妖精と聖剣使い   作:使い手なない

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第95話「百年越しの妖精たち」

 

 X784年。

 

 フィオーレ王国、マグノリア。

 

 魔導士ギルド、妖精の尻尾。

 

「よーし! そっち持ち上げろー!」

 

「おう!!」

 

 威勢のいい声が響き渡る。

 

 ファントムロードとの戦いから、数日。

 

 妖精の尻尾では、破壊されたギルドの復興作業が進められていた。

 

 木材を運ぶ者。

 

 壁を修復する者。

 

 そして、なぜか作業そっちのけで喧嘩を始める者。

 

「おいナツ! その木材はこっちだっつってんだろ!」

 

「ああ!? 細けえこと気にすんなよ!」

 

「細けえことじゃねえ!!」

 

「……まったく」

 

 エルザが額を押さえた。

 

「お前たちは、こんなときまで……!」

 

「「げっ、エルザ!!」」

 

 二人が同時に固まる。

 

 その様子を見て、ルーシィは呆れたようにため息をついた。

 

「……本当に、いつもどおりね」

 

「ふふっ。それが妖精の尻尾ですから」

 

 隣から、穏やかな声が聞こえた。

 

 イリス・アストレアだった。

 

 黒髪のハーフツインテール。

 

 青と金のオッドアイ。

 

 そして、いつもと変わらない柔らかな微笑み。

 

 ただし。

 

 彼女の周囲には、無数の黄金色の光剣が浮かんでいた。

 

「……よいしょ」

 

 イリスが指先を動かす。

 

 すると、光剣に支えられた大量の木材が、ふわりと宙を移動した。

 

 そのまま、建築中の建物へ正確に運ばれていく。

 

「…………」

 

 ルーシィは、その光景を呆然と眺めた。

 

「……イリスさん」

 

「はい?」

 

「それ、便利すぎません?」

 

「ふふっ。そうでしょうか?」

 

「そうですよ!!」

 

 ルーシィが思わず叫ぶ。

 

「普通、剣って物を運ぶために使わないですから!!」

 

「……あら」

 

 イリスは少し考えた。

 

「でも、こうすると楽なんですよ?」

 

「そういう問題じゃないんですってば!!」

 

 そんな二人の頭上。

 

「イリスー!」

 

 元気な声が響いた。

 

 見上げると、メイビス・ヴァーミリオンが空中に浮かんでいた。

 

 その周囲には、小さな空間の裂け目がいくつも開いている。

 

「こちらの資材も運んでしまいますね!」

 

「はい。お願いします、メイビス」

 

「任せてください!」

 

 メイビスが両手を広げる。

 

 次の瞬間。

 

 大量の建築資材が空間の裂け目へ吸い込まれ、建物の反対側へ現れた。

 

「おおおおっ!!」

 

 作業していた魔導士たちから歓声が上がる。

 

「すげえ!!」

 

「これなら、すぐに終わるぞ!!」

 

「さすが初代マスター!!」

 

「ふふん!」

 

 メイビスが得意げに胸を張った。

 

「もっと褒めてもいいんですよ!」

 

「……メイビス」

 

 イリスが、くすりと笑う。

 

「あまり調子に乗らないでくださいね?」

 

「ええっ!? 今のは褒められてもいい場面ですよね!?」

 

「ふふっ。そうですね」

 

 そんな二人を見て、ルーシィは小さく呟いた。

 

「……初代マスターと創設者が、建築作業してる……」

 

 数日前までなら、何も思わなかっただろう。

 

 けれど今は違う。

 

 目の前の二人は、百年近く前に妖精の尻尾を作った人物なのだ。

 

「……このギルド、本当にどうなってるのよ……」

 

◇

 

 昼過ぎ。

 

 復興作業が一段落した頃。

 

「イリスさん!」

 

「はい?」

 

 イリスが振り返ると、そこにはエルザが立っていた。

 

 いつになく真剣な表情だった。

 

「少し、お時間をいただけないでしょうか」

 

「もちろんですよ。どうしました?」

 

「……剣の稽古を、お願いしたいのです」

 

「剣の稽古、ですか?」

 

「はい!」

 

 エルザは力強く頷いた。

 

「以前、ギルダーツとの模擬戦で見せていただいた剣技……今でも忘れられません」

 

 あの日。

 

 自分が見たもの。

 

 圧倒的な速度でも、膨大な魔力でもない。

 

 長い年月をかけて磨き上げられた、純粋な剣の技。

 

「少しでも、あの境地に近づきたいのです!」

 

「……ふふっ」

 

