妖精と聖剣使い   作:使い手なない

60 / 72
第59話「おかえり、妖精たち!」

 

第一幕 懐かしき街へ

 

 X694年・春。

 

 フィオーレ王国、マグノリア。

 

 暖かな春の日差しが、街の石畳を優しく照らしていた。

 

 通りには色とりどりの花が飾られ、行き交う人々の楽しそうな声が響いている。

 

 そんな街の入口に、二人の少女が立っていた。

 

「……帰ってきましたね」

 

 美しい黒髪を春風になびかせながら、イリス・アストレアが呟く。

 

 その隣では、金色の髪を揺らしたメイビス・ヴァーミリオンが、嬉しそうに街を見つめていた。

 

「はいっ! ようやく帰ってきました!」

 

 二人がマグノリアを離れたのは、X692年のこと。

 

 ギルティナ大陸へ渡り、各地の街や村を巡り、古い伝承を調べながら旅を続けてきた。

 

 そして、月神竜セレーネとの出会い。

 

 あれからも二人は急いで帰ることなく、様々な景色を楽しみながら旅を続けていた。

 

 気づけば、出発からおよそ二年。

 

「なんだか、懐かしいですね」

 

「ふふっ。まだ二年も経っていないような気がします」

 

「私は、もっと長かったような気もします!」

 

「どちらですか?」

 

「どちらもです!」

 

 胸を張って答えるメイビスに、イリスは思わず笑ってしまった。

 

「ふふっ。メイビスさんらしいですね」

 

「えへへ!」

 

 二人は並んで街へ足を踏み入れる。

 

 見覚えのある商店。

 

 以前、皆で食事をした料理店。

 

 依頼の帰りに立ち寄った菓子屋。

 

 懐かしい景色が、次々と目に飛び込んでくる。

 

「あっ!」

 

 メイビスが突然声を上げた。

 

「イリスさん! あのお店、覚えていますか?」

 

「もちろんです。ユーリさんが大量に注文して、プレヒトさんに怒られていたお店ですよね?」

 

「そうです!」

 

 二人は顔を見合わせて笑った。

 

「ユーリさん、今も変わっていないでしょうか?」

 

「……変わっていると思いますか?」

 

「思いません!」

 

「私もです」

 

 また笑い声が重なる。

 

 そんな時だった。

 

「あれ? もしかして……」

 

 通りの向こうから、驚いたような声が聞こえた。

 

 振り返ると、買い物袋を抱えた中年の女性が立っていた。

 

 以前から顔馴染みの、商店の店主だった。

 

「まあ! メイビスちゃんにイリスちゃんじゃない!」

 

「お久しぶりです!」

 

「こんにちは。お元気でしたか?」

 

「ええ、もちろんよ!」

 

 女性は嬉しそうに駆け寄ってくる。

 

「ずいぶん長い旅だったわねえ! ギルドのみんな、首を長くして待ってたわよ!」

 

「ふふっ。そうなんですね」

 

「特にユーリ君なんて、何かあるたびに二人の話をしていたわ!」

 

「……ユーリさんが?」

 

「ええ! イリスちゃんが帰ってきたら今度こそ勝負するんだって!」

 

「…………」

 

 イリスとメイビスは、顔を見合わせた。

 

「……やっぱり変わっていませんね」

 

「ですね!」

 

 二人の笑い声が、春の街に響いた。

 

 やがて。

 

 見慣れた建物が、視界の先に現れる。

 

 魔導士ギルド――妖精の尻尾。

 

 以前よりも少し立派になった建物。

 

 入口の看板には、見慣れた妖精の紋章が掲げられている。

 

「……あ」

 

 イリスが小さく声を漏らした。

 

 その足が、自然と止まる。

 

 ここだ。

 

 自分たちが仲間と共に作り上げてきた場所。

 

 笑い合い、時には喧嘩をして、何度も帰ってきた場所。

 

「……イリスさん?」

 

 メイビスが隣から顔を覗き込む。

 

「どうしました?」

 

「……いえ」

 

 イリスは柔らかく微笑んだ。

 

「帰ってきたんだな、と思いまして」

 

 メイビスも、同じ建物を見上げる。

 

 そして、嬉しそうに笑った。

 

「はい!」

 

 二人は顔を見合わせる。

 

「それじゃあ、行きましょうか!」

 

「ええ!」

 

 メイビスが勢いよく扉を押し開けた。

 

――――――――――

 

第二幕 おかえりなさい!

