ハリーポッターとケモノの子 ~その瞳に映るもの~ 作:火力万能主義
「失礼。誰か、ヒキガエルを見ませんでしたか?」
呪文が唱えられる、まさにその寸前だった。
不意に客室の扉が開き、聞き覚えのない女の子の声が飛び込んできたのである。
「…………」
ぴたり。
ロンの手が止まった。
「……またかよ」
杖を持ったまま、がっくりと肩を落とす。
ようやく邪魔されずに呪文を唱えられると思っていた矢先である。何だか先ほどから、魔法よりも話を聞かされている時間の方が長い気がした。
「ロン、杖」
「分かってるよ!」
ハリーに言われ、ロンは慌てて杖を下ろした。
いつの間にか、その先が客室の入り口へ向いていたらしい。
そこに立っていたのは、長い茶髪にきちんとした制服姿の女の子だった。
片手で扉を押さえ、もう片方の手は腰に添えている。話しかけてきたわりには、遠慮した様子がない。
「ネビルっていう男の子がヒキガエルをなくしてしまったの。さっきから一緒に探しているんだけど、ここには来なかった?」
「見てないよ」
「そう。ありがとう」
女の子は頷いたが、すぐに帰ろうとはしなかった。
ロンの手に握られた杖を見つけたのである。
「あら、魔法を使うところだったの?」
「……そうだけど」
「だったら、見せてもらってもいいかしら?」
「えっ?」
「ここ、座ってもいい?」
「えっ、ああ、でも 」
「ありがとう」
返事が終わるより早く、彼女は空いていた席へ腰を下ろした。
ロンは口を半開きにしたまま、その様子を眺めていた。
ハリーは苦笑いし、アッシュは窓の外へ顔を向ける。
「……僕、今から使うんだけど」
「ええ、だから見せてもらいたいの。入学前に魔法を使う人を見られるなんて、いい機会じゃない」
女の子は、まるでロンの方こそ話を理解していないとでもいうように答えた。
ロンが助けを求めてハリーを見たが、そのハリーもどう答えたものか分からず、曖昧に笑うばかりだった。
窓際のアッシュだけが、一人増えた客室を見回し、座る場所を少しずらした。
「私はハーマイオニー・グレンジャー。あなたたちは?」
「僕はハリー。ハリー・ポッター」
「ロン・ウィーズリー。こっちはスキャバーズ」
ロンが膝の上の灰色ネズミを示した。
「それで、そっちのあなたは?」
返事がない。
「アッシュ!」
「……なんだよ」
「君のことだよ!」
「ああ。アッシュ」
「アッシュ? 名字は?」
「ない」
「……ない?」
「そう言っただろ」
「じゃあ、先生に名前を呼ばれる時はどうするの? 入学許可証には何て書いてあったの?」
「アッシュ。それだけだ」
「それだけ?」
「ああ」
少女は初めて言葉に詰まったようだった。
アッシュは、何がそれほど不思議なのか分からず、彼女を見返している。
「それって 」
「それよりさ!」
ハーマイオニーがさらに尋ねかけたところで、ロンが慌てて割り込んだ。
「それより魔法! 見たいんだろ?」
「ああ、そうだったわね」
ようやく話が戻ったことに、ロンはほっとした顔で杖を握り直した。
その先には、気持ちよさそうに眠るスキャバーズがいる。
杖が動くと、アッシュの視線も自然にその向きを追った。
細い木の棒が向いているのは、眠ったままのネズミである。
自分へ向けられたわけではないことを確かめると、彼はようやく背もたれに身体を預けた。
それまでのやり取りなどすっかり忘れた様子で、ロンは杖を握り直す。
ハーマイオニーは興味深そうに身を乗り出し、ハリーも期待を込めた目でその手元を見つめていた。
「よし……!」
ロンは杖を振り下ろした。
「お日さまきらきら、花びらひらり! 灰色ネズミよ、黄色になあれ!」
ボンッ!
