妖精と聖剣使い   作:使い手なない

8 / 27
第8話「青い髑髏が支配する街」

 

第一幕 マグノリアへの道

 

 X686年――フィオーレ王国。

 

 朝の陽光が、緩やかな丘陵地帯を照らしていた。

 

 青々とした草原を一本の街道が貫き、その先には小さな森や、遠く霞む山々が連なっている。

 

 そんな街道を、五人の旅人が歩いていた。

 

「なあ、メイビス」

 

「はい?」

 

「マグノリアって、あとどれくらいなんだ?」

 

 ユーリ・ドレアーが、少しうんざりした様子で尋ねた。

 

 その隣では、プレヒト・ゲイボルグが地図を広げている。

 

「さっきも聞いただろう」

 

「いや、さっきから結構歩いてるじゃねぇか!」

 

「だからといって、目的地までの距離が急に短くなるわけではない」

 

「分かってるよ!」

 

 そんな二人のやり取りに、ウォーロッド・シーケンが苦笑する。

 

「まあまあ。天気も良いですし、のんびり行きましょう」

 

「お前は呑気だなぁ……」

 

「ふふっ!」

 

 メイビス・ヴァーミリオンが楽しそうに笑った。

 

「でも、もう少しだと思いますよ!」

 

「本当か!?」

 

「はい! 昨日、宿屋の方に聞いたお話では、この街道を進めばマグノリアへ着くそうです!」

 

「……それ、あとどれくらいか分かってねぇんじゃねぇか?」

 

「えへへ……」

 

 メイビスは小さく舌を出した。

 

 その様子を見ていたイリス・アストレアが、思わず微笑む。

 

「少なくとも、道は間違っていないようですよ」

 

「おっ、イリス!」

 

 ユーリが期待に満ちた目を向けた。

 

「何か分かるのか?」

 

「先ほどから、街へ向かうと思われる荷馬車が増えています。それに、道も綺麗に整備されていますから」

 

 イリスは街道の先へ視線を向ける。

 

「大きな街が近いのかもしれませんね」

 

「なるほど!」

 

 メイビスが目を輝かせた。

 

「確かに、港町を出発した頃よりも人通りが増えています!」

 

「それなら、もうすぐだな!」

 

 ユーリが元気を取り戻す。

 

「……単純な奴だ」

 

 プレヒトが小さく呟いた。

 

「何か言ったか!?」

 

「別に」

 

 イリスはそんなやり取りを聞きながら、穏やかに笑った。

 

 天狼島を出発してから、いくつもの景色を見てきた。

 

 青く広がる海。

 

 海底に眠る古代の神殿。

 

 人々で賑わう港町。

 

 そして今、目の前に広がる緑豊かな大地。

 

 元の世界でも旅をすることは好きだった。

 

 依頼を終えた帰り道、少し遠回りをして景色の良い場所へ立ち寄ったこともある。

 

 けれど、こうして誰かと一緒に歩く旅は、また違った楽しさがあった。

 

「イリスさん!」

 

 メイビスが隣へ駆け寄ってくる。

 

「はい?」

 

「あのお花、見てください!」

 

 指差された先には、街道沿いに咲く小さな青い花があった。

 

 風に揺れる花弁が、陽光を受けて淡く輝いている。

 

「綺麗ですね」

 

「はい! 天狼島では見かけなかった種類です!」

 

 メイビスはしゃがみ込み、興味深そうに花を眺めた。

 

「本で見たことがあるような気がするんですけど……」

 

「植物の本ですか?」

 

「はい! 昔、天狼島で読んだ本に載っていたんです!」

 

 メイビスは嬉しそうに頷いた。

 

「でも、実際に見ると全然違いますね!」

 

「ふふっ。そうですね」

 

 イリスも花へ目を向ける。

 

「本で知ることと、自分の目で見ることは、また別の楽しさがありますから」

 

「はい!」

 

 メイビスは満面の笑みを浮かべた。

 

「だから、もっといろんな場所へ行ってみたいです!」

 

「それでしたら、これからも楽しみがたくさんありますね」

 

「はいっ!」

 

