ハリーポッターとケモノの子 ~その瞳に映るもの~   作:火力万能主義

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息抜きのために書いてたら、筆が乗ってしまいまさかの二刀流連載に片足突っ込むことになるとは………

悠久の時を誇るハーメルンでも同時連載を最後までやりこなした者は限られているというのに…!

ちゃうんです、指が勝手に書いただけなんです。
脳味噌が勝手にイマジネーションを弾けただけなんです。


超かぐや姫!の方で使う予定のオリジナル曲のことを考えていたらアプリありきとはいえ作詞作曲もしてオリジナルMVにも手を出そうとするからこうなるんや……

せめて連載ルーチンでも立てなくちゃ

TSマルフォイ嬢との恋愛シミュゲームがスレッドで話題となりいざ始めてみたらすごい量のボリュームとコンテンツ性のクオリティーがすごすぎてこちら側にもきちゃいました。

こちらも最後まで完走できるよう頑張りますのでどうか、ご感想とお気に入り評価の応援もよろしくお願いします。






賢者の石
序章 嵐の夜に


 一九八一年、十月三十一日。

 アイルランドの片田舎に、ひとつの小さな家があった。

 

 背後には深い森。

 前には小さな花壇と、二人掛けの古い木製のベンチ。

 

 庭から続く細い道を辿っても、ほかの人家など見当たらない。

 

 近くの村までは歩いて半日ほど。

 

 途中には険しい山道まであるため、訪れる者は滅多にいなかった。 

 

 人によっては不便極まりない場所だろう。

 

 しかし、そこに暮らす夫婦にとっては、これ以上なく都合のよい場所でもある。

 

 誰にも邪魔されず。

 誰にも詮索されない。

 

 たとえ遠く離れた世界で戦争が続いていようと、この場所にいる限りは家族三人、静かに暮らしていられる。

 

 それ以上のものなど、二人は望んでいなかった。

 

 そう。

 

 望んでなど、いなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆

 

 

「あなた、そろそろお風呂の時間ですよ」

 

「ん? もうそんな時間か」

 

「ええ。だから、その子をあまり興奮させないでくださいな」

 

「ははは! もう手遅れだと思うけど?」

 

 暖炉の前で、男が大袈裟に腕を振り上げる。

 

 それを真似するように、小さな男の子が両手を伸ばした。

 

「うー! あーっ!」

 

「おお! これは何と勇ましい!」

 

「きゃっ、きゃっ!」

 

「ははっ! いいぞ、もっとやってみろ!」

 

 笑い声が上がる。

 

 男が腕を右へ動かせば、子供も右へ。

 左へ動かせば、今度は左へ。

 

 しかし、まだ満足に身体を動かせる年頃でもない。

 

 調子に乗って身を乗り出しすぎた結果、ぽすん、と尻餅をついてしまう。

 

「…………」

 

 小さな瞳が瞬く。

 

 何が起こったのか分からないらしい。

 

 父親と顔を見合わせ、二人して首を傾げる。

 

 そして

 

「ぶっ……!」

 

「ぷっ……!」

 

「「あはははは!」」

 

 笑い声が重なった。

 

「まったく、親子揃って何をしているのやら」

 

 呆れたような声。

 

 けれど、食器棚に洗い終わった皿を片付けていた女性の口元にも、自然と笑みが浮かんでいる。

 

「ほら、早く。いつまで遊んでいるつもり?」

 

「あと少しだけ」

 

「さっきもそう言いました」

 

「あと五分!」

 

「十分前にも聞きました」

 

「……三分」

 

「だめです」

 

「厳しいなぁ」

 

 男が情けない顔を見せると、子供も真似するように眉を寄せた。

 

「あら」

 

 女が目を丸くする。

 

「まあ、そんなお顔までお父さんに似なくてもいいのに」

 

「ひどいぞ、それは!」

 

 また、笑い声。

 

 暖炉の炎が揺れている。

 

 窓の外では、激しい雨が屋根を叩いていた。 

 

 風も強い。

 時折、遠くで雷鳴が轟く。

 

 そのたびに子供は肩を跳ねさせたものの、父親が大袈裟な顔を作ってみせると、すぐに機嫌を直してしまう。

 

