X784年。
フィオーレ王国、マグノリア。
魔導士ギルド、妖精の尻尾。
「……さて」
メイビス・ヴァーミリオンが、静かに立ち上がった。
先ほどまでマカロフが休んでいた部屋。
その扉を閉めると、隣にいたイリス・アストレアへ視線を向ける。
「イリス。行きましょうか」
「はい」
イリスは穏やかに頷いた。
いつもと変わらない、柔らかな微笑み。
けれど、その青と金の瞳には、確かな決意が宿っていた。
「……あの、二人とも」
廊下で待っていたミラジェーンが、おずおずと声をかける。
「本当に、大丈夫ですか?」
「もちろんです!」
メイビスはにっこり笑った。
「マカロフには、ゆっくり休んでもらわないといけませんから!」
「ふふっ。そうですね」
イリスも微笑む。
「それに、ミラさん」
「はい?」
「私たちの大切な家を、これ以上壊させるわけにはいきませんから」
「……!」
ミラジェーンは目を見開いた。
その言葉は、決して大げさなものではなかった。
二人にとって、妖精の尻尾は特別な場所なのだ。
長い年月を経ても、決して変わらない。
帰るべき場所。
「……お願いします」
ミラジェーンが深く頭を下げた。
メイビスは、そんな彼女の手を優しく握った。
「任せてください!」
その笑顔は、いつもと同じだった。
だからこそ。
ミラジェーンは、不思議と安心できた。
◇
それから、しばらくして。
マグノリアの街に、異様な振動が響き渡った。
――ズズズズズ……!!
「な、なんだ!?」
「地震か!?」
通りを歩いていた人々が、足を止める。
そして。
海の向こうから現れた巨大な影を見て、誰もが言葉を失った。
「……嘘だろ」
それは、巨大な建造物だった。
無数の脚を動かしながら、ゆっくりと街へ迫ってくる。
ファントムロードの本拠地。
巨大な歩行要塞。
その姿は、まるで街そのものを踏み潰そうとする怪物のようだった。
「おいおいおい!!」
妖精の尻尾の前で、ナツが叫ぶ。
「なんだよ、あのでっけえの!!」
「ファントムロード……!」
エルザが険しい表情を浮かべた。
「まさか、本拠地ごと攻めてくるとは……!」
「冗談じゃねえぞ!」
グレイが歯を食いしばる。
その隣では、ルーシィが青ざめていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! あんなの、どうやって止めるの!?」
「……あれは」
メイビスが、興味深そうに巨大要塞を見上げた。
「なかなか大胆なことをしますね」
「そうですね」
イリスも頷く。
「ですが、街の近くまで来られると困ります」
「……え?」
ルーシィが振り返った。
二人とも。
まるで、少し面倒な来客でも見つけたような顔をしている。
「イリスさん……?」
「はい?」
「……怖くないんですか?」
「ふふっ」
イリスは小さく笑った。
「大丈夫ですよ、ルーシィさん」
そして、腰へ手を伸ばす。
その瞬間。
メイビスの隣に、小さな空間の裂け目が生まれた。
そこから現れたのは、一振りの聖剣。
濃紺と黄金の鞘。
星の意匠が刻まれた、美しい剣だった。
イリスはそれを受け取り、左腰へ佩く。
「……イリスさん」
エルザが小さく呟いた。
その剣を知っている。
