X697年。
フィオーレ王国を旅立ってから、季節が一つ巡ろうとしていた。
深い森の奥。
苔むした石柱が立ち並ぶ古代遺跡に、二人の少女の姿があった。
「……イリス、そちらはどうですか?」
「少し待ってください。今、確認しています」
イリス・アストレアは、崩れかけた石壁へ金色の瞳を向けていた。
長い年月を経て風化した石壁。
そこには、肉眼ではほとんど判別できない古代文字が刻まれている。
しかし、イリスの金色の瞳には、それとは別のものが見えていた。
「……ありました」
「本当ですか!?」
メイビス・ヴァーミリオンが、ぱっと顔を輝かせる。
「はい。この石壁の内側に、微弱な魔力の残滓があります」
「どの辺りでしょう?」
「ここから……そうですね。右上へ向かって、細い線が伸びています」
イリスが指先で石壁をなぞる。
メイビスはその動きを注意深く観察すると、手帳を開いた。
「なるほど……。表面の文字とは別に、魔力を通すための術式が埋め込まれているんですね」
「おそらく」
「ふふっ。これは面白いです!」
メイビスの瞳が、研究者としての好奇心に輝く。
イリスは思わず微笑んだ。
「メイビス、楽しそうですね」
「もちろんです! こんなに古い術式が残っているなんて、滅多にありませんから!」
「……昨日も同じことを言っていませんでしたか?」
「昨日の遺跡とは構造が違います!」
「ふふっ。そうでしたね」
そんな会話を交わしながら、二人は調査を続けていた。
◇
【第一幕 古代遺跡の記録】
遺跡の調査を始めてから、すでに数時間が経過していた。
イリスが魔力の流れを読み取り、メイビスが古代文字と術式を解析する。
この役割分担は、旅を続けるうちに自然と定着したものだった。
「……ここですね」
メイビスが石壁の一部に手を触れる。
淡い光が指先から広がり、古びた石壁に複雑な魔法陣が浮かび上がった。
「おお……」
イリスが小さく感嘆する。
「見事ですね」
「ふふっ。まだ入口ですよ!」
メイビスは楽しそうに答えた。
そして、魔法陣の構造を慎重に読み解いていく。
「……やっぱり」
「何かわかりましたか?」
「はい。この術式は、外部からの魔力干渉を遮断するためのものです」
「防御魔法でしょうか?」
「それに近いですね。ただ、通常の防御魔法とは少し違います」
メイビスは手帳に図を書き込んだ。
「魔力そのものを防ぐのではなく、特定の条件を満たした干渉だけを拒絶する仕組みです」
「……条件によって、作用するかどうかが変わる」
「はい!」
メイビスが頷く。
「以前の資料館で調べた、条件によって発動する呪術の分類と、考え方が少し似ています」
イリスは石壁を見上げた。
「では、アンクセラムの呪いにも応用できるのでしょうか?」
「……それは、まだわかりません」
メイビスの表情が、少しだけ真剣になる。
「この術式が遮断できるのは、あくまで特定の魔力干渉です。アンクセラムの呪いが同じ原理で作用しているとは限りません」
「なるほど……」
「それに、仮に似た仕組みだったとしても、神の名を冠する呪いを防げるほどの術式を作れるかどうか……」
メイビスは、そこで言葉を止めた。
イリスは静かに頷く。
「……でも、研究する価値はありそうですね」
「はい!」
メイビスが再び笑顔を見せた。
「少なくとも、今まで知らなかった魔法の仕組みを一つ学べました!」
「それは大きな収穫ですね」
「ふふっ。でしょう?」
その笑顔を見て、イリスは胸の奥が少し温かくなるのを感じた。
旅立ったばかりの頃。
メイビスは、こうして笑っている最中にも、突然悲しげな表情を浮かべることがあった。
もちろん、今でもそれがなくなったわけではない。
けれど。
好きな魔法の研究に夢中になっている時間が、少しずつ増えていた。
それが、イリスには嬉しかった。
◇
【第二幕 遠い故郷からの便り】
数日後。
二人は小さな町の近くにある森で、野営の準備をしていた。
町へ入る際、メイビスはいつものように本体を人里から離れた場所に残し、実体幻影を使っていた。
調査や買い物を終えた今は、幻影を解除してイリスと合流している。
「……ふぅ」
メイビスが小さく息を吐いた。
「今日は、少し疲れましたね」
「資料館で随分長く調べていましたからね」
「つい夢中になってしまいました」
