妖精と聖剣使い   作:使い手なない

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第61話「妖精たちの腕試し・前編」

 

第一幕 春の決戦場

 

 X694年・春。

 

 フィオーレ王国、マグノリア郊外。

 

 街から少し離れた場所に、広々とした草原が広がっていた。

 

 緩やかな丘陵に囲まれ、遠くには深い森が見える。

 

 普段は人通りも少ない静かな場所だが、今日ばかりは様子が違っていた。

 

「おおーっ! 広いな!」

 

「ここなら思いっきり戦えそうだ!」

 

「ちょっと、前に出すぎないでよ!」

 

 草原の一角には、大勢の魔導士たちが集まっていた。

 

 そのほとんどが、妖精の尻尾の仲間たちである。

 

 昨日、ユーリがギルド中に宣言した模擬戦。

 

 イリス・アストレア。

 

 対するは、ユーリ・ドレアー、プレヒト・ゲイボルグ、ウォーロッド・シーケン。

 

 妖精の尻尾を創設した四人による、三対一の腕試し。

 

 その噂は瞬く間に広まり、こうして多くの仲間たちが見物に訪れていた。

 

「まさか、本当にやるとはなあ……」

 

「相手はあの『妖精の聖剣』だろ?」

 

「でも、ユーリさんたちだって相当な実力者だぞ!」

 

「三人ともS級魔導士に匹敵するって話だしな!」

 

「どっちが勝つんだろう……!」

 

 期待に満ちた声が飛び交う。

 

 そんな観客たちの前で、メイビスは楽しそうに笑っていた。

 

「えへへ! 皆さん、ずいぶん楽しみにしているみたいですね!」

 

「そりゃそうよ」

 

 隣に立っていたリタが微笑む。

 

「ユーリったら、昨日からずっと張り切っていたもの」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ。夕食の時も、寝る前も、ずっと今日の勝負の話ばかり」

 

「ふふっ。ユーリさんらしいですね!」

 

「まったく、子供みたいなんだから」

 

 そう言いながらも、リタの表情はどこか嬉しそうだった。

 

 少し離れた場所では、エマがほかの仲間たちと話している。

 

「イリスさんって、本当にそんなに強いんですか?」

 

「強いなんてもんじゃないぞ」

 

 古参の魔導士が答えた。

 

「昔、セヴェルと模擬戦をした時なんて、ものすごい戦いだったんだからな」

 

「セヴェルさんと……?」

 

「ああ。あの人だって、とんでもなく強い魔導士なんだぞ」

 

「へえ……!」

 

 エマは興味深そうに戦場を見つめた。

 

 その視線の先。

 

 草原の中央には、すでに四人の姿があった。

 

 ◇

 

「よっしゃあ!」

 

 ユーリが大きく伸びをした。

 

「ついにこの日が来たぜ!」

 

「昨日決まったばかりだろう」

 

 プレヒトが呆れたように言う。

 

「細けえことはいいんだよ!」

 

「……まったく」

 

 その隣で、ウォーロッドが笑った。

 

「ははっ。ユーリは本当に楽しそうだね」

 

「当たり前だろ!」

 

 ユーリは拳を握る。

 

「二年ぶりにイリスと勝負できるんだぜ?」

 

「そうだね」

 

 ウォーロッドも頷いた。

 

「僕も楽しみだよ」

 

 プレヒトは静かに腕を組んだ。

 

「……楽しむのは構わんが、昨日の作戦は覚えているな?」

 

「おう!」

 

「本当だな?」

 

「しつけえな!」

 

「お前の場合、念を押しておかないと不安なんだ」

 

「信用ねえなあ!」

 

「普段の行動を振り返ってみろ」

 

「ぐっ……!」

 

 そんな三人のやり取りを、少し離れた場所からイリスが眺めていた。

 

「ふふっ」

 

 思わず笑みがこぼれる。

 

 黒髪が春風に揺れ、青と金の瞳が柔らかく細められた。

 

 左腰には、濃紺と黄金の鞘に収められた聖剣。

 

 いつもの魔法学院の制服を身にまとい、穏やかな表情で立っている。

 

「皆さん、準備はよろしいですか?」

 

「おう!」

 

 ユーリが勢いよく振り返った。

 