かつて、ギルダーツとの模擬戦で見た剣。
あの日。
自分が目撃した、剣技の極致。
「皆さん」
イリスが微笑んだ。
「街は、私が守ります」
◇
ファントムロード、歩行要塞内部。
「くくく……!」
ジョゼ・ポーラは、不気味な笑みを浮かべていた。
聖十大魔道の一人。
ファントムロードのマスター。
その視線の先には、マグノリアの街が広がっている。
「マカロフも倒れた今、妖精の尻尾など恐れるに足りませんねぇ」
ジョゼは片手を上げた。
「魔導集束砲、ジュピター」
巨大要塞の正面。
そこに設置された砲口へ、膨大な魔力が集まり始める。
「まずは、あの忌々しいギルドを吹き飛ばして差し上げましょう」
そして。
「――発射」
轟音。
巨大な魔力の奔流が、マグノリアへ放たれた。
◇
「来るぞ!!」
エルザが叫んだ。
巨大な光が、街へ迫ってくる。
その威力は、通常の魔導士が放つ攻撃魔法とは比較にならない。
「みんな、下がれ!!」
グレイが叫ぶ。
ナツも拳に炎を纏わせた。
だが。
「大丈夫ですよ」
穏やかな声が響いた。
イリスだった。
彼女は、ゆっくりと聖剣を抜く。
澄んだ金属音。
星の意匠を持つ刀身が、陽光を受けて輝いた。
「……少し、失礼しますね」
次の瞬間。
イリスの姿が消えた。
「えっ!?」
ルーシィが目を見開く。
風が吹いた。
それだけだった。
気づけば、イリスは空中にいた。
風魔法による加速。
その足元には、淡い黄金色の光剣が浮かんでいる。
迫り来るジュピター。
街を飲み込まんとする、巨大な魔力の奔流。
イリスは、その正面で聖剣を構えた。
「――絶対切断」
一閃。
ただ、それだけ。
巨大な魔力の奔流に、一本の線が走った。
そして。
――スッ。
ジュピターが、消えた。
爆発もない。
衝撃波もない。
魔力が周囲へ飛び散ることすらなかった。
まるで、最初から何も存在しなかったかのように。
巨大な砲撃は、跡形もなく消失した。
「…………」
沈黙。
街を見守っていた魔導士たちが、揃って口を開けていた。
「……は?」
ナツが呟く。
「……おい」
グレイが目をこする。
「今、何が起きた?」
「……斬った」
エルザが答えた。
「イリスさんが、ジュピターを斬ったんだ」
「いやいやいやいや!!」
ルーシィが叫ぶ。
「魔法の大砲って、斬れるものなの!?」
「普通は無理だ」
エルザは真顔で答えた。
「……普通は」
「普通じゃないにも程があるでしょ!?」
その頃。
空中のイリスは、聖剣を軽く振っていた。
「ふむ……」
そして、要塞を見つめる。
「次は、あちらですね」
◇
「なっ……!?」
歩行要塞内部。
ジョゼが、思わず立ち上がった。
「ジュピターが……消えた!?」
あり得ない。
あれほどの魔力を集束させた砲撃が。
何の爆発も起こさず、完全に消失した。
「いったい、何を……!」
そのとき。
窓の向こうに、一人の少女が見えた。
黒髪のハーフツインテール。
青と金のオッドアイ。
そして、美しい聖剣。
「……小娘?」
ジョゼが眉をひそめる。
だが、次の瞬間。
少女が剣を振った。
――キンッ。
澄んだ音が響く。
巨大要塞の脚部。
その接続部分に、細い光の線が走った。
一つ。
二つ。
三つ。
次々と。
そして。
――ガコンッ!!
