X784年。
フィオーレ王国、マグノリア。
魔導士ギルド、妖精の尻尾。
「ナツ!! グレイ!!」
「「……っ!?」」
ギルドに響き渡った鋭い声。
先ほどまで取っ組み合いの喧嘩をしていた二人が、同時に動きを止めた。
「お、おう! エルザ!」
「よ、よう! 帰ってたのか!」
そこに立っていたのは、深紅の髪を持つ鎧姿の少女。
エルザ・スカーレットだった。
「私がいない間、また喧嘩をしていたそうだな?」
「い、いや! これは違うんだ!」
「そうそう! ちょっとした挨拶みてえなもんで!」
「ほう?」
「「すみませんでした!!」」
見事な土下座だった。
「…………」
その光景を見ていたルーシィ・ハートフィリアは、口をぽかんと開けていた。
「……え?」
いつも騒がしいナツとグレイが。
あの二人が。
「……誰!?」
「エルザ・スカーレットよ」
隣にいたミラジェーンが微笑む。
「うちのS級魔導士の一人なの」
「えっ!? S級!?」
「ええ。とっても強いのよ」
ルーシィは改めてエルザを見つめた。
確かに、ただ者ではない雰囲気がある。
しかし。
「……あの二人が、あんなに大人しくなるなんて」
「ふふっ。エルザには頭が上がらないのよ」
そのとき。
「あっ!」
エルザの表情が変わった。
「イリスさん!」
「おかえりなさい、エルザさん」
カウンターで紅茶を楽しんでいたイリス・アストレアが、にこやかに手を振った。
すると、先ほどまで厳しい表情をしていたエルザが、ぱっと笑顔になる。
「ただいま戻りました!」
「ふふっ。お疲れ様でした。依頼はどうでしたか?」
「はい! 問題なく完了しました!」
「それは何よりです」
イリスが微笑むと、エルザも嬉しそうに頷いた。
「それと、イリスさん!」
「はい?」
「以前の模擬戦で見せていただいた剣技について、また教えていただきたいことがあるのですが……!」
「もちろんですよ。今度、一緒に練習しましょうか」
「ありがとうございます!」
「…………」
ルーシィは、再び固まっていた。
「……え?」
あのエルザが。
ナツとグレイを一瞬で黙らせたエルザが。
「……なんか、すっごく嬉しそうなんだけど!?」
「ふふっ。エルザはイリスさんを尊敬しているのよ」
ミラジェーンが楽しそうに答える。
「剣の腕前は、ギルドでも一番だから」
「えええっ!?」
ルーシィはイリスを見つめた。
週刊ソーサラーのグラビアを飾った、あの美少女。
いつも穏やかで、優しくて。
とても剣を振り回すようには見えない少女。
「……イリスさんって、そんなに強いんですか?」
「ふふっ。それなりには」
「絶対それなりじゃないですよね!?」
イリスは楽しそうに笑った。
その隣で、メイビスもくすくすと笑っている。
「ルーシィちゃん、イリスはすごいんですよ!」
「メイビス。あまり持ち上げないでください」
「本当のことですから!」
「ふふっ。もう……」
そんな二人を見て、ルーシィは小さく息を吐いた。
このギルド。
やっぱり、普通じゃない。
◇
「ところで、エルザさん」
イリスが紅茶のカップを置いた。
「何かお急ぎの用事があったんですか?」
「ああ。実はそうなんです」
エルザの表情が真剣になる。
「闇ギルド『鉄の森』が、不穏な動きを見せています」
「鉄の森……?」
メイビスが首を傾げた。
「ええ。どうやら、ララバイという危険な魔道具を狙っているようで」
「ララバイ……」
イリスが小さく呟く。
「聞いたことがあります。呪歌を奏でる魔道具でしたね」
「はい。放置すれば、大勢の犠牲者が出る恐れがあります」
エルザが頷いた。
「そこで、ナツとグレイに協力してもらおうと思っています」
「俺たちか!?」
ナツが勢いよく立ち上がった。
「面白そうじゃねえか!」
「お前、話聞いてたのかよ……」
グレイが呆れたように呟く。
「ルーシィ、お前も来るか?」
「えっ!? 私も!?」
突然話を振られ、ルーシィが目を丸くした。
「当然だろ! 仲間なんだから!」