 やがて、母親に抱き上げられ、小さな手足をばたつかせながら浴室へと連れていかれた。

 

 廊下の向こうから、楽しげな声が聞こえてくる。

 

 男はそれを聞きながら、床に散らばった玩具を一つずつ拾い集める。

 

 彩りな積み木。

 翼の生えた木彫りの馬。

 角の欠けた小さな鈴。

 

 そのどれもが、どこにでもありそうな代物。

 

 魔法など使わずとも片づけられる。

 

 ひとつ拾い、棚へ置く。

 

 またひとつ拾い、手のひらで転がす。

 

 その時だった。

 

「…………?」

 

 男の手が止まる。

 

 鈴の音。

 

 いや、違う。

 

 窓辺に吊るされた、小さな銀の飾り。

 

 風鈴に似たそれが、微かに震えている。

 

 しかし、音はない。

 

 男はゆっくりと立ち上がった。

 

 目を細める。

 

 銀の飾りが、再び震えた。

 

 一度、

 

 二度、

 

 そして三度目。

 

 パキン

 

 飾りの表面に細い亀裂が走る。

 

「…………」

 

 男の顔から、笑みが消えた。

 

 音もなく杖を取り出す。

 

 そして、浴室へ向けて声を上げた。

 

「  おい!」

 

 返事はすぐにあった。

 

「どうしたんです?」

 

「その子を連れて、奥の部屋へ」

 

「え?」

 

「早く!」

 

 珍しくも男の声が荒くなる。

 

 何かを察したのだろう。

 

 少しの沈黙の後、浴室から慌ただしい物音が聞こえ始める。

 

 男は窓へ近づいた。

 

 外は真っ暗。

 雨と風に揺れる木々の向こうには、何も見えない。

 何も。

 

  いや

 

 いる。

 

 男は息を呑んだ。

 

 森の中。

 雨に紛れて、黒い影が動いている。

 

 一つではない。

 少なくとも四つ。

 

 いずれも、頭から黒いローブを纏っている。

 

 そして、そのうちの一人が顔を上げた。

 

 仮面。 青白く、不気味な仮面だった。

 

 男の心臓が、嫌な音を立てる。

 

「……どうして」

 

 思わず、声が漏れた。

 

 ここは誰にも知られていないはずだった。

 

 住む場所を変えた。

 魔法省の知人とも連絡を絶った。

 幾重にも隠蔽の魔法を施し、村人たちの記憶からも家の存在を遠ざけてきた。

 

 それなのに。

 

 どうして。

 

 その問いに答えるように。

 

 窓の向こうで、一人の男が杖を持ち上げた。

 

「――っ!」

 

 閃光。

 

 次の瞬間、窓硝子が内側へ弾け飛んだ。

 

 

 

▲

 

 

 

 

 家が揺れる。

 

 轟音に続いて、何かが砕ける音。

 

 棚が倒れ、食器が床へ散乱する。

 暖炉の炎が激しく揺らぎ、砕けた木片が室内に降り注いだ。

 

「あなたっ!」

 

 廊下の向こうで、女が悲鳴を上げる。

 

「来るな!」

 

 男が叫んだ。

 

「そのまま奥へ! 子供を隠せ!」

 

 再び、光。

 

 今度は赤い。

 

 男が杖を振ると、飛び込んできた呪文が弾かれ、壁の一部が粉々に砕け散った。 

 

そして、

 

「……おや」

 

 聞き慣れない声。

 

 いつの間にか、玄関の前に黒衣の男が立っている。

 

 仮面の奥から覗く瞳には、愉快そうな色。

 

「随分と手間をかけさせてくれたな」

 

「…………」

 

「お前たちも、もう少し物分かりがよければ良かったものを」

 

 男は答えない。

 ただ、杖を握る手に力を込める。

 

「何が不満だった?」

 

 黒衣の男が首を傾げる。

 

