X701年。
フィオーレ王国、マグノリア。
魔導士ギルド「妖精の尻尾」。
研究室の窓から、朝の日差しが差し込んでいた。
机の上には、何枚もの設計図が広げられている。
その中央に置かれているのは、複雑な術式が刻まれた魔水晶だった。
「……よし」
プレヒトが、最後の術式を書き加えた。
「これで、すべての機構が繋がった」
「では、最終確認を始めましょう」
セヴェルが魔水晶へ手をかざす。
淡い光が灯り、机の上に幾重もの魔法陣が浮かび上がった。
封印。
蓄積。
循環。
供給。
そして、監視。
これまで別々に研究してきた魔法が、一つの大きな仕組みとして組み合わされている。
「供給量の制御は?」
「問題ない。設定した上限を超えた場合は、自動的に停止する」
「本体の状態に異常が発生した場合は?」
「そちらも同様だ。監視術式が異常を検知すれば、供給を遮断する」
セヴェルが頷いた。
「解除機構も正常ですね。これなら、万が一の際にも対応できます」
「……イリス」
プレヒトが振り返る。
「魔力の流れはどうだ?」
「はい」
イリスは、浮かび上がった魔法陣を見つめた。
金色の瞳には、幾筋もの魔力が光の糸のように映っている。
複雑に交差する流れ。
けれど、そのどれもが決められた経路を通り、滑らかに循環していた。
「……問題ありません。供給経路と循環経路の干渉も解消されています」
「そうか」
「少なくとも、今の試験では異常な魔力の滞留も見られません」
プレヒトが小さく息を吐いた。
「ようやく、ここまで来たか」
「長かったですね!」
メイビスが嬉しそうに笑う。
「最初は、小さな幻影を動かすだけでも大変だったのに!」
「ふふっ。何度も失敗しましたからね」
イリスも微笑んだ。
「魔水晶が割れたときは、少し驚きました」
「あ、あれは予想外だったんです!」
「予想外の事故を防ぐのも研究の一部ですよ」
セヴェルが穏やかに指摘する。
「うっ……それはそうですけど!」
メイビスが頬を膨らませた。
その様子に、イリスがくすりと笑う。
研究室に、穏やかな笑い声が広がった。
それから、プレヒトが静かに口を開いた。
「……メイビス」
「はい?」
「最終的な試験は、すべて予定どおりに終了した」
メイビスの表情が引き締まる。
「本体の保護、魔力の循環、供給、監視。解除手段についても確認できた」
「……はい」
「ただし、実際の封印では予測できない事態が起こる可能性もある」
セヴェルも頷く。
「だからこそ、少しでも異常があれば中断します。そこは変わりません」
「もちろんです!」
メイビスは、はっきりと答えた。
そして、イリスへ視線を向ける。
「……イリス」
「はい」
「いよいよですね」
イリスは、穏やかに微笑んだ。
「ええ」
その青と金の瞳には、確かな決意が宿っていた。
「一緒に、成功させましょう」
「……はい!」
◇
数日後。
マグノリア郊外の森。
人の立ち入らない静かな森の奥に、地下へ続く階段が設けられていた。
その先には、新しく整備された広い地下室がある。
壁には幾重もの防御術式。
床には、巨大な魔法陣。
そして中央には、透明な魔水晶で作られた棺のような封印容器が置かれていた。
メイビスの身体を保護するために用意された、特別な場所だった。
外部からの干渉を防ぎ、万が一にも呪いの作用が外へ漏れないよう、幾重もの結界が施されている。
封印容器の周囲では、プレヒトとセヴェルが最後の確認を進めていた。
「……こちらの準備は整った」
「ええ。監視機構も正常に作動しています」
少し離れた場所では、イリスとメイビスが並んで立っていた。
今のメイビスは、実体幻影ではない。
呪いを受けた、本来の身体だった。
「……不思議ですね」
メイビスが呟く。
「何がですか?」
「これから私が、あの中で眠るんだと思うと……」
透明な封印容器を見つめる。