「そ、そうだけど……!」
ルーシィはエルザを見た。
エルザも静かに頷く。
「危険な任務になるかもしれない。だが、力を貸してくれると助かる」
「……!」
その真剣な眼差しに、ルーシィは少しだけ背筋を伸ばした。
「……分かりました!」
イリスが微笑む。
「皆さん、気をつけてくださいね」
「はい!」
エルザが力強く答えた。
「イリスさんも、メイビスさんも。行ってきます!」
「いってらっしゃーい!」
メイビスが元気よく手を振る。
こうして、エルザたちはララバイ事件の調査へ向かった。
◇
それから数日。
鉄の森によるララバイ事件は、大きな騒動となった。
闇ギルドの魔導士たちは、呪歌によってギルドマスターたちの命を奪おうとしていた。
しかし、その計画はエルザたちによって阻止される。
ナツとグレイは敵の魔導士たちを打ち破り、ルーシィも星霊魔法で仲間を支えた。
そして、ララバイに宿っていた悪魔が姿を現したとき。
「行くぞ、ナツ! グレイ!」
「おう!!」
「言われなくても分かってる!」
三人の魔法が、巨大な悪魔へと叩き込まれた。
炎。
氷。
そして、エルザの剣。
激しい攻防の末、ララバイは破壊された。
事件は解決。
もっとも、その余波で周辺に少々大きな被害が出たことについては、後日マカロフが頭を抱えることになったのだが。
「まったく、あやつらは……!」
ギルドに届いた報告書を見て、マカロフが深いため息をつく。
「ふふっ。でも、皆さん無事だったんですから」
イリスが微笑む。
「そうですよ!」
メイビスも元気よく頷いた。
「それに、ちゃんと事件を解決したんですから!」
「……お主らは相変わらず甘いのう」
マカロフは苦笑した。
だが、その表情には安堵が浮かんでいた。
仲間たちが無事に帰ってくる。
それ以上に大切なことなど、あるはずがなかった。
――このときは、まだ。
誰も知らなかった。
妖精の尻尾に、別の脅威が迫っていることを。
◇
数日後。
マグノリア。
妖精の尻尾。
「…………」
ギルドの前に立つナツたちは、言葉を失っていた。
そこにあったのは、変わり果てた建物だった。
無数の鉄柱が壁を貫き、窓は砕け、外壁は大きく破壊されている。
「……なんだよ、これ」
グレイが低く呟く。
「……誰がやった」
ナツの拳から、炎が漏れた。
その背後で、エルザが険しい表情を浮かべていた。
「……ファントムロード」
ミラジェーンが静かに告げる。
「昨夜、襲撃されたの」
「ファントムロード……?」
ルーシィが息を呑んだ。
それは、妖精の尻尾と並び称されるほどの大手魔導士ギルド。
そして、そのマスターは聖十大魔道の一人、ジョゼ・ポーラ。
「ふざけやがって……!」
ナツが拳を握り締める。
「俺たちのギルドに、こんなことしやがって!!」
「ナツ」
エルザが静かに制した。
「今は落ち着け」
「落ち着いてられるかよ!!」
「気持ちは分かる。だが、勝手に動くな」
その言葉に、ナツは歯を食いしばった。
ギルドの中では、仲間たちが必死に片づけを進めていた。
幸い、襲撃時に大きな人的被害は出ていなかった。
しかし。
仲間たちの怒りは、収まるはずもなかった。
◇
「……ファントムロード、か」
マカロフが静かに呟いた。
その表情からは、普段の陽気さが消えていた。
「マスター……」
ミラジェーンが心配そうに見つめる。
「……建物だけなら、まだよかった」
マカロフは低い声で続けた。
「じゃが、奴らは一線を越えた」
その後、ギルドの仲間たちが襲撃され、重傷を負わされる事件まで発生した。
仲間を傷つけられたマカロフの怒りは、ついに限界に達した。
「……行くぞ」
マカロフが立ち上がる。
「ファントムロードへ乗り込む」
「おおおおっ!!」
ギルド中から怒号が上がった。
ナツも、グレイも、エルザも。
誰もが怒りに燃えていた。
ただ一つ。
この場に、イリスとメイビスの姿はなかった。
二人は数日前から、別の土地で古代魔法に関する調査を行っていた。