 

「ただいま帰りましたーっ!!」

 

 元気いっぱいの声が、ギルド中に響き渡った。

 

 その瞬間。

 

 賑やかだった室内が、ぴたりと静まり返った。

 

「…………」

 

「…………」

 

 何十人もの魔導士たちが、一斉に入口を振り返る。

 

 扉の前には、二人の少女。

 

 一人は、小柄な金髪の少女。

 

 もう一人は、黒髪に青と金の瞳を持つ、制服姿の少女。

 

 しばしの沈黙。

 

 そして。

 

「……は?」

 

 最初に声を漏らしたのは、ユーリ・ドレアーだった。

 

 椅子に座っていた彼は、目を丸くして二人を見つめている。

 

「……おい」

 

 ゆっくりと立ち上がる。

 

「お前ら……」

 

 次の瞬間。

 

「帰ってきたのかよーーーっ!!」

 

 ギルド中に響く大声。

 

「ユーリさん!」

 

「イリス! メイビス!」

 

 ユーリは勢いよく駆け寄ってきた。

 

「お前ら、どんだけ待たせるんだよ!」

 

「えへへ! ただいまです!」

 

「ご無沙汰しています、ユーリさん」

 

「ご無沙汰じゃねえだろ! 二年近くだぞ、二年!」

 

 そう言いながらも、その顔には満面の笑みが浮かんでいた。

 

「ったく……!」

 

 ユーリは二人の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

「よく帰ってきたな!」

 

「わっ! ユーリさん!」

 

「ふふっ。髪が乱れてしまいますよ」

 

「細けえこと言うな!」

 

 その騒ぎを聞きつけ、奥から一人の青年が姿を現した。

 

「……何の騒ぎだ?」

 

 プレヒト・ゲイボルグだった。

 

 手には書類の束。

 

 いつものように、ギルドの仕事をしていたらしい。

 

「ユーリ。また何か――」

 

 そこまで言って。

 

 彼の言葉が止まった。

 

「……メイビス?」

 

「プレヒトさん!」

 

「……イリスも」

 

「ただいま帰りました、プレヒトさん」

 

 プレヒトはしばらく二人を見つめていた。

 

 そして、静かに息を吐く。

 

「……そうか」

 

 書類を机に置く。

 

「帰ってきたんだな」

 

「はい!」

 

 メイビスが嬉しそうに頷いた。

 

「長い間、留守を任せてしまってすみませんでした!」

 

「……まったくだ」

 

 プレヒトは小さく苦笑した。

 

「おかげで、こちらは随分と忙しかった」

 

「ふふっ。申し訳ありません」

 

 イリスが頭を下げる。

 

 すると、プレヒトは首を横に振った。

 

「いや」

 

 その表情が、少しだけ柔らかくなる。

 

「……無事で何よりだ」

 

 その一言に、イリスの胸が温かくなった。

 

「ありがとうございます」

 

「メイビス!」

 

 今度は別の声が響いた。

 

 振り返ると、穏やかな顔立ちの青年が駆け寄ってくる。

 

「ウォーロッドさん!」

 

「イリスも! 久しぶりだね!」

 

「お久しぶりです、ウォーロッドさん」

 

 ウォーロッドは二人を見比べて、嬉しそうに笑った。

 

「本当に帰ってきたんだね。よかった」

 

「はい!」

 

「二人とも、元気そうで安心したよ」

 

「ウォーロッドさんも、お元気そうですね」

 

「うん。僕は元気だよ」

 

 そこへ。

 

「あらあら」

 

 優しい声が聞こえてきた。

 

「ずいぶん賑やかだと思ったら……」

 

 リタだった。

 

 彼女は二人の姿を見た途端、ぱっと表情を明るくした。

 

「まあ! 二人とも!」

 

「リタさん!」

 

「お久しぶりです!」

 

「おかえりなさい!」

 

 リタは嬉しそうに二人を抱きしめた。

 

「本当に、無事でよかったわ」

 

「ふふっ。ありがとうございます」

 

「ただいまです!」

 

 温かな抱擁。

 

 懐かしい声。

 

 変わらない笑顔。

 

 イリスは胸の奥が、じんわりと温かくなるのを感じていた。

 

 そんな二人の周囲に、次々と仲間たちが集まってくる。

 

「イリス!」

 

「メイビス!」

 

「おかえり!」

 

