妖精と聖剣使い   作:使い手なない

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第87話「お姉ちゃんの本当の実力」

 

 X779年。

 

 フィオーレ王国、マグノリア。

 

 妖精の尻尾、屋外訓練場。

 

「おおおおっ! 始まるぞ!!」

 

 ナツ・ドラグニルの元気な声が響き渡った。

 

 普段は魔法の練習に使われている広い訓練場。

 

 今日はそこに、大勢のギルドメンバーが集まっていた。

 

 理由は一つ。

 

 妖精の尻尾が誇るS級魔導士、ギルダーツ・クライヴ。

 

 そして、いつも子供たちの世話をしているイリス・アストレア。

 

 二人が模擬戦を行うことになったのだ。

 

「……本当に大丈夫なのかよ」

 

 グレイが心配そうに呟く。

 

「ギルダーツの魔法、洒落にならねえぞ」

 

「だから言ってんだろ!」

 

 ナツが拳を握った。

 

「イリス姉ちゃんが危なくなったら、俺が止める!」

 

「お前が止められるわけねえだろ!」

 

「ああ!?」

 

「なんだよ!」

 

「二人とも、静かにしろ」

 

 エルザがぴしゃりと言った。

 

 しかし、その表情も普段より硬い。

 

 昨日、イリスと剣術の練習をする約束を交わしたばかりだった。

 

 イリスが剣を使えることは知っている。

 

 だが、その腕前までは知らない。

 

「……イリスさんなら、きっと大丈夫だ」

 

 そう口にしながらも、エルザは訓練場の中央を見つめていた。

 

「まったく……」

 

 隣ではミラジェーンが腕を組んでいる。

 

「あの人、いつもニコニコしてるし、本当に危なっかしいんだから」

 

「お姉ちゃん、心配なの?」

 

 リサーナが尋ねる。

 

「ち、違うわよ!」

 

 ミラジェーンは慌てて顔を背けた。

 

「ただ、怪我でもされたら面倒だって言ってるの!」

 

「ふふっ」

 

 リサーナは楽しそうに笑った。

 

 そんな子供たちの少し後ろでは、マカロフが椅子に腰かけていた。

 

 その隣には、金色の長い髪を揺らす少女。

 

 メイビス・ヴァーミリオンである。

 

「ふふふっ。楽しみですね!」

 

「……ねえちゃん、ずいぶん嬉しそうじゃな」

 

「もちろんです!」

 

 メイビスは満面の笑みを浮かべた。

 

「久しぶりに、イリスの剣が見られるんですから!」

 

 マカロフは小さく笑った。

 

「……ギルダーツも、相手が悪いのう」

 

◇

 

 訓練場の中央。

 

 ギルダーツは、向かい側に立つ少女を見て笑った。

 

「おっ! 今日はそいつも持ってきたのか!」

 

「はい。せっかくの模擬戦ですから」

 

 イリスが微笑む。

 

 その姿は、いつもと少し違っていた。

 

 黒髪のハーフツインテール。

 

 青と金のオッドアイ。

 

 黒、白、濃紺、金を基調とした魔法学院の制服。

 

 そこまでは普段と変わらない。

 

 しかし、左腰には一本の剣が佩かれていた。

 

 濃紺と黄金で彩られた、美しい鞘。

 

 星の意匠を持つ聖剣である。

 

 最近では、子供たちと過ごす時間が多くなったため、メイビスの異空間に預けていた。

 

 今日は模擬戦に備え、久しぶりに身につけている。

 

「……なあ、グレイ」

 

「なんだよ」

 

「イリス姉ちゃん、あんな剣持ってたんだな」

 

「ああ……」

 

 グレイも目を丸くしていた。

 

「なんか、すげえ立派な剣だな」

 

「だよな!」

 

 ナツは少し安心したように頷いた。

 

「まあ、剣があるなら少しは安心か!」

 

 その言葉を聞いたマカロフが、思わず咳き込んだ。

 

「……じっちゃん?」

 

「い、いや……なんでもないわい」

 

 メイビスは隣で肩を震わせていた。

 

◇

 

「さて!」

 