「うわっ!」
「きゃっ!」
小さな閃光とともに白い煙が噴き出した。
ロンは咳き込みながら煙を払い、ハリーとハーマイオニーも慌てて身を引く。
窓際ではアッシュが、動きかけた身体を途中で止めていた。
閃光が弾けた瞬間に身を固くしたものの、煙が上がるだけで終わったのを見て、何も言わずに手を膝へ戻す。
「……大丈夫?」
ハリーが声をかけると、ロンは涙目で親指を立てた。
「へ、平気さ。ちょっと煙が出ただけで――」
やがて現れたのは、元のままの灰色ネズミだった。
耳も、尻尾も、腹も。
どこを見ても、灰色のままである。
「……あれ?」
ロンが首を傾げる。
「黄色になるはずなんだけど……」
「ならねぇな」
「見れば分かるよ!」
「じゃあ言うなよ」
「君に聞いたわけじゃないから!」
言い合う二人の足元で、スキャバーズがけたたましく鳴いた。
チュチュ、チュー!
『何だ今の! 眠ってたのに!』
アッシュだけが、その抗議をはっきりと理解していた。
『眩しいし煙臭いし、いい加減にしろ! どうして寝ているところを狙うんだ!』
スキャバーズはロンの膝によじ登ろうとして、もう一度甲高い声を上げる。
「こら、スキャバーズ! 暴れるなって!」
『こっちの台詞だ!』
アッシュは小さく肩をすくめた。
文句を言う相手としては合っているのだが、これではロンには何も通じない。
ネズミが怒っていることさえ、ただ驚いて暴れているとしか思っていないようだった。
「……そいつ、怒ってるぞ」
「そりゃ驚いたんだろ。僕だってびっくりしたよ」
「そういう意味じゃない」
「え?」
「……いや、何でもない」
アッシュは言葉を飲み込んだ。
ここで説明を始めれば、今度は自分が質問攻めに遭うことになる。
少なくとも、それだけは避けたかった。
当のロンは、ネズミの抗議に気づく様子もなく杖を見つめていた。
「それ、本当に正しい呪文なの?」
ハーマイオニーが、煙の残る杖を見ながら言った。
「だって、教科書にはそんな呪文、載っていなかったわ。私、入学前に全部読んだのよ」
「……フレッドに教えてもらったんだけど」
「フレッド?」
「僕の兄貴」
ロンはそこまで言って口を閉じた。
そういえば、教えてくれた時の兄の顔は、やけに楽しそうだった気がする。
思い返せば、ジョージも隣で笑いを堪えていたような。
「……まさか」
「本で調べてみたら?」
ハーマイオニーは悪気なく勧めた。
「学校へ着く前に、また同じことをしても仕方がないでしょう?」
「分かってるよ!」
ロンは杖をしまいながら、次に双子と会った時のことを考えた。
兄たちが本当にあの呪文でネズミを黄色くできると思っていたとは、とても考えられない。
「……あいつら」
歯ぎしりするロンをよそに、ハーマイオニーは今度はハリーへ顔を向けた。
「そういえば、ハリー・ポッターって言ったわね! あなたのこと、本で読んだことがあるわ。『近代魔法史』にも 」
「えっ、僕のことが?」
ハリーが驚く。
ハーマイオニーの説明は勢いを増した。
「それから『現代魔法の興亡』にも出てくるわ。あれだけ有名なのに、本人はずいぶん普通の子なのね」
「そうなの?」
ハリーの方こそ、初めて聞く話ばかりだった。
「もちろんよ。知らないの?」
「……実は、あんまり」
ハーマイオニーは何とも信じられないという顔をした。
一方、ロンはまたもや話から置いていかれ、暇そうにスキャバーズの頭を撫でている。
ネズミはまだ不機嫌で、撫でられるたびに短く鳴いた。
窓際のアッシュは、ハリーがどこか困っていることに気づいていた。