「知っています」
イリスが微笑む。
「閉館時間を三回も確認されていましたから」
「うっ……」
メイビスが気まずそうに視線を逸らした。
「……あれは、その……」
「ふふっ。冗談ですよ」
「もう! イリス!」
二人の笑い声が、森の中に響いた。
そのとき。
「あ、そうでした」
イリスが鞄から一通の封筒を取り出す。
「今日、町で手紙を受け取ってきたんです」
「手紙?」
「はい。マグノリアからです」
その言葉に、メイビスの表情が変わった。
「……妖精の尻尾から?」
「ええ」
二人は並んで腰を下ろし、封筒を開いた。
中には、数枚の便箋が入っていた。
最初の一枚は、プレヒトからだった。
『イリス、メイビス。
二人とも元気にしているだろうか。
こちらは相変わらず騒がしい毎日だ。
ギルドマスターという立場にも、ようやく少し慣れてきた。
もっとも、問題が起きない日はほとんどないがな。
古代呪術については、セヴェルと共に研究を続けている。
現時点では決定的な成果はない。
だが、以前送ってもらった術式の写しは興味深いものだった。
こちらでも引き続き解析を進める。
二人とも、無理はするな。
ギルドのことはこちらに任せておけ。』
「……プレヒトさんらしいですね」
イリスが微笑む。
「はい。きっと、今頃も難しい顔で書類と睨めっこしていますよ」
「想像できますね」
二人は小さく笑った。
次の便箋は、ウォーロッドからだった。
『二人とも、旅は順調かな?
こちらは元気にやっているよ。
最近は新人の魔導士たちも増えて、ギルドがますます賑やかになってきた。
プレヒトは忙しそうだけど、何だかんだで楽しそうだよ。
そうそう、ギルドの裏庭に植えた木が、また少し大きくなったんだ。
二人が帰ってくる頃には、きっと立派な木になっていると思う。
そのときは、みんなで木陰に集まってお茶でも飲もう。
身体には気をつけてね。』
「……ふふっ」
メイビスが微笑む。
「ウォーロッドさんも、相変わらずですね」
「ええ。帰る頃には、ギルドの庭が森になっているかもしれません」
「それは困ります!」
「ふふっ」
イリスは笑いながら、最後の便箋へ目を落とした。
そこには、短い近況が記されていた。
『ユーリとマカロフも元気にしている。
マカロフは最近、つかまり立ちをするようになった。
ユーリは目を離せないと苦笑していたよ。
まだまだ大変な毎日だけど、少しずつ父親らしくなってきたと思う。』
「…………」
メイビスの指が、便箋の端をそっと握った。
「……マカロフが」
小さな声だった。
「……もう、立とうとしているんですね」
「ええ」
イリスが頷く。
「子供の成長は早いですね」
「……はい」
メイビスは、しばらく便箋を見つめていた。
その表情には、嬉しさがあった。
けれど同時に。
消えることのない悲しみも、確かに存在していた。
「……リタさんも」
メイビスが、小さく呟く。
「……見たかったでしょうね」
イリスは何も言わず、隣に座っていた。
しばらくして。
メイビスは、そっと目元を拭った。
「……でも」
そして、もう一度便箋を見つめる。
「……元気に育っているんですね」
「はい」
「……よかった」
その声は、少しだけ震えていた。
けれど。
そこには、確かな喜びもあった。
イリスは、メイビスの手に自分の手を重ねた。
二人の指には、青と緑の宝石が輝くお揃いの指輪があった。
ギルティナ大陸で交換した、大切な指輪。
あの旅から、もう何年もの月日が流れている。
それでも。
二人が交わした想いは、少しも変わっていなかった。
◇
【第三幕 巡る季節】
X698年。
旅を始めてから、二年目を迎えた。
春。
二人は、花々が咲き誇る丘陵地帯を歩いていた。
「イリス! 見てください!」
メイビスが、道端に咲く小さな花を指差す。
「綺麗ですね」
「はい! この辺りは、春になると一面がお花畑になるそうですよ!」
「それは素敵ですね」
イリスは微笑みながら、遠くの景色を眺めた。
青い空。
緩やかな丘。
風に揺れる花々。
かつて、異世界から突然この世界へやって来たとき。
こんなふうに誰かと景色を楽しみながら旅をする未来など、想像もしていなかった。
「……イリス?」
「……あ、いえ」
イリスは微笑む。
「少し、昔のことを思い出していました」
