ハリーポッターとケモノの子 ~その瞳に映るもの~   作:火力万能主義

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改行の仕方と並べ方を変えてみました。
こっちの方が良かったら今後はこの形でやってみますので、良かったら最後のアンケートにもご協力してくださったら幸いです。

ではどうぞ!




第五話 入学一週目

 ホグワーツでの最初の一週間は、授業の中身より先に、教室へ辿り着く方法を覚えなければならなかった。

 

 先ほどまで通れた廊下へ戻ろうとすると、階段が別の方へ向かっている。扉だと思って開けようとすれば、ただの壁だった。では、その隣かと手を伸ばしたところで、壁に掛けられた絵の中から笑い声まで聞こえてくる。

 

 何がおかしいのか知らないが、見ていたのなら先に言えばいいだろう。

 

 そう思いながら、アッシュはまた別の道を探すことになった。

 

 同じ授業へ行く連中の匂いを追えば、途中までは合っている。だが、そいつらが通ったあとで階段の方が動いてしまえば、そこで道が途切れてしまう。鼻が利くからといって、なくなった廊下を歩けるわけではなかった。

 

 森の道だって、倒れた木に塞がれることはある。

 しかし、通ろうとしている道が、目の前で横へ動いていくことはない。

 

 にんげんは、妙なところに住んでいるものだった。

 

「こっちだよ、アッシュ!」

 

 階段の向こうから、声がした。

 

 顔を上げると、黒髪に丸い眼鏡をかけた少年が手を振っている。その隣では赤毛の少年が何か言い、茶色の髪の少女が、二人の背中を押すように先を促していた。

 

 確か名前はポッターと、ウィーズリー、あとグレンジャーだったか。

 

 列車で顔を合わせた三人だった。

 

「そこ、もうすぐ動くから! 早く!」

 

「分かってる」

 

 言われなくても、足元からは石の擦れる音がしている。アッシュは残りの段を上がり、三人のいる廊下へ足を下ろした。

 

 後ろで階段が動き始める。

 

「間に合ったね」

 

 ハリーが言った。

 

「階段なんか動かして、一体何になるんだか」

 

「さあ。でも、すごぐない?動く階段ってさ」

 

「通りにくいたけだろ」

 

「それは、そうだけど」

 

 ハリーは返事に詰まり、今しがた動いた階段を見た。その横で、ロンが小さく笑う。

 

「フレッドとジョージが言ってたよ。階段の行き先を覚えても、階段の方が覚えててくれるとは限らないって」

 

「なんだそりゃ」

 

「僕だって知らないよ」

 

「二人とも、そんな話は歩きながらにして。授業に遅れるわよ」

 

 ハーマイオニーが先に歩き出した。

 

 ハリーとロンも続き、アッシュも、行こうとしていた教室の方へ足を向ける。向かう場所が同じなのだから、同じ道を通ることもあるだろう。

 

 それだけのことだったのだが。

 

「次って、魔法薬だよな」

 

「そうよ。教科書、ちゃんと持ってきたでしょうね?」

 

「持ってるよ。そこまで忘れないって」

 

 歩きながらでも、三人の話は止まらない。

 

 昨日の夕食がどうだったとか、誰が教室を間違えたとか。答えが返ればまた別の話になり、分からないことがあっても、そのまま次へ進んでいく。

 

 どうしてそんなに話すことがあるのか。

 

 アッシュには、そちらの方が不思議だった。

 

 

 

▲

 

 

 

 

 魔法薬学の教室には、扉を開ける前から妙な匂いが漂っていた。

 

 湿った草に似たもの。乾いた土のようなもの。鼻の奥へつんと来るものまで、一つの場所に幾つも混じっている。中へ入ると、それらがいっぺんに近づいてきたので、アッシュは思わず顔をしかめた。

 

 教室の棚には、瓶や壺が並んでいる。

 中身の見えるものもあれば、蓋をされ、外からでは何が入っているのか分からないものもあった。液体の中へ沈んでいる何かを見て、前を歩いていたロンの足が、少しだけ遅くなる。

 

「……あれ、何だと思う?」

 

 ハリーが、指さされた方を見た。

 

「魔法薬の材料じゃないかな」

 

「それは分かるけどさ」

 

