妖精と聖剣使い   作:使い手なない

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第63話「かけがえのない一日」

 

第一幕 マスターの休日宣言

 

 X695年・春。

 

 フィオーレ王国、マグノリア。

 

 柔らかな春の日差しが、街の石畳を照らしていた。

 

 通りには色とりどりの花が飾られ、穏やかな風が店先の看板を揺らしている。

 

 そんな平和な朝。

 

 魔導士ギルド――妖精の尻尾では、今日も賑やかな声が響いていた。

 

「おい! その依頼、俺が先に見つけたんだぞ!」

 

「早い者勝ちだろ!」

 

「ちょっと! 朝から喧嘩しないでよ!」

 

 依頼掲示板の前では、魔導士たちがいつものように騒いでいる。

 

 その喧騒から少し離れた場所。

 

 大きな机を囲むように、五人の男女が集まっていた。

 

 イリス・アストレア。

 

 メイビス・ヴァーミリオン。

 

 ユーリ・ドレアー。

 

 プレヒト・ゲイボルグ。

 

 ウォーロッド・シーケン。

 

 九年前、天狼島で出会い、妖精の尻尾を創設した五人である。

 

「……それで、この依頼の報告書だが」

 

 プレヒトが書類をめくる。

 

「ユーリ。お前、また必要事項を書き忘れているな」

 

「あ?」

 

 ユーリが顔を上げた。

 

「ちゃんと書いたぞ?」

 

「討伐対象の数が抜けている」

 

「あー……」

 

「それと、現地で使用した魔法の記録もない」

 

「細けえなあ」

 

「細かくない。必要な記録だ」

 

 プレヒトが呆れたように息を吐く。

 

 その隣で、ウォーロッドが苦笑した。

 

「まあまあ。ユーリも依頼自体はきちんと達成したんだから」

 

「そうそう!」

 

「でも、報告書はちゃんと書こうね」

 

「お前まで!?」

 

 そんなやり取りを聞きながら、イリスは小さく笑っていた。

 

「ふふっ。相変わらずですね」

 

「何がだよ?」

 

「皆さんのやり取りです」

 

 イリスは微笑む。

 

「昔から、あまり変わりませんね」

 

「へへっ! そうだろ?」

 

「褒められているとは限らんぞ」

 

 プレヒトが即座に返した。

 

 その時だった。

 

「皆さーん!!」

 

 突然、メイビスが勢いよく立ち上がった。

 

「今日はお休みにしましょう!!」

 

「…………は?」

 

 ユーリが目を丸くする。

 

 プレヒトは書類を持ったまま固まった。

 

 ウォーロッドも首を傾げる。

 

「……メイビス?」

 

「はい!」

 

 メイビスは満面の笑みを浮かべた。

 

「今日は五人でお出かけしましょう!」

 

「……突然だな」

 

 プレヒトが呟く。

 

「だって、せっかく五人が揃っているんですよ?」

 

 メイビスは楽しそうに続けた。

 

「イリスさんと私は二年間も旅に出ていましたし、帰ってきてからも皆さん忙しかったじゃないですか!」

 

「それは、まあ……」

 

「だから!」

 

 メイビスは両手を広げる。

 

「今日はお仕事を忘れて、みんなで遊びましょう!」

 

「おおっ!」

 

 真っ先に反応したのはユーリだった。

 

「いいじゃねえか!」

 

「ですよね!」

 

「俺も賛成だ!」

 

「お前は少し考えてから返事をしろ」

 

 プレヒトが呆れる。

 

「何でだよ!」

 

「まだ仕事が残っている」

 

「明日やりゃいいだろ!」

 

「……まったく」

 

 プレヒトは額に手を当てた。

 

 その様子を見て、ウォーロッドが笑う。

 

「僕もいいと思うよ」

 

「ウォーロッドまで……」

 

「たまには、こういう日があってもいいんじゃないかな」

 

 そして、イリスへ視線を向けた。

 

「イリスはどう?」

 

「私は……」

 

 イリスは少し考えた。

 

 そして、柔らかく微笑む。

 

「ぜひ、ご一緒したいです」

 

「やったあ!」

 

 メイビスが嬉しそうに両手を上げた。

 

「これで四人ですね!」

 

 四人の視線が、残る一人へ向けられる。

 

「…………」

 