「いつでも来い!」

 

「……こちらも問題ない」

 

「僕も大丈夫だよ」

 

 三人の返事を聞いて、イリスは微笑んだ。

 

「それでは、よろしくお願いしますね」

 

 そう言って、丁寧に頭を下げる。

 

「おう! こっちこそな!」

 

 ユーリが笑った。

 

 その時だった。

 

「皆さん、少しよろしいですか」

 

 落ち着いた声が響く。

 

 四人が振り返ると、そこにはセヴェル・アクエリスが立っていた。

 

「本日の立会人を務めるセヴェルです」

 

 セヴェルは四人を見渡す。

 

「まず、模擬戦の規則を確認しておきましょう」

 

 その言葉に、ユーリが肩をすくめた。

 

「分かってるって! 殺し合いじゃねえんだからよ!」

 

「ええ。だからこそ、明確にしておく必要があります」

 

 セヴェルは淡々と答えた。

 

「勝敗は、戦闘不能、降参、または私が続行不可能と判断した場合に決定します」

 

「了解だ!」

 

「急所への致命的な攻撃は禁止。周囲への被害が予想される魔法についても、適切に威力を制御してください」

 

 セヴェルはイリスに視線を向ける。

 

「特に、あなたの聖剣については注意が必要ですね」

 

「はい」

 

 イリスは頷いた。

 

「もちろん、十分に気をつけます」

 

 絶対切断。

 

 聖剣の刀身に触れたものを切断する、極めて強力な権能。

 

 模擬戦で無造作に使用してよい力ではない。

 

 イリス自身、その危険性は誰よりも理解していた。

 

「今回は、聖剣魔法の出力を適切に抑えて戦います」

 

「それでお願いします」

 

 セヴェルは頷く。

 

「なお、私は戦闘区域の外側に水の障壁を展開します。流れ弾や魔力の余波が観客席へ届くことは、可能な限り防ぎます」

 

 その言葉とともに、セヴェルの足元から黒い水が広がった。

 

 水は草原の外周を流れ、観客たちとの間に薄い水の壁を形成していく。

 

「おお……!」

 

 観客たちから感嘆の声が上がった。

 

「すげえな……!」

 

「あれが水の滅神魔法か!」

 

 セヴェルは最後に四人を見渡した。

 

「それでは、所定の位置へ」

 

 ユーリたち三人が並ぶ。

 

 その正面に、イリスが立った。

 

 距離は、およそ三十メートル。

 

 春風が草原を吹き抜ける。

 

 先ほどまで騒がしかった観客たちも、自然と口を閉じていた。

 

 セヴェルが片手を上げる。

 

「双方、準備はよろしいですね?」

 

「おう!」

 

「問題ない」

 

「いつでも」

 

「はい」

 

 四人の声が重なる。

 

 そして。

 

「――始め!」

 

 その瞬間。

 

 草原に、雷鳴が轟いた。

 

――――――――――

 

第二幕 雷鳴と緑の檻

 

「いくぜえええっ!!」

 

 最初に動いたのはユーリだった。

 

 全身を青白い雷が包み込む。

 

 次の瞬間、その姿が弾けるように前方へ飛び出した。

 

 雷をまとった高速移動。

 

 以前よりも無駄のない魔力制御によって、地面への放電を最小限に抑えながら加速している。

 

「速いですね」

 

 イリスが微笑む。

 

 右手が聖剣の柄へ伸びた。

 

 澄んだ金属音。

 

 聖剣が鞘から引き抜かれる。

 

「おらあっ!」

 

 ユーリが雷をまとった拳を振り抜いた。

 

 イリスは半歩だけ身体をずらす。

 

 拳が頬のすぐ横を通り過ぎた。

 

 しかし。

 

「まだまだ!」

 

 ユーリは踏み込んだ足を軸に身体を回転させる。

 

 続けざまの蹴り。

 

 さらに、反対の拳。

 

 左右から繰り出される連撃に、雷光が走る。

 

 イリスは聖剣の腹で拳を受け流し、身体をひねって蹴りをかわした。

 

 金属と雷が触れ合い、青白い火花が散る。

 

「ふふっ。以前より、ずっと動きが滑らかですね」

 

「だろ!」

 

 ユーリが笑う。

 