 ギルダーツが拳を鳴らした。

 

「今日は遠慮しねえぜ、イリスさん!」

 

「ふふっ。もちろんです」

 

 イリスは右手を軽く掲げた。

 

 すると。

 

 淡い黄金色の光が集まり、一本の剣を形作った。

 

 光剣。

 

 イリスが得意とする光魔法である。

 

「……おおっ!」

 

 ナツが目を輝かせる。

 

「剣が出てきた!」

 

「光魔法……?」

 

 エルザが呟いた。

 

 イリスは左腰の聖剣には触れず、右手の光剣を自然に構えた。

 

 その姿を見て、ギルダーツの笑みが深くなる。

 

「……いいねえ」

 

 彼は知っていた。

 

 目の前の少女が、どれほどの実力を持つのか。

 

 九年前。

 

 初めてのS級クエストで同行したとき、イリスは山を覆うほどの魔法を、たった一振りで消し去った。

 

 あの光景は、今でも忘れられない。

 

 だが。

 

 だからこそ、戦ってみたかった。

 

「……いくぜ!」

 

「はい!」

 

 マカロフが片手を上げた。

 

「それでは――始め!!」

 

 次の瞬間。

 

 ギルダーツが地面を蹴った。

 

 巨体からは想像できないほどの速さ。

 

 一気に距離を詰め、拳を振り抜く。

 

「おおおっ!!」

 

 轟音。

 

 拳に込められた魔力が、空気を震わせた。

 

 しかし。

 

 イリスは、ほんの半歩だけ身体をずらした。

 

 拳が頬の横を通り過ぎる。

 

 同時に、光剣が閃いた。

 

「おっと!」

 

 ギルダーツは身を引き、斬撃をかわす。

 

 続けて、もう一撃。

 

 さらにもう一撃。

 

 拳と光剣が、目にも留まらぬ速さで交錯する。

 

「す、すげえ……!」

 

 グレイが呟いた。

 

 ギルダーツの攻撃は、どれも強烈だった。

 

 まともに受ければ、並の魔導士では立っていられない。

 

 それなのに。

 

「……当たらねえ?」

 

 ナツが目を丸くした。

 

 イリスは、ほとんど大きく動いていなかった。

 

 わずかな足運び。

 

 小さな身体の傾き。

 

 必要なだけの動作で、ギルダーツの拳をかわしている。

 

「ハハハッ! やっぱりすげえな!」

 

 ギルダーツが笑った。

 

「でも、まだまだだぜ!」

 

 さらに踏み込む。

 

 今度は、逃げ道を塞ぐように拳を繰り出した。

 

 その一撃が、イリスの目前に迫る。

 

「イリス姉ちゃん!!」

 

 ナツが叫んだ。

 

 しかし。

 

 イリスは逃げなかった。

 

 右手の光剣を構えたまま、空いている左手を伸ばす。

 

 拳の側面に、そっと掌を添えた。

 

 そして、身体をわずかに半身へずらす。

 

 それだけだった。

 

 ギルダーツの拳は、イリスの頬のすぐ横を通り抜けた。

 

「……なっ!?」

 

 ギルダーツの目が見開かれる。

 

 拳の威力を正面から受け止めたわけではない。

 

 その力の向きを、ほんの少し変えただけ。

 

 しかし、それだけで攻撃は完全に逸らされていた。

 

「ふふっ。いい拳ですね、ギルダーツさん」

 

「……ハッ!」

 

 ギルダーツは笑い、すぐさま距離を取った。

 

「褒められたのに、全然嬉しくねえな!」

 

◇

 

「……嘘だろ」

 

 グレイが呆然と呟いた。

 

「ギルダーツの拳を……片手で?」

 

「すっげええええ!!」

 

 ナツは先ほどまでの心配も忘れ、身を乗り出していた。

 

「イリス姉ちゃん、めちゃくちゃ強えじゃねえか!!」

 

「だから言ったでしょう?」

 

 メイビスが得意げに胸を張る。

 

「イリスは強いんですよ!」

 

「いや、聞いてねえよ!!」

 

 ナツが叫ぶ。

 

 しかし。

 

