレヒトが額を押さえる。
「……また始まったか」
「当たり前だろ! 海の底に遺跡だぞ!? 宝があるに決まってる!」
「昨日も似たようなことを言っていましたね」
イリスが微笑む。
「昨日は空っぽだったけどな!」
ユーリは胸を張った。
「だからこそ、今日は当たりを引くんだよ!」
メイビスがくすりと笑う。
そして、海の底に広がる影を見つめながら、楽しそうに言った。
「……行ってみませんか?」
こうして五人は、思いがけず海底神殿を探索することになった。
――――――――――
第二幕 海の底に眠る神殿
海底神殿への入口は、ほどなくして発見された。
海面近くまで伸びた古い石造りの塔。
その上部には、人が通れるほどの開口部があった。
潮の満ち引きによって、普段は海中に隠れているのだろう。
船を近くに留め、五人は慎重に塔へと移った。
内部には下へ続く螺旋階段があり、壁には古い文字が刻まれている。
「へえ……こんな場所があったのか」
ユーリが感心したように呟いた。
「ずいぶん古い建造物ですね」
ウォーロッドが壁を撫でる。
「海水による浸食が少ない。何らかの保護が施されているのかもしれません」
「魔法によるものだろうな」
プレヒトが石壁を観察しながら答えた。
イリスも周囲に視線を巡らせる。
金色の瞳には、壁や床に染み込んだ微かな魔力の残滓が映っていた。
古いものだ。
今もなお働いている魔法の気配もある。
だが、その全容までは分からない。
「この神殿、まだ魔法が生きているようですね」
「分かるんですか?」
メイビスが興味深そうに尋ねた。
「はい。ところどころに魔力の痕跡が残っています」
「すごいです!」
「ただ、何のための魔法なのかまでは……」
イリスは少し申し訳なさそうに笑った。
「調べてみないと分かりません」
「それなら、みんなで調べましょう!」
メイビスは嬉しそうに言った。
その一言に、イリスも頷く。
「はい!」
階段を下りるにつれて、周囲の空気がひんやりと冷たくなっていった。
やがて五人は、広大な地下空間へと辿り着く。
「……おお」
ユーリが思わず声を漏らした。
そこには、信じられないような光景が広がっていた。
巨大な石柱が幾本も立ち並び、天井には青白い光を放つ結晶が埋め込まれている。
壁の向こうには海水が満ちているらしく、透明な障壁越しに魚の群れが泳いでいた。
まるで、海の中に造られた宮殿だった。
「綺麗……!」
メイビスが目を輝かせる。
イリスも思わず足を止めた。
青い光が石床に揺らめき、天井から差し込む淡い光と重なり合う。
幻想的な光景だった。
「……素敵な場所ですね」
イリスが小さく呟く。
「はい!」
メイビスは嬉しそうに頷いた。
その一方で、プレヒトは周囲を慎重に観察していた。
「綺麗なのは結構だが、油断するな。これだけの設備が残っているなら、防衛機構も生きている可能性がある」
「そうですね」
イリスは頷いた。
そして、腰の聖剣へ軽く手を添える。
その仕草に、プレヒトが一瞬だけ目を向けた。
だが、何も言わなかった。
◇
神殿の奥へ進むと、五人は大きな扉に行き当たった。
扉には複雑な紋様が刻まれ、その中央には五つの窪みが並んでいる。
「また仕掛けか?」
ユーリが顔をしかめた。
「昨日の遺跡を思い出しますね」
ウォーロッドが笑う。
メイビスは扉の前にしゃがみ込み、刻まれた文字を調べ始めた。
「……なるほど」
「何か分かったのか?」
ユーリが尋ねる。
「この神殿では、五つの光を揃えることで道が開くみたいです」
「五つの光?」
イリスが首を傾げた。
「はい。たぶん、あの柱と関係があるんだと思います」
メイビスが指差した先には、広間の各所に置かれた五本の小さな石柱があった。