「昔?」
「はい。天狼島で、メイビスに島を案内してもらったときのことです」
「ああ!」
メイビスが嬉しそうに笑った。
「懐かしいですね!」
「ええ。あの頃から、メイビスは景色の綺麗な場所を見つけるのが上手でした」
「ふふっ。今でも得意ですよ!」
「それは頼もしいですね」
二人は笑い合いながら、花咲く丘を歩いていった。
◇
夏。
山岳地帯にある古い遺跡。
「……これは、また随分と厄介ですね」
イリスが呟いた。
目の前には、巨大な魔物が立ちはだかっていた。
岩のような外皮を持ち、鋭い爪を備えた四足の魔物。
遺跡の入口を縄張りにしているらしい。
「どうしますか、イリス?」
メイビスが尋ねる。
「そうですね……」
イリスは、腰の聖剣へ手を伸ばした。
「少しだけ、下がっていてください」
「はい!」
次の瞬間。
魔物が地面を蹴った。
巨体が凄まじい勢いで迫る。
しかし。
「……遅いです」
イリスの姿が、ふっと消えた。
直後。
魔物の足元に、淡い光の剣が幾つも突き立つ。
光剣が交差し、魔物の進路を封じた。
「グルルル……!」
魔物が唸り声を上げる。
イリスは聖剣を構えたまま、静かに告げた。
「私たちは、奥を調べたいだけなんです」
もちろん、言葉が通じるとは限らない。
それでも、無用な戦いをする必要はなかった。
魔物が再び飛びかかろうとした瞬間。
イリスは聖剣を一閃した。
鋭い斬撃が魔物の目前を通り過ぎ、背後の岩壁に細い切れ目を刻む。
魔物はぴたりと動きを止めた。
そして。
「……グルル」
ゆっくりと後退し、そのまま森の奥へ逃げていった。
「……ふぅ」
イリスが聖剣を鞘へ戻す。
「これで大丈夫そうですね」
「お見事です!」
メイビスが拍手する。
「ふふっ。ありがとうございます」
「でも、あの魔物、随分驚いていましたね」
「そうですね。少し脅かしすぎたでしょうか」
「……イリス」
「はい?」
「今の斬撃、かなり手加減していましたよね?」
「もちろんです」
「……ですよね」
メイビスは苦笑した。
かつて、ギルティナ大陸で共に旅をしたときから、イリスの剣技はさらに洗練されていた。
必要なものだけを斬り、不要なものは傷つけない。
その精密さは、もはや芸術の域に達している。
「……さて」
イリスが遺跡へ視線を向ける。
「調査を始めましょうか」
「はい!」
メイビスは嬉しそうに頷いた。
◇
秋。
二人は、山間にある小さな町を訪れていた。
古い魔法書を扱う書店。
忘れられた術式を研究する魔導士。
そして、遠い昔の伝承を語る老人。
様々な人々から話を聞き、情報を集めていく。
もちろん、町を歩くメイビスは実体幻影だった。
本体は人里から離れた森の奥に留まっている。
「……黒髪の魔導士、ですか」
古書店の主人が、顎に手を当てる。
「昔、そんな人物がこの地方を訪れたという話なら聞いたことがあるな」
「本当ですか!?」
メイビスが身を乗り出した。
「ただ、随分古い話だ。何十年も前のことらしい」
「……そうですか」
「詳しいことはわからんが、恐ろしく魔法に詳しい人物だったそうだ」
イリスとメイビスは顔を見合わせた。
ゼレフの可能性はある。
しかし、それだけでは断定できない。
「……その方が、どこへ向かったのかは?」
イリスが尋ねる。
「さあなぁ。そこまでは聞いていない」
「……ありがとうございます」
二人は礼を告げ、店を後にした。
町外れの道を歩きながら、メイビスが小さく息を吐く。
「……また、手掛かりが途切れてしまいましたね」
「そうですね」
「黒髪で、魔法に詳しい人物……。それだけでは、ゼレフかどうかわかりません」
「ええ」
イリスは頷いた。
「ですが、調べた地域が一つ増えました」
「……はい」
「次へ行きましょう」
メイビスは、少しだけ微笑んだ。
「……そうですね!」
◇
冬。
雪の降る森の奥。
小さなテントの中には、野営用魔道具の柔らかな明かりが灯っていた。
「……寒いですねぇ」
メイビスが毛布に包まりながら呟く。
「今日は特に冷えますね」
イリスは調理魔道具で温めた飲み物を差し出した。
「どうぞ」
「ありがとうございます!」
メイビスが両手で器を受け取る。
「……はぁ。温かいです」
「ふふっ。よかったです」
二人は並んで座り、静かに飲み物を口にした。