 その隣で、エルザだけは何も言わなかった。

 

 ただ、訓練場を見つめている。

 

 イリスの剣。

 

 その動きから、目が離せなかった。

 

◇

 

「……なら、こいつはどうだ!」

 

 ギルダーツが両手を構えた。

 

 空気が変わる。

 

 凄まじい魔力が、その身体から溢れ出した。

 

「クラッシュ!!」

 

 魔力が奔流となって放たれる。

 

 触れたものを粉砕する、強力な分解魔法。

 

 その威力に、観客たちが息を呑んだ。

 

「お、おい! あれはまずいだろ!!」

 

 グレイが叫ぶ。

 

 ナツも思わず立ち上がった。

 

「イリス姉ちゃん!!」

 

 だが。

 

 イリスは動じなかった。

 

 右手の光剣が、光の粒となって消える。

 

 そして、その手が左腰へ伸びた。

 

 澄んだ金属音。

 

 濃紺と黄金の鞘から、星の意匠を持つ聖剣が引き抜かれる。

 

 次の瞬間。

 

 一閃。

 

 ただ、それだけだった。

 

 ギルダーツのクラッシュが、音もなく消滅した。

 

 砕け散ることもない。

 

 爆発することもない。

 

 周囲の地面に、傷一つ残らない。

 

 まるで、最初から何も存在しなかったかのように。

 

「…………は?」

 

 ナツが固まった。

 

 グレイも口を開けたまま動かない。

 

「……今、何が起きた?」

 

 誰かが呟いた。

 

 しかし、答えられる者はいなかった。

 

 イリスは静かに聖剣を鞘へ戻した。

 

「ふふっ。では、続けましょうか」

 

「……ハハッ!」

 

 ギルダーツが笑う。

 

「相変わらず、とんでもねえな!」

 

 その目には、ますます闘志が宿っていた。

 

◇

 

 再び、二人が動いた。

 

 ギルダーツが攻める。

 

 イリスが応じる。

 

 拳と光剣が交錯し、風が舞う。

 

 ギルダーツは攻撃の角度を変え、間合いを詰め、クラッシュを織り交ぜて攻め続けた。

 

 だが、イリスの動きは乱れない。

 

 光剣が一本、また一本と生み出される。

 

 空中に浮かび、ギルダーツへ向かって飛ぶ。

 

「おっと!」

 

 ギルダーツはクラッシュで光剣を砕いた。

 

 しかし、次の光剣が迫る。

 

 さらに、その次も。

 

「ハハハッ! 面白え!」

 

 ギルダーツは笑いながら迎え撃った。

 

 イリスは、そんな彼の攻撃をかわしながら、静かに剣を振るい続ける。

 

 速い。

 

 鋭い。

 

 けれど、決して乱暴ではない。

 

 一振りごとに、無駄がない。

 

 その剣は、まるで流れる水のようだった。

 

 そして。

 

 エルザは、いつしか息をすることさえ忘れていた。

 

 何が起きているのか。

 

 すべてを理解できているわけではない。

 

 ただ、目の前の剣技が、自分の知るものとはまるで違うことだけはわかった。

 

 一歩。

 

 一振り。

 

 ほんのわずかな手首の動き。

 

 そのすべてが、恐ろしいほど自然だった。

 

 ――あんな剣が、あるのか。

 

 エルザの瞳が、イリスの姿を追い続ける。

 

 言葉は、出なかった。

 

◇

 

「……よし!」

 

 ギルダーツが大きく踏み込んだ。

 

 正面からの強烈な一撃。

 

 イリスは風魔法で身体を加速させ、軽やかにかわす。

 

「そこだ!!」

 

 ギルダーツが振り返る。

 

 しかし。

 

「……ふふっ」

 

 イリスが微笑んだ。

 

「そろそろ、終わりにしましょうか」

 

「……ん?」

 

 ギルダーツが目を瞬かせた。

 

 その瞬間。

 

 すっ。

 

 一本の光剣が、彼の首筋に添えられた。

 

「……お?」

 

 そして。

 

 空中に、無数の光が灯った。

 

 一つ。

 