それぞれの柱には、異なる形の紋章が刻まれている。
プレヒトが近づいて調べる。
「……柱を動かせるようだな」
「でも、適当に動かすと危険かもしれません」
メイビスは扉の文字を読み進めた。
「光の向きを合わせる必要があるみたいです」
そこからは、五人での作業になった。
ウォーロッドが柱の位置関係を調べ、プレヒトが動作する仕組みを確認する。
ユーリは重い柱を回し、イリスは魔力の流れを見ながら助言した。
そしてメイビスが、全体の配置を考える。
「ユーリさん、その柱をもう少し右へ!」
「おう!」
「プレヒトさん、そちらは反対向きです!」
「……なるほど。これでいいか」
「はい! ウォーロッドさん、最後の柱をお願いします!」
「分かりました!」
五本の柱が正しい方向を向いた瞬間。
青白い光が床を走った。
光は複雑な模様を描きながら扉へ集まり、五つの窪みを順番に照らしていく。
そして――。
ゴゴゴゴゴ……。
重々しい音を立てて、巨大な扉が開いた。
「やったあ!」
メイビスが嬉しそうに両手を上げる。
「さすがですね、メイビスさん」
イリスが微笑むと、メイビスは少し照れくさそうに笑った。
「皆さんのおかげですよ!」
「よっしゃ! これで宝は俺のもんだ!」
「まだあると決まったわけではないぞ」
プレヒトの冷静な指摘を聞き流し、ユーリは真っ先に扉の向こうへ進んでいった。
その背中を見送りながら、イリスは苦笑した。
「……本当に元気な方ですね」
「ええ。そこがユーリの良いところでもありますから」
ウォーロッドが穏やかに答えた。
――――――――――
第三幕 目覚める不滅の守護者
扉の向こうには、巨大な円形の広間が広がっていた。
中央には高い祭壇があり、その上には黄金色に輝く古い王冠が置かれている。
青い宝石がいくつも埋め込まれた、美しい王冠だった。
「……あった」
ユーリが呟く。
次の瞬間。
「あったああああっ!!」
歓喜の声が広間に響き渡った。
「宝だ! 本当に宝があったぞ!」
「落ち着け、ユーリ!」
プレヒトが制止する。
だが、ユーリはすでに祭壇へ駆け寄っていた。
「これだけ立派な王冠なら、相当な値打ちが――」
「待ってください!」
メイビスが叫んだ。
その声とほぼ同時に、イリスの金色の瞳が捉えた。
祭壇の下。
石床に刻まれた紋様へ、急激に魔力が流れ込んでいく。
「ユーリさん、離れて!」
イリスが声を上げる。
次の瞬間。
轟音が響いた。
祭壇の背後に立っていた巨大な石像が、ゆっくりと動き始めたのだ。
全高は十メートル近い。
全身を分厚い石の鎧で覆い、右手には巨大な剣を握っている。
その両眼に、青白い光が灯った。
「なっ……!?」
ユーリが目を見開く。
「石像が動いた!?」
「守護者か!」
プレヒトが叫んだ。
巨大な石像は、ゆっくりと剣を持ち上げる。
狙いは、祭壇のすぐ近くにいるユーリだった。
「ユーリさん!」
ウォーロッドが声を上げる。
しかし、巨大な剣はすでに振り下ろされていた。
――その瞬間。
銀色の閃光が走った。
甲高い金属音にも似た響きが、広間を貫く。
次の瞬間には、巨大な石剣の上半分が宙を舞っていた。
「…………は?」
ユーリが呆然と呟く。
彼の前には、いつの間にかイリスが立っていた。
右手には、抜き放たれた聖剣。
白銀の刀身には淡い光が宿り、黄金の装飾が青白い結晶の光を反射していた。
「お怪我はありませんか?」
イリスが振り返る。
「え……あ、ああ……」
「それはよかったです」
ほっとしたように微笑む。
その穏やかな表情は、普段と何も変わらない。
だが、ユーリには理解できなかった。
今、何が起きた?