 瓶の中には、丸まった何かが入っていた。教科書のどこかに載っているのだろうが、アッシュにも、見ただけでは何なのか分からない。

 

「今、動かなかった?」

 

 ロンが言った。

 

 アッシュは、もう一度瓶を見た。中のものは、液体と一緒に、ゆっくり揺れている。

 

「お前が棚にぶつかったからだろ」

 

 赤毛の少年が自分の肩へ目を向けた。鞄の端が、棚の支柱に触れていた。

 

「……ああ。なるほど」

 

 ハリーが、口元を押さえた。

 

「笑うなよ。君だって見てただろ」

 

「うん。見てた」

 

 そう答える声も、少しおかしな具合になっている。ロンは鞄を持ち直し、今度は棚からいくらか離れて歩き始めた。

 

 アッシュも、空いていた席へ向かった。

 

 ここにあるものが魔法薬の材料だということは分かる。ただ、初めて嗅ぐものばかりでは、何を気にしなくていいのかも、すぐには決められなかった。教科書を机へ置いたあとも、鼻の奥には、いくつもの匂いが残っている。

 

 棚の右側から来るもの。

 教師の机の上に置かれているもの。

 誰かの鞄から、微かに漂っているものまであった。

 

 なんだって、こんなに一か所へ集めているのだろう。

 

 鼻を鳴らしていると、教室の前の方で扉が開いた。

 

 黒いローブの裾が揺れ、スネイプが入ってくる。それまであちこちでしていた話し声が小さくなり、机の上へ置かれかけていた杖も、慌てて引っ込められた。

 

 教師が教壇へ着く頃には、ほとんどの者が前を向いていた。

 

「教科書を開け」

 

 低い声が、教室へ通った。

 

 頁をめくる音が重なり、スネイプが黒板へ文字を書き始める。材料の名前と、扱う際の注意。大鍋へ何かを入れるよりも先に、覚えておかなければならないことがあるらしい。

 

 アッシュも言われたところを開き、教師の示すものと、紙の上に描かれた絵を見比べた。

 

 これは、あの匂いのするものか。

 

 そう思って棚へ意識を向けた途端、別のものまで鼻につく。眉間へ皺を寄せ、鼻の下を指で擦っていると、少し離れた席からポッターがこちらを見ていた。

 

 アッシュが目を向けると、黒髪の少年は、口だけで何かを言うように動かした。

 

 大丈夫か、とでも聞いているのだろうか。

 

 何も返さずにいると、ポッターは自分の鼻を指で示した。アッシュも、自分がそこへ指を置いたままだったことに気づき、手を下ろす。

 

 今は、追わなくていい。

 

 森で風の向こうへ鼻を向ける時にも、入ってくる匂いを、何もかも同じように追うわけではない。必要なものだけを選び、それ以外からは意識を外す。それは、すでにできることだった。

 

 アッシュは教科書へ目を戻した。

 

 紙の上の文字を追い、教師の声を聞く。

 鼻の奥に残るものはそのままでも、そこを確かめることをやめてしまえば、説明についていくことはできた。

 

 スネイプの黒い目が、一度こちらへ向いた。

 

 アッシュが教科書の該当する行を指で辿っていると、その視線は隣の机へ移り、低い声の説明が続く。

 

 まだ、何も作り始めてはいない。

 

 それなのに、教室へ入ってからずっと、鼻ばかり忙しかった。

 

 これで、みんなが鍋に火をつけ始めたら、どうなるのだろう。

 

 考えかけたところで、アッシュはやめた。今から気にしたところで、棚の中身が減るわけでもない。

 

 少し離れた席では、ウィーズリーが、さっきの瓶とは反対の方へ椅子を寄せていた。

 

 あれは動いてねぇって、言っただろ。

 

 そう思ったが、わざわざ教えてやるために口を開くのも面倒だった。スネイプがこちらを見ていなくても、今は静かに話を聞く時間だということくらいは、アッシュも分かっている。

 

 人差し指で教科書を辿り、言われたところへ羽根ペンを動かす。

 

 魔法を習うというのは、思っていたよりも、字を書くことが多いらしかった。

 

 

 

▲

 

 

 

 別の日の呪文学でも、やはり教科書と羊皮紙を広げることになった。

 