 十。

 

 百。

 

 さらに、その先まで。

 

 気づけば、数百本もの光剣がギルダーツを取り囲んでいた。

 

 正面。

 

 背後。

 

 左右。

 

 頭上。

 

 斜め上からも、斜め下からも。

 

 すべての切っ先が、ギルダーツへ向けられている。

 

 逃げ道は、どこにもなかった。

 

「…………」

 

 ギルダーツは、ゆっくりと周囲を見回した。

 

 そして。

 

「……イリスさん?」

 

「はい?」

 

「……これ、いつから?」

 

 イリスは、にっこりと微笑んだ。

 

「ふふっ。戦っている途中からですよ?」

 

「…………」

 

 ギルダーツは、もう一度周囲を見回した。

 

 自分が砕いた光剣。

 

 かわした光剣。

 

 見失った光剣。

 

 それらに紛れて、いつの間にか配置されていたのだ。

 

 戦いながら。

 

 自分の攻撃をさばきながら。

 

 少しずつ、逃げ道を塞いでいた。

 

「……ハッ」

 

 ギルダーツの口元が緩んだ。

 

「ハハハハハッ!!」

 

 豪快な笑い声が響き渡る。

 

「参った!! 降参だ!!」

 

 その瞬間。

 

 数百本の光剣が、一斉に光の粒へと変わった。

 

 黄金色の光が、訓練場に舞い散る。

 

 イリスは静かに微笑んだ。

 

「ありがとうございました、ギルダーツさん」

 

「いやいや! こっちこそだ!」

 

 ギルダーツは頭をかきながら笑った。

 

「まさか、ここまで完璧にやられるとはな!」

 

「ふふっ。ギルダーツさんも、とても強くなっていましたよ」

 

「ハハハッ! そいつは嬉しいねえ!」

 

 二人は、まるで楽しい稽古を終えたばかりのように笑い合っていた。

 

◇

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 観客席は、静まり返っていた。

 

 誰も、すぐには言葉を発せなかった。

 

 そして。

 

「すっげええええええええっ!!」

 

 ナツの絶叫が響いた。

 

「イリス姉ちゃん!! すっげえええ!!」

 

「お、おい! マジかよ!?」

 

 グレイも立ち上がる。

 

「ギルダーツが負けたぞ!?」

 

「……信じられない」

 

 ミラジェーンが呟いた。

 

 いつも優しく笑っている、あのお姉さん。

 

 子供たちの喧嘩を仲裁し、お菓子を作ってくれる少女。

 

 その人が。

 

 妖精の尻尾でも屈指の実力者であるギルダーツを、圧倒してしまった。

 

「イリスお姉ちゃん、すごーい!」

 

 リサーナが歓声を上げる。

 

「すげえ! すげえぞ!」

 

 エルフマンも大興奮だった。

 

 そんな中。

 

 エルザだけは、まだ動かなかった。

 

「……エルザ?」

 

 ミラジェーンが声をかける。

 

 返事はない。

 

 エルザは、イリスが立っていた場所を見つめ続けていた。

 

 その脳裏には、先ほどの剣の軌跡が焼きついている。

 

 美しかった。

 

 ただ、それだけはわかる。

 

 自分も、いつかあんな剣を振るえるようになるのだろうか。

 

 けれど、その思いを言葉にすることさえできなかった。

 

 ただ、静かに。

 

 エルザは拳を握りしめた。

 

◇

 

「ふふん!」

 

 メイビスが得意げに胸を張った。

 

「どうですか! 私のイリスはすごいんですよ!」

 

「……私の?」

 

 戻ってきたイリスが首を傾げる。

 

「はい!」

 

 メイビスは満面の笑みを浮かべた。

 

「私の自慢のイリスです!」

 

「……ふふっ」

 

 イリスは嬉しそうに微笑んだ。

 

「ありがとうございます、メイビス」

 

「えへへ!」

 

 そんな二人を見て、マカロフが笑う。

 

「まったく……昔から変わらんのう」

 

 ギルダーツも豪快に笑った。

 

「ハハハッ! いやあ、いい勝負だった!」

 