 プレヒトは黙っていた。

 

 メイビスがじっと見つめる。

 

 ユーリもにやにやしている。

 

 ウォーロッドは楽しそうに笑い、イリスも期待するように微笑んでいた。

 

「……分かった」

 

 やがて、プレヒトが小さく息を吐いた。

 

「今日一日だけだぞ」

 

「やったあああ!!」

 

「よっしゃ!」

 

「ははっ。決まりだね」

 

「ふふっ。楽しみです」

 

 五人の笑い声が重なる。

 

 こうして。

 

 妖精の尻尾の創設メンバーによる、久しぶりの休日が始まった。

 

---

 

第二幕 賑やかなマグノリア

 

「おおっ! うまそうだな!」

 

 マグノリアの商店街。

 

 ユーリが、屋台の前で足を止めた。

 

 鉄板の上では、香ばしい匂いを漂わせながら肉が焼かれている。

 

「おっちゃん! 五本くれ!」

 

「ちょっと待て」

 

 プレヒトが肩を掴んだ。

 

「まだ出かけて十分も経っていないぞ」

 

「だから何だよ?」

 

「昼食もまだだろう」

 

「腹減ってんだから仕方ねえだろ!」

 

「朝食を食べたばかりじゃないか」

 

 ウォーロッドが笑う。

 

「朝飯とこれは別腹だ!」

 

「ふふっ」

 

 イリスが思わず笑った。

 

「ユーリさんらしいですね」

 

「だろ?」

 

「……褒められていると思うな」

 

 プレヒトが呟く。

 

 しかし。

 

「わあ……!」

 

 その隣で、メイビスが別の屋台を見つめていた。

 

 色とりどりの果物を使った、小さな焼き菓子。

 

 甘い香りが漂っている。

 

「イリスさん! あれ、美味しそうです!」

 

「本当ですね」

 

「一緒に食べませんか?」

 

「はい。半分ずつにしましょうか」

 

「えへへ! 賛成です!」

 

 二人は楽しそうに屋台へ向かった。

 

 その背中を見送りながら、プレヒトは小さく呟く。

 

「……結局、全員食べ歩きか」

 

「ははっ」

 

 ウォーロッドが笑った。

 

「プレヒトも何か食べたら?」

 

「私は別に……」

 

 その時。

 

 焼きたてのパンの香りが、ふわりと漂ってきた。

 

「…………」

 

 プレヒトの視線が、自然とパン屋へ向く。

 

 ウォーロッドがにっこり笑った。

 

「……あそこのパン、美味しそうだね」

 

「……そうだな」

 

「買ってくる?」

 

「……一つだけだ」

 

「ははっ!」

 

 ◇

 

 しばらくして。

 

 五人は商店街を歩いていた。

 

 ユーリは肉の串焼き。

 

 メイビスは果物の焼き菓子。

 

 イリスも同じものを手にしている。

 

 ウォーロッドは小さな包みを抱え、プレヒトは焼きたてのパンを食べていた。

 

「……プレヒトさん」

 

 イリスが微笑む。

 

「そのパン、美味しいですか?」

 

「……ああ」

 

 プレヒトは頷いた。

 

「なかなかだ」

 

「ふふっ。それはよかったです」

 

「おいおい!」

 

 ユーリがにやりと笑う。

 

「さっきまで食べ歩きに文句言ってた奴は誰だ?」

 

「私は昼食のことを考えろと言っただけだ」

 

「同じようなもんだろ!」

 

「違う」

 

「はははっ!」

 

 ウォーロッドが笑う。

 

 メイビスも楽しそうに頷いた。

 

「皆さん、楽しそうですね!」

 

「……お前が言い出したんだろう」

 

「えへへ! そうでした!」

 

 その笑顔につられるように、イリスも笑った。

 

 ◇

 

 商店街を抜けた先には、小さな雑貨店があった。

 

 窓辺には可愛らしい髪飾りや小物が並んでいる。

 

「わあ!」

 

 メイビスが目を輝かせた。

 

「イリスさん! ちょっと見ていきませんか?」

 

「いいですね」

 

 二人が店へ入る。

 

 残された三人は、店先で顔を見合わせた。

 

「……どうする?」

 

 ウォーロッドが尋ねる。

 

「待つしかないだろう」

 

 プレヒトが答える。

 