「なっ!?」
要塞が、大きく揺れた。
巨大な脚部の駆動機構が、次々と切断されていく。
ただし、要塞そのものが崩壊することはなかった。
切断された部分は、黄金色の光剣によって支えられている。
無数の光剣が、巨大な建造物を固定していた。
「……これで」
イリスが微笑む。
「もう、歩けませんね」
最後の一閃。
動力系統の一部が切断され、歩行要塞は完全に停止した。
内部の魔導士たちを巻き込むこともなく。
周辺の街を破壊することもなく。
巨大な要塞は、その場で動きを止めた。
「…………」
ジョゼは、言葉を失っていた。
自慢の魔導兵器が。
たった一人の少女によって。
ほとんど何もできないまま、無力化されたのだ。
「……何者ですか、あの女は……!」
◇
「よし!」
メイビスが、ぱんっと手を叩いた。
「イリス、ありがとうございます!」
「どういたしまして」
空間転移によって地上へ戻ったイリスが、にこやかに答える。
「ですが、まだ敵の魔導士たちが残っていますね」
「そうですね!」
メイビスは仲間たちを見渡した。
「皆さん!」
「お、おう!」
ナツが返事をする。
「ここからは、皆さんの出番です!」
その言葉に、ナツがにやりと笑った。
「へっ! 待ってました!!」
「まったく……」
グレイが肩をすくめる。
「最初から、そのつもりだっつーの」
エルザも剣を構えた。
「行くぞ! 妖精の尻尾の誇りを見せてやれ!」
「おおおおっ!!」
仲間たちの声が響き渡った。
イリスは、その様子を嬉しそうに見つめる。
「では、私は街を見てきますね」
「お願いします、イリス!」
「はい。メイビスも、気をつけてください」
「もちろんです!」
二人は微笑み合った。
そして。
それぞれの戦場へと向かった。
◇
歩行要塞内部。
「火竜の鉄拳!!」
「ぐおっ!?」
ナツの拳が、敵の魔導士を吹き飛ばした。
「どけどけどけえええっ!!」
炎を纏いながら、次々と敵を突破していく。
その前に現れたのは、鉄のような肌を持つ男だった。
「……よう」
ガジル・レッドフォックス。
鉄の滅竜魔導士。
「随分と元気じゃねえか、火竜」
「……てめえか」
ナツの表情が変わった。
仲間たちを傷つけた男。
その姿を前に、炎が激しく燃え上がる。
「覚悟しろよ、鉄クズ野郎!!」
「ギヒッ! やってみろよ!!」
炎と鉄が激突した。
激しい衝撃が、通路を震わせる。
互いに一歩も退かない。
拳と拳。
魔法と魔法。
その激闘の末。
「――火竜の咆哮!!」
ナツの炎が、ガジルを飲み込んだ。
「ぐああああっ!!」
鉄の滅竜魔導士が、床へ叩きつけられる。
「……へっ」
ナツは荒い息を吐いた。
「妖精の尻尾を……なめんじゃねえぞ」
◇
一方。
別の通路では、グレイが一人の少女と対峙していた。
「……あなたが、グレイ様……」
青い髪の少女。
四元素の一人、ジュビア・ロクサー。
「……グレイ様?」
グレイが眉をひそめる。
「なんだ、その呼び方」
「ジュビアは……あなたと戦わなければなりません」
少女の身体が、水へと変わる。
激しい水流が、グレイへ襲いかかった。
「ちっ!」
グレイは素早く氷の盾を作り出す。
水と氷。
二つの魔法が、激しくぶつかり合った。
だが、戦いの中で。
ジュビアは気づいてしまった。
自分を敵として見ながらも、必要以上に傷つけようとはしない青年の姿に。
「……どうして」
「……あ?」
「どうして、そんなに……」
ジュビアの頬が、わずかに赤くなる。
「……優しいんですか?」
「はあ!?」
グレイが目を丸くした。
その隙を突いて、水流が襲いかかる。
「うおっ!? 危ねえ!!」
慌てて飛び退くグレイ。
だが、すぐに体勢を立て直した。
「悪いが、こっちも負けるわけにはいかねえんだ!」
両手を構える。
「氷の造形魔法――!」
鋭い氷の槍が、水流を貫いた。
激しい攻防の末、ジュビアはついに膝をつく。
「……ジュビアの、負けです」
「……大丈夫か?」
グレイが手を差し伸べる。