 そんな二人の後ろから、ユーリの声が飛んできた。

 

「おーい! 二人とも! 置いてくぞー!」

 

「あっ! 待ってください!」

 

 メイビスが慌てて立ち上がる。

 

 イリスはその様子に微笑み、彼女と並んで歩き始めた。

 

 穏やかな風が、五人の間を吹き抜けていく。

 

 その先に何が待っているのか。

 

 このときの彼女たちは、まだ知らなかった。

 

 ◇

 

 それからしばらくして。

 

「……おっ!」

 

 街道の先頭を歩いていたユーリが、突然声を上げた。

 

「見えたぞ!」

 

 緩やかな丘を越えた先。

 

 そこには、赤茶色の屋根が幾重にも連なる大きな街が広がっていた。

 

 街の中央には、ひときわ目立つ巨大な建造物がそびえている。

 

「わあ……!」

 

 メイビスが感嘆の声を漏らした。

 

「あれが……マグノリア!」

 

「ずいぶん大きな街ですね」

 

 ウォーロッドも感心したように呟く。

 

「港町とは、また違った雰囲気がありますね」

 

 イリスが微笑んだ。

 

 遠くからでも、街の中を行き交う人々の姿が見える。

 

 建物の間には細い路地が走り、中央の大通りには荷馬車が行き交っていた。

 

 しかし。

 

「……妙だな」

 

 プレヒトが小さく呟いた。

 

「何がだ?」

 

 ユーリが振り返る。

 

「いや……」

 

 プレヒトは街の中央にそびえる建造物を見つめた。

 

「少し、気になっただけだ」

 

 その視線の先には、巨大な青い髑髏を思わせる不気味な装飾があった。

 

 メイビスも同じものに気づいたらしい。

 

「……あれは、何でしょう?」

 

「さあ……」

 

 イリスは静かに目を細めた。

 

 美しい街並みの中に、まるで異物のように存在する青い髑髏。

 

 その姿は、どこか威圧的だった。

 

「とにかく、行ってみようぜ!」

 

 ユーリが先頭に立つ。

 

 五人は再び歩き始めた。

 

 目的地は、もう目の前だった。

 

――――――――――

 

第二幕 青い髑髏の街

 

 マグノリアの街は、遠くから見た以上に大きかった。

 

 石畳の大通りには商店が並び、荷馬車がゆっくりと行き交っている。

 

 店先には果物や衣服、日用品が並べられ、人々が買い物を楽しんでいた。

 

「おおっ! 結構賑わってるじゃねぇか!」

 

 ユーリが周囲を見渡す。

 

「そうですね!」

 

 メイビスも目を輝かせた。

 

「建物も素敵です! あちらの時計塔なんて、すごく綺麗ですね!」

 

「古い建築様式のようですね」

 

 ウォーロッドが興味深そうに眺める。

 

「この街には、長い歴史があるのかもしれません」

 

「確かに、石造りの建物が多いですね」

 

 イリスも頷いた。

 

 街そのものは、美しかった。

 

 整えられた道。

 

 手入れされた花壇。

 

 人々の生活を支える商店。

 

 どこにでもある、平和な街の光景。

 

 けれど。

 

「……ん?」

 

 ユーリが足を止めた。

 

 大通りの向こうから、数人の男たちが歩いてくる。

 

 揃いの意匠を身につけた男たちは、周囲を気にすることもなく道の中央を進んでいた。

 

 すると、それまで賑やかだった通りの空気が変わった。

 

 商人たちが口を閉ざす。

 

 道行く人々が、さりげなく端へ寄る。

 

 男たちが通り過ぎるまで、誰も声を上げようとしなかった。

 

「……何だ、あいつら?」

 

 ユーリが眉をひそめる。

 

「随分と偉そうですね」

 

 ウォーロッドが呟いた。

 

 イリスは男たちの姿を静かに観察した。

 

 腰には武器らしきものを下げている。

 

 魔力の気配もある。

 

 どうやら、ただの街の住人ではないらしい。

 

「魔導士でしょうか」

 

 イリスが小さく言う。

 

「その可能性はあるな」

 

 プレヒトが頷いた。

 