「まだまだこんなもんじゃねえぞ!」

 

 拳に魔力が集中する。

 

 だが、イリスはその動きを見逃さなかった。

 

 金色の瞳には、魔力の流れが鮮明に映っている。

 

 右拳への集中。

 

 肩から腕へ流れる魔力。

 

 次に来る攻撃の兆候。

 

 イリスは聖剣を斜めに構えた。

 

 ところが。

 

「――今だ!」

 

 ユーリが叫んだ。

 

 その瞬間。

 

 イリスの足元で、地面が盛り上がった。

 

「……!」

 

 無数の蔓が飛び出す。

 

 ウォーロッドの植物魔法。

 

 蔓はイリスの足首を狙い、四方から絡みつこうとした。

 

 イリスは素早く後方へ跳ぶ。

 

 しかし、着地地点にも新たな蔓が伸びていた。

 

「こちらも、忘れないでね!」

 

 ウォーロッドが笑う。

 

「ふふっ。もちろんですよ」

 

 イリスは風魔法を発動させた。

 

 足元に小さな風が生まれる。

 

 その風を利用して身体を浮かせ、蔓の包囲から抜け出した。

 

 だが。

 

「――天照式!」

 

 低い声が響いた。

 

 プレヒト。

 

 その指先に、複雑な魔法陣が浮かんでいた。

 

 幾重にも重なった紋様が高速で回転する。

 

「二十八式!」

 

 黒い魔力が収束する。

 

 次の瞬間、鋭い魔力の奔流がイリスへ放たれた。

 

「……!」

 

 空中にいるイリスへ迫る一撃。

 

 回避できる方向は限られている。

 

 イリスは聖剣を振り抜いた。

 

 白銀の軌跡が空を走る。

 

 飛ぶ斬撃。

 

 それが天照式の魔力と衝突した。

 

 轟音。

 

 魔力が激しくぶつかり合い、空気が震える。

 

 爆風が草原を駆け抜けた。

 

「おおおおっ!!」

 

 観客たちが歓声を上げる。

 

「すげえ!」

 

「いきなりあんな魔法を!」

 

「三人とも本気だ!」

 

 セヴェルの水の障壁が、流れてきた魔力の余波を受け止める。

 

 その向こうで、メイビスが目を輝かせていた。

 

「すごいです!」

 

「ええ……!」

 

 リタも感心したように頷く。

 

「ユーリたち、ずいぶん息が合っているわね」

 

「はい!」

 

 メイビスは嬉しそうに笑った。

 

「しかも、ただ同時に攻撃しているわけじゃありません!」

 

「え?」

 

「ユーリさんがイリスさんの注意を引いて、ウォーロッドさんが回避先を制限して、プレヒトさんが攻撃する……!」

 

 メイビスの瞳が輝く。

 

「三人とも、お互いの動きをよく理解しています!」

 

 その言葉を聞いて、リタも笑った。

 

「ふふっ。長い付き合いだものね」

 

 ◇

 

 草原の中央。

 

 イリスは風魔法を利用して、軽やかに地面へ降り立った。

 

「……なるほど」

 

 小さく呟く。

 

 目の前には、再び陣形を整えた三人。

 

 ユーリが前衛。

 

 ウォーロッドが中距離から支援。

 

 プレヒトが後方で術式を展開する。

 

 それぞれの役割が、明確に分かれていた。

 

「ふふっ」

 

 イリスは微笑む。

 

「素晴らしい連携ですね」

 

「おっ!」

 

 ユーリが笑った。

 

「まだ始まったばっかりだぜ!」

 

「ええ。楽しみにしています」

 

 イリスは聖剣を構え直した。

 

 その瞬間。

 

 ユーリの表情が引き締まる。

 

「……来るぞ!」

 

 次の瞬間、イリスの姿が消えた。

 

「っ!?」

 

 いや。

 

 消えたのではない。

 

 踏み込みの速度が、あまりにも速かったのだ。

 

 風魔法による加速。

 

 草を踏む音が響いた時には、すでにイリスはユーリの懐へ入り込んでいた。

 

「速っ――!」

 

 ユーリが咄嗟に腕を上げる。

 

 聖剣の刃が、寸前で軌道を変えた。

 