「闇の帝王は、新しい時代をお望みだ。純血の魔法使いが真にあるべき地位を取り戻す、素晴らしい時代をな」「……私には関係のないことだ」「関係ない?」「ああ。誰が世界を支配しようと、私たちは静かに暮らしたいだけだ」 黒衣の男が、くつくつと笑った。「だからなのだよ」「……何?」「選ばねばならんのだ。どちらに従うのかを」 杖の先が、ゆっくりと持ち上がる。「お前は、選ばなかった」「…………」「そのうえ、よりにもよってマグル生まれの女と結婚して、子供まで作ったそうじゃないか」 声に、露骨な嫌悪が混ざった。

 

「恥を知れ」

 

 それを聞いた瞬間。

 

 男の表情が変わった。

 

「……妻を」

 

 低い声。「侮辱するな」「ほう?」「お前たちに、あの人の何が分かる」 杖を持ち上げる。「何も知らないくせに……!」 閃光が走る。

 

 続けざまに、二つ。

 

 三つ。

 

 赤と青の光が交錯し、部屋の家具が次々と砕け散る。 

 

その隙に、廊下の奥で扉が開いた。

 

 女が走る。

 

 腕の中には、着替えさせたばかりの小さな子供。

 

 男は妻の姿を一瞬だけ見た。

 

 目が合う。 

 それだけで十分だった。

 

  行け

 

 声に出すまでもない。

 妻は頷き、裏口へ消える。

 

 黒衣の男が舌打ちした。

 

「女が逃げるぞ!」

 

 その言葉を合図に、窓の向こうから別の影が動く。

 

 男は杖を振り上げた。

 

「行かせるか!」

 

 しかし。 背後で、誰かが呪文を唱える声。

 

 振り返る暇もない。

 

 身体が強く弾かれ、壁へ叩きつけられた。

 

「ぐっ……!」

 

 視界が揺れる。

 口の中に広がる鉄の味。

 

 しかし、それでも、杖だけは離さない。

 

 床へ膝をつきながら、男は奥の廊下を見た。

 

 妻の姿はもうない。

 子供の泣き声も、聞こえない。

 

 よかった。

 まだ逃げられる。 

 

 まだ、

 

「……しぶとい奴だ」

 

 黒衣の男が近づく。

 

「大人しく寝ていれば、余計な苦痛を味わわずに済むものを」

 

「…………」

 

「何か言ったらどうだ?」

 

 男は顔を上げる。

 

 血に濡れた唇が、かすかに動いた。

 

「……うるさい」

 

 そして、杖を突き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨。 

 

 冷たい。

 とても、冷たい。

 

 頬に当たるものが、何なのか分からない。

 顔を上げると、すぐそばに誰かがいる。

 

 見慣れた顔。

 聞き慣れた声。

 

 けれど、どうしてだろう。

 

 いつもとは違う。

 苦しそう。

 怖そう。

 

 何かを何度も言っている。

 

「……大丈夫よ」

 

 声が震えている。

 

「大丈夫だから……」

 

 小さな身体が、強く抱き締められる。

 

 少し痛い。

 でも、温かい。

 

 その温かさが好きだった。

 

 だから、小さな手で衣服を握り締める。

 離れないように。 落ちないように。

 

 すると、抱き締める腕にまた力が込められた。

 

「……ごめんなさい」

 

 ぽつり。

 

「ごめんね……」

 

 何を謝っているのだろう。

 

 分からない。 

 

 ただ、母親(おかあさん)の顔が濡れていた。

 

 外から降ってくる水とは違うものが、頬を伝っている。 

 

 小さな手を伸ばす。

 

 触れようとする。

 

 けれど、その瞬間。

 

  ドンッ!

 

 身体が大きく揺れた。

 

「きゃっ!」

 

 母親がよろめく。

 

 転びそうになりながら、それでも腕の中の子供だけは決して離さない。

 

 前方には、深い森。

 背後には、炎。

 

 いつの間にか、家が燃えていた。

 

 赤い。

 大きい。

 怖い。

 

 空へ伸びる炎の向こうで、木々が激しく揺れている。 

 子供は泣き出した。

 

「ふぇ……ああっ!」

 

「しっ、大丈夫……!」

 

 母親が慌てて背中を撫でる。

 

「お願い、今だけは……!」

 

 言い終える前に、背後から声が響いた。

 

「  見つけたぞ!」

 

 女の身体が凍りつく。

 

