妖精と聖剣使い   作:使い手なない

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第9話「青い髑髏との激突」

 

第一幕 青い髑髏の足元で

 

 X686年――フィオーレ王国、マグノリア。

 

 街の中央にそびえる巨大な建造物。

 

 その頂には、青い髑髏を模した不気味な装飾が掲げられていた。

 

 魔導士ギルド、ブルースカル。

 

 マグノリアの住民たちから恐れられるそのギルドの拠点を、四人の若者が遠巻きに眺めていた。

 

「……で、どうするんだ?」

 

 ユーリ・ドレアーが腕を組みながら尋ねた。

 

「どうするも何も、まずは調査だろう」

 

 プレヒト・ゲイボルグが冷静に答える。

 

「相手は魔導士ギルドだ。何の準備もなく乗り込むわけにはいかない」

 

「分かってるって!」

 

「本当か?」

 

「何だよ、その疑いの目は!」

 

「普段の行動を振り返ってみろ」

 

「ぐっ……!」

 

 言い返そうとしたユーリだったが、すぐには言葉が出てこなかった。

 

 その様子に、ウォーロッド・シーケンが苦笑する。

 

「まあまあ。今は喧嘩している場合ではありませんよ」

 

「そうですよ!」

 

 メイビス・ヴァーミリオンも頷いた。

 

「イリスさんが戻ってくるまでは、無理に動かない方がいいと思います!」

 

「……ああ、そうだったな」

 

 ユーリが街の外れへ視線を向ける。

 

「そういや、あいつ、まだ戻ってこねぇのか?」

 

「何か気になる魔力があると言っていましたからね」

 

 ウォーロッドが答えた。

 

「思ったより調査に時間がかかっているのかもしれません」

 

「……心配ですね」

 

 メイビスが小さく呟いた。

 

 イリスは、危険があれば無理をしないと約束してくれた。

 

 その言葉を疑っているわけではない。

 

 けれど、彼女が見つけたという奇妙な魔力の痕跡が、どうにも気になっていた。

 

「まあ、イリスなら大丈夫だろ」

 

 ユーリが言った。

 

「海底神殿での戦いを見ただろ? あいつ、相当強いぜ」

 

「それはそうですけど……」

 

「心配する気持ちは分かるが、今は俺たちにできることを進めよう」

 

 プレヒトが言葉を継いだ。

 

「イリスが戻ったとき、何も分かっていないのでは話にならん」

 

「……そうですね!」

 

 メイビスは頷いた。

 

「では、もう少し周囲を調べてみましょう!」

 

 四人は、ブルースカルの建物から一定の距離を保ちながら、通りを歩き始めた。

 

 ◇

 

 ブルースカルの拠点に近づくにつれ、街の様子は変わっていった。

 

 商店の数は多い。

 

 行き交う人々も決して少なくない。

 

 しかし、誰もが周囲を気にしているようだった。

 

 特に、青い髑髏の意匠を身につけた男たちが通ると、人々は決まって道を譲った。

 

「……嫌な感じだな」

 

 ユーリが呟く。

 

「そうですね」

 

 ウォーロッドも表情を曇らせた。

 

「皆さん、随分と怯えているようです」

 

 メイビスは周囲の店を観察していた。

 

 商品が並べられた露店。

 

 荷物を運ぶ商人。

 

 通りの端で立ち話をする住民たち。

 

 その視線の動き。

 

 声の大きさ。

 

 表情の変化。

 

「……やっぱり、おかしいです」

 

「何がだ?」

 

 プレヒトが尋ねた。

 

「ブルースカルの人たちが近くにいると、皆さん、急に静かになるんです」

 

「昨日から聞いている話とも一致するな」

 

「はい」

 

 メイビスは頷いた。

 

「それに、あの人たちが通り過ぎた後も、すぐには元に戻りません」

 

「……どういうことだ?」

 

 ユーリが首を傾げる。

 

