X751年。
イシュガル大陸、南部。
古代遺跡の奥深くで、二人の少女が石碑を眺めていた。
「……ふむふむ。なるほど!」
メイビスが興味深そうに頷く。
「何かわかりましたか?」
「はい! この術式、空間を固定するためのものみたいです!」
イリスが石碑を覗き込む。
そこには、複雑な魔法文字が幾重にも刻まれていた。
「空間の固定、ですか」
「ええ! これを応用すれば、今までよりずっと遠くまで空間魔法を届かせられるかもしれません!」
「それは楽しみですね」
「ふふっ! 研究のしがいがあります!」
メイビスは嬉しそうに笑った。
長い年月を経ても、彼女の好奇心は少しも衰えていない。
イリスもまた、そんな彼女との旅を楽しんでいた。
新しい土地を訪れ、未知の魔法を調べ、ときには美味しいものを食べる。
それは、二人にとって何より大切な日常だった。
◇
X755年。
フィオーレ王国、マグノリア。
「……聖十大魔道士、ですか?」
イリスが首を傾げた。
妖精の尻尾の応接室。
そこには、魔法評議院から派遣された使者が座っていた。
「はい。イリス・アストレア殿、そしてメイビス・ヴァーミリオン殿。お二人の実力と長年の功績を鑑み、聖十大魔道士への推薦を検討しております」
「ほほう……」
隣で話を聞いていたマカロフが、感心したように頷く。
「ついに、ねえちゃんたちにも話が来たか」
「マカロフさんは、ご存じだったんですか?」
「まあな。二人の実力なら、むしろ遅すぎるくらいだ」
イリスは少し考え込んだ。
そして、穏やかに微笑む。
「大変光栄なお話ですが……申し訳ありません。私は辞退させていただきます」
「……辞退、ですか?」
「はい。私には、まだ見たい景色がたくさんありますので」
使者が驚いたように目を見開く。
続いて、メイビスも元気よく手を上げた。
「私も辞退します!」
「メイビス殿も……?」
「はい! まだまだ研究したい魔法がたくさんありますから!」
二人の返答に、使者は困惑した。
聖十大魔道士。
それは、イシュガル大陸でも屈指の実力者に与えられる称号。
多くの魔導士が憧れる名誉である。
しかし、二人にとっては違った。
「……お二人とも、本当によろしいのですか?」
「はい」
イリスが微笑む。
「お気持ちだけ、ありがたく頂戴します」
「私もです!」
メイビスも笑った。
使者はしばらく言葉を失っていたが、やがて諦めたように頷いた。
「……承知しました。評議院には、そのように報告いたします」
使者が帰った後。
マカロフは、大きなため息をついた。
「……まったく。二人とも相変わらずだな」
「そうでしょうか?」
「普通は喜んで受ける話だぞ?」
「ふふっ。でも、私たちには必要ありませんから」
メイビスも頷く。
「称号がなくても、魔法は研究できます!」
「……そういう問題じゃねえんだがな」
マカロフは苦笑した。
そして、二人を見つめる。
「……まあ、ねえちゃんたちらしいか」
◇
X760年。
フィオーレ王国、マグノリア近郊。
「……できました!」
森の中に、メイビスの嬉しそうな声が響いた。
彼女の足元には、複雑な魔法陣が広がっている。
「イリス! ついに完成しましたよ!」
「おめでとうございます、メイビス」
イリスが微笑む。
「それで、どのくらい遠くまで転移できるようになったんですか?」
「ふふん!」
メイビスが得意げに胸を張った。
「今なら、マグノリアから王都クロッカスまで、一度に転移できます!」
「それはすごいですね!」
「しかも!」
メイビスは、イリスの手を握った。
「複数人でも大丈夫です!」
「……本当ですか?」
「もちろんです! 試してみましょう!」
次の瞬間。
二人の足元に、淡い光が広がった。
空間が揺らぎ、景色が歪む。
そして。
「……わあ」
イリスが思わず声を漏らした。
目の前には、王都クロッカスの街並みが広がっていた。
「成功です!」
メイビスが両手を上げる。
「ふふっ! どうですか、イリス!」
「素晴らしいです!」
イリスも嬉しそうに笑った。
「これなら、遠くの街へ行くのもずっと楽になりますね」
「はい!」
メイビスは頷いた。
「ただし、距離が遠くなるほど魔力を使いますし、知らない場所には簡単に転移できません」
「なるほど……」
「それに、異世界へ行くには、まだまだ研究が必要です」
メイビスは少しだけ残念そうに呟いた。
イリスは、そっと彼女の手を握り直した。
「焦る必要はありませんよ」
「……イリス?」
「私たちには、まだ時間がありますから」
メイビスは目を瞬かせた。
そして、嬉しそうに笑った。
「……はい!」
◇
X761年。
妖精の尻尾。
「……生まれたぞ!」
マカロフの声が、ギルド中に響き渡った。
「孫だ! 俺に孫ができた!」
「おめでとう、マカロフさん!」
