第一幕 新たな大地へ
X686年――フィオーレ王国近海。
青く澄み渡る空の下、一隻の帆船が穏やかな海を進んでいた。
白い帆が風を受け、船首が小さな波を切り分けていく。
「見えました!」
船首に立っていたメイビス・ヴァーミリオンが、弾んだ声を上げた。
「あれが大陸ですね!」
その視線の先には、緑豊かな大地が広がっていた。
海岸沿いには色とりどりの屋根が並び、その奥には小高い丘が連なっている。
港には大小さまざまな船が停泊し、遠くからでも街の賑わいが伝わってくるようだった。
「おおっ! ようやく着いたか!」
ユーリ・ドレアーが勢いよく立ち上がる。
「いやあ、長かったぜ!」
「お前は途中で寄り道を提案した側だろう」
プレヒト・ゲイボルグが呆れたように言った。
「結果的に宝も手に入ったんだからいいじゃねぇか!」
「その宝を手に入れるために、危うく神殿を崩壊させるところだったんですがね」
ウォーロッド・シーケンが苦笑する。
「細けぇことは気にするな!」
「細かいことで済ませる話ではないと思いますよ?」
イリス・アストレアが微笑みながら口を挟んだ。
「ほら! イリスまで!」
ユーリが大げさに肩を落とす。
その様子に、メイビスが楽しそうに笑った。
「ふふっ! でも、楽しかったですよね!」
「おう! それは間違いねぇ!」
即座に復活したユーリに、プレヒトは小さくため息をついた。
イリスはそんな四人を眺めながら、穏やかに目を細める。
天狼島を出発してから、まだそれほど長い時間が経ったわけではない。
それでも、五人の間には以前より自然な空気が流れていた。
誰かが冗談を言えば、誰かが呆れ、誰かが笑う。
そんな何気ないやり取りが、イリスには心地よかった。
「イリスさん!」
メイビスが振り返る。
「大陸に着いたら、何をしてみたいですか?」
「そうですね……」
イリスは少し考えた。
「まずは街を歩いてみたいです。どんな建物があって、どんな人たちが暮らしているのか……興味がありますから」
「私もです!」
メイビスは嬉しそうに頷いた。
「本で読んだことはありますけど、実際に見るのは初めてなんです!」
「それでしたら、一緒に見て回りましょうか」
「はい!」
その笑顔を見て、イリスも自然と微笑んだ。
やがて船は港へ近づき、ゆっくりと速度を落としていった。
新しい土地。
新しい景色。
そして、まだ見ぬ出会い。
五人の旅は、次の一歩を踏み出そうとしていた。
◇
港へ降り立った瞬間、賑やかな声が五人を迎えた。
「新鮮な魚だよー!」
「南方から届いた香辛料はいかが!」
「荷運びなら任せてくれ!」
石畳の道を荷車が行き交い、商人たちが威勢のいい声を張り上げている。
港には魚介の香りと焼きたてのパンの匂いが混ざり合い、どこか活気に満ちていた。
「わあ……!」
メイビスが目を輝かせる。
「すごいです! こんなにたくさんの人が!」
「賑やかな街ですね」
イリスも周囲を見渡した。
異世界とはいえ、人々の暮らしにはどこか懐かしさがある。
商売に励む者。
友人と笑い合う者。
親に手を引かれて歩く子供。
そんな光景を見ていると、自分が遠い世界へ来たことを一瞬忘れてしまいそうだった。
「さて!」
ユーリが両手を打ち鳴らす。
「まずはこいつを金に換えねぇとな!」
彼が荷物の中から取り出したのは、海底神殿で手に入れた黄金の王冠だった。
青い宝石が陽光を受け、きらりと輝く。
「こんな場所で出すな、目立つだろう」
プレヒトが眉をひそめた。
「おっと、そうだった」
ユーリは慌てて王冠を布で包み直す。
「高価な品ですし、慎重に扱った方がいいですね」
ウォーロッドが言った。
「それなら、まずは信頼できる商人を探しましょう」