 振り返れば、黒い影。 

 

いつの間に追いついたのか。

 

 仮面を被った魔法使いが二人、こちらへ歩いてくる。

 

「おやおや」

 

 一人が笑った。

 

「随分と遠くまで逃げたものだ」

 

「…………」

 

「さあ、その子を渡してもらおうか」

 

 女は首を振る。

 腕の中の子供を、さらに強く抱き締める。

 

「……いや」

 

「何?」

 

「……この子だけは」

 

 声が掠れる。

 

「どうか、この子だけは……!」

 

 黒衣の男が小さくため息をついた。

 

「……やれやれ」

 

 杖が持ち上がる。

 

 細く、黒い。

 その先端が、まっすぐに子供へ向いた。

 

 幼い瞳が、それを捉える。

 

 知らないもの。 細長いもの。

 見慣れない男が、何かを向けている。

 

 なぜか、胸が苦しくなる。

 

 怖い。

 

 怖い。

 

 母親の胸へ顔を埋めようとする。

 

 けれど、目を離せない。

 

 杖の先に、小さな光が灯った。

 

「  アバダ……」

 

「  護りよ(プロテゴ・デュオ)!!」

 

 別の声が響いた。

 

 眩い光。

 爆ぜるような音。

 

 黒衣の男が後ずさる。

 

 そして、木々の間から誰かが飛び出してきた。

 

「あなた……!」

 

「走れ!」

 

 父親(おとうさん)だった。

 

 ひどい格好だった。

 片腕を押さえ、肩で息をしている。

 額から血が流れ、いつもの服はあちこち破れていた。

 

 それでも、杖を構える姿勢は崩さない。

 

「早く!」

 

 妻が再び走り出す。

 

 そのすぐ後ろを、夫が追う。

 

 呪文が木々を打ち砕く。

 

 幹が弾け、雨に濡れた地面が抉れる。

 しかし、今度こそ逃げ道は残っていなかった。

 

 深い森。

 険しい斜面。

 足場の悪いぬかるみ。

 

 そして、後ろから迫る黒い影。

 

「……ここだ」

 

 男が足を止める。

 

 目の前には、大きな倒木。

 古くからこの森に横たわっているのだろう。

 

 根元の土が崩れ、大きな空洞ができていた。

 

 大人が身体を入れるには狭すぎる。

 

 しかし、小さな子供なら。

 

「……ここに隠そう」

 

 男が言う。

 女は夫の顔を見た。

 

 そして、腕の中の息子へ視線を落とす。

 

「……でも」

 

「時間がない」

 

「このままでは……」

 

「分かっている」

 

 夫は小さく頷いた。

 

「……人間の姿のままでは、いずれ見つかる」

 

 女が息を呑む。

 

「あなた、何を……」

 

「この森には狼がいる」

 

 男は続ける。

 

「人間の子供を探している連中も、狼の仔まで探しはしないだろう」

 

「……そんな」

 

「大丈夫だ」

 

 その言葉に、女は顔を上げた。

 

 夫は笑っている。

 けれど、その目には恐怖の色が浮かんでいた。

 

「……きっと、大丈夫だ」

 

 それが確かな保証などではないことを、二人とも知っている。

 

 まだ幼い身体。

 完成しきっていない魔力。

 成長途中の肉体に変身術を施す危険性。

 しかも、十分な準備もないまま。

 

 何が起こるか分からない。 元へ戻せなくなる可能性だってある。 しかし。

 

 ほかに方法がない。

 

「…………」

 

 女は唇を噛み締めた。

 そして、そっと息子を夫へ渡す。

 

 子供は不思議そうに父親を見上げる。

 

 小さな手が、大きな指を掴んだ。

 

「……ああ」

 

 男が笑う。

 

「そうだ。父さんだよ」

 

 いつもの声だった。

 

 家の中で、何度も聞いた声。

 玩具を見せながら笑っていた、あの声。

 

「……いい子だ」

 

 父親が囁く。

 

「本当に……いい子だな」

 

 そして、その額に唇を寄せた。

 

 短い口づけ。

 

 それから、そっと地面へ下ろす。

 

 子供が顔を上げる。

 

 父親の手には、杖。

 