 毎日、決められた時間に起き、決められた場所へ行き、机に向かって話を聞く。何をするにも先に順番と時間が用意されているというのは、随分と窮屈なものだった。

 腹が減ったから食い物を探すのでも、眠くなったから寝床へ戻るのでもない。まだ何もしていないうちから、その日の終わりまでにやることが決まっている。

 

 これが、にんげんの学校(がっこー)というものらしい。

 

 ただ、同じ教科書を広げるにしても、教師によって、教室の様子は違っていた。

 

 フリットウィックが何かを尋ねると、あちこちで手が上がる。スネイプの教室で口を閉じていた者まで、こちらでは椅子の上で身を乗り出していた。隣に座っているグレンジャーなど、質問が終わるより先に腕を上げそうな勢いだった。

 

 後ろで、ウィーズリーが小さく息を吐く。

 

「そんなに腕を上げてて、疲れないのかな」

 

「聞こえるよ、ロン」

 

 ハリーが囁くと、ハーマイオニーの顔が、ほんの少しだけこちらへ向いた。ロンは慌てて、何もしていなかったように教科書へ目を落とす。

 

 アッシュには、二人ともよく聞こえていた。

 

 この授業でも、三人は近くにいる。

 

 最初は、たまたま席が空いていたからだと思っていた。だが、スリザリンとグリフィンドールの合同授業があると、こちらが先に座れば隣へやって来て、向こうが先に教室へ入っていれば、顔を見た途端に空いている席を示されるのだった。

 

 こちらから呼んだことなど、一度もないってのに。

 

 それを避けるためだけに別の席へ移るのも、面倒くさいし馬鹿らしい。隣に誰がいようが、黙って座っているのなら、アッシュには関係のないことだった。

 

 黙っていてくれれば、の話だが。

 

 前の方では、フリットウィックが呪文の発音について説明している。

 声を出す時の音の区切り方だとか、似ていても間違えてはいけない言葉だとか。まだ、杖を振るようには言われていなかった。

 

 制服のマントに突っ込んだ杖は、朝からそのままになっている。周りには早く魔法を使いたいと騒いでいる者もいたが、アッシュには、そこまで待ち遠しく思う理由が分からなかった。

 

 確かに、便利なところはある。手の届かないものを取ったり、重いものを動かしたりする様子を見れば、それくらいは分かる。

 だが、手を伸ばせば届くものなら、手を伸ばした方が早い。わざわざ杖を取り出して言葉を口にするより、自分の身体を動かす方が慣れている。

 

 だから、実技がまだ始まらないこと自体は、別に構わなかった。

 

 教科書を開いて説明を聞き、黒板に書かれたものを羊皮紙へ写す。その方が、よほど慣れない作業だった。

 

 分かる説明は、本にも書いてあることの繰り返しだった。

 分からない説明には、まだよく知らない言葉が幾つも混じっている。

 その一つを教科書の中から探しているうちに話が先へ進み、今度はどこを書き写せばいいのか分からなくなることもあった。

 

 手元に同じ本があるのに、どうしてわざわざもう一度書くのだろう。

 読めば分かるものは読めばいいし、分からなければ、その部分だけ聞けばいいのではないか。

 

 そう思うものの、ここでは全員が同じ速さで、同じことを習うらしい。

 

 小柄な教師の声はよく通っていたが、その声を聞いているうちに、アッシュの目はいつの間にか窓の方へ流れていた。

 

 硝子の向こうに、森が見える。

 

 見えるのは木々の上の方だけだったが、風が吹くたびに葉の色が変わった。

 枝が揺れて隙間が開き、また閉じる。それを眺めていると、木の下を抜ける時に顔へ当たる湿った空気や、足裏で崩れる土の感触を思い出した。

 

 群れの前を走るものへ追いつこうとして、枝の間を無理に抜けたことがある。

 真正面から追いつけないと分かれば、別の道を探して先へ回った。

 見失っても、土に残った跡や風に混じる匂いを辿れば、何となくどちらへ行ったのかは分かったものだ。

 

 目の前の森が、あの森と同じだとは思っていない。それでも、木々の間を走る自分の姿は、机に向かって羊皮紙を埋める姿より、ずっと簡単に思い浮かんだ。

 

 ここに座っている間にも、外では風が吹いている。陽の当たる場所は暖かいだろうし、木陰へ入れば、今の教室よりも涼しいはずだった。

 