メイビスが提案する。
「相場も分からないまま売ってしまうのは、もったいないですから!」
「おっ、さすがメイビス!」
ユーリが嬉しそうに笑う。
「頼りにしてるぜ!」
「ふふっ。任せてください!」
こうして五人は、港町の商業区へ向かうことになった。
――――――――――
第二幕 黄金の王冠と小さな寄り道
商業区には、大小さまざまな店が軒を連ねていた。
宝石店、古物商、雑貨屋、仕立て屋。
店先には色鮮やかな商品が並び、道行く人々の目を楽しませている。
「へえ、なかなか大きな街じゃねぇか」
ユーリが感心したように呟いた。
「港があるからでしょうね。遠方からの品物も集まりやすいのでしょう」
ウォーロッドが答える。
「それにしても……」
プレヒトは周囲を見渡した。
「王冠のような品を扱える店となると、限られてくるな」
「でしたら、あちらのお店はどうでしょう?」
イリスが指差した。
通りの奥に、古い石造りの建物があった。
看板には、宝石と天秤を組み合わせた紋章が描かれている。
「古美術商のようですね」
ウォーロッドが頷く。
「よし、行ってみようぜ!」
ユーリが先頭に立った。
◇
「……これは」
店の主人は、布の中から現れた王冠を見て息を呑んだ。
白髪交じりの髭を蓄えた初老の男性だった。
彼は慎重に王冠を持ち上げ、宝石や装飾を一つずつ確かめていく。
「ずいぶん古い品ですな」
「だろ?」
ユーリが得意げに笑う。
「海底神殿で見つけたんだ!」
「海底神殿……?」
主人の眉がわずかに動いた。
「それはまた、珍しいところから……」
主人は小さな拡大鏡を取り出し、王冠の内側を調べ始めた。
しばらくして、感心したように頷く。
「金細工も宝石も見事なものです。ただ、由来の分からない古美術品となると、すぐに買い手がつくとは限りません」
「えっ、そうなのか?」
ユーリが顔をしかめた。
「高いものなら、すぐ売れると思ってたぜ」
「高いからこそ、買い手を選ぶのですよ」
主人は苦笑した。
そのやり取りを聞いていたメイビスが、静かに口を開く。
「では、王冠そのものを買い取っていただく場合と、買い手を探していただく場合では、どちらが有利でしょうか?」
「ほう?」
主人が少女へ目を向けた。
「なかなか良い質問ですな」
そこから始まったのは、思いがけない商談だった。
メイビスは王冠の価値だけでなく、手数料や買い手が見つかるまでの期間についても尋ねていく。
プレヒトは提示された条件を冷静に確認し、ウォーロッドは王冠の保管方法について質問した。
ユーリはというと。
「もうちょっと高くならねぇか?」
「ユーリさん」
メイビスが振り返る。
「まだ金額のお話には入っていませんよ?」
「……あ、そうだった」
イリスは思わず口元を押さえた。
「ふふっ……」
「笑うなよ、イリス!」
「すみません。つい」
結局、王冠は店の主人に預け、信頼できる買い手を探してもらうことになった。
その際、五人は当面の旅費として一定の前金を受け取った。
王冠の所有権や売却条件についても、プレヒトが書面で確認している。
「よっしゃ!」
店を出たユーリが、嬉しそうに財布を掲げた。
「これでしばらく金には困らねぇな!」
「無駄遣いしなければ、な」
プレヒトが釘を刺す。
「分かってるって!」
「本当でしょうか……」
ウォーロッドが小さく笑った。
そんな会話を交わしながら、五人は再び通りへ出た。
そのとき。
「あっ!」
メイビスが足を止めた。
視線の先には、小さな菓子店があった。
店先には焼き菓子や果物を使った菓子が並び、甘い香りが漂っている。
「……美味しそうですね」
メイビスが小さく呟く。