「……やっぱり、少し緊張します」
イリスは、その横顔を見つめた。
「……そうですね」
そして、そっと手を差し出す。
「メイビス」
「はい?」
「少しだけ、いいですか?」
「……?」
次の瞬間。
イリスは、メイビスを優しく抱きしめた。
「……イリス?」
「……こうして抱きしめるのも、しばらくは最後になりますから」
メイビスの緑色の瞳が、わずかに揺れた。
けれど、すぐに柔らかな笑顔を浮かべる。
「……そうですね」
メイビスも、イリスの背中へ腕を回した。
互いの温かさを確かめるように。
しばらく、二人は何も言わなかった。
やがて。
「……イリス」
「はい?」
「私、楽しみなんです」
「……楽しみ?」
「はい!」
メイビスが顔を上げた。
「この魔法が完成したら、今までよりずっと自由に動けるようになるんですよね?」
「ええ。そのために、みんなで研究してきましたから」
「だったら、また一緒に旅ができます!」
メイビスの声が弾む。
「今度は街にも入れますし、ギルドにも好きなときに帰れます!」
「ふふっ。そうですね」
「それに、まだまだ調べたい魔法もあります!」
イリスが微笑んだ。
「相変わらず、研究熱心ですね」
「当然です!」
メイビスは胸を張った。
「世界には、知らないことがたくさんあるんですから!」
その笑顔を見て、イリスは安心したように目を細めた。
「……メイビス」
「はい?」
「これからも、よろしくお願いします」
メイビスは、一瞬だけ目を丸くした。
そして。
「……はい!」
満面の笑顔で答える。
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
二人は、もう一度だけ抱きしめ合った。
それは、別れの抱擁ではなかった。
これからも共に歩いていくための、小さな約束だった。
◇
「……準備はいいか?」
プレヒトの声が響いた。
メイビスは、封印容器の前に立っていた。
その隣にはイリス。
少し離れた場所で、セヴェルが監視用の魔法陣を起動している。
「はい!」
メイビスが頷いた。
「いつでも大丈夫です!」
「では、始めよう」
プレヒトが両手をかざした。
床に刻まれた巨大な魔法陣が、ゆっくりと輝き始める。
淡い光が地下室を満たした。
「第一封印術式、起動」
低い声が響く。
魔法陣から幾筋もの光が伸び、封印容器を包み込んだ。
「外部干渉遮断、正常」
セヴェルが確認する。
「生命活動にも異常はありません」
「……イリス」
「はい」
イリスは、金色の瞳で魔力の流れを追っていた。
床の魔法陣から伸びる魔力。
封印容器を包む光。
そして、メイビスの身体を巡る魔力。
すべてが、慎重に制御されている。
「……問題ありません」
「よし」
プレヒトが頷く。
「メイビス。頼む」
「はい!」
メイビスは、静かに目を閉じた。
自分自身の魔力へ意識を向ける。
これまで何度も扱ってきた幻影魔法。
そして、長い研究の末に組み上げた、新しい魔力供給の仕組み。
自分の身体から生まれる魔力を、蓄え、循環させ、必要な場所へ送り届ける。
その流れを、ゆっくりと整えていく。
「……魔力循環、開始します!」
封印容器の内部に、淡い光が満ちた。
「循環経路、正常」
プレヒトが告げる。
「蓄積機構も作動しています」
セヴェルが続けた。
「魔力の回復量と消費量も、現時点では安定しています」
イリスは、じっと魔法陣を見つめていた。
金色の瞳に、魔力の流れが映る。
メイビスの身体を巡る光が、幾重もの術式へと繋がっていく。
そのとき。
「……っ!」
イリスの表情が変わった。
「プレヒトさん! 右側の供給経路に、魔力が集中しています!」
「何?」
プレヒトが即座に術式を確認する。
「……負荷が偏ったか!」
「供給量を下げてください!」
セヴェルが声を上げた。
「このままでは、本体への負担が増加します!」
「わかった!」