「ただ怖いだけではなく、何かされるかもしれないと、いつも警戒しているのかもしれません」

 

 その言葉に、ユーリの表情が険しくなった。

 

「……気に入らねぇな」

 

「ユーリ」

 

 プレヒトが静かに呼びかける。

 

「分かってるよ。今は調査だろ?」

 

「ああ」

 

「……けどよ」

 

 ユーリは青い髑髏を見上げた。

 

「あいつら、本当にこの街の魔導士ギルドなのか?」

 

 その問いに、誰もすぐには答えられなかった。

 

 魔法を使える者たちが集まる場所。

 

 それが魔導士ギルドだという。

 

 しかし、力を持つ者が、その力で人々を脅しているのだとしたら。

 

 それは、果たして正しいことなのだろうか。

 

 四人がそんなことを考えていた、そのときだった。

 

「だから、今月はもう払ったって言ってるだろう!」

 

 通りの向こうから、怒鳴り声が聞こえた。

 

 四人は顔を見合わせた。

 

「……何でしょう?」

 

 ウォーロッドが呟く。

 

 メイビスは声のした方へ目を向けた。

 

 そこには、小さな商店の前で言い争う男たちの姿があった。

 

――――――――――

 

第二幕 譲れないもの

 

「払ったかどうかなんて、こっちが決めることなんだよ!」

 

 青い髑髏の意匠をつけた男が、店主らしき中年男性の胸ぐらを掴んでいた。

 

 その隣には、同じ格好をした魔導士が二人。

 

 店主は顔を青ざめさせながらも、必死に訴えていた。

 

「頼むよ! これ以上持っていかれたら、店を続けられなくなっちまう!」

 

「だったら店を畳めばいいだろうが!」

 

 男が乱暴に突き飛ばす。

 

「うわっ!」

 

 店主は地面に尻もちをついた。

 

 その拍子に、店先に並べられていた木箱が倒れ、中の果物が石畳へ転がった。

 

「お父さん!」

 

 店の奥から、小さな女の子が飛び出してきた。

 

 少女は倒れた父親へ駆け寄り、その身体にしがみつく。

 

「大丈夫!?」

 

「あ、ああ……大丈夫だ」

 

 店主は娘を庇うように抱き寄せた。

 

 だが、魔導士の男はそんな二人を見ても、表情を変えなかった。

 

「おいおい、何だよ。こっちが悪者みたいじゃねぇか」

 

 男が笑う。

 

「だったら、少し分からせてやるか」

 

 その手のひらに、魔力が集まり始めた。

 

 淡い光が揺らめく。

 

 店主の顔から血の気が引いた。

 

「ま、待ってくれ!」

 

 しかし、男は聞く耳を持たなかった。

 

 魔力を帯びた手を、親子へ向ける。

 

 その瞬間。

 

「――おい」

 

 低い声が響いた。

 

 魔導士が振り返る。

 

 そこには、一人の青年が立っていた。

 

 ユーリ・ドレアーだった。

 

「あ?」

 

 男が眉をひそめる。

 

「何だ、てめぇ?」

 

「その人たち、もう謝ってるだろ」

 

 ユーリは男を真っ直ぐに見据えた。

 

「それ以上やる必要、ねぇんじゃねぇか?」

 

「……は?」

 

 男は一瞬、呆気に取られた。

 

 そして、声を上げて笑った。

 

「はははっ! 何だ、お前! 正義の味方のつもりか?」

 

「別に、そんなんじゃねぇよ」

 

 ユーリは一歩前へ出た。

 

「ただ、見てて気分が悪いだけだ」

 

 その背後から、プレヒトが近づいてくる。

 

「ユーリ……!」

 

「悪い」

 

 ユーリは振り返らずに答えた。

 

「けど、あの子にまで魔法を向けるのは見過ごせねぇ」

 

「…………」

 

 プレヒトは言葉を飲み込んだ。

 