けれども、当のハリーが口を開くまでは何も言わなかった。
しばらくして、ハリーが遠慮がちに口を挟む。
「あのさ。ヒキガエル、探さなくていいの?」
「あら、そうだったわ!」
ハーマイオニーは立ち上がった。
「ネビルがとても心配しているの。どこへ行っちゃったのかしら」
「……まだ見つかってないのか」
窓際からアッシュが声をかけた。
「ええ。さっきから探しているんだけど」
アッシュは顔をしかめた。
なるほど。
つまり、この女の子はカエルを見つけるまで、あちこちの客室を回り続けるつもりらしい。
……面倒だ。
見つからなければ、またここに来るかもしれない。
そのたびに同じことを聞かれるのも、騒がしくなるのも御免である。
いっそのこと、さっさと見つけてしまった方が早い。
「そのネビルってやつはどこだ?」
「たぶん廊下にいるわ。どうして?」
「探すんだろ?」
「ええ、そうだけど」
「だったら、そいつもいた方がいい」
曖昧な答えに、ハーマイオニーは納得していない様子だった。
ただ、困っているのがネビルであることを思い出したのだろう。
それ以上は問い詰めず、扉を開けた。
「ネビル! ちょっと来て!」
間もなく丸顔の少年が、おずおずと姿を現した。
「あ、あの……トレバーが見つかったの?」
「まだよ。でも、この子が何か知っているみたい」
「……まだ何も知らねぇよ」
余計なことを言わないでほしい。
アッシュは小さく息を吐きながらも立ち上がり、ネビルへ手を差し出した。
「……お前、カエルを何に入れてた?」
「えっと……これ」
ネビルが小さな容器を差し出す。
蓋は開いたままで、中は空っぽだった。
「で、いついなくなったんだ?」
「えっと……列車に乗ってから、しばらくして気づいたんだ。閉めたつもりだったのに」
ネビルは、空の容器を見下ろした。
「入学祝いにもらったヒキガエルなんだ。ぼく、また何か失敗したって思われるかもしれない……」
「まだ見つかってないだけだろ」
「え?」
「もう戻らないって決まったわけじゃない」
アッシュはもう一度手を差し出した。
「貸してみろ」
「……う、うん」
「ちょ、ちょっと。何をするつもり?」
ネビルから容器を受け取ったところで、ハーマイオニーが口を挟んだ。
「探すんだよ」
アッシュはそれだけ答えると、容器を鼻先へ寄せた。
すん。
湿った土と水草。
それに、ヒキガエル特有の匂い。
一度覚えれば、あとはその痕跡を追えばいい。
ふと、ネビルが不安そうに見上げてきた。
「……それで、分かるの?」
「匂いが残ってればな」
「もしかして、それも魔法を使っているの?」
「使うまでもねぇよ」
「でも、それならどうやって?」
「鼻だけでいい」
「鼻……?」
ハーマイオニーは目を瞬かせた。
しかし、すぐに何かを思いついたらしい。
「それって、つまり嗅覚で探すってこと? でも、人間の鼻でそんなことが 」
「ちょっと行ってくる」
「えっ、待って!」
アッシュはハーマイオニーの質問が終わるより先に、客室の扉へ向かっていた。
ネビルも慌てて後を追う。
「ねえ、あなた! 本当に分かるの?」
「探せば分かるだろ」
「だから、どうしてそれで分かるのかって聞いているの!」
「……あとにしてくれよ」
二人を連れて廊下へ出る。
客室の扉が閉まったところで、残されたハリーとロンは顔を見合わせた。
「……本当に見つけられるのかな」
「さあ。でも、あいつならやりそうな気もするし」
ロンが首を傾げる。
ハリーも同じことを考えていた。
アッシュという少年は、どうやら見た目だけで判断してはいけないらしい。
何せ、さっきから驚かされてばかりなのだから。