「じゃあ、俺もちょっと見てくるわ」

 

 ユーリが言った。

 

「……お前もか?」

 

「リタに何か買って帰ろうと思ってよ」

 

「……なるほど」

 

 プレヒトは小さく頷いた。

 

「それなら、いいんじゃないか」

 

「へへっ!」

 

 ユーリは笑いながら店へ入っていった。

 

 ◇

 

「……これ、どう思う?」

 

 ユーリが真剣な顔で尋ねた。

 

 手にしているのは、小さな花の装飾が施された髪留め。

 

 その隣で、イリスが首を傾げる。

 

「リタさんへの贈り物ですか?」

 

「ああ」

 

 ユーリは頷いた。

 

「せっかくだし、何か買って帰ろうと思ってな」

 

「素敵ですね」

 

「へへっ。そうか?」

 

「はい」

 

 イリスは髪留めを見つめた。

 

「可愛らしいですし、リタさんにも似合うと思います」

 

「だよな!」

 

 ユーリが嬉しそうに笑う。

 

 しかし、すぐに別の商品へ視線を向けた。

 

「……いや、こっちもいいな」

 

 今度は、小さな花模様の入ったブローチ。

 

「……うーん」

 

 ユーリは腕を組んだ。

 

「どっちがいいと思う?」

 

「そうですね……」

 

 イリスも真剣に考える。

 

 そこへ。

 

「何をしているんですか?」

 

 メイビスが顔を覗かせた。

 

「あっ! リタさんへのお土産ですね!」

 

「おう!」

 

「それなら……」

 

 メイビスは二つの商品を見比べた。

 

「私は、髪留めがいいと思います!」

 

「おっ!」

 

「リタさん、きっと喜びますよ!」

 

 イリスも頷く。

 

「私もそう思います」

 

「よし!」

 

 ユーリは髪留めを手に取った。

 

「これに決めた!」

 

 そして、少し照れくさそうに笑う。

 

「……喜んでくれるといいんだけどな」

 

「大丈夫ですよ」

 

 イリスが微笑んだ。

 

「ユーリさんが一生懸命選んだものですから」

 

「……へへっ」

 

 ユーリは鼻の下をこすった。

 

「そうだといいな!」

 

 ◇

 

 店の外。

 

 プレヒトとウォーロッドが待っていた。

 

「遅かったな」

 

 プレヒトが言う。

 

「悪い悪い!」

 

 ユーリが笑う。

 

「ちょっと悩んじまってよ!」

 

「リタへの贈り物?」

 

 ウォーロッドが尋ねる。

 

「おう!」

 

「へえ。いいね」

 

 ウォーロッドが微笑む。

 

 プレヒトも小さく頷いた。

 

「……大切にしろよ」

 

「あ?」

 

「リタのことだ」

 

「……!」

 

 ユーリは一瞬だけ目を丸くした。

 

 そして。

 

「当たり前だろ!」

 

 満面の笑みを浮かべた。

 

「俺の自慢の嫁さんだからな!」

 

「……そうか」

 

 プレヒトは、ほんのわずかに笑った。

 

 その隣で、ウォーロッドが楽しそうに言う。

 

「じゃあ、今日は早めに帰らないとね」

 

「何でだよ?」

 

「リタを待たせちゃうだろう?」

 

「……あっ」

 

 ユーリが固まる。

 

 そして。

 

「おい! お前ら! 次行くぞ!」

 

「急にどうした」

 

「いいから!」

 

「ふふっ!」

 

 イリスが笑う。

 

「ユーリさん、分かりやすいですね」

 

「うるせえ!」

 

 その声に、五人の笑い声が重なった。

 

---

 

第三幕 九年分の思い出

 

 昼食を終えた五人は、街外れの小高い丘へ向かった。

 

 そこは、マグノリアの街並みを一望できる場所だった。

 

 遠くには、ゆったりと流れる川。

 

 春の陽光を浴びて輝く屋根。

 

 そして、街の一角には、妖精の尻尾のギルドが見える。

 

「……いい景色ですね」

 

 イリスが呟いた。

 

「はい!」

 

 メイビスが隣へ並ぶ。

 

「私、この景色が大好きです!」

 

「ふふっ。私もです」

 

 柔らかな風が、二人の髪を揺らした。

 

 その少し後ろでは。

 

「……ふう!」

 