イリスはその横顔を見て、微笑んだ。
「少し寄っていきますか?」
「えっ、いいんですか?」
「もちろんです。せっかく街に来たのですから」
「やったあ!」
メイビスは嬉しそうに笑った。
「おいおい、観光してる場合か?」
ユーリが口を挟む。
すると、メイビスは振り返って言った。
「ユーリさんも食べませんか?」
「……何があるんだ?」
「焼きたての蜂蜜菓子だそうですよ!」
「よし、行こう!」
「切り替えが早いですね」
イリスが笑う。
「まったくだ」
プレヒトが呆れたように呟いた。
結局、五人は菓子店で少し休憩することになった。
店の前に置かれた木製の長椅子に腰掛け、焼きたての菓子を分け合う。
「んんっ! 美味しいです!」
メイビスが幸せそうに頬を緩めた。
「本当ですね」
イリスも一口食べる。
柔らかな生地に、蜂蜜の優しい甘さが広がった。
「イリスさん」
「はい?」
「やっぱり、外の世界って素敵ですね!」
メイビスは菓子を両手で持ちながら笑った。
「知らない景色も、美味しいものも、こんなにたくさんあるんですから!」
「ふふっ。そうですね」
イリスは街の通りへ視線を向けた。
人々の笑い声。
店先を彩る花。
陽光を受けて輝く石畳。
どれも、特別なものではないのかもしれない。
けれど、知らない土地を歩き、初めての景色に出会う。
その楽しさは、元の世界にいた頃と変わらなかった。
「私も、こうして皆さんと旅ができて嬉しいです」
イリスが言うと、メイビスは目を輝かせた。
「私もです!」
その笑顔につられるように、イリスも笑った。
旅の目的を忘れたわけではない。
けれど、こうした時間もまた、きっと大切な思い出になるのだろう。
――――――――――
第三幕 青い髑髏の噂
午後になると、五人は天狼玉についての情報収集を始めた。
まず向かったのは、港の商人たちが集まる市場だった。
「天狼玉、ですか?」
果物を売っていた商人が首を傾げる。
「聞いたことがないねぇ」
「そうですか……」
メイビスは少し残念そうに肩を落とした。
「ありがとうございました!」
次に尋ねた船乗りも、首を横に振った。
「宝石の名前か? 悪いが知らねぇな」
さらに別の商人へ尋ねても、返ってくる答えは似たようなものだった。
「なかなか見つからねぇな」
ユーリが頭をかく。
「そもそも、盗んだ奴がどこへ行ったのかも分からねぇんだよな」
「だからこそ、情報を集める必要がある」
プレヒトが答える。
「ただ、天狼玉という名前だけでは難しいかもしれませんね」
ウォーロッドが考え込んだ。
「もっと別の角度から調べてみてはどうでしょう?」
「別の角度……」
メイビスは顎に指を添えた。
しばらく考えてから、顔を上げる。
「そうですね!」
彼女は四人を見渡した。
「天狼玉を知っている人を探すだけじゃなくて、最近、珍しい宝石を扱った人や、天狼島に関係する人がいなかったか調べてみましょう!」
「なるほど」
プレヒトが頷いた。
「名前を知らなくても、品物の特徴なら覚えている可能性があるな」
「それに、盗んだ人物が売却を考えているなら、宝石商や古物商に接触しているかもしれません」
イリスも言葉を添えた。
「そういうことです!」
メイビスは嬉しそうに頷いた。
「では、手分けして調べましょう!」
◇
それからしばらく、五人は港町を歩き回った。
ユーリは船乗りたちに声をかけ、最近の航海や怪しい人物について尋ねる。
プレヒトは商人たちの取引記録や、珍しい品物の噂を調べた。
ウォーロッドは港の荷運び人や店主たちから、船の出入りについて話を聞いた。
イリスとメイビスは、宝石商や古物商を中心に情報を集めていた。
だが、決定的な手掛かりは見つからない。