「待ってたぞ!」

 

「旅はどうだった!?」

 

「お土産は!?」

 

「ちょっと、順番に聞きなさいよ!」

 

 あっという間に、二人は仲間たちに囲まれてしまった。

 

「わわっ! 皆さん、落ち着いてください!」

 

「ふふっ。皆さん、お久しぶりです!」

 

 笑い声が重なる。

 

 賑やかで。

 

 少し騒がしくて。

 

 けれど、どうしようもなく懐かしい。

 

 妖精の尻尾の日常が、そこにはあった。

 

――――――――――

 

第三幕 伝説の二人

 

 その頃。

 

 ギルドの片隅では、数人の新人魔導士たちが、困惑した様子で騒ぎを眺めていた。

 

「……なあ」

 

「ん?」

 

「あの二人、誰なんだ?」

 

「さあ……?」

 

 彼らは、イリスとメイビスが旅に出ている間に加入した魔導士たちだった。

 

 当然、二人とは一度も会ったことがない。

 

「でも、ユーリさんたちと随分仲がよさそうだな」

 

「プレヒトさんまで嬉しそうだったぞ」

 

「……あの人、あんな顔するんだな」

 

 新人たちは顔を見合わせる。

 

 そんな時。

 

「あれ? 君たち、知らないの?」

 

 近くにいたエマが、不思議そうに首を傾げた。

 

「エマさん!」

 

「あの二人って、誰なんですか?」

 

「えっ?」

 

 エマは目を丸くした。

 

 そして、すぐに納得したように頷く。

 

「ああ、そっか。みんなは初めて会うんだね!」

 

「はい!」

 

「じゃあ、紹介しないとね!」

 

 エマは嬉しそうに笑った。

 

 その時だった。

 

「……あの!」

 

 一人の新人が、意を決したように声を上げた。

 

 向かった先は、イリスのもと。

 

「あの、すみません!」

 

「はい?」

 

 イリスが振り返る。

 

 新人は少し緊張した様子で頭を下げた。

 

「初めまして! 最近このギルドに入った者です!」

 

「初めまして」

 

 イリスは柔らかく微笑んだ。

 

「イリス・アストレアと申します。よろしくお願いしますね」

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

 新人は少し安心したように笑った。

 

 そして。

 

「ところで、一つ聞いてもいいですか?」

 

「もちろんです」

 

「このギルドにいるっていう、『妖精の聖剣』はどこにいるんでしょうか?」

 

「…………」

 

 イリスが目を瞬かせた。

 

「……妖精の聖剣、ですか?」

 

「はい!」

 

 新人は目を輝かせた。

 

「ものすごく強い魔導士だって聞いたんです!」

 

「…………」

 

「ブルースカルとの戦いでも大活躍して、王都の有力ギルドのマスターとも渡り合ったとか!」

 

「……ええと」

 

「いつか会ってみたいと思っていたんですけど、ずっと旅に出ているって聞いて……」

 

 イリスは困ったように微笑んだ。

 

 その隣では。

 

「…………っ!」

 

 メイビスが、口元を両手で押さえていた。

 

 肩が小刻みに震えている。

 

「……メイビスさん?」

 

「い、いえ……!」

 

 ぷるぷる。

 

「な、何でもありません……!」

 

 どう見ても、笑いを堪えている。

 

 そして。

 

「ぶっ……!」

 

 背後から、妙な音が聞こえた。

 

「……ユーリさん?」

 

「くっ……くくっ……!」

 

 ユーリも肩を震わせていた。

 

 新人は不思議そうに首を傾げる。

 

「……あの?」

 

 その瞬間。

 

「ぶはははははっ!!」

 

 ユーリが盛大に吹き出した。

 

「お、お前っ! よりによって本人に聞くかよ!!」

 

「……え?」

 

「ははははっ! 腹いてえ!!」

 

「……本人?」

 

 新人は、ゆっくりとイリスを見た。

 

 黒髪。

 

 青と金のオッドアイ。

 

 腰には、美しい装飾の施された聖剣。

 

 そして、穏やかに微笑む少女。

 

「…………」

 

 数秒の沈黙。

 

「…………え?」

 

 もう一度、イリスを見る。

 

「……もしかして」

 

「……はい」

 

 イリスは少し照れくさそうに微笑んだ。

 

「一応、私が『妖精の聖剣』と呼ばれています」

 

「…………」

 