外では、雪が降り続いている。
しばらくして。
「……イリス」
「はい?」
「私たち、随分遠くまで来ましたね」
「そうですね」
「……でも」
メイビスは、膝の上に置いた手帳へ視線を落とした。
「……まだ、ゼレフには会えていません」
その声には、かすかな焦りが滲んでいた。
イリスは静かに頷く。
「ええ」
「呪いの研究も……少しずつ進んではいます。でも、肝心なことは何も……」
「……メイビス」
イリスが優しく呼びかける。
「はい」
「今日までに、私たちは何冊の本を調べたでしょう?」
「……え?」
「何人の人から話を聞いて、いくつの遺跡を巡ったでしょう?」
メイビスが目を瞬かせる。
「……数えきれません」
「そうですね」
イリスは微笑んだ。
「それだけ、私たちは歩いてきたんです」
「…………」
「すぐに答えが見つからなくても、その時間が無駄だったとは思いません」
メイビスは、しばらく黙っていた。
そして。
「……イリスは」
「はい?」
「……焦ったりしないんですか?」
イリスは少し考えた。
「……しますよ」
「え?」
「もちろん、早く解決できるなら、それが一番です」
イリスは穏やかに答える。
「でも、焦って答えが見つかるわけでもありませんから」
「…………」
「それに……」
イリスは、少しだけ笑った。
「メイビスと一緒に旅をするのは、好きですしね」
「……!」
メイビスが目を丸くする。
「……もう。イリスったら」
「ふふっ。本当のことですよ」
メイビスは、しばらくイリスを見つめていた。
やがて。
「……私もです」
小さな声で答えた。
「私も、イリスと一緒に旅をするのが好きです」
二人は顔を見合わせ、静かに笑った。
◇
【第四幕 積み重ねた時間】
X698年の終わり。
二人は、ある山岳地帯の麓で野営していた。
テントの中には、これまでの旅で集めた資料が広げられている。
古代呪術の記録。
魔法契約に関する研究書。
神の名を冠する呪いについての考察。
そして、ゼレフに関する断片的な伝承。
「……こうして並べてみると」
メイビスが呟く。
「随分、たくさん集まりましたね」
「ええ」
イリスが頷く。
「最初の頃は、手帳一冊だけでしたから」
「ふふっ。そうでしたね」
二人は、懐かしそうに笑った。
けれど。
資料を整理していくうちに、メイビスの表情は次第に真剣になっていった。
「……やはり」
「何か?」
「アンクセラムの呪いは、通常の魔法体系だけでは説明できません」
メイビスは、幾つかの資料を指差した。
「条件によって発動する呪術。外部からの干渉を拒絶する術式。生命力へ作用する古代魔法……」
「……はい」
「似ている部分はあります。でも、どれも決定的に違うんです」
メイビスは静かに息を吐いた。
「……私の呪いを、完全に説明できるものはありません」
イリスは、机の上に広げられた資料を見つめた。
二年間。
決して短い時間ではない。
それでも、答えには届いていなかった。
「……ゼレフなら」
メイビスが呟く。
「……何か、知っているのでしょうか」
「……きっと、私たちより詳しいことは知っていると思います」
イリスは答えた。
「同じ呪いを背負っている方ですから」
「……はい」
メイビスは頷く。
そして、しばらく考え込んだ後、ぽつりと呟いた。
「……あと何年、かかるんでしょうね」
イリスは隣の少女へ視線を向けた。
「……何年かかっても」
静かな声だった。
「私は、一緒に探しますよ」
メイビスが顔を上げる。
「……イリス」
「約束しましたから」
イリスは微笑んだ。
「この世界で、メイビスと共に生きていくって」
「…………」
「ですから、急がなくても大丈夫です」
メイビスの緑色の瞳が、わずかに揺れた。
あの日。
リタを失い、すべてが壊れてしまったと思った日。
イリスは、自分を抱き締めてくれた。
周囲の木々が枯れ果てても。
呪いが命を奪おうとしても。
決して、手を離さなかった。
そして今も。
こうして、隣にいてくれる。
「……ありがとうございます」
メイビスは、小さく微笑んだ。
「……本当に」
イリスは首を横に振る。
「お礼を言う必要はありませんよ」
「……でも、言いたいんです」
「……そうですか」
「はい」
メイビスは、少しだけ笑った。