ファントムロードの襲撃についても、まだ知らされていない。
マカロフは仲間たちを見渡した。
「妖精の尻尾の仲間に手を出したこと……」
その小さな身体から、凄まじい魔力が溢れ出す。
「後悔させてやるわい!!」
◇
ファントムロード。
その本拠地では、激しい戦闘が繰り広げられていた。
「どけえええっ!!」
ナツの炎が敵の魔導士たちを吹き飛ばす。
「邪魔だ!」
グレイの氷が、通路を塞ぐ敵を一掃した。
エルザも次々と敵を打ち倒していく。
そして。
「ジョゼェェェッ!!」
マカロフの怒号が響き渡った。
その身体が巨大化し、凄まじい魔力が周囲を震わせる。
聖十大魔道の一人。
妖精の尻尾、三代目マスター。
マカロフ・ドレアー。
その怒りを前に、ファントムロードの魔導士たちは恐怖に震えた。
しかし。
「……くくく」
不気味な笑い声が響いた。
「素晴らしい魔力ですねぇ……」
「……何者じゃ?」
マカロフが振り返る。
そこに立っていたのは、奇妙な笑みを浮かべた男。
ファントムロードの四元素。
大空のアリアだった。
「ですが……少々、いただきましょうか」
「……っ!?」
次の瞬間。
マカロフの周囲に、異様な魔力が渦巻いた。
「なっ……!?」
身体から、力が抜けていく。
膨大な魔力が、何かに吸い取られていくような感覚。
「き、貴様……!」
「くくく……悲しいですねぇ」
アリアが不気味に笑った。
「これほどの魔力を失うとは……実に悲しい」
「ぐっ……!」
マカロフの身体が元の大きさへと戻る。
膝が折れた。
「マスター!!」
エルザの叫びが響いた。
だが、遅かった。
マカロフは、その場に崩れ落ちた。
◇
その日の夕方。
フィオーレ王国、マグノリア。
妖精の尻尾。
「……マカロフさんが?」
イリスの声が、静かに響いた。
調査を終え、メイビスと共に帰還したばかりだった。
しかし、目の前に広がっていたのは、破壊されたギルド。
そして。
仲間たちから告げられた、信じがたい知らせだった。
「……はい」
ミラジェーンが俯く。
「ファントムロードの魔導士に、魔力を奪われて……」
「…………」
イリスの表情から、笑みが消えた。
隣にいたメイビスも、黙って話を聞いていた。
「……マカロフは、どこですか?」
メイビスが尋ねる。
「奥の部屋で休んでいます」
「……分かりました」
二人は、静かに歩き始めた。
◇
ギルドの奥。
簡素なベッドの上に、マカロフが横たわっていた。
「……マカロフさん」
イリスが静かに声をかける。
「……おお」
マカロフがゆっくりと目を開けた。
「イリス……メイビス……」
「はい。戻りました」
イリスが優しく微笑む。
「……すまんのう」
マカロフが小さく呟いた。
「せっかく帰ってきたというのに……こんな姿を見せるとは」
「何を言っているんですか」
イリスが首を振る。
「マカロフさんが謝ることではありませんよ」
「……じゃが」
マカロフは悔しそうに拳を握った。
「わしが、もっと注意しておれば……」
「マカロフ」
静かな声だった。
メイビスが、ベッドの傍らに立っていた。
いつもギルドで笑っている少女。
お菓子が大好きで、イリスと楽しそうに過ごしている少女。
しかし、今の彼女には、普段の無邪気さがなかった。
「あなたは、十分頑張りました」
「……メイビス」
「仲間を守ろうとして、戦ったんですよね?」
「……ああ」
「それなら、胸を張ってください」
メイビスは優しく微笑んだ。
「あなたは、立派なマスターです」
「…………」
マカロフの目が、わずかに潤んだ。
その言葉を告げた少女が、何者なのか。
彼は、よく知っていた。
妖精の尻尾を創設した、初代マスター。
そして、自分の父ユーリと共に歩んできた、大切な存在。
「……すまん」
マカロフが目を閉じる。
「……あとは、頼めるかのう」
メイビスは頷いた。
「もちろんです」
そして、隣に立つイリスを見上げる。
「イリス」
「はい」
イリスが静かに微笑んだ。