 新人の表情が固まった。

 

 そして。

 

「えええええええええっ!?」

 

 ギルド中に、絶叫が響き渡った。

 

「こ、この人が!?」

 

「そうだぞ!」

 

 ユーリが笑いながら答える。

 

「うちの自慢の魔導士だ!」

 

「で、でも!」

 

 新人は慌ててイリスを見る。

 

「もっとこう……怖そうな人だと思ってました!」

 

「……怖そう、ですか?」

 

「はい! 大きな剣を振り回す、ものすごく強そうな人だって!」

 

「ふふっ」

 

 イリスは思わず笑ってしまった。

 

「期待に添えなくて申し訳ありません」

 

「い、いえ! そういう意味じゃ……!」

 

「くくっ! イリス、お前、怖そうじゃねえんだってよ!」

 

「もう……ユーリさん」

 

 そのやり取りを見ていた別の新人が、ふとメイビスに目を向けた。

 

「……じゃあ、そっちの子は?」

 

「私ですか?」

 

 メイビスが嬉しそうに振り返る。

 

「はい!」

 

「私はメイビス・ヴァーミリオンです!」

 

 にっこり。

 

「妖精の尻尾のギルドマスターをしています!」

 

「…………」

 

 新人たちが固まった。

 

「……え?」

 

「ギルド……?」

 

「マスター……?」

 

 メイビスは不思議そうに首を傾げる。

 

「はい?」

 

「えええええええええっ!?」

 

 本日二度目の絶叫だった。

 

「ま、待ってください!」

 

「はい?」

 

「マスターって、プレヒトさんじゃないんですか!?」

 

「私は代理だ」

 

 いつの間にか近くに来ていたプレヒトが、淡々と答えた。

 

「正式なマスターはメイビスだ」

 

「…………」

 

 新人たちは、改めてメイビスを見つめる。

 

 小柄な身体。

 

 可愛らしい顔立ち。

 

 明るい笑顔。

 

 どう見ても、普通の少女にしか見えない。

 

「……本当に?」

 

「本当です!」

 

 メイビスは胸を張った。

 

「えへへ!」

 

 その様子に、ユーリが再び笑い出す。

 

「はははっ! お前ら、いい顔してるな!」

 

「ユーリさん! 笑いすぎです!」

 

「だってよ、メイビス!」

 

 ユーリは涙を拭いながら言った。

 

「お前ら、完全に伝説の人物扱いされてるじゃねえか!」

 

「もう!」

 

 メイビスは頬を膨らませる。

 

「私はちゃんと実在しています!」

 

「私もですよ」

 

 イリスが苦笑する。

 

 その言葉に、周囲の仲間たちが一斉に笑い出した。

 

 新人たちは、まだ信じられない様子だった。

 

 けれど。

 

 目の前で楽しそうに笑う二人を見ているうちに、少しずつ緊張が解けていった。

 

「……あの!」

 

 最初の新人が、改めて頭を下げた。

 

「これから、よろしくお願いします!」

 

 イリスは優しく微笑んだ。

 

「はい。こちらこそ、よろしくお願いしますね」

 

 メイビスも元気よく頷く。

 

「一緒に、楽しいギルドにしていきましょう!」

 

「はいっ!」

 

 新しい仲間たちとの、初めての挨拶。

 

 妖精の尻尾は、二人が知らない間にも、少しずつ大きくなっていた。

 

――――――――――

 

終幕 ただいま、私たちの家

 

「よーし!!」

 

 突然、ユーリが大声を上げた。

 

「今日は宴会だ!!」

 

「……おい、ユーリ」

 

 プレヒトが眉間を押さえる。

 

「まだ昼間だぞ」

 

「だから何だよ!」

 

「仕事が残っている」

 

「明日やればいいだろ!」

 

「お前はいつもそう言う!」

 

「まあまあ!」

 

 メイビスが二人の間に割って入った。

 

「せっかくですし、今日はみんなで楽しみましょう!」

 

「ほらな! マスターもこう言ってるぜ!」

 

「……まったく」

 

 プレヒトは深いため息をついた。

 

 けれど、その口元には小さな笑みが浮かんでいた。

 

「……今日だけだぞ」

 

「よっしゃあ!!」

 

 その一言を合図に、ギルド中が一気に盛り上がった。

 

「宴会だーっ!」

 

「料理を用意しろ!」

 

「飲み物も!」

 

「おい、机を寄せろ!」

 