「アッシュ、また別のこと考えてるでしょ?」

 

 隣から聞こえた声に、アッシュは目だけを横へ流した。

 

 グレンジャーが、自分の羊皮紙ではなく、こちらの手元を覗き込んでいる。

 机の上には細かな文字が何行も並んでいたが、それは全部、彼女の方の話だった。アッシュの羽根ペンは、途中まで書いた一文の横で止まっている。

 

「このままじゃ授業についていけなくなるわ。今の部分も、ほら。羊皮紙にメモしていないでしょう?」

 

 小さい声だった。授業を邪魔しないようにしているのだろうが、隣に座られているアッシュには、十分すぎるほど聞こえていた。

 

「聞いてる?」

 

「ああ」

 

「だったら、ちゃんと書きなさいよ。今のところは  」

 

「……めんどくせー」

 

 口から出た途端、隣で動いていた羽根ペンが止まった。

 さっきまで羊皮紙を擦っていた小さな音が消えたので、アッシュにもそれが分かった。

 

「なんですって?」

 

 顔を向けると、グレンジャーがとっておきの笑顔のままこちらを睨んでいる。成る程、笑っているのに目が笑ってないっつーのはこういうことを指すのか。

 声はさっきよりも低くなっていたが、言葉の一つ一つは、先ほどよりもはっきりしていた。

 

「今、何と言ったのか、もう一度言ってくださる?」

 

 聞こえていたから、そういう顔をしているのではないのか。

 

 アッシュは眉を寄せた。同じことをもう一度言えば満足するのだろうかと考えていると、後ろから、押し殺したような声がした。

 

「ヤッベー、ハーマイオニーガキレタ」

 

「ロン、センセイコッチミテル」

 

 何がそんなに面白いのか、赤毛の方は笑いを堪えているらしい。

 横の少女といい、後ろの二人といい、少し窓の外を見ていただけで、どうしてこうも騒がしくなるのだろう。

 

「そこのお二人。……いえ、四人とも。どうかされましたか?」

 

 教壇から声が飛んでくると、ハーマイオニーは急いで前を向いた。背後でも椅子が小さく鳴り、さっきまでの笑い声がぴたりと止まる。

 

「いいえ、何でもありません、先生」

 

「ぼ、僕たちも」

 

 後ろを振り返ると、ウィーズリーらも何度も頷いていた。

 そこで会話が途切れたので、もう終わったものだと思っていたアッシュは、三人の目がこちらへ向いていることに気づいて、ようやく教壇へ顔を向けた。

 

「……何でもねぇよ」

 

「では、こちらの説明に集中してください。今の部分を、もう一度繰り返しますから」

 

 フリットウィックが黒板へ向き直る。ハーマイオニーも羽根ペンを持ち直したが、こちらへ向けられた視線には、まだ何か言いたげなものが残っていた。

 一度口を開きかけ、こちらと目が合うと、何も言わずに前へ向き直る。

 

 アッシュは教科書へ目を戻し、止まっていた一文の続きを書きつけた。

 

 すると、隣から羊皮紙の端が、少しだけこちらへ寄せられた。自分が書いているところの、もう少し先まで文字が並んでいる。

 

 顔を向けると、グレンジャーは黒板を見ていた。

 

 さっきまで怒っていたはずなのに、今度はこれである。

 

 アッシュは自分の羊皮紙へ目を戻した。

 

 にんげんは、よく分からない。

 

▲

 

 授業が終わると、教室はすぐに騒がしくなった。

 

 教科書を閉じる音。椅子を引く音。次の授業まで何をするのかを話しながら、誰かが扉の方へ向かっていく。

 

 アッシュも羽根ペンをしまい、鞄へ手を伸ばした。

 

「さっきのところ、書けたの?」

 

 ハーマイオニーが尋ねた。

 

「ああ」

 

「だったらいいけれど。分からないところがあるなら、ちゃんと言ってちょうだい」

 

「分からねぇから止まってたんじゃねぇよ」

 

「じゃあ、なおさら聞いていなきゃ駄目じゃない」

 

 答えたところで、また別のことを言われるらしい。

 