「……!」
ジュビアは、その手を見つめた。
そして。
顔を真っ赤にした。
「……グレイ様……!」
「……なんでそうなる!?」
◇
その頃。
エルザは、次々と敵の魔導士たちを打ち倒していた。
「邪魔をするな!!」
換装。
剣が閃く。
迫り来る魔法を防ぎ、敵の攻撃を斬り払う。
その後方では、ルーシィが星霊の鍵を握り締めていた。
「開け! 金牛宮の扉!」
光が輝く。
「タウロス!!」
「モォォォ!!」
巨大な斧が、敵の魔導士たちを吹き飛ばした。
「よしっ!」
ルーシィが拳を握る。
だが、その表情には、まだ迷いがあった。
自分が狙われた理由。
父親。
ハートフィリア家。
そして、妖精の尻尾。
「……私のせいで」
小さく呟く。
しかし。
「ルーシィ!」
エルザの声が響いた。
「顔を上げろ!」
「……!」
「お前は、妖精の尻尾の仲間だ!」
エルザは敵を斬り払いながら、力強く続けた。
「仲間を守るのに、理由などいらん!」
「……エルザ……!」
ルーシィは唇を噛んだ。
そして、鍵を強く握り締める。
「……うん!」
もう、逃げない。
自分も、このギルドの一員なのだから。
◇
マグノリアの街。
「皆さん、こちらへ!」
イリスの声が響く。
崩れかけた建物。
逃げ遅れた住民。
そして、街へ向けて放たれる敵の攻撃魔法。
そのすべてに、イリスは対応していた。
「――光剣」
無数の黄金色の剣が、空中に現れる。
飛来する魔法を次々と迎撃。
崩れかけた建物を支え、住民の避難路を確保する。
「お、お姉ちゃん!」
幼い少女が、涙目で駆け寄ってきた。
「お母さんが、あっちに……!」
「大丈夫ですよ」
イリスは優しく微笑んだ。
「すぐに助けますから」
風が吹いた。
次の瞬間。
イリスは崩れた建物の前にいた。
光剣が瓦礫を持ち上げる。
その下にいた女性を、そっと抱き起こした。
「……ありがとうございます……!」
「ふふっ。お気になさらず」
イリスは少女のもとへ戻る。
「ほら、お母さんですよ」
「お母さん!!」
少女が泣きながら抱きついた。
その姿を見て、イリスは嬉しそうに微笑んだ。
そして、遠くに見える歩行要塞へ視線を向ける。
「……メイビス」
小さく呟いた。
「そちらは、お任せしましたよ」
◇
歩行要塞、最上階。
「……まったく」
ジョゼ・ポーラは、苛立たしげに舌打ちした。
ジュピターは消され。
歩行要塞は停止し。
配下の魔導士たちも、次々と敗北している。
「……ふざけた連中ですねぇ」
そのとき。
「こんにちは!」
明るい声が響いた。
「……?」
ジョゼが振り返る。
そこに立っていたのは、一人の少女だった。
長い金髪。
幼い容姿。
そして、無邪気な笑顔。
「……なんですか、あなたは」
「メイビスです!」
少女はにっこり笑った。
「少し、お話をしに来ました!」
「……話?」
ジョゼの額に、青筋が浮かぶ。
「私を、誰だと思っているのですか?」
「ジョゼ・ポーラさんですよね?」
「……ほう」
「ファントムロードのマスターで、聖十大魔道の一人」
メイビスは指を折りながら答えた。
「間違っていませんよね?」
「……分かっているなら、さっさと失せなさい」
ジョゼの周囲に、黒い魔力が渦巻く。
「小娘が……!」
その言葉に。
メイビスは、ぴたりと笑うのをやめた。
「……小娘、ですか」
「……?」
少女は、静かにジョゼを見つめた。
「そうですね。見た目だけなら、そう思われても仕方ありません」
そして。
一歩、前へ出る。
「ですが、一つだけ訂正させてください」
「……何を?」
メイビスは、胸に手を当てた。
「私は、メイビス・ヴァーミリオン」
静かな声だった。
しかし、その声には、不思議な重みがあった。
「魔導士ギルド『妖精の尻尾』を創設した――」
微笑む。
「初代マスターです!」
「…………」
沈黙。
ジョゼは、数秒間。
何も言えなかった。
「……は?」
そして。
「……何を馬鹿なことを!!」
怒号が響いた。