イリスが拍手する。
「わああっ! 赤ちゃんです!」
メイビスは、目を輝かせていた。
マカロフの腕の中には、小さな赤ん坊が抱かれている。
「名前はラクサスだ!」
「ラクサス……素敵な名前ですね」
イリスが微笑む。
メイビスは、そっと赤ん坊を覗き込んだ。
「……可愛いですねえ」
「だろう!?」
マカロフが得意げに笑う。
「俺の孫だからな!」
「ふふっ」
イリスは、そんなマカロフを見て笑った。
「マカロフさんも、すっかりお爺ちゃんですね」
「……おい、イリスねえちゃん」
「はい?」
「その言い方はやめてくれ」
「でも、事実ですよ?」
「……ぐぬぬ」
メイビスが、くすくすと笑った。
「昔は、マカロフもこんなに小さかったんですよね!」
「メイビスねえちゃんまで!」
ギルド中に笑い声が響く。
その中心で、ラクサスが小さな声を上げた。
新しい命。
新しい世代。
妖精の尻尾の歴史は、こうして受け継がれていく。
◇
X770年。
妖精の尻尾。
「……初めてのS級クエスト?」
イリスが首を傾げた。
「ああ」
マカロフが頷く。
「ギルダーツが、初めてS級クエストに挑むことになった」
その隣には、一人の青年が立っていた。
ギルダーツ・クライヴ。
豪快な笑みを浮かべた、妖精の尻尾の若きS級魔導士である。
「よろしく頼むぜ、イリスさん!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
イリスが微笑む。
「それで、私は何をすればいいのでしょうか?」
「基本的には、何もしなくていい」
マカロフが答えた。
「ギルダーツの実力は十分だ。だが、初めてのS級クエストだからな。万が一に備えて、同行してほしい」
「なるほど。保険ですね」
「そういうことだ」
ギルダーツが笑った。
「ま、俺一人でも何とかしてみせるけどな!」
「ふふっ。頼もしいですね」
イリスは、楽しそうに微笑んだ。
◇
数日後。
山岳地帯の奥深く。
「……いたな」
ギルダーツが足を止めた。
目の前には、巨大な魔物が立ちはだかっていた。
全身を硬い岩のような外殻に覆われ、周囲には強大な魔力が渦巻いている。
「今回の討伐対象ですね」
「ああ!」
ギルダーツが拳を握る。
「イリスさん、ちょっと見ててくれ!」
「はい。頑張ってください」
次の瞬間。
ギルダーツが地面を蹴った。
「おらあっ!」
拳に魔力が集まる。
そして。
「クラッシュ!」
凄まじい衝撃が、魔物の外殻を粉砕した。
巨体が大きく揺らぐ。
「……おお」
イリスが感心したように頷く。
「素晴らしい威力ですね」
「まだまだ!」
ギルダーツは笑った。
さらに踏み込み、次々と攻撃を叩き込む。
魔物の外殻が砕け、巨体が後退していく。
しかし。
「グオオオオオッ!」
魔物が突然、咆哮を上げた。
周囲の魔力が一気に膨れ上がる。
「……ん?」
ギルダーツが眉をひそめる。
魔物の口元に、巨大な魔法陣が出現した。
次の瞬間。
山肌を覆い尽くすほどの魔力の奔流が放たれた。
「……おっと!」
ギルダーツが迎撃しようとする。
だが。
「……ここは、私が」
イリスが静かに前へ出た。
聖剣を抜く。
そして、軽く一振り。
ただ、それだけだった。
巨大な魔力の奔流が、音もなく消滅した。
「…………は?」
ギルダーツが固まった。
イリスは、何事もなかったかのように聖剣を鞘へ戻す。
「はい。これで大丈夫ですよ」
「……いやいやいや!」
ギルダーツが叫んだ。
「今の、どうやったんだ!?」
「魔法を切っただけですよ?」
「だけって……!」
ギルダーツは、消え去った魔法の跡を見つめた。
あれほどの魔力を、一振りで。
しかも、周囲の山々には傷一つついていない。
「……すげえな、あんた」
「ふふっ。ありがとうございます」
イリスは微笑んだ。
「ですが、まだ依頼は終わっていませんよ?」
「……おっと、そうだった!」
ギルダーツが振り返る。
魔物は、すでに満身創痍だった。
「よっしゃ! これで終わりだ!」
最後の一撃。
ギルダーツの拳が、魔物を完全に粉砕した。
こうして、初めてのS級クエストは無事に達成された。
◇
帰り道。
「……なあ、イリスさん」
「はい?」
「いつか、俺と本気で勝負してくれねえか?」
イリスが目を瞬かせる。
「私と、ですか?」
「ああ!」
ギルダーツが笑った。
「今日のを見て、ますます強くなりたくなった!」
「……ふふっ」
イリスは楽しそうに微笑んだ。
「いいですよ」
「本当か!?」
「はい。ただし……」
少しだけ、いたずらっぽく笑う。
「簡単には負けませんからね?」
「ハハハッ! 望むところだ!」
二人の笑い声が、山道に響いた。
◇
X777年。
フィオーレ王国、マグノリア。
妖精の尻尾の酒場には、いつものように賑やかな声が響いていた。