 メイビスは男たちが通り過ぎた後、周囲の人々へ視線を向けた。

 

 先ほどまで笑顔で客を呼び込んでいた商人が、今はどこか疲れた表情をしている。

 

「……少し、気になりますね」

 

 メイビスが呟いた。

 

「何がですか?」

 

 イリスが尋ねる。

 

「皆さん、あの人たちを怖がっていたように見えたんです」

 

「……そうですね」

 

 イリスも同意した。

 

「少なくとも、歓迎されている様子ではありませんでした」

 

「よし!」

 

 ユーリが拳を握る。

 

「だったら、直接聞いてみようぜ!」

 

「待て」

 

 プレヒトが即座に制止した。

 

「何でだよ!」

 

「相手が何者かも分からないうちに、騒ぎを起こすな」

 

「別に騒ぐつもりはねぇよ!」

 

「お前の場合、結果的にそうなることが多い」

 

「何だと!?」

 

「ふふっ!」

 

 メイビスが小さく笑った。

 

「まずは街の方にお話を聞いてみましょう!」

 

 その提案に、全員が頷いた。

 

 ◇

 

「青い髑髏……?」

 

 小さな雑貨店の主人は、その名前を聞いた途端、表情を曇らせた。

 

「お嬢ちゃんたち、何でそんな名前を知ってるんだい?」

 

「旅の途中で、噂を聞いたんです」

 

 メイビスが丁寧に答える。

 

「古い魔法の品物を集めている魔導士ギルドがあると……」

 

「……ああ」

 

 主人は小さくため息をついた。

 

「確かに、いるよ」

 

「それは、どんなギルドなのでしょうか?」

 

 イリスが尋ねる。

 

 主人は周囲を見渡した。

 

 店の外に誰もいないことを確かめてから、声を落とす。

 

「この街じゃ、あいつらに逆らわない方がいい」

 

「……どういうことですか?」

 

 メイビスが眉を寄せる。

 

「ブルースカルは、この街で一番大きな魔導士ギルドだ。何かと街のことに口を出してくる」

 

「魔導士ギルドが、ですか?」

 

 ウォーロッドが尋ねた。

 

「ああ。商売のことにも、土地のことにもね」

 

 主人は苦々しげに続ける。

 

「気に入らないことがあれば、魔法をちらつかせて脅してくる。だから皆、関わりたがらないのさ」

 

「……ひでぇ話だな」

 

 ユーリが顔をしかめた。

 

「声が大きい!」

 

 主人が慌てて制した。

 

「頼むから、ここで騒ぎを起こさないでくれよ」

 

「……悪い」

 

 ユーリは渋々口を閉じた。

 

 メイビスは少し考えてから、再び尋ねた。

 

「そのギルドは、珍しい宝石や魔法道具も集めているのでしょうか?」

 

「……そういう噂はあるね」

 

 主人は頷いた。

 

「ただ、詳しいことは知らないよ。あいつらの取引に首を突っ込む奴なんて、そうそういないからね」

 

「そうですか……」

 

 メイビスは小さく頷いた。

 

「教えてくださって、ありがとうございます!」

 

「いや、いいんだが……」

 

 主人は五人を見渡した。

 

「悪いことは言わない。あまり深入りしない方がいいよ」

 

 その言葉には、冗談めいた響きなどなかった。

 

 五人は礼を述べ、店を後にした。

 

 ◇

 

「……思った以上に厄介そうだな」

 

 プレヒトが腕を組む。

 

「街の人たちが、あそこまで怖がっているとは思いませんでした」

 

 ウォーロッドも表情を曇らせた。

 

「でも、放っておけねぇだろ!」

 

 ユーリが言った。

 

「あいつらが本当に悪さをしてるなら、何とかしてやりてぇよ」

 

「ユーリさん……」

 

 メイビスが目を丸くした。

 

「な、何だよ?」

 

「ふふっ。優しいんですね!」

 

「べ、別にそんなんじゃねぇ!」

 

 ユーリは照れくさそうに顔を背けた。

 

 その様子に、イリスも微笑む。

 

「ですが、ユーリさんの言うことも分かります」

 

「だろ?」

 