 細く、長いそれが、自分へ向けられている。

 

 幼い瞳が瞬いた。

 

 その瞬間、

 

「…………!」 

 

 小さな身体が硬直する。

 

 怖い。

 どうしてか分からない。

 

 父親なのに。

 知っている人なのに。

 

 それなのに、さっき黒い男が向けてきたものと同じものが、今また自分へ向けられている。

 

 口が開く。

 

 泣き声が漏れる。

 

「……あ、あぁ……!」

 

 男の表情が歪んだ。

 

「……すまない」

 

 杖を持つ手が、震える。

 

「……本当に、すまない」

 

 それでも、下ろさない。

 

 下ろせない。

 

 今ここで魔法を使わなければ、この子は死ぬ。

 それだけは確かだから。

 

 男はゆっくりと息を吸い込んだ。

 そして、呪文を唱える。

 

 淡い光が溢れ出した。

 

 子供の身体を包み込む。

 

 小さな手。

 短い足。

 柔らかな頬。

 

 その輪郭が、ゆっくりと崩れていく。

 

 女は両手で口元を覆った。

 

 骨が軋むような、不気味な音。

 

 しかし、子供は泣き叫ばない。

 

 何が起きているのかも、理解できていないらしい。

 

 ただ、眩しそうに目を細めている。

 やがて。 光が収まった。

 

 そこにいたのは、小さな灰色の狼。

 

 まだ幼い仔狼だった。

 

 柔らかな毛並み。

 短い脚。

 少しばかり大きすぎる耳。

 そして、不思議そうに両親を見上げる瞳。

 

「……くぅ?」 

 

鼻を鳴らす。

 

 女が膝をついた。

 

「……ああ」

 

 声が震える。

 

「……よかった」

 

 仔狼が首を傾げる。

 母親の手が伸びる。

 頭を撫でる。

 耳の後ろを、優しく掻く。

 

 すると、仔狼は気持ちよさそうに目を細めた。

 

 変わっていない。

 

 姿は変わっても、我が子は我が子のまま。

 

 女は唇を噛み締める。

 

 涙が止まらない。

 

「……ねえ」 夫を見る。

 

「……戻れる、わよね?」

 

「…………」

 

「また、元の姿に……」

 

 男は答えない。

 答えられなかった。

 

 ただ、妻の肩へ手を置く。

 

 その沈黙だけで、女には十分だった。

 

「……そう」

 

 小さく頷く。

 

 そして、仔狼を抱き上げた。

 

 胸へ抱き締める。

 その温もりを、最後に確かめるように。

 

「……大丈夫よ」 

 

 囁いた。

 

「姿なんて、どうだっていいの」

 

 仔狼が鼻を鳴らす。

 

「……あなたは、わたしたちの子供だもの」

 

 女は杖を取り出した。

 

 そして、倒木の根元へ仔狼を下ろす。

 小さな身体が、湿った土の上へ着地する。

 

 不安そうに顔を上げる仔狼。

 

 女はその頭へ、最後にもう一度手を添えた。

 

「……ごめんね」

 

 杖先に、淡い光。

 

「……お願いだから」

 

 唇が震える。

 

「……生きて」

 

 光が広がった。

 

 狭い空洞を包み込み、周囲の空気を静かに覆っていく。

 

 そして。

 

 音が消えた。

 

 雨の音も。 

 風の音も。 

 遠くで轟く雷鳴も。

 

 すべてが、消えてしまった。

 

 仔狼が耳を動かす。

 

「…………?」

 

 不思議そうに口を開く。

 

「…………!」

 

 何も聞こえない。

 

 もう一度、鳴く。

 

「…………!」

 

 やはり、声が出ない。

 

 母親(おかあさん)が何かを言っている。

 けれど、それも聞こえない。

 

 父親(おとうさん)が隣に立っている。

 その手には、まだ杖。

 

 仔狼は二人を見つめた。

 

 どうして。

 どうして、何も聞こえないの。

 

 どうして。 

 どうして、そんな顔をしているの。

 

 その問いに答える者はいなかった。

 

 母親が立ち上がる。

 父親が妻の手を取る。

 

 そして、二人は背を向けた。

 