 ユーリが草の上へ腰を下ろしていた。

 

「歩いた歩いた!」

 

「お前が一番元気に歩いていただろう」

 

 プレヒトが呆れる。

 

「だから疲れたんだよ!」

 

「……理屈は通っているようで、通っていないな」

 

 ウォーロッドが笑う。

 

「まあまあ。今日は休みなんだから」

 

 そう言って、近くの木陰へ腰を下ろした。

 

 プレヒトも小さく息を吐き、その隣へ座る。

 

 イリスとメイビスも加わり、五人は自然と輪になった。

 

 しばらくの間。

 

 誰も、何も言わなかった。

 

 ただ、春風が吹き抜ける。

 

 遠くから聞こえる街の賑わい。

 

 木々の葉が擦れ合う音。

 

 穏やかな時間が流れていた。

 

「……なあ」

 

 ふと、ユーリが口を開いた。

 

「俺たちが初めて会ったのって、もう九年前なんだよな」

 

「そうですね」

 

 イリスが頷く。

 

「X686年。天狼島でした」

 

「懐かしいなあ!」

 

 ユーリが笑う。

 

「あの頃は、まさかこんなことになるなんて思ってなかったぜ!」

 

「本当だね」

 

 ウォーロッドが微笑む。

 

「僕たち、まだ魔法も使えなかったから」

 

「……ああ」

 

 プレヒトも頷いた。

 

「魔法を学び始めた頃は、失敗ばかりだったな」

 

「おいおい!」

 

 ユーリが笑う。

 

「プレヒトだって、最初は魔法陣を作るのに苦労してたじゃねえか!」

 

「お前ほどではない」

 

「何だと!?」

 

「ユーリさんは、最初から勢いがすごかったですからね」

 

 イリスが楽しそうに言う。

 

「おっ! 覚えてるのか?」

 

「もちろんです」

 

 イリスは微笑んだ。

 

「魔力の扱い方を教わっている時も、早く魔法を使いたくて仕方がない様子でした」

 

「へへっ!」

 

 ユーリが笑う。

 

「だって、魔法だぜ? 使ってみたくなるだろ!」

 

「気持ちは分かるけどね」

 

 ウォーロッドが苦笑する。

 

「でも、ユーリは本当にせっかちだったよ」

 

「お前まで!?」

 

 その言葉に、メイビスが声を上げて笑った。

 

「えへへ! 皆さん、昔から変わりませんね!」

 

「メイビスもだろう」

 

 プレヒトが言った。

 

「……え?」

 

「何か面白いものを見つけると、すぐに夢中になるところだ」

 

「そ、そんなことありませんよ!」

 

「今日も雑貨店で夢中になっていただろう」

 

「うっ……!」

 

 メイビスが言葉に詰まる。

 

 その隣で、イリスがくすくすと笑っていた。

 

「ふふっ。確かに、メイビスさんらしいですね」

 

「イリスさんまで!」

 

「すみません。でも……」

 

 イリスは優しく微笑んだ。

 

「私は、そういうメイビスさんが好きですよ」

 

「……!」

 

 メイビスの頬が、ぱっと明るくなる。

 

「えへへ……!」

 

 そして、嬉しそうに笑った。

 

「私も、イリスさんのそういうところが好きです!」

 

「ふふっ。ありがとうございます」

 

 その様子を見て、ユーリがにやりと笑う。

 

「お前ら、相変わらず仲いいなあ!」

 

「もちろんです!」

 

 メイビスが胸を張った。

 

「二年間、ずっと一緒に旅をしていましたから!」

 

「そうでしたね」

 

 イリスも頷く。

 

 その指には、ギルティナ大陸で交換した指輪が輝いていた。

 

 メイビスの指にも、お揃いの指輪がある。

 

 春の日差しを受け、小さな宝石がきらりと光った。

 

 ◇

 

「……それにしても」

 

 ウォーロッドが、街の方へ視線を向けた。

 

「僕たちのギルドも、大きくなったね」

 

「……ああ」

 

 プレヒトが頷く。

 

 丘からは、妖精の尻尾の建物が見えている。

 

 九年前。

 

 まだ何もなかった頃。

 

 五人で始めた、小さな魔導士ギルド。

 

 それが今では、三十人を超える仲間たちが集まる場所になっていた。

 