「ただ、今はまだ分からないことが多すぎます」

 

 イリスは落ち着いた声で続けた。

 

「まずは、天狼玉との関係を調べましょう。街の人たちを助けるにしても、相手のことを知らなければ、かえって迷惑をかけてしまうかもしれません」

 

「……そうだな」

 

 ユーリは頷いた。

 

「それに」

 

 メイビスが口を開く。

 

「ブルースカルが本当に天狼玉を持っているかどうかも、まだ分かっていません」

 

 彼女は四人を見渡した。

 

「ですから、もう少し詳しく調べてみましょう!」

 

「賛成だ」

 

 プレヒトが頷く。

 

「では、どこから調べますか?」

 

 ウォーロッドが尋ねた。

 

 メイビスは少し考えた。

 

 そして、街の中央にそびえる巨大な建造物へ視線を向ける。

 

「まずは、あの建物について調べてみたいです」

 

 青い髑髏を掲げた、不気味な建造物。

 

 その姿は、街のどこからでも見えるほど大きかった。

 

「あれがブルースカルの拠点だとしたら、何か分かるかもしれません」

 

「なるほどな!」

 

 ユーリが頷く。

 

「よし、行ってみようぜ!」

 

「近づきすぎるなよ」

 

 プレヒトが釘を刺した。

 

「分かってるって!」

 

 五人は再び歩き始めた。

 

――――――――――

 

第三幕 妖精の推理と異質な魔力

 

 マグノリアの中央へ近づくにつれ、街の雰囲気は少しずつ変わっていった。

 

 通りには店が並んでいるものの、どこか活気が乏しい。

 

 道端で話していた人々も、青い髑髏の建造物が見える方角へ視線を向けると、自然と声を潜めていた。

 

「……やっぱり、変ですね」

 

 メイビスが呟いた。

 

「何がだ?」

 

 ユーリが尋ねる。

 

「この街の人たちは、ブルースカルを怖がっています。でも……」

 

 メイビスは周囲を見渡した。

 

「それだけではないような気がするんです」

 

「どういう意味だ?」

 

 プレヒトが興味深そうに尋ねた。

 

「例えば、さっきの雑貨店の方です」

 

 メイビスは指を一本立てた。

 

「あの方は、ブルースカルについて詳しく話すことを嫌がっていましたよね?」

 

「ああ」

 

「でも、私たちが魔法道具について尋ねたとき、少しだけ反応が変わりました」

 

「……確かにな」

 

 プレヒトが頷いた。

 

「単に怖がっているだけなら、あそこまで言葉を選ぶ必要はないかもしれません」

 

 イリスも考え込む。

 

「何か知っているけれど、話せない事情がある……ということでしょうか」

 

「その可能性はあります!」

 

 メイビスは頷いた。

 

「もちろん、まだ推測ですけど」

 

「なるほどねぇ……」

 

 ユーリが腕を組む。

 

「じゃあ、もっと聞いて回るしかねぇな」

 

「はい!」

 

 メイビスは元気よく頷いた。

 

「ただし、今度はブルースカルの名前を直接出さずに調べてみましょう!」

 

「どうしてですか?」

 

 ウォーロッドが尋ねる。

 

「怖がっている人に、怖いものの話を聞いても、なかなか本当のことは話してもらえませんから」

 

 メイビスは微笑んだ。

 

「ですから、最近の商売や、珍しい品物の取引について、普通の世間話として聞いてみるんです!」

 

「……なるほど」

 

 プレヒトが感心したように頷く。

 

「相手に警戒されず、必要な情報を集めるわけか」

 

「はい!」

 

「さすがですね、メイビスさん」

 

 イリスが微笑む。

 

「えへへ……ありがとうございます!」

 

 メイビスは嬉しそうに笑った。

 

 こうして五人は、街の商業区で再び情報を集め始めた。

 

 ◇

 

 それからしばらく。

 

 五人は複数の商店を訪ね、魔法道具や古美術品の取引について尋ねて回った。

 

 メイビスは店主たちと自然に会話を交わし、プレヒトは得られた情報を整理していく。

 

 ユーリは荷運び人や商人たちに声をかけ、ウォーロッドは古い建物や倉庫の位置を確認していた。

 

 イリスも彼らと行動を共にしながら、周囲の様子に注意を払っていた。

 

 そのときだった。

 

「…………?」

 

 イリスが、ふと足を止めた。

 

 視界の端に、奇妙なものが映ったのだ。

 

 魔力。

 

 この世界に来てから、何度も目にしてきたもの。

 

 魔導士が扱う魔力も、魔法道具に宿る魔力も、彼女の金色の瞳にはそれぞれ異なる輝きとして映る。

 

 だが。

 

(……何でしょう?)