 刃ではなく、剣の平を使った一撃。

 

 ユーリは雷をまとった腕で受け止める。

 

 鈍い衝撃。

 

「ぐっ……!」

 

 足元の土が削れた。

 

 だが、ユーリは踏みとどまった。

 

「へへっ!」

 

 歯を見せて笑う。

 

「そうこなくっちゃな!」

 

 その背後。

 

 ウォーロッドが両手を広げた。

 

「ユーリ、右!」

 

「おう!」

 

 ユーリが身体をひねる。

 

 その直後、地面から太い蔓が突き出した。

 

 イリスは横へ跳ぶ。

 

 だが、その動きに合わせるように、蔓が方向を変えた。

 

「……!」

 

 イリスの瞳がわずかに見開かれる。

 

 以前のウォーロッドの植物魔法は、植物を成長させてから操ることが中心だった。

 

 しかし、今は違う。

 

 伸びた蔓が、戦闘中に細かく軌道を変えている。

 

 まるで生き物のように。

 

「ふふっ。器用になりましたね」

 

「ありがとう!」

 

 ウォーロッドが笑う。

 

「でも、まだまだだよ!」

 

 蔓が枝分かれする。

 

 一本が三本に。

 

 三本が九本に。

 

 イリスの周囲へ、緑の網が広がっていった。

 

 そして。

 

「――天照式!」

 

 プレヒトの声が響く。

 

 新たな魔法陣が展開された。

 

 イリスは視線を向ける。

 

 先ほどより、術式の形成が速い。

 

 しかも、魔力の流れにほとんど無駄がない。

 

「……!」

 

 その変化を認識した瞬間、魔法が放たれた。

 

 イリスは聖剣を振るう。

 

 迫る魔力を斬り裂き、同時に風魔法で身体を後方へ運ぶ。

 

 だが、そこには再びユーリが待っていた。

 

「もらったあっ!」

 

 雷をまとった拳が迫る。

 

 イリスは身体をひねり、聖剣の柄で受け流した。

 

 そのまま反撃へ移ろうとする。

 

 しかし、足元から伸びた蔓が、その一歩を妨げた。

 

「……っ!」

 

 イリスは即座に踏み込みを中断し、横へ身体を流す。

 

 そこへプレヒトの魔法が飛来する。

 

 間一髪。

 

 聖剣が魔力を弾いた。

 

 衝撃が地面を震わせる。

 

「おおおおおっ!!」

 

 観客たちが沸き立った。

 

「すげえ連携だ!」

 

「イリスさんが攻め込めない!」

 

「ユーリさんたち、こんなに強かったのか!」

 

 その声を聞きながら、セヴェルは静かに戦場を見つめていた。

 

「……なるほど」

 

 小さく呟く。

 

「三人とも、確実に腕を上げていますね」

 

 その視線は、ユーリたちだけでなく、イリスにも向けられていた。

 

「ですが……」

 

 セヴェルはわずかに目を細めた。

 

「イリスさんも、以前とは違うようです」

 

――――――――――

 

第三幕 三人が磨いた力

 

 戦闘開始から、しばらくの時間が経過していた。

 

 草原には、いくつもの魔法の痕跡が残っている。

 

 雷によって焦げた地面。

 

 植物魔法によって盛り上がった土。

 

 天照式の衝撃によって削られた岩。

 

 その中央で、四人は激しく動き続けていた。

 

「はあああっ!」

 

 ユーリが拳を振り抜く。

 

 イリスは聖剣で受け流す。

 

 続けざまに放たれる雷撃。

 

 しかし、今度の雷は単純な直線ではなかった。

 

「……!」

 

 雷光が空中で枝分かれする。

 

 一本の雷が、複数の細い雷へと変化した。

 

 それぞれが異なる角度からイリスへ迫る。

 

「ふふっ。こんなこともできるようになったんですね」

 

「おう!」

 

 ユーリが笑う。

 

「前より細かく操れるようになったんだぜ!」

 

 イリスは聖剣を振るった。

 

 白銀の軌跡が雷を弾く。

 

 しかし、すべてを剣だけで受け止める必要はない。

 

 風魔法によって身体を滑らせ、雷撃の間を抜ける。

 

 そして、ユーリへ接近した。

 