「最初は、五人だけだったんですよね」

 

 メイビスが呟く。

 

「はい」

 

 イリスが微笑む。

 

「本当に、いろいろなことがありました」

 

「だな!」

 

 ユーリが笑う。

 

「依頼も受けたし、喧嘩もしたし、いろんな奴と出会った!」

 

「……喧嘩の大半はお前が原因だった気がするが」

 

 プレヒトが言う。

 

「何だと!?」

 

「ははっ!」

 

 ウォーロッドが笑った。

 

 メイビスも楽しそうに頷く。

 

「でも、皆さんのおかげで、今の妖精の尻尾があるんです!」

 

 その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。

 

「私、一人だったら……きっと、こんなに素敵なギルドは作れませんでした」

 

「……メイビスさん」

 

 イリスが隣を見る。

 

 メイビスは、にっこりと笑った。

 

「皆さんと出会えて、本当によかったです!」

 

「……へへっ!」

 

 ユーリが照れくさそうに笑う。

 

「何だよ、急に!」

 

「本当のことです!」

 

「……そうだな」

 

 プレヒトが静かに頷いた。

 

「私も、同じことを思っている」

 

「僕もだよ」

 

 ウォーロッドが微笑む。

 

 そして、四人の視線がイリスへ向けられた。

 

「……?」

 

 イリスが首を傾げる。

 

「どうしました?」

 

「いや」

 

 ユーリが笑った。

 

「お前はどうなんだ?」

 

「私、ですか?」

 

「おう!」

 

 イリスは、少しだけ目を瞬かせた。

 

 そして。

 

「……もちろんです」

 

 柔らかく微笑んだ。

 

「私も、皆さんと出会えて、本当によかったと思っています」

 

 青と金の瞳が、優しく細められる。

 

「この世界へ来たばかりの頃は、何も分からなくて……」

 

 イリスは、遠くの街並みを見つめた。

 

「でも、メイビスさんと出会って、皆さんと出会って……」

 

 その表情が、自然とほころぶ。

 

「今では、こんなに大切な場所ができました」

 

 妖精の尻尾。

 

 仲間たちが集う場所。

 

 自分が帰ってこられる場所。

 

「……ありがとうございます」

 

 イリスは、四人へ向き直った。

 

「皆さん」

 

 一瞬。

 

 静かな時間が流れた。

 

 そして。

 

「……おいおい!」

 

 ユーリが笑った。

 

「何だよ、水くせえな!」

 

「……え?」

 

「俺たち、仲間だろ?」

 

 ユーリは、当然のことのように言った。

 

「礼なんかいらねえって!」

 

「……そうだね」

 

 ウォーロッドが微笑む。

 

「僕たちは、ずっと仲間なんだから」

 

「……ああ」

 

 プレヒトも頷く。

 

「今さら、そんなことで改まる必要はない」

 

「えへへ!」

 

 メイビスが嬉しそうに笑った。

 

「そうですよ、イリスさん!」

 

 そして。

 

「これからも、よろしくお願いしますね!」

 

 イリスは、四人を見つめた。

 

 ユーリの豪快な笑顔。

 

 プレヒトの穏やかな表情。

 

 ウォーロッドの優しい微笑み。

 

 メイビスの、太陽のような笑顔。

 

 そのすべてが。

 

 どうしようもなく、愛おしかった。

 

「……はい!」

 

 イリスは、心から笑った。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

 五人の笑い声が、春の丘に響いた。

 

---

 

第四幕 変わらない五人

 

 午後の日差しが、少しずつ柔らかくなっていく。

 

 五人は丘でのんびりと過ごしていた。

 

 ウォーロッドが近くに咲いていた小さな花を見つけ、植物魔法でそっと茎を伸ばす。

 

「……あれ?」

 

 メイビスが首を傾げた。

 

 目の前に、小さな花が差し出されている。

 

「ウォーロッドさん?」

 

「はい。どうぞ」

 

「わあ!」

 

 メイビスが嬉しそうに受け取った。

 

「ありがとうございます!」

 

「どういたしまして」

 

 ウォーロッドが微笑む。

 

 すると。

 

「おっ!」

 

 ユーリがにやりと笑った。

 

「俺にも何かくれよ!」

 

「何がいい?」

 

「そうだなあ……」

 

 ユーリは少し考えた。

 

「でっけえ花!」

 

「……大きい花?」

 

「おう!」

 

「……ふふっ」

 

 ウォーロッドが笑う。

 

「分かったよ」

 

 地面から、小さな芽が伸びる。

 

 それは、みるみるうちに成長し――。

 

 ぽんっ!