 あっという間に準備が始まる。

 

 リタは笑いながら料理の手配を手伝い、ウォーロッドは植物魔法で室内に春の花を飾った。

 

 エマも新人たちと一緒に、楽しそうに食器を並べている。

 

 イリスはその光景を眺めながら、思わず微笑んだ。

 

「……賑やかですね」

 

「はい!」

 

 隣に立つメイビスが、嬉しそうに頷いた。

 

「やっぱり、妖精の尻尾はこうでなくちゃ!」

 

「ふふっ。そうですね」

 

 やがて、テーブルにはたくさんの料理が並べられた。

 

 焼きたての肉料理。

 

 色鮮やかな野菜。

 

 温かなスープ。

 

 そして、甘い菓子。

 

「わああっ!」

 

 メイビスの瞳が輝く。

 

「美味しそうです!」

 

「メイビスさん、食べすぎには気をつけてくださいね?」

 

「だ、大丈夫です!」

 

「……本当ですか?」

 

「本当ですよ!」

 

 そんな二人の会話を聞いて、リタがくすくすと笑った。

 

「ふふっ。二人とも、変わらないわね」

 

「そうでしょうか?」

 

「ええ」

 

 リタは優しく微笑んだ。

 

「帰ってきてくれて、本当に嬉しいわ」

 

 その言葉に、イリスは少しだけ目を細めた。

 

「……ありがとうございます」

 

 やがて、ユーリが杯を掲げた。

 

「よーし! 全員、持ったか!」

 

「おーっ!」

 

「それじゃあ!」

 

 ユーリは、イリスとメイビスを見た。

 

 そして、満面の笑みを浮かべる。

 

「二人の帰還を祝って!」

 

 ギルド中の仲間たちが、声を揃えた。

 

「おかえりーーーっ!!」

 

 その瞬間。

 

 イリスの胸が、じんわりと温かくなった。

 

 たくさんの笑顔。

 

 懐かしい声。

 

 自分たちを迎えてくれる仲間たち。

 

 旅の途中、何度も思い浮かべた光景が、今ここにある。

 

「……ただいまです!」

 

 メイビスが、嬉しそうに答えた。

 

 イリスも微笑む。

 

「ただいま帰りました!」

 

 そして、杯が打ち鳴らされた。

 

 賑やかな宴会が始まる。

 

「なあ、イリス!」

 

「はい?」

 

「旅の間、何か面白いことあったか?」

 

「ふふっ。たくさんありましたよ」

 

「おっ! 聞かせろよ!」

 

「ユーリさん、まずは食事にしませんか?」

 

「いいじゃねえか、ちょっとくらい!」

 

「ユーリ」

 

 プレヒトが静かに口を挟む。

 

「二人は長旅から帰ってきたばかりだ」

 

「分かってるって!」

 

「分かっていないだろう」

 

「何だと!?」

 

 いつもの言い争い。

 

 その隣では、ウォーロッドが楽しそうに笑っている。

 

「ははっ。本当に変わらないね、二人とも」

 

「まったくです」

 

 イリスも笑った。

 

 その時、ふと。

 

 指先に、銀色の輝きが見えた。

 

 緑色の宝石を嵌め込んだ、小さな指輪。

 

 ギルティナ大陸で、メイビスと交換したもの。

 

 イリスはそっと、その指輪に触れた。

 

 故郷への帰り道は、まだ見つかっていない。

 

 今も、帰りたいという想いは消えていない。

 

 けれど。

 

 ここには、自分を待っていてくれた人たちがいる。

 

 帰ってきたことを、心から喜んでくれる人たちがいる。

 

「イリスさん!」

 

 隣から、メイビスの声がした。

 

「はい?」

 

「何を考えていたんですか?」

 

 イリスは少しだけ考えた。

 

 そして、柔らかく微笑んだ。

 

「……幸せだな、と思っていました」

 

「……!」

 

 メイビスが目を丸くする。

 

 けれど、すぐに嬉しそうに笑った。

 

「私もです!」

 

 二人は顔を見合わせて笑う。

 

 その向こうでは、ユーリがプレヒトに怒られ、リタが呆れたように笑い、ウォーロッドが二人をなだめていた。

 

 新人たちも、古参の仲間たちも。

 

 みんなが楽しそうに笑っている。

 

 イリスは、その光景を静かに見つめた。

 

 長い旅だった。

 