「……っ!」

 

 ユーリが咄嗟に拳を構える。

 

 だが、イリスの聖剣が先に動いた。

 

 刃を返し、剣の平で腕を打つ。

 

 衝撃。

 

「ぐおっ!」

 

 ユーリの身体が横へ流れる。

 

 しかし、転倒はしなかった。

 

 足元から伸びた蔓が、ユーリの腰を支えていたのだ。

 

「助かったぜ、ウォーロッド!」

 

「どういたしまして!」

 

 ウォーロッドが笑う。

 

 そのまま蔓がユーリを引き戻す。

 

 イリスが追撃しようとした瞬間。

 

「――天照式!」

 

 プレヒトの魔法陣が輝いた。

 

 黒い魔力が放たれる。

 

 イリスは聖剣を振り抜き、飛ぶ斬撃で迎撃する。

 

 激しい衝突。

 

 しかし、その間にユーリは態勢を立て直していた。

 

「へへっ!」

 

 ユーリが笑う。

 

「いいだろ、俺たちの連携!」

 

「ええ」

 

 イリスは微笑む。

 

「本当に素晴らしいです」

 

 その言葉に、ユーリの笑みが深くなる。

 

「だったら、もっと見せてやるぜ!」

 

 ◇

 

「……すごい」

 

 観客席で、エマが呟いた。

 

「三人とも、こんなに強かったんですね……」

 

「そりゃそうだろ」

 

 隣の魔導士が答える。

 

「あの三人は、妖精の尻尾の創設メンバーなんだからな」

 

「でも……」

 

 エマは戦場を見つめる。

 

「イリスさんも、すごいです」

 

 その言葉に、メイビスが嬉しそうに頷いた。

 

「はい!」

 

「三人から同時に攻撃されているのに、ほとんど無駄な動きがありません」

 

「よく見ていますね!」

 

 メイビスは微笑む。

 

「イリスさんの剣は、旅の間に本当にすごくなったんですよ!」

 

「そうなんですか?」

 

「はい!」

 

 メイビスは楽しそうに笑った。

 

「でも、詳しいことは……」

 

 そこで言葉を止める。

 

 そして、いたずらっぽく微笑んだ。

 

「もう少し見ていれば、分かると思います!」

 

「……?」

 

 エマは首を傾げた。

 

 その隣で、リタが笑う。

 

「ふふっ。楽しみね」

 

 ◇

 

 一方、戦場では。

 

 プレヒトが静かにイリスの動きを観察していた。

 

 速い。

 

 それは以前から分かっていた。

 

 だが、今のイリスには、それだけでは説明できない何かがある。

 

 ユーリの攻撃を受け流す時。

 

 ウォーロッドの蔓をかわす時。

 

 自分の天照式を迎撃する時。

 

 どの動作にも、無駄がほとんどない。

 

 しかも。

 

 必要以上に大きく動かない。

 

 最小限の動作で、攻撃を処理している。

 

「……なるほど」

 

 プレヒトは小さく呟いた。

 

 しかし、すぐに思考を切り替える。

 

 今は分析だけをしている場合ではない。

 

「ユーリ!」

 

「おう!」

 

「次の手に移るぞ!」

 

「待ってました!」

 

 ユーリが笑う。

 

 ウォーロッドも頷いた。

 

「了解!」

 

 三人の魔力が、一斉に高まった。

 

 その変化を感じ取り、イリスが聖剣を構え直す。

 

「……!」

 

 次の瞬間。

 

 ウォーロッドが両手を地面へ向けた。

 

「いくよ!」

 

 地面が大きく揺れる。

 

 無数の蔓が、一斉に噴き出した。

 

 しかし、今度はイリスだけを狙っていない。

 

 蔓は周囲へ広がり、複雑に絡み合いながら巨大な円形の囲いを形成していく。

 

 緑の檻。

 

 その内部に、イリスとユーリが取り残された。

 

「……なるほど」

 

 イリスは周囲を見渡した。

 

 蔓の密度は高い。

 

 しかも、複数の層が重なっている。

 

 単純に斬り裂くだけでは、すぐに次の蔓が伸びてくるだろう。

 

「面白いですね」

 

 イリスが微笑む。

 

「だろ!」

 

 ユーリが拳を握った。

 