あれほど巨大な剣が。
ただ一度、聖剣が振るわれただけで。
まるで紙でも切るように、真っ二つになったのだ。
「イリスさん……?」
メイビスも目を丸くしていた。
しかし、驚いている暇はなかった。
守護者が、残った左腕を振り上げたからだ。
巨大な拳が、イリスへ向かって振り下ろされる。
「危ない!」
ユーリが叫ぶ。
だが、イリスは動じなかった。
軽く一歩を踏み出し、聖剣を振り抜く。
それだけだった。
守護者の左腕が、肩口から滑り落ちた。
轟音とともに、巨大な石塊が床へ転がる。
イリスはそのまま身を翻し、もう一度剣を振るった。
白銀の軌跡が、守護者の胴体を横切る。
次の瞬間。
巨大な石像が、上下に分かれた。
重い上半身が床へ崩れ落ち、石片が四方へ飛び散る。
凄まじい音が広間を揺らした。
それでも、イリスの表情は落ち着いたままだった。
「……これで大丈夫でしょうか」
静かに呟く。
その背後で、四人は言葉を失っていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
最初に口を開いたのは、ユーリだった。
「……おい」
誰にともなく呟く。
「今の、見たか?」
「……見ていた」
プレヒトが答えた。
「だが、どうやって斬ったのか……」
ウォーロッドも、ただ驚いたように目を見開いている。
そしてメイビスは。
「すごい……!」
目を輝かせていた。
「イリスさん、すごいです!」
その声に、イリスは少し困ったように笑う。
「ありがとうございます。でも、まだ――」
言葉が途切れた。
床に散らばっていた石片が、微かに震え始めたのだ。
青白い光が石片の間を走る。
砕けた腕が浮き上がり、胴体が持ち上がる。
切断された断面に新たな石が生まれ、失われた部分を埋めていく。
「……再生している?」
イリスが目を細めた。
数秒後。
守護者は、何事もなかったかのように立ち上がっていた。
折れたはずの剣まで、元通りになっている。
「嘘だろ!?」
ユーリが叫ぶ。
「さっき真っ二つになったじゃねぇか!」
「どうやら、普通の石像ではないようですね」
ウォーロッドが呟く。
イリスは守護者を見上げた。
金色の瞳には、床から守護者へと流れ込む魔力の光が映っている。
「……なるほど」
彼女は小さく頷いた。
「外から魔力を供給されているんですね」
守護者が再び剣を振り上げる。
だが、イリスは落ち着いたままメイビスたちへ声をかけた。
「皆さん、少し下がっていてください」
「イリスさん!」
メイビスが呼びかける。
イリスは振り返り、柔らかく微笑んだ。
「大丈夫ですよ。私が引き受けますから」
そして、再び守護者へ向き直る。
巨大な剣が振り下ろされた。
イリスは聖剣を軽く振るう。
剣が砕ける。
続けて踏み込み、守護者の右脚を切断する。
巨体が傾いたところへ、もう一閃。
今度は首が落ちた。
それでも、守護者は再生する。
イリスは静かに息を吐いた。
「……何度でも直るんですね」
その声には、恐怖も焦りもなかった。
ただ、目の前の現象を確かめるような響きがあった。
――――――――――
第四幕 妖精の知恵
「……おかしい」
プレヒトが呟いた。
目の前では、イリスが守護者を圧倒している。
巨大な剣も、分厚い鎧も、彼女の聖剣の前では意味を成していなかった。
だが、どれほど斬り刻まれても、守護者は再び立ち上がる。
「一体、どういう仕組みなんだ……」
「魔力を使って身体を再構築しているんだと思います」
メイビスが答えた。
彼女は広間の床をじっと見つめている。
「さっきから、あの石像が直るたびに床の紋様が光っているんです」
プレヒトが視線を落とした。
確かに、守護者の足元から祭壇へ向かって、細い光の筋が走っている。
「……魔力の供給路か」
「はい。でも、それだけじゃありません」
メイビスは顔を上げた。
「この神殿の仕掛けは、全部つながっているんだと思います」
「全部?」
「入口の扉も、五本の柱も、この広間も……」
メイビスは周囲を見渡す。
「同じ魔法の仕組みで動いているんです!」
そのとき、守護者が再び倒れた。
轟音が響き、床に亀裂が走る。
「……っ!」
ウォーロッドが身をすくめた。
だが、イリスはすぐにこちらへ振り返る。
「皆さん、お怪我はありませんか?」
「僕たちは大丈夫です!」
ウォーロッドが答えた。
「それより、イリスさんは!?」
「問題ありませんよ」
イリスは微笑んだ。
その背後で、守護者の腕が再生していく。
「ただ、このままですと神殿が傷んでしまいそうですね」
「そっちの心配かよ!?」
ユーリが思わず叫んだ。
メイビスは、そのやり取りを聞きながら考え続けていた。
守護者は何度でも再生する。