さて。
そんな二人の感想など知る由もなく、アッシュは廊下で鼻を働かせていた。
すん。
すんすん。
菓子や革鞄、猫にフクロウ。
客室の扉が開くたび、新しい匂いが風に乗って流れてくる。
温かいパイの匂いもあれば、瓶詰めの薬草の匂いもある。
ほかの生徒が連れてきた動物の気配も混ざっていた。
その中から、先ほど覚えたヒキガエルの匂いを探し出す。
すん。
……いた。
いや、違う。
こっちは別のカエルだ。
どうやら、ほかにも似たような生き物を連れてきた生徒がいるらしい。
なかなか紛らわしい。
もっとも、一度覚えた匂いを間違えることは滅多にない。
アッシュはもう一度鼻から息を吸い込んだ。
その時だった。
「……ん?」
僅かに眉が動く。
何やら、別の匂いが混ざっている。
しかも、一つではない。
意識を向ければ、それぞれについて余計なことまで嗅ぎ取れてしまうのがネックというところか。
妙に鼻につく薬品の匂いの中にも、また別のものが混ざっている。
それらの正体に気づいたらしく、アッシュの表情が変わった。
……ああ。
なるほど。そっちか。
…………。
知らん。
何も知らん。
アッシュは速やかに、それらの情報を頭の隅へ追いやった。
いや。
正確には、追いやらなければならなかった。
なぜなら。
――勝手に他人の匂いを嗅いではいけません!
脳裏に、ある女性の声が響いたからである。
……うっ。
思わず肩が強張る。
忘れもしない。
あの、眼鏡を掛けた恐ろしい
アッシュは鼻がいい。
それも、少々どころではない。
人間だろうと、動物だろうと。
匂いを覚えれば、大抵の相手を嗅ぎ分けることができる。
だが。
その便利な鼻について、マクゴナガルからは何度も何度も、耳にたこができるほど言い聞かされていたのだ。
勝手に人の匂いを嗅ぎ回らないこと。
そして、気づいたからといって、その感想を口にしないこと。
特に、女の子に対しては絶対に。
誰かに聞かれたとしても、簡単に答えてはいけない。
――よろしいですわね、アッシュ?
その時の剣幕たるや、凄まじいものだった。
何せ。
初めて人間の服を着せられた時、窮屈だからという理由でバリバリに破り捨てた時よりも、よほど怒られたのである。
しかも、ただ怒っただけではない。
あの白いマフラーを、見ず知らずの誰かが汚れた靴で踏みにじったとしたら。
それも、勝手に触れた挙げ句、あれこれ好き放題に言いふらされたとしたら。
自分ならどう思うかと、そう尋ねてきたのだ。
……ああ。
それは、嫌だ。
ものすごく嫌だ。
というか、そんなことをする奴がいたら――。
――その気持ちが分かるのでしたら、決して他人にも同じことをしてはいけません!
……はい。
さすがのアッシュも、あの時ばかりは大人しく頷くしかなかったのだ。
それ以来である。
必要のない時は、できるだけ他人の匂いを意識しないようにしているのは。
そして、何か気づいてしまったとしても。
……忘れろ。
そう。
よし。
完璧だ。
アッシュは密かに頷いた。
「ねえ、どうしたの?」
ハーマイオニーに呼ばれ、アッシュは顔を上げた。
「……何でもねぇ」
「でも、急に黙り込んだから」
「気にすんな」
何としても、これ以上の説教だけは避けなければならない。
そんな決意を胸に、アッシュは再び鼻を働かせた。
今度は、先ほど覚えたカエルの匂いだけを追う。
湿った土。
水草。
その奥に残る、かすかな痕跡。
人の足音と車輪の響きに紛れ、何度か途切れそうになったものの、やがて匂いは廊下の奥へと続いていた。
すん。
そして。
――ッ!