「ここからが本番だぜ!」

 

 雷が走る。

 

 緑の檻の内部を、青白い光が照らした。

 

――――――――――

 

終幕 届いた一撃

 

 ユーリが地面を蹴った。

 

 雷をまとった身体が、一直線にイリスへ迫る。

 

 イリスは聖剣を構えた。

 

 だが、その瞬間。

 

 周囲の蔓が、一斉に動いた。

 

 足元。

 

 背後。

 

 左右。

 

 複数方向から伸びる蔓が、イリスの移動できる空間を狭めていく。

 

「……!」

 

 イリスは風魔法を利用し、軽やかに跳躍した。

 

 しかし、頭上にも蔓が伸びていた。

 

 ウォーロッドの植物魔法。

 

 その精密な操作によって、空中の退路まで制限されている。

 

「ふふっ。見事ですね」

 

 イリスは聖剣を振るう。

 

 迫る蔓を切り払い、空いた隙間へ身体を滑り込ませた。

 

 だが。

 

「――そこだ!」

 

 ユーリの声。

 

 雷光が走る。

 

 イリスは聖剣で受け流した。

 

 しかし、ユーリは止まらない。

 

 拳。

 

 蹴り。

 

 雷撃。

 

 近接攻撃と魔法を織り交ぜ、絶え間なく攻め続ける。

 

 イリスは一つひとつを丁寧に処理していく。

 

 その剣筋は、驚くほど正確だった。

 

 無駄な力を使わず、相手の攻撃を最小限の動きで受け流す。

 

 しかし。

 

 三人の狙いは、最初からユーリの攻撃を当てることだけではなかった。

 

「……今だ!」

 

 プレヒトが声を上げた。

 

 その瞬間。

 

 緑の檻の外側に、複数の魔法陣が浮かび上がった。

 

 天照式。

 

 しかも、一つではない。

 

 イリスの周囲を囲むように、異なる角度へ配置されている。

 

「……!」

 

 イリスの金色の瞳が、魔力の流れを捉えた。

 

 魔法陣の形成。

 

 魔力の集中。

 

 発動の兆候。

 

 すべてが見えている。

 

 だが、見えていることと、すべてに対応できることは同じではない。

 

 プレヒトの術式は、以前より格段に速くなっていた。

 

「――天照式!」

 

 複数の魔法陣が同時に輝く。

 

 黒い魔力が放たれた。

 

 イリスは聖剣を振り抜く。

 

 白銀の斬撃が、一つ目の魔法を切り裂いた。

 

 続けて身体をひねり、二つ目を回避する。

 

 三つ目は風魔法で軌道をずらした。

 

 しかし。

 

「まだだ!」

 

 プレヒトの声。

 

 新たな魔法陣が、すでに形成されていた。

 

「……!」

 

 イリスは目を細める。

 

 術式の発動速度が速い。

 

 しかも、魔力の消費を抑えながら、連続で展開している。

 

 二年間の研究成果。

 

 それが、目の前の戦術を成立させていた。

 

「――っ!」

 

 イリスは聖剣を構え直す。

 

 その瞬間。

 

 足元の蔓が、再び動いた。

 

 ウォーロッド。

 

 イリスが次に踏み込もうとした場所へ、正確に蔓を伸ばしていた。

 

 回避方向が、一瞬だけ制限される。

 

 そして。

 

「もらったあああっ!!」

 

 ユーリが叫んだ。

 

 青白い雷が、拳から放たれる。

 

 だが、今度の雷は一直線ではなかった。

 

 細く絞られた雷撃が、複雑な軌道を描きながらイリスへ迫る。

 

 イリスは聖剣を振るった。

 

 最初の雷を弾く。

 

 続けて二本目。

 

 しかし、三本目の雷撃が、直前で軌道を変えた。

 

「……!」

 

 剣を戻すには、わずかに間に合わない。

 

 風魔法で身体をずらす。

 

 だが、回避先には蔓がある。

 

 その一瞬。

 

 雷光が、イリスの右肩をかすめた。

 

 バチィッ!!