 確かに、ここで騒ぎを起こすのは得策ではない。

 

 しかし、目の前で親子が傷つけられようとしている。

 

 それを見捨てることも、彼にはできなかった。

 

「……仕方ないな」

 

 プレヒトは小さく息を吐いた。

 

「だが、無茶はするな」

 

「おう!」

 

 そのやり取りを見ていた魔導士が、顔を歪める。

 

「てめぇら……俺たちが誰だか分かってんのか?」

 

「ブルースカル、ですよね?」

 

 メイビスが静かに答えた。

 

 男の視線が彼女へ向く。

 

「だったら話が早ぇ」

 

 男は不敵に笑った。

 

「この街で俺たちに逆らうとどうなるか、教えてやるよ」

 

「私たちは、争いに来たわけではありません」

 

 メイビスは落ち着いた声で言った。

 

「その方たちを見逃していただけませんか?」

 

「ああ?」

 

「お店の方も、これ以上支払うのは難しいとおっしゃっています。ですから――」

 

「うるせぇ!」

 

 男が怒鳴った。

 

「ガキが偉そうに口出しするんじゃねぇ!」

 

 次の瞬間。

 

 男の手から、魔力の塊が放たれた。

 

 狙いは、メイビス。

 

「危ねぇ!」

 

 ユーリが咄嗟に飛び出す。

 

 メイビスを抱えるようにして横へ跳んだ。

 

 直後、二人が立っていた場所で爆発が起こった。

 

 石畳が砕け、土煙が舞い上がる。

 

「きゃっ!」

 

 メイビスが小さく悲鳴を上げた。

 

「大丈夫か!?」

 

「は、はい!」

 

 ユーリは彼女を地面へ下ろし、魔導士たちを睨みつけた。

 

「……てめぇ!」

 

 男は笑っていた。

 

「ははっ! 避けやがった!」

 

 その手に、再び魔力が集まる。

 

 プレヒトが険しい表情で告げた。

 

「……どうやら、話し合いで済む相手ではなさそうだな」

 

「そうですね……!」

 

 ウォーロッドも身構える。

 

 メイビスは周囲を見渡した。

 

 怯える住民たち。

 

 逃げ惑う人々。

 

 そして、魔法を放とうとする男たち。

 

「皆さん!」

 

 メイビスが声を上げた。

 

「まずは、あの親子を安全な場所へ!」

 

「分かった!」

 

 ウォーロッドが親子のもとへ駆け寄る。

 

「こちらへ! 早く!」

 

 店主は娘を抱き上げ、ウォーロッドに導かれて路地へ逃げ込んだ。

 

 それを見届けたユーリが、拳を握る。

 

「……よし」

 

 そして、魔導士たちへ向き直った。

 

「今度はこっちの番だ!」

 

――――――――――

 

第三幕 魔導士たちの力

 

 ユーリが駆け出した。

 

「おらぁっ!」

 

 勢いよく振り抜かれた拳が、先頭の魔導士の頬を捉える。

 

「ぐあっ!?」

 

 男はよろめき、背後の木箱へ倒れ込んだ。

 

「なっ……!」

 

 残る二人が目を見開く。

 

「この野郎!」

 

 一人が手を突き出した。

 

 魔法陣が浮かび上がり、光の弾が放たれる。

 

「ユーリ! 右です!」

 

 メイビスの声が飛んだ。

 

「おう!」

 

 ユーリは素早く身を屈める。

 

 光弾が頭上を通り過ぎ、背後の壁へ激突した。

 

 轟音。

 

 石壁の一部が砕け散る。

 

「……っ!」

 

 ユーリは思わず息を呑んだ。

 

 もし、まともに受けていたら。

 

 そう考えるだけで、背筋が冷たくなった。

 

「気をつけろ!」

 

 プレヒトが叫ぶ。

 

「相手は魔導士だ! 普通の喧嘩とは違う!」

 

「分かってる!」

 