 イリスは嬉しそうに微笑んだ。

 

「もちろんです。私でよければ、お付き合いしますよ」

 

「ありがとうございます!!」

 

「おっ!?」

 

 その会話を聞きつけたナツが、勢いよく飛び込んできた。

 

「イリスと勝負すんのか!?」

 

「稽古だ、ナツ」

 

「俺もやる!!」

 

「お前は少し落ち着け!」

 

「なんだよ! いいだろ!」

 

「……ったく」

 

 グレイが呆れたように近づいてきた。

 

「どうせまた、派手にぶっ飛ばされるだけだろ」

 

「ああ!? やってみなきゃ分かんねえだろ!!」

 

「いや、分かるだろ……」

 

「なんだと!?」

 

「……ふふっ」

 

 イリスは楽しそうに笑った。

 

「それなら、皆さんでやってみますか?」

 

「「「えっ?」」」

 

「三人一緒でも構いませんよ?」

 

 その瞬間。

 

 ナツの目が輝いた。

 

「よっしゃあああ!!」

 

 グレイは、少しだけ眉をひそめた。

 

「……三人まとめて、か」

 

 エルザは真剣な表情で頷いた。

 

「……よろしくお願いします!」

 

◇

 

 ギルドの屋外訓練場。

 

「よーし! 始めるぞ!!」

 

 ナツが拳を鳴らした。

 

 グレイは両手を構え、エルザは剣を抜いている。

 

 対するイリスは。

 

「では、よろしくお願いしますね」

 

 にこやかに微笑んでいた。

 

 その右手には、一本の黄金色の光剣。

 

 聖剣ではない。

 

 普段から使用している光魔法だった。

 

「……イリスさん」

 

 エルザが尋ねる。

 

「聖剣は、使わないのですか?」

 

「今回は稽古ですから」

 

 イリスは微笑んだ。

 

「こちらで十分ですよ」

 

「……!」

 

 エルザが息を呑む。

 

 決して侮られているわけではない。

 

 それだけの実力差があるのだ。

 

「いくぞおおおっ!!」

 

 最初に飛び出したのは、ナツだった。

 

「火竜の鉄拳!!」

 

 炎を纏った拳が、イリスへ迫る。

 

 しかし。

 

「はい」

 

 イリスが半歩、横へ動いた。

 

「……あれ?」

 

 拳が空を切る。

 

 次の瞬間。

 

 ――トン。

 

 光剣の腹が、ナツの肩に軽く触れた。

 

「一本ですね」

 

「はあ!?」

 

 ナツが振り返る。

 

「まだ始まったばっかだろ!?」

 

「ふふっ。では、続けましょう」

 

「くっそおお!!」

 

 再び突っ込むナツ。

 

 その背後から。

 

「氷の造形魔法――!」

 

 グレイが両手を構えた。

 

「氷欠泉!!」

 

 地面から鋭い氷が噴き上がる。

 

 だが。

 

 イリスは軽く跳躍した。

 

 足元に光剣が現れ、空中で足場となる。

 

「……そこだ!!」

 

 エルザが飛び込んだ。

 

 鋭い斬撃。

 

 さらに連続する剣の軌跡。

 

 しかし。

 

 ――キンッ。

 

 ――キンッ。

 

 ――キィンッ!

 

 イリスは一本の光剣で、すべてを受け流した。

 

「……っ!」

 

 エルザの目が見開かれる。

 

 重くない。

 

 速すぎるわけでもない。

 

 ただ、こちらの剣が届く場所に、すでにイリスの剣がある。

 

「……すごい……!」

 

「エルザさん」

 

「はい!」

 

「踏み込みはとても良いですよ。ですが、少しだけ肩に力が入りすぎています」

 

「……!」

 

「もっと自然に。剣は、力だけで振るものではありませんから」

 

「はい!!」

 

 その直後。

 

「隙ありいいい!!」

 

 ナツが背後から飛びかかった。

 

「ふふっ」

 

 イリスは振り返ることなく、軽く身をかわした。

 

「うおおおっ!?」

 

 勢い余ったナツが、地面を転がる。

 

「……ナツさん」

 

 イリスが苦笑する。

 

「もう少し、相手の動きを見ましょうね?」

 

「くっそー!!」

 

 観戦していたルーシィは、口を開けたまま固まっていた。

 

「……何あれ」

 

 その隣では、メイビスが楽しそうに拍手している。

 

「イリスー! 頑張ってくださーい!」

 

「……メイビスさん」

 

「はい?」

 

「三対一ですよね?」

 

「そうですよ?」

 