 

「……っ!」

 

 鋭い痛み。

 

 制服の袖が裂け、白い肌に細い傷が走る。

 

 イリスは即座に後方へ跳んだ。

 

 風魔法で距離を取り、蔓の包囲から抜け出す。

 

 そして、静かに着地した。

 

「…………」

 

 草原に、一瞬の静寂が訪れた。

 

 観客たちが目を見開く。

 

「……え?」

 

「今……」

 

「当たった……?」

 

 誰かが呟いた。

 

 そして。

 

「当たったああああっ!!」

 

 大歓声が上がった。

 

「ユーリさんたちが一撃入れたぞ!」

 

「すげえええっ!!」

 

「三人の連携、完璧だった!」

 

 観客たちが沸き立つ。

 

 その中心で、ユーリは大きく息を吐いた。

 

「……っはあ!」

 

 額には汗が浮かんでいる。

 

 だが、その表情には満面の笑みがあった。

 

「へへっ……!」

 

 拳を握る。

 

「ようやく、一発入ったぜ!」

 

 ウォーロッドも嬉しそうに笑った。

 

「やったね、ユーリ!」

 

「ああ!」

 

 プレヒトは静かに息を整えていた。

 

 そして、イリスを見つめる。

 

「……だが、まだ終わっていない」

 

「おう!」

 

 ユーリが頷く。

 

「分かってるって!」

 

 その時。

 

 イリスが、ゆっくりと右肩へ視線を向けた。

 

 裂けた制服。

 

 小さな傷。

 

 わずかに残る雷の痺れ。

 

「……なるほど」

 

 イリスは小さく呟いた。

 

 そして、顔を上げる。

 

 その青と金の瞳が、三人を見つめた。

 

「……ふふっ」

 

 柔らかな笑みが浮かぶ。

 

「皆さん、本当に強くなりましたね」

 

 その言葉には、心からの喜びが込められていた。

 

 ユーリの雷魔法。

 

 プレヒトの天照式。

 

 ウォーロッドの植物魔法。

 

 それぞれが磨き上げた技術。

 

 そして、長年の付き合いによって生まれた連携。

 

 どれか一つが欠けていれば、今の一撃は成立しなかっただろう。

 

「……嬉しいです」

 

 イリスが微笑む。

 

「こうして皆さんの成長を、直接感じられるなんて」

 

「へへっ!」

 

 ユーリが笑った。

 

「だろ!」

 

「はい」

 

 イリスは頷いた。

 

「本当に、素晴らしいです」

 

 その言葉を聞いて、プレヒトも小さく笑う。

 

「……まだ褒めるには早いぞ」

 

「そうだね」

 

 ウォーロッドも頷いた。

 

「僕たちだって、まだ全部を見せたわけじゃないから」

 

「おう!」

 

 ユーリが拳を握る。

 

「ここからが本番だぜ!」

 

「……そうですね」

 

 イリスは聖剣を構え直した。

 

 その動きは、先ほどまでと変わらず穏やかだった。

 

 しかし。

 

 プレヒトは、わずかな違和感を覚えた。

 

「……?」

 

 イリスの立ち姿。

 

 聖剣の角度。

 

 足の位置。

 

 どれも、ごく自然なものに見える。

 

 だが。

 

 どこにも、隙がない。

 

 いや。

 

 先ほどまでも、隙はほとんどなかった。

 

 しかし今は、それ以上に――。

 

「……プレヒト?」

 

 ウォーロッドが声をかける。

 

「どうしたの?」

 

「……いや」

 

 プレヒトは小さく首を振った。

 

「少し、気になることがある」

 

「何だ?」

 

 ユーリが尋ねる。

 

「イリスの剣だ」

 

「……剣?」

 

「ああ」

 

 プレヒトは静かに目を細めた。

 

「以前とは、何かが違う」

 

 その言葉に、ユーリがにやりと笑う。

 

「へへっ。そりゃそうだろ!」

 

「……?」

 

「あいつだって、二年間修行してたんだからよ!」

 

 ユーリは拳を握った。

 

「強くなってねえわけがねえ!」

 

「……そうだな」

 

 プレヒトは小さく頷いた。

 

 そして、再びイリスを見つめる。

 

 その時だった。

 

「……なるほど」

 

 戦場の外側で、セヴェルが静かに呟いた。

 

 その瞳は、イリスの構えを捉えている。

 

 かつて、自分もあの少女と剣を交えた。

 