「妖精の尻尾の初代マスターだと!? そんなもの、とうの昔に――!」
「ええ。百年近く前のお話ですね」
メイビスは、あっさり頷いた。
「ですが、私はここにいますよ?」
「……っ!」
ジョゼの表情が歪んだ。
そのとき。
「……メイビス、さん?」
別の声が響いた。
通路から現れたのは、エルザだった。
敵の魔導士たちを倒し、最上階へ辿り着いたのだ。
そして。
今の言葉を、聞いていた。
「……初代、マスター……?」
エルザの瞳が、大きく見開かれる。
「……え?」
いつもイリスと一緒にいる少女。
お菓子が大好きで。
ギルドでは、楽しそうに笑っている少女。
その正体が。
「……妖精の尻尾を、創設した……?」
メイビスは、エルザへ振り返った。
「あっ、エルザさん!」
いつもの笑顔。
「お疲れ様です!」
「…………」
エルザは、完全に固まっていた。
「……えええええっ!?」
その叫びが、最上階に響き渡った。
◇
「……くだらない」
ジョゼが、低く呟いた。
「初代マスターだろうが、何だろうが……!」
黒い魔力が、爆発的に膨れ上がる。
「この私を愚弄したこと、後悔させて差し上げましょう!!」
無数の黒い魔法弾が、メイビスへ襲いかかった。
「メイビスさん!!」
エルザが叫ぶ。
だが。
「大丈夫ですよ」
メイビスは、微笑んだ。
次の瞬間。
黒い魔法弾が、消えた。
「……なっ!?」
ジョゼが目を見開く。
魔法弾が、空間そのものへ吸い込まれたのだ。
「空間魔法……!?」
「はい!」
メイビスが頷く。
「長年、研究してきましたから!」
そして、指先を軽く動かした。
――パチン。
乾いた音。
ジョゼの周囲に、無数の魔法陣が浮かび上がった。
「……何!?」
「少し、動かないでくださいね」
空間が固定される。
ジョゼの身体が、見えない何かに押さえつけられた。
「ぐっ……!?」
魔力を放出する。
しかし、術式がその流れを巧みに逸らしていく。
「ば、馬鹿な……!」
ジョゼの顔が引きつった。
聖十大魔道。
その称号に恥じない魔力を持つ自分が。
何もできない。
「……どういう、ことですか……!」
「ふふっ」
メイビスが微笑んだ。
「魔力が大きいだけでは、勝てないんですよ?」
そして。
その笑顔から、少しだけ柔らかさが消えた。
「それに」
少女の周囲に、膨大な魔力が満ち始める。
「あなたは、私の大切な仲間たちを傷つけました」
「……っ!」
「マカロフも」
一歩。
「ナツさんも、エルザさんも」
もう一歩。
「そして、妖精の尻尾のみんなも」
メイビスの緑色の瞳が、真っ直ぐジョゼを見据えた。
「……私は、それを許しません」
その瞬間。
エルザは、息を呑んだ。
圧倒的だった。
魔力の大きさだけではない。
その制御。
術式の精密さ。
そして、揺るぎない意志。
自分が知っているどんな魔導士とも違う。
「……これが」
エルザが、小さく呟く。
「……初代マスター……!」
◇
「……認めませんよ……!」
ジョゼが、歯を食いしばった。
「この私が……! こんな小娘に……!!」
黒い魔力が、激しく渦巻く。
強引に空間の拘束を破ろうとする。
しかし。
「……もう、終わりにしましょう」
メイビスが、静かに告げた。
そして。
両手を合わせる。
「……その魔法は……!」
エルザが目を見開いた。
知っている。
妖精の尻尾に伝わる、三大魔法の一つ。
初代マスターが生み出した、伝説の超魔法。
メイビスの足元に、巨大な魔法陣が広がった。
黄金色の光が、最上階を満たしていく。
「……なっ……!?」
ジョゼの顔から、血の気が引いた。
「ま、待ちなさい……!」
メイビスは、静かに目を閉じた。
敵と味方を識別する。
守るべき仲間たち。
そして、彼らを傷つけた敵。
その判断に、迷いはなかった。
「――妖精の法律」
黄金の光が、解き放たれた。
――フェアリーロウ。
それは、妖精の尻尾に伝わる超魔法。
術者が敵と認めた者だけを裁く、絶対的な光。
「う、うわあああああっ!!」