「……なんで三人のほうが、一方的にやられてるんですか?」

 

「ふふん!」

 

 メイビスが得意げに胸を張った。

 

「だって、イリスですから!」

 

「説明になってなーい!!」

 

◇

 

 それから、しばらくして。

 

「……ぜぇ……ぜぇ……」

 

 ナツが地面に大の字になっていた。

 

「……くそ……一回くらい……当てたかった……」

 

「……無理だろ……」

 

 隣では、グレイも息を切らしている。

 

 エルザは膝に手をつきながら、何度も呼吸を整えていた。

 

「……ありがとうございました……!」

 

「お疲れ様でした、皆さん」

 

 イリスは、にこやかに微笑んだ。

 

 息一つ乱れていない。

 

「皆さん、それぞれ良いところがありますね」

 

「……本当か?」

 

 ナツが顔を上げる。

 

「もちろんですよ」

 

 イリスは頷いた。

 

「ナツさんは思い切りが良いですし、グレイさんは魔法の応用が上手です。エルザさんは、剣の扱いがとても丁寧ですね」

 

「……!」

 

 三人の表情が変わる。

 

「ただ、まだ改善できるところもあります」

 

 イリスは優しく続けた。

 

「これから、もっと強くなれますよ」

 

「……へへっ!」

 

 ナツが笑った。

 

「じゃあ、また勝負してくれよな!」

 

「ふふっ。もちろんです」

 

 エルザも、深く頭を下げた。

 

「本当に、ありがとうございました!」

 

「そんなに畏まらなくてもいいんですよ?」

 

「いえ! とても勉強になりました!」

 

「ふふっ。それなら良かったです」

 

 その様子を見て。

 

 メイビスは、満足そうに微笑んでいた。

 

 百年近い年月。

 

 妖精の尻尾には、何世代もの魔導士たちが集まってきた。

 

 そして今も。

 

 新しい世代の妖精たちは、こうして成長している。

 

「……ふふっ」

 

 メイビスは、小さく笑った。

 

「やっぱり、いいですね」

 

◇

 

 夕方。

 

 復興作業を終えたギルドでは、いつもの賑やかな時間が戻っていた。

 

「……さて」

 

 イリスが、テーブルに置かれた旅行雑誌を手に取った。

 

「メイビス。こちら、見てください」

 

「なんですか?」

 

 メイビスが隣へ座る。

 

 開かれたページには、美しい海辺のリゾートホテルが紹介されていた。

 

 白い砂浜。

 

 青く澄んだ海。

 

 そして、海を一望できる豪華なレストラン。

 

「まあ……!」

 

 メイビスの瞳が輝いた。

 

「素敵なところですね!」

 

「ええ。少し前から気になっていたんです」

 

 イリスは微笑んだ。

 

「こちらのディナーも評判が良いみたいですよ」

 

「ディナー!」

 

 メイビスが身を乗り出す。

 

「それに、こちらも」

 

 イリスがページをめくった。

 

 そこには。

 

 色とりどりのケーキ。

 

 美しい飴細工。

 

 季節の果物をふんだんに使ったタルト。

 

 そして、宝石のように輝く小さなスイーツの数々。

 

「…………!」

 

 メイビスが固まった。

 

「……メイビス?」

 

「……イリス」

 

「はい?」

 

「ここに行きましょう!!」

 

「ふふっ。そう言うと思っていました」

 

 イリスは楽しそうに笑った。

 

「それなら、明日にでも出発しましょうか」

 

「はい!!」

 

 メイビスが満面の笑顔で頷く。

 

 こうして。

 

 二人だけの、小さな旅行が決まった。

 

◇

 

 翌日。

 

 フィオーレ王国、海沿いのリゾート地。

 

 夕暮れの海が、黄金色に輝いていた。

 

 白い砂浜には穏やかな波が打ち寄せ、潮風が心地よく吹き抜けている。

 

 海を見下ろす高台には、美しいリゾートホテルが建っていた。

 

 その最上階。

 

 大きな窓から海を一望できるレストランで、二人の少女が向かい合って座っていた。

 

「……美味しいです!」

 

 メイビスが、幸せそうに頬を緩めた。

 

「ふふっ。良かったですね」

 

 イリスも微笑む。

 

 テーブルには、丁寧に盛り付けられた料理が並んでいた。

 

 新鮮な魚介を使った前菜。

 

 香草の香りが広がる温かなスープ。

 

 そして、柔らかく焼き上げられた肉料理。

 

「イリス! こちらも食べてみてください!」

 