 ユーリは歯を食いしばった。

 

 魔導士たちは、次々と魔法を放ってくる。

 

 光弾。

 

 衝撃波。

 

 地面を走る魔力の波。

 

 ユーリは必死に避けながら、相手との距離を詰めようとした。

 

 しかし、近づけば後退される。

 

 その間に、別の魔導士が攻撃してくる。

 

「くそっ!」

 

 思うように攻撃できない。

 

 ◇

 

「……三人とも、攻撃する前に手を動かしています!」

 

 メイビスが叫んだ。

 

 彼女は魔導士たちの動きを観察していた。

 

 魔法を放つ直前。

 

 手のひらに魔力が集まる。

 

 そして、わずかな間を置いて攻撃が発生する。

 

「ユーリさん! 相手の手元を見てください!」

 

「手元!?」

 

「はい! 魔法を放つ前に、一瞬だけ動きが止まります!」

 

「なるほどな!」

 

 ユーリは敵の動きを見据えた。

 

 男が右手を突き出す。

 

 その瞬間、横へ跳ぶ。

 

 直後、光弾が放たれた。

 

「よしっ!」

 

 攻撃を避けたユーリが、再び距離を詰める。

 

 今度は拳が届いた。

 

「ぐっ!」

 

 魔導士が後退する。

 

「やった!」

 

 ウォーロッドが声を上げた。

 

 しかし。

 

「……待ってください!」

 

 メイビスの表情が変わった。

 

 通りの向こう。

 

 ブルースカルの拠点から、さらに数人の魔導士が姿を現していた。

 

「何だ、騒がしいと思ったら……」

 

「うちの連中がやられてるじゃねぇか」

 

「面白そうだな」

 

 男たちは、楽しげに笑いながら近づいてくる。

 

「……まずいな」

 

 プレヒトが呟いた。

 

 敵は三人だけではなかった。

 

 ここは、ブルースカルの本拠地のすぐ近く。

 

 騒ぎが起これば、仲間が駆けつけるのは当然だった。

 

「ユーリ! もういい、退くぞ!」

 

 プレヒトが叫んだ。

 

「けどよ!」

 

「あの親子は逃がした! これ以上戦う理由はない!」

 

「……っ!」

 

 ユーリは悔しそうに歯を食いしばった。

 

 しかし、プレヒトの言うことは正しい。

 

 今は、戦う必要がない。

 

「……分かった!」

 

 ユーリは踵を返した。

 

 そのときだった。

 

「逃がすと思ってんのか?」

 

 新たに現れた魔導士が、地面へ手をついた。

 

 魔法陣が広がる。

 

 次の瞬間、石畳が盛り上がり、四人の退路を塞ぐように壁が形成された。

 

「なっ!?」

 

 ユーリが足を止める。

 

「……土を操る魔法か!」

 

 プレヒトが叫んだ。

 

 背後からは、複数の魔導士たちが迫ってくる。

 

 前方には、分厚い石の壁。

 

 四人は、逃げ道を失っていた。

 

 ◇

 

「……皆さん、落ち着いてください!」

 

 メイビスが声を上げた。

 

 彼女は周囲を見渡す。

 

 正面には魔導士たち。

 

 背後には石壁。

 

 左右には建物。

 

 そして、右手側には細い路地があった。

 

(……あそこなら!)

 

「ウォーロッドさん!」

 

「はい!」

 

「右側の路地へ向かってください!」

 

「分かりました!」

 

 ウォーロッドが走り出す。

 

 だが、その動きを見た魔導士が手を振り上げた。

 

「させるかよ!」

 

 光弾が放たれる。

 

「危ない!」

 

 プレヒトが咄嗟にウォーロッドを突き飛ばした。

 

 直後、光弾が地面へ激突する。

 

「ぐっ……!」

 

 爆風に巻き込まれたプレヒトが、石畳へ倒れ込んだ。

 

「プレヒト!」

 

