狩って、狩って、狩って……狩りまくる。
砂漠に一人でいるカインは、四方八方から襲い掛かってくる砂鮫たちを次々に切り伏せていた。
最初は砂鮫を探して砂漠を練り歩いていたカインだったが、やがてもっと効率のいい方法を思いついた。
音、である。
砂鮫は嗅覚ではなく聴覚が発達している。熱心に依頼書を読み込んでいたカインは、そのことを知っていた。
砂鮫たちの注意を引くべく砂漠へ拳を叩きつけるカイン。
その一撃だけで地鳴りを思わせる巨大な振動音が走り、ザハラの民たちは思わず息を呑んだ。
黙々と仕事をこなすカインは、自らを尾曳餌とし、引き寄せられた砂鮫たちを次々に仕留めていく。
拳一つで砂漠が揺れ、岩石のように固い砂鮫の皮膚を無骨な剣が滑らかに切り裂いていく――その光景は、もはや狩りというより処理に近かった。
一人で飛び出したカインを追って砂漠に出てきたザハラの民たちは、その異様な光景に言葉を失う。
もし彼が高名な冒険者であれば、皆、目を輝かせて称賛しただろう。
だが、彼は己をこう名乗った。
“俺は、呪われている”――と。
ザハラという地は、長い歴史の中で“呪い”にまつわる災厄を幾度も経験してきた。
そのため、民は“呪い”という言葉に敏感である。
カインの圧倒的な強さは本来なら頼もしさとして受け止められるはずだった。
しかし、“呪われている”という一言が、その強さを素直に称賛することを許さず、どこか歪んだ恐れとして心に影を落とした。
やがて、一人、また一人と踵を返してザハラへと引き返していった。
子供たちは夢中になってカインの活躍を眺めていたが、親に手を引かれて渋々家へと戻っていく。
そうして、カインの目論見通りに観客はほとんどいなくなった。
人に見られていると集中力が欠ける傾向にあるカインは、見物人がいなくなったことにホッとし、むしろ喜びながら鮫狩りを続行する。
しかし、狩りの途中で気が付いた。
ずっと彼のことを見ている人物がいる。
“呪い”のことを忘れたのか、食い入るようにしてカインの戦いを見つめている。
何時間見ているのやら、その人物は一向に立ち去ろうとしない。
「……物好きな奴もいるものだな」
カインは呆れた。
こんな退屈な作業を見物して何が楽しいというのか。
考えるだけ無駄だと判断し、仕事に集中しようとするカインだったが――先程も言った通り、彼は人目があると変に意識してしまう繊細な感性の持ち主であった。
故に、オーディエンスが一人だとしても意識せずにはいられない。
別にサボるつもりは毛頭なかったが、いつもより少し気合いを入れて――なんなら、いつもより少し派手めな剣技を使って――砂鮫を軽快に討伐していた。
狩りは好調だったといえる。
これなら、すぐに依頼は達成できると思っていた。
だが――
「……学習されたか」
カインは苦い表情で剣を下ろした。
拳で地面を叩くが、周囲から敵意は飛んでこない。
気配も感じられない。
カインの尋常ではない剣技を明確な脅威として認定したのか、砂鮫はむやみやたらに突撃することを止め、遠巻きに周囲を泳いで様子を見るようになってしまった。
人外じみた体力と脚力を持つカインではあるが……流石に砂の中を泳ぐ砂鮫たちを走って追いかけ、討ち取ることは難しい。
「……今日のところは終わりにするか」
日が落ち、凍てつく砂漠の夜が迫ってきたこともあり、カインは渋々ザハラへと引き返すことにした。
その際、顔を上げて遠方へ視線を向ける。
そこにはまだ彼を見ている人物がいたが、狩りの終わりを悟ったのか、町の中へと戻っていった。
カインの優れた視力でもこの距離では相手を識別することはできなかったが――
赤い糸が線を引いていたような気がした。
「……帰るか」
ポツリと呟いたカインは徒歩でザハラまで引き返し、町へと入る。
砂漠より帰還した血塗れのカイン。
ナディラを救出して戻った時には英雄を見るような視線だったが、今では化物を見るような視線に置き換わっていた。
その視線を感じながら、カインは内心でホッとしていた。
彼にとっての理想は、誰にも注意を向けられないことである。
次が遠巻きに見られること。
その次が敵意で、最後が英雄視するような視線だった。
無視は最高だ。誰にも見られていないだけで、カインはホッとする。
遠巻きに見られるのはあまり気持ちよくはないが……近寄られるよりはずっとマシだ。
敵意もまだいい。向かって来たら斬れるから。