プレヒトが術式を操作する。
同時に、イリスが防御魔法を展開した。
魔力の集中した経路を外側から保護し、周囲の術式への干渉を防ぐ。
「……メイビス!」
「はい!」
メイビスが目を開いた。
「循環経路を調整します!」
指先に淡い光が灯る。
複雑な魔法陣の一部が組み替わり、集中していた魔力が別の経路へ分散されていく。
やがて。
「……安定しました!」
イリスが告げた。
プレヒトが大きく息を吐く。
「……よし。一度、供給を停止する」
魔法陣の光が、ゆっくりと弱まった。
セヴェルがすぐにメイビスの状態を確認する。
「……身体への異常はありません」
「本当ですか?」
イリスが尋ねる。
「ええ。監視術式にも問題は出ていません」
その言葉を聞いて、イリスはようやく肩の力を抜いた。
「……よかった」
「ふふっ」
メイビスが小さく笑う。
「イリス、心配しすぎですよ」
「……心配くらいします」
イリスは、少しだけ頬を膨らませた。
「大切な人なんですから」
「……!」
メイビスの頬が、ほんのりと赤くなる。
「も、もう! そういうことを急に言わないでください!」
そのやり取りに、セヴェルが小さく笑った。
「……さて」
プレヒトが口を開く。
「経路の偏りは修正できた。もう一度、確認しよう」
「はい!」
メイビスが元気よく答えた。
イリスも頷く。
「今度は、私も最初から注意して見ています」
「頼んだぞ」
四人は、再び魔法陣へ向き直った。
◇
それから、しばらくして。
地下室には、静かな光が満ちていた。
封印容器の中で、メイビスが穏やかに目を閉じている。
その身体を、幾重もの魔法陣が優しく包み込んでいた。
「……封印術式、正常」
プレヒトが呟く。
「魔力循環、安定」
セヴェルが続けた。
「本体の状態にも異常はありません」
イリスは、金色の瞳で最後の確認を行っていた。
魔力は、滑らかに循環している。
必要な量だけが蓄えられ、供給経路へ送られていく。
そして。
封印の外側へ、呪いによる異常な作用が漏れ出す様子も見られなかった。
「……外部への干渉もありません」
イリスが静かに告げた。
プレヒトが頷く。
「……よし」
そして、封印容器へ向き直った。
「最終封印術式、起動」
巨大な魔法陣が、ひときわ強く輝いた。
光が幾重にも重なり、透明な封印容器の周囲へ静かに収束していく。
やがて、その輝きが落ち着いたとき。
そこには、穏やかに眠るメイビスの姿があった。
まるで、静かな夢を見ているかのように。
「……封印、完了」
プレヒトが告げた。
セヴェルが監視術式を確認する。
「生命活動、正常。魔力回復も継続しています」
「……供給経路は?」
「正常です。蓄積機構も安定しています」
イリスが、ゆっくりと息を吐いた。
「……よかった」
その声には、安堵が滲んでいた。
けれど。
まだ、終わりではない。
最も重要な確認が残されている。
「……では」
プレヒトが、別の魔法陣へ視線を向けた。
「実体幻影への魔力供給を開始する」
イリスが顔を上げる。
セヴェルも頷いた。
「本体の状態は安定しています。供給を開始しても問題ないでしょう」
「……頼む」
プレヒトが術式を起動した。
封印容器の周囲に、新たな光が灯る。
蓄積された魔力が、供給経路を通って流れ始めた。
イリスの金色の瞳に、その流れが鮮明に映る。
細い光の筋が、幾重にも重なりながら一つの経路へ集まっていく。
「……魔力供給、正常です」
プレヒトが頷く。
「よし」
そして。
地下室の中央に、淡い光が生まれた。
小さな光の粒が、ゆっくりと集まっていく。
輪郭が形作られる。
腕。
脚。
長い金色の髪。
そして、小柄な少女の姿。
イリスは、息を呑んだ。
「……メイビス」
光が、ゆっくりと収まっていく。
そこに立っていたのは。
見慣れた、一人の少女だった。
◇
「……あれ?」
メイビスが、ぱちぱちと瞬きをした。