 ユーリが叫ぶ。

 

「……大丈夫だ!」

 

 プレヒトは苦しげに身体を起こした。

 

 だが、額から血が流れている。

 

「プレヒトさん!」

 

 メイビスが駆け寄ろうとした。

 

「来るな!」

 

 プレヒトが叫ぶ。

 

 その瞬間、別の魔導士が魔法を放った。

 

 メイビスの足元で、石畳が砕ける。

 

「きゃあっ!」

 

 小さな身体が衝撃で吹き飛ばされた。

 

「メイビス!」

 

 ユーリが走る。

 

 地面へ倒れかけた彼女を、間一髪で受け止めた。

 

「大丈夫か!?」

 

「は、はい……!」

 

 メイビスは答えた。

 

 しかし、その声は震えていた。

 

 怖い。

 

 魔法が、こんなにも恐ろしいものだとは思わなかった。

 

 イリスが聖剣を振るう姿は、何度も見てきた。

 

 海底神殿での戦いも、鮮明に覚えている。

 

 けれど、あのときは彼女がいた。

 

 どれほど強大な相手でも、イリスが剣を握っていれば、不思議と安心できた。

 

 今は違う。

 

 目の前にいるのは、自分たちを傷つけようとする魔導士たち。

 

 そして、自分たちには、それに対抗するだけの力がない。

 

(……どうすれば……!)

 

 メイビスは必死に考えた。

 

 敵の数。

 

 攻撃の間隔。

 

 魔法を使う際の動作。

 

 逃げ道。

 

 利用できる地形。

 

 頭の中で、いくつもの可能性が浮かんでは消えていく。

 

 しかし。

 

 考えている間にも、魔法は飛んでくる。

 

 ユーリが彼女を庇う。

 

 プレヒトが傷つく。

 

 ウォーロッドが必死に逃げ道を探す。

 

(……私が、もっと早く判断できていれば……!)

 

 メイビスは唇を噛んだ。

 

 そのとき。

 

「おい、ガキ!」

 

 魔導士の一人が笑った。

 

「さっきから何を考えてるんだ?」

 

 男の手に、魔力が集まる。

 

「頭が良さそうだからって、魔法に勝てると思うなよ!」

 

 光が放たれた。

 

「――メイビス!」

 

 ユーリが彼女を突き飛ばす。

 

 次の瞬間。

 

 激しい衝撃が、ユーリの身体を襲った。

 

「がっ……!」

 

 青年の身体が吹き飛び、壁へ叩きつけられる。

 

「ユーリさん!!」

 

 メイビスの悲鳴が響いた。

 

 ユーリは地面へ崩れ落ちた。

 

 その身体は、すぐには動かなかった。

 

――――――――――

 

第四幕 敗北

 

「ユーリさん!」

 

 メイビスが駆け寄った。

 

 地面に倒れたユーリは、苦しそうに息をしていた。

 

「……っ、くそ……」

 

「喋らないでください!」

 

 メイビスは震える手で、彼の肩を支えた。

 

「今、何とかしますから……!」

 

「……悪い」

 

 ユーリがかすれた声で呟く。

 

「俺が……余計なこと、したせいで……」

 

「違います!」

 

 メイビスは即座に首を振った。

 

「ユーリさんは、あの人たちを助けようとしただけです!」

 

「……けどよ……」

 

「悪いのは、こんなことをする人たちです!」

 

 メイビスの声が震える。

 

 怒り。

 

 悔しさ。

 

 そして、恐怖。

 

 さまざまな感情が胸の中で渦巻いていた。

 

 その背後で、魔導士たちが笑う。

 

「はははっ! もう終わりかよ!」

 

「大したことねぇな!」

 

「俺たちに逆らうからこうなるんだ!」

 

 男たちの手に、再び魔力が集まり始めた。

 

 メイビスはユーリを庇うように立ち上がった。

 

「……っ!」

 

 逃げなければ。

 