 楽しいことも、悲しいこともあった。

 

 それでも、こうして帰ってこられた。

 

 そして。

 

 また、ここから新しい日々が始まる。

 

「……メイビスさん」

 

「はい?」

 

「帰ってきて、よかったですね」

 

 メイビスは、にっこりと笑った。

 

「はいっ!」

 

 その笑顔につられて、イリスも笑う。

 

 春の陽光が、ギルドの窓から差し込んでいた。

 

 仲間たちの笑い声が、いつまでも響いている。

 

 妖精の尻尾。

 

 ここは、二人が仲間たちと共に築いてきた場所。

 

 そして、これからも帰ってくる場所。

 

 イリスは、もう一度だけ小さく呟いた。

 

「……ただいま、帰りました」

 

 その声は、賑やかな笑い声に紛れて消えていった。

 

 けれど。

 

 隣にいたメイビスには、ちゃんと聞こえていた。

 

「おかえりなさい、イリスさん!」

 

 イリスは少し驚いたように目を瞬かせる。

 

 そして、心からの笑顔を浮かべた。

 

「……はい!」

 

 二人の笑い声が、春の陽だまりに溶けていく。

 

 妖精たちの賑やかな日常が、再び始まったのだった。

 

 ――第59話 完――

 

 




【こそこそ妖精話】
~代理マスター、お疲れ様でした!~

 X694年・春。

 イリスとメイビスが帰還した翌日。

 妖精の尻尾のマスター室では、プレヒトが大量の書類を整理していた。

プレヒト「……これで、ようやく一段落か」

メイビス「プレヒトさん!」

プレヒト「……何だ?」

メイビス「長い間、代理マスターを務めてくださって、本当にありがとうございました!」

プレヒト「……ああ。これでようやく、本来の仕事に戻れる」

ユーリ「おっ! プレヒト、やっと解放されたのか!」

プレヒト「……お前は少し黙っていろ」

ユーリ「何だよ! せっかく労ってやろうと思ったのに!」

ウォーロッド「ははっ。でも、本当にお疲れ様だったね」

リタ「ええ。プレヒトさんがいなかったら、ギルドは大変だったと思うわ」

プレヒト「……当然のことをしたまでだ」

イリス「ふふっ。プレヒトさん、本当にありがとうございました」

プレヒト「……気にするな」

メイビス「それでは、今日から私がマスターのお仕事を再開します!」

プレヒト「ああ。頼んだぞ」

メイビス「はいっ!」

 メイビスは元気よく頷いた。

 そして。

メイビス「……ところで、プレヒトさん」

プレヒト「何だ?」

メイビス「この書類の山は、何でしょうか?」

プレヒト「……昨日までの仕事だ」

メイビス「……こんなに?」

プレヒト「まだ少ない方だ」

メイビス「…………」

ユーリ「おっ? どうした、メイビス?」

メイビス「……イリスさん」

イリス「はい?」

メイビス「もう一度、旅に出ませんか?」

プレヒト「待て」

ユーリ「ぶははははっ!!」

ウォーロッド「ははっ! それはさすがにプレヒトが可哀想だよ!」

リタ「ふふっ。メイビスちゃん、まずはお仕事を終わらせましょうね」

メイビス「うぅ……!」

イリス「ふふっ。頑張ってください、メイビスさん」

メイビス「イリスさんも手伝ってください!」

イリス「えっ?」

プレヒト「……当然だな」

イリス「……私もですか?」

ユーリ「はははっ! お前ら、帰ってきたばっかりなのにな!」

プレヒト「……ユーリ」

ユーリ「ん?」

プレヒト「お前にも仕事がある」

ユーリ「…………は?」

プレヒト「この二年間、何度も依頼報告書の提出を忘れていただろう」

ユーリ「……あ」

プレヒト「未提出分を、今日中にまとめてもらう」

ユーリ「ちょ、ちょっと待て!」

プレヒト「待たん」

ユーリ「リ、リタ! 助けてくれ!」

リタ「ふふっ。頑張ってね、あなた」

ユーリ「リタまで!?」

ウォーロッド「はははっ!」

 こうして。

 約二年間の代理マスター生活を終えたプレヒトは、ようやく肩の荷を下ろした。

 ……はずだったのだが。

メイビス「プレヒトさーん! この書類、どうすればいいんですかー!?」

プレヒト「……今行く」

 どうやら、本当の休暇はもう少し先になりそうだった。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。