自分の手を見つめる。
指を動かす。
腕を上げる。
そして、その場で軽く跳んでみた。
「……わあっ!」
嬉しそうな声が響く。
「すごいです! 身体がとっても軽いです!」
メイビスは、くるりと一回転した。
金色の髪が、ふわりと舞う。
「魔力の流れも、今までとは全然違います!」
その様子を、プレヒトとセヴェルが見守っていた。
「……供給量は安定しているな」
「ええ。本体にも異常はありません」
セヴェルが微笑む。
「どうやら、成功したようですね」
プレヒトは、しばらく何も言わなかった。
そして。
「……ああ」
小さく頷いた。
「成功だ」
その声には、深い安堵が込められていた。
メイビスは、嬉しそうに二人へ振り返った。
「プレヒトさん! セヴェルさん!」
「何だ?」
「ありがとうございます!」
満面の笑顔で頭を下げる。
「二人のおかげで、ここまで来られました!」
プレヒトは、少しだけ目を細めた。
「……礼を言うのは、まだ早い」
「えっ?」
「これからも、定期的な確認は必要だからな」
「ふふっ。そうですね!」
セヴェルも頷く。
「ですが、今は喜んでもいいでしょう」
「……はい!」
そして。
メイビスは、ゆっくりと振り返った。
その先にいたのは。
黒髪の少女。
青と金の瞳を持つ、大切な人。
「……イリス」
イリスは、じっとメイビスを見つめていた。
目の前にいるのは、実体幻影。
本来の身体ではない。
それでも。
その笑顔は、何も変わっていなかった。
「……メイビス」
イリスが、小さく名前を呼ぶ。
すると。
「イリス!」
メイビスが駆け出した。
そして、そのままイリスへ飛びつく。
「わっ……!」
イリスが驚いた声を上げた。
けれど、すぐにメイビスを受け止める。
小さな身体が、腕の中に収まった。
確かな重み。
柔らかな温かさ。
背中へ回された腕。
それは、今までと何も変わらない抱擁だった。
「……ふふっ」
メイビスが、嬉しそうに笑った。
「ちゃんと、抱きしめられますね!」
「……ええ」
イリスも、そっと腕に力を込めた。
「……ちゃんと、抱きしめられます」
しばらく、二人はそのままでいた。
やがて。
「……イリス」
「はい?」
メイビスが、少しだけ身体を離す。
そして、いつもの明るい笑顔を浮かべた。
「ふふっ。お待たせしました!」
イリスは、目を細めた。
「……ええ」
優しく微笑む。
「おかえりなさい、メイビス」
その言葉を聞いた瞬間。
メイビスの緑色の瞳が、嬉しそうに輝いた。
「はい!」
そして、満面の笑顔で答える。
「ただいまです、イリス!」
再び、二人は抱きしめ合った。
その姿を見て、セヴェルが静かに微笑む。
「……よかったですね」
「ああ」
プレヒトも、小さく頷いた。
長い研究の末に完成した魔法。
その中心には、封印された一人の少女がいる。
けれど。
彼女の時間は、止まっていない。
彼女の未来も、終わっていない。
その証拠に。
今、目の前では。
二人の少女が、幸せそうに笑っていた。
――妖精の心臓(フェアリーハート)。
それは、少女の身体を封印するためだけの魔法ではない。
大切な人と、これからも共に生きるために生まれた魔法だった。
◇
数日後。
妖精の尻尾の酒場。
「……それで、本当に完成したのか!?」
ユーリが、驚いた声を上げた。
「はい!」
メイビスが元気よく答える。
「大成功です!」
「すげえじゃねえか!」
ユーリが豪快に笑った。
「さすがメイビスだな!」
「ふふっ。私だけの力じゃありませんよ!」
メイビスは、隣にいるイリスへ視線を向けた。
「みんなで完成させた魔法ですから!」
「そうですね」
イリスが微笑む。
「プレヒトさんとセヴェルさんにも、たくさん助けてもらいました」
「……本当に、よかったね」
ウォーロッドが穏やかに笑った。
「これで、また二人で旅ができるんだね」