「……難しいですね」
メイビスが小さく息を吐いた。
「そうですね」
イリスは頷いた。
「ですが、まだ調べ始めたばかりですから」
「はい!」
メイビスはすぐに笑顔を取り戻した。
「諦めるには早いですよね!」
「ええ」
そのときだった。
「……お嬢ちゃんたち」
背後から、低い声が聞こえた。
振り返ると、古びた帽子を被った男性が立っていた。
年齢は五十代ほどだろうか。
日に焼けた顔には深い皺が刻まれ、長年海で働いてきたことが窺える。
「さっきから、珍しい宝石について聞いて回ってるそうだな」
「はい!」
メイビスが答える。
「何かご存じなんですか?」
男は周囲を見渡した。
それから、少し声を落とす。
「……最近、妙な噂を聞いたことがある」
「噂、ですか?」
イリスが尋ねた。
「ああ。宝石や古い魔法の品を、片っ端から集めてる連中がいるらしい」
メイビスの表情が変わった。
「それは、どんな人たちですか?」
「詳しいことまでは知らねぇ。ただ……」
男は少し言い淀んだ。
「魔導士の連中だって話だ」
「魔導士……」
メイビスが呟く。
イリスも静かに耳を傾けた。
「そいつら、普通の商人とは違うらしい。欲しいものがあれば、金を払うだけじゃ済まねぇこともあるとか」
「……物騒な話ですね」
イリスが眉を寄せる。
「ああ。だから、あんまり首を突っ込まねぇ方がいい」
男はそう言ってから、さらに声を潜めた。
「名前は確か……青い髑髏だったか」
「青い髑髏?」
メイビスが聞き返す。
「ああ。魔導士ギルドだそうだ」
その名前を聞いた瞬間、イリスは小さく目を細めた。
魔導士ギルド。
この世界には、魔法を扱う者たちが集まる組織があるらしい。
以前から聞いていた話ではあったが、こうして具体的な名前を耳にするのは初めてだった。
「そのギルドは、どこにあるのでしょうか?」
メイビスが尋ねる。
「マグノリアって街だと聞いたな」
「マグノリア……」
メイビスはその名前を繰り返した。
「ただし、俺が聞いたのは噂話だ。お前さんたちの探してる宝石と関係があるかは分からねぇぞ」
「はい! 分かっています!」
メイビスは深く頭を下げた。
「教えてくださって、ありがとうございます!」
イリスも丁寧に礼を述べる。
「貴重なお話をありがとうございました」
「いいってことよ」
男は軽く手を振った。
「気をつけなよ、お嬢ちゃんたち」
そう言い残し、人混みの中へ消えていった。
◇
「……青い髑髏、ですか」
イリスが呟いた。
「はい」
メイビスは考え込んでいた。
「まだ天狼玉と関係があるとは限りません。でも……」
「調べる価値はありそうですね」
イリスが言うと、メイビスは頷いた。
「そう思います!」
ただ、イリスには一つ気になることがあった。
男が語ったのは、あくまで噂だ。
魔導士ギルドが古い魔法の品を集めているという話も、どこまで事実なのか分からない。
それだけで犯人と決めつけるわけにはいかないだろう。
「メイビスさん」
「はい?」
「まずは皆さんと情報を持ち寄りましょう。ほかにも何か分かっているかもしれません」
「そうですね!」
二人は待ち合わせ場所へ向かって歩き始めた。
その途中、メイビスがふと口を開いた。
「……イリスさん」
「はい?」
「もし、そのギルドが本当に天狼玉を持っていたら……」
メイビスは少しだけ視線を落とした。
「取り戻すのは、難しいでしょうか?」
イリスはすぐには答えなかった。
相手がどのような組織なのか、まだ分からない。
どれほどの魔導士がいるのかも不明だ。
けれど。
「……簡単ではないかもしれませんね」
イリスは静かに答えた。
「ですが、今から心配しすぎる必要はありませんよ」