 小さな仔狼が身を乗り出す。

 

 追いかけようとする。

 

 けれど、見えない何かが行く手を阻んでいた。

 

 前足で土を掻く。

 鼻先を押しつける。

 

 それでも、外へは出られない。

 

「…………!」

 

 鳴く。

 

「…………!!」 何度も。 何度も。 けれど、誰にも聞こえない。 母親は振り返らない。 父親も、振り返らない。 雨の向こうへ。 暗い森の中へ。 二人の姿が、少しずつ遠ざかっていく。

 

 

 

 

「――そこにいたか!」

 

 男たちの声。 黒衣の魔法使いたちが、木々の間から現れる。 一人。 二人。 三人。 その手には、杖。 仮面の奥には、冷たい眼差し。「……子供はどこだ」 低い声。 父親は答えない。「女が抱えていただろう」「…………」「隠したのか?」 母親も答えない。 ただ、夫の手を握り締める。 男たちのうち一人が、苛立ったように舌打ちした。「……まあ、いい」 杖先が持ち上がる。「先に貴様らを片づける」 父親が一歩前へ出た。 妻を庇うように。 しかし、もうまともに立っていることさえ難しい。 片腕は動かない。 呼吸も荒い。 それでも、杖だけは構えている。

 

「……どうして」

 

 ぽつり。

 父親が口を開いた。

 

「……何が、そこまで憎いんだ」

 

 男たちは答えない。

 

「血が違うからか」

 

 雨が頬を伝う。

 

「生まれが違うからか」

 

 杖を握る指に、力が籠もる。

 

「それだけで……!」

 

「  黙れ」

 

 冷たい声。

 

「闇の帝王のお考えを理解できぬ愚か者に、答える義務などない」

 

 男が杖を振り上げた。

 

 緑色(死)の光。

 

 それが、夜の森を切り裂いた。

 

 父親の身体が、崩れ落ちる。

 

 音もなく。

 まるで、糸の切れた人形のように。

 

「…………」

 

 母親は動かなかった。

 

 ただ、目の前に倒れた夫を見つめている。

 

 つい先ほどまで、子供と一緒に笑っていた人。

 くだらない冗談を言って、いつも自分を呆れさせていた人。

 誰よりも優しくて。

 少しだけ、子供っぽくて。

 自分が選んだ、大切な人。

 

 その人が。

 もう、動かない。

 

「……あなた」

 

 唇が震える。

 

 膝が折れそうになる。

 

 けれど。 倒れるわけにはいかなかった。

 

 まだ。

 

 まだ、守らなければならないものがある。

 

 女は顔を上げた。

 

 そして、杖を握り直す。

 

「……あの子には」

 

 掠れた声。

 

「……あの子には、何の罪もないのに」

 

 黒衣の男が鼻を鳴らす。

 

「まだ言うか」

 

「……ただ、生まれてきただけなのよ」

 

 涙が頬を伝う。

 

「まだ、何も知らないのに……!」

 

「だから何だ」

 

 男が杖を向ける。

 

「血は、血だ」

 

 それだけだった。

 

 それだけで、すべてが決まってしまう。

 

 女の目が見開かれる。

 

 唇が動く。

 

 何かを言おうとした。

 

 怒りか。

 悲しみか。

 

 それとも、最後の祈りだったのか。

 

 誰にも分からない。

 

 次の瞬間。

 

 緑色(死)の閃光が、女の身体を包み込んだ。

 

 

 

◆

 

 

 

 森の中。

 倒木の根元。

 

 小さな仔狼が、じっと外を見つめている。

 

 何かが光った。

 

 白く。

 赤く。

 

 そして、緑色に。

 

 けれど、音はない。

 

 何も聞こえない。 仔狼は不思議そうに首を傾げた。

 

 母親(おかあさん)の姿が見えない。

 父親(おとうさん)もいない。

 

 どうしてだろう。 さっきまで、すぐそこにいたのに。 小さな鼻が動く。

 

 匂いを探す。

 

 雨に濡れた土。

 

 木の根。 

 冷たい草。

 

 そして、遠くから流れてくる、見慣れない匂い。

 

 それでも、あの温かな匂いだけは見つからなかった。

 