「まあ。ありがとうございます」

 

 イリスが一口食べる。

 

「……本当ですね。とても美味しいです」

 

「ですよね!」

 

 二人は楽しそうに笑い合った。

 

 やがて。

 

 待ちに待ったデザートが運ばれてきた。

 

「…………!」

 

 メイビスの瞳が、さらに輝いた。

 

 白い皿の上には、小さな芸術品のようなスイーツが並んでいた。

 

 苺のムース。

 

 淡い桃色のマカロン。

 

 宝石のような果実のゼリー。

 

 そして、繊細な飴細工で飾られたチョコレートケーキ。

 

「……イリス」

 

「はい?」

 

「私、今とっても幸せです……!」

 

「ふふっ」

 

 イリスは思わず笑ってしまった。

 

「それは良かったです」

 

「こんなに可愛いスイーツ、食べるのがもったいないですね!」

 

「そうですね」

 

 イリスも皿を眺める。

 

「でも、食べないほうがもっともったいないですよ?」

 

「……確かに!」

 

 メイビスは、ぱっと顔を輝かせた。

 

「では、いただきます!」

 

 二人の笑い声が、静かなレストランに溶けていった。

 

◇

 

 その夜。

 

 リゾートホテルの客室。

 

 豪華なディナーを堪能し、お風呂も済ませた二人は、可愛らしいパジャマに着替えていた。

 

 イリスは淡い青色。

 

 メイビスは柔らかなクリーム色。

 

 どちらも、胸元に小さなリボンが付いた上品な寝間着だった。

 

「……ふぅ」

 

 メイビスが、満足そうに息を吐いた。

 

「今日は本当に楽しかったですね!」

 

「ええ」

 

 イリスも微笑む。

 

「お料理も美味しかったですし、景色も素敵でした」

 

「また来ましょうね!」

 

「もちろんです」

 

 そのとき。

 

 メイビスが、窓の外を見つめた。

 

「……あっ」

 

「どうしました?」

 

「イリス! 星が綺麗ですよ!」

 

 イリスも窓の外へ視線を向ける。

 

 そこには、満天の星空が広がっていた。

 

 海の向こうまで続く、深い夜の青。

 

 その上に、無数の星々が輝いている。

 

「……本当ですね」

 

 イリスが微笑んだ。

 

「少し、外へ出てみましょうか」

 

「はい!」

 

 二人は、客室のバルコニーへ出た。

 

 穏やかな夜風が、黒髪と金髪を優しく揺らす。

 

 遠くから聞こえる波の音。

 

 そして、頭上に広がる星空。

 

「……綺麗ですね、イリス」

 

「ええ。本当に」

 

 二人は並んで、夜空を見上げた。

 

 メイビスが、そっとイリスの肩へ寄りかかる。

 

「……こういう時間、好きです」

 

「ふふっ。私もですよ」

 

 イリスは、優しく微笑んだ。

 

 百年近く。

 

 二人は、数え切れないほどの景色を見てきた。

 

 雪に覆われた山々。

 

 果てしなく広がる草原。

 

 古代遺跡に眠る神秘的な光景。

 

 そして、幾度となく見上げた星空。

 

 それでも。

 

 こうして隣にいる時間は、いつだって特別だった。

 

「……イリス」

 

「はい?」

 

「これからも、いろんなところへ行きましょうね」

 

「……ええ」

 

 イリスは、穏やかに頷いた。

 

「一緒に、たくさんの景色を見に行きましょう」

 

「はい!」

 

 メイビスが、嬉しそうに笑った。

 

 静かな夜。

 

 穏やかな海。

 

 満天の星空。

 

 そんな、幸せな時間が流れていた。

 

 ――そのときだった。

 

 ――カッ!!

 

「……ん?」

 

 メイビスが、ぴたりと動きを止めた。

 

 夜空が、突然明るくなった。

 

 遥か彼方。

 

 天から巨大な光の柱が降り注いでいく。

 

 まるで、夜空そのものが裂けたかのような光景だった。

 

「…………」

 

「…………」

 

 二人は、しばらく無言でそれを眺めていた。

 

「……イリス」

 

「……はい」

 

「あれ、エーテリオンですよね?」

 

「……そうですね」

 

 イリスは、遠くの光を見つめた。

 

 評議院が保有する、超絶時空破壊魔法。

 

 エーテリオン。

 

 その威力は、一つの地域を跡形もなく消し飛ばしかねないほど。

 

 通常なら、決して軽々しく使用されるものではない。

 

「……どうして、こんな時間に?」

 

 メイビスが首を傾げる。

 