「……はい」
「それに、私たちは一人ではありませんから」
メイビスが顔を上げる。
イリスは柔らかく微笑んだ。
「皆さんと一緒に考えれば、きっと良い方法が見つかります」
その言葉に、メイビスの表情が明るくなった。
「……そうですね!」
そして、嬉しそうに笑う。
「イリスさんがいてくれて、よかったです!」
「ふふっ。私もですよ」
二人は並んで、賑やかな通りを歩いていった。
――――――――――
終幕 五人が選ぶ道
夕暮れが近づく頃。
五人は港町の小さな宿屋に集まっていた。
木製の丸テーブルを囲み、それぞれが集めた情報を報告していく。
「こっちは大した収穫なしだな」
ユーリが椅子にもたれかかった。
「最近この港に来た船の話は聞けたけど、天狼玉らしい宝石を運んだって話はなかったぜ」
「僕の方も、直接的な手掛かりはありませんでした」
ウォーロッドが続ける。
「ただ、珍しい魔法の品物を扱う商人が、以前より減っているそうです」
「減っている?」
プレヒトが顔を上げた。
「はい。何人かの商人が、取引先を変えたらしいんです」
「……なるほど」
プレヒトは腕を組んだ。
「こちらでも似た話を聞いた。古い魔法道具の取引が、特定の相手に集中しているらしい」
メイビスの瞳が輝いた。
「それって……!」
「ああ」
プレヒトが頷く。
「何者かが、意図的に古い魔法の品を集めている可能性はある」
「実は、私たちも似たお話を聞きました!」
メイビスは、港で出会った男から聞いた噂を説明した。
青い髑髏。
古い魔法の品を集めているという魔導士ギルド。
そして、その拠点があるという街、マグノリア。
「ブルースカル、か」
ユーリが呟いた。
「聞いたことねぇ名前だな」
「僕も初めて聞きました」
ウォーロッドが言う。
「ただ、魔導士ギルドが関わっているなら、慎重に調べた方がよさそうですね」
「そうだな」
プレヒトは頷いた。
「だが、現時点では天狼玉との関係を示す証拠がない」
「はい」
メイビスも真剣な表情で頷く。
「ですから、まずはマグノリアへ行って、もっと詳しく調べてみたいんです」
「マグノリアか……」
ユーリが少し考えた。
そして、にやりと笑う。
「いいじゃねぇか!」
「ユーリ?」
「ここでじっとしてたって、何も始まらねぇだろ?」
ユーリは椅子から立ち上がった。
「手掛かりがあるなら、行ってみりゃいいんだよ!」
「……お前は本当に単純だな」
プレヒトが呆れたように言う。
「何だと!?」
「だが、今回は僕も賛成だ」
「……へ?」
ユーリが目を瞬かせた。
プレヒトは落ち着いた声で続ける。
「情報が少ない以上、調査対象を絞る必要がある。マグノリアへ向かうのは、悪くない選択だろう」
「僕も賛成です」
ウォーロッドが微笑む。
「それに、まだ行ったことのない街ですからね。どんな場所なのか、少し楽しみです」
「ふふっ!」
メイビスが嬉しそうに笑った。
そして、最後にイリスへ視線を向ける。
「イリスさんは、どう思いますか?」
イリスは少し考えてから、頷いた。
「私も賛成です」
「本当ですか?」
「はい。天狼玉の手掛かりがあるかもしれませんし……」
イリスは四人を見渡した。
「皆さんと一緒なら、きっと楽しい旅になると思いますから」
その言葉に、メイビスが満面の笑みを浮かべた。
「はい!」
「よっしゃあ!」
ユーリが拳を突き上げる。
「決まりだな! 次の目的地はマグノリアだ!」
「まずは道順を確認しろ」
プレヒトが即座に言った。
「分かってるって!」
「本当に分かっているのでしょうか……」
ウォーロッドが苦笑する。
イリスはそのやり取りを見ながら、静かに笑った。
◇
夜。
宿屋の窓からは、港町の灯りが見えていた。