「私も、同じ気持ちですよ」
「……ふふっ」
メイビスが小さく笑った。
そして、再びマカロフへ向き直る。
「マカロフ」
その声には、確かな決意が宿っていた。
「あなたは、今はゆっくり休んでいてください」
「……ああ」
「仲間たちは、私たちが守ります」
メイビスは胸に手を当てた。
その姿は、小さな少女のままだった。
けれど。
彼女の瞳には、百年近い年月を歩んできた者だけが持つ、揺るぎない意志が宿っていた。
「あとは、私たちに任せてください!」
イリスも隣で頷く。
「ええ。必ず、皆さんを守ります」
マカロフは、ゆっくりと息を吐いた。
「……頼んだぞ」
その声には、安堵があった。
妖精の尻尾。
それは、かつて小さな仲間たちが集まって生まれたギルド。
長い年月の中で、幾度も困難を乗り越えてきた場所。
そして今。
そのギルドを創設した少女と、共に歩んできた聖剣使いが、再び立ち上がろうとしていた。
――ファントムロード。
彼らは、まだ知らない。
自分たちが怒らせた相手が、何者なのかを。
そして。
妖精の尻尾には、今もなお。
百年前から変わらぬ二人の守護者がいるということを。
次に動くのは、初代マスター。
メイビス・ヴァーミリオン。
その小さな身体に宿る、規格外の魔力。
そして、妖精の尻尾を守るために磨き続けてきた力が。
ついに、解き放たれようとしていた。
【こそこそ妖精話】
~お仕置きがお望みですか?~
X784年。
夜の妖精の尻尾。
賑やかな夕食を終えたイリスとメイビスは、ルーシィと一緒にテーブルを囲んでいた。
ルーシィ「そういえば、イリスさんとメイビスさんには、まだ紹介してませんでしたね!」
イリス「紹介、ですか?」
ルーシィ「はい! 私の星霊です!」
ルーシィが黄金の鍵を取り出した。
ルーシィ「開け! 処女宮の扉! バルゴ!」
魔法陣が輝き、メイド服姿の女性が現れる。
バルゴ「お呼びでしょうか、姫」
イリス「まあ! 可愛らしいメイドさんですね」
メイビス「おおーっ! 本物の星霊さんです!」
バルゴ「……こちらの方々は?」
ルーシィ「同じギルドのイリスさんとメイビスさんよ!」
バルゴ「よろしくお願いいたします」
イリス「ふふっ。よろしくお願いします、バルゴさん」
メイビス「よろしくですー!」
バルゴは二人をじっと見つめた。
バルゴ「……姫」
ルーシィ「なに?」
バルゴ「こちらのお二人も、姫とお呼びした方がよろしいでしょうか」
ルーシィ「いや、別にそんな決まりはないけど……」
バルゴ「では、お姫様が三人ですね」
メイビス「ふふーん! 私はお姉さんです!」
ルーシィ「お姫様とお姉さんは関係ないでしょ!?」
バルゴ「……ところで」
イリス「はい?」
バルゴ「お仕置きがお望みですか?」
イリス「……え?」
メイビス「お仕置き?」
ルーシィ「ちょっとバルゴ!? いきなり何聞いてるのよ!」
バルゴ「申し訳ありません、姫。いつもの癖で」
メイビス「……イリス」
イリス「はい?」
メイビス「お仕置きって、どんなことをするんでしょう?」
イリス「……さあ?」
バルゴ「ご希望でしたら、すぐにご用意いたします」
ルーシィ「用意しなくていいから!!」
メイビスは少し考えた。
メイビス「……じゃあ、甘いものを食べすぎたときのお仕置きとか?」
イリス「ふふっ。それなら、お菓子を一日禁止ですね」
メイビス「…………」
メイビス「それだけは絶対に嫌です!!」
バルゴ「……なるほど。最も効果的なお仕置きですね」
ルーシィ「真面目に分析しないで!!」
そのとき、バルゴが静かに一礼した。
バルゴ「では、今夜はどなたをお仕置きすればよろしいでしょうか」
イリス「……ふふっ」
メイビス「私は遠慮します!!」
ルーシィ「誰もお仕置きしなくていいからあああ!!」
夜のギルドに、ルーシィの絶叫が響き渡った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。