「だって、私も……イリスと一緒にいたいですから」
その言葉に、イリスも嬉しそうに微笑んだ。
「……それなら、これからもよろしくお願いしますね」
「はい!」
メイビスは、明るく答えた。
◇
翌朝。
山々の向こうから、朝日が昇っていた。
二人はテントを片付け、次の目的地へ向かう準備を整えていた。
「……さて」
メイビスが手帳を開く。
「次は、北東の地方ですね」
「何か気になる情報が?」
「はい。古い魔法研究施設があったとされる地域です」
「なるほど」
「ただ、詳しい記録は残っていません。実際に行ってみないと、何があるかわからないんです」
「それなら、行ってみましょう」
イリスは迷わず答えた。
メイビスが笑う。
「ふふっ。イリスなら、そう言ってくれると思いました!」
「付き合いが長いですからね」
「もう十二年ですから!」
「……本当に、あっという間ですね」
二人は顔を見合わせた。
天狼島で出会った、あの日。
あの頃は、こんな未来など想像もしていなかった。
妖精の尻尾を創設し。
数えきれない仲間と出会い。
喜びも、悲しみも経験した。
そして今。
二人は再び、長い旅の途中にいる。
目的地は、まだ遠い。
ゼレフの居場所もわからない。
アンクセラムの呪いを解く方法も、見つかっていない。
それでも。
歩みを止める理由にはならなかった。
「……行きましょうか、メイビス」
「はい、イリス!」
二人の少女が、朝日に照らされた山道を歩き始める。
黒髪と金髪が、穏やかな風に揺れた。
季節は巡る。
年月は流れる。
それでも、変わらないものがある。
互いを大切に思う気持ち。
共に歩き続けるという約束。
そして。
どれほど遠い道のりでも、隣には大切な友達がいるということ。
妖精と聖剣使いの旅は、まだ続いていく。
――第71話 終――
【こそこそ妖精話】
~妖精たちの子育て~
X698年。
妖精の尻尾、ギルド本部。
昼下がりのギルドに、小さな笑い声が響いていた。
マカロフ「きゃっ! きゃっ!」
ウォーロッド「おっとっと。そんなに動いたら落ちちゃうよ?」
ウォーロッドの膝の上で、幼いマカロフが元気いっぱいに手足を動かしている。
エマ「ふふっ。今日も元気ですね、マカロフちゃん」
ユーリ「ああ。最近は目を離すと、すぐにどこかへ行こうとするんだ」
プレヒト「……お前に似たんじゃないか?」
ユーリ「おい、それどういう意味だよ!」
プレヒト「そのままの意味だ」
ウォーロッド「あはは。確かにユーリも、昔からじっとしていられなかったよね」
ユーリ「お前まで!?」
そのとき。
マカロフ「……とー!」
ユーリ「……ん?」
マカロフ「とー! とー!」
小さな手を、ユーリへ向かって伸ばす。
ユーリは目を丸くした。
ユーリ「……お、おい。今の聞いたか?」
エマ「ええ! もしかして、お父さんって呼ぼうとしているんじゃ……!」
ユーリ「マカロフ! もう一回! もう一回言ってみろ!」
マカロフ「……あー!」
ユーリ「…………」
プレヒト「残念だったな」
ユーリ「うるせぇ!」
ギルドに笑い声が広がった。
ユーリはマカロフを抱き上げる。
ユーリ「……ったく。お前は本当に、元気なやつだな」
その表情は、どこか嬉しそうだった。
リタがいなくなってから、二年。
寂しさが消えたわけではない。
それでも、この小さな命は確かに成長している。
そして、その成長を見守る仲間たちがいる。
ウォーロッド「ユーリ、疲れたときは僕たちにも頼ってね」
エマ「そうですよ。マカロフちゃんは、私たちにとっても大切な家族なんですから」
ユーリ「……ああ」
ユーリは少し照れくさそうに笑った。
ユーリ「ありがとな、お前ら」
マカロフ「きゃっ!」
プレヒト「……ところでユーリ」
ユーリ「ん?」
プレヒト「マカロフが俺の書類を一枚持っているんだが」
ユーリ「……は?」
全員がマカロフを見る。
その小さな手には、くしゃくしゃになった書類が握られていた。
プレヒト「…………」
ユーリ「……マカロフ?」
マカロフ「きゃはっ!」
ウォーロッド「……あはは!」
エマ「ふふふっ!」
プレヒト「……親子揃って、まったく……!」
今日も妖精の尻尾は、賑やかだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。