 

 ユーリの顔の前で、大きな花が咲いた。

 

「うおっ!?」

 

 花びらが、ユーリの顔を覆う。

 

「ぶはっ!」

 

 ユーリが慌てて後ろへ下がった。

 

「おい! ウォーロッド!!」

 

「はははっ!」

 

 ウォーロッドが声を上げて笑った。

 

「大きい花がいいって言ったじゃないか!」

 

「顔の前で咲かせるなよ!」

 

「ごめんごめん!」

 

 その様子に、メイビスが大笑いする。

 

「えへへへっ!」

 

 イリスも口元を押さえた。

 

「ふふっ……!」

 

 プレヒトまで、肩を震わせている。

 

「……くっ」

 

「おい、プレヒト!」

 

「……何だ」

 

「お前まで笑ってんじゃねえ!」

 

「……いや」

 

 プレヒトは顔を背けた。

 

「実に、お前らしいと思ってな」

 

「どういう意味だよ!?」

 

 その声に、再び笑いが起こった。

 

 ◇

 

「……ああ、楽しかった!」

 

 やがて、ユーリが草の上へ寝転がった。

 

 青い空を見上げる。

 

 白い雲が、ゆっくりと流れていた。

 

「たまには、こういうのもいいな」

 

「そうですね」

 

 イリスが頷く。

 

「何も予定を決めずに、皆さんと過ごすのも楽しいです」

 

「えへへ!」

 

 メイビスが嬉しそうに笑う。

 

「またやりましょうね!」

 

「おう!」

 

 ユーリが即答した。

 

「次はどこ行く?」

 

「もう次の話か」

 

 プレヒトが呆れる。

 

「いいじゃねえか!」

 

「ははっ。僕は賛成だよ」

 

 ウォーロッドが笑った。

 

「次は、少し遠くまで行ってみる?」

 

「おっ! いいな!」

 

「……仕事の予定も考えろ」

 

「プレヒトさん」

 

 イリスが微笑む。

 

「その時は、また一緒に来てくださいますか?」

 

「……む」

 

 プレヒトが言葉に詰まった。

 

 四人が、じっと見つめる。

 

「…………」

 

 そして。

 

「……予定が合えばな」

 

 小さく答えた。

 

「やったあ!」

 

 メイビスが嬉しそうに笑う。

 

「約束ですよ!」

 

「……まだ約束したわけでは」

 

「へへっ! 決まりだな!」

 

「お前たちは……」

 

 プレヒトが深いため息をつく。

 

 しかし。

 

 その口元には、確かな笑みが浮かんでいた。

 

---

 

第五幕 夕暮れの帰り道

 

 やがて。

 

 太陽が、西の空へ傾き始めた。

 

 マグノリアの街並みが、柔らかな橙色に染まっていく。

 

 五人は丘を下り、ギルドへ続く道を歩いていた。

 

「いやあ!」

 

 ユーリが大きく伸びをする。

 

「今日は楽しかったな!」

 

「お前は朝からずっと楽しそうだっただろう」

 

 プレヒトが言う。

 

「当たり前だ!」

 

 ユーリが笑った。

 

「せっかくの休みなんだからよ!」

 

「ふふっ」

 

 イリスが微笑む。

 

「本当に、楽しい一日でしたね」

 

「はい!」

 

 メイビスが大きく頷いた。

 

「私も、すっごく楽しかったです!」

 

「僕もだよ」

 

 ウォーロッドが笑う。

 

「また五人で出かけたいね」

 

「そうですね」

 

 イリスが頷く。

 

 夕暮れの風が、五人の間を吹き抜ける。

 

 その時。

 

「……あっ!」

 

 ユーリが声を上げた。

 

「どうしました?」

 

 イリスが尋ねる。

 

「リタへの土産!」

 

 ユーリは慌てて懐を探った。

 

「……おっ!」

 

 小さな包みを取り出す。

 

「よかった! ちゃんとあった!」

 

「……なくすと思っていたのか?」

 

 プレヒトが呆れる。

 