ジョゼの叫びが響いた。
黄金色の光が、その身体を包み込む。
黒い魔力が、次々と消し飛んでいく。
そして。
すべてが、静かになった。
「…………」
ジョゼ・ポーラは、床に倒れていた。
意識を失い。
もはや、立ち上がることもできない。
聖十大魔道の一人。
ファントムロードのマスター。
その男は、完全に敗北した。
メイビスは、ゆっくりと手を下ろした。
「……ふぅ」
そして。
いつもの笑顔に戻る。
「終わりました!」
「…………」
エルザは、何も言えなかった。
ただ、目の前の少女を見つめていた。
その姿は、いつもと何も変わらない。
小さくて。
可愛らしくて。
お菓子が大好きな少女。
けれど。
今なら分かる。
この少女は。
妖精の尻尾の、始まりそのものなのだ。
◇
夕暮れ。
マグノリア。
ファントムロードとの戦いは、終結した。
巨大な歩行要塞は停止し、ジュピターは無力化された。
敵の魔導士たちも、次々と敗北。
そして、マスターであるジョゼ・ポーラも倒れた。
街への被害は、驚くほど少なかった。
それは。
一人の聖剣使いが、最後まで街を守り続けたからだった。
「……お疲れ様でした、皆さん!」
イリスが、にこやかに手を振る。
「イリスさん!!」
ルーシィが駆け寄ってきた。
「もう! すごすぎますよ!!」
「……はい?」
「ジュピターを斬るし! 巨大な要塞を止めるし! 街まで守っちゃうし!!」
「ふふっ。皆さんが頑張ってくださったおかげですよ」
「絶対それだけじゃないですって!!」
その隣では、ナツが楽しそうに笑っていた。
「やっぱすげえな、イリス!」
「ありがとうございます、ナツさん」
「今度、俺とも勝負してくれよ!」
「ふふっ。機会があれば」
「よっしゃ!!」
「……お前、懲りねえな」
グレイが呆れたように呟く。
そんな賑やかな仲間たちのもとへ。
「イリスー!」
メイビスが駆け寄ってきた。
「終わりましたよー!」
「お疲れ様です、メイビス」
イリスが微笑む。
「ジョゼさんは?」
「ちゃんと倒しました!」
「ふふっ。さすがですね」
そのやり取りを聞いて。
「…………」
エルザが、ゆっくりと口を開いた。
「……あの」
「はい?」
メイビスが振り返る。
「……メイビスさん」
「なんでしょう?」
「……本当に」
エルザは、少しだけ言葉を探した。
「……初代マスター、なのですか?」
その瞬間。
周囲が静まり返った。
「…………え?」
ルーシィが、ゆっくりと振り返る。
「……初代?」
グレイも目を丸くした。
「……マスター?」
ナツが首を傾げる。
「……誰が?」
メイビスは、きょとんとした。
そして。
「あっ!」
ぽんっと手を打つ。
「そういえば、皆さんにはまだ言っていませんでしたね!」
「…………」
イリスが、くすくすと笑い始めた。
「ふふっ。メイビスったら……」
メイビスは、胸を張った。
「改めまして!」
満面の笑顔。
「妖精の尻尾、初代マスター!」
「メイビス・ヴァーミリオンです!」
「…………」
一秒。
二秒。
三秒。
「「「えええええええええっ!?」」」
マグノリアの街に、絶叫が響き渡った。
「ちょ、ちょっと待って!?」
ルーシィが叫ぶ。
「初代って、何十年も前の人じゃないの!?」
「はい! もう百年近くになりますね!」
「百年!?」
「……おいおい」
グレイが額を押さえた。
「どうなってんだよ、このギルド……」
「すっげえええ!!」
ナツだけは、目を輝かせていた。
「メイビス! お前、そんなに強かったのか!!」
「ふふん! そうですよ!」
メイビスが得意げに胸を張る。
その隣で、イリスが楽しそうに笑っていた。
「……イリスさん」
エルザが、静かに尋ねる。
「あなたは……最初から、ご存じだったのですか?」
「もちろんですよ」
イリスは、穏やかに頷いた。
「メイビスとは、長い付き合いですから」
「長い付き合いどころじゃありませんよ!」
メイビスが、嬉しそうに割って入った。
「……メイビス?」