見つけた。
「……ついてこいよ」
ネビルとハーマイオニーを連れ、アッシュは廊下を進み始めた。
「ほ、本当に分かったの?」
「多分な」
「多分!?」
「見つければ分かるだろ」
「だから、その理由を聞いているんでしょう!」
質問を続けるハーマイオニーをよそに、アッシュは黙々と先へ進んでいく。
足元に鞄が飛び出しているところでは、ネビルが躓きかけた。
「うわっ!」
「ちょっと、気をつけてよ!」
ハーマイオニーが咄嗟に袖を引き、二人そろって壁へ身体を寄せる。
「ご、ごめん」
「ほら、行くわよ!」
そんな二人を振り返ることもなく、先を行くアッシュ。
二人は慌てて、その後を追いかけていった。
なお。
残されたハリーとロンはというと。
「……すごいね、アッシュ」
「……うん」
ロンは頷いた。
そして、ぽつり。
「
「…………」
ハリーも、何とも言えない顔で頷いたのだった。
「あったぞ」
アッシュが足を止めた。
場所は、客室から少し離れた廊下の片隅。
積み上げられた荷物の陰である。
「えっ、どこ!?」
「すぐそこにあるだろ」
指差した先。
大きな旅行鞄と壁の隙間に、何やら緑色のものが見えた。
「……トレバー!」
ネビルが歓声を上げる。
そこにいたのは、一匹のヒキガエルだった。
当の本人はというと、暗くて落ち着く場所を見つけたとでも言いたげに、のんびりと座り込んでいる。
『……
どうやら、寝ぼけているらしい。
随分と気楽な奴である。
アッシュは呆れた。
「よかった! 本当によかったよ!」
ネビルが嬉しそうにカエルを抱き上げる。
逃げないように両手で包み込み、大切そうに胸元へ寄せた。
「ありがとう! 本当にありがとう!」
「……別に」
アッシュは顔を逸らす。
「次から、蓋は閉めとけよ」
「う、うん! そうする!」
何度も何度も頷くネビル。
その隣では、ハーマイオニーが目を丸くしていた。
「ねえ、あなた」
「……何だ」
「どうして、ここにいるって分かったの?」
「…………」
「だって、あなた、さっき少し匂いを嗅いだだけでしょう? それだけで、この広い列車の中からヒキガエルを見つけたの?」
「……まあな」
「すごいわ! でも、どうしてそんなことができるの?」
「…………」
アッシュは黙った。
……面倒くさい。
しかも、どうやらこの女の子は、分からないことをそのままにはしておけない性格らしい。
次から次へと質問が飛んでくる。
……ああ、もう。
「見つかったんだから、もういいだろ」
「それはそうだけど、私だって知りたいわ。だって普通じゃないもの」
「じゃあ、終わりだ」
それだけ告げると、アッシュは踵を返した。
「えっ、ちょっと!」
「ネビルって言ったよな」
「えっ、ぼ、僕?」
「ああ。今度はなくすなよ」
「う、うん! ありがとう!」
アッシュは軽く手を振り、そのまま歩き出した。
ハーマイオニーは少し不満そうだったが、ネビルが何度も礼を言っていることもあって、無理に引き止めることはしなかった。
ようやく終わった。
これで、少しは静かになるだろう。
そう思いながら、アッシュは元の客室へ戻る。
「あ、おかえり!」
ハリーが声をかけた。
「カエル、見つかったの?」
「ああ」
「本当に!? すごいじゃないか!」
「……別に」
窓際の席へ腰を下ろす。
ロンが興味深そうにこちらを見ていた。
「なあ、アッシュ」
「……今度は何だ」
「本当に匂いだけで見つけたの?」
「……そうだが」
「すげぇな! 僕なんか、自分の靴下だってどこに置いたか分かんなくなるのに!」
「それはお前が悪いだろ」
「うっ……」
ロンが言葉に詰まる。
それを見て、ハリーが吹き出した。
「何だよ、二人とも!」
ロンが抗議する。