「いや、念のためだ!」

 

「ふふっ」

 

 イリスが笑う。

 

「きっと喜んでくださいますよ」

 

「おう!」

 

 ユーリは嬉しそうに頷いた。

 

「早く渡してえな!」

 

 その姿を見て、ウォーロッドが微笑む。

 

「ユーリ、本当に幸せそうだね」

 

「へへっ!」

 

 ユーリが笑う。

 

「まあな!」

 

 そして。

 

「お前らも、いい相手が見つかるといいな!」

 

「……余計なお世話だ」

 

 プレヒトが即答した。

 

「ははっ!」

 

 ウォーロッドが笑う。

 

 メイビスも楽しそうに声を上げた。

 

「えへへ! ユーリさん、すっかり旦那さんですね!」

 

「おう!」

 

 ユーリは胸を張った。

 

「俺は最高の旦那になる男だからな!」

 

「……もう結婚しているだろう」

 

「細けえことはいいんだよ!」

 

 また、笑い声が重なった。

 

 ◇

 

 やがて、妖精の尻尾の建物が見えてきた。

 

 窓からは、温かな灯りが漏れている。

 

 扉の向こうからは、仲間たちの賑やかな声が聞こえていた。

 

「……帰ってきましたね」

 

 イリスが呟く。

 

「はい!」

 

 メイビスが微笑む。

 

「私たちのギルドです!」

 

 九年前。

 

 天狼島で出会った五人。

 

 あの頃は、まだ何もなかった。

 

 それぞれが違う場所で生まれ、違う人生を歩んできた。

 

 けれど。

 

 偶然のような出会いが重なり。

 

 共に旅をして。

 

 共に戦い。

 

 共に笑い。

 

 そして、一つのギルドを作った。

 

 今では、たくさんの仲間がいる。

 

 帰るべき場所がある。

 

 大切な人たちがいる。

 

「……皆さん」

 

 ふと、イリスが声をかけた。

 

「ん?」

 

 ユーリが振り返る。

 

「どうしたの?」

 

 ウォーロッドも首を傾げた。

 

 プレヒトとメイビスも、足を止める。

 

 イリスは、四人を見つめた。

 

 そして。

 

「今日は、本当にありがとうございました」

 

 柔らかく微笑む。

 

「皆さんと一緒に過ごせて、とても幸せでした」

 

 その言葉に。

 

 メイビスが、ぱっと笑顔になった。

 

「私もです!」

 

「へへっ!」

 

 ユーリが笑う。

 

「俺も楽しかったぜ!」

 

「僕もだよ」

 

 ウォーロッドが頷く。

 

「……ああ」

 

 プレヒトも、静かに微笑んだ。

 

「悪くない休日だった」

 

「おいおい!」

 

 ユーリがにやりと笑う。

 

「素直に楽しかったって言えよ!」

 

「……うるさい」

 

「はははっ!」

 

 ウォーロッドが笑う。

 

 メイビスも楽しそうに声を上げた。

 

「えへへ! じゃあ、またみんなでお出かけしましょうね!」

 

「おう!」

 

「もちろん!」

 

「……予定が合えばな」

 

「ふふっ。楽しみにしています」

 

 五人の笑顔が重なった。

 

 特別なことなど、何もない一日だった。

 

 街を歩いて。

 

 美味しいものを食べて。

 

 くだらないことで笑い合って。

 

 昔の思い出を語り合った。

 

 ただ、それだけ。

 

 けれど。

 

 イリスにとって、その一日は、どんな冒険にも負けないほど大切な時間だった。

 

 強大な魔法も。

 

 聖剣の力も。

 

 この瞬間には、必要ない。

 

 大切な仲間たちが、隣で笑っている。

 

 それだけで、十分だった。

 

「さあ!」

 

 メイビスが元気よく声を上げた。

 

「帰りましょう!」

 

「おう!」

 

 ユーリが勢いよく扉へ向かう。

 

「ただいまあああ!!」

 

「おかえりなさーい!」

 

 ギルドの中から、仲間たちの声が返ってきた。

 

「ユーリ! おかえり!」

 

 その中には、リタの声もあった。

 

「おう! ただいま!」

 

 ユーリが嬉しそうに駆け寄っていく。

 

 その姿を見ながら、プレヒトが小さく笑った。

 

「……まったく」

 