 

 街の外れへ続く道。

 

 その先に、微かな魔力の残滓が漂っていた。

 

 色合いも、流れも、これまで目にしてきたものとはどこか違う。

 

 強い魔力の痕跡というだけではない。

 

 何かが、妙だった。

 

 イリスは静かに目を細めた。

 

(……魔法の痕跡?)

 

 しかし、すぐに首を傾げる。

 

 単純な攻撃魔法とも、防御魔法とも違う。

 

 かといって、何が起きたのかを判断できるほど、明確な痕跡でもなかった。

 

「イリスさん?」

 

 メイビスが振り返った。

 

「どうかしましたか?」

 

「あ……いえ」

 

 イリスは少し考えた。

 

 この街には、ブルースカルという魔導士ギルドが存在する。

 

 そして、今は天狼玉の行方を調べている最中だ。

 

 無関係な魔力の痕跡かもしれない。

 

 けれど、何か気になる。

 

「少し、気になるものがありまして」

 

「気になるもの?」

 

「はい」

 

 イリスは街の外れへ視線を向けた。

 

「あちらの方に、少し変わった魔力の痕跡が見えるんです」

 

「魔力の痕跡……?」

 

 メイビスが目を輝かせる。

 

「そんなものが分かるんですか?」

 

「ええ。私の目には、魔力の流れが少し違って見えるんです」

 

「すごいです!」

 

 メイビスは興味津々だった。

 

「それって、どんなふうに見えるんですか?」

 

「そうですね……」

 

 イリスは少し考える。

 

「言葉にするのは難しいのですが、光の筋が残っているような……そんな感じでしょうか」

 

「へえ……!」

 

 メイビスは感心したように頷いた。

 

 その様子を見ていたプレヒトが口を開く。

 

「それで、その痕跡がどうかしたのか?」

 

「少し、気になるんです」

 

 イリスは頷いた。

 

「これまで見たものとは、少し違う気がして」

 

「ブルースカルと関係があるのか?」

 

 ユーリが尋ねる。

 

「それは分かりません」

 

 イリスは正直に答えた。

 

「ですが、何かの手掛かりになる可能性もあります」

 

「なるほどな」

 

 プレヒトが考え込む。

 

「なら、調べてみる価値はあるかもしれない」

 

「はい」

 

 イリスは頷いた。

 

「少し、様子を見てきてもよろしいでしょうか?」

 

「えっ?」

 

 メイビスが目を瞬かせた。

 

「一人で、ですか?」

 

「ええ。痕跡を確認するだけですから」

 

「でも……」

 

 メイビスは少し心配そうな表情を浮かべた。

 

 イリスは柔らかく微笑む。

 

「大丈夫ですよ。何か危険があれば、無理はしません」

 

「……本当ですか?」

 

「はい」

 

 その返事に、メイビスは少し考えた。

 

 そして、頷く。

 

「分かりました!」

 

「メイビス?」

 

 ユーリが声を上げる。

 

「いいのか?」

 

「はい!」

 

 メイビスは四人を見渡した。

 

「私たちは、もう少し街の情報を集めてみましょう!」

 

「……まあ、イリスなら大丈夫だろうけどな」

 

 ユーリが肩をすくめる。

 

「ただし、何か分かったら戻ってこいよ!」

 

「もちろんです」

 

 イリスは微笑んだ。

 

「皆さんも、無理はしないでくださいね」

 

「ふふっ!」

 

 メイビスが笑った。

 

「それは、こちらの台詞ですよ!」

 

「……そうですね」

 