「はい!」
メイビスが大きく頷く。
「今度は、もっといろいろな場所へ行けます!」
「ははは。相変わらず元気だね」
そのとき。
「メイビスー!」
小さな声が響いた。
マカロフだった。
嬉しそうに駆け寄ってくる。
「おしごと、おわったの?」
「はい! 終わりましたよ!」
「じゃあ、あそぼ!」
「ふふっ。いいですよ!」
メイビスがしゃがみ込み、マカロフの頭を撫でた。
「今日は何をして遊びましょうか?」
「ちょうちょ!」
「また蝶ですか?」
「うん! いっぱい!」
メイビスが楽しそうに笑う。
「わかりました!」
指先を軽く振ると、色とりどりの蝶が現れた。
「わあっ!」
マカロフが歓声を上げる。
その様子を、イリスが微笑みながら見つめていた。
「……本当に、よかったですね」
隣にいたウォーロッドが頷く。
「うん。二人とも、嬉しそうだ」
イリスは、メイビスへ視線を向けた。
楽しそうに笑う少女。
マカロフと遊ぶ姿。
仲間たちに囲まれた、温かな時間。
それは、五年前に失いかけた日常だった。
けれど、今は違う。
メイビスは、もう一人ではない。
そして。
これから先も、ずっと。
自分たちは、共に歩いていく。
◇
夕暮れ。
妖精の尻尾の建物を出た二人は、マグノリアの街を歩いていた。
茜色の空。
行き交う人々。
店先から漂う焼き菓子の香り。
どこにでもある、穏やかな街の風景。
メイビスは、楽しそうに周囲を見渡していた。
「……ふふっ」
「どうしました?」
イリスが尋ねる。
「いえ!」
メイビスが笑顔を浮かべる。
「こうして、普通に街を歩けるのが嬉しくて!」
「……そうですね」
イリスも微笑んだ。
以前は、メイビスの本体を街へ連れてくることができなかった。
呪いによって、周囲の命を奪ってしまう危険があったからだ。
実体幻影で街を訪れることはできた。
けれど、その活動には本体との距離や魔力消費による制約があった。
今は違う。
妖精の心臓から、安定した魔力が供給されている。
これまでよりも、ずっと自由に動くことができる。
「……イリス!」
メイビスが、突然振り返った。
「はい?」
「次は、どこへ行きましょうか!」
その瞳は、好奇心で輝いていた。
イリスは、少しだけ考える。
「……そうですね」
そして、微笑んだ。
「まだ行ったことのない場所も、たくさんありますから」
「はい!」
「古代魔法の研究も続けたいですし……」
「それに、イリスの故郷へ繋がる手掛かりも!」
メイビスが、嬉しそうに続けた。
イリスは、少し驚いたように目を瞬かせる。
「……覚えていてくれたんですね」
「もちろんです!」
メイビスが胸を張る。
「約束しましたから!」
その言葉に、イリスは柔らかく微笑んだ。
「……ありがとうございます」
「ふふっ。どういたしまして!」
メイビスが、そっと手を差し出した。
「さあ、イリス!」
イリスは、その手を見つめる。
そして、迷うことなく握った。
「はい!」
二人は、並んで歩き始めた。
夕日に照らされたマグノリアの街。
その先には、まだ見ぬ世界が広がっている。
かつて、天狼島で出会った二人の少女。
共に笑い、共に戦い、時には涙を流した。
長い旅の中で、大切なものを失ったこともあった。
それでも。
二人は、歩みを止めなかった。
絶望の中でも、互いの手を離さなかった。
そして今。
新しい未来への扉が、開かれた。
妖精の心臓。
それは、終わりではない。
これから始まる、長い物語のための希望。
どれほど長い年月が流れても。
どれほど遠い場所へ旅をしても。
二人には、帰る場所がある。
大切な仲間たちがいる。
そして何より。
隣には、かけがえのない人がいる。
「……メイビス」
「はい?」
「これからも、たくさんの景色を見に行きましょうね」
メイビスは、満面の笑顔で答えた。
「はい! もちろんです!」
繋いだ手を、少しだけ強く握る。