けれど、無限に魔力を生み出しているわけではない。
どこかから供給されている。
ならば――。
「……分かりました!」
メイビスが顔を上げた。
「イリスさん!」
「はい!」
「もう少しだけ、守護者を引きつけていてください!」
「承知しました!」
イリスは迷わず答えた。
メイビスはプレヒトたちへ向き直る。
「皆さん、手伝ってください!」
「何をすればいい?」
プレヒトが尋ねる。
「あの祭壇の周りにある四つの石板です!」
メイビスが指差す。
祭壇の四方には、床に埋め込まれた石板があった。
それぞれに、入口で見たものとよく似た紋様が刻まれている。
「守護者へ流れている魔力を止めるには、あの石板を正しい順番で操作する必要があります!」
「順番は分かるのか?」
「今から調べます!」
ユーリが笑った。
「よっしゃ! そういうことなら任せろ!」
「お前は勝手に触るな!」
プレヒトが即座に釘を刺す。
「分かってるって!」
ウォーロッドも祭壇へ向かった。
「僕は反対側を調べます!」
「お願いします!」
メイビスは石板の前にしゃがみ込んだ。
刻まれた文字を読み、紋様の並びを確かめる。
背後では、何度も激しい音が響いていた。
守護者が剣を振るう音。
石の身体が砕ける音。
そして、再生する音。
けれど、メイビスは振り返らなかった。
イリスが守ってくれている。
だから、自分は考えることに集中できる。
その信頼が、彼女の背中を支えていた。
「……一つ目は、海を表す紋様」
メイビスが呟く。
「二つ目は、月……三つ目は……」
プレヒトが石板を調べながら口を開いた。
「こちらには、光の流れを示す線がある」
「本当ですか?」
「ああ。おそらく、操作の順番と関係がある」
「……なるほど!」
メイビスの表情が明るくなった。
「分かりました!」
彼女は立ち上がる。
「ユーリさん! 最初に右側の石板を押してください!」
「おう!」
ユーリが石板に手をかける。
重い石板が沈み込み、青白い光が走った。
「次はウォーロッドさん!」
「はい!」
二枚目の石板が動く。
光が祭壇へ集まり始めた。
「プレヒトさん、三枚目です!」
「分かった!」
三枚目が押し込まれる。
その瞬間、守護者の動きがわずかに鈍った。
「……!」
イリスが変化に気づく。
金色の瞳には、守護者へ流れ込む魔力が細くなっていく様子が映っていた。
「メイビスさん! 魔力の流れが弱まっています!」
「やっぱり!」
メイビスは最後の石板へ駆け寄った。
だが――。
ゴゴゴゴゴ……!
突然、広間全体が激しく揺れ始めた。
「な、何だ!?」
ユーリが叫ぶ。
祭壇の周囲に亀裂が走り、天井から小さな石片が落ちてくる。
プレヒトが顔をしかめた。
「魔力の流れが変わったせいか……!」
そのとき、守護者が最後の抵抗を見せた。
巨大な剣を両手で握り、祭壇へ向かって振り下ろそうとしたのだ。
狙いは、メイビスたち。
「危ない!」
ウォーロッドが叫ぶ。
しかし。
「――させません」
静かな声が響いた。
次の瞬間。
イリスの姿が、守護者の懐へ飛び込んでいた。
白銀の聖剣が、鮮やかな軌跡を描く。
一閃。
巨大な剣が切断される。
二閃。
守護者の両腕が宙を舞う。
そして三閃目。
守護者の巨体が、斜めに断ち切られた。
崩れ落ちる石片の間を、イリスは軽やかに駆け抜ける。
着地した彼女は、メイビスへ振り返った。
「今です!」
「はい!」
メイビスは最後の石板へ手を伸ばした。
ぐっと力を込める。
石板が沈み込んだ。
瞬間。
祭壇から眩い光が放たれた。
床を走っていた魔力の光が、一斉に消えていく。
守護者の身体を包んでいた青白い輝きも、ゆっくりと失われた。
再生しかけていた石片が、力なく床へ落ちる。
そして――。
静寂が訪れた。
「……止まった?」
ユーリが呟く。
メイビスは祭壇を見つめたまま、ゆっくりと頷いた。
「はい。もう魔力は供給されていません」
プレヒトが守護者の残骸へ視線を向ける。
先ほどまで何度も再生していた石像は、今度こそ動かなかった。
「……終わったようだな」
ウォーロッドが安堵の息を吐く。
「よかった……!」
メイビスも胸を撫で下ろした。
そして、イリスへ駆け寄る。
「イリスさん!」
「メイビスさん」
「ありがとうございます!」
メイビスは満面の笑みを浮かべた。
「イリスさんが守ってくれたおかげで、仕掛けを解くことができました!」
イリスは少し驚いたように目を瞬かせた。
それから、柔らかく微笑む。
「いいえ。メイビスさんが仕組みを見抜いてくださったおかげです」
「でも、イリスさんがいなかったら……」
「ふふっ」
イリスは小さく笑った。
「それなら、二人のお手柄ですね」