 イリスも小さく笑う。

 

 そして、最後にもう一度四人へ目を向けた。

 

「それでは、行ってきます」

 

「はい! お気をつけて!」

 

 メイビスが手を振る。

 

 イリスも軽く手を振り返し、街の外れへ続く道を歩き始めた。

 

 その背中を見送りながら、ユーリが呟く。

 

「……しかし、変わった目をしてるよな、あいつ」

 

「そうですね」

 

 ウォーロッドが頷いた。

 

「魔力の痕跡が見えるというのは、なかなか珍しい能力です」

 

「……興味深いな」

 

 プレヒトも静かに呟いた。

 

 すると、メイビスが嬉しそうに笑う。

 

「イリスさんには、まだまだ知らないことがたくさんありますね!」

 

「お前、楽しそうだな」

 

 ユーリが呆れたように言う。

 

「はい!」

 

 メイビスは満面の笑みを浮かべた。

 

「友達のことをもっと知れるのって、嬉しいじゃないですか!」

 

 その言葉に、三人は思わず顔を見合わせた。

 

 そして、ウォーロッドが小さく笑った。

 

「……そうですね」

 

 四人は再び、街の調査へと戻っていった。

 

――――――――――

 

終幕 生命の消えた森

 

 マグノリアの街外れ。

 

 賑やかな大通りを離れると、周囲は急に静かになった。

 

 建物の数が減り、やがて街道の両脇には木々が増え始める。

 

 イリスは金色の瞳に映る魔力の残滓を辿りながら、ゆっくりと歩いていた。

 

(……こちらですね)

 

 微かな痕跡は、街外れの森へと続いている。

 

 道を外れ、木々の間へ足を踏み入れる。

 

 すると、空気が変わった。

 

「……?」

 

 イリスは足を止めた。

 

 風が吹いている。

 

 木々の枝も、わずかに揺れている。

 

 けれど。

 

(……静かすぎますね)

 

 鳥の鳴き声が聞こえない。

 

 虫の羽音もない。

 

 森に入ったばかりの頃には、確かに聞こえていたはずだった。

 

 イリスは周囲を見渡した。

 

 そして、眉をひそめる。

 

「……これは」

 

 目の前に広がっていたのは、異様な光景だった。

 

 木々が、枯れていた。

 

 それも、一本や二本ではない。

 

 ある一帯を境に、青々としていた葉が茶色く変色し、枝は乾ききっている。

 

 足元の草花も、まるで長い間水を与えられなかったかのように萎れていた。

 

 しかし。

 

(……おかしいですね)

 

 地面は乾いていない。

 

 むしろ、先日の雨が残っているのか、土には適度な湿り気があった。

 

 日照りによるものではない。

 

 病害によるものとも、少し違う。

 

 イリスはしゃがみ込み、枯れた草へ手を伸ばした。

 

 指先で触れると、葉は簡単に崩れ落ちた。

 

「……生命力が、失われている?」

 

 小さく呟く。

 

 そのとき、少し離れた場所に何かが見えた。

 

 イリスは立ち上がり、そちらへ歩いていく。

 

 木の根元。

 

 そこには、一羽の小鳥が横たわっていた。

 

 外傷は見当たらない。

 

 血の痕跡もない。

 

 ただ、静かに息絶えている。

 

 さらに周囲を調べると、小さな動物の死骸も見つかった。

 

「…………」

 

 イリスの表情が険しくなる。

 

 これは、ただの自然現象なのだろうか。

 

 少なくとも、彼女の知る森の枯れ方とは違っていた。

 

 イリスはゆっくりと立ち上がった。

 

 そして、金色の瞳で周囲を見渡す。

 

 そこには、確かに魔力の残滓があった。

 

 枯れた木々の間。

 

 生気を失った草花の上。

 

 そして、息絶えた小鳥の周囲にも。

 

 微かに漂う、異質な魔力。

 

(……やはり、何かの魔法が関係しているのでしょうか)

 

 だが、その正体は分からない。

 

 魔力を視認できるからといって、あらゆる魔法の仕組みを理解できるわけではない。

 

 イリスはこれまで、さまざまな魔法を見てきた。

 