 このままでは、全員が傷ついてしまう。

 

 しかし、ユーリは動けない。

 

 プレヒトも負傷している。

 

 そして、自分には――。

 

「……メイビス!」

 

 ウォーロッドの声が響いた。

 

 振り返ると、彼が路地の入口に立っていた。

 

「こちらです!」

 

「でも、ユーリさんが……!」

 

「私が運びます!」

 

 ウォーロッドが駆け寄る。

 

 その背後では、プレヒトが壁に手をつきながら立ち上がっていた。

 

「……ウォーロッド」

 

「プレヒトも、こちらへ!」

 

「……ああ」

 

 プレヒトは苦しそうに頷いた。

 

 そのとき、魔導士の一人が叫んだ。

 

「逃がすな!」

 

 複数の光弾が放たれる。

 

「……っ!」

 

 ウォーロッドは咄嗟にユーリを抱え、路地へ飛び込んだ。

 

 メイビスも後に続く。

 

 プレヒトが最後尾を走った。

 

 直後、背後で爆発が起こる。

 

 石壁が砕け、土煙が通りを覆った。

 

「くそっ! どこ行きやがった!」

 

「追え!」

 

 魔導士たちの怒号が響く。

 

 しかし、四人の姿は、すでに細い路地の奥へ消えていた。

 

 ◇

 

「……はぁ、はぁ……!」

 

 ウォーロッドは必死に走っていた。

 

 背中には、意識が朦朧としたユーリ。

 

 その後ろを、メイビスとプレヒトが続いている。

 

「ウォーロッドさん……!」

 

 メイビスが声を上げた。

 

「もう少しです!」

 

 ウォーロッドは答えた。

 

 だが、その額には汗が滲んでいた。

 

 ユーリを背負ったまま走り続けるのは、決して楽ではない。

 

 それでも、足を止めるわけにはいかなかった。

 

 背後からは、魔導士たちの声が聞こえてくる。

 

「こっちだ!」

 

「探せ!」

 

 追手は、まだ諦めていない。

 

「……右だ」

 

 プレヒトが息を切らしながら言った。

 

「この先の通り……人が多い……!」

 

「分かりました!」

 

 ウォーロッドは右へ曲がった。

 

 細い路地を抜けると、そこには商店が並ぶ通りが広がっていた。

 

 人々が行き交い、荷馬車が道を塞いでいる。

 

「……ここなら」

 

 プレヒトが小さく呟いた。

 

「少しは、紛れられる……」

 

 四人は人混みの中へ入り、追手の視線を避けるように歩いた。

 

 やがて、ブルースカルの拠点から十分に離れた場所まで辿り着く。

 

 そこでようやく、ウォーロッドは足を止めた。

 

「……はぁ……!」

 

 近くの建物の陰に、ユーリをゆっくりと下ろす。

 

 メイビスが駆け寄った。

 

「ユーリさん……!」

 

「……ん……」

 

 ユーリが薄く目を開けた。

 

「……逃げられた、か?」

 

「はい……!」

 

 メイビスは何度も頷いた。

 

「ウォーロッドさんが、助けてくれました……!」

 

「……そっか」

 

 ユーリは小さく笑った。

 

「……ありがとな」

 

「いえ……」

 

 ウォーロッドは首を横に振った。

 

「皆さんが無事で、本当に良かったです」

 

 しかし、その表情には疲労が滲んでいた。

 

 プレヒトは壁にもたれかかり、静かに目を閉じる。

 

「……無事、とは言い難いがな」

 

 額の傷から、まだ血が流れていた。

 

 メイビスは三人を見渡した。

 

 ユーリは重傷。

 

 プレヒトも負傷している。

 

 ウォーロッドも、疲れきっていた。

 

 そして、自分は。

 

「…………」

 

 メイビスは、ぎゅっと拳を握った。

 

 何もできなかった。

 

 敵の動きを見抜くことはできた。

 