メイビスは一瞬だけ目を丸くした。
そして、嬉しそうに頷いた。
「はい!」
――――――――――
終幕 新しい旅の仲間
守護者が停止したことで、祭壇の周囲にあった魔法の障壁も消えていた。
ユーリは慎重に王冠へ近づき、それを両手で持ち上げる。
「……おお」
青い宝石が、淡い光を反射する。
「こいつは本物だ……!」
その声には、隠しきれない喜びが滲んでいた。
「これだけの宝なら、しばらく旅費に困ることもないだろうな!」
「まずは無事に持ち帰ることを考えろ」
プレヒトが呆れたように言う。
「分かってるって!」
ユーリは王冠を大事そうに抱えた。
ウォーロッドは周囲を見渡しながら、穏やかに笑う。
「それにしても、不思議な神殿でしたね」
「ええ」
イリスが頷く。
「こんな場所が海の底に眠っているなんて、思いもしませんでした」
「世界には、まだまだ知らないものがあるんですね!」
メイビスが楽しそうに言った。
その言葉に、イリスは微笑む。
「そうですね」
自分の知らない景色。
自分の知らない歴史。
そして、自分の知らない人々。
異世界に来たことで失ったものは、確かにある。
けれど、ここには新しく出会えるものもあるのだ。
イリスは、そう感じていた。
◇
神殿を脱出した五人は、再び船へ戻った。
幸い、海は穏やかなままだった。
イリスが風魔法で帆に風を送り、船はゆっくりと動き始める。
海底神殿は、やがて青い海の下へと姿を消していった。
「いやあ、それにしても……」
甲板に座り込んだユーリが、しみじみと呟く。
「とんでもねぇもんを見ちまったな」
「王冠のことですか?」
イリスが尋ねる。
「違ぇよ!」
ユーリは勢いよく立ち上がった。
「お前のことだよ、イリス!」
「……私、ですか?」
イリスが不思議そうに首を傾げる。
「そうだよ! あんなでっけぇ石像を、何回も真っ二つにしやがって!」
「……確かに、驚いた」
プレヒトも腕を組んだ。
「あれほど巨大な相手を、ほとんど苦もなく斬り伏せるとはな」
ウォーロッドも頷く。
「僕も、正直びっくりしました」
三人の視線が、イリスへ集まる。
イリスは少し困ったように笑った。
「ええと……皆さんが無事で、何よりでした」
「そういう話じゃねぇんだよ!」
ユーリが叫ぶ。
その反応に、メイビスが楽しそうに笑った。
「ふふっ! イリスさんはすごいんですよ!」
「いや、お前も十分すげぇよ!」
ユーリは今度はメイビスへ向き直る。
「あんな仕掛け、よく解けたな!」
「皆さんが手伝ってくださったおかげです!」
「……まったく」
プレヒトが小さく息を吐いた。
「妙な連中と知り合ったものだ」
「そう言いながら、プレヒトも楽しそうですよ?」
ウォーロッドが微笑む。
「……気のせいだ」
「本当ですか?」
「本当だ」
そんな二人のやり取りに、ユーリが笑い出す。
メイビスもつられて笑った。
そして、イリスも。
「ふふっ……」
穏やかな笑い声が、甲板に広がった。
青い海の上を、一隻の船が進んでいく。
天狼玉を取り戻すという目的は、まだ果たされていない。
その行方も、奪った者の正体も、分からないままだ。
けれど、五人の間には確かに何かが生まれ始めていた。
互いの力を知り、互いの知恵を頼り、互いを信じる。
それはまだ、小さなつながりにすぎない。
けれど、いつか大きな絆へと育っていくかもしれない。
船首に立ったメイビスが、水平線の向こうを指差した。
「皆さん! 次はどんな冒険が待っているんでしょうね!」
「宝があるなら何でもいいぜ!」
ユーリが笑う。
「少しは目的を忘れずにいろ」
プレヒトが呆れる。
「まあまあ。旅は楽しい方がいいですからね」
ウォーロッドが穏やかに言った。
イリスはそんな四人を眺めながら、柔らかく微笑む。
「……そうですね」
そして、青い空を見上げた。
「私も、楽しみです」
帆が風を受け、大きく膨らむ。
船は新たな目的地へ向かって、ゆっくりと進んでいった。
妖精と聖剣使いの冒険は、まだ始まったばかりだった。
――第6話 完――
【こそこそ妖精話】
「ねえ、ゼーラ」
「なによ、メイビス?」
「イリスさんって、すごく強いんですね!」
「……今さら?」
「だって、あんなに大きな守護者を、あっという間に斬ってしまうなんて!」
「私も驚いたわよ。あの子、普段はあんなにおっとりしてるのに」
「ふふっ。でも、イリスさんはイリスさんですよ!」
「……そうね」
「私の大切なお友達ですから!」
「はいはい。分かったわよ」
ゼーラは呆れたように肩をすくめた。
けれど、その表情には、どこか優しい笑みが浮かんでいた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。