 アッシュは教科書を鞄へ落とした。授業は終わったのだから、いつまでも机の横へ立っている理由はない。だが、後ろからハリーとロンまで来ると、扉へ向かう前に、また声をかけられることになった。

 

「このあと、どこへ行くの?」

 

「別に。まだ決めてねぇ」

 

「それならさ、僕たちと一緒に  」

 

「何でだよ」

 

 ハリーの言葉が止まった。

 

 何かを頼まれるのかと思ったが、そういう話でもないらしい。黒髪の少年は少し困ったように隣の赤髪の少年を見て、それから、もう一度こちらへ顔を戻した。

 

「何でって……同じ授業だったし」

 

「それが?」

 

「だから、一緒に行ってもいいだろ?」

 

 今度はロンが言った。アッシュは鞄の口を閉じ、二人の顔を順に見た。

 

 同じ授業を聞いた。

 

 それは、確かにそうだった。

 

 だが、終わったあとも同じところへ行かなければならないとは、聞いていない。列車から降りた時にも、組分けをされた時にも、そんなことは言われなかったはずである。

 

「俺は別に、お前らにんげんと馴れ合うつもりはない」

 

 ハリーの足が、机の横で止まった。

 

 ハーマイオニーも、羊皮紙を揃える手を止める。ロンは何か言いかけたまま、口を半分だけ開いていた。

 

 急に静かになったので、アッシュは三人を見た。

 

「……でも、列車では挨拶もしたし、僕たちとも話してくれたでしょ?」

 

 ハリーが言った。問いかける声は、先ほどよりも少し小さかった。

 

 あの時は、ばあさんの小言を思い出しただけだ。話しかけられたのなら返事くらいしなさいと、何度も言われていた。

 だから、聞かれたことに答え、相手が話している間は、その場で聞いていた。

 

 ここでも、同じようにしているつもりだった。

 

「そうそう。それに、ネビルのヒキガエルだって見つけてくれたくせに」

 

 ロンが口の端を上げた。先ほどの静けさを何とかしようとしたのかもしれないが、アッシュにとっては、そこにいたから見つけただけのことである。

 

「だから何だ」

 

「だから、別に……話すくらいは、いいだろ」

 

「今も話してるだろ」

 

 ロンの口元から、笑みが消えた。

 

 少しの間、何かを待つようにこちらを見ていたが、続きがないと分かると眉を寄せる。何を言えばいいのか探しているようだったが、アッシュには、何を待たれているのかが分からなかった。

 

「僕たち、何かした?」

 

 ハリーが言った。

 

「何がだ」

 

「君が嫌がるようなこと」

 

「別に」

 

「だったら、どうして……」

 

 その先は、言葉にならなかった。

 

 何かをされたから、離れようとしているわけではない。聞きたいことがなければ、聞くこともない。用が済めば、それぞれ別のところへ行けばいい。

 

 それだけのことに、どうしてそんな顔をするのだろう。

 

「寮が違うから?」

 

 ハリーが、アッシュの胸元へ目を向けた。

 

 緑と銀のネクタイがある。

 

「同じところへ入れたらよかったとは、思ったけど。でも、スリザリンでも、別に  」

 

「そんなもん、関係ねぇよ」

 

 アッシュは言った。

 

 この三人がどこの群れにいようが、知ったことではない。同じ色のものを身につけたところで、急に話したいことが増えるわけでもなかった。

 

「そうよ。スリザリンとグリフィンドールが一緒に座ってはいけないなんて、規則はないでしょう?」

 

 ハーマイオニーが言った。

 

「それに、お互いに学べるところを学んで、競い合うことだってできるわ。授業で分からないところがあれば  」

 

「別に、教えろって頼んでねぇよ」

 

 少女の指が止まった。

 

 持っていた羊皮紙の端が、少しだけずれる。ハーマイオニーはそれを見下ろし、揃え直してから鞄へ入れた。

 

「……そうね。頼まれてはいないわ」

 

 返ってきた声は、授業中にこちらを注意していた時よりも、小さかった。

 

 アッシュは鞄を持ち上げた。

 

 もう、話は済んだだろう。

 

 そう思って扉の方へ体を向けた時、ハリーがもう一度口を開いた。

 

「でも、僕は君と話したいんだ」

 

 足が止まる。

 