「でも、アッシュって魔法を使ってないんだろ?」
今度はハリーが尋ねた。
「ああ」
「すごいな。僕は、そういうの初めて見た」
「俺は杖でネズミを黄色くしようとする奴を初めて見たよ」
「黄色くなってないだろ!」
「そうだったな」
アッシュが何食わぬ顔で答えると、ハリーはますます笑った。
「だから! あれはフレッドが教えた呪文で 」
「失敗したのはお前だろ」
「うっ……!」
再び言葉に詰まるロン。
しかも、これでは言い返そうにも言い返せない。
ハリーはとうとう堪えきれなくなったのか、座席にもたれて笑い始めた。
「もう! ハリーまで!」
ロンは頬を膨らませた。
しかし、その膝の上ではスキャバーズがようやく眠り始めている。
今度こそ起こさないよう、ロンは声を落とし、そっとネズミの背を撫でた。
アッシュも、それ以上は何も言わなかった。
客室には、少しだけ穏やかな時間が戻ってきた。
先ほどまでの騒ぎが嘘のように、車輪の音だけが規則正しく響いている。
もっとも、静かになったのも束の間だった。
ガタン。
列車が、ひときわ大きく揺れた。
窓の外には、いつの間にか薄暗い景色が広がっている。
緑の丘は遠ざかり、空には夕闇が降り始めていた。
やがて、車内に声が響く。
もうすぐホグワーツへ到着するという知らせに、車内がにわかに騒がしくなった。
「もう着くのか! ハリー、ローブは?」
「えっ、もう着替えるの?」
「当たり前だろ! 急がないと!」
ロンが慌ただしく鞄を探る。
ハリーも急いで立ち上がり、二人は狭い客室で肩をぶつけ合いながら着替えを始めた。
「ちょっと、ロン! そっち引っ張らないでよ!」
「僕のローブだよ!」
「それ、僕の袖!」
「えっ!? あ、ほんとだ!」
慌てる二人を前に、アッシュは窓際の席から動こうともしなかった。
すでに制服を着ているため、急ぐ理由がないのである。
「……アッシュはいいよな」
悪戦苦闘しながら、ロンが恨めしそうに言った。
「もう着替えてるんだから」
「先に着ておけって言われたからな」
「誰に?」
「ばあさん」
「……ああ」
ロンは、何となく納得したらしい。
「だったら、仕方ないな」
「何がだよ」
「いや、何となく」
「変な奴」
アッシュは小さく肩をすくめ、首元の白いマフラーを直した。
ハリーもようやくローブに袖を通し終え、窓へ顔を向ける。
外はすっかり暗くなり、遠くにぽつぽつと灯りが見え始めていた。
「……もうすぐなんだね」
「そうだよ! もうすぐホグワーツだ!」
ロンが嬉しそうに答えた。
その声に応えるかのように、列車がもう一度揺れた。
荷棚の上では鞄ががたがたと音を立て、廊下からはあちこちの扉が開く音が聞こえてくる。
生徒たちは誰もが降車の準備に追われ、さっきまでの静けさはすっかり消えていた。
「ほら、二人とも! 早くしよう!」
「分かってるって!」
ロンが最後にローブの裾を整え、ハリーも自分の荷物を確かめる。
アッシュは二人が準備を終えるのを待ってから、ゆっくりと立ち上がった。
そうして。
列車は、三人の少年たちを乗せたまま、夜のホグズミード駅へと滑り込んでいった。
本当は組み分けまで書き終わったけど、さすがに長すぎたため一度区切って投稿。
もう一つの作品はいろいろと試行錯誤も含めて文字数が山盛りになっていたけど、こっちの方はあえて短くても読みやすい方をメインにしてみたくてやってみたけど、これはこれでまた難しいもんですね。
長すぎても読みづらいし疲れる、だからといってシンプルになりすぎると描写が雑、だからといってまた増やせばWikiになる。
これはこれでまた別のチャレンジって感じかな。
今日も見に来てくださってありがとうございます!