イリスが首を傾げる。
すると、メイビスは満面の笑顔で彼女の腕に抱きついた。
「だって、イリスも妖精の尻尾を創設した一人なんですから!」
「…………」
再び、沈黙が訪れた。
「…………え?」
ルーシィが固まる。
「……は?」
グレイも固まる。
そして。
「……イリスさんも、ですか?」
エルザが、信じられないものを見るような目で尋ねた。
「ふふっ。はい」
イリスは、あっさり頷いた。
「メイビスやユーリさん、プレヒトさん、ウォーロッドさんたちと一緒に、このギルドを作ったんですよ」
「…………」
エルザは、ゆっくりと口を開いた。
しかし、言葉が出てこない。
かつて、ギルダーツとの模擬戦で見せてもらった剣技。
あのとき、自分は確かに感じた。
長い年月をかけて磨き上げられた、圧倒的な技量を。
だが。
まさか、本当に百年近い年月を生きていたとは。
「……だから、あれほどの剣技を……」
エルザが呆然と呟く。
「ふふっ。エルザさんも、きっともっと強くなれますよ」
「……!」
イリスの言葉に、エルザは思わず背筋を伸ばした。
「はい!!」
そして、勢いよく頭を下げる。
「これからも、ご指導よろしくお願いいたします!!」
「えっ!? エルザさん!?」
イリスが目を丸くした。
「そ、そんなに畏まらなくても……!」
「いえ! 創設者の方と知らず、今まで失礼な態度を取っていたかもしれません!」
「全然そんなことありませんよ!?」
その隣で。
「ちょっと待って!!」
ルーシィが、両手を上げた。
「じゃあ、イリスさんも百年近く生きてるってこと!?」
「そうなりますね」
「そうなりますね、じゃないですよおおおっ!!」
ルーシィの叫びが響き渡った。
「だって! どう見ても私と同じくらいの年齢じゃないですか!!」
「ふふっ。見た目は十七歳のままですから」
「十七歳!?」
ルーシィは頭を抱えた。
「もう何がなんだか分かんない!!」
「……いや、待てよ」
グレイが腕を組んだ。
「つまり、イリスとメイビスは……百年近く一緒にいるってことか?」
「はい!」
メイビスが元気よく答える。
「ずーっと一緒です!」
「……すげえな」
グレイが素直に感心した。
その横で、ナツが目を輝かせる。
「すっげえええ!!」
「……お前、そればっかだな」
「だってよ!!」
ナツは興奮した様子で二人を指さした。
「イリスもメイビスも、妖精の尻尾ができたときからいたんだろ!?」
「そうですよ」
「じゃあ、マカロフのじっちゃんが子供だった頃も知ってんのか!?」
「もちろんです!」
メイビスが楽しそうに笑った。
「小さい頃のマカロフ、とっても可愛かったんですよ!」
「ぶはっ!!」
グレイが吹き出した。
「マスターが可愛い!?」
「ふふっ。本当ですよ」
イリスも笑う。
「よく私たちと一緒に遊んでいましたから」
「マジかよ!!」
ナツが腹を抱えて笑い始めた。
「じっちゃんにもそんな頃があったのか!!」
「そりゃあるだろ!」
グレイが突っ込む。
その様子を見て、メイビスは満足そうに頷いた。
「ふふん! つまり、私たちは皆さんの大先輩なんですよ!」
「メイビス」
イリスが、くすりと笑った。
「あまり偉そうにしないでくださいね?」
「ええっ!?」
メイビスが頬を膨らませる。
「今くらいいいじゃないですか!」
「ふふっ。もう……」
そんな二人を見て。
エルザは、ふっと表情を緩めた。
初代マスター。
創設メンバー。
百年近い年月を生きる、伝説の魔導士たち。
だが。
目の前にいるのは、いつもの二人だった。
優しくて。
少しお茶目で。
いつも仲間たちを温かく見守ってくれる二人。
「……イリスさん。メイビスさん」
エルザが微笑んだ。
「お二人が妖精の尻尾を作ってくださったこと、心から感謝します」
「……!」
メイビスが目を丸くした。
イリスも、少しだけ驚いたように瞬きをする。
そして。
「……ありがとうございます、エルザさん」
イリスが、柔らかく微笑んだ。