昼間の賑わいは少しずつ静まり、遠くから波の音が聞こえてくる。
イリスは窓辺に立ち、夜空を見上げていた。
無数の星が、深い紺色の空に輝いている。
元の世界でも、何度となく見上げてきた星空。
けれど、この世界の星の並びは、彼女の知るものとは違っていた。
「……本当に、別の世界なんですね」
小さく呟く。
天狼島へ降り立った日。
突然、知らない世界に放り出されたときのことを思い出す。
あのときは、これからどうすればいいのか分からなかった。
元の世界へ戻る方法も、ここがどのような場所なのかも。
何一つ分からなかった。
けれど今は。
「イリスさん?」
背後から声がした。
振り返ると、メイビスが立っていた。
「こんなところにいたんですね!」
「メイビスさん」
イリスは微笑む。
「少し、星を見ていました」
「星、ですか?」
「はい。綺麗でしたので」
メイビスは窓辺へ近づき、イリスの隣に立った。
「……本当ですね」
二人はしばらく、黙って夜空を見上げていた。
やがてメイビスが口を開く。
「イリスさん」
「はい?」
「今日も、楽しかったですね」
「ふふっ。そうですね」
「明日は、もっと楽しいことがあるでしょうか?」
イリスは少し考えた。
マグノリア。
ブルースカル。
天狼玉。
これから向かう先には、まだ分からないことが多い。
楽しいことばかりではないかもしれない。
それでも。
「……きっと、ありますよ」
イリスは微笑んだ。
「少なくとも、私は楽しみにしています」
メイビスは嬉しそうに頷いた。
「私もです!」
その声は、夜の静かな部屋に明るく響いた。
イリスはもう一度、窓の外へ視線を向ける。
知らない世界。
知らない街。
知らない人々。
そして、これから出会うかもしれない、新しい仲間たち。
少し前まで、すべてが不安だった。
けれど今は、ほんの少しだけ違う。
隣には、大切な友達がいる。
そして、共に旅をする仲間たちがいる。
それだけで、明日が楽しみになるのだから。
夜空には、無数の星が輝いていた。
その星々の下で、五人の旅は新たな目的地を定めた。
マグノリア。
魔導士ギルド「青い髑髏」が存在するという街。
そこに何が待っているのか、彼らはまだ知らない。
けれど、その出会いが、やがて五人の運命を大きく動かすことになる。
妖精たちの物語は、静かに次の舞台へと進み始めていた。
――第7話 完――
【こそこそ妖精話】
メイビス「ゼーラ! 港町ってすごいですね! お店も人もいっぱいで、見ているだけで楽しかったです!」
ゼーラ「はいはい。あんた、ずっとはしゃいでたものね」
メイビス「特に蜂蜜菓子! とっても美味しかったです!」
ゼーラ「……結局、食べ物の話になるのね」
メイビス「ゼーラにも食べてもらいたかったです!」
ゼーラ「気持ちだけ受け取っておくわ」
メイビス「それにしても、イリスさんって優しいですよね。私がお菓子を見ていたら、すぐに気づいてくれたんです!」
ゼーラ「……あんたが分かりやすすぎるだけじゃない?」
メイビス「えっ!?」
ゼーラ「お店の前で目をきらきらさせてたら、誰だって気づくわよ」
メイビス「そ、そんなに分かりやすかったですか!?」
ゼーラ「ものすごくね」
メイビス「むぅ……。次はもっと大人っぽく振る舞います!」
ゼーラ「へえ。じゃあ、目の前に蜂蜜菓子があっても我慢できる?」
メイビス「…………」
ゼーラ「…………」
メイビス「……一つだけなら、いいですよね?」
ゼーラ「全然大人っぽくなってないじゃない!」
メイビス「えへへ♪」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。