そして。
「さあ、イリス! 次はどこへ行きましょうか!」
二人の笑い声が、夕暮れの街に響いた。
その先に待つのは、まだ誰も知らない未来。
星々のように数え切れない出会いと冒険。
そして、永い時を共に歩む、二人の少女の物語。
――第三章「永劫編」完――
――第82話 終――
【こそこそ妖精話】
~増えすぎた魔力~
X701年。
妖精の尻尾、研究室。
妖精の心臓が完成してから、数日が経過していた。
メイビスは、自分の実体幻影を見つめながら、不思議そうに首を傾げていた。
メイビス「……あれ?」
イリス「どうしました、メイビス?」
メイビス「……なんだか、以前より使える魔力がものすごく増えている気がするんですけど……」
イリス「……そうですね」
イリスは、金色の瞳でメイビスの魔力を観察した。
イリス「……気のせいではありませんね」
メイビス「えっ!?」
イリス「以前とは比べものにならないほど、魔力が供給されています」
メイビス「や、やっぱりですか!?」
メイビスは、自分の両手を見つめた。
メイビス「すごいです……! これだけ魔力があれば、今まで魔力消費が大きすぎて使えなかった魔法も……!」
プレヒト「……当然だろう」
設計図を整理していたプレヒトが、顔を上げた。
プレヒト「そのために、あれだけ研究していたんだからな」
メイビス「それはそうですけど! 実際に使ってみると、想像以上なんです!」
セヴェル「もっとも、無制限に魔力を取り出せるわけではありませんよ」
メイビス「……あっ」
セヴェル「供給量には安全上の上限がありますし、本体の状態も定期的に確認する必要があります」
メイビス「わ、わかっています!」
そう答えながらも、メイビスの瞳は好奇心で輝いていた。
メイビス「……でも、これなら空間魔法の研究も、もっと進められそうですね!」
イリス「ふふっ。そうですね」
メイビス「今まで魔力消費が大きすぎて試せなかった術式もありますし……あっ! 妖精の輝きの応用も面白そうです!」
プレヒト「……メイビス」
メイビス「それから、もっと大規模な幻影魔法も……!」
セヴェル「……聞いていませんね」
メイビスは、嬉しそうに次々と指を折っていく。
メイビス「ふふふ……! これは、いろいろ試してみたくなりますね!」
イリス「……メイビス」
メイビス「はい?」
イリス「試すなら、街の外にしましょうね?」
メイビス「……えっ!?」
メイビスが目を丸くした。
メイビス「ま、まだ何も言ってませんよ!?」
イリス「ふふっ。顔に書いてあります」
メイビス「そんなにわかりやすいですか!?」
プレヒト「……かなりな」
セヴェル「ええ。非常に」
メイビス「二人まで!?」
研究室に、楽しそうな笑い声が響いた。
そして。
メイビス「……ところで、イリス?」
イリス「はい?」
メイビス「今から少しだけ、街の外へ行きませんか?」
イリス「……魔法の実験ですか?」
メイビス「はいっ!」
イリス「ふふっ。やっぱり」
プレヒト「……くれぐれも無茶はするなよ」
セヴェル「帰ってきたら、魔力供給の状態を確認させてくださいね」
メイビス「もちろんです!」
メイビスは、嬉しそうにイリスの手を取った。
メイビス「さあ、イリス! 行きましょう!」
イリス「はいはい。わかりましたから、そんなに引っ張らないでください」
研究室を飛び出していく二人。
その背中を見送りながら、プレヒトが小さく息を吐いた。
プレヒト「……あれだけの魔力を手にして、真っ先に考えることが実験とはな」
セヴェル「ふふっ。実にメイビスさんらしいですね」
プレヒト「……まったくだ」
こうして。
妖精の心臓を手に入れた天才魔導士の、新しい研究生活が始まったのであった。
――おしまい♪
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。