「……ギルダーツさん」

 

 イリスが少し困ったように笑う。

 

「最後、かなり無茶をしていましたよ?」

 

「ハハハッ! そうでもしねえと、勝てる気がしなかったからな!」

 

 その言葉に、ナツが勢いよく振り返った。

 

「なあ、ギルダーツ!」

 

「ん?」

 

「イリス姉ちゃんって、そんなに強かったのか!?」

 

「……お前、今の見てただろ?」

 

「見てたけどよ!!」

 

 ナツは興奮した様子で拳を握った。

 

「俺も戦いてえ!!」

 

「……おいおい」

 

 ギルダーツが苦笑する。

 

「まずは俺に勝てるようになってからにしろよ!」

 

「なんだとー!?」

 

「ハハハハッ!」

 

 その隣では、グレイも目を輝かせていた。

 

「……俺も、もっと強くならねえとな」

 

 ミラジェーンは腕を組んだまま、イリスを見つめる。

 

「……まったく」

 

「ミラジェーン?」

 

 イリスが振り返る。

 

「なんでしょう?」

 

「……あんた、あんなに強かったなら、最初から言いなさいよ!」

 

「おや?」

 

 イリスが目を瞬かせた。

 

「聞かれませんでしたので」

 

「そういう問題じゃないでしょ!!」

 

 周囲から笑い声が上がった。

 

◇

 

 しばらくして。

 

 イリスは、まだ興奮している子供たちを見回した。

 

「さて、皆さん」

 

「ん?」

 

 ナツが振り返る。

 

「そろそろ、お腹が空きませんか?」

 

「……え?」

 

「今日は焼き菓子を作ってあるんです」

 

 イリスが微笑んだ。

 

「よろしければ、皆さんで食べましょう?」

 

「…………」

 

 ナツが固まった。

 

 グレイも目を瞬かせる。

 

 ミラジェーンは、思わず額に手を当てた。

 

「……あんたねえ」

 

「はい?」

 

「さっきまで、あんな戦いしてたのよ?」

 

「ふふっ。そうですね」

 

「……それなのに、もうお菓子の話!?」

 

「はい!」

 

 イリスは楽しそうに頷いた。

 

「甘いものは、疲れた身体にいいですから」

 

「……もう!」

 

 ミラジェーンは呆れたように息を吐いた。

 

 けれど、その口元には小さな笑みが浮かんでいた。

 

「やったー!」

 

 リサーナが両手を上げる。

 

「イリスお姉ちゃんのお菓子!」

 

「俺も食う!」

 

 エルフマンも続いた。

 

「おっしゃあ!」

 

 ナツが拳を突き上げる。

 

「俺、いっぱい食うぞ!」

 

「お前は食いすぎなんだよ!」

 

「なんだと、グレイ!」

 

「また喧嘩か!?」

 

 いつもの騒ぎが始まった。

 

 イリスは困ったように笑う。

 

「ふふっ。皆さん、仲良くしてくださいね?」

 

 その姿は、昨日までと何も変わらなかった。

 

 優しくて。

 

 穏やかで。

 

 いつも笑顔の、お姉ちゃん。

 

 ただ一つ。

 

 子供たちは、今日初めて知ったのだ。

 

 そのお姉ちゃんが、想像を絶するほど強いということを。

 

◇

 

 その日の夕方。

 

 ギルドの酒場には、いつも以上に賑やかな声が響いていた。

 

 ナツは何度も模擬戦の話を繰り返し、グレイと言い争っている。

 

 ミラジェーンは呆れながらも、どこか楽しそうだった。

 

 リサーナとエルフマンは、イリスの光剣の数を競うように数えていた。

 

 そして、エルザは。

 

 静かに、一本の剣を見つめていた。

 

 今日、目にした光景。

 

 あの剣の軌跡。

 

 何度思い返しても、理解できない。

 

 それでも。

 

 いつか、自分も。

 

 そんな思いが、胸の奥で静かに燃えていた。

 

 一方。

 

 酒場の窓際では、イリスとメイビスが並んで紅茶を飲んでいた。

 

「……ふふっ」

 

 メイビスが笑う。

 