 ウォーロッドも微笑む。

 

「賑やかだね」

 

「はい!」

 

 メイビスが頷く。

 

「これが、私たちの妖精の尻尾です!」

 

 イリスは、そんな仲間たちを見つめた。

 

 そして、心から微笑んだ。

 

「……ただいま、皆さん」

 

 その声に。

 

 ギルドの仲間たちが、笑顔で振り返る。

 

「おかえりなさい!」

 

 温かな声が、いくつも重なった。

 

 イリスは、嬉しそうに笑った。

 

 春の夕暮れ。

 

 妖精の尻尾には、今日も笑い声が満ちていた。

 

 何でもない、穏やかな一日。

 

 けれど、そこには確かに、かけがえのない幸せがあった。

 

 ――それは、五人が共に過ごした、大切な休日の物語。

 

 

 ――第63話 完――

 

 




【こそこそ妖精話】
~旦那さんのお土産~

 X695年・春。

 妖精の尻尾。

 五人での休日を終えた、その日の夕方。

ユーリ「リタ! ちょっといいか?」

リタ「なあに、ユーリ?」

ユーリ「へへっ。実はよ、お前に土産があるんだ!」

リタ「あら、私に?」

ユーリ「おう! 今日、街で見つけてな!」

 ユーリは懐から小さな包みを取り出した。

リタ「まあ……!」

 包みの中には、小さな花の装飾が施された可愛らしい髪留めが入っていた。

リタ「……これ、私に?」

ユーリ「当たり前だろ! 他に誰がいるんだよ!」

リタ「ふふっ。ありがとう、ユーリ。とっても嬉しいわ」

ユーリ「へへっ! 気に入ったか?」

リタ「ええ。すごく素敵」

 リタは嬉しそうに髪留めを手に取った。

リタ「ねえ、ユーリ。つけてみてもいい?」

ユーリ「おう!」

 リタは髪を整え、髪留めをつけた。

リタ「……どうかしら?」

ユーリ「…………」

リタ「……ユーリ?」

ユーリ「……あ、ああ!」

 ユーリは慌てて頷いた。

ユーリ「す、すげえ似合ってる!」

リタ「ふふっ。本当?」

ユーリ「おう! めちゃくちゃ可愛いぞ!」

リタ「……もう。そんなに真っ直ぐ言われると、照れちゃうじゃない」

 リタは頬を赤らめ、幸せそうに微笑んだ。

 その時。

メイビス「えへへ! 大成功ですね、イリスさん!」

イリス「ふふっ。そうですね」

ユーリ「うおっ!? お前ら、いつからいた!?」

メイビス「『どうかしら?』の辺りからです!」

ユーリ「ほとんど全部じゃねえか!」

イリス「すみません。とても素敵だったので、つい……」

リタ「あら。二人とも、ありがとう」

メイビス「リタさん、とっても似合っています!」

イリス「はい。ユーリさん、一生懸命選んでいましたから」

ユーリ「お、おい! イリス!」

リタ「……そうなの?」

イリス「はい。二つの贈り物で、ずいぶん悩んでいらっしゃいましたよ」

リタ「ふふっ……!」

 リタは嬉しそうにユーリを見つめた。

リタ「ありがとう。大切にするわね」

ユーリ「……おう!」

 ユーリが照れくさそうに笑う。

 すると、少し離れた席から声が飛んできた。

プレヒト「……まったく。仲のいいことだ」

ウォーロッド「ははっ。いいじゃないか。二人とも幸せそうだよ」

ユーリ「お前らまで聞いてたのかよ!?」

プレヒト「声が大きい。聞こえない方が難しい」

メイビス「えへへ! ユーリさん、最高の旦那さんですね!」

ユーリ「お、おう! 当然だろ!」

リタ「ふふっ。ええ。私の自慢の旦那さんよ」

ユーリ「……っ!」

ウォーロッド「おや? 今度はユーリが照れちゃったね」

プレヒト「……実に分かりやすいな」

ユーリ「うるせえええ!!」

 ギルドに、楽しそうな笑い声が響いた。

 そしてリタは、もう一度そっと髪留めに触れた。

リタ「……本当に、ありがとう」

ユーリ「……へへっ。どういたしまして!」

 ――その日のリタは、寝る時間になるまで、ずっとその髪留めをつけていたという。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。


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