 振り向くと、ポッターがこちらを真っすぐに見上げていた。何かを分かったような顔でも、教室でのからかっているような顔でもなかった。

 

「友達、になりたいと思ってるから」

 

 アッシュは、すぐには答えなかった。

 

 赤髪が一度ポッターを見て、それから、こちらへ目を戻した。先ほどまでの笑みはなかったが、立ち去ろうともしていない。

 

「別に、ずっと一緒にいろって言ってるわけじゃないよ」

 

 ロンが言った。

 

「会った時に話すくらい、いいだろ。列車の時みたいにさ」

 

 ハーマイオニーは、鞄の留め具を押さえていた。

 

「……勉強の話ばかりじゃなくてもいいわよ」

 

 そう言ってから、一度だけロンを見た。今度は赤毛の方も、何も言わなかった。

 

 アッシュは、三人の顔を見た。

 

 何かを渡せと言うわけでも、何かをしろと頼むわけでもない。隣に座り、名前を呼び、こちらが短く答えれば、また別の言葉を探している。

 

 どうして、そんなことをするのだろう。

 

 友達。

 

 言葉の意味は、知っている。

 

 列車の中でも、ばあさんのところにいた時にも、聞いたことはあった。気の合う者同士で話し、一緒に何かをする。そういうにんげんを、そう呼ぶらしい。

 

 だが、こちらは何も約束していない。

 

 一緒にいるとも、何かをしてやるとも言っていない。それなのに、もう少し近くへ来ようとする。自分が何をしにここへ来たのかも、何を欲しがっているのかも、知らないまま。

 

 ポッターが、半歩だけこちらへ足を動かした。

 

 アッシュは先に、扉の方へ向き直った。

 

「……勝手にしろよ」

 

 それ以上の返事はせず、教室を出る。

 

 すぐには、足音が続いてこなかった。

 

 廊下には、ほかの教室から出てきた生徒たちがいた。笑っている者も、誰かを呼んでいる者もいる。アッシュはその間を抜け、窓のある方へ歩いた。

 

 この三人に、何かをされたわけではない。

 

 名前を聞いて笑われたわけでも、杖を向けられたわけでもなかった。ばあさんのようなにんげんがいることも、知っている。

 

 それでも、誰かが近づいてくれば、その手がどこへ伸びるのかを見てしまう。急に腕が動けば、何を持っているのかを確かめるより先に、身体へ力が入る。

 

 杖の先で光ったものを、覚えている。

 

 倒れる屍。

 燃え上がる光景。

 そのあとに来た激しい痛みも。

 

 もうここにはいない相手のことまで、今目の前にいる子供に重ねるつもりはなかった。杖持ち(アイツ)らと違って目前の子供(コイツ)らが何もしていないことくらい、分かっている。分かっているとも。

 

 だけど、だからといって、近づくままにしておけるわけでもない。

 

 首元へ触れた指が、白いマフラーの端を押さえた。

 

 自分には、知りたいことがある。

 

 見つけなければならないものがある。

 

 そのために、森を出た。にんげんの群れへ入ることも、ここで暮らすことも受け入れた。話しかけられれば返事をするし、守ると決めた規則(るーる)にも従う。

 

 しかしそれらより先まで全部を、渡すつもりはない。

 飼い慣らされるぐらいなら噛み付いて森に帰った方がいい。

 

「アッシュ」

 

 後ろから、ポッターの声がした。

 

 少し離れたところで、足音が止まる。追いついて肩を掴まれることも、行く先へ回り込まれることもなかった。

 

「また、次の授業でね」

 

 アッシュは、歩いたまま片手を上げた。

 

 挨拶をされたのだから、返した。

 

 それだけだ。

 

 廊下の角を曲がるまで、振り返ることはなかった。

 

 にんげんと馴れ合うために、ここへ来たわけじゃない。




アッシュからの呼び方や区別仕方はこうです。

ハリー : ポッター
ロン : 赤髪、ウィーズリー
ハーマイオニー : グレンジャー

他の人物はあいつ、もしくはこいつなど。
到底人と話す気があるとは思えない社会性()


地の文ではそれぞれの名前を、アッシュの主観や視点が含まれたものにはアッシュからの呼び方で区別しました。
少々読みづらいかも知れないですけど、コレがアッシュという人物像を表現するにはピッタリだと思った故ですのことです。

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