だが。
熱くて、温かい視線に対しては、どうしていいか分からなかった。
斬るには罪悪感がある。
そして何より、失望させたとき、その温度は凍てついてしまう。
この砂漠と同じように、どれほど熱い太陽であっても、凍てつく夜へと変貌するのだ。
その瞬間が、カインは耐えられない。
耐え方がよく分からない。
そんなことになるくらいであれば、最初から冷たい方がいい。
彼はそう考えていた。
「……しかし、この風体は如何ともし難いな」
当然ながら、砂漠において水は貴重品だ。
シャワーなど早々浴びられるものではない。
実際に、宿にも設置はされていなかった。
匂いが気になったが、あと少しの辛抱だと割り切るしかない。
簡単な食事を宿で済ませたカインは、自分に与えられた個室に戻った。
近くに誰もいないことを念入りに確認してからフードを脱ぎ、包帯を解く。
そして、ようやく一息ついた。
「ふぅ……早いところ終わらせないとまずいな」
主に精神衛生的に。
呆れるほど頑丈なカインの肉体はまだまだ酷使に耐えられそうだが、如何せん、この町の陽気でフランクな雰囲気は、カインの肌に馴染まない。
油断をすると蘇るのは、娘の帰還を涙ながらに喜ぶあの光景だ。
皆が喜び、カインにキラキラとした視線を向けてきている。
まるで、英雄を見るような目を。
カインは首を振ってその光景を脳裏から叩き出した。
あれは、自分にとっては不要なものだと考えて。
だが、手持ち無沙汰でいると、やはりあの瞬間のことを考えてしまう。
少し考えたカインは、何も考えずに済む日課をすることにした。
鞘から愛剣を抜刀し、鞄から布を取り出す。
そして、黙々と手入れを始めた。
彼は己の商売道具であるこの剣を一番信用していた。
とにかく切れ味が素晴らしいし、何より何も喋らないからだ。
熱い視線も、冷たい視線もない。
剣は、ただそこにあるだけだ。
しかし、剣にも弱点がある。
遠方の敵に対しては無力なのだ。
砂鮫たちはカインへの対応を練り上げた。
早々に近づいてくることはないだろう。
近づいてこない敵に対して、カインは相性が悪かった。
何とかする術はあるが、それを使うには彼もそれなりに覚悟を決める必要がある。
決断を先延ばしにする傾向があるカインは、取り敢えず明日も徒歩で頑張ることにした。
とはいえ、対応方法が思いついたわけではない。
もういっそのこと、剣をぶん投げるか――なんて愛刀を雑に扱うことを考えていた時、不意に朝方のことを思い出した。
彼が偶然にも助けた、ナディラという少女のことだ。
走りながら遠目で見ていたので確証はないが、彼女も何匹か砂鮫を仕留めていた。
その時に使用していたのは確か――
「銛、だったか」
図体が大きく、皮膚が固い砂鮫に対抗するためか、もはや“銛”というより“槍”と表現できるほどに発達した武器。
あれがあれば狩りは随分と楽になるだろう。
遠方にいる敵も動きを読んで投擲すれば仕留められるはずだ。
そして、カインにはそれができるだけの力がある。
だが、カインは苦い顔をしていた。
『一人で十分だ(キリッ)』なんて粋がった台詞を吐いておきながら、後から『あ、あのぉ……銛、お貸しいただけないですかぁ……?』と言えとでも?
そんなこと言えない。
恥ずかしすぎるし、ダサすぎる。
後で笑われるに決まっている。
実際に頼めば普通に貸し出してくれるのだろうが……カインにはそれを頼む勇気がなかった。
変なところで気遣いをし、妙なところで自意識過剰。
それがカインという男であった。
「仕方がない。なにかあり合わせのもので弓かパチンコでも作るか……いや、ここら辺には木材もないのか。困った……ん?」
――と、その時。彼の優れた感覚が侵入者の気配を感じ取った。
カインの目が鋭くなる。
手入れを終えたばかりの愛剣を持ったまま、音を立てず入り口の近くに移動し、身を隠した。
侵入者は確実にこちらへ近づいてくる。
やがてカインの個室の前に辿り着くと、一つ深呼吸をしてから上がり込んできて――
「おじゃましま――きゃっ⁉」
カインは侵入者が足を踏み入れた瞬間、蛇のように後ろへ回り込んで背後を取り、喉元へ剣を突き付けた。
そして侵入者の顔を覗き込み、その瞳に敵意がないことを知る。
「……ナディラ?」
「こ、こんばんは~」
冷や汗を流しながら引き攣った笑みを浮かべる少女。
彼の個室に侵入してきたのは、滑らかな褐色の肌が美しい赤髪の美少女だった。