 炎を操る魔法。

 

 氷を生み出す魔法。

 

 大地を変形させる魔法。

 

 魔物を召喚する魔法。

 

 しかし、目の前に残された痕跡は、そのどれとも違っていた。

 

「……何があったのでしょうか」

 

 森は答えない。

 

 ただ、冷たい風が枯れた枝を揺らしていた。

 

 ◇

 

 イリスはさらに周囲を調べた。

 

 枯れた木々の範囲。

 

 魔力の残滓が濃く残る場所。

 

 地面に残された足跡。

 

 しかし、決定的な手掛かりは見つからない。

 

 誰かが魔法を使ったのか。

 

 それとも、何らかの魔法道具が原因なのか。

 

 あるいは、まったく別の現象なのか。

 

 判断するには、情報が足りなかった。

 

(……少なくとも、普通の魔法ではなさそうですね)

 

 イリスは静かに息を吐いた。

 

 これほど広い範囲の生命が失われている。

 

 それなのに、争った形跡はない。

 

 何者かが攻撃したのだとしても、その目的が分からなかった。

 

 ふと、イリスは枯れた木の幹へ目を向けた。

 

 そこには、小さな鳥の巣があった。

 

 枝の間に丁寧に組まれた巣。

 

 しかし、その中に動くものはなかった。

 

「…………」

 

 イリスはしばらく、その巣を見つめていた。

 

 そして、静かに目を伏せる。

 

 冒険者として、命が失われる光景を見たことは何度もある。

 

 魔物との戦い。

 

 危険な依頼。

 

 救えなかった人々。

 

 それでも、慣れることはなかった。

 

 命が失われるということは、決して軽いものではない。

 

「……もし、誰かが意図的にこんなことをしたのなら」

 

 イリスは小さく呟いた。

 

 その声には、普段の穏やかさとは違う、静かな厳しさがあった。

 

 だが、すぐに首を横に振る。

 

(……いえ。まだ、何も分かっていません)

 

 憶測だけで誰かを疑うべきではない。

 

 それは、ブルースカルについても同じことだった。

 

 イリスはもう一度、周囲を見渡した。

 

 魔力の残滓は、少しずつ薄れている。

 

 それを追えば、何か分かるかもしれない。

 

 しかし。

 

「……もう少し、調べてみましょうか」

 

 彼女は森の奥へ視線を向けた。

 

 そこには、まだわずかに異質な魔力の痕跡が続いていた。

 

 イリスは慎重に足を踏み出す。

 

 枯れた葉が、足元で小さく音を立てた。

 

 ◇

 

 同じ頃。

 

 マグノリアの街では、メイビスたち四人が情報収集を続けていた。

 

「……なるほど」

 

 プレヒトが、商人から聞いた話を整理する。

 

「最近、古い魔法道具を扱っていた商人が、何人か街を離れているらしい」

 

「街を離れた?」

 

 ユーリが首を傾げた。

 

「ああ。商売が難しくなったという話だ」

 

「それって、ブルースカルが関係してるんでしょうか?」

 

 ウォーロッドが尋ねる。

 

「まだ分からない」

 

 プレヒトは首を横に振った。

 

「だが、調べる価値はあるだろう」

 

「そうですね!」

 

 メイビスが頷いた。

 

 彼女は街の中央にそびえる青い髑髏へ視線を向ける。

 

 巨大な建造物。

 

 その周囲には、先ほど見かけた男たちと同じ意匠を身につけた者が何人もいた。

 

「……皆さん」

 

 メイビスが静かに口を開いた。

 

「少し、気になることがあります」

 

「何だ?」

 

 ユーリが尋ねる。

 

「ブルースカルの人たちは、どうして古い魔法の品物を集めているのでしょうか?」

 

「そりゃあ、価値があるからじゃねぇのか?」

 

「もちろん、その可能性もあります」

 

 メイビスは頷いた。

 

「でも、もしお金だけが目的なら、もっと普通の方法で取引してもいいはずです」

 

「……確かにな」

 

 プレヒトが腕を組んだ。

 

「わざわざ商人を脅してまで集める理由があるとすれば……」

 