 逃げ道を考えることもできた。

 

 けれど。

 

 それだけでは、仲間を守れなかった。

 

 ◇

 

 しばらくして。

 

 四人は人目につきにくい場所で、身体を休めていた。

 

 ウォーロッドが水を用意し、プレヒトの傷を布で押さえる。

 

 ユーリは壁にもたれかかり、苦しそうに息をしていた。

 

「……悪かった」

 

 不意に、ユーリが呟いた。

 

 三人が顔を上げる。

 

「俺が飛び出さなきゃ……こんなことにはならなかった」

 

「ユーリさん……」

 

 メイビスが小さく呼びかける。

 

「……けどよ」

 

 ユーリは拳を握った。

 

「あの親子を見捨てるなんて、できなかったんだ」

 

「……分かっています」

 

 メイビスは静かに頷いた。

 

「私も、同じ気持ちでしたから」

 

「メイビス……」

 

「だから、ユーリさんだけが悪いわけではありません」

 

 彼女は優しく微笑もうとした。

 

 けれど、その笑顔は上手く形にならなかった。

 

「……私も、もっと上手くできたはずなんです」

 

 メイビスは俯いた。

 

「皆さんを傷つけずに済む方法が、きっとあったはずなのに……」

 

「それは違う」

 

 プレヒトが口を開いた。

 

「相手は、最初から話を聞くつもりがなかった」

 

「でも……」

 

「お前の指示がなければ、もっと酷いことになっていたかもしれん」

 

 プレヒトは真剣な表情で続けた。

 

「敵の動きを見抜いたことも、逃げ道を探したことも、無駄ではなかった」

 

「……プレヒトさん」

 

「ただ……」

 

 彼は拳を握った。

 

「俺たちには、力が足りなかった」

 

 その言葉に、誰も反論しなかった。

 

 魔法。

 

 この世界に存在する、不思議な力。

 

 イリスが使う聖剣も、あの魔導士たちが放った光弾も、その力によるものだ。

 

 そして、自分たちは、その力に対抗する術を持っていない。

 

「……強く、ならないとな」

 

 ユーリが呟いた。

 

 ウォーロッドが静かに頷く。

 

「そうですね」

 

 メイビスは顔を上げた。

 

 その瞳には、まだ悔しさが残っていた。

 

 けれど。

 

 ただ俯いているわけにはいかなかった。

 

「……はい」

 

 彼女は小さく答えた。

 

「私たちも、もっと強くならなければいけませんね」

 

 それは、誰かを倒すためではない。

 

 誰かを傷つけるためでもない。

 

 大切な人を守るため。

 

 理不尽な力に怯える人々を、助けられるようになるため。

 

 そして、いつか。

 

 誰かの優しさを、力不足のせいで失わないために。

 

――――――――――

 

終幕 届かない声

 

 同じ頃。

 

 マグノリア郊外の森では、イリス・アストレアが静かに歩いていた。

 

「……やはり、ここから先は薄くなっていますね」

 

 金色の瞳に映る、異質な魔力の残滓。

 

 それは森の奥へ向かうほど、少しずつ途切れ始めていた。

 

 イリスは足を止め、周囲を見渡す。

 

 枯れた木々。

 

 生命を失った草花。

 

 そして、静まり返った森。

 

 これほどの異変が起きているにもかかわらず、その原因となった存在は見つからない。

 

(……何かが、ここを通ったのでしょうか)

 

 そう考えたものの、確証はなかった。

 

 魔力の痕跡は残っている。

 

 しかし、それが人間のものなのか、魔物のものなのかさえ、はっきりとは分からない。

 

「……困りましたね」

 

 イリスは小さく息を吐いた。

 

 このまま追い続けても、何か分かるとは限らない。

 

 それに。

 

(……そろそろ、皆さんのところへ戻った方が良さそうですね)

 

 メイビスたちは、今も街で情報を集めているはずだ。

 