「…………」

 

 仔狼が鳴く。

 

 返事はない。

 

 もう一度。

 

「…………!」

 

 やっぱり、誰も来ない。

 

 小さな身体が震え始める。

 

 寒い。

 怖い。

 お腹も空いている。

 眠い。

 

 それでも。

 まだ、眠りたくない。

 

 眠ってしまったら、二人が戻ってきた時に気づけないかもしれないから。

 

 仔狼は外を見つめ続ける。

 

 ずっと。

 

 ずっと。

 

 その時だった。

 

 遠くで、黒衣の男たちが騒ぎ始めた。

 

「……おい、見ろ!」

 

「何だ……これは……!?」 男の一人が、自分の左腕を掴んでいる。 その顔からは、すっかり血の気が引いていた。 袖を捲り、皮膚に刻まれた黒い印を見つめる。 骸骨。 その口から這い出す蛇。

 

 闇の印(ダーク・マーク)。

 それが、何かを告げていた。

 

 何を。

 

 それは、彼らにも分からない。

 

 ただ。

 

 これまで一度たりとも感じたことのない、奇妙な感覚だけがあった。

 

「……まさか」

 

 一人が呟く。

 

「……そんなはずが……」

 

「どうする!?」

 

「戻るぞ!」

 

「だが、子供が……!」

 

「そんなものは後だ!」

 

 怒号が響く。

 

「今すぐ戻るんだ!!」

 

 そして。 男たちは姿を消した。

 

 一人。

 

 二人。

 

 最後の一人まで。

 

 森に残されたのは、冷たい雨と、動かなくなった二人の身体。

 

 そして。

 

 少し離れた倒木の根元で、今もなお誰かを待ち続ける、小さな命だけだった。

 

 

 

▲

 

 

 

 

 雨は、夜明け近くまで続いた。

 

 家は燃え尽き、灰となり、そこに誰かが暮らしていたことさえ分からないほどに崩れ果てる。

 

 倒木の根元では、幼い仔狼が身体を丸めている。

 

 泣き疲れたのか。

 寒さに耐えきれなくなったのか。

 

 やがて、その小さな瞳がゆっくりと閉じられていく。

 

 母親が最後に残した魔法は、まだ解けない。 

 

 外の音も。

 自分の声も。

 

 何一つ、聞こえない。

 それでも、その胸は小さく上下している。

 

 生きている。

 まだ、生きている。

 

 ただ、それだけだった。

 

 あの夜に。

 

 多くの人々が知らぬところで、一つの家族が消えた。 

誰もその名を語らず。

 誰もその死を悼まず。

 誰も、残された子供の存在に気づかない。

 

 それでも。

 暗い森の奥には、確かに一つの命が残されていた。

 父親が最後に与えた、獣の身体。

 

 母親が最後に遺した、音のない小さな隠れ家。

 

 二人が命と引き換えに守り抜いた、かけがえのないもの。

 

 小さな灰色の仔狼は、何も知らない。

 

 自分が何者なのかも。

 

 父親と母親が、もう二度と戻ってこないことも。

 

 そして。

 

 その夜から始まる、長く孤独な日々のことも。

 

 ただ、眠っている。

 冷たい土の上で。

 

 もう二度と聞くことのできない、あの優しい声を待ちながら。




ハリー・ポッターのルビー振りってこれで合ってんのか実物を読んでないからネット知識にしか頼れないのがツライ。


他のハリー・ポッター二次創作もお気に入りはしてるけども、なんか一度読んだら知らず知らずコピペや似たプロット展開になりそうだし、なりかけたしで読めずにいる作者です(;・∀・)

まぁなんどもGPTさんにはお世話になっているおかげでスマホでも書くのが昔とはえらい違い。

インターフェースもそうだしハーメルンもこの数年で色々と変わったおかげで書きやすいことこの上になし!
………まぁ今日もそうだけどどうしてか編集終了を押した途端に空白も改行も全部消えて一塊になるから帰ってもういっぺんPCで編集せねばならないのはどうしてだろう( ;∀;)

ハリーの人生を読めば読むほどにあの腐ったジャガイモ面とその下っ端どもには怒りしか湧いてこない。
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