「何か、特定の目的があるのかもしれません」

 

 メイビスが言葉を継いだ。

 

 ウォーロッドが小さく頷く。

 

「その目的が、天狼玉と関係している可能性もありますね」

 

「はい」

 

 メイビスは真剣な表情で答えた。

 

「だから、もう少し詳しく調べてみたいんです」

 

「よし!」

 

 ユーリが拳を握る。

 

「だったら、あの建物の近くまで行ってみようぜ!」

 

「待て、ユーリ」

 

 プレヒトが眉をひそめる。

 

「不用意に近づけば、こちらの動きを怪しまれる」

 

「分かってるって!」

 

「お前の『分かってる』は信用できん」

 

「何だと!?」

 

「ふふっ!」

 

 メイビスが笑った。

 

 その笑顔は、いつもと変わらず明るかった。

 

 けれど、彼女の瞳はしっかりと青い髑髏を見据えていた。

 

 この街で、何が起きているのか。

 

 天狼玉は、どこにあるのか。

 

 そして、ブルースカルとは何者なのか。

 

 答えは、まだ見つかっていない。

 

 四人は慎重に、街の中央へと歩き始めた。

 

 ◇

 

 一方、街外れの森。

 

 イリスは、枯れた木々の間に立っていた。

 

 周囲には、異質な魔力の残滓が微かに漂っている。

 

 しかし、それ以上の手掛かりは見つからなかった。

 

「……不思議ですね」

 

 イリスは小さく呟いた。

 

 これほどの痕跡を残しながら、その原因となった存在の姿はない。

 

 何が起きたのか。

 

 誰が、ここにいたのか。

 

 そして、なぜこれほど多くの生命が失われたのか。

 

 分からないことばかりだった。

 

 イリスは静かに目を閉じた。

 

 風が、長い黒髪を揺らす。

 

 しばらくして、再び目を開ける。

 

 青と金。

 

 二つの異なる色を宿した瞳が、静かな森を見つめていた。

 

「……少なくとも、放っておいていいものではなさそうですね」

 

 その声は、誰にも届かない。

 

 ただ、枯れた木々の間を風が吹き抜けていった。

 

 イリスはもう一度、魔力の残滓へ目を向ける。

 

 その先に何があるのか、まだ分からない。

 

 けれど。

 

 この森に残された異変が、やがて自分たちの運命に深く関わることになるとは――。

 

 今の彼女は、まだ知る由もなかった。

 

 そして同じ頃。

 

 マグノリアの街では、四人の若者たちが、青い髑髏の影へと近づきつつあった。

 

 異なる場所で進み始めた、二つの道。

 

 その先には、まだ誰も知らない出会いと試練が待っている。

 

 妖精たちの物語は、静かに、しかし確かに動き始めていた。

 

 ――第8話 完――

 




【こそこそ妖精話】

ゼーラ「ねえ、メイビス。今日、道端に咲いてた花をずいぶん熱心に見てたわね」

メイビス「はい! 天狼島で読んだ本に載っていたお花だったんです!」

ゼーラ「へえ。それで、何て名前の花なの?」

メイビス「…………」

ゼーラ「……メイビス?」

メイビス「……忘れちゃいました!」

ゼーラ「忘れたの!?」

メイビス「でも、花弁の形も葉っぱの特徴も覚えています! あとで本を調べれば、きっと分かります!」

ゼーラ「その本、天狼島に置いてきたんじゃない?」

メイビス「…………あっ」

ゼーラ「今気づいたの!?」

メイビス「だ、大丈夫です! マグノリアにも本屋さんくらいあるはずですから!」

ゼーラ「……あんた、天狼玉を探しに来たんでしょうが」

メイビス「もちろんです! でも、本屋さんに寄るくらいなら……」

ゼーラ「ダメよ。メイビスは本屋に入ったら絶対に長居するもの」

メイビス「そ、そんなことありません!」

ゼーラ「じゃあ、一冊だけ見て帰れる?」

メイビス「…………」

ゼーラ「…………」

メイビス「……二冊なら!」

ゼーラ「そういう問題じゃないわよ!!」



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。