しかし、その一角には、まだ幼い子供たちの姿があった。
身寄りを失い、行く場所のない子供たち。
マカロフは、そんな彼らをギルドへ迎え入れていた。
「……なるほど」
イリスが静かに頷く。
「最近は、こういう子供たちが増えていてな」
マカロフが小さくため息をついた。
「もちろん、俺たちもできる限り面倒を見ているんだが……」
彼は、イリスとメイビスを見つめた。
「……なあ、ねえちゃんたち」
「はい?」
「しばらく、ギルドにいてくれねえか?」
メイビスが目を丸くする。
「私たちが、ですか?」
「ああ」
マカロフは頷いた。
「子供たちには、魔法を教えてくれる人間も、安心して甘えられる相手も必要なんだ」
そして、少し照れくさそうに笑った。
「……俺一人じゃ、どうにも手が回らなくてな」
イリスとメイビスは、顔を見合わせた。
そして。
「……ふふっ」
イリスが微笑む。
「もちろんですよ、マカロフさん」
「……本当か?」
「はい」
イリスは、子供たちへ視線を向けた。
「私たちも、妖精の尻尾の一員ですから」
「私も賛成です!」
メイビスが元気よく手を上げる。
「子供たちと仲良くなりたいです!」
「……そうか」
マカロフは、ほっとしたように笑った。
「ありがとな、二人とも」
「お礼なんて必要ありませんよ」
イリスが微笑む。
「それに、メイビスの空間転移もありますから、必要なときには旅にも出られますし」
「はい!」
メイビスが頷く。
「研究も続けられます!」
そのとき。
「……ねえ」
小さな声が聞こえた。
三人が振り返る。
そこには、一人の幼い少女が立っていた。
「……お姉ちゃんたちも、ここに住むの?」
メイビスが、ぱっと笑顔になる。
「はい!」
そして、少女の前にしゃがみ込んだ。
「これから、よろしくお願いしますね!」
イリスも隣に並ぶ。
「困ったことがあったら、何でも相談してくださいね」
少女は、少しだけ戸惑ったように二人を見つめていた。
けれど。
「……うん!」
やがて、嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、イリスとメイビスも微笑む。
かつて、二人が仲間たちと共に作り上げた場所。
妖精の尻尾。
そこには、今も新しい家族が集まり続けている。
長い年月を経て、時代は変わった。
仲間たちは年老い、新しい世代が生まれた。
それでも。
妖精の尻尾に流れる想いは、変わらない。
「……メイビス」
「はい?」
「これから、賑やかになりそうですね」
メイビスは、満面の笑みを浮かべた。
「はい!」
そして、嬉しそうに答える。
「とっても楽しみです!」
こうして。
長い旅を続けてきた妖精と聖剣使いは、再び故郷へと腰を落ち着けた。
新しい家族たちと共に過ごす、賑やかな日々が始まろうとしていた。
【こそこそ妖精話】
~最強の二人~
X770年。
妖精の尻尾、ギルド酒場。
ギルダーツ「いやぁ……世の中、上には上がいるもんだな!」
マカロフ「なんじゃ、藪から棒に」
ギルダーツ「イリスさんだよ! あの人、とんでもなく強えぞ!」
マカロフ「今さら気づいたのか?」
ギルダーツ「巨大な魔法を剣の一振りで消しちまったんだ! しかも、涼しい顔で!」
メイビス「ふふん! イリスはすごいんですよ!」
イリス「ふふっ。ありがとうございます、メイビス」
ギルダーツ「いや、本当に驚いたぜ。あんな魔導士、初めて見た!」
イリス「でも、メイビスも私と同じくらい強いですよ?」
ギルダーツ「…………は?」
マカロフ「……おい、イリスねえちゃん」
イリス「はい?」
マカロフ「そういうことは、もう少し心の準備をさせてから言ってくれ」
メイビス「えへへっ! イリスに褒められちゃいました!」
ギルダーツ「ちょ、ちょっと待て! メイビスもあれくらい強えのか!?」
イリス「はい。私とは戦い方が違いますけれど、メイビスの魔法は本当にすごいんですよ」
メイビス「ふふん! 私だって負けませんからね!」
ギルダーツ「……マジかよ」
ギルダーツは、しばらく二人を見比べていた。
ギルダーツ「……なあ、マスター」
マカロフ「なんじゃ?」
ギルダーツ「このギルド、化け物が二人もいるのか?」
マカロフ「……何を言っとる」
ギルダーツ「え?」
マカロフ「二人とも、うちの可愛いねえちゃんたちじゃ」
イリス「ふふっ。ありがとうございます」
メイビス「マカロフも可愛い弟ですよ!」
マカロフ「……ワシはもう立派な大人じゃ!」
ギルダーツ「ハハハハッ! こりゃ傑作だ!」
その日、ギルダーツは一つ学んだ。
妖精の尻尾には、絶対に見た目で実力を判断してはいけない少女が二人いる。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。