「でも、このギルドをここまで大きくしてくれたのは、皆さんですよ」
「そうです!」
メイビスも頷く。
「私たちが作ったのは、最初の小さな居場所だけですから!」
少女は、仲間たちを見渡した。
「今の妖精の尻尾を作っているのは、皆さんなんですよ!」
「……!」
エルザは、静かに頷いた。
「……はい!」
その返事には、確かな誇りが宿っていた。
◇
その夜。
妖精の尻尾。
ベッドの上で、マカロフが静かに目を開けた。
「……終わったかのう」
「はい!」
メイビスが、にっこり笑った。
「無事に終わりました!」
「……そうか」
マカロフは、安堵の息を吐いた。
「……ジョゼは?」
「私が倒しました!」
「……ほっほっほ」
マカロフが、小さく笑う。
「そりゃあ、災難じゃったのう。ジョゼも」
「もう! マカロフったら!」
メイビスが頬を膨らませる。
その隣で、イリスも微笑んでいた。
「街の被害も、ほとんどありませんでしたよ」
「……そうか」
マカロフは、ゆっくりと目を閉じた。
そして。
「……ありがとう」
小さく呟いた。
「……二人とも」
メイビスは、優しく微笑んだ。
「当然ですよ」
イリスも頷く。
「ここは、私たちの大切な家ですから」
「……ああ」
マカロフの口元に、穏やかな笑みが浮かんだ。
妖精の尻尾。
百年近い年月を経ても、変わらないものがある。
仲間を想う心。
家族を守ろうとする意志。
そして。
その始まりを知る二人の少女は、今もここにいる。
初代マスター、メイビス・ヴァーミリオン。
妖精の聖剣、イリス・アストレア。
長い年月をともに歩んできた二人は、これからも。
大切な仲間たちを、見守り続けていくのだろう。
――妖精の尻尾。
その物語は、まだまだ続いていく。
【こそこそ妖精話】
~三代目マスターの秘密~
ファントムロードとの戦いから数日後。
妖精の尻尾。
すっかり元気になったマカロフが、いつものようにカウンターで酒を飲んでいた。
ナツ「なあ、じっちゃん!」
マカロフ「なんじゃ、ナツ」
ナツ「じっちゃんって、昔は可愛かったんだってな!」
マカロフ「ぶふぉっ!?」
マカロフが盛大に酒を噴き出した。
マカロフ「だ、誰から聞いたんじゃ!?」
ナツ「メイビス!」
メイビス「はい! とっても可愛かったですよ!」
マカロフ「初代ぇぇぇっ!?」
メイビスは楽しそうに笑った。
メイビス「昔はよく、私とイリスの後ろをついてきていましたよね!」
イリス「ふふっ。懐かしいですね」
マカロフ「イ、イリスまで……!」
イリス「それに、眠くなると私の膝の上で寝てしまうこともありましたよね」
マカロフ「待て待て待て!!」
ルーシィ「えええっ!? マスターが膝枕!?」
グレイ「ぶはははっ!! 想像できねえ!!」
エルザ「……幼い頃のマスターか。少し見てみたいな」
マカロフ「お前まで何を言っとるんじゃ!?」
そのとき。
メイビス「あっ! そういえば!」
マカロフ「……嫌な予感がするのう」
メイビス「小さい頃のマカロフ、イリスのお嫁さんになるって言ってましたよね!」
「…………」
ギルドが静まり返った。
マカロフ「…………」
イリス「……あら?」
イリスが、くすりと笑う。
イリス「ふふっ。そういえば、そんなこともありましたね」
ナツ「ぶははははは!!」
グレイ「じっちゃん!! マジかよ!!」
ルーシィ「ちょっと待って! それ、初恋ってこと!?」
マカロフ「ち、違うわい!! 子供の頃の話じゃ!!」
メイビス「ふふん! でも、イリスは私のですから!」
イリス「メイビス!?」
メイビスは、ぎゅっとイリスの腕に抱きついた。
メイビス「百年近く一緒にいるんですから!」
マカロフ「……もう好きにしてくれい」
マカロフは、がっくりと肩を落とした。
その日。
三代目マスターの威厳は、また一つ失われた。
もっとも。
本人以外は、全員楽しそうだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。