「さあ……?」

 

 イリスも不思議そうに答えた。

 

「ですが、あれほどの魔法を使用するなんて、ただ事ではありませんね」

 

「……ですよね」

 

 二人は顔を見合わせた。

 

 数秒の沈黙。

 

 そして。

 

「……見に行きます?」

 

「……そうしましょうか」

 

 あっさりと決まった。

 

「では、行きましょう!」

 

 メイビスが、ぱっと立ち上がる。

 

「はい」

 

 イリスも頷いた。

 

 しかし。

 

「…………」

 

「…………」

 

 二人は、同時に自分たちの服装を見下ろした。

 

 淡い青色のパジャマ。

 

 クリーム色のパジャマ。

 

 そして、可愛らしいリボン。

 

「……メイビス」

 

「はい?」

 

「私たち、パジャマですけど……」

 

「……あっ」

 

 数秒の沈黙。

 

 メイビスが、にっこり笑った。

 

「まあ、いいじゃないですか!」

 

「……ふふっ」

 

 イリスも、思わず笑ってしまった。

 

「そうですね。今さら着替えるのも面倒ですし」

 

「ですよね!」

 

 メイビスが、楽しそうに両手を広げる。

 

 その足元に、淡い黄金色の魔法陣が浮かび上がった。

 

 空間が、静かに歪み始める。

 

「では、行きますよ!」

 

「はい、メイビス」

 

 二人は、最後にもう一度だけ星空を見上げた。

 

 遠くでは、巨大な魔力の光がまだ夜空を照らしている。

 

 そして。

 

 ――ふわり。

 

 二人の姿が、バルコニーから消えた。

 

 こうして。

 

 妖精の尻尾の初代マスターと、その創設者の一人は。

 

 パジャマ姿のまま、エーテリオンの落下地点へ向かうことになった。

 

 その先で、何が待ち受けているのか。

 

 二人は、まだ知らない。

 

 




【こそこそ妖精話】
~ミラさんは知っていた?~

 妖精の尻尾。

 イリスとメイビスが旅行へ出かけた翌日。

ルーシィ「……ねえ、ミラさん」

ミラジェーン「なあに、ルーシィ?」

ルーシィ「ミラさんって、メイビスさんが初代マスターだって知ってたんですか?」

ミラジェーン「うふふ。初代マスターだとは知らなかったけど、とっても強い人だってことは知ってたわよ?」

ルーシィ「えっ!? どうして!?」

ミラジェーン「私のS級初任務に、一緒に来てくれたの」

ルーシィ「へえ……! そのとき、何があったんですか?」

ミラジェーン「そうねえ……」

 ミラジェーンは、懐かしそうに微笑んだ。

ミラジェーン「私が苦戦していた魔物を、メイビスさんがあっという間に倒しちゃったのよ」

ルーシィ「……え?」

ミラジェーン「それも、ほとんど動かずにね」

ルーシィ「……初代マスター、怖っ!!」

ミラジェーン「うふふ。普段はあんなに可愛らしいのにね」

ルーシィ「……そういえば、イリスさんもすごかったですよね」

ミラジェーン「そうね。ギルダーツさんと模擬戦したときも、圧倒的だったもの」

ルーシィ「ギルダーツさん……? 誰ですか?」

ミラジェーン「あら、まだ会ったことなかったわね。うちのギルドでも、特に強い魔導士なのよ♪」

ルーシィ「へえ……! そんな人までいるんですね!」

ミラジェーン「ええ。でもね……」

ルーシィ「……でも?」

ミラジェーン「私、二人について一つだけ気になっていることがあるの」

ルーシィ「な、なんですか!?」

 ミラジェーンは、にっこり笑った。

ミラジェーン「百年近く一緒にいるのに、今でもあんなに仲良しなのって、素敵だと思わない?」

ルーシィ「……あっ」

ミラジェーン「それに、メイビスさんって、イリスさんのことになると少し独占欲が強いでしょう?」

ルーシィ「……確かに!」

ミラジェーン「うふふ。今回も二人きりで旅行ですものね」

ルーシィ「……なんだか、新婚旅行みたいですね」

ミラジェーン「あら、私も同じことを考えていたわ♪」

ルーシィ「ええっ!?」

 その頃。

 遠く離れた海沿いのリゾートホテルでは。

 イリスとメイビスが、仲良くスイーツを選んでいた。

メイビス「イリス! これも半分こしましょう!」

イリス「ふふっ。もちろんですよ」

 ――ミラジェーンの想像は、案外間違っていなかったのかもしれない。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。
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