「今日は楽しかったですね!」

 

「そうですね」

 

 イリスも微笑んだ。

 

「皆さん、とても驚いていました」

 

「当然ですよ!」

 

 メイビスが得意げに言う。

 

「イリスは、とっても強いんですから!」

 

「……もう、メイビスったら」

 

 イリスは少し照れたように笑った。

 

 そして、窓の外へ視線を向ける。

 

 夕日に染まるマグノリアの街。

 

 長い年月を経ても、変わらずそこにある大切な場所。

 

 妖精の尻尾。

 

 かつて自分たちが仲間と共に作り上げたギルドは、今も新しい世代の笑顔で満ちていた。

 

「……メイビス」

 

「はい?」

 

「これから、もっと賑やかになりそうですね」

 

 メイビスは、にっこりと笑った。

 

「はい!」

 

 そして、イリスの手を握る。

 

「とっても楽しみです!」

 

 イリスも、その手を優しく握り返した。

 

 こうして。

 

 妖精の尻尾の子供たちは、一つの大きな秘密を知ることになった。

 

 いつも優しく微笑んでいる、黒髪のお姉ちゃん。

 

 その本当の強さを。

 

 けれど。

 

 彼らは、まだ知らない。

 

 その隣で楽しそうに笑っている金髪の少女もまた、同じほどの実力を持つ魔導士であることを。

 

 妖精の尻尾には、まだまだ知られざる物語が眠っているのだった。

 




【こそこそ妖精話】
~お姉ちゃんの腰の剣~

 X779年。

 妖精の尻尾、ギルド酒場。

ナツ「なあなあ、イリス姉ちゃん!」

イリス「はい? どうしました?」

ナツ「その腰の剣、見せてくれよ!」

イリス「聖剣のことですか?」

グレイ「聖剣? そんな名前なのか?」

イリス「はい。私が昔から使っている、大切な剣なんです」

エルザ「……イリスさん。少しだけ、近くで見てもいいだろうか?」

イリス「もちろんですよ」

 イリスは左腰から鞘ごと聖剣を外し、テーブルの上にそっと置いた。

リサーナ「わあ……綺麗!」

エルフマン「すげえ! 金色の飾りがついてるぞ!」

ミラジェーン「……ずいぶん立派な剣ね」

エルザ「……この鞘も、見事な作りだ」

ナツ「なあ、抜いてみてもいいか!?」

イリス「ふふっ。危ないので、抜くのはやめておきましょうね」

ナツ「ええーっ!」

グレイ「当たり前だろ、馬鹿!」

ナツ「ああ!?」

メイビス「ふふふっ! その剣は、イリスにとって特別なものなんですよ!」

リサーナ「そうなの?」

メイビス「はい! とっても強くて、とっても綺麗な剣なんです!」

ミラジェーン「……それは今日の模擬戦で嫌ってほどわかったわよ」

ギルダーツ「ハハハッ! 俺のクラッシュまで消しちまったからな!」

ナツ「そうだ! あれ、どうやったんだ!?」

イリス「ふふっ。それは秘密です」

ナツ「えええーっ!?」

エルザ「……イリスさん」

イリス「はい?」

エルザ「いつか、私にもあのような剣を振るえる日が来るだろうか」

 イリスは少し驚いたあと、優しく微笑んだ。

イリス「きっと、エルザさんだけの素敵な剣が見つかりますよ」

エルザ「……私だけの剣」

イリス「はい。楽しみにしていますね」

エルザ「……ああ!」

ナツ「よーし! 俺もいつか、その剣に勝ってやる!」

グレイ「お前、剣と戦うのかよ!」

ナツ「イリス姉ちゃんに決まってんだろ!!」

メイビス「ふふっ。では、まずは私に勝ってからですね!」

ナツ「おっ! いいぜ!」

マカロフ「……やめておけ、ナツ」

ナツ「なんでだよ、じっちゃん!?」

ギルダーツ「……世の中には、知らねえ方が幸せなこともあるんだよ」

メイビス「むう! どういう意味ですか、それ!」

 今日も妖精の尻尾は、賑やかだった。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。
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