 黒い水を操り、幾度も攻撃を仕掛けた。

 

 それでも、一撃を当てることはできなかった。

 

 だからこそ分かる。

 

 今のイリスは、あの頃とは違う。

 

 だが、それは単純に速くなったとか、力が増したという話ではない。

 

 もっと根本的な何か。

 

 剣を扱う技術そのものが、別の領域へ近づいている。

 

「……興味深いですね」

 

 セヴェルの口元に、わずかな笑みが浮かんだ。

 

 その隣では、メイビスが嬉しそうに戦場を見つめていた。

 

「えへへ……!」

 

「メイビスさん?」

 

 リタが尋ねる。

 

「どうしたの?」

 

「いえ!」

 

 メイビスは笑った。

 

「皆さん、本当にすごいなと思いまして!」

 

 そして、イリスへ視線を向ける。

 

「でも……」

 

 その瞳が、楽しそうに輝いた。

 

「イリスさんも、まだまだこれからですよ!」

 

 ◇

 

 春風が、草原を吹き抜ける。

 

 ユーリが雷をまとい、拳を構える。

 

 プレヒトが新たな魔法陣を展開する。

 

 ウォーロッドの周囲では、無数の蔓が静かに揺れていた。

 

 その正面。

 

 イリス・アストレアは、聖剣を構えている。

 

 右肩には、小さな傷。

 

 けれど、その表情は穏やかだった。

 

「……それでは」

 

 イリスが微笑む。

 

「続きを始めましょうか」

 

「おう!!」

 

 ユーリが叫ぶ。

 

「望むところだ!!」

 

 雷が走る。

 

 魔法陣が輝く。

 

 植物がうねる。

 

 そして。

 

 白銀の聖剣が、春の日差しを受けて静かに煌めいた。

 

 妖精たちの腕試し。

 

 その戦いは、まだ始まったばかりだった。

 

 ――第61話 完――

 

 




【こそこそ妖精話】
~妻の応援~

 模擬戦の途中。

 観客席では、リタが真剣な表情で戦場を見つめていた。

リタ「ユーリ……!」

メイビス「リタさん、すごく真剣ですね!」

リタ「当然よ。あの人、昨日からずっと張り切っていたんだから」

エマ「やっぱり、旦那さんのことが心配なんですか?」

リタ「……まあ、それもあるけど」

メイビス「けど?」

リタ「昨日の夜、ユーリったら『明日は絶対にイリスに一発入れてやる!』って、何度も言っていたのよ」

エマ「へえ……!」

リタ「それで、寝る前まで雷魔法の練習をしていたの」

メイビス「熱心ですね!」

リタ「ええ。熱心なのはいいんだけど……」

メイビス「……?」

リタ「寝室でやるものだから、毛布が焦げたのよ」

メイビス「…………」

エマ「…………」

リタ「しかも本人は『ちょっと焦げただけだろ!』って」

メイビス「……あはは」

エマ「それは……大変でしたね」

リタ「本当にもう……!」

 その時。

 戦場から大きな歓声が上がった。

「当たったああああっ!!」

 ユーリの雷撃が、イリスの肩をかすめたのだ。

メイビス「わあっ! やりましたよ、リタさん!」

エマ「ユーリさんたち、すごいです!」

リタ「……!」

 リタは一瞬だけ目を見開き――。

リタ「……ふふっ」

 嬉しそうに微笑んだ。

リタ「やるじゃない、ユーリ」

メイビス「えへへ! 嬉しそうですね!」

リタ「そ、そんなことないわよ!」

エマ「でも、すごく笑顔ですよ?」

リタ「もう! 二人とも!」

 そんなリタの様子を、少し離れた場所でセヴェルが見ていた。

セヴェル「……なるほど」

メイビス「セヴェルさん?」

セヴェル「ユーリさんがあれほど張り切っていた理由が、少し分かった気がします」

リタ「……どういう意味かしら?」

セヴェル「いえ。何でもありません」

 セヴェルは静かに戦場へ視線を戻した。

 その口元には、ほんのわずかな笑みが浮かんでいた。

リタ「……まったく、もう」

 そう言いながらも。

 リタは、誰よりも嬉しそうにユーリを見つめていた。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。
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