 自分だけが、いつまでも別行動しているわけにはいかない。

 

 イリスは最後にもう一度、森を見渡した。

 

「……また、調べに来る必要があるかもしれませんね」

 

 そう呟き、踵を返す。

 

 長い黒髪が、風に揺れた。

 

 その足取りは、来たときよりも少し速かった。

 

 仲間たちのもとへ戻るために。

 

 ◇

 

 一方、マグノリアの街。

 

 青い髑髏を掲げた巨大な建造物は、夕暮れの光を受けて、不気味な影を落としていた。

 

 その影から遠く離れた場所で、四人の若者が身を寄せ合っていた。

 

 誰もが傷つき、疲れきっている。

 

 けれど、その瞳から、諦めの色は消えていなかった。

 

「……イリスさん、まだでしょうか」

 

 ウォーロッドが呟いた。

 

「……そうですね」

 

 メイビスは小さく頷いた。

 

 そして、街の外れへ視線を向ける。

 

 今頃、彼女は何をしているのだろう。

 

 何か手掛かりを見つけられただろうか。

 

 それとも、まだ森を調べているのだろうか。

 

 イリスが戻ってきたら、きっと驚くだろう。

 

 自分たちが、こんな姿になっているのだから。

 

「……心配、かけちゃいますね」

 

 メイビスが小さく笑った。

 

 その笑顔には、少しだけ寂しさが混じっていた。

 

 そして。

 

 遠く離れた森の中。

 

 イリスは、まだ何も知らないまま、仲間たちのもとへ向かっていた。

 

 その金色の瞳に、異質な魔力の残滓を残したまま。

 

 青い髑髏の街で起きた、小さな戦い。

 

 それは、彼女たちにとって初めての大きな敗北となった。

 

 しかし、その敗北が、やがて新たな力との出会いへつながっていくことを――。

 

 今はまだ、誰も知らなかった。

 

 ――第9話 完――

 




【こそこそ妖精話】

ゼーラ「……ねえ、メイビス。まだ落ち込んでるの?」

メイビス「……はい。私がもっと上手く考えられていたら、皆さんを傷つけずに済んだかもしれません」

ゼーラ「まったく。あんたって、何でも自分のせいにするんだから」

メイビス「でも……」

ゼーラ「でも、じゃないわよ。あんた一人で全部どうにかできるなら、仲間なんて必要ないでしょ?」

メイビス「……仲間」

ゼーラ「そうよ。ユーリたちだって、自分で考えて、自分の意思で動いたんだから」

メイビス「……そうですね」

ゼーラ「それに、あんたがいなかったら、もっと大変なことになってたかもしれないじゃない」

メイビス「……ありがとうございます、ゼーラ」

ゼーラ「べ、別に! 私は思ったことを言っただけよ!」

メイビス「ふふっ。ゼーラは優しいですね」

ゼーラ「だから、そういうのはいいってば!」

メイビス「……でも、私、決めました」

ゼーラ「何を?」

メイビス「もっと強くなります! 皆さんを守れるように!」

ゼーラ「……うん。それでこそメイビスね」

メイビス「はい!」

ゼーラ「ただし、一つだけ約束して」

メイビス「約束、ですか?」

ゼーラ「次に無茶をしそうになったら、ちゃんと誰かに相談すること!」

メイビス「もちろんです! イリスさんにも相談します!」

ゼーラ「……あの子、頼りになるものね」

メイビス「はい! でも、イリスさんにばかり頼ってはいられません!」

ゼーラ「ふふっ。そうね」

メイビス「まずは、私にも使える魔法を探さないと!」

ゼーラ「……えっ、今から?」

メイビス「はい! 善は急げ、です!」

ゼーラ「ちょっと! あんた、さっきまで落ち込んでたじゃない!」

メイビス「元気が出ましたから!」

ゼーラ「切り替え早すぎでしょーっ!」

